<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


今宵月の下 妖精は踊る

◇0 【アイラス】◇
 晴天と呼ぶに相応しい朝、アイラス・サーリアスの元に一通の郵便物が届いた。手のひらに収まってしまうような小さな封筒の中には、繊細さを持つカード。
 細い筆跡で書かれるソレからは古の匂いがした。
 アイラスは見慣れないその文字におや?と首を傾げ、静かに視線を動かした。

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「やっぱり、アイラスさんにも届いたんですね??」
 白山羊亭に着くなり、小さな郵便物の有無を尋ねて来たルディアにアイラスが是と頷くと、ルディアは満面の笑みでこう言った。
「ええ。開いた瞬間びっくりしましたよ」
「私もです。でも、嬉しいものですね」
他にも何人か招待を受けたようですよ と続けて、ルディアはアイラスの前に料理の皿を並べた。まだお昼にもならない時間の為、皿の料理はシンプルに盛られている。
「皆さんももうすぐこちらにいらっしゃる予定なんです。よろしかったら、アイラスさんも一緒に行かれたらどうですか?」
 その言葉に、アイラスがきょとんとした顔を向けた。
「ルディアさんは行かれないのですか?」
 二人が招待を受けた妖精のパーティーは、稀に人を招待する以外、あまり人目では行われない。
 色々な意味合いで妖精のパーティーと言えば、一生に一度お目にかかれれるかかかれないかといった代物だった。それに妖精達はもうすぐこの地を去るのだという。この期を逃すのはもったいない。
 怪訝そうな色を深い海にも似た瞳に浮かべているアイラスに、ルディアは迷いのない口調で言った。
「だって、招待されたのは一握りの方だけですよ。ココはいつも通りにお客様をお迎えする義務があります。――妖精のパーティーは選ばれた方達が楽しむ場所。だけど此処は、誰だって同じように楽しませる場所なんです」
 破願するルディアは誇らしげだった。


◇1 【一行】◇
「それじゃあ、行って来ますね」
「ルディアちゃん、いってきま〜す!!」
 白山羊亭に集まった五人が、ルディアに微笑んで亭を出てゆく。
「土産話、楽しみにしてろよ?」
 穏やかな微笑みを浮かべた眼鏡の戦士、アイラス・サーリアスに続いて、少女とも少年とも判別つかない少年、ファン・ゾーモンセン。そして見上げる程に大きなオーマ・シュヴァルツ。
「ルディアさんの分も楽しんで来ます」
「招待状、本当にありがとーね」
 その後を、水竜の琴を抱えた吟遊詩人の山本・健一が行き、最後に招待状をルディアから譲ってもらった娘、ロレッラ・マッツァンティーニが出てゆく。
 彼ら五人を扉まで見送るルディアの顔には躊躇いの一つも無い。
「気をつけて行って下さいね。――お話、楽しみにしてます」
 遠くなる背中に大きく手を振るルディアに、五人もまた手を振り返した。

 ******

「――それで、その妖精の森にはどう行くの?」
 無邪気な笑みを浮かべて、ファンがアイラスの袖口を引っ張る。
「ええっと……」
アイラスはルディアに手渡された地図を開く。その頭上から、オーマの声が降ってくる。
「まずは、エルザードを出てだ。そんで――」
「これだと、とにかく西へ?」
地図に引かれた一本の道を指し示し、ロレッラが首を傾げた。
 夕刻の通りに家路を急ぐ子供達が明るく走り去る中、五人は一瞬言葉を失くす。
「……こんな道、ありましたっけ?」
 健一の言葉に首を振って
「ルディアさんの話では、地図の通りに――との事でしたが……」
「……ひたすら西へとしか、書いてねぇな……」
 

◇2 【妖精の森】◇
 聖都・エルザードを出た後、一行は地図の通りに西へと歩を進めた。ただ西へ――目的地は今だ不明のまま。
 時は刻々と進み、漆黒の闇が辺りを埋めようと侵食を始める。
「妖精ってさ、一体どんな感じかなァ〜」
そんな中、声が響く。
「ボク、妖精って初めてなの。ねね、皆は見た事あるの??」
 重苦しい雰囲気に気づかず、ファンはくるりと背後に顔を向けた。
 一行の最前線を軽い足取りで行くファンの顔には、ただこの後のパーティーに期待を抱く子供特有の好奇心があるばかり。無事に辿り着くかさえわからぬ道行きに、不安を感じつつ健一が返す。
「妖精には、何度か。でも妖精のパーティーは初めてです」
「あたしは無いなぁ〜。妖精もパーティーも初め、て……」
 不安を打ち払うかの様に殊更明るく言ったロレッラが、尻すぼみに言葉を弱めた。
「どうかしたか?」
背後からオーマの不思議そうな声が聞こえたが、ロレッラはただ無言。
 四人は彼女の視線を追い、それでも何も変わらぬ風景に眉根を寄せる。
「ロレッラさん……?」
「おい、どうしたんだ?」
 歩を完全に止めたロレッラの顔の前に、アイラスとオーマが手を振ってみせる。
「あ〜!!」
今度はファンの喜色ばんだ声。
 かと思えば、ロレッラの頬が緩んで笑みを作り……。
「妖精さんだぁ!!」
「妖精だよ!!」

 虹色に輝く光の中、小さな少女が手招いていた。

 ******

「いらっしゃい!!人間の青年よ!!」
 突然現れ出た青々とした森と、陽気な妖精達にアイラスが瞳を大きく開けたまま硬直した。
 妖精の少女をみとめた瞬間、その背後には巨木と淡い花の群。色と光と相対せし闇とを織り交ぜた不思議な光景が眼前に広がっていた。
 アイラス達五人は妖精達に誘われるまま、その森の奥へと入っていく――。


◇3 【妖精のパーティー】◇
「これは……スゴイ……」
思わず歓喜の声を零したアイラスに、傍らの妖精がクスクスと笑う。
「そうでしょ?今日のパーティーは今までで一番趣向を凝らしてみたの」
 虹色の羽を風に躍らせる妖精、光の粒が明かりの変わりに浮遊し、豪勢な食卓を囲む大勢の人々にただ唖然とする。辺りに佇む年経た大木はそれこそ妖精と共に生きてきた証拠。
「私達は故郷へ還るけど、この風景は変わらずここに残る。けれど人の目に触れる事が適わず、ただ年月を過ぎ朽ちてゆく――そんなの悲しいでしょ?」
 妖精の森は不思議な場所。ただソコに在るのに、ソコに在ると認識する事が難しいのだと妖精は言う。
「だから私達妖精族は、妖精のパーティーは人に接する事が少ないのだけど……私たちにも別れの感慨は痛いもの。少しでも楽しく別れたいじゃない?全てと……」
「そうなんですか――」
アイラスの寂しそうな瞳に、妖精が優しく目元を細めた。
「だから楽しんで、人の子よ。記憶の淵でもイイ、私達とこの森を忘れないように……楽しんで行って」

 ******

 妖精と別れたアイラスは、一人辺りを歩き回った。
 明るい笑い声が響き、それに呼応するようにさざめく木々の音が何と心地よい事か。アイラスが大きく息を吸うと、背後から聞きなれた友の声が掛かった。
「おぉ、アイラス」
「オーマさん」
 オーマの姿を視止めて、アイラスは眼鏡の奥の双眸を細めた。
「見事なモンだな、これは」
顎で背後を指し示し言うオーマに、アイラスも小さく頷く。
 巨木に囲まれた広い平地の中心には舞台が立ち、小さな妖精と人とが楽しげに舞っている。陽気な音楽に、身を躍らせるファンやロレッラの姿もある。
「本当に、思った以上ですよ――。なんて、幻想的なんだろう……」
 古の匂い深き不思議な森。物語を飾る小さな妖精族。夜空を渡る光の粒。褪せぬ鮮やかな花々に、心地よく流れる風。
 喉を潤す妖精族の花酒はとろけるように甘く、食卓に並ぶ様々な料理に思わず頬が落ちる。シンプルな装飾品には、妖精族の技巧が感じられる美しい模様。
 噂に違えず、それは夢の様な光景だった。
 
 ******
 
 闇が次第に濃い影を落とし、パーティーもいよいよ佳境かと思われた。音楽が静やかなバラードに変わるやいなや舞台から人々が退く。
 かと思えば、その舞台に青年が一人、上がった。
 胸に水竜の琴を抱く、健一であった。彼がにっこり微笑むと婦人方の黄色い声が上がる。
 逸れ掛かった視線を舞台へと戻り出すと、水竜の琴レンディオンが一つ、音を零した――。

 しん、と辺りが静まり返る程、それは見事な音を奏でていた。人々の間に落ちる恍惚の溜息がまさにその証拠。
 玲瓏なるその響きは健一が琴を弾く度様々に音を変えて、聞く者を更なる夢の最中に引きずり込んでゆく。
 そして舞台に上がったもう一つの影に、人々は息を呑んだ。
 シャンとその足元で音が鳴り、長い手足が闇の中を舞う。宙を遊ぶ長い青髪はレンディオンの奏でに乗って空を切った。
 その舞いは夜空に浮かぶ月の様な繊細さを持ち、女の美しさを更に引き立たせていた。
 誰かが、彼女の名を呟く。
「――レピア・浮桜……」
――と。
 美しい踊り子、神をも惹きつけて止まぬ踊り子。生きた伝説と呼ばれる彼女の舞に、誰もが目を奪われる。
 健一が琴を爪弾く。水の様に穏やかに、荘厳に、雄大な大地の様に力強く。
 レピアが軽やかに舞う。花の様に清廉、高潔でいて、消え行きそうな儚さで。

 どこかに別れの寂しさを潜ませた、妖精への贈り物だった――。

 
◇4 【今宵月の下 妖精は踊る】◇
 漆黒の夜空には瞬く星々と、金色に輝く満月が浮かぶ。それ以外に世界を照らす光は無く、妖精の森を静寂と闇とが覆っていた。
 そんな中、虹色の光にたゆたいながら妖精達は踊る。

「我々が礼として贈れるモノは、コレしかない」
 一族の長がそう言ったのは、つい先程の事。次いで若い妖精が
「レピア・浮桜の舞には負けるが」
そう言って密やかな笑みをもたらしたのも、少し前の事。
 だが来客達の中ではその記憶さえ薄れ、妖精達の舞いを前に何を考える事も出来なかった。

 レピアの舞いが、健一の奏が、美しく二つと無いと思ったのは本当だった。だが妖精達の踊りは、それだけでこの世の全てを表すモノだった。
 自然そのもの。世界そのもの。光も闇も、太陽も月も、音も色も、人も魔物も。その全てだった。
 妖精の踊る姿に、美しい景色が重なるのだ。鳥の囀りも、蒼天も、山頂から流れ出る清水も、大海を渡る鳥の群れ、海を泳ぐ魚も――。

 今宵月の下、妖精は踊る。
 
 
◇5 【空から見下ろす世界の形】◇
 さわさわ――と冷気を伴った風が、火照った体に酷く心地良く、興奮の冷め遣らぬ人々を吹き抜けた。
 アイラスは、チラホラと帰り支度を進める者達を横目で見やる。子供の多くは母親や父親に手を引かれ、眠い目を擦りながら歩き去っていく。連れ立ってきた仲間の姿が、それでようやくどこにあるかを知る。
「オーマさん、何をしてるんです?」
 その長身は嫌でも目立つ。それが屈んで何かをしている様なのだから、尚更だ。
 そうやって近づいたアイラスに気づくと、オーマはにやりと笑って、
「何、チョットした仕掛けさ」
 ?と首を傾げたアイラスを尻目に、こう叫んだ。
「さぁてと、お立会い!!妖精族に今日の礼も兼ねて、この親父道師範にして腹黒同盟総帥、イロモノ変身同盟総帥がどっきり☆むんむん親父イリュージョンショーを用意した!!」
 その長ったらしい口上に、妖精達がぎょっと目を剥く。家路に着こうと帰り支度を終えた者達はハッと足を止め、オーマの上に視線を落とした。
 集中した視線に満足そうに頷くオーマの姿が、巨大な獅子へと変わる。悲鳴と驚愕の表情の中、オーマの言葉は続く。
「おいおい、驚くんじゃねぇよ。誰も取って食ったりしねぇから安心しな」
――とは言われても、それは無理な相談である。彼とは昨日今日の仲でも無いアイラスさえ驚いたのだ。何も知らない者達にしてみれば、いきなり現れた怪をそう簡単に受け入れられるわけがない。
「オーマのおじちゃん〜!?」
「おう、ファン。ほらよ、四の五の言わずに俺の背中に乗んな」
そう言って膝を折るオーマ。
「な、何のつもりなんですか、一体!!?」
「乗れって、イキナリ何なのよアンタ」
「だぁから言ってんだろ〜がよ。お礼だよ、お・れ・い」
 その間に好奇心旺盛なファンが、不平を漏らした健一やレピアを差し置いてオーマの背によじ登る。
「わぁ、高い高い〜♪」
「わ、ほんと!!」
「危ないですよ、二人共!!」
 そしてちゃっかりと乗り終わっているのは、ロレッラとアイラスの二人。オーマが大きな瞳を細めて、唇を歪めた。
「ほら、乗りな?」

 ******

 半ば脅すように妖精達を背に乗せ、大きな体が空に飛び出した。びゅうっと耳元で風が鳴る。
 奇声、歓声、怒号――それらをまったく無視して、銀色の翼を大きくはためかせるオーマの真意は誰にもわからない。
 空を駆ける獅子はそのまま誰の問いにも答えず、ただ何処かを目指して飛び続けた。

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 「――エルザード……?」
 眼下に広がる町並みを見て、アイラスがポソリと呟いた。それは確かに聖都エルザード。高く飛び出たエルザード城、深夜を越えても灯りを灯し続ける黒山羊亭・白山羊亭――。
「最後に見てくのも悪かねぇだろ?」
 速度を落とした獅子が、にやにやと笑う。
 と同時に、妖精の森の上に火の華が咲く。
「わぁ、花火だぁ!!」
 ファンが手を叩き、歓声が上がる。ドォン、ドォンと打ち上がっては散るソレが様々に姿を変えて、そしてソレが最後に………。

【元気でな】

 そんな言葉を古の文字が綴っていた。

 ――妖精の頬から滑り落ちたモノを、誰もが見ないフリをした――。
 

◇6 【残映】◇
 朝の光が木々の間を縫って、妖精の去った森を照らしていた。何かを嘆く様に鳥の囀りが響き、青々とした葉を揺らしてゆく風が何かを探すように森を巡る。花々は狂う様に濃厚な蜜を撒き散らす。
 妖精の森そのものが、何かを探して泣いているようでもあった。
 しかし巨木に囲まれた平地に、ソレらは目当てのモノを見つけて安堵する様に穏やかさを取り戻す。
 虹色の光が何時もの様にソコに輝いていた……。
 

 
FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 種族】

【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 / 19歳 / 軽戦士 / 人】
【0673 / ファン・ゾーモンセン / 男性 / 9歳 / ガキんちょ / ヒューマン】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り / 詳細不明】
【0929 / 山本建一(やまもとけんいち)/ 男性 / 25歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)/ 人間】
【1926 / レピア・浮桜(ふおう)/ 女性 / 23歳 / 傾国の踊り子 / 咎人】
【1968 / ロレッラ・マッツァンティーニ / 女性 / 19歳 / 旅芸人 / ワーラビット】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、アイラス様。今回も私めの依頼文「今宵月の下 妖精は踊る」に発注頂きまして、ありがとうございました。そして、前回は大変申し訳ありませんでした。

 前回の失態を教訓に当たらせていただきました、今作品、如何でしょうか。相変わらず長いですが……(涙)
とにかく楽しく過ごせればよいナァと思っていましたらば、とても素敵なプレイングを沢山頂きこのような感じのお話になりました。
 踊り子に、吟遊詩人、そして花火の中空を飛び――あぁ、なんて素敵なんでしょう。私が見てみたい!!と強く思います。
 3【妖精のパーティー】4【今宵月の下 妖精は踊る】辺りは、各PC様毎で行動していただいております。そちらも見て頂ければ、パーティーの全容かわかるかもです。

 それでは、発注ありがとうございました。妖精のパーティー、楽しんでいただければ幸いです。
 また何かご意見・不満等ありましたら、ぜひお寄せください。またどこかでお会い出来れば嬉しいです。


    **なち**