<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


【頼もう!】
「頼もう!」
 と、耳慣れない文句が黒山羊亭内に轟いた。
 ちょうどステージで踊ろうとしたエスメラルダは不意を突かれた気持ちになった。
「お客さん、何を頼んでくれるの?」
 声の主を見た。淡い藍色の着物と、腰に帯びた刀。侍である。エルザードでは割と珍しい人種だ。
「戦いだ」
 と、侍は言った。
「戦い? 冒険の間違いじゃなくて?」
 エスメラルダの視線は懐疑的になっている。
「拙者、方々を流れ歩いて剣の道を究めんとする者。ここには多くの戦士が集うと聞いたのでな。誰ぞ手合わせを願いたい!」
「はあ」
「ちなみに拙者、複数人をまとめて相手するのを得意としておる。ゆえに、いくら名乗り出てくれても構わぬ」
 また厄介な人が来たわね、とエスメラルダは思った。しかしこの男、どう見ても真面目である。何を言ってもおとなしく帰りはしまい。
「うーん……やってもいいって人、いる?」

「はいはい、俺俺!」
 真っ先に手を上げたのは、まだ表情に幼さを残す少年だった。侍はやや驚いたようだったが、彼もさるもの。少年の気配には一切の油断がないことを瞬時に悟った。
「拙者の名は佐々木幸次郎。少年、名は?」
 侍が名乗ると、
「湖泉遼介だ」
 少年もまた名乗った。
「この前、忍者と戦ったことあんだけど、今度は侍かあ。楽しみだ!」
 遼介は佐々木をジロジロと見た。
「して、そなたも手合わせをしてくれるのかな?」
 佐々木がそう言ったのは、もうひとり細身の男が近づいてきたからだった。
「ええ、あなたのお誘い、お受け致しましょう」
 女性と見紛う端正な外見、紫紺の瞳、腰まである一つ束ねの長い黒髪。不可思議な雰囲気を持つ青年だった。
「私はシヴァ・サンサーラ。死神です」
「死神? それは奇怪な!」
 佐々木は笑い飛ばそうとしたが、やめた。怒らせたらひどい目にあいそうな直感がしたのだ。
「丁度、身体を動かしたいと思っていたところでした。異国の戦士にも興味がある。私は戦士ではありませんが、よろしいでしょうか?」
 佐々木は文句はないと頷いた。戦士であろうがなかろうが、強い者と戦いたいのだ。
「他にはおらぬか?」
 佐々木が店内を見渡した。
「では、僕も」
 ちょうど佐々木の後ろ、眼鏡をかけた青い髪の少年が席を立った。
「アイラス・サーリアスと言います」
「そなたは戦士だな。腰につけているのは釵であろう」
「よくご存知ですね」
 元来アイラスは無駄な戦いはしたくない性質である。しかし、自らもこの侍と同じく武の道を志す者。それが受けてたった理由だった。
「うむ、かたじけない」
 こんなにも名乗り出たことに、侍はことさら機嫌を良くしたようだ。
「じゃあ早速やろうぜ! 暴れてもみんなの迷惑にならない所に行こう」
 言った途端に、遼介は黒山羊亭を飛び出した。
「お大事に」
 エスメラルダが彼らの背中に声をかけた。

 一向は、エルザードの明かりがほとんど薄れる郊外まで足を運んだ。街道である。戦いやすいよう、足場が舗装されている場所を選んだのだ。
 辺りでは壁のように連なる樹木がザワザワと鳴いている。
 頭上には唯一の観戦者である満月が煌々と光っている。
 佐々木が刀を抜いた。銀の刃に月光が映った。
「さて、誰がかかってくるのだ?」

■アイラスVS侍■

「僕がやりましょう」
 アイラスがすでに両手に釵を装備していた。普段の温和な表情は消えて、戦士の顔である。
「おふたりは下がってください。僕の戦法は1対1のほうがやりやすいので」
 遼介とシヴァは無言で後ろに下がった。
「知っているぞ。釵術の究極奥義とは、敵の獲物を絡め取って奪うのであろう。……我が刀が奪われたその時は、即座に負けを認めよう」
 佐々木は唇の端を上げた。もちろんそんな負けはないと考えている。
「了解しました。無駄な血を流さずに済みますし、ありがたい」
「では参る。……いざ尋常に勝負!」
 佐々木は合図すると同時に、刀を振りかぶり一直線に向かってきた。あまり小細工をするタイプではないな、とアイラスは瞬時に判断した。
 逆胴が放たれた。アイラスの左横腹をめがけて刀が快走する。
「そら、奪ってみよ!」
 だが、アイラスは釵で受けず、後方に飛んだ。空中で後転をしながら10メートル以上も離れた。両者の距離は元に戻った。
「何とも身軽だな」
 佐々木はアイラスの体術に正直に驚いていた。
「それだけではないことを期待する!」
 再び佐々木は距離を詰めに疾走した。間合いに入るや縦横無尽に繰り出される白刃の風は、どれもが一撃必殺と思われた。
 アイラスは反撃せず、何十と襲い来る刀をかわし続けた。
 そしてわかったこと。佐々木は遠距離攻撃の手段は持っていない。体を密着させて拳打や蹴撃を繰り出すこともなかった。自らの武器のみに頼った、典型的な剣士である。
 だが、アイラスもまた接近戦のみの戦士である。結局は相手の間合いに入っていなければ、刀を奪うことは出来ない。
 避けるだけでなく攻めるべきかとも考えた。相手は全力だ。こちらも全力でかからねば礼を失する。
 ――否、今の自分にとっての全力とは、釵で刀を奪うことだ。余計なことはしない。
 だから、ひたすら隙を待った。その見極めこそが自分の最も信頼する力だ。
「どうした、拙者の疲れを期待しても無駄であるが?」
 その通りだ。立て続けの激しい攻撃にも関わらず、佐々木の息はまるで乱れていない。こちらはところどころ服が裂かれ、体には細かな傷が出来ている。
「どれだけ待とうが、拙者の太刀筋は決して鈍らぬぞ」
 ……そうか!
 アイラスは閃いた。無駄に体力を削るよりは、これに賭けよう。
「来ぬのか。逃げているばかりでは話にならん」
「……今から行きますよ。覚悟してください」
 全身のバネを使って跳躍した。佐々木の上空まで達すると、釵を逆手に持った。
「拙者の肩でも刺そうというのか。だが焦って血迷うたな。それでは自在に動きが取れまいが」
 佐々木は刀を上段に構えて、落下するアイラスを真っ二つにせんと振り下ろす。
 それが狙いだった。隙だった。
 空の敵を斬ろうとすれば体が開き、必然的に体勢に無理が生じる。地上の敵を斬るような力を込められない。
 そう、太刀筋が決して鈍らないなら、鈍らざるを得ない状況を作ればいい。
 先ほどに比べれば速度が落ちている。当然威力が落ちる。
 もはやその斬撃は疾風ではなく、微風に過ぎなかった。

 ガキィィン!

 金属音がこだました。アイラスは両の釵をとっさに順手に持ち替えていた。刀は――釵の鉤に、確かに挟み込まれた。佐々木が後悔の表情を浮かべた。
 ついに、佐々木の刀はアイラスの釵の餌食となったのだ。
 アイラスは着地すると同時に佐々木の手首を蹴った。刀が手から離れた。
「しまった!」
 アイラスはすぐに刀を後ろへ投げ捨てた。カランと乾いた音が鳴った。それが戦闘終了の合図だった。
「……拙者の負けだな」
 佐々木はため息をついた。
「おそれいった。見事に罠にはまってしまったか。いや、こちらにも油断があったな」
「一歩間違えば死、でしたけどね」
 全身が冷や汗で濡れてきた。こんなにも緊張感のある戦いは久しぶりだ、とアイラスは思った。
「……では、刀を取ってきてもらえるか。拙者はあとふたりとやらねばならんのだ」
「ああ、そうでしたね」
 アイラスはやっと普段の穏やかな表情に戻った。

【了】

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1856/湖泉・遼介/男性/15歳/ヴィジョン使い・武道家】
【1758/シヴァ・サンサーラ/男性/666歳/死神】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 最近ソーンではバトルものが中心になってきました。
 今後もこの方針でいきたいと思いますので、よろしく
 お願いします。
 
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu