<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


今宵月の下 妖精は踊る

◇0 【健一】◇
 昼下がりの白山羊亭。
 昼食を終えケーキと紅茶を前に、山本健一はルディアに問いかける。
「ところで、ルディアさん。妖精のパーティーって……知ってます?」
 ルディアはきょとんとした表情を浮かべ、次いで驚いた様に笑った。
「今日はその言葉に縁がある日です。唐突にそんな事を言うなんて、もしかして健一さんの元にも来ました?妖精からの手紙……!!」
「――と、いう事は……ルディアさんにも?」
「ええ!!」
 破願するルディアがティーポットを傾ける。熱い湯気を立てて零れ落ちるキャラメル色のソレに、健一が感嘆を上げた。
「もちろん行かれるんでしょう?」
「ええ、こんな機会もう無いでしょうからね」
 涼やかな目元が優しい笑みを形作ると、美男子が一層美しく見える。ルディアが仄かに頬を染めて言った。
「今日の夕方、招待された方々がココに集まる事になっているんです。――ホラ、妖精の住処なんて皆さんあまり知らないでしょう?健一さんもぜひどうですか?」
 妖精といえば彼等の住処から滅多に出てこない。美しい景色、古の匂い深い世界を愛する妖精は、彼等が行うパーティーと同じ位遭遇する機会も希少だ。その存在は広く知られていても、出会いの数は驚く程少ない。
 健一は少し逡巡してから、大きく頷いた。


◇1 【一行】◇
「それじゃあ、行って来ますね」
「ルディアちゃん、いってきま〜す!!」
 白山羊亭に集まった五人が、ルディアに微笑んで亭を出てゆく。
「土産話、楽しみにしてろよ?」
 穏やかな微笑みを浮かべた眼鏡の戦士、アイラス・サーリアスに続いて、少女とも少年とも判別つかない少年、ファン・ゾーモンセン。そして見上げる程に大きなオーマ・シュヴァルツ。
「ルディアさんの分も楽しんで来ます」
「招待状、本当にありがとーね」
 その後を、水竜の琴を抱えた吟遊詩人の山本・健一が行き、最後に招待状をルディアから譲ってもらった娘、ロレッラ・マッツァンティーニが出てゆく。
 彼ら五人を扉まで見送るルディアの顔には躊躇いの一つも無い。
「気をつけて行って下さいね。――お話、楽しみにしてます」
 遠くなる背中に大きく手を振るルディアに、五人もまた手を振り返した。

 ******

「――それで、その妖精の森にはどう行くの?」
 無邪気な笑みを浮かべて、ファンがアイラスの袖口を引っ張る。
「ええっと……」
アイラスはルディアに手渡された地図を開く。その頭上から、オーマの声が降ってくる。
「まずは、エルザードを出てだ。そんで――」
「これだと、とにかく西へ?」
地図に引かれた一本の道を指し示し、ロレッラが首を傾げた。
 夕刻の通りに家路を急ぐ子供達が明るく走り去る中、五人は一瞬言葉を失くす。
「……こんな道、ありましたっけ?」
 健一の言葉に一様に首を振って
「ルディアさんの話では、地図の通りに――との事でしたが……」
「……ひたすら西へとしか、書いてねぇぞ……」
 

◇2 【妖精の森】◇
 聖都・エルザードを出た後、一行は地図の通りに西へと歩を進めた。ただ西へ――目的地は今だ不明のまま。
 時は刻々と進み、漆黒の闇が辺りを埋めようと侵食を始める。
「妖精ってさ、一体どんな感じかなァ〜」
そんな中、声が響く。
「ボク、妖精って初めてなの。ねね、皆は見た事あるの??」
 重苦しい雰囲気に気づかず、ファンはくるりと背後に顔を向けた。
 一行の最前線を軽い足取りで行くファンの顔には、ただこの後のパーティーに期待を抱く子供特有の好奇心があるばかり。無事に辿り着くかさえわからぬ道行きに、不安を感じつつ健一が返す。
「妖精には、何度か。でも妖精のパーティーは初めてです」
「あたしは無いなぁ〜。妖精もパーティーも初め、て……」
 不安を打ち払うかの様に殊更明るく言ったロレッラが、尻すぼみに言葉を弱めた。
「どうかしたか?」
背後からオーマの不思議そうな声が聞こえたが、ロレッラはただ無言。
 四人は彼女の視線を追い、それでも何も変わらぬ風景に眉根を寄せる。
「ロレッラさん……?」
「おい、どうしたんだ?」
 歩を完全に止めたロレッラの顔の前に、アイラスとオーマが手を振ってみせる。
「あ〜!!」
今度はファンの喜色ばんだ声。
 かと思えば、ロレッラの頬が緩んで笑みを作り……。
「妖精さんだぁ!!」
「妖精だよ!!」

 虹色に輝く光の中、小さな少女が手招いていた。

 ******

「いらっしゃい!!人間の青年よ!!」
 突然現れ出た青々とした森と、陽気な妖精達に健一は思わず抱いた琴を落としそうになった。
 妖精の少女をみとめた瞬間、その背後には巨木と淡い花の群。色と光と相対せし闇とを織り交ぜた不思議な光景が眼前に広がっていた。
 健一達五人は妖精に誘われるまま、その森の奥へと入っていく――。


◇3 【妖精のパーティー】◇
 畏まった形式も何もない、それは至ってシンプルなパーティーだった。招待されたモノそれぞれが思い思いに楽しむ、自由な空気。
 巨木に囲まれた平地の中心には舞台が用意され、人・亜種・妖精が軽やかなステップを踏んで踊り、卓に用意された沢山の料理を味わう人の郡に目を見張る。
 夜闇を浮遊する光の粒は灯りの変わりに辺りを照らし、風に混じる甘い匂いは妖精族特性の花酒だった。
「我らはあまりにも娯楽を知らない。だから――何が楽しいのかは、どうすれば楽しんでもらえるのかは、良く……わからない」
 健一を誘ってきた妖精が、静かに言葉を紡ぐ。
「我らは踊り暮らすだけ。お前たちの様に、他に幸せを見出せた事は残念ながらない」
 今日二度目のケーキを口に運ぶ健一に、妖精が微かに笑む。見据える先には、卓を縫うように走り回る子供達の姿。そこに、既に周囲に溶け込んだファンの姿もある。
「だがそれでも、このパーティーをお前たちの記憶に少しでも残れば嬉しいと思う」
 健一を振り返った顔が、満面の笑みを伴って言う。
「さあ、踊り笑え。それこそが、最高の至福」
 
 ******
 
 料理の味を粗方楽しみ、健一はそっとパーティーから抜け出した。木々の間をすり抜けて、森の奥へ奥へと踏み入る。パーティーの音楽が遠ざかった所で、健一はふっと息を吐いた。
 そして自然の匂いを味わおうと深く息を吸った時だった。
 葉のざわめきに視線をやれば、そこから一人の女が現れた。
 鼻筋の通った、美しい女だった。細やかな髪飾り、玉をあしらった腕輪に豊満な胸元を飾る装飾品。踊り子の派手な衣装に身を包んだ女はすらりとした長い手足を惜しげもなく晒し、しばし健一と見つめ合った。
 やがて女は長い睫を瞬かせ、不思議そうに水竜の琴を指差した。
「――アンタ、歌い手??」
 
 ******

 闇が次第に濃い影を落とし、パーティーもいよいよ佳境かと思われた。音楽が静やかなバラードに変わるやいなや舞台から人々が退く。
 かと思えば、その舞台に青年が一人、上がった。
 胸に水竜の琴を抱く、健一であった。彼がにっこり微笑むと婦人方の黄色い声が上がる。
 逸れ掛かった視線を舞台へと戻り出すと、水竜の琴レンディオンが一つ、音を零した――。

 しん、と辺りが静まり返る程、それは見事な音を奏でていた。人々の間に落ちる恍惚の溜息がまさにその証拠。
 玲瓏なるその響きは健一が琴を弾く度様々に音を変えて、聞く者を更なる夢の最中に引きずり込んでゆく。
 そして舞台に上がったもう一つの影に、人々は息を呑んだ。
 シャンとその足元で音が鳴り、長い手足が闇の中を舞う。宙を遊ぶ長い青髪はレンディオンの奏でに乗って空を切った。
 その舞いは夜空に浮かぶ月の様な繊細さを持ち、女の美しさを更に引き立たせていた。
 誰かが、彼女の名を呟く。
「――レピア・浮桜……」
――と。
 美しい踊り子、神をも惹きつけて止まぬ踊り子。生きた伝説と呼ばれる彼女の舞に、誰もが目を奪われる。
 健一が琴を爪弾く。水の様に穏やかに、荘厳に、雄大な大地の様に力強く。
 レピアが軽やかに舞う。花の様に清廉、高潔でいて、消え行きそうな儚さで。

 どこかに別れの寂しさを潜ませた、妖精への贈り物だった――。

 
◇4 【今宵月の下 妖精は踊る】◇
 漆黒の夜空には瞬く星々と、金色に輝く満月が浮かぶ。それ以外に世界を照らす光は無く、妖精の森を静寂と闇とが覆っていた。
 そんな中、虹色の光にたゆたいながら妖精達は踊る。

「我々が礼として贈れるモノは、コレしかない」
 一族の長がそう言ったのは、つい先程の事。次いで若い妖精が
「レピア・浮桜の舞には負けるが」
そう言って密やかな笑みをもたらしたのも、少し前の事。
 だが来客達の中ではその記憶さえ薄れ、妖精達の舞いを前に何を考える事も出来なかった。

 レピアの舞いが、健一の奏が、美しく二つと無いと思ったのは本当だった。だが妖精達の踊りは、それだけでこの世の全てを表すモノだった。
 自然そのもの。世界そのもの。光も闇も、太陽も月も、音も色も、人も魔物も。その全てだった。
 妖精の踊る姿に、美しい景色が重なるのだ。鳥の囀りも、蒼天も、山頂から流れ出る清水も、大海を渡る鳥の群れ、海を泳ぐ魚も――。

 今宵月の下、妖精は踊る。
 
 
◇5 【空から見下ろす世界の形】◇
 さわさわ――と冷気を伴った風が、火照った体に酷く心地良く、興奮の冷め遣らぬ人々を吹き抜けた。
 家路に向かおうとする人々の中に仲間達の顔を見つけ、健一はそちらへと向きを変えた。
 まず目に入ったのは、オーマ・シュヴァルツの巨体。そして傍らに立つアイラスの姿だった。
 その二人に近づくにすれ、四方から酔ってくるロイラとファンをも見とめる事が出来た。どうやら全員が全員、オーマを目印にしている様だった。
 と、その時。

「さぁてと、お立会い!!妖精族に今日の礼も兼ねて、この親父道師範にして腹黒同盟総帥、イロモノ変身同盟総帥がどっきり☆むんむん親父イリュージョンショーを用意した!!」

 オーマが大声を張り上げてそんな事を言った。長ったらしい口上に、一瞬健一の歩みが止まる。家路に着こうと帰り支度を終えた者達はハッと足を止め、オーマの上に視線を落とした。
 一体何事かと更に歩を進めれば、オーマの姿が巨大な獅子へと変わった。星々を見上げるように仰ぎ見る程大きな獅子。その原理が理解出来ず、人々の間に小さなパニックが起こりつつあった。
「おいおい、驚くんじゃねぇよ。誰も取って食ったりしねぇから安心しな」
――とは言われても、それは無理な相談である。
「オーマのおじちゃん〜!?」
 オーマを良く知る人物や、無知なる子供達以外は逃げる様に背を向けていた。
「おう、ファン。ほらよ、四の五の言わずに俺の背中に乗んな」
 膝を折るオーマに、ハッと我に返る健一。
「な、何のつもりなんですか、一体!!?」
「乗れって、イキナリ何なのよアンタ」
「だぁから言ってんだろ〜がよ。お礼だよ、お・れ・い」
 不平を漏らした健一やレピアを差し置いて、好奇心旺盛なファンがオーマの背によじ登る。
「わぁ、高い高い〜♪」
「わ、ほんと!!」
「危ないですよ、二人共!!」
 そしてちゃっかりと乗り終わっているのは、ロレッラとアイラスの二人。オーマが大きな瞳を細めて、唇を歪めた。
「ほら、乗りな?」

 ******

 半ば脅すように妖精達を背に乗せ、大きな体が空に飛び出した。びゅうっと耳元で風が鳴る。
 奇声、歓声、怒号――それらをまったく無視して、銀色の翼を大きくはためかせるオーマの真意は誰にもわからない。
 空を駆ける獅子はそのまま誰の問いにも答えず、ただ何処かを目指して飛び続けた。

 ******

 「――エルザード……?」
 眼下に広がる町並みを見て、健一がポソリと呟いた。それは確かに聖都エルザード。高く飛び出たエルザード城、深夜を越えても灯りを灯し続ける黒山羊亭・白山羊亭――。
「最後に見てくのも悪かねぇだろ?」
 速度を落とした獅子が、にやにやと笑う。
 と同時に、妖精の森の上に火の華が咲く。
「わぁ、花火だぁ!!」
 ファンが手を叩き、歓声が上がる。ドォン、ドォンと打ち上がっては散るソレが様々に姿を変えて、そしてソレが最後に………。

【元気でな】

 そんな言葉を古の文字が綴っていた。

 ――妖精の頬から滑り落ちたモノを、誰もが見ないフリをした――。
 

◇6 【残映】◇
 朝の光が木々の間を縫って、妖精の去った森を照らしていた。何かを嘆く様に鳥の囀りが響き、青々とした葉を揺らしてゆく風が何かを探すように森を巡る。花々は狂う様に濃厚な蜜を撒き散らす。
 妖精の森そのものが、何かを探して泣いているようでもあった。
 しかし巨木に囲まれた平地に、ソレらは目当てのモノを見つけて安堵する様に穏やかさを取り戻す。
 虹色の光が何時もの様にソコに輝いていた……。
 

 
FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 種族】

【0929 / 山本建一(やまもとけんいち)/ 男性 / 25歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)/ 人間】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 / 19歳 / 軽戦士 / 人】
【0673 / ファン・ゾーモンセン / 男性 / 9歳 / ガキんちょ / ヒューマン】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り / 詳細不明】
【1926 / レピア・浮桜(ふおう)/ 女性 / 23歳 / 傾国の踊り子 / 咎人】
【1968 / ロレッラ・マッツァンティーニ / 女性 / 19歳 / 旅芸人 / ワーラビット】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、山本健一様。ライターのなち、と申します。
今回は私めの依頼文「今宵月の下 妖精は踊る」に発注頂きまして、ありがとうございました。

 とにかく楽しく過ごせればよいナァと思っていましたらば、とても素敵なプレイングを沢山頂きこのような感じのお話になりました。
 踊り子に、吟遊詩人、そして花火の中空を飛び――あぁ、なんて素敵なんでしょう。私が見てみたい!!と強く思います。
 3【妖精のパーティー】辺りは、各PC様毎で行動していただいております。そちらも見て頂ければ、パーティーの全容かわかるかもです。

 それでは、発注ありがとうございました。妖精のパーティー、楽しんでいただければ幸いです。
 何かご意見・不満等ありましたら、ぜひお寄せください。またどこかでお会い出来れば嬉しいです。


    **なち**