<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『金のくちばしのピヨ』

<オープニング>
 その女性は、白山羊亭のランチを味わいに来た客にはどうしても見えなかった。
 長い栗色の髪は乱れ、枯葉や芝の切端が絡まり、頬にも腕にも枝がつけたかと思う軽い裂傷があった。
「冒険のご依頼、ですよね?」
 女性はテーブルに座ると、ルディアが運んだ水を、ゴクゴクと一気に飲み干した。若い女性だが化粧気は無く、グラスには紅もつかなかった。
「わたしは近くの森にアトリエを構える彫刻家で、モルガナイトと云う者です。飼っていたピヨをわたしの不注意で森に逃がしてしまいまして・・・。
 自力で捜してみたのですが、力不足のようで。
 森の奥に入り込むと、怖い生き物もいるかもしれません。ピヨは臆病なので、心配です」
「そうですよね、ピヨちゃん、心配ですよね」
「いえ、心配なのは、怖い生き物の方です」
「え。」
「ピヨは、怯えると、やたらめったらにブレス攻撃するので・・・」
「もしかして、ピヨちゃんって、コカトリス?」
「普段はおとなしいイイコなんですけど・・・」
「イイコって、あのぅ。コカトリスですよね?」
 森が石化する前に、求む冒険者。

< 1 >
 森のアトリエと言うと聞こえがいいが。
 依頼を受けたアレックスは、アイラス・サーリアスと共にモルガナイトに連れられて森を抜け、小屋に到着した。
 そこは木を切り取った跡に森にぽっかり出来た空き地で、まわりは鬱蒼とした樹木に囲まれている。助けを呼んで、誰かが駆けつけてくれるような場所ではない。丸太小屋の扉の鍵は簡単に剣先でこじ開けられそうだった。若い女性が一人で住むには危険ではないかと思わせた。
「そうか。だから用心棒として、コカトリスを飼っていたのか」
 アレックスが、険しい瞳で辺りを見渡した。
「ピヨちゃんがいないと、心細いでしょうねえ」
 アイラスも納得しながら、モルガナイトに続いて部屋に入った。
 モルガナイトは、二人の印象を笑顔でやんわり否定する。
「いえ、用心棒代りではなく、親友なんです。相棒というか。2年前に、森で足を怪我したピヨちゃんと出会った時から、ずっと仲良く暮らして来ました。
今、お茶を入れますね。ソファとか、クッションとか、気の利いたものは無いんで、そのへんに座ってください」
 クッションなど、確かに置き場は無いだろう。アトリエには、ところかまわず、木彫りの彫刻や石像が置かれていた。猫や馬などの動物から、少年の像や天使の像、版画の版までが、飾られているというより置き場に困っているという感じでそこにあった。
石・・・材料の石材は特定していないようだ。ターコイズやジェダイト(翡翠)が混じっているようにも見えた。木像は普通の楠や欅のようだが。床には掃除し切れなかったらしい木の切屑が散らばり、アレックスの靴底に刺さった。
アレックスは、天使の石像の翼にそっと触れてみた。石なので当然堅かったのだが、本物の羽根のように、ふんわり柔らかそうな質感に見えた。
屋根の高い部屋は採光がよく、天窓から眩い光が部屋を照らしていた。夜はこの窓から星も見えそうだ。

「まず、ピヨちゃ・・・コカトリスの特徴を教えてくれ」
 戦士然としたアレックスは、紅茶に口もつけず、即座に言った。暗殺者として人の生と死の命運を握ることが多かった女だ。仲良くお茶しつつピヨちゃんの噂話、というのは性に合わない。
「はい。形はこれです」と、モルガナイトは、傍らにあった木像を腕に抱いた。普通の雄鶏の3倍ほどの大きさだが、モンスターとして人間が恐れるというほどの大きさの生き物ではない。女性らしい体格のモルガナイトの膝に難無く乗り、両手で抱えられるくらいの大きさだった。普通の鶏と違うのは、尾が蛇になっていることくらいだ。
「翼の部分が少し黄色がかっていますが、羽根は全体にきれいな朱色です。嘴は金色で、まるで王様の冠みたいです。尾は珊瑚ヘビに似た感じ。羽根に似た赤い色です」
「珊瑚ヘビですか?」
 アイラスが身を乗り出した。
「うわあ。それは可愛いでしょうねえ」
「可愛い?・・・毒蛇、だよな?」と、アレックスが不思議そうにアイラスを覗き込む。アイラスは眼鏡の奥の瞳を細め、「もちろんですよ」と即答した。
「珊瑚ヘビは、スカーレット色の地に黒と白の細い縞のあるきれいな蛇です。僕の好きな種類の一つなんです」
 普段は静かな口調のアイラスだが、少し早口だった。興奮して、頬まで紅潮させている。
「・・・。」
 アレックスは、呆れて黙り込んだ。
 アレックスも言わば「毒蛇」だ。彼女の血は、健常人には害がある。血を分ければその怪我人は死に至る。スープに混ぜて飲ませればもだえ苦しむだろう。触れただけで、肌は被れて火傷のように爛れるだろう。
 吐いた息で生物を石化させるピヨに、アレックスは不思議な親近感を覚えていた。
「美しい蛇の尾を持っても、その姿を哀しんでいるかもしれないぞ?」
 アレックスがにがい表情で釘を刺すと、アイラスは苦笑して自重し、元の静かな青年に戻った。
「ピヨちゃんは、夜は目が見えないので移動しませんよね?森でも、塒を確保していると思います。動けない夜の間に捕獲するのがいいかと」
 アイラスが紅茶をすすりながら冷静に案を述べると、「捕獲?」とモルガナイトは聞きとがめて眉を上げた。
「す、すみません、『保護』、ですね」
「陽が落ちるまで、待ちましょう。実は、ルディアさんは、もうお一人、依頼を受けてくれそうな方を紹介してくれました」
「そいつはなぜ、あたし達と同行しなかったのか?」
 アレックスは、自分が忌まわしい者だからか?と勘繰ったが、そうではない。アイラスの方は察しがついたらしく、「なるほど、彼女ですか」と頷いた。
「夜になってから自力で来ていただく方が助かります。このメンツだと、男の僕が運ぶ役でしょうし。あれでなかなか重いのですよ」

< 2 >
 夕暮れにドアをいきなり開けたのは、街の宝石屋の御曹司スピネルだった。
「あのチキン野郎の為に、人を雇ったって?金の無駄使いだな」
 黒髪をオールバックに撫でつけた美しい青年だが、心の卑しさからパーツが微妙に歪んで見える。アレックスも聞いたことがあった。放蕩息子で、遊び人に分類される男だった。
「スピネル、そんな酷いこと言わないで、ピヨちゃんは親友なのよ」
「わかってるよ。おまえがあんまりあいつにおネツだから、妬いただけさ」
 男は、アレックス達の存在を無視してモルガナイトを抱きしめた。色気の無い芸術家と、いい噂の無いスピネル。なんとも奇妙な組み合わせだった。
「お、そうだ。途中で会ってな、ご婦人をここにご案内したぜ」
 スピネルが親指を立てた方向には、レピア・浮桜が佇んでいた。
「ルディアに聞いて、あたしもと思って」
 レピアは、昼は咎による呪縛で石像の姿だが、夜には生身の若い踊り子に戻る。罪も無い森の動物が石化されているかもしれないと思い、いてもたってもいられなくなったのだろう。
「全員揃ったので、出かけますか。カンテラは人数分ありますか?」
 アイラスが行動を先導する。
「はい。私も行きますね。危険な動物と出会ったら、私も闘います」と、モルガナイトは、片手にゲンノウをもう片手にはノミを握った。それは余り役に立たないだろうと思ったが、アレックスは黙っていた。ピヨを守ろうと気負っているのがわかる。可愛らしいひとだと思った。芸術家のせいなのか、まっすぐで、計算の無い女性に見えた。
「あ、それから、みなさんにお願いです。ピヨちゃんを停める為なら、攻撃は仕方ないと思っています。でもでもでも・・・あまり痛くしないでやってくださいね」
「わかっていますよ」とアイラスは笑っていた。彼は攻撃をする気さえ無さそうだ。
 アレックスも、ピヨに剣を振るうのはやめておこうと思った。
「それから、ピヨちゃんのブレスについて、もう少し教えていただけますか?」
「ピヨちゃんは、普段の息は普通のものです。石化ブレスは、攻撃の意志がなければ吐きませんが・・・」
「だったら、モルガナイトが一緒なら大丈夫だよね?」とレピアが明るく言う。両手を頭上に上げて、くるりときれいなターンをしてみせた。しかし、モルガナイトは下を向いた。
「そうだといいのですが・・・。ピヨちゃんは、自分の意志でここを出たのかもしれません。私、時々、木の彫刻にブレスをかけてもらっていました。石像の方が高く売れるんです。もしかして、ピヨちゃん、私に嫌気が差したのかも・・・」
「そんなこと(ニワトリごときが)思うはずないぞ」と、アレックスが慰め、他の二人も頷いた。
「ごめんなさいね、みなさんに愚痴を言っても仕方ないですね。行きましょう」
「オレはここで一杯やりながら待ってるよ」と、スピネルは言ったが、アイラスが誰に言うとでもなく呟いた「複雑な枝ぶりの樹や繊細な花が石化されていたら・・・。そんな美しい調度品があったら、高く売れるでしょうね」という言葉に、彼はわかりやすく反応した。
「うーん、でも、モルガナイトのことも心配だし、やっぱり行くか〜」
 口調は渋々だが、スピネルはぱっと立ち上がった。

 先頭のアイラスが小屋のドアを開け、そのまま停止した。おかげで、続いたアレックスはアイラスの背中に顔をぶつけ、レピアはつんのめってモルガナイトに抱きつく形になった。
「ピヨちゃん、ですか?」
 アイラスはカンテラをかざす。小屋の前には、少し大きめの赤い鶏が立っていた。月は雲で隠れている。ピヨは目はよく見えていないはずだ。聞き慣れない男の声に、森の方向へ後ずさりを始めた。
「待ってピヨちゃん!」
 モルガナイトが飛び出し、ピヨを抱きしめた。ピヨは一瞬逃げる気配を見せたが、諦めておとなしく抱きすくめられた。
「心配したのよ、ピヨちゃん。帰って来てくれたのね?」
「・・・いいえ。サヨナラを言いに来ました」
 コカトリスが、喋った。
「鶏が!」
「コカトリスが!」
「ピヨちゃんが!」
 三人が同時に叫んだ、「喋った!」
 ピヨを抱きしめたモルガナイトが、不思議そうに振り返った。
「だから、『友達だ』って言いませんでした?
 それに。コカトリスって、モンスターでしょ?人間の言葉を喋るぐらい、普通なのでは?」
「普通は喋りません!」とアイラスが断定した。
 金のくちばしのピヨは、特別なコカトリスのようだ。
「で、ピヨちゃん、サヨナラって?私が、木彫にブレスをさせたから?ごめんなさい、もうしないわ。だから、お願いだから、どこかへ行くなんて言わないで」
「そうじゃない。元々僕は旅の途中でした。それに、バカな男に翻弄されるあなたをもう見たくありません」
「・・・。」
「本当はこのまま行くつもりでしたが、一言だけ忠告に来ました。あいつは、あなたの作品を買い上げた後、作品として売るのでなく、壊して中の高級な石を取り出して売っているのです。僕は、森で、あなたの作品の残骸をたくさん見つけました」
「なっ、なんですって!?」
 モルガナイトは、きっと眉を上げてスピネルを振り仰いだ。
「い、いや、あれは、手違いで。事故なんだ。運搬中に落として壊れて、それで・・・。おまえが傷つくと思って、秘密にしてたオレも悪かったが」
「嘘よ!欠けることはあっても、落としたくらいでバラバラになるわけないもの。あなた・・・私の魂のこもった作品を、ハンマーで割ったのね?」
 モルガナイトの顔色は、怒りで蒼白になっている。ただハンマーを奮っただけでは、石像は簡単には割れないだろう。腕に力を込めて、腰を入れて、何度も何度もハンマーで叩いたのだ。恋人の魂を。容赦無く。たぶん、出現しそうな高価な石を思い、口をだらしなく開けながら。
 すると、スピネルは今度は開き直った。
「何が魂だよ。美女ならまだしも、お前の魂なんぞ、一銭の価値も無い」
「ひ、ひどい・・・」
 モルガナイトは、怒りに肩を震わせ、ノミをスピネルに向けて振り上げた。
「いけません!」とピヨが叫ぶ。
「あなたの彫刻の道具を、人を傷める武器になどしないでください!」
「そうですよ。僕もそう言おうと思いましたが、ピヨちゃんに先を越されました」
 アイラスが、素早い動作で釵を引き抜く。
「スピネルとやら。人を危めたと変わらぬくらい、許せぬ行いだな」
 アレックスはセタールを構えた。
「待って待って待って」
 レピアが前に出た。
「道中、コイツは散々人の体にベタベタ触れやがったのよ。いつ蹴りを入れてやろうかと思ってたわ。やるなら、あたしに最初にやらせてよ。
うふふん、覚悟しなよっ!」
 レピアは、キックしやすいように青いドレスのスリットを軽くたくし上げ、脚線美を披露すると、にっこりと笑った。

< 3 >
 そして、みんなにボコボコにされたスピルネは、「おやじに言いつけてやる!」と言い捨てて、街へ逃げ帰った。
原因は居なくなったが、それでもピヨは、ここを去ると言って聞かない。
「そう。仕方ないわね。あんな男に引っかかったり、あなたをお金儲けに利用したり。愛想を尽かされて当然よね」
「違います!そんな、決して!
 僕はある目的があって旅をしています。2年前、あなたに出会って、ここがあまりに居心地がよくて、つい長居をしてしまいました。
僕は、行かなくてはならないのです。あなたが、彫らなくてはならないように」
「私が・・・彫らずにいられないように?」
 赤い鶏冠が揺れた。頷いたのだ。白眼の多い感情を映さぬ鳥の目が、揺れていた。鮮やかな赤い蛇の尾が、うなだれて地面にとぐろを巻いていた。
「わかったわ。
そんなこと言われたら、見送るしかないわ。でも、その目的が達成できたら・・・ううん、何でもない。
ただ、出ていくのは、明日の朝にしたら?今出て行っても、目が見えないでしょう?」
 モルガナイトは、ピヨの羽根をぎゅっと掴んだ。
 見ていたアレックスは、ピヨが「ダメです」と言ったら彼女が泣き出すのではないかと思った。アレックスは祈った。ピヨがイエスと言うことを。
雲が切れ、曖昧な形の月が顔を出した。金の嘴がきらりと光った。

『狭いけれど、皆さんも泊まって行きませんか?』とモルガナイトは、夜の森を抜ける危険を心配してくれたが、三人はカンテラだけ借りて街へ帰ることにした。
「朝になると、レピアさんを運ぶのが大変なので」とアイラスが苦笑しながら、モルガナイトの好意を断った。
 レピアは、森を歩きながら「アイラスったら、ひどい言いぐさじゃないの。じゃあ、な〜に?今まで昼に出かける冒険は、そんなに迷惑をかけてたって言いたいの?」とふくれた。
「いえいえ。僕らが帰る為の方便ですよ。最後の夜なのだから、邪魔をしては悪いでしょう?」
「ピヨは、人間だと思うか?」
 アイラスは博学な青年だ。思い切ってアレックスは訊ねた。
「人の言葉を喋るということだけでは、断定できませんけれど。でも、彼は、人に戻る方法を探して旅しているのかもしれませんね」
「戻れるといいね。ピヨちゃん、モルガナイトのこと、好きみたいだし」
 レピアは、赤ん坊のような無邪気な笑顔でそう言う。レピアの背負った運命も、似たように過酷なものだというのに。
「彼女も、ピヨちゃんのこと、好きだと思いますよ。自分の気持ちから逃げたくて、それで悪い男にひっかかってしまったのじゃないかな」
 三人は、何年か後、エルザードの正門をくぐる旅人のことを想像してみた。赤い柔らかそうな髪をなびかせ、聖都を振り仰ぐ青年。街のショップを飾るモルガナイトの作品群に目を細め、そして、森の位置を確認して、歩き出す。

 夜はもうそろそろ終わってしまうところだ。板の間のアトリエに毛布を被ったまま、モルガナイトは、小さな子供がぬいぐるみのウサギの耳を握るように、ピヨの羽根を握り、眠っていた。いや、正確には、眠ったフリをしていた。
 ピヨも目覚めていた。モルガナイトの膝で丸くなったまま、次第に明るくなっていく天窓を眺めていた。
夜が明けたら。
 雄々しく鳴こう。最高の時告げの声を聞かせよう。愛するひとの新しい一日が、光に満ちた幸福な一日になるように祈りを込めて。
 
<END>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19/フィズィクル・アディプト
2031/アレックス/女性/19/暗殺者
1926/レピア・浮桜/女性/23/傾国の踊り子
NPC
モルガナイト
ピヨ
スピネル
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■         ライター通信          ■
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このたびは、発注ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
結局森の探索をしなかったので、プレイングがあまり生かせず、すみませんでした。
でも、プレイングで読み取れたアレックスさんの感情は、
作品に色々盛り込んでみましたが、いかがでしたでしょうか?