＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
人形の夢
------＜オープニング＞--------------------------------------
黒山羊亭に届けられた大きな木箱。
「なんだい、これは。あたしは頼んでないよ、こんな大きなもの」
エスメラルダは目の前に置かれた木箱を前にそう呟く。
その木箱は人が一人軽く入ってしまいそうな大きさのものだった。
それほど大きなものを頼んだ覚えはない。
しかし送り主の名は無かったが、届け先は『黒山羊亭・エスメラルダ様』となっている。
うーん、と唸りながらエスメラルダは仕方なく木箱を開けた。
「なんだいこれは……ヒト？」
その木箱の中に入っていたのは１５歳くらいに見える少女だった。
しかし膝を抱えるような形で木箱に収まっている少女は眠っているのか動かない。
「いや、それにしたって……可笑しいだろうこれは」
エスメラルダは近くにいた人々に声をかけ、木箱の中から少女を引きずり出す。
かなり無理な姿勢をとらされているというのにもかかわらず、起きる気配はない。
「まさか死んでるとか言うんじゃないだろうねぇ」
エスメラルダは恐る恐る少女の胸に耳を当ててみるが、それはカチカチと音を立てていた。
「生きてはいるようだね………ってカチカチ？」
それは人間の鼓動とはかけ離れた音だった。
機械仕掛けのゼンマイの音。時計が時を刻む音に似ている。
「ちょっと更に訳が分からないじゃないか」
エスメラルダの元に届けられたゼンマイ仕掛けの人形。
送り主はどういった事情でそれを送ってきたのだろうか。
その時爆音と共に黒山羊亭に入ってきたのは褐色の肌に黒く長い髪をツインテールにした少女。
「こんばんはー。うわっ。ちょっと壊れちゃったけど大丈夫だよね。うんうん。……あ、届いてる届いてる」
黒山羊亭の壁になにやら穴が開いたようだったが、それを気にした様子もなく少女はエスメラルダに軽く手を挙げて挨拶する。
そしてエスメラルダの腕の中にいるふわふわの金髪の少女を見つけ微笑んだ。
「なんだい、冥夜！あんたかい、これ送ってきたの」
「うん。そう。いやー、またこの子困ったちゃんでね。夢の中から戻って来れなくなったみたいなんだ」
ぽりぽりと頭をかいた冥夜と呼ばれた少女は、ケラケラと笑う。
「この子って人形だろう？これは眠ってる状態だって言うのかい？」
「そ。人形だって夢見るんだよ。知らない？師匠の所にいる人形のメイドさんの中でこの子は特に眠りが深いみたいで。うちのお師匠さんがなんとかしてこいって」
「なんでそうやってあんたの依頼は突拍子もないんだろうね……」
はぁ、と額を抑え深い溜息を吐くエスメラルダ。
「うちの師匠が世間からずれててアバウトなんだってば。とりあえずこの子が眠りから目覚めてくれれば良いんだ。なんか理由ありそうなんだけど、例によって例の如くアタシはこの子にずっと付き添ってたわけじゃないから分からないんだけどね。夢の中楽しいからなのかなぁ。あ、そだ。人形だってね、ちゃんと感情があるんだからあんまり酷いコトしちゃ駄目だよー」
うーんでも謎だよね、と冥夜が言うのに対しエスメラルダが、あんたの方が謎だよ、と突っ込みを入れる。
「あははー。アタシはだから何でも屋だってば。…それと今回はこの子の夢の中に入りたいって人のお手伝いくらいは出来るよ。アタシが夢の中にいっちゃうと戻してくれる人が居ないからなぁ。アタシはここでお留守番かなぁ」
起こして眠り癖を治してくれればどんな方法でもオッケー、と冥夜は言う。
「あたしに言わせりゃあんたの師匠だけじゃなくて、あんたもかなりアバウトなんだけどねぇ」
「気にしない、気にしない。ちなみにこの子の名前はチェリーって言うんだ」
そういう訳で力貸してくれる人居ないかな、と冥夜はエスメラルダに、にぱっ、と明るい笑みを向けた。
------＜発見！＞--------------------------------------
七夕祭りの一件から、ちょこちょこと黒山羊亭に通うようになっていた天護疾風は、今日も賑やかな黒山羊亭でそんな人々の様子を穏やかな笑みを浮かべ眺めていた。
賑やかな雰囲気も嫌いではない。
人々のざわめきも楽しげで、明日への活力を補充しているようなそんなことも感じられる。
今日も静かに一日が終わる、と疾風が思っていた時、エスメラルダとその周りにいた数名が騒ぎ出した。
それに気づいた疾風はそちらに目を向ける。
大きな箱がエスメラルダの前に置かれている。
随分と大きなものを注文したものだ、と疾風はその様子を見守っていた。
しかしどうやらそれはエスメラルダが注文したものではないらしい。箱を開け、中身を取り出すエスメラルダと数名。
そして出てきたものに、皆口々に声を上げた。
そこからでてきたのはレースがふんだんに使われたメイドがよく着る衣装のようなものを身に纏った、少女の姿だった。
悪戯にしても趣味が悪い、と疾風が密やかに眉を顰めた時、爆音と共に転がり込んできた人物。
「こんばんはー。うわっ。ちょっと壊れちゃったけど大丈夫だよね。うんうん。……あ、届いてる届いてる」
にゃはー、と手を挙げ挨拶するのは、七夕祭りでも元気いっぱいにはしゃいでいた冥夜だった。
どうやらこの騒ぎの原因は冥夜にあるらしい。
疾風も興味を惹かれ、冥夜とエスメラルダの元へと歩き出す。
その途中で冥夜が疾風に気づき、物凄い勢いで駆けてきた。
「こんばーんはー！疾風、元気？」
くるり、と周りながら疾風の腕に自分の腕を絡めニッコリと微笑む冥夜。
「こんばんは。えぇ、元気ですよ。……あなたは尋ねるまでもなく元気そうですね」
疾風はくすり、と微笑み冥夜に告げる。
「もっちろん！冥夜ちゃんは暑さにも負けない強い子だからね。……ま、それは冗談として。アタシとりあえず困っちゃってるんだよね」
この子目覚めさせないと師匠が帰ってくるなって言うんだよー、と冥夜は大きな溜息を吐く。
「別にね、師匠のとこに帰らなくても良いんだけど、やっぱりふかふかのベッドとおなか一杯のご飯がないのは切ないの〜」
よよよー、と冥夜は泣き真似をしてみせる。
それを苦笑しながら疾風は見つめ、冥夜に声をかけた。
「何かお困りのようでしたら、お手伝いしましょうか？‥最も、私に出来る事だという前提がつきますけど」
柔らかく微笑んだ疾風に冥夜は力強く何度も頷く。
「うんうん、本当にいいの？お手伝いしてくれるの？本当に？」
期待に満ちた瞳で見上げられ、疾風は笑いながら頷いた。
「えぇ。詳しく教えて頂けますか？」
「アリガトウ！感謝感激！」
冥夜はくるくるとその場で回って、チェリーを抱きかかえる。
「あのね、この子を目覚めさせて欲しいの」
冥夜は事の次第を詳しく話し始めた。
「眠り……ですか」
誰にも気づかれる事は無かったが、僅かに眉を顰め複雑そうな笑みを浮かべる疾風。
疾風はずっとある人物の中で眠り続ける存在を知っている。
その人物が目覚める事は疾風にとって大きな意味を持つ。
眠り続ける事が、その人物にとっての生であり、疾風にとっての安息だった。
しかしすぐに疾風は表情を和らげると冥夜に告げる。
「でしたら冥夜さん、私をチェリーさんの夢へ導いて下さいませんか？」
「オッケー！今すぐにでも大丈夫だよ」
えへへー、と笑う冥夜はパンパンと手を鳴らす。
するとそこから手品のようにステッキのようなものを取りだし、ひょいと軽く掲げた。
「どうする？」
「早いほうが冥夜さんもお師匠様の元に帰れるのでしょう？」
「お師匠様はおいておいて、ふかふかのベッドには帰れるね」
「それでは、今すぐにでも」
優しい微笑みに冥夜は癒されながら、手にしたステッキを疾風の額に軽く当てる。
「気をつけてね。行ってらっしゃい」
その言葉を最後に疾風は、目の前が真っ白になっていくのを感じて意識を手放した。
------＜夢の中＞--------------------------------------
浮遊する感覚に疾風はゆっくりと瞳を開ける。
真白な世界が周りに広がっていた。
夢の中というものは見る者の感情が大きく影響するという。
真っ白で何も無い世界。
余りにも淋しすぎる世界。
疾風は地に足がつく事を強く願う。
すると疾風の身体は次第に沈み、真白な世界に静かに足をつけた。
しかし足を着けた途端、更に疾風の身体は沈んでいく。
どこまでも飲み込まれていくような感覚に、疾風は身を任せるしかない。
このまま深部までいけばこの少女の人形の心に辿り着けるだろうか、という考えがふと浮かぶ。
見渡しても何も無い世界なのだ。
ここは大人しく夢の動きに身を任せた方が得策だ、と疾風は考える。
そして、ずぶずぶと綿菓子のような中に疾風は飲み込まれていく。
程なくして、疾風の身体の落下が止まる。
疾風はゆっくりと辺りを見渡した。
やはり何もない。
しかし遠くの方に何か大きな木のようなものを見つけ、疾風はそこへと足を向ける。
白い夢の中に存在する白い木。
そしてそこに実る赤い実。
そこにある実とそして疾風の存在だけが色を持っていた。
そこで疾風は木の下に二人の人影を見つける。
死人のように色を失ったチェリーの身体を抱く一人の女。
また、その人物も色はなく無彩色の中に溶け込んでいる。腕の中のチェリーは夢の中でも目覚める事は無いらしい。
胸元の懐刀に軽く手をかけ、疾風はゆっくりと近づいていった。
先に攻撃を仕掛けてくる事はないらしい。
ただ、疾風の行動をじっと見つめたままその人物はチェリーを抱いていた。
「貴方は‥禍、ですね。甘美な夢に誘い閉じ込め、その心を糧とする」
疾風のその言葉に、大きく目を見開き『禍』と呼ばれた女は楽しそうに声を上げた。
「おや、随分と懐かしい名で呼んでくれるじゃないか。こっちに来てからはあんたみたいな奴に会う事は無かったんだけどねぇ。今は夢魔なんて呼ばれてるけれど。…私の邪魔をしないでくれるかい」
せっかく手に入れた私の食料なんだから、と女は言う。
「別に命を奪おうって訳じゃない。命を奪おうとしてもこの子は人形なんだから死ぬ事もないだろう。私もいい食料を手に入れたもんだ。私の食べる夢はね、この木になるんだ。この真っ赤な実がこの子の夢」
くすくす、と笑いながら女はチェリーの髪を指で梳いた。
「しかしその子を待つ者は居ます。死ぬ事はありませんが、その子を待つ者には寿命があるでしょう」
「それなら生きるために多くの人間の夢を喰らいつくせと？」
「いいえ…それが人形の夢を食べ続ける理由にはなりません。人形であっても彼女には心がある‥それを喰らおうなど‥許しません」
「私だって生まれてきたんだから、生きたいと思って何が悪いというんだ」
その女の言葉にちらりと脳裏に浮かぶある人の影。
しかしそれを振り払い疾風は霊刀『静宴』を抜く。
透明な光り輝く刃が夢の空間へと伸びていった。
その刃は疾風の意思により、すぐさま形状を変化させる。
刃だけを見れば日本刀の様な形状をしていたが、その刀は懐刀であるため鍔はない。
「それでも……私はやらなければならない」
鋭い眼差しで夢魔を見据え、疾風は刀を振るう。
女はチェリーを地面に横たえると横飛びでその場から逃げる。
しかし疾風の方が数倍早い。
夢魔に追いついた疾風は刀を横に薙ぎ、そして上から斬りつけた。
ざっくりと夢魔の肌を切り裂かれ、初めて夢魔の身体が紅という有彩色に染まる。
深手を負った夢魔はその場に蹲り、傷から流れた血を眺めた。
「あの子の夢と同じ色……あの夢を喰らっていたんだからそうか……」
「さぁ、お逝きなさい。次は違う人生を……」
霊刀『静宴』は浄化の剣。
振り下ろされる輝く剣は夢魔の身体を淡い光で染めていく。
疾風が夢魔の心臓を貫いた時、光が四方へと飛び散り霧散した。
『私だって生まれてきたんだから、生きたいと思って何が悪いというんだ』
女の言葉が疾風の心にのしかかる。
しかし、それを疾風は考えないようにしチェリーの元へと駆け寄った。
チェリーの夢の木は消えていた。
見るとチェリーの頬はうっすらと色を取り戻している。
「チェリーさん？まだ目覚めてはくれませんか？……貴方には目覚めを待ってくれる人達がいるのに……」
疾風は軽くチェリーの頬を叩いてみるが、一向に目覚める気配はない。
夢の中でも寝たままであれば、現実世界では二重の眠りについている事になる。
悲しげに瞳を伏せ、疾風はチェリーの額を手で触れた。
疾風は記憶操作でチェリーに自分の記憶を送り込む。
「この世には、絶対に目覚める事を許されない方もいます。深淵の闇の中、手足は枷で縛され‥幾重にも封印を施され、けして目覚める事が許されない‥そんな哀しい存在も」
眠り続ける事が生き続けること、そんな哀しい存在も居るのです、と疾風はチェリーが目覚める事を祈りながら呟く。
疾風が手を離すと、チェリーの瞼がゆっくりとあがる。
「貴方はだぁれ？………とても、とても哀しい夢を見たの。だけど…誰かがそれを見守ってくれてて……それが心地よかった」
「お目覚めですか？私は天護疾風と申します。冥夜さんから頼まれて、貴方を夢の世界から連れ戻しにやってきたのですよ」
柔らかい笑みを湛えると、チェリーは嬉しそうに告げる。
「貴方のその笑顔私知ってるわ。夢の中で見たの。とてもとても温かな……」
でも私またマスターに怒られちゃう、とチェリーはしょんぼりと肩を落とす。
「大丈夫だと思いますよ。貴方を待っている方達がたくさんいます。さあ、帰りましょう。貴女を待つ人々の元へ」
「はぁい。あの、疾風さん。ありがとうございました」
ぺこり、とお辞儀をしたチェリーはにっこりと微笑む。
その笑顔は何処か見知った人物の笑みに似ているような気がして疾風も笑みを浮かべる。
そしてそのままチェリーは、すぅっ、とその場に溶けていく。
チェリーが消えると夢の世界が崩れ始める。
現実世界でチェリーが目覚めたのだろう。
周りの白さが消えていくのと同時に、疾風も意識を失った。
------＜夢の外＞--------------------------------------
「おっかえりなさーい！」
疾風が夢の中から帰還すると、冥夜のダイブで歓迎された。
ぎゅぅっ、としがみつかれ疾風は苦笑するしかない。
ぱっ、と離れた冥夜はにんまりと笑みを浮かべて言った。
「チェリーも目が覚めたし、なんかね、眠り癖も治ったみたい。いつもならもう既にくーってどっかで寝てるんだけど、まだ起きてるし」
本当にアリガトウ！、と冥夜は全開の笑顔を浮かべる。
「あ、疾風さん」
パタパタ、と疾風に気づいて駆け寄ってきた現実世界のチェリーはもう一度疾風にお辞儀をした。
「ありがとうございました。私とっても大変な事になってたみたいで」
「こうして待っていてくれる人がいるのだから、目覚めて良かったでしょう？」
「はい。本当に私は幸せ者ですね」
嬉しそうに微笑み、チェリーは疾風に告げる。
「でも、夢の中も楽しかったです。それと疾風さんの見せてくれたものは決して私は忘れる事がないと思います。哀しいけれど、でも温かな想いもそこには同時に存在していましたから」
そしてもう一度お辞儀をしてチェリーは台風のような冥夜と共に帰っていった。
疾風はチェリーの言葉とそして夢魔の残した言葉を交互に思い浮かべ、そっと瞳を伏せ小さな溜息を吐いた。
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■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●2181／天護・疾風／男性／27歳／封護
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度は人形の夢にご参加頂きありがとうございます。
こちらの方を先にお申し込み頂いたのにも関わらず、納品が前後してしまって申し訳ありません。
今回は疾風さんの想いを中心としてお話を作らせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
戦闘シーンも甘めではありましたが、入れさせて頂きました。
そして今回も……今回も眼鏡キャラとしての描写が入れられず。（涙）
次回、次回こそ眼鏡フェチとしてぜひその描写を付け加えたく思っておりますので！（気合い）
それでは、次の作品でまたお会い致しましょう！
ありがとうございました。
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