<PCクエストノベル(2人)>


HAND IN HAND〜貴石の谷〜

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■冒険者一覧■
【整理番号 / 名前 / 性別 / 年齢 / クラス】

□1989 / 藤野 羽月 / 男 / 15 / 傀儡師
□1711 / 高遠 聖 / 男 / 16 / 神父

■助力探検者■
□なし

■その他の登場人物■
□ 宝石食い / 貴石の谷の魔物
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 宝石――。
 その神秘的な言葉と綴りに連想されるのは果たして何であろうか?
 焔を想わせる鮮やかな紅玉?
 清廉な碧の光沢を放つ翠玉石?
 はたまた、
 蒼海の底で育まれる天然の真珠?
 川蝉の意を持つ美しき翡翠?
 否、やはり宝石といえばその風格と価値からして一番に想い描くのは、無色透明にして最も豪奢な美しさを誇る金剛石だろうか?

 宝石――。
 とかく、其れは人を酔わせ誘う、魔力と魔性を秘めているらしい。
 実際宝石は視えない力を宿すとされ、美しい石には必ずといっていいほど逸話が在るものだ。
 故に持ち主にも美しさに相応しい危険、もしくは代償が必要になることも暫し。
 一に、秘石を求める冒険者たちの物語。
 二に、魔石にまつわる呪われたエピソード。
 等とやぶさかではない。
 無論、ソーンに措いてもこれは変わらない。
 寧ろ、より魅力的な宝石も多数存在する世界故に、より多くの人々を深い誘惑の淵へと誘い込むのであった。

 其れは『永遠の炎』であり、
 其れは『虹の雫』である。

 貴石の谷―――。
 彼の、彼等の…、
 ―――求めるは『虹の雫』。

***

 貴石の谷とはかつて貴重な宝石が豊富に取れた谷の名称。
 其処に造られた宝石採取の為の坑道は、縦横に堀り進めた迷路のようであり、かなり深部まで達している。そして今ではモンスターが出るようになったので廃棄されていた。また前触れもなく崩落の危険もあり、非常に恐ろしい坑道として知られていた。
 貴石の輝きに魅せられた命知らずたちは最深部を求めてやまないが、リスクの高さによって当然命を落とす者も多い。ここを探索するのは非常に勇気のいる冒険であるのだ。
 仄かな明かりを手に、薄暗い迷路を彷徨うが如く二つの影、彼らもまた危険を顧みずに宝石を求める者である。
 
 藤野羽月と、
 高遠聖と、

羽月:「朝飯前だな」
 その羽月が小さく呼吸を零しながら言い放った。
 利き腕に片刃の剣を携え、もう一方の腕にはランタンを持つ。
 淡い光に照らされた彼の容姿は、少年の様相でありながら暗がりの中で静かな凛々しさを湛えている。特異な蒼眼もまた、幻想的な輝きを放っていた。
聖:「え?――朝飯は羽月さん、朝ご飯まだ食べてなかったんですか」
 と、此方は聖が真顔で呟く。
 彼は羽月の背後に護られるようにして立ち、友人と同様に片手にランタンを吊るすが得物は持たなかった。仄かな光の下で佇む彼はどうみても聖職者の衣装を纏っている。首からは十字架を提げ、利き手には聖書という姿は、羽月とはまったく違った清廉な印象であった。赤い瞳が言葉と一緒に瞬きする。
羽月:「聖――」
 対して突っ込むべきなのか、果たしてと迷う。
 が、流石に気安く友人へと振り向ける状況ではなかった。
 迷路のような、いや間違いなく迷路といっていい坑道の一角で、2人は怪物たちに囲まれているのだ。
 怪物は全て「宝石食い」と呼ばれるこの坑道原産の魔物である。
 羽月と聖が、魔物たちと遭遇してからまだ間もないが、どうにか半数は倒すことが出来ていた。残りは5体。
 同数が羽月の足元にひれ伏すように倒れている。
羽月:「自らの腕を誇る訳ではないが、この程度の相手だけならば問題はないと言ったのだ――勿論、私だけでは少々苦戦は免れなかっただろうが」
聖:「油断は禁物ですよ?――あっ、羽月さん、危ない」
 喋りに興じる2人に隙を見出したのか、宝石食いの一体が羽月へと飛び掛る。
羽月:「――っ!」
 身構える羽月の目前に醜悪な怪物の顔が迫る。
 開いた口からは凶悪な牙が覗き――、
 しかし、其れは羽月の喉に近づく前に、勢い良く弾き飛ばされてしまった。
 突如、羽月の前に出現した圧縮された大気の仕業だろう。聖の魔法の力である。
 弾かれた宝石食いはそのまま反対側の壁まで吹き飛んで、直ぐに動かなくなった。
羽月:「助かった。――頼もしい相棒が付き添ってくれて感謝している」
聖:「いえいえ、お気になさらずに。羽月さんが命を落とされたら僕はともかく、彼女が悲しみますからね」
 優しげに微笑む友人を横目で眺めながら、毒舌じみた言葉を聴いて呆れた羽月。
羽月:「――聖、いま何気に酷いことを聴いた気がするが?」
聖:「気のせいでしょう?――あ、また来ますよ」
羽月:「むっ、これだけやられても懲りぬとは、敵ながら天晴れと褒めるべきか、それとも愚か者めと貶すべきか」
 言いながら迫り来る宝石食いを片刃の剣で牽制し、二、三と踏まえて切り捨てる。
聖:「さあ?――単にお腹が透いていて仕方がないだけかもしれませんし」
 穏やかに応え返す聖もまた、先ほどと同様の術を持って宝石食いを仕留める。
 最初の頃こそは数の差で、前衛に立つ羽月の援護に廻っていたが、もう其の必要はないので攻撃に転じたのである。
羽月:「と……聖、誤魔化したろう?」
聖:「何を、です?」
 言いながらも、二人同時に魔物を仕留めて、敵を一掃した。
 静かに呼吸を整える羽月と衣装に纏わりついた埃を払う聖。
羽月:「私に付いてきた複雑な動機――についてだが…」
 とまで言葉を紡いでからふと切って、軽く首を振る。
羽月:「まあいい。とりあえず一緒に来てくれて助けてもらっているのは事実だからな。さっさと目的のモノを見つけることに専念しよう」
聖:「羽月さん…」
 再び歩き出した羽月に聖が口を開く。
羽月:「ん、何だ?」
 立ち止まり振り返る羽月。友人の口調が改まった感じだったので、もしかしたら殊勝な言葉でも聴けるのかと少し期待したのだったが、
聖:「目的のモノを手に入れたら――それをどちらが彼女に渡すのでしょうか?」
羽月:「………」
 無言でくるりと踵を返して羽月はまた土を踏む。
 ちゃんと背後から足音が付いてくるのを確認しながら、腕組する気持ちの羽月であった。
 彼は未だに、そのことについて深く考えていなかったのである。

***

羽月:「考えていた以上に難儀する場所だな――」
 相変わらず二人は薄暗い坑道内を彷徨っていた。
 時折懐中からぼろぼろの地図を取り出しては分かれ道を確認したり、もう相当の時間を酷使させているランタンの明かりに気を使ったりと忙しい。
 前を行くのは剣術の心得のある羽月と変わらなく、その彼は背後の友人――否、悪友?へとそう呟くのは何度目か。
聖:「僕も羽月さんと同じ感想ですね。…どうしましょう、そろそろランタンの明かりも深刻になってきますよ?」
 帰りの行程も考えると、そろそろランタンの灯も限界に近い。一見すると羽月に護られるようにして後方を歩く聖が、対照的にのんびりと応えた。
羽月:「そのわりには言葉と態度に切迫したものがないが?」
聖:「気のせいですよ」
羽月:「………」
聖:「………」
 穏やかに即答する聖に、一瞬立ち止まり後ろを振り返ってしまった羽月。
聖:「どうしました?」
 自分を覗き込むような美しい蒼眼に、微笑しながら訪ねる聖。
羽月:「ん、いや――明かりは、あとどれくらいまで保ちそうなのだ?」
 薄闇に赤々と光る聖の瞳に眼差しが重なると、視線を外しながら尋ねる。
聖:「あと1時間少々…保ったところでそれくらいですね」
 冷静に応え返す聖。
羽月:「そうか――厳しいな」
 幸いにして二人はあれ以来、宝石食いたちには遭遇していない。
 だが随分と奥へ来たことは確かである。噂によると奥へ行けば行くほどに高価で希少な宝石を発見できるというが、其れに伴い巨大な宝石食いも出現すると聞いている。
羽月:「無念だが、この辺が潮時なのか…」
 様々な可能性と危険性をまとめて考慮すると、溜息混じりに口にした。
聖:「羽月さん、まだ諦めるのは早いですよ。少なくともあと一時間は探索できますから」
 聖の方はまったく落ち込んだ様子を見せずに、ランタンを軽く揺らしながら口元に微笑を浮かべている。
羽月:「楽観的だな…聖?」
聖:「羽月さんが悲観的なのでしょう?」
 言われてみると、苦笑が込み上げるが、確かにまだ時間はある。
聖:「――あ」
羽月:「――?」
 微笑んでいた聖の表情に少し影が差す。
 と、不意に羽月の右手を掴んで、その袖を捲くった。
羽月:「お、おい?」
聖:「いけませんね、羽月さん」
 慌てた羽月に咎める様な聖。
 捲くられた腕をゆるり、と赤い糸が縦に走っていた。
 血である。どうやら先ほどの戦闘で右手に怪我を負っていたらしい。
羽月:「おい…聖、あんまり強く押え…」
聖:「傷を負ったのならば僕に言ってくれないと困りますね、まったく…これは宝石食いの爪ですか?」
 狼狽気味に反論する羽月だが、聖は無視する形でくどくどと紡いだ。
 それ自体、深くはなかったが、浅いというほどの小さな傷でもない。
 別に深刻な負傷ではないと思って捨て置いた、というよりも忘れかけていた傷である。
羽月:「…多分な、気づいたらやられていた。まあ急所は外れているし、放っておけば勝手に治る傷だと…」
聖:「それが油断に繋がるのですよ。毒の類が含まれていたらどうするんですか?――羽月さんが倒れれば背負って帰るのは僕ですし、悲しむのは彼女なんですからね?」
 穏やかな口調ながら有無を言わせず苦情を述べ、応急手当をする聖。
 魔法で癒しながら、予め用意していた包帯で腕の傷を覆う。手馴れたものであり、其の点実に頼りになった。
羽月:「そう言われると面目ないな。どうも気持ちが逸っていて、普段の私らしくない…」
 綺麗に巻かれた包帯を眺めつつ、ふっと感謝の意を込めて軽く聖の肩を叩いた。
聖:「一応これで良しですが――次からは気をつけてくださいね?」
羽月:「心得た」
 確認を求める友人の言葉に、即答する羽月。

 あと一時間――再び坑道の探索が始まる。

***

 其れから半刻後――。
 二人は途轍もなく強大な相手を前にしてかなり深刻な危機へと陥っていた。
 相手は宝石食いなどという上品な名前が勿体無いほどに怪異な風貌と、恐るべき巨大な体躯をもっており、貴石の谷の最奥付近に姿を見せるという恐ろしい相手であった。
羽月:「宝石食いというのは、間違った名前ではないだろうか?」
 苦しげにはき捨てたのは羽月。
聖:「羽月さんもやっぱりそう思いますか?」
 聖も穏やかな口調ながら、さすがに緊張の色は隠せない。
 あれから二人は更なる奥へと歩を進めやがて狭まった通路から、人工的に掘られたにしてはかなり大きな、坑道の本道へと辿り着いた。
 小型船なら容易に通れるほどの道幅に、かつての鉱夫たちを偲ばせるつるはしやらの機材が散らばっており、またところどころに人骨も見られる。
 真新しいものから古びた白骨まで雑多な其れらは、恐らく二人の目の前に居る巨大な宝石食いの餌食となった者たち、いわゆる成れの果てだろう。
聖:「彼らが言葉どおりに宝石を食べる魔物ならば、ここはもう貴石の谷などとは呼ばれていないでしょうからね」
羽月:「まったくだが…しかし――どうする。幾ら私たちでも…あれの相手はいささか無謀だぞ?」
 一際獰猛な巨人に、徒手空拳で挑みかかるようなものだ。
 勝つことが不可能というわけではないが、正面から戦うのはあまりにも無謀に思える。
聖:「ですね、僕もそう思います。ここは素直に逃げましょうか?」
 同意する聖。
 頷く羽月。
 そんな自分の足元にも満たないちっぽけな存在のやりとりに、巨大な宝石食いが牙を剥いてみせた。
羽月:「しかし、素直に逃がしてくれるとは思えないのだが?」
聖:「ですねぇ…参りました」
 本当に参った様子で、肩を竦めた聖。
羽月:「―――む!?」
聖:「―――っ!」
 宝石食いの豪腕が二人の立っている場所を薙ぎ払うように振るい、二人は供に後方へと飛び下がる。
 風圧だけで羽月の髪が逆立ち、聖の衣がはばたくほどである。
 続いて、もう片方の腕が羽月に向かって繰り出されたが、標的となった彼は素早く横に飛び退いてそれを避けた。
羽月:「おのれ――」
 が、逃げ場のない壁を背にした故に、結果としてその行為は自分を追い込んだ。
 唇を噛む羽月。
聖:「拙いですね…」
 絶体絶命の窮地に立たされた友人に眼差しを向けつつ、周囲に何か救いになるようなものはないかと、冷静に視線を走らせる聖。
聖:「あれは?」
 ふと、目に留まったのは少し離れた場所にぽつんと開いた横穴と、巨大な宝石食いの頭上に位置する天井に走る亀裂。特にくっきりと刻まれた亀裂のあとは、かすかな衝撃でも崩れそうに見えた。
聖:「少々強引ですけど――他に手はありませんし」
 咄嗟の判断で魔力の焦点を合わせると、圧縮した空気を其処に向かって勢い良く放つ。
羽月:「聖!?」
 友人の行為が意味するところを悟った羽月、彼は驚きの声をあげる。
聖:「急いで横穴へ――!」
 対して既に走り出した聖が急き立てる。
羽月:「!?」
 瞬間、聖の言わんとすることを理解し、その場から駆け出して友人の後を追う羽月。
 ――――、
 圧縮弾は見事に亀裂へと命中し、宝石食いの頭上で天井の崩落を誘った。
宝石食い:「!!!!!?」
 頭上から響く突然の出来事に動揺し、そのまま崩落へと飲み込まれていく宝石食い。
 それには構わず、近くにあった横穴の一つへと身を躍らせた聖と羽月。
 横穴は、直ぐに縦穴となっていた。
 勢い良く飛び込んだ二人である…結果は言うまでもない。
羽月:「って、なに!?」
聖:「これは――予想外」

 ――――、
 悲鳴は崩落の響きに掻き消され、二人は闇の淵へと飲み込まれたのだった。

***

 僅かな時間だが意識を失っていたらしい。
 それに気づいたのは痛みによって覚醒してから。
羽月:「――っ、参ったな」
 背中の痛みに眉を顰めながら身体を起こし羽月が呟いた。
聖:「…………」
羽月:「聖?――無事か?」
 気配は直ぐ近くに感じるものの、暗がりでその存在がはっきりとしない友人。とりあえず声をかけてみる。
聖:「え?…ええ、大丈夫。羽月さんの方は、身体に異常とかありませんか?」
 返答が返ってきて安堵するも、何処か上の空に聴こえ怪訝な顔をする羽月。尋ねられたとおり身体に異常がないか確認したが、幸いこれといった負傷も見当たらず、背中に軽い打ち身を負ったくらいで済んだらしい。
羽月:「私の方も、大丈夫らしい」
聖:「そうですか、…良かった」
 と、呟く聖は此方を見ていないらしかった。
 同時に何故周囲が薄暗いのかにも考えが到る。
羽月:「そうか、ランタン――明かりが消えている」
 多分落ちるときに手放したせいで灯が消えたのだろう。手探りで探すべく自分の周りに指を伸ばす。
羽月:「近くに落ちているはず…と、あった」
 直ぐに見つかる。推測どおり少し離れた場所に落ちていた其れを掴むと、手探りで慎重にそっと光を灯す。
羽月:「よし――聖?」
 ボゥと周囲の様子が照らし出されると、流石に声を失った羽月であった。
聖:「羽月さん…」
 聖が上の空であった理由が飲み込めた。
羽月:「これは―――…、水晶窟!!!?」
聖:「…のようですね――僕も驚いています」
 羽月の言葉を肯定した聖の方は、実はもう驚きから立ち直っていた。
 そう、二人の周囲、壁という壁には水晶の輝きが所狭しと並んでおり、宝石商ならばそれだけで驚倒しそうな光景であったのだ。
羽月:「災い転じてか…凄い光景だな、水晶の山とは…」
 呆然と呟いた羽月は、しかし金銭的な思いからではなく、純粋にその美しい光景に見惚れていた。先ほどの聖にしてもそうである。
聖:「まったくです。しかも羽月さん、これを見てください」
 そうして聖が自分の目の前にある水晶壁を指し示した。
羽月:「!!?」
 言われるままに青い眼差しを向けた羽月。
 其処で目にしたのは水晶の群れに咲く一輪の虹色。
羽月:「それは、まさか!?」
 さっと立ち上がれば、聖と供に輝きへと近づく羽月。
 おそるおそる手に取ろうとすれば、紛れもなく山に掛かる霧を濃縮したような、白い半透明の石であった。
 ランタンの光を当てると虹色に輝く、2人が探し求めていた宝石。
羽月:「これは――」
聖:「お話の通り、綺麗ですね…」
 羽月が手を伸ばして摘むと、角度によって様々な色の変化が楽しめる、紛れもなく「虹の雫」であった。
希に暗闇で光を放つ事があるとも――未来の吉凶を告げているとも言われている。占いの道具やお守りとして使用されることも少なくないが、何しろ滅多に手に入らない代物。
羽月:「やっと見つけたな」
聖:「ええ、これで彼女が喜んでくれると良いのですけどね」
 どちらの顔にも、安堵感と達成感が浮かんでいた。
羽月:「大丈夫さ――それより、他の水晶はどうする?」
 周りを見渡す限りは水晶の山である。宝石商でなくとも目の色を変えそうな光景であったが、
聖:「目的のものは『虹の雫』でしょう?――それに先ほどの巨大な宝石食いや、明かりの残り等を考えると、とても長居は出来ません。とにかく、これは僕たちには過ぎたもの、必要ありませんよ。この上まだ欲を出せば罰が当ります」
羽月:「……………」
聖:「どうしました羽月さん?」
羽月:「いや――少しばかり感心したのだ。普通はこれだけの宝を目の当たりにし、そんな台詞をきっぱりと言えるものではなかろう」
聖:「当然です。僕は聖職者ですから」
羽月:「まあ、遺憾ながらそのようだな」
 苦笑しながら頷いた羽月に、聖は穏やかな微笑を返す。
 漸く一つだけ発見した『虹の雫』を布にくるむと、懐に収めたのは羽月。
聖:「それで羽月さん、一体どちらが彼女にプレゼントするのでしょうか?」
 友人の言葉は予想していたものである。
 故に半ば奪うようにして自らの懐中に仕舞った戦利品。
羽月:「――私が」
聖:「やっぱり僕ですか?」
 当然、ほぼ同時に譲れないと主張することになった。
羽月:「……………」
聖:「……………」
 無言で眉を寄せしかめっ面をする羽月。
 対して聖は沈黙のまま微笑している。
 ともに言葉なく歩き出した。
 少なくとも帰り道はより、困難で前途多難になると判明しているのだ。
 地図もあまり役に立たないだろうし、あの巨大な宝石食いもまだ他に居るかもしれない。なによりも『虹の雫』の所有権を廻っての対立…困難な前途であろう。
羽月:「この件を最初に言い出したのは私なのだが…?」
聖:「それに付き合って羽月さんの手当てまでしてあげたのは、僕ですよ?」
 やはり、どちらも譲る気はないらしい。
 二人で揃って渡すのを考慮しても良いのだが。
 果たしてどうなることやら――。
 ランタンの灯がギリギリ尽きた頃、二人は貴石の谷から無事に生還し、聖都への帰路に着いたのだった。

 贈り物の決着はまだつかぬまま――、
 ――想うは喜ぶ「彼女」の笑顔で。