<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


ソーン避暑計画


------<オープニング>--------------------------------------

「暑い……」

 茹だるような暑さの中、エスメラルダがぐったりとカウンターに突っ伏す。
「エスメラルダ……あんまり……」
 ジークフリートが隣でエスメラルダに声をかけるが、エスメラルダは聞く耳を持たない。
「見てくれが良くなくても、暑いものは暑いの」
 こういう時はどっかに涼みに行くべきよね、とエスメラルダが溜息を吐くと、そのカウンターの下から冥夜がひょっこりと顔を出した。
「そうだよねー、やっぱ避暑だよね」
「って……あんたは!何処から出てくるのよ」
 んー?と宙を見上げた冥夜は、そこから、とカウンターの下を指さした。
「あたしの聞いてるのは………怒鳴ると暑くなるだけだわ、やめたやめた」
「そうそう。もうここ最近暑いよねー。そこで冥夜ちゃん考えました!皆で一緒に涼みに行こうツアー!」
「……はぁ?」
 エスメラルダが怠そうに冥夜に尋ねる。
「それがね、アタシ間違って湖にある生物落としちゃって……それを拾いに行かなきゃならないんだけど、ちょっと一人は淋しいかなぁって。そこで、皆さんお連れしようかと思ってるんだけどどうかな?」
「そこは涼しいの?」
「もっちろん!ね、行かない?」
「そうねぇ……」
 涼しいのならば、湖に落ちた生物回収だけだということだし行っても良いかもしれないとエスメラルダは思う。
 うーん、と暫く考えるそぶりを見せていたエスメラルダだったが頷いた。
「分かったわ。それじゃ人を集めましょ」
 エスメラルダは、暑い、と言いながらも黒山羊亭に集まっている人物達に声をかけた。


------<避暑計画>--------------------------------------

 いつものようにレピアはエルファリア王女の部屋から抜け出して、月の光に身を包む。
 夜の自由な時間はレピアの心を静かに燃やす。
 踊りを踊る事。
 それがレピアの生き続ける理由。

 レピアは足取りも軽く黒山羊亭へとやってきて、いつものように艶やかな笑みを湛え扉をくぐった。
「こんばんは」
 丁度何か黒山羊亭へ足を運んだ面々に話をしていたところなのだろうか。
 人々の中央に立ったエスメラルダがレピアの姿を見て微笑む。
「いらっしゃい、レピア。皆さんお待ちかねよ」
 最近はあたしの踊りよりレピアの方が評判良いんだけど、とエスメラルダが苦笑する。
「そう?あたしはエスメラルダと一緒に踊るのが好きだから来てるんだけど」
 そう言ってレピアはエスメラルダに手を差し出す。
「一緒にどう?」
「もちろんご一緒するわ」
 話の途中であるにも関わらずエスメラルダはレピアの手を取り、一緒にステージの上へと上る。
 そこへ派手な音を立てて黒山羊亭へ入ってきたのは冥夜だった。
「あーっ!レピア!やほー!」
 パタパタと走ってきてレピアに抱きつく。
 
「今日も元気みたいね」
「うん、元気元気ー!あ、エスメラルダから聞いた?」
 何を?、とレピアはエスメラルダと冥夜の顔を見比べる。
「んとね、避暑に行こうって話。レピア一緒に行かない?場所は湖なんだけど。あとアタシ実はその湖に落とし物しちゃってそれを拾いにも行かなきゃいけなくて……本当は避暑はそのついでなんだけど」
「落とし物…ね。でも、避暑なんて楽しそうで良いわね。ただそれは夜?」
 避暑というからには涼みに行くのだろう。
 しかしレピアは石化しているため日中の猛暑とは無縁である。
 もし昼間だけというならばレピアは参加出来ない。
 そんなレピアの心配を吹き飛ばすような冥夜の笑顔。
「えへへ〜。アタシがレピアも楽しめないような企画に誘うわけ無いデショ。もちろん、素敵な一泊二日の予定デース♪」
「えぇぇっ!そうだったの?」
 エスメラルダが驚きの声を上げる。レピアはその様子に首を傾げた。
 どうやら今冥夜が勝手に今そう決めたようである。
「うん、そう。今決めたから。だって冥夜ちゃん主催だもん。どうせなら楽しみたいでしょ?」
 ウインク一つでその場を納めてしまう冥夜。
 呆れたようにエスメラルダは笑い、逆にレピアは嬉しそうに微笑んだ。
「それなら是非参加させて貰うわ」
 こうして気の合う仲間と安心して避暑に出かける事など何時以来だろう、とレピアは思いを巡らせる。
 石像としていつの間にか転売されてあちこちを転々としたことはあるものの、わざわざ何処かへ自分から出かける事は少ない。
 素敵な催しの様な気がしてレピアは自然と笑みが浮かぶのを押さえられない。
「あとね、夜になったら一緒にすぐ遊べるようにレピアも昼間のうちにあたし達と一緒に移動しようね。目覚めて吃驚されたら困るから先に行っておくけど」
 にゃはは、と笑い冥夜はレピアの手をきゅっと握る。
「分かったわ。それじゃ、石化の間もよろしくね、冥夜」
「うん、まっかせて!」
 冥夜はとびきりの笑顔を見せ、レピアに微笑みかけた。


------<湖へ>--------------------------------------

「さぁって、冥夜ちゃんのドライブテクを見せる時がきました〜!」
 アクセルを踏み込む冥夜と必死に車にしがみつくエスメラルダとジークフリート。
 そして車を掴む手とは反対の手でしっかりとエスメラルダは石化しているレピアの身体を抱く。
「レピアも残念だよねー。アタシのドライブテクを堪能出来ないなんて」
 その言葉にエスメラルダとジークフリートは顔を見合わせる。
 二人の思う事は一緒だった。
 堪能出来ないレピアが羨ましい、と。
 冥夜の運転は生きるか死ぬかの瀬戸際を超高速で走っているようなものだ。
 少しでも足を踏み外したらそこにあるのは死のみ。
 二人は身を震わせる。
 本当にレピアが羨ましいと。
 帰りは夜のうちに帰ってきて、この怖さをぜひレピアに堪能して貰おうか、とエスメラルダは思う。

 そうこうしているうちに湖に着く面々。
 太陽が丁度真上辺りにきている。昼ぐらいだろうか。
 エスメラルダは眩しそうに空を見上げそして湖を見つめる。
「随分と良い場所だね」
「でっしょー!アタシここで綺麗な景色見ながら一休みしてて落としちゃったんだよねー。困った困った」
 困った、と言う割には余り困った様子を見せていない冥夜。
「とりあえず探すのは夜の方がいいんだろう?それじゃ先に泊まる場所くらいは作っておこうじゃないか」
 エスメラルダの提案にジークフリートと冥夜は頷く。

 各自持ってきたものを組み立て、湖の畔にテントを張る。
 そして車に積んできたガーデンセットを組み立て、大きなパラソルを開いた。
 キャンプファイヤーの準備も忘れない。レピアが夜に湖入ったら寒いわよね、と呟いた事から準備されたのだった。
 確かにいくら暑いからといって水に濡れたままにしておいては風邪を引く。必要最低限の用意だろう。
 全ての準備を終えた頃には既に日は西に傾き、オレンジ色の光が木々の間から零れてきている。
「これで良しっ、と」
 満足そうに微笑んだ冥夜はエスメラルダに言う。
「もう少しで夕方でしょ?レピア早く起きないかなぁ」
「そうね。もう少しだと思うけれど」
「それじゃ、食べたらすぐに腹ごしらえ出来るように何か作っておきましょうか」
 そう言ってジークフリートは自ら料理番を申し出る。
 女性陣は湖で遊んできてよいという事らしい。
 ただし遊ぶのと湖への落とし物を拾うという二つの名目は存在していたが。
 ジークフリートが鼻歌を歌いながら料理をし始めたのを見て、エスメラルダと冥夜は顔を見合わせる。
「それじゃ、レピアを連れて遊ぶとするか」
「わーいわーいv」
 ぴょんぴょんと跳び上がった冥夜は一番星が煌めきだした空を見上げる。
 もう少し、もう少しでレピアは目を覚ます。
 レピアがもう一度この世に生を受ける瞬間。
 冥夜はじっと石像となったレピアを見つめる。
 ゆっくりと石化が解け始め、レピアの身体は色を取り戻していく。
「おはよー!レピア!」
 そう言って冥夜は石化の解けたレピアの手を引いて歩き出す。
「ちょっと、冥夜っ!」
 エスメラルダの声が冥夜の背後から聞こえてくる。
「エスメラルダも早く早く!泳ごうよ!」
 振り返り冥夜が告げるとエスメラルダは、はぁぁ、と溜息を吐きながらやってくる。
 そして二人はジークフリートからも見えない木陰へとやってくると、水着に着替え始めた。

「いいなぁ、レピアもエスメラルダも胸大きくて」
 アタシのちっちゃいんだー、と声のトーンを落として冥夜が呟く。
「あら、良いじゃない。可愛らしくて。きっとこれから大きくなるのよ」
「そうね、これからが成長期真っ盛りでしょう?あとはこうして揉んでやると大きくなるって言うわよ」
 冥夜の後ろに回ったレピアが冥夜の幼い膨らみを軽く揉む。
「くすぐったいーっ!」
 きゃははははーっ!、と冥夜が笑い出すとレピアはふざけた様子で冥夜の身体をまさぐる。
「ここは?ほら、ちゃんと揉まないと大きくならないしね」
「いやーん、くすぐったいのー」
 くすぐられて力が抜けたのか冥夜はその場にぺたりと座り込む。
 上半身裸の状態でレピアを上目遣いで見る冥夜。
 それはなかなかの光景で。
 レピアはうっすらと微笑む。
「うーっ。アタシばっかりくすぐられて。…反撃開始!」
 冥夜はレピアを押し倒し、脇腹をくすぐり出す。
「どうだー!ついでにこっちも揉んじゃえv」
 レピアの揺れる胸もくすぐりながらどさくさに紛れて揉んでみる。
「あはははっ。冥夜、くすぐったいから…ね?」
 まだ暫く戯れていても良い気がしたが、遊ぶ時間が無くなるのも惜しい。
 その先はまた次に伸ばして、三人は水着を着ると湖の中へと飛び込んだ。
 底は深く足はつかない。

「気持ちいい!やーっぱ、夏は水浴びだよね」
「そうだねぇ。気持ちいい」
「冥夜、競争しない?」
「なんの?」
「潜水。無くしたモノも見つかるかもしれないでしょ。コーラルリーフメーカーでしょう?あの植物を石化して珊瑚にする生物っていう」
 ニッコリと笑うレピアに冥夜は頷く。
「そうだよ。…よし、のったぁぁ!」
「そうこなくちゃ」
 エスメラルダが審判で、二人は同時に潜り始める。
 ばしゃばしゃと足を動かし下へと潜っていく二人。
 そして下まで潜ってしまった二人はそのまま湖の底すれすれで泳いでいく。
 しかし探しては見るものの見つける事は出来ない。
 息が苦しくなってきて上がろうとする冥夜の手をレピアが引く。
 苦しい事をジェスチャーで伝えるとレピアは自分の唇を冥夜に合わせた。
 そしてそっと息を吐く。
 その動作で少しだけ息が苦しいのが止まった。
 そして二人は微笑み合うとゆっくりと湖上へと顔を出す。
「なんだい、同じ時間に出てきたら勝ち負けなんて関係ないじゃないか」
「そだね」
 うっすらと頬を染めた冥夜はレピアの腕に手を絡めた。
「レピア、もう一回」
「いいよ」
そして二人はもう一度湖の中に潜り込み、二度目のキスをした。


------<石化?>--------------------------------------

 湖から上がると、丁度良いくらいにジークフリートが全ての食事を作り終える。
「お帰りなさい。はい、出来ましたよー」
「すっごいねー。ジーク、さすが……えっとなんていうんだっけ。一人やもめだっけ?それなんでしょ、ジークって」
「……何処でそんな言葉覚えてくるんですか」
 苦笑気味にジークフリートは器に料理を盛りつけていく。
「でも美味しいよ」
 エスメラルダが脇から手を伸ばし味見をする。
「運動したらお腹空いたな」
「うん、そうだねー」
 レピアと冥夜はニコニコと目の前に置かれた料理を眺めてはそんな事を言う。
 ジークフリートもまんざらではないらしく、楽しそうに盛りつけてはそれを皆の前に並べていく。
 それらを平らげているとエスメラルダが、やっぱり一日一回は動かないとねぇ、と大きく伸びをし踊り始める。
 それを眺めながら三人は料理を堪能する。
 そして一度踊りきってしまうとエスメラルダは、汗をかいたから水浴びしてくる、と湖へと歩き出す。
 冥夜も行こうと思ったが、レピアに踊りに誘われそのままつられてしまう。
 キャンプファイヤーの周りを楽しそうに踊り続ける二つの影。
 冥夜が慣れない動きにくたくたになる頃、ジークフリートがぽつりと言った。

「エスメラルダ……遅いですね」
 言われてみればそうだった。だいぶ前に水浴びにいったきり戻ってこない。
 冥夜達は慌てて湖の方へと駆けていく。
 しかしそこにエスメラルダの姿はない。
 何処に行ってしまったのだろうか。
 冥夜は湖の中へと飛び込もうとする。
 それをレピアは引き留め告げた。
「さっき見つからなかったコーラルリーフメーカー…あれが関係してるかもしれない。ごく稀に人を石化させるって話だけど、それにエスメラルダは引っかかってるのかもしれない。
 コーラルリーフメーカーが石化状態にするのは呪いの力ではなく毒の様なものだ。
「冥夜、石化解除薬……ある?」
「うん!あるよ!」
「それじゃ、私が行ってくるから」
 そう言ってレピアは綺麗な弧を描き、湖の底へと向かい飛び込んだ。

 夜の湖は暗いが月明かりが差し込み視界クリアだ。
 エスメラルダの姿を探してレピアは昼間と違う湖底を探す。
 そこに人の大きさの丸まった石像があった。
 エスメラルダの顔をしている。
 一度レピアは冥夜達の元へと戻る。

「居たよ!やっぱりコーラルリーフメーカーにやられていた。とりあえず先にコーラルリーフメーカーの方を捕まえるから冥夜道具を貸して頂戴」
「はーい!」
 そう言ってレピアに捕獲道具一式を手渡す。
「ただ単に、そのカゴでコーラルリーフメーカーを閉じ込めてしまえば大丈夫だから」
 よろしく、と冥夜はレピアに言う。
 頷いて、レピアは再び水の底へと降りていった。
 そしてすぐにコーラルリーフメーカーが見えると、カゴを思い切りコーラルリーフメーカーめがけて振る。
 するとなんなくコーラルリーフメーカーはカゴの中に入り、大人しくなった。
 それを冥夜に届けてから、レピアは冥夜に石化解除薬を受け取る。
 口に含み、レピアは湖底へと三度目のダイブを行う。
 そして石化したままのエスメラルダに口付けた。
 触った部分から溶け出すように柔らかくなる唇の歯列を割って入り込む舌先。
 しっかりと舌を絡め、薬をエスメラルダに嚥下させる。
 するとゆっくりとエスメラルダの肌が石から元の柔肌に戻っていく。
 レピアは安心した様子でエスメラルダに手を貸すとそのままゆっくりと浮上する。
 月はだいぶ傾き、そろそろレピアの時間は終わりを告げる。

 エスメラルダは助け出されて、深い溜息を吐く。
「涼みに来たのに石化されてどうすればいいんだろうね」
 苦笑気味にそう告げると冥夜が笑う。
「良いんだって。良い生活でしょ、バラエティに富んでて」
「そういう問題じゃないしね」
 エスメラルダは、はぁ、と切ない声を上げる。
 どちらかというと何事もなく黒山羊亭へと帰りたかった。
 しかし天はそれをするほど甘くも優しくもないという事だ。

「ま、いいじゃない。無事に戻って来れたんだし」
 ねー、と冥夜がレピアに微笑む。
「本当にね、それじゃそろそろまたお別れみたい。……帰りもまたお願いね」
「うん、まっかせて!冥夜ちゃん頑張るから!」
 その言葉にエスメラルダとジークフリートはぶんぶんと激しく首を横に振る。
 しかしその意味を理解出来ないレピアは不思議そうな表情をし、楽しかった想い出を胸に抱きながら石の表面へと包まれていった。



===========================
■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
===========================

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子

===========================
■□■ライター通信■□■
===========================

こんにちは。夕凪沙久夜です。

今回は湖への避暑という事でしたが如何でしたでしょうか。
冷たい湖での水遊び。
うちの冥夜はとても楽しんだようです。
レピアさんにも楽しんで頂けてると良いのですが。
今回はまた少し先に進みましてスキンシップを激しめにし
てみました。
まだまだ甘ったるいですけれども。

また機会がありましたらお会い致しましょう!
ありがとうございました。