<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


ソーン避暑計画


------<オープニング>--------------------------------------

「暑い……」

 茹だるような暑さの中、エスメラルダがぐったりとカウンターに突っ伏す。
「エスメラルダ……あんまり……」
 ジークフリートが隣でエスメラルダに声をかけるが、エスメラルダは聞く耳を持たない。
「見てくれが良くなくても、暑いものは暑いの」
 こういう時はどっかに涼みに行くべきよね、とエスメラルダが溜息を吐くと、そのカウンターの下から冥夜がひょっこりと顔を出した。
「そうだよねー、やっぱ避暑だよね」
「って……あんたは!何処から出てくるのよ」
 んー?と宙を見上げた冥夜は、そこから、とカウンターの下を指さした。
「あたしの聞いてるのは………怒鳴ると暑くなるだけだわ、やめたやめた」
「そうそう。もうここ最近暑いよねー。そこで冥夜ちゃん考えました!皆で一緒に涼みに行こうツアー!」
「……はぁ?」
 エスメラルダが怠そうに冥夜に尋ねる。
「それがね、アタシ間違って湖にある生物落としちゃって……それを拾いに行かなきゃならないんだけど、ちょっと一人は淋しいかなぁって。そこで、皆さんお連れしようかと思ってるんだけどどうかな?」
「そこは涼しいの?」
「もっちろん!ね、行かない?」
「そうねぇ……」
 涼しいのならば、湖に落ちた生物回収だけだということだし行っても良いかもしれないとエスメラルダは思う。
 うーん、と暫く考えるそぶりを見せていたエスメラルダだったが頷いた。
「分かったわ。それじゃ人を集めましょ」
 エスメラルダは、暑い、と言いながらも黒山羊亭に集まっている人物達に声をかけた。


------<Ciao!>--------------------------------------

「えーとですね、葉子さん?」
 カウンターにべたりと突っ伏した葉子・S・ミルノルソルンに遠慮がちに声をかけるのは、カウンターの向こう側に立つバーテンだ。
 葉子は無理を言ってバーテンに作ってもらった即席氷枕に額に載せ気持ちよさそうである。
「んー、おニィさんやーさしぃヨネ。俺様おかげで暑さなんて無問題」

 葉子の暑さで壊れ気味の様子に仏心を出したのが運の尽き。
 傍目からは葉子をかいがいしく看病しているようにも見えるバーテン。
 先ほどから温くなった、と言っては差し出されるタオルを何度も取り替え、氷水に浸してきつく絞り葉子に手渡している。
「本当に葉子さんは暑さに弱いんですね」
 でもだからって此処で寝ないでください、とバーテンが涙ながらに告げるが、葉子は全く気にせず氷枕の冷たさに頬を緩める。
「俺様、此処のうちの子になってもイイかも」
 養ってくれる?、と葉子がバーテンを上目遣いで見ると、バーテンはびくっと身体を震わせ勢いよく首を左右に振った。
「誰が何処の家の子になるんですかっ!そもそもオレは雇われ人であってここの者ではないですし、それにですね………って、ああそうか。エスメラルダさんの子になるっていうことですね」
 その言葉に不満そうに声を上げる葉子。
「おニィさんの子供になら俺様喜んでなるケド。エスメラルダの子ってちょっとアレだよネェ……いつも攻撃喰らってそう……」
「ふーん、そんなに攻撃して欲しいんだね」
 葉子の背後にエスメラルダが立つ。
「うひゃひゃひゃっ!別に俺は、エスメラルダが怖いとか苛められるからエスメラルダの子になりたくないなんて一言も言ってないって」
 今言ったろ、とエスメラルダが怒鳴るが葉子は氷枕を抱いたまま空中へと逃げる。
「ヤだなぁ、エスメラルダ。ほんの冗談ジャン」
「あんたのは冗談だか本当だかの境が曖昧なんだよ、全く」
 はぁ、とエスメラルダが大きな溜息を吐いた時、思い切り扉を開け放ち飛び込んでくる黒髪のツインテールの少女。

「あっ、葉子ちゃーん!」
 パタパタと走ってきては葉子の足下でぴょんぴょんと跳びはねてみせる。
「Ciao〜!冥夜ちゃんご機嫌麗しゅう〜」
 ヒラヒラと片手に氷枕を持った葉子は冥夜に手を振る。
「良いなー。葉子ちゃんそれ気持ちよさそう〜!」
「そこのおニィさんのおかげで気持ちイイヨ。暑いのは俺様耐えらんナイ」
 暑いの嫌いー、と葉子が空中で氷枕を抱いていると、冥夜がニッコリと微笑む。
「それじゃあ、葉子ちゃんアタシのお手伝いしてくれない?あのね、今ならもれなく湖への避暑権がついてくるのっ!」
「……涼しい?」
「もっちろん!湖は綺麗だから泳げるし、程よい日差しも心地よいし。お手伝いって言っても湖に金魚落としちゃったからそれの回収だし」
 それを聞いた葉子は皆の目の前へと降り立つ。
「勿論俺も同行オーケイだヨネ、マドモアゼル?」
 にたり、と微笑み葉子は冥夜の手を取り、指先に口付ける。
 葉子の整った唇が指先に触れ、冥夜は頬を赤らめた。
 そんな冥夜に微笑みつつ、葉子はひょいひょいとエスメラルダとジークフリートにも同じようにキスを振る舞った。


------<Wie geht es Ihnen?>--------------------------------------

 早朝。
 黒山羊亭に集まった面々は目の前の怪しげな人物を見て呆然と立ちつくす。

「Ciao!Wie geht es Ihnen?(やぁ!ご機嫌如何?)」

 ヒラヒラと手を振るのは葉子だった。
 全身黒づくめなのはいつもと同じだったが更に磨きがかかっている。
 真っ黒なコートに、真っ黒な帽子、真っ黒なサングラスと手袋。夏にこんな暑苦しい格好をしていたら変質者決定である。
 極めつけなのが、金魚鉢と浴衣を持参しているところだろうか。

「サァサァ、湖レッツゴー!俺様楽しみで楽しみで夜も眠れなかったカラたーいへん♪」
「大変なのは……あんたの恰好じゃないの?とりあえず」
 エスメラルダから冷静なツッコミが入るが、いそいそと冥夜の車に乗り込んだ葉子は聞いていない。
「ジーク。やっぱり冥夜の車で行くのかい?」
「えぇ。本人大はしゃぎ…でしたからね」
 車に乗り込み楽しそうな二人を見ながら、エスメラルダとジークフリートは曇った表情を見せる。
 はぁ、と二人は大きな溜息を吐き車に乗り込む。
「もう、遅いんだからー。んじゃ、いっくよー」
 思い切りアクセルをふかす冥夜。
 ぐんっ、と車は勢いよく飛び出す。
「うひゃー、冥夜ちゃん飛ばしすぎ!」
 葉子が帽子を片手で押さえながらそう告げると、冥夜は首を振る。
「何言ってんのー?まだまだこんなの序の口。冥夜ちゃんコーナーに入りましたぁっ!」
 ぎゅんっ、という音と共に車が横に滑っていく。
「冥夜ちゃんぶつかるぶつかるー!」
 うきゃー、と葉子が飛んで逃げようとするのを隣に座るジークフリートが必死に掴む。
「逃がしません。ボクと一緒に乗ってて下さい。一人だけ……ずるいですっ!」
「じゃぁ、ジークくんも連れてくから、ね?」
 それなら、とジークフリートが手を離そうとした時、エスメラルダが振り向き睨む。
「そんなことしてみなさい。今後一切出入り禁止にするから」
「それは俺様困っちゃう。バーテンのおニィさんに会えなくなっちゃうしネ」
 タダ酒飲めなくなっちゃう、と葉子は淋しそうに呟く。
 そして、でもコレかなり身の危険感じまくるんだけど、と葉子はがっちりと隣のジークフリートにしがみついた。
 横に滑っていった車は冥夜のハンドルさばきで見事体勢を立て直し、コーナーをスキール音を鳴らしながら華麗に曲がる。
「どうだー!冥夜ちゃんのドリフトテクはー!」
 ハイテンションの冥夜が叫ぶ。
 プチンと暑さと恐怖で何処かの線が切れてしまったのか、葉子も楽しそうに声を上げる。
「冥夜ちゃん次もぎゅいーんとネ☆」
「まっかしてー!」
「いっけぇー!」
「ひゃっほー!」
 どこまでもハイテンションの二人を半ば諦めたように見つめ、残り2人はぐったりと車から振り落とされないようにしがみついているだけだった。


 湖に着いて葉子はいそいそと木陰でコートを脱ぎ始める。
 帽子も脱いで手袋も取り、さっぱりした様子で葉子は大きく伸びをする。
「湖のほとりでフフフ。俺様シエスタもイイケド、ちゃーんとお仕事もしマスヨ、イエア」
 ふふん、と鼻歌を歌いつつ葉子は吹き抜ける風に目を細めた。
 木々の木漏れ日位ならば太陽の光が苦手な葉子も辛くない。

 あちこちに出来た影。
 きっと湖の中にも影はある。
 水は澄んでいても木の陰や浮き草の影など微かに存在する。
 ジークフリート達が、遠くの方で何やら組み立てているのを横目に、葉子は意識を集中させ影の中へと意識を飛ばす。
 闇渡りで場所を特定する作戦だ。
 水は澄んでいて遠くまで見通せた。
 金魚を探して水の中の影を渡り歩く葉子の意識。
 ちらり、と赤い姿が目の端に映る。
 そちらに目を向けると結構な量の金魚が泳いでいた。
「場所の特定完了♪さっさと終わらせて皆で楽しみマショ。」
 葉子は瞳を開け、ニィ、と微笑む。
 そして持参した金魚鉢を抱えて湖の中へとダイブした。
 スーツ姿のまま飛び込んだ葉子を見て、冥夜が慌てて飛んでくる。
「葉子ちゃーん!スーツで泳ぐのなんて無謀っていうかさ、ねぇ!」
 その声は水中の葉子の元には届かない。

 スーツは水を含み重くなる。
 もちろんそれは覚悟の上だった葉子は気にせず泳いで先ほどのポイントへと向かう。
 一匹目の金魚を発見し、葉子は金魚鉢で金魚を追いかけ回し戯れつつ捕獲する。
 水の中で赤い色の金魚は可愛らしく、目を楽しませた。
 葉子は捉えた金魚を冥夜の元へと運び、冥夜の持ってきた水槽に入れる。
「ねぇ、葉子ちゃん。スーツだよね、それ」
 葉子の服を指しながら冥夜が言う。
「スーツでチョット泳ぎにくいケドそこは根性だ放心♪」
「いや、安心してって言われても……」
 苦笑気味に冥夜が、気をつけてね、と告げると葉子は、うひゃひゃひゃ、と楽しそうに笑った。
「ダーイジョウブ。俺様金魚ちゃんと戯れるのは得意ダカラ」
 そして葉子は再び湖へと潜っていく。
 葉子は次々と捕獲しながら、着実に金魚を制覇しようとしていた。

「冥夜ちゃん、あと何匹?」
「えっとね、あと1匹」
 その一匹が見つからない。
 葉子は今一度闇渡りで湖の中を探索する。
 そして水草の影にいる一匹を発見した。
 泳いでいくよりも、影を伝っていった方が早い。
 葉子はそのまま影に沈むと金魚の潜んでいた水草の影へと姿を現し、見事金魚鉢の中に最後の一匹を捕獲した。


------<Efharisto'>--------------------------------------

「ありがとうー!」
 冥夜は嬉しそうに葉子に礼を述べる。
「それじゃ、まだ時間もあることだし。皆さん一緒にダイビングv今日は俺サービス満点」
 そう言って、水着に着替えていた冥夜を抱え湖に飛び込む。
 葉子は相変わらずスーツのままだ。
「うわっ…と」
 水の中に一度沈み浮き上がった冥夜が息を吸う。
「ほらほら、エスメラルダもジークくんも。泳がなきゃ損だヨ。こーんな気持ちいいのにネー」
 冥夜と顔を見合わせた葉子は、水着に着替えているエスメラルダとジークフリートを呼ぶ。
「ったく。……あたしを抱えて飛びこまなかったことは誉めてやるよ」
 そう言って綺麗な曲線を描きエスメラルダが湖へと飛び込む。
「綺麗なもんですねぇ。ボクあんまり泳げないんですけどね」
 でもとりあえず、とジークフリートが湖の畔に腰掛けて水に足をつけているとその足を思い切り葉子が引っ張る。
「うわっ!ちょっ……!」
 ざぶん、とジークフリートは葉子に引きずられて水の中へ。
 浮き上がり大きく息を吸ったジークフリートは葉子に珍しく膨れた表情を見せる。
「溺れたらどうするんですかっ」
「だいじょーぶ。俺がちゃーんと助けてアゲルし。なんなら人工呼吸もしてあげヨーか?」
 うひゃひゃ、と笑いながら葉子は水の中に潜っていく。
 そして潜水をして暫く進んでいく内に足を痙ってしまい、葉子は水の中でもがく。
 ちょうど近くを泳いでいた冥夜がそんな葉子の手を引き水辺へと上がった。

「葉子ちゃん大丈夫??足痙った?」
「ソノ通り。ちょっとアッチの世界見えたヨ。困った困った」
 葉子はゲホゲホと咳き込みながら、ちらっとジークフリートを見る。
 すると、ジークフリートは「自業自得です」と口パクで葉子に伝える。
 あらら、と葉子は笑いながら性懲りもなく再び水の中へと飛び込んだ。


 金魚の回収と避暑を満喫した葉子はご機嫌だった。
 日ももう陰ってしまい、黒いコートや帽子はもう要らない。
 濡れた服も脱ぎ、持参していた浴衣に着替えた葉子は冥夜に尋ねる。

「ネェネェ、冥夜ちゃん金魚ダケド何に使うの?」
 冥夜は葉子を振り返り、浴衣姿に、へぇ、と声を上げる。
「似合うネー、浴衣。つーか、格好いいvなんかさ、お祭りの時一緒に屋台とか回りたい感じ」
「何?そんなに男前?」
 おどけたように笑う葉子に冥夜は頷く。
「うんうん。男前ー。……って、話しずれてたごめんごめん。金魚はね、綺麗な水槽に入れて鑑賞するの。お師匠様がね、好きなんだ金魚」
「ふーん……良かったら俺様にチョット分けてくれナイ?夏の情緒をお持ち帰りってコトで」
「葉子ちゃんにならイイよ。手伝って貰っちゃったし。んじゃ、一匹じゃ淋しいからつがいでね」
 はい、と葉子が持参してきていた金魚鉢に金魚を二匹放つ。
「Efharisto'!」
 口元に笑みを浮かべた葉子は金魚鉢を抱え、後かたづけをしているジークフリートたちの元へと歩いていく。
 葉子の手にした金魚鉢の水が空に浮かんだ月の光を受けてキラリと柔らかく煌めいた。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1353/葉子・S・ミルノルソルン/男性/156歳/悪魔業+紅茶屋バイト

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。
暑さで壊れかけている葉子さんを書いていると、なんだか葉子さんのその姿が自分自身のような気がしてきてドッキリしていた夕凪沙久夜です。(笑)
暑さに弱いのは私も葉子さんも同じだということで。

涼しいお話、涼しいお話と思いながら書いていたのに、なんだか冥夜のせいで暑苦しくなっているような気もしますが、楽しんで頂けたら幸いです。
どうしても葉子さん書かせて頂くと楽しくて脱線してしまいそうになるのですが、今回もとても楽しく書かせて頂きましたv
ありがとうございました。
またお会い出来ますことを祈って。