<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


生への渇望


------<オープニング>--------------------------------------

「最近、墓が掘り返されてるって話聞いた事があるかい?」

 エスメラルダが酒の入ったグラスを片手にそんな事を告げる。
 確かに最近そのような噂をあちこちで聞く。
 その噂話はここから北に暫く行った地域が発生源だった。
 しかし話はそれだけに留まらなかった。
 先ほど入ってきた新しい情報はそれがただの金品強奪のためではないと告げている。

「ただ掘り返されてるだけなら、金品強奪のための……と話はつきそうだけど、本人が居なくなっているっていうんだからね。しかも金品はなくなっている様子はない。そしてさっき日が暮れると同時に一つの村が襲われた」
「………生ける屍……アンデットか……」
 ビンゴ、とエスメラルダは大きな、そしてやるせない表情を浮かべる。
「感情がなくなっちまってるアイツラは生きている者達への憧れ、そして憎しみという想いだけに囚われている。ずっと抜け出せない悪夢にね」
 だからせめてひと思いに……、と呟いてエスメラルダは悔しそうに爪を噛んだ。
「そんなに遠い村じゃない。この街にやってくるのも時間の問題。彼らを安息という名の眠りにつかせてやってほしいんだよ。この地に繋ぎ止められた枷を外してやってくれないかね」
 そう言って、エスメラルダはぐるりと当たりを見渡した。 


------<腹黒同盟トップ3>--------------------------------------

「だからよ、どうにかして腹黒同盟を世間に浸透させるかっていうところがポイントなわけだ」
「だからといってこのような資源の無駄使いをすることは良いこととは思えませんね」
 ルイが、ついっ、と眼鏡を直し合図をすると、しゅばっ、とオーマ・シュヴァルツが具現した腹黒同盟パンフレットを全て綺麗に持ち去っていく謎の霊魂。
 毎度のことだったがやはり哀しい。
「まぁ、世の中の皆さんは結構な確率で腹黒だと思うのですけどね。結構興味を示してくれる方も居ますし」
 アイラスがグラスを傾けながらそう告げると、オーマが首を左右に振り大きな溜息を吐く。
 甘いっ!、とオーマが親父オーラ爆発で、熱き腹黒同盟開設に至るまでの長々とした苦労話を交え演説を始める。
「……腹黒同盟ナンバー2とナンバー3と、そしてこの腹黒同盟総帥たるこの俺。トップ3が集まってやがるのに、このやる気のなさ、腹黒さはもちろん、イロモノっぷりが全く足らねぇだろ。これだから本拠地でも肩身の狭い思いをしなきゃならねえんだよな。だからよ。ここは一つもっと人数をガバーっと増やしてだな、本拠地でルンルン☆腹黒ライフを満喫出来るような環境を作り上げようじゃねぇか。ここはまず数で勝負だな。まぁ、数ぐらいでどうにかなるって訳はねぇんだけどよ。気持ちの問題だ、気持ちの。とりあえず何事にも備えておかねぇと、いつ地獄の番犬様との熱々バーニング☆デスマッチが始まるかわからねぇからな」
「あの羨ましいまでのあの方の熱き執着といいますか、深い愛情は生涯ただ一人だけのものですから安心してください」
 にこやかな笑みを浮かべるルイにオーマは複雑そうな表情を浮かべる。
「今日も愛情を込めた手料理を用意して待ってると仰っていたではないですか。ささっ、早くお帰りになってあげた方が奥方様も喜びますよ」
 これ以上ないという位の笑みがオーマに向けられる。
「今日もですか」
 頑張ってきてください、とアイラスもここぞとばかりに全開の笑顔をオーマに向ける。
「いや、あと1時間52分33秒ここにいられる。なんとしてもいなきゃなぁ、今は腹黒同盟トップ3による会議なんだからよ」
 総帥がいなくなったら困るだろ、とオーマが言うと揃いも揃って首を左右に振るアイラスとルイ。
 更にはルイの背後にビシッと整列した霊魂軍団までもが首を左右に振っていた。
「つれねぇなぁ、これだからピュアでシャイな青眼鏡といつでも何処でもドキドキ調教☆堅物腹黒紳士は…」
 ぱちん、とルイが指を鳴らすと一人の霊魂がやってきてルイと何事か話し始める。ちらちらとオーマを見ては頷いている霊魂。
「オーマさん、ルイさんに何か弁解してみたらどうですか?僕はまぁ…良いとして……」
 アイラスの言葉にオーマはルイの嫌な気配を感じ取ったのか、慌てて弁明し始める。
 しかしオーマがルイに一声かけた瞬間、霊魂は猛スピードで外に出て行ってしまう。
「……遅かったようですね。シェラさんに報告されてしまいますね」
 アイラスはにっこりと微笑みながら、ご愁傷様です、とオーマに言葉を投げかけていた。
 オーマは何処か遠くの方を眺めながら、ブツブツと呟いている。きっといつもの如く、親父桃源郷とやらに逃げ込んでいるのだろう。

 その時だった。
 近くで『アンデット』という言葉が聞こえたのは。
 その声にいち早く反応したのはルイだった。ソイルマスターという霊魂と密着した職を持っているせいかもしれない。
 オーマが素早くエスメラルダの元に近づき詳細を尋ねる。
 エスメラルダは首を力なく振りながら言う。
「もう奴らが来るまで時間がないってことくらいだろうね。死んだ者をまた葬るっていうのもおかしな話だけれど」
「んじゃ、行くか。腹黒同盟のトップ3がいりゃ、どうってことねぇだろ。彷徨ってる奴らの先導をキッチリしっかり取ってやらねぇと」
「そうですね。…村の人が心配ですし。未だに助けを求めている方が居るかもしれませんし」
 アイラスもオーマの言葉に同意をし立ち上がる。
 ルイも恭しくエスメラルダに一礼すると、にこりと微笑み告げる。
「わたくしも微力ながらお手伝いさせて頂きたいと思います。世界は異なれど此処はソイルマスターとしましても放ってはおけませんね…何処まで力が及びますかは定かではありませんが―…」
「そうかい。そう言ってくれるとありがたい。他にもさっき何名か出て行ったから……現地で協力して頂戴。ところでオーマ、あんた一体何で行くつもりだい?」
「んぁ?この間エスメラルダのこと乗せてやったみたいに…でっけぇぇ…って、ん?」
 途中まで聞いたエスメラルダは、隣に立つ美しい女性を三人に紹介する。笑顔に癒されるようだ。腹黒さが全く感じられない。
「村まで行くのなら一緒に連れて行っておくれ」
「玉響夜日吉と申します。死者の眠りの妨げは戦巫女としても赦せません。戦の場は久しく離れておりましたが……参ります」
「勇ましい嬢ちゃんだな。よし、俺が乗っけていってやろうじゃねぇか。んじゃ、さっさと向かおうぜ」
 日吉は振り返り、自分の後ろをぺたぺたと歩いてくる温泉ぺんぎんの明渡をエスメラルダへと預ける。
「戻ってくるまでここにいてくださいね」
 柔らかく微笑んだ日吉に明渡は、ぴしっ、と手を挙げ応える。
 頷いて日吉はオーマ達の出て行った扉を同じようにくぐった。


------<アンデットの巣窟>--------------------------------------

 翼のある巨大な銀色の獅子が空に舞う。
 綺麗な月の出ている夜だった。
 何処かの街がアンデットに襲われているとはとても思えないほどに。
 翼をはためかせ、四人はアンデットに襲われたという村へと向かう。
「ゾンビはどこを破壊すればよいのでしょうか?やはり頭でしょうか?部位を狙うことにさほどの意味がないようなら四肢から破壊するのが良いでしょうね。ゾンビさんがどのような方たちだったのかは知りませんが、現在はただの骸、効率よく破壊していきましょう」
 そう告げるアイラスに、ルイがほんの数ミリ傾いた眼鏡をキッチリと直しつつ言う。
「骸……その想いが故に己が道、己が存在を見失い…更にその身を闇へと沈めている彼等の様な存在は感情が無いのではありません…ある意味で申しますれば生在りし者以上にその「心」は儚く脆く純粋で…そして強いのですよ。それがまた人ならざるモノでもあるのです」
「その方々を弄ぶようなことをした、墓地を荒らした人物の方も対処すべきかと。やはり根を絶ちませんと」
「根を断つ。そうですね。原因も調べたいところです。しかし破壊するのでなければどのように?」
『導いてやるのさ。がっちり魂を捕まえてな。殺すのなんざ簡単だが、救ってやるのはなかなかな』
 脳裏に直接響くオーマの声。
 その時、日吉は眼下を眺めていたが、あっ、と声を上げる。
 そして日吉はある場所を指さしながら告げる。
「あの、私を今の墓地のところで降ろして頂けますか?」
「墓地?」
 はい、と日吉は頷き自分がすべき事を述べる。
「魂鎮めの舞を舞わせて頂きたいと思います。魂を清め、アンデットを浄化しこれ以上動き回ることのないようにして差し上げたいと」
『要はその迷える魂を導いてやるって事だな』
「はい。殺めるのではなく浄化し元の世界へと帰って頂くのです。アンデット化を阻止する効果もありますから」
 にこやかに告げる日吉をオーマは墓地の付近で降ろしてやる。
『一人で大丈夫か?嬢ちゃん』
「はい。後で村の方へと合流致しますので」
 ありがとうございました、と日吉は微笑み、ぺこりとお辞儀をすると墓地に向けて歩き出した。

 日吉を降ろしてから三人は村の上空へとたどり着く。
「おぅし、んじゃいっちょこの皆のラブリーゴッド親父がだな、やっこさん達を伝説の親父桃源郷にでも連れてってやっかねぇ?」
 村の手前でオーマはルイとアイラスを背から降ろすといつもの姿に戻り目を細めて村を眺める。
 あちこちで火の手が上がり、歩いているのはアンデットのみと思われた。
「村の方は無事に全員逃げ出せたと思いますか?」
 どうだろうな、とオーマが手を翳し炎の向こう側に生存者を捜す。
「ここにいても仕方有りませんし、僕は村人を捜してみます。死んでる人に死なない程度っていうのもおかしいですけど、動けなくなって貰う位にして」
「おいおい、アイラス。お前さん一人だけで行くのはちぃとばかし無謀じゃねぇか?ありゃ、どう見たって200体以上いやがんぜ?ここは一つ腹黒同盟としてだな……」
「その腹黒同盟云々はおいておくことにしまして、三人で動いた方が幾分楽だと思われます。その方がアイラスさんの救助活動に役立つのではないでしょうか」
「そうですね。それでは……」
 そうして三人は各々の武器を持ちアンデットの渦巻く村の中へと入っていった。
 村はまさに地獄のような有様だった。
 家はまだ燃えているもの、既に焼け落ちているもの、そしてまだ喰われたばかりでアンデットになりきっていない死体などあちこちに散らばっている。
「こりゃひでぇな」
「大声で、誰か居ませんかー、って呼んだらやっぱりまずいですかね
 アイラスがそんな言葉を呟いていると、背後からいきなり手を掴まれる。
 干涸らびた手の感触にアイラスは思わず手に握っていた釵でその腕を刺した。
 悲鳴は上がらない。
 一瞬力が弱まったがそれでもなおアイラスの手をきつく握りしめてくる。
「おぅおぅ。アイラス、アンデットにも好かれちまったかー?」
 軽口を叩くオーマにもアンデットが襲いかかる。
 近づいてくる前に足を狙い具現化した銃で、悪ぃな、と呟き足を撃ち抜く。
 それでも近づいてくるアンデットの反対の足も打ち抜いてやると、今度は這ってオーマに近づいてきた。
「熱烈大歓迎ってやつだな。うちのカミさんよりすごい執念ってことはないんだろうけどな」
 迫り来るアンデットを気にした様子もなく、優雅に襟元を直し眼鏡を数ミリ押し上げたルイは、2本の杖で空中に魔方陣の様な物を形成しそこから現れる霊魂を使役し、あっという間に周りを取り囲むアンデットをひとまとめにしてしまう。
 そしてがっちりとその周りに自分たちで壁を作り、外に出ないように簡易牢を作ってしまった。
「ありがとうございます。霊魂軍団の皆さん」
 にこっと微笑んだルイは、先へ進むことにしましょう、と二人を促す。

 村の中央へと向かった三人は、白い狼が刀を口に咥え家の壁などを蹴り、動きの遅いアンデットを翻弄しながら浄化していく姿を見た。
 狼の咥えた刀に切られたアンデットはその場でゆっくりと元の肌の色を取り戻す。呪われた青黒い肌から肌色へと。
「あれも……お仲間ですかね」
 アイラスの呟きにルイは頷く。
「素晴らしい身のこなしです。あの分ですとお一人であの区画のアンデットは全て浄化し終えるのではないかと」
 その時、ふとアイラスは目の端を動く素早い何かを目に留めて振り返った。
 そこにはアンデットに追いかけられている少女がいた。
 アイラスはすぐさま走り出し、少女を追いかけているアンデットの足を狙い殺手で切り裂く。
 そのアンデットに向け、ルイは霊魂を放つ。
 がっちりと霊魂は動こうとするアンデットを掴み、先ほどの牢の中へと入れてしまう。

「相変わらず見事だな」
「霊魂の扱いならお任せを。それよりも…早く先に進んだ方がよろしいのではないですか?」
「あぁ、やっぱよ、夢は楽しく見るもんだ。おっ死んじまってまでも悪夢ン中彷徨ってるってのはいただけねぇよな。やっぱよ、夢ってぇのは生だ死だなんざ関係なくよ、こう楽しくだな。それこそ桃色腹黒イロモノ親父フェスティバル万歳☆ってな位のアレじゃねぇと駄目だろ?」
「桃色腹黒云々には賛同しかねますが……」
「いいんだよ、そういうことで。さて、いくかね」
 ニィ、と笑みを浮かべたオーマはルイを促し先に進む。

 しかしその先にある光景に二人は足を止めた。
 アンデットによる死の宴。
 生きながらにそのまま血肉を貪られる人間の姿。
 家が焼かれその炎でその様を伺うことが出来る。闇夜に浮かぶ金色の目は闇の色。
 声など恐怖で出ないのだろう。
 ちぃっ、と舌打ちをしたオーマが走るのと同時にルイは宙に先ほどと同じ様な魔法陣にも似たものを形成し巨大な霊魂を呼び出す。
 そしてオーマが走る先に迫り来るアンデットをその霊が全て掴んでは先ほどの牢の中へと突っ込む。
 その間に背後から強力な精神波が放たれ、あっという間にその場にいたほとんどのアンデットが浄化される。
 オーマは磔にされていた人物達の元へと駆け寄り助け出した。
「今助けてやるからな。気を失うんじゃねぇぞ」
 具現した救急箱の中から包帯など必要なものを取りだし、素早く応急手当をしていく。
 ルイの使役する霊魂軍団がアンデットを次々と捕獲していく中、先ほど一人で戦っていた白狼もやってきて残っているアンデットを浄化させていく。
 空からは白と黒の対極の翼を羽ばたかせたフィ−リとルーセルミィが舞い降りてきた。
 そして二人は降り立った場所に寄ってきたアンデットを浄化効果のある剣で叩き斬る。
 すっと憑きものが取れたように倒れ込む人々。
 アンデットの数もだいぶ減り、村には静けさが戻りつつあった。


------<闇の中の真実>--------------------------------------

 動いている全てのアンデットを浄化、そして捕獲完了する。
 全員が村の中央に集まってきていた。
 先ほどまで白狼の姿だった疾風はいつもの姿に戻り、変わり果てた村をぐるりと見渡す。
 火の勢いはだんだんと収まってきていた。すぐに鎮火するだろう。

 助けることが出来たのは結局十人だった。
 生き残った者達の話では、アンデットが村を襲ったその時点で村人はその村人たち十人を残し、全て喰われてしまったのだという。
「十人ですか……」
 数を数えていたアイラスが首を傾げる。
「十一人の間違いではありませんか?」
「いや……俺たちだけが隠れてたんだ……子供らは皆で遊びに出かけていたからそのまんまやられちまった……」
「それでは……こちらの子は一体?」
 日吉がアイラスの隣に立つ先ほど助けた少女に目を向け告げる。
 日吉は先ほど墓地で見つけた小さな靴の足跡を思い出す。それは丁度この少女位の大きさだった。
 見つからぬように扇に手をかけ、日吉はその少女に照準を合わせる。
 静かな静寂が満ちる。
 まるでその場の刻が止まったかのようだった。
 助かった男が告げる。

「そんなガキはうちの村にはいねぇ…」

 じっ、と皆の視線がその少女に注がれた。
 くすり、と少女が笑う。

「なんだ、つまんないの」
 あーぁ、と残念そうに少女は呟きそのまま羽もないのに宙に舞う。
 せっかくオモチャ出来たと思ったのに、とくすくす笑い闇に融けていく。
 それを日吉がくるりと舞いながら、魂鎮めの舞をくらわせる。先ほども少女はそれを受けても傷が付くことはなかった。だから先ほども見逃してしまったのだ。日吉の魂鎮めの舞は半径80メートルほど全体にその効力が放たれるというもの。それでも平気だったのだからとすっかり安心してしまっていた。
 日吉の攻撃と同時にオーマの銃口も火を噴く。
 しかし日吉の攻撃もオーマの銃も全く効果がなかった。
 透け始めた少女の身体は闇に完全に融け、全く浄化される気配がない。

「まったねー。…闇はアタシの領域。死はアタシの源…ちょーっと今回はこっちが全滅させられちゃったけど。次はアタシが勝つよ?」
 その時はこの姿じゃないと思うけど、と高笑いが闇の中から聞こえてくる。
 それは四方から聞こえてくるようで、場所の特定すら出来ない。
「あの子が今回の原因の……」
 日吉はぎゅっと手を握りしめる。
 見つけていたのにそれを目の前の子供と結びつけられなかった。墓から這いだした少女の足跡だと思ったのだ。
 そして日吉は死者の魂を愚弄するような行為に憤りを感じる。
「申し訳ありません。手がかりはあちこちに鏤められていたはずなのに」
 そう謝罪する日吉を責める者は誰もいない。
 自分たちも気づくことなく、そして今もまんまと逃げられてしまったのだから。

 まだ笑い声は聞こえている。
 フィーリは敵に逃げられたことで胸の中に不思議と満ちるもやもやとしたものを打ち払うべく、必要なくなった聖水の入ったビンを地面に叩き付けた。
 するとそこにのたうち回る少女の姿が現れる。
 すかさず逃げられないように、ルイは呼び出した蛇の霊で少女をグルグル巻きにしてしまった。
「おぅおぅ、ちょーっとヤリ過ぎじゃねぇかね」
 訳があるなら聞いてやる、とオーマが言うが少女は首を振る。
「苦しい……苦しい……」
「……あなたよりももっと酷い苦しみを味わった方々がたくさん居ります。それともあなたもまた、闇を流離う者なのですか」
 疾風の瞳は哀しみに満ちていた。
「死ねないんだ……長生きとかそういうんじゃなくずっと同じ死を生かされている。死がアタシで闇の中がアタシの世界。道はない。ずっと同じ場所を回っているだけ」
 苦しくてつまらないんだ、と少女は苦しみながら呟く。
 すると身だしなみを完璧に整えたルイが少女に一礼し告げた。
「わたくしで宜しければあなたを導くことが出来ます。死があなたということならば、死人とも考えられます。ループを抜け出したいとお思いですか?」
 ルイの問いかけに少女は頷く。
 この自分の中だけの世界を壊してくれるのなら、と。
 繰り返される時は要らない。変化のない毎日は要らない。

 それならば……、とルイは先ほど集めたアンデット牢の前へと皆を集める。
 そしてその中に少女を入れた。
 牢といっても霊魂軍団で出来た牢だ。天井はない。
 西に傾いた月の光が微かにその牢の中を照らす。彼らを照らす最後の月の光。

「ちょーっと待った。俺様のビックでイロモノな技を餞別代わりにくれてやるよ。特別サービス一気にズガーン☆と一発な」
 そう言って具現能力の応用で悪夢ではない夢をアンデットと少女に見せてやる。
 終わらない悪夢の中で見た夢を忘れてしまう位のとびきりの夢を。
 誰にも邪魔されない心からの夢を。

 そしてルイの掲げた二本の杖の先がぽうっと色を放つ。片方は蒼、そしてもう片方は紅。
 それぞれの色を放つ杖を宙に向け、先ほどと同じように魔法陣のようなものを描いていく。
 二色の魔法陣のようなものが絡み合い、そして淡い光を放ち始める。
 それは柔らかく神々しいまでに美しい。
 牢の中に入っていた者達の身体から光り放つ球体が出てきては、その宙に浮かぶ魔法陣のようなものに吸い込まれていく。
 まるで蛍が浮かんでいるようにそれは綺麗だった。
「次に目覚めた時は、きっと深い闇ではなく輝く光の下でしょう。それまで暫し‥おやすみなさい」
 先ほどと同じ哀しい目をした疾風がそう呟く。
 その時、何処からか可愛らしい歌声が響いてくる。
 焼けた家の塀に腰掛けたルーセルミィだった。
 軽く瞳を閉じ、浸るように歌い続ける。
 その隣には塀に寄りかかったフィーリが立っていた。
 そのルーセルミィの声に少女は反応する。

「……知っている……」
「この地方の子守歌だってー」
 ジークがフィーリの肩に留まったまま告げる。
「子守歌……」
「もしかしたらお前さん、昔はこの土地で暮らしていたのかもな」
「懐かしい……」
「よかったですね」
「心穏やかにお休み下さい」

 少女は導かれるままに意識を手放す。
 再びこの地に戻ってこれることを願いながら。

 少女の身体から出てきた光る球はルイの導きの元、迷うことなく浄化された。
 歌い終わったルーセルミィが小さな溜息を吐き、登り始めた太陽を眺める。
「これがキミたちにできるボクの精一杯。ゴメンね…」
 呟いた言葉は朝焼けに溶ける。

 オーマはそんな朝焼けに染まる空を眺めていた。
 静まりかえった村に温かな光が満ちる。
 死にながらの生。
 永遠に続く悪夢の日々。
 それが、先ほどの精神感応で見せた夢が少しでも癒しになれば良いと思う。
 闇の色が消え、世界には陽の暖かさが満ちる。
 少しでも温かい場所へと導いてやることが出来たらと思う。
 再生の予感さえ感じられるその光に、オーマは眩しそうに目を細めた。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1112/フィーリ・メンフィス/男性/18歳/魔導剣士
●1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト
●1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り
●2085/ルイ/男性/25歳/ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制)
●1582/玉響夜・日吉/女性/21歳/戦巫女
●2181/天護・疾風/男性/27歳/封護
●1411/ルーセルミィ/男性/12歳/神官戦士(兼 酒場の給仕)

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは、夕凪沙久夜です。
この度はアンデット退治にご参加頂きありがとうございます。

今回は大いに腹黒同盟さんのトップ3を書かせて頂けてとても嬉しく思っております。
三人で集まった時はあんな感じでしょうか?ドキドキ。
ついつい楽しくて大変長いお話になってしまいましたが、楽しんで頂ければ幸いです。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました。