<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


生への渇望


------<オープニング>--------------------------------------

「最近、墓が掘り返されてるって話聞いた事があるかい?」

 エスメラルダが酒の入ったグラスを片手にそんな事を告げる。
 確かに最近そのような噂をあちこちで聞く。
 その噂話はここから北に暫く行った地域が発生源だった。
 しかし話はそれだけに留まらなかった。
 先ほど入ってきた新しい情報はそれがただの金品強奪のためではないと告げている。

「ただ掘り返されてるだけなら、金品強奪のための……と話はつきそうだけど、本人が居なくなっているっていうんだからね。しかも金品はなくなっている様子はない。そしてさっき日が暮れると同時に一つの村が襲われた」
「………生ける屍……アンデットか……」
 ビンゴ、とエスメラルダは大きな、そしてやるせない表情を浮かべる。
「感情がなくなっちまってるアイツラは生きている者達への憧れ、そして憎しみという想いだけに囚われている。ずっと抜け出せない悪夢にね」
 だからせめてひと思いに……、と呟いてエスメラルダは悔しそうに爪を噛んだ。
「そんなに遠い村じゃない。この街にやってくるのも時間の問題。彼らを安息という名の眠りにつかせてやってほしいんだよ。この地に繋ぎ止められた枷を外してやってくれないかね」
 そう言って、エスメラルダはぐるりと辺りを見渡した。 


------<歪められた理>--------------------------------------

 なんとなく足を運んでしまい、今日も黒山羊亭へとやってきた天護疾風は扉を開けた瞬間に飛び込んできた言葉に首を傾げる。
 エスメラルダが騒いでいるのは、アンデットに襲われた村があるということのようだった。
 丁度出てきた客に話を聞いてみると、先ほど近隣の村がアンデットに襲われ、そこから次に向かう場所がエルザードなのではないかという話が出ているとのことだった。
 疾風は眉を顰める。

 時の流れ、そして世の理に反することは、きっといつか禍となる。
 それを疾風は見逃すわけにはいかなかった。
 時の流れを弄ることは、世の全てを敵にするようなもの。
 ねじ曲げられた現実は何処かに歪みを作り出し、更なる歪みを導き出す。

「私はそれを黙って見過ごすわけには参りません」
 そう呟き、疾風は黒山羊亭を後にする。

 胸の中にあるのは哀しい女神の姿。
 いつも先に逝く者を見送るだけの。
 哀しく淋しいことだが、決して生死の理を覆すことはせずその痛みにも耐え続ける哀しい人物を。
 そんな人物を識っている疾風は、何よりも生死の理を覆すことは赦せなかった。
 それは役目と言うよりは愚かな私情ゆえ、と疾風は心の中で笑う。
 作られた歪みを取り去るべく疾風はそのアンデットに支配されたという村へと向かうことにする。

「行きましょう‥憐れな者達の元へ」

 疾風は黒山羊亭から地上へと出る階段を上り終えるといつも付けている眼鏡に手をかける。
 村に着くのは早ければ早いほうが良い。
 それならばこちらの姿の方が良いでしょう、と疾風は自らその銀鎖付の眼鏡を外す。
 自らの手で眼鏡を外すことで、自分を形作る組織が入れ替わる。
 人型から獣型へ。
 疾風は瞬時に白狼の姿となり、空を見上げる。

 とても静かな夜だった。
 何処かの街がアンデットに襲われているとはとても思えないほどに。
 月明かりが優しく世界を照らし出す。
 そして疾風は先ほど聞いた村の方角へと顔を向け、アンデットの待つその村へと駆けだした。

 その速さは通常の人間の数倍以上だった。
 物凄い速さで駆け抜けていく白狼を見て、人々は何事かと振り返る。
 しかし振り返った時にはもうすでに白狼の姿は見えなくなっていた。


------<アンデットの巣窟>--------------------------------------

 村に着くのにそう時間はかからなかった。
 村はエルザードの街からそんなに遠いわけではなかった。

 月明かりだから明るいのではなく、あちこち家が燃えていてその火の粉が夜空に舞う。
 これが襲われた村でなく、ただの祭りであったならたいそう綺麗に見えただろう。
 しかし、これはアンデットに襲われた村だった。
 あちこちで金色の目が光る。
 全てアンデットなのだろうか。
 ぐるりと辺りを見渡した疾風はその目の多さに驚く。
 優に800体はいるようだった。
 しかし怯んでいる場合ではない。
 村人もまだ生き残っているかもしれない。
 そして、無理矢理起こされた使者達の思いも全てもう一度眠りにつかせなくては。

 生への憧れ?
 憎しみ?

 それでは永遠に生き続けなければならない者は死への憧れを。
 そして死せる者へ憎しみを向ければいいのだろうか。

 死して土へと帰ることが出来る者を羨む者が居ることを知らないのだ、きっと。
 生き続けるしかできないことがどれ程までに苦しいことか知らないのだ、きっと。

 生を望む者と死を望む者。
 その間で苦しむ疾風。
 ずっとその苦しむ姿を見続けてきた。
 多分、そのまま眠りにつくことが一番良いことなのだ、きっと。

『…眠りなさい、本物の悪夢に捕われる前に』

 疾風は出現させた霊刀『静宴』を口に咥え、白狼の姿のままアンデットの群れの中へと飛び込む。
 襲いかかるアンデットは疾風の速さについてくることは出来ない。
 刃の形を自由自在に変え疾風は駆け抜ける。
 アンデットの群れの中心に突入した疾風は、瞬間的に刃の長さを10メートルほど伸ばし、それを勢いよく振る。
 風が唸るように鳴り、疾風を囲んでいた数十体のアンデットがその刃に斬られ、浄化された。
 霊刀『静宴』には浄化の力があった。
 青黒い肌が一瞬にして本来の死人の色である土気色へと戻る。
 そしてそのまま疾風は倒れたアンデットを跳び越え狭い路地へと入り込む。
 そこに集まってくるアンデットを素早い身のこなしで次々と浄化していく。
 そのままその路地を駆け抜け再びアンデットの群れの中へと戻るが、家屋の壁を蹴り上空から斬りつけ、着地した瞬間に再び刃を伸ばし倒れたアンデットの脇を駆け抜けた。
 咥えた歯に感じる肉や骨を断つ感触。
 しかし、それよりも死しても尚動き続けなければならない意識の方が痛いに違いない。

 今までに何体倒しただろうか。
 既に200体は軽いだろう。

 広場のような所に出るとそこには先ほどの倍以上のアンデットが蠢いている。
 疾風は静宴の形状をブーメランの様に変え、それを勢いを付けて投げてやる。
 あっという間にその場にいたアンデットはバタバタと倒れていく。
 そして戻ってきた静宴の形状を元のものに戻し、絶妙なタイミングでそれを咥える。
 そのまま疾風は広場を駆け抜ける。
 残っていたアンデットを全て斬り伏せた。
 村の中に残っているアンデットは残り300体ほど。

 その時、ぴくり、と疾風は耳を動かし外の気配に意識を集中する。
 空から一人、そして入口から三人ほどの足音が聞こえる。
 依頼を請けおった人々だろうか。
 疾風はとりあえず目の前のアンデットを浄化することを考え、他の四方に散らばったアンデットはその者達に任せることにした。
 そして疾風は先ほど異様な雰囲気を感じた者がいた場所へと駆ける。
 アンデットのようにも見えたが異質なものを何処か感じる。
 しかし、その姿はもう無く何処に行ったかすら分からない。匂いなども何も残ってはいなかった。
 そうこうするうちに再び疾風はアンデットに取り囲まれてしまう。
 疾風は壁を使い、アクロバティックな動きで相手を翻弄し一瞬のうちにアンデットを地に沈める。
 遠くで疾風の動きを見ている人物達がいたが、その者達もすぐにアンデットに囲まれ戦闘を開始している。
 その中に一人見かけた人物がいたが、今は確認することが出来ない。
 疾風はまるで細いしなやかな刃に形状を変えるとそれで周りを薙いだ。
 ぴっ、という微かな音と共に目の前にいたアンデットは全て倒れていた。
 その直後、物凄い波動で力が押し寄せてくる。
 力が通り過ぎると疾風の背後に押し寄せてきていたアンデットが全て倒れている。
 今のは浄化の風だろうか。
 疾風は村の中央へと走る。

 そちらはまだ家から火が出ており、橙の光で染め上げられていた。
 そして中央にはアンデットによる死の宴。
 生きながらにそのまま血肉を貪られる人間の姿。
 家が焼かれその炎でその様を伺うことが出来る。闇夜に浮かぶ金色の目は闇の色。
 声など恐怖で出ないのだろう。

 疾風はその者を救うべく近くのアンデットから斬り伏せる。
 ルイの使役する霊魂軍団がアンデットを次々と捕獲していく。
 空からは白と黒の対極の翼を羽ばたかせたフィ−リとルーセルミィが舞い降りてきた。
 そして二人は降り立った場所に寄ってきたアンデットを浄化効果のある剣で叩き斬る。
 すっと憑きものが取れたように倒れ込む人々。

 アンデットの数もだいぶ減り、村には静けさが戻りつつあった。


------<闇の中の真実>--------------------------------------

 動いている全てのアンデットを浄化、そして捕獲完了する。
 全員が村の中央に集まってきていた。
 先ほどまで白狼の姿だった疾風はいつもの姿に戻り、変わり果てた村をぐるりと見渡す。
 火の勢いはだんだんと収まってきていた。すぐに鎮火するだろう。

 助けることが出来たのは結局十人だった。
 生き残った者達の話では、アンデットが村を襲ったその時点で村人はその村人たち十人を残し、全て喰われてしまったのだという。
「十人ですか……」
 数を数えていたアイラスが首を傾げる。
「十一人の間違いではありませんか?」
「いや……俺たちだけが隠れてたんだ……子供らは皆で遊びに出かけていたからそのまんまやられちまった……」
「それでは……こちらの子は一体?」
 日吉がアイラスの隣に立つ先ほど助けた少女に目を向け告げる。
 日吉は先ほど墓地で見つけた小さな靴の足跡を思い出す。それは丁度この少女位の大きさだった。
 見つからぬように扇に手をかけ、日吉はその少女に照準を合わせる。
 静かな静寂が満ちる。
 まるでその場の刻が止まったかのようだった。
 助かった男が告げる。

「そんなガキはうちの村にはいねぇ…」

 じっ、と皆の視線がその少女に注がれた。
 くすり、と少女が笑う。

「なんだ、つまんないの」
 あーぁ、と残念そうに少女は呟きそのまま羽もないのに宙に舞う。
 せっかくオモチャ出来たと思ったのに、とくすくす笑い闇に融けていく。
 それを日吉がくるりと舞いながら、魂鎮めの舞をくらわせる。先ほども少女はそれを受けても傷が付くことはなかった。だから先ほども見逃してしまったのだ。日吉の魂鎮めの舞は半径80メートルほど全体にその効力が放たれるというもの。それでも平気だったのだからとすっかり安心してしまっていた。
 日吉の攻撃と同時にオーマの銃口も火を噴く。
 しかし日吉の攻撃もオーマの銃も全く効果がなかった。
 透け始めた少女の身体は闇に完全に融け、全く浄化される気配がない。

「まったねー。…闇はアタシの領域。死はアタシの源…ちょーっと今回はこっちが全滅させられちゃったけど。次はアタシが勝つよ?」
 その時はこの姿じゃないと思うけど、と高笑いが闇の中から聞こえてくる。
 それは四方から聞こえてくるようで、場所の特定すら出来ない。
「あの子が今回の原因の……」
 日吉はぎゅっと手を握りしめる。
 見つけていたのにそれを目の前の子供と結びつけられなかった。墓から這いだした少女の足跡だと思ったのだ。
 そして日吉は死者の魂を愚弄するような行為に憤りを感じる。
「申し訳ありません。手がかりはあちこちに鏤められていたはずなのに」
 そう謝罪する日吉を責める者は誰もいない。
 自分たちも気づくことなく、そして今もまんまと逃げられてしまったのだから。

 まだ笑い声は聞こえている。
 フィーリは敵に逃げられたことで胸の中に不思議と満ちるもやもやとしたものを打ち払うべく、必要なくなった聖水の入ったビンを地面に叩き付けた。
 するとそこにのたうち回る少女の姿が現れる。聖水で姿を現したのは偶然が重なっただけかもしれない。
 ちょうどそれが少女の潜む影だったということと、落ちたのが聖水だったということ。
 浄化の力では効果がなかったが、純粋なただの聖水に少女の闇の力が反応してしまったのかもしれない。
 すかさず逃げられないように、ルイは呼び出した蛇の霊で少女をグルグル巻きにしてしまった。
「おぅおぅ、ちょーっとヤリ過ぎじゃねぇかね」
 訳があるなら聞いてやる、とオーマが言うが少女は首を振る。
「苦しい……苦しい……」
「……あなたよりももっと酷い苦しみを味わった方々がたくさん居ります。それともあなたもまた、闇を流離う者なのですか」
 疾風の瞳は哀しみに満ちていた。
「死ねないんだ……長生きとかそういうんじゃなくずっと同じ死を生かされている。死がアタシで闇の中がアタシの世界。道はない。ずっと同じ場所を回っているだけ」
 苦しくてつまらないんだ、と少女は苦しみながら呟く。
 すると身だしなみを完璧に整えたルイが少女に一礼し告げた。
「わたくしで良ければあなたを導くことが出来ます。死があなたということならば、死人とも考えられます。ループを抜け出したいとお思いですか?」
 ルイの問いかけに少女は頷く。
 この自分の中だけの世界を壊してくれるのなら、と。
 繰り返される時は要らない。変化のない毎日は要らない。

 それならば……、とルイは先ほど集めたアンデット牢の前へと皆を集める。
 そしてその中に少女を入れた。
 牢といっても霊魂軍団で出来た牢だ。天井はない。
 西に傾いた月の光が微かにその牢の中を照らす。彼らを照らす最後の月の光。

「ちょーっと待った。俺様のビックでイロモノな技を餞別代わりにくれてやるよ。特別サービス一気にズガーン☆と一発な」
 そう言って具現能力の応用で悪夢ではない夢をアンデットと少女に見せる事に成功するオーマ。
 終わらない悪夢の中で見た夢を忘れてしまう位のとびきりの夢を。

 そしてルイの掲げた二本の杖の先がぽうっと色を放つ。片方は蒼、そしてもう片方は紅。
 それぞれの色を放つ杖を宙に向け、先ほどと同じように魔法陣のようなものを描いていく。
 二色の魔法陣のようなものが絡み合い、そして淡い光を放ち始める。
 それは柔らかく神々しいまでに美しい。
 牢の中に入っていた者達の身体から光り放つ球体が出てきては、その宙に浮かぶ魔法陣のようなものに吸い込まれていく。
 まるで蛍が浮かんでいるようにそれは綺麗だった。
「次に目覚めた時は、きっと深い闇ではなく輝く光の下でしょう。それまで暫し‥おやすみなさい」
 先ほどと同じ哀しい目をした疾風がそう呟く。
 次の命を与えられている者。それは幸せなことだ。永遠を生き続けることの孤独と戦うことに比べたら。

 その時、何処からか可愛らしい歌声が響いてくる。
 焼けた家の塀に腰掛けたルーセルミィだった。
 軽く瞳を閉じ、浸るように歌い続ける。
 その隣には塀に寄りかかったフィーリが立っていた。
 そのルーセルミィの声に少女は反応する。

「……知っている……」
「この地方の子守歌だってー」
 ジークがフィーリの肩に留まったまま告げる。
「子守歌……」
「もしかしたらお前さん、昔はこの土地で暮らしていたのかもな」
「懐かしい……」
「よかったですね」
「心穏やかにお休み下さい」

 少女は導かれるままに意識を手放す。
 再びこの地に戻ってこれることを願いながら。

 少女の身体から出てきた光る球はルイの導きの元、迷うことなく浄化された。
 歌い終わったルーセルミィが小さな溜息を吐き、登り始めた太陽を眺める。
「これがキミたちにできるボクの精一杯。ゴメンね…」
 呟いた言葉は朝焼けに溶ける。

 疾風はそんな朝焼けに染まる空を見上げる。
 先ほど、黒山羊亭を出てから見上げた空とは全く別のものだった。
 静まりかえった村に温かな光が満ちる。
 この光が、疾風の知る人物の永遠とも思える長い人生の中で微かな光となってくれればよいのにと願い、眼鏡を直しそっと瞳を伏せた。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1112/フィーリ・メンフィス/男性/18歳/魔導剣士
●1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト
●1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り
●2085/ルイ/男性/25歳/ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制)
●1582/玉響夜・日吉/女性/21歳/戦巫女
●2181/天護・疾風/男性/27歳/封護
●1411/ルーセルミィ/男性/12歳/神官戦士(兼 酒場の給仕)

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは、夕凪沙久夜です。
この度はアンデット退治にご参加頂きありがとうございます。

すみません、プレイング格好良すぎて倒れ伏しておりました。
それなのに全然生かせてない気がします、すみません。
なんといいますか白狼の姿で刃咥えての戦闘って想像するとものすごく格好良いんですが、私が書くとなんでこう……!
もどかしい部分がありましたが、とても楽しませて頂きましたv
ありがとうございました!