<東京怪談ノベル(シングル)>


不思議な薬草を求めて


 オーマは死んでいた。
 ……と、一言で言ってしまうとかなり語弊があるので正確に描写すると、異世界より侵入せし異形の生物を討伐・封印する『ヴァンサー』であり、腕の良い医者であり、薬草専門店店主でもあるオーマ・シュヴァルツは、自身の経営する店のカウンターに突っ伏して、今にも死にそうな淀んだ目を宙に漂わせていた。その様子には日頃見られる活気と男気に溢れた熱い雰囲気は全く無く、見ている側も覇気を無くしてしまうくらい草臥れ果てている。
「や、やっぱり……あのぬらぬらと葉緑色に輝き、マグマの如くゴボゴボと気泡を立てていたスープを一気飲みしたのは厳しかったな……流石の俺でも、自慢のダンディブラックな髪の毛がオールドホワイトに変わりそうだったぜ……」
 溜息を吐きながら呟くと、オーマは「ぐふっ」と一声落として目を閉じた。このオーマにここまでダメージを与えた原因は、自身が愛して止まない麗しき妻が作った朝食だった。美貌と母性に溢れた、口の悪さと凶暴さがちょっと玉にキズ☆、だがそれもまた愛らしい(とオーマは心底から思っている)妻の最大の問題は、その恐ろしいまでの料理下手である。妻が手に取る前はきちんとした普通の食材だったものが、一度調理を始めると青緑色の泡がブクブクと湧き、淡紅色の煙が回りに立ち込め、鍋は爆発し、包丁が飛び交い、明らかに食べ物の匂いではないと考えられる複雑な匂いが充満し……とりあえず物凄く大変な状況になるのだ。
 だから普段は外食か、オーマが食事を作っているのだが、何の気まぐれか神の悪戯か、今日に限って妻は早起きをして、気合の入った朝食を作っていたのである。例え目に入れても腹を踏みつけられても痛くないと吹聴している大事な愛娘は、母親の目をどう回避したのか既にその場には居なく、オーマは一人で殺人味の食事を食べなければならなかった。
「く……あれさえなければ最高の妻なのに……」
 呟いた言葉は、天地が引っ繰り返っても変わることはないと知っているために酷く弱々しい。カウンターに突っ伏したまま、オーマは深い溜息を吐く。
「はぁ……何とかならねぇもんかねぇ……」
「あのー」
「あの料理下手をどうにかできなくても、せめてアレを美味く感じることができればいいんだが……」
「あの、すみません」
「無理だよなぁ……はぁー……」
「あのー!」
 溜息の合間に聞こえてきた声に、オーマは顔を上げた。見ればいつの間に店に入って来たのか(単にオーマが気づかなかっただけなのだが)小さな子供が、カウンターの上にいるオーマを見上げている。子供はフードのついた緑色のぶかぶかなローブを着込み、大きな皮袋を抱えていた。
「お? 何だ、お客か?」
「あ、いえ、そうじゃないんですけど……えっと」
 起き上がったオーマに、子供が皮袋を抱えなおす。
「僕、色んな町へ行って珍しい薬草を売って回っているものです。えっと、ここは薬草屋さんですよね? 何かお役に立てるものがあればと思いまして」
「ほー? ガキのくせに偉いもんだなぁ。で? 珍しい薬草ってどんなもんがあるんだ?」
「えっとですね、煎じて飲むと膝の骨がコキコキ言うのをピタッと止められる薬草とか、ものすっごい死ぬほど苦くて実際あまりの苦さにショック死した人もいるくらい苦いんですけど万病に効く薬草とか、何かに悩んでいる人にこれを与えるとピピーンと発想の天使が舞い降りる薬草とか」
「珍しいっていうより、珍奇な薬草だな」
 そう言って、オーマは皮袋の中から出される小瓶を摘み上げた。中にはピンクや黄色などカラフルな色をした薬草が入っていたが、オーマは特に興味を惹かれない。あまり需要のないものであることもそうだったが、大ダメージを受けた直後のせいで、そういったものに明るい反応ができる気分ではなかったのだ。
 だが、その気分も次の瞬間、一気に吹き飛んだ。
「煎じてふりかければどんな不味い料理でもとっても美味しく感じられるようになる不思議な薬草とか」
「何!?」
 突然ガタンっと立ち上がったオーマに、子供が驚きのあまり飛び跳ねる。怯えたように皮袋を抱きしめる子供に、オーマは物凄い剣幕で迫った。
「そんなもんがあるのか!?」
「あ、え、あの、ありますけど、あれ? いや、あるんですけど、あるっていうか、あったっていうか、すみません、あの、ホントにごめんなさい、えっと、昨日隣町で売ったので在庫終わりだったみたいで、えっとあの、ごめんなさい、売り切れ、で、す……」
 泣きそうな顔でしどろもどろながら答えた子供に、オーマはがっくりと肩を落とす。その落胆振りに子供は慌てて言葉を続けた。
「で、でもですね、あの、その薬草はすごく貴重で、三十年に一度取れるか取れないかって話なんですけど、えっと、これはあの本当は秘密なんですけど、実は今年その薬草が生えたらしくて、でもそこにはすっごく危険な動物が住み着いちゃってて、で、今僕の仲間達が取りに行くかどうするかって話し合ってるんですけど、あの、もし行ってくれたりするんであれば、えっと」
 行きます?


 ドォンッと心臓が揺さぶるられるような轟音が響き、衝撃波が子供を襲う。子供が思わず頭を抱えてしゃがみ込むと、前にオーマが立ち塞がり、片手で衝撃波をいなした。
「大丈夫か、坊主」
「は、はい……」
「すっごく危険な動物が住み着いたって聞きゃあ、やっぱりてめぇかよ」
 そう言ってオーマが挑戦的な笑みを向けたのは、青く輝く鬣を持つ四足の獣だった。一見すれば獅子のようにも見えるが、炎のように揺らめく鬣とその鮮やかな青が、通常の動物ではないと知らせている。
 異形の生物。
「あ! オ、オーマさん、あれ! あれです!」
「あ?」
 慌てたように子供が指差した場所を見れば、四足獣の足元に一輪の可愛らしい花が咲いていた。薄い橙色の小さな花を指差し、子供が叫ぶ。
「あれが『煎じてふりかければどんな不味い料理でもとっても美味しく感じられるようになる不思議な薬草』です!」
「何っ!?」
 その言葉を聞いて、オーマの目がギラリと輝いた。あの花さえあれば、愛する妻の作る拷問の如き料理に、脂汗ダラダラではなく、爽やかな笑顔で「美味しい」と答えられるようになるのだ。娘だって母親の料理を食べれるようになる。オーマの長年の夢だった「花と緑と光の溢れる美しい庭にテーブルを出して、家族皆でのんびりと愛妻の作った料理を食べる」ことも叶うのだ。
 オーマの頭に素晴らしき光景が浮かぶ。妻の優しい笑顔、娘の愛らしい笑み、見た目はともかく味は美味しい食事。普通だ。とっても普通の家族に見える。
 普段、自分も含めてかなり個性の強すぎる家族に囲まれているため、ちょっと普通の一般家庭というものに憧れているオーマであった。
「いよーっし! ちゃっちゃと封印して、愛妻の料理を食べに行くかっ!」
 俄然やる気の出てきたオーマが四足獣に手の平を向け、己の精神力を具現化させた。現れた、自分の身の丈ほどもある巨大な銃を構えると、オーマは四足獣に照準を合わせる。油断や過信などではなく、それほど苦戦するような相手には見えないため、オーマは意気揚々と引き金に指をかけた、瞬間。
 四足獣が、足元に咲いていた橙色の花を、ぱくりと食べた。
「あ!!」
 オーマと子供の声が重なる。丹念に噛み砕くように咀嚼して花を飲み込んだ四足獣は、突然のことに驚いて固まっている二人に、にやりと意地の悪い笑みを見せ、背中から大きな翼を作り出して飛び立っていった。
「あ、あの花は三十年に一輪しか咲かないのに……」
 ぽつりと子供が呟くと、オーマが地面にがっくりと膝をつき、項垂れる。銃が、異形の生物を追う気力もないオーマの精神的ダメージを表すが如く、どろどろと溶けていった。


 オーマの夢は、当分叶いそうもない。










★★★

どーもー、ハジメマシテコンバンワ。緑奈緑で御座います。
今回はシチュエーションノベルの発注、有難う御座いました! 「作風に心惹かれた」なんて言葉を頂いちゃって、感謝感激恐悦至極です。オーマさん(PLさん)のイラストこそ、この鮮やかな色彩に細かな装飾には、私の目がズドーンと打ち抜かれてしまいましたよ(笑)。

聖獣界ソーンは今回が初めてだったので、世界観を掴むのに苦労しましたが、何とか書き上げられてよかったです。PLさんの期待に答えられていればいいのですが、如何でしたでしょうか? 薬草を手に入れるか入れないかで、最後まで悩んだのですが、結局面白い方向&愛妻最強路線で行こうということで、こういう結末にしてしまいましたが(笑)、楽しんで頂ければ幸いです。

素晴らしき腹黒イロモノ親父様の物語を書かせて頂き、有難う御座いました!

以上、これをきっかけに聖獣界ソーンにも足を踏み入れてみようかと調子にのっている緑奈緑でした。

★★★