<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


鈴音遊戯


------<オープニング>--------------------------------------

「音がね、聞こえるんだそうです」

 鈴の鳴るような音とガラスが鳴るような音が、とジークフリートはエスメラルダに告げる。
「何かおかしな点でも?」
 鈴の音なんてあちこちから聞こえて来るじゃないか、とエスメラルダは言う。
 確かに祭りの多い時期になってきたため、鈴の音等は最近街中に溢れていた。
「街中では普通ですけど、どうも洞窟内から聞こえてくるらしいんですよ。不思議に思って中に入って探してみても誰一人としてその中には居ない。だけど、音だけが響いているそうなんです。隠れる場所もどうやら無いようですよ」
 カラン、とジークフリートの手にしたグラスの中で氷が鳴る。
 すると目の前にいたバーテンがそれを指さして言った。
「それと同じ原理だったりしませんか?洞窟内にある湖の中に何かが崩れたとか……あ、でもそれじゃ駄目ですね」
 薄い壁とかでないと反響しませんよね、とバーテンはバツが悪そうに笑う。
「そうねぇ、水に落ちただけじゃ、どぼんっ、て感じだろうしね」
「そうですねぇ。それと、ただ音が聞こえるだけだったら良いんですけどね、最近なんかおかしな事になってるらしくて。その洞窟付近で行方不明者が結構出てるらしいんです。それも子供の」
「ジーク……そんな呑気に話してる内容じゃないと思うけどねぇ」
 はぁ、とこういう時だけマイペースなジークフリートに呆れた様子を見せるエスメラルダ。
「子供の親は心配で仕方ないだろう。さっさと解決してやろうじゃないか」
 エスメラルダの言葉にジークフリートとバーテンは頷いた。


------<お酒はお好き?>--------------------------------------

「本当にヴェルダはお酒が好きね」
 ふふっ、とティアリス・ガイラストはワイングラスを傾けながら隣に座るヴェルダに告げる。
 ヴェルダはティアリスを見て微笑む。
「そういうティアだって結構飲んでるじゃないか」
「でもヴェルダほどじゃないわ」
 それにこれは度数が低いし、とグラスの中で淡い紅の液体を揺らす。
 その時ステージから降り立ったエスメラルダが二人の元へとやってきた。
 それを見ながらヴェルダはいつものようにきっとまた何杯目か聞くのだろう、と思いつつエスメラルダを眺める。
 すると案の定、エスメラルダは聞いてきた。
「おや、ヴェルダ何杯目?」
「さぁ、どの位かな。途中から数えるのを止めてしまったから。15杯目までは数えていたんだけど」
 その言葉を聞いてエスメラルダは引きつった笑みを浮かべる。
「15杯?……明日またお酒注文しなくちゃ……あんたが来ると翌日は必ずお酒の注文をしないと店を開けられないんだよ。全く」
「古い酒を客に飲ませなくて済むんだから、逆に感謝して貰っても可笑しくないんじゃないのかね。黒山羊亭の酒は美味いって皆言うだろ?」
 楽しそうにヴェルダがエスメラルダに言うと、参りました、とエスメラルダが折れた。
「はいはい。そうよ。ほとんどあんたのおかげ。……それでティアリスは何杯目?」
「私はまだ5杯目よ」
 エスメラルダは、これが普通だよ、と声を上げる。
「良かった。ティアリスはまだこのウワバミに毒されてなかったんだね」
「え?……エスメラルダ?えーと…気をつけた方が良いわよ?」
 ヴェルダの極上の笑みを見たティアリスがにっこりと微笑みながらエスメラルダに忠告をするが、時既に遅し。
 背後からエスメラルダにヴェルダの鉄拳が下った。
 暴力反対、とは思いつつもついついエスメラルダには手が出てしまう。毎度毎度このような会話をしているのだ。
 がっくりと膝をついたエスメラルダは、大きな溜息を吐いて、悪かったよ、と告げるとティアリスの隣へと腰掛ける。
 そして更にその奥に座って、皆の様子を眺めていたジークフリートと話し始めた。
 その時だった。
 のんびりとした口調で、「音がね、聞こえるんだそうです」とジークフリートが告げたのは。

 ティアリスとヴェルダは顔を見合わせつつ、その話を聞く。
 隣にいるのだから聞き耳など立てなくても聞こえてくる。
 話終えたジークフリートにヴェルダは問いかける。
「いつ頃子供達は居なくなったんだい?」
 んー、と暫く考えてたジークフリートだったが言う。
「そうですね、ボクが聞いたのが昨日なので2・3日前からですかね」
「ちょっと心配だねぇ。もし何か危険な目に遭っていたら、それを放置するわけにもいかんだろう」
 そう呟くとティアリスも頷く。
「そうね。それに食糧の問題だってあると思うし。…ねぇ、ヴェルダ」
 ティアリスは隣のヴェルダと視線を合わせ、二人は何かを示し合わせるように小さく頷く。
 あれは一緒に行こうという合図だろう。
 同行してもしなくても構わなかったが、ヴェルダはその話に興味が湧いた。子供達が…という点に心惹かれたということもある。それに記録者としての立場的にも気になるところだった。放っておくわけにもいかないだろうと思いながら、ヴェルダはティアリスがエスメラルダに問いかけるのを聞いた。
「エスメラルダ、その調査私たちが行っては駄目?」
「え?いや、それは構わないけれど。正式な依頼じゃないから報酬とか何も無いと思うよ?」
 そんな言葉にティアリスとヴェルダは笑う。冗談ではないと。
「私たちがそんなもの欲しさにやるって言ったと思う?」
「随分見くびられたもんだね」
 ふぅ、と呆れたようにヴェルダが溜息を吐く。
「違うわよ。ただ確認してみただけでしょう。二人がお金目当てでやるって訳じゃないこと位分かってるわ。…情報は少ないけれど子供達が早く見つかってくれると嬉しいし」
「そうね。早いほうが良いわよね。ヴェルダ行きましょ?」
 それとも酔ってる?、とティアリスが冗談めかしてヴェルダに尋ねる。
「まさか。これくらいで酔ってたらザルだのなんだの言われないだろうよ」
 よく分かってるじゃない、とぼそりと呟いたエスメラルダをちらりと見てヴェルダはティアリスの後に続く。
「帰ってきたら酒位は奢ってくれるんだろう?」
 振り返り、ニヤリ、とヴェルダが笑うとエスメラルダが頬をひくつかせて告げる。
「えぇ、酒樽5・6個用意しておくわ」
「嬉しいねぇ」
 こんなやりとりも日常茶飯事だ。半分本気の半分冗談。軽口を言い合える仲というのは実はとても素敵なことなのかもしれない。
 くすくす、と笑いヴェルダとティアリスはそんなエスメラルダの居る黒山羊亭を後にした。


------<音の在処>--------------------------------------

 黒山羊亭を出た二人は空に浮かぶ満天の星に笑みを浮かべる。
「綺麗ね、何度見ても星空って」
「あぁ、そうだね」
 毎日毎日空は移り変わっていくものだが生まれ変わるたびに、夜が生まれるたびにまた美しく空は輝く。
 そんな星空の下、二人は子供達が消えたという洞窟へと向かう。

「ティアはどう思う?」
「それは子供達が消えたこと?それとも……」
「全部かしらね」
 ヴェルダの言葉にティアリスは、うーん、と考え込む。
「そうね…子供達は多分まだ洞窟の中にいると思うわ。中に子供達が楽しめる何かがあったら、帰ることも忘れて遊んでしまうんじゃないかしら」
 ヴェルダはどう思うの?、とティアリスに尋ねられヴェルダは小さく笑う。
「私は記録する者として、自分が憶測でものを言うのは好きではないから、今回はティアの推理に頼ろうと思ってたんだけどね」
「なんかとっても狡いような気もするけれど」
 ふふふっ、とティアリスは笑いヴェルダに微笑む。
「何も言わなくても良いから、少しは私の推理が当たるように祈ってて欲しいわ」
「そうだね。私も子供達が元気だといいと願ってるよ」
「笑ってると良いわね」
「あぁ」
 不安に泣いているよりも、笑っていてくれた方が良い。
 それは誰にでも言えることだったが、今は消えてしまった子供達のことを思う。

 そんな会話をしながら歩いているうちに、二人は目的の洞窟の前へと辿り着いた。
 その洞窟の奥から、リーンリン、と涼やかな音が聞こえてくる。
 まるで本当に鈴を鳴らしているかのようで。
 それは何処か楽しげにダンスを踊っている時に聞こえるような鈴の音だった。
 リズミカルにそれは響いてくる。

「とても楽しそうな音色ね」
「全くだ。中でお祭りでもやってるのかい?」
「どうかしら……行ってみましょう」
 ティアリスとヴェルダはカンテラの明かりを頼りに洞窟を進んでいく。
 行き止まりになるわけでも、分かれ道があるわけでもなく本当にぐるぐると道が続いているのみだ。
「何か見える?」
「いいや、今のところは全く」
 ヴェルダの千里眼をもってしても未だ何も見えない。
 子供達は何処に消えてしまったのだろうか。
 だいぶ奥までやってきたがまだ道は続くのだろうか。
 その時、目の前に大きな地底湖が現れた。
 そして道もそこで途絶える。
 ここがこの洞窟の最奥のようだった。
「凄い綺麗な水ね。底までしっかり見える」
「本当だね。地底湖は何処のものも綺麗だけれど、此処は本当に透明度が高い」
 微生物すら居ないのではないだろうか。
「ねぇ、もし何かあるとしたらここ位だと思うんだけれど」
 ティアリスが手にしたカンテラでそこら中を照らしくるりと回る。
 ヴェルダもそれに合わせて視線を巡らせた。
 第三の目でもしっかりと風景を認識する。
 そして導き出される違和感と新たな道。
 音は洞窟内に反響して場所の特定が難しかったが、もっと深い部分から聞こえてきているような気がした。
「見つけたよ。よく子供達分かったね、あの道が」
 感心したように告げるヴェルダにティアリスは首を傾げる。
「道があるの?」
「あぁ。こっちだよ」
 ヴェルダが、カツン、と音を鳴らして湖の上に立つ。
「えっ…!?湖の上……ヴェルダって水の上歩けたの?」
 声を上げたティアリスを見てヴェルダは笑う。
「違うよ、だからここに道があるんだ」
 ティアリスには見えないが、ヴェルダの足下にはしっかりとした道が続いていた。
 人一人位が歩ける幅だったが、見えているならまだしも見えない人にとっては危険極まりない道だ。
 自分の足下を指さしたヴェルダはティアリスの手を取り、ティアリスもその透明な見えない通路の上に乗せる。
「此処が奥へと繋がる道。だからさっき子供達がよく見つけられたね、って言ったんだよ。見えもしない奥へと続く道。案内でもされなければ分からないだろうね」
 真っ直ぐに道は続いているから、とヴェルダに言われたティアリスは真っ直ぐに歩を進めヴェルダの後をついていく。
 
 迷いもなく歩いていくヴェルダ。きっとしっかりと自分の足下にある透明な道が見えているのだろう。
 少しそれを羨ましく思いながら、ティアリスはやっと見えない道を歩くことから解放された。
 気疲れなのか辿り着いた時には少し疲れを感じていたが、それを見せずにティアリスは辺りを見渡す。

 地底湖を抜けた奥には氷の国が広がっていた。
 氷のファンタジーランドといったところか。
 氷で出来た城に、氷で出来た塔。煌びやかなステージなど目を引くものばかりだ。
 そしてそこには子供達の笑い声が溢れている。

「あれー?お姉ちゃん達どうしたのー?」
 ティアリスとヴェルダの二人を見つけた子供達がわらわらと寄ってきた。
「皆こそどうしたの?お腹空いてない?」
 ティアリスの問いに子供達は一斉に首を左右に振る。
「平気。あの水飲んでると全然お腹空かないんだよ」
 子供達が指さしたのは奥で湧き出ている泉だった。
「お腹は空かなくても…ご両親が心配してるんじゃないのかい?」
 えー?、と子供は首を傾げる。
「だってまだ一日も終わってないでしょ?」
 その言葉にティアリスとヴェルダは顔を見合わせた。
「いいえ、もう二日も経っているらしいわよ」
「うっそだー!だって俺たち寝てないもん」
 子供達は寝ずに遊び続けていたというのだろうか。
 それは泉の水の効果でもあるのかもしれない。
 どっちにしろこの空間は人工的に創られたものに決まっている。
 子供達にどうやって此処に来たのかをヴェルダが尋ねた。
「ここへの道はどうして分かったんだい?」
「あの子達が教えてくれたよ?」
 小さな羽を震わせた妖精達が、不思議そうにティアリス達を遠巻きに眺めていた。
「精霊?」
「…だね。ここは水と氷の精霊の共同作業で作られた場所なんだ」

 じっ、とその精霊を見つめると、羽を震わせる時に先ほど聞こえていた鈴の音のような音が出ていることが分かった。
 だから精霊が空を楽しそうに飛び回るたびに、触れ合う音は大きくなり、楽しげな音を響かせる。
 それが子供達を呼び寄せる結果となったのだろう。
 しかし、子供達もずっとここに居るわけにはいかない。

「此処へはまた来れるでしょう?一度ご両親の処へ戻ったら良いんじゃないかと思うんだけれど」
 ティアリスは子供達にそう提案してみる。
「だって、まだまだ遊び足りないよ」
「でも現に……」
 ティアリスがまだ続けようとするのをヴェルダが止める。
「それじゃ、こうしようじゃないか。私たちがもっと楽しいものを披露しよう。そしてそれで満足したら、一度家に帰ろう。そしてまた此処にご両親とも一緒に来ればいい」
 ヴェルダの言葉を必死に考える子供達。
 そして口々に、いいよー、と可愛らしい声を上げた。
「母さん達も連れてきてあげたら喜ぶよね」
「あぁ、喜ぶと思うよ」
 ティアリスもヴェルダも、顔見せるだけで喜ぶと思うけれど、という言葉を飲み込む。
 そしてここに子供達との話がまとまった。
 ティアリスもヴェルダも子供達に何を披露するかを打ち合わせする。

「そうねぇ、やっぱり剣舞かしら?歌も良いのだけれど」
「私は歌や……そうだね、それと昔話をすることかな」
 それぞれ適しているものがあるのだから、こういう時こそそれを生かさなければだめだろう。
「それじゃ、二手に分かれましょう。最後に一緒に歌を歌えたら楽しそうだけど」
「そうだね、最後は一緒に歌うとするか」
 ティアリスとヴェルダは二手に分かれ子供達を呼び集める。
 ざっと20人位は居ただろうか。
 それが散れぢれになっていく姿は、見ている側に微笑ましいという感情を呼び起こさせる。

 ヴェルダは自分を中心に子供達を目の前に座らせる。
 それが一番語りかけるのに丁度良いのだ。
「どんな話が聞きたいのかな?」
 子供達は手を挙げて、口々に自分の聞きたい話を語る。
 まとめてみるとどれもお伽話のような話を求めているようだった。
 ヴェルダが語るのはお伽話のような本当にあった話。
 以前、ヴェルダが自分の目で見てそして記録した物語。
 たくさん記憶してきたものの中から、子供達が好みそうな冒険譚を話してやる。
 それを聞く子供達の表情は、ヴェルダの言葉一つで顔をしかめたり笑ったりと百面相だ。
 子供達のそんな表情に囲まれてヴェルダも楽しくて仕方がない。
 ヴェルダはいつだって子供には甘いのだ。
 自分に喜びを与えてくれる存在が、笑顔を向けてくれる存在が愛おしくて堪らない。

 話し終えると子供達は、続きは続きは?、と催促する。
 しかしその話に続きはない。
 そこで記録は途切れているのだから。
 捏造しても構わなかったがそれは記録者としてどうだろう、とヴェルダは考え口籠もる。
 その間にも子供達はヴェルダの回りで、続きー、と騒ぎながら楽しそうな笑い声を上げていた。
 ちらり、と助けを求めるようにティアリスを眺めるとあちらも大盛況のうちに終わったようで近づいてきた。
 そして、歌いましょう、と告げる。

 その時、先ほどまで遠巻きに見ていた精霊達が近寄ってきて耳元で囁いた。
「歌に混ざっても良いかって?」
 こくり、と頷く精霊達。
 ヴェルダとティアリスは揃って笑い出した。
「もちろんだよ。ほら、あなたたちも知っている曲だったら歌うと良い」

 軽くヴェルダがリズムを取り歌い始める。
 それに声を重ねるように歌を紡ぐティアリス。
 そして続けて精霊達が羽を震わせ鈴の音を響かせた。
 子供達も何人か知っている者がいるのか、一緒に歌っている。
 ソーンの街中でよく聞かれる曲の一つだった。
 いくつもの音が重なり合い、それが氷の洞窟の中に響く。
 それはまるで賛美歌のように神々しくも氷で出来た世界に響いて遠くまで届いていくようだった。


------<鈴音遊戯>--------------------------------------

「さぁ、一度帰りましょう?」
 約束したわよね?、とティアリスに言われ子供達は頷く。
「うんっ。帰って父さん達連れてくる!」
「あぁ、そうすればこの子達も淋しくないだろうしね」
 りんりんと羽音を響かせている精霊達にヴェルダが笑いかける。
「またきて遊ぶんだー」
 子供達は踏み外すことを恐れもせずに透明な道を走っていく。
 そんな様子を二人は楽しそうに眺め、そして楽しそうに響く羽音を心地よく聞いていた。





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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1962/ティアリス・ガイラスト/女性/23歳/王女兼剣士
●1996/ヴェルダ/女性/273歳/記録者


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは、お久しぶりです。夕凪沙久夜です。
鈴音遊戯をお届けします。

ティアリスさんとの洞窟探検でしたが、如何でしたでしょうか。
少しでもヴェルダさんらしい部分を出せていたら良いのですが。
子供好きなヴェルダさんには子供達にまとわりついて貰いました。
ヴェルダさんはとっても面倒見の良い姐さんという感じで大好きですv

またお会い出来ますことを祈りつつ。
ありがとうございました〜!