<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


【ゴーストバスターズ】
「ふう」
 甘い吐息がこぼれる。エスメラルダが深くため息をつくのは、厄介な依頼が舞い込んだ時であると黒山羊亭の常連ならばよく承知している事柄であった。
 彼女は手にした依頼書をもう一度眺めた。
 依頼主は聖獣王エルザード。聖都エルザードの覇者である。
「王は黒山羊亭に腕利きの戦士が多数集まるということを、よく知っておられます」
 開店前に依頼書を携えて仰々しく来店してきた従者を思い出した。
「頼られるのはいいんだけど、ね。これはホントに厄介よ」
 依頼内容をまとめるとこうである。
 ――ゴーストが城を攻めてきた。敵は宙を自在に飛び、恐ろしい術を放つ。兵士たちは触れることも叶わず倒される。これを倒せる心ある者を探している。
 褒美は意のままに、と結ばれている。
 格闘技剣技ばかりの城の兵士では太刀打ちできないというわけだ。物理的でない、何らかの特殊能力を秘めた人材が必要となる。
 不安要素がこれである。黒山羊亭に訪れる戦士は確かに多いが、数は自然と絞られてしまう。
「……ま、悩んでいても仕方がないか」
 エスメラルダは志願者が出てくることを期待して、メニューに貼り付けた。

 城に到着した戦士たちを出迎えたのは近衛隊長だった。
 一行は城一階の一角にある会議室に通された。
 近衛隊長は咳払いをして語り始める。
「ではこれより敵――ゴーストについてお話をさせていただきます。奴の目的は不明。私の予想としては、あれはただの戦闘狂です。襲撃の理由を問いただしても無駄でしょう。やってくるのはいつも夜ですね。裏庭から。で、散々暴れたあとに帰っていく。そして敵は1体なのですが、なにぶん不定形なものですから、分裂したりくっついたりで……まあ1体と考えていいでしょう」
 頷く戦士たち。
「ところで、皆さんはどんな方法で戦われるのですか?」
「僕は完全に素手格闘でのお仕事になりますね。ただ、魔力を込めた拳ですので幽霊に対しても有効打を与えられるでしょう。ああ、僕はゴーストハントの経験がありますので」
 淡々と語るのはアイラス・サーリアス。彼はフィズィクル・アディプトという種類の戦士で、自己の魔力により肉体や精神を強化する戦法をとる。
「私は刃に闘気を纏わせて闘う。いつも闘気を使い続けるのは少々骨が折れるのだが仕方ない」
 たまにはいい鍛錬になる、と苦笑しながらジュドー・リュヴァインは言った。
「俺は精神力で銃を具現化させる。ま、物理攻撃とは違うから大丈夫だろうよ。ほれ、こんな風に」
 オーマ・シュヴァルツは実際にそれをやってみせた。いきなり目の前に自分よりも巨大な銃器が出現して、隊長は驚嘆した。
「皆さんがうらやましいですね。我々にもそんな力があれば」
 隊長は複雑な表情をした。

 雲はひとつとしてない。風も吹かない。深海にように静かな夜となった。
 ただ、煌々と半月が照っている。雅な風景と言えなくもないが――。
「どっきりイロモノホラードリームイリュージョンinエルザード城ってか?」
「オーマさん、変な言葉思いつきますね」
「……まあ、何者かが来ればすぐわかりそうなものだな」
 アイラスたちは裏庭に待機している。特殊能力のない兵士たちはこの戦闘では役に立たないので、この場には彼ら3人だけだ。
「ところで言っておきたいんだが、俺はゴーストを殺すつもりはねえ。――いや、成仏が正しいか? ともかく殺しはしねえ。もっと言えば引き取り希望だ」
 と、オーマは腕組みしながら言った。
「なぜに」
 ジュドーが怪訝そうにたずねる。
「絶対不殺主義がポリシーだからよ。これまでそうしてやってきた。そういうわけでおまえさんたちも同調してくれるとありがたいんだが」
「僕はまあいいですが。二度と城を襲わなくなるようにすればそれでいいでしょうし。ジュドーさんは?」
「……生かすのが前提となると手加減が難しいのだがな。せいぜい努力はしよう」
 咄嗟に、3人は同時に外側の城壁を睨んだ。
 白く半透明の物体――いや、液体か気体か。一目では判然としない、よくわからないものが浮いていた。石の壁をすり抜けたのだ。顔には貼り付けたような黒い目と口だけがある。
「すぐ吹き飛びそうな見た目に惑わされちゃいけませんよ。きっととんでもない変化をする」
 アイラスは両拳に魔力を蓄えながら仲間に忠告する。了解した、とオーマとジュドー。
「さあ、いっちょ腹黒とイロモノと親父の真心ってぇのをガッツリ叩き込んで――」

 ゴーストは――フッと消えた。

「こしゃくな!」
 ジュドーがいち早く後ろを振り向いた。
 そこに出現していたゴーストに唐竹を見舞うが、闘気はさほど込めていなかった。刀は
当たったがさほどの手ごたえもなく、切り裂いた体はすぐに再生した。これではほとんど空振りに近い。
 ゴーストは宙高くに上昇した。虚ろな顔が笑っているように見えた。強敵だ、とジュドーは呟いた。
 ――敵はまた消えた。
 ゴーストはアイラスたちの真上にいた。完全な死角だった。気づいた時には、両手から吹雪と火炎を同時に放たれていた。
 3人ともたまらず腕や脚に凍傷と火傷を食らった。その時にはゴーストはまた消失していた。今度もどうあっても手の届きそうにない前方の上空。
 風が少し吹き、傷に沁みた。
「神出鬼没というやつか。侮れん」
「それでもすぐに反応できたジュドーさんはさすがですね。しかし……参りましたね。ああして空にあっちゃ手が出せない」
「なら当然俺の出番だろ? 遠距離攻撃は任せな」
 オーマが巨大銃を具現化させ、銃口を向ける。
 彼の思念は、敵であろうと怪我ひとつさせないように。だからその効果は――金縛り。
 ギャウン!
 電光じみた銃弾は、獣じみたスピードで獲物に迫る。
 だが弾が直撃する寸前、ゴーストは真ん中から8つに分かれた。アイラスたちは驚愕した。
「あっつ、やたら増えてしまいましたね」
「ち、当たれば今ので終わったってのに」
 キキキキ! 初めて声を――奇声を上げた。
 ゴーストたちは縦一列になって、戦士たちに襲いかかってきた。
 その前にジュドーが立ち塞がる。
「あれは斬ってもかまわんだろう? 滅すれば元通りひとつになるはずだ。……さあ、こっちへ来い! 私はたったひとりだぞ!」
 ジュドーはアイラスたちから離れ、駆けた。ゴーストたちがそれを追う。
 1対8。あまりにも分が悪すぎる。
 だが、それはジュドーでなければの話。
 彼女を追った時点で勝敗は半ば決している。
「はああああああああ!」
 全開の闘気をすでにこめていた刀を一閃させた。
 場が白熱した。アイラスたちも思わず目を閉じる。
 広範囲に爆弾を投げつけたかのよう。砂塵と爆音の中から悲鳴が聞こえた。
「キ、キ……」
 ゴーストは――2体に減っていた。すでにパワーが落ちていることが誰の目にも明らかだ。
 それを見逃す彼ではない。
「これで元通り!」
 とっくに間合いを詰めたアイラスの正拳が、ゴーストの片割れを引き裂いた。断末魔が上がり、蒸気のように消え失せる。
 1体になったゴーストは、恐怖の表情を色濃くしていた。
「オーマさん、今です!」
 当然、すでに準備は完了している。
「痛くしないから、おとなしく食らってくれよ!」
 銃口から終わりの銃弾が放たれた。
 
■エピローグ■

「敵を捕縛したと申すか?」
 依頼を果たした戦士たちは、それぞれ城の一室をあてがわれ存分に休養した。そうして翌日、依頼主であるエルザード王の間に赴いたのだった。
「この俺が責任を持ってガッツリ親父色に染め上げますよ」
 オーマの言葉に、王はすぐに頷いた。信用しているのだ。
「まあ、よしとしよう。こたびの一件、切に感謝する。ありがとう」
 側近たちは驚きの声を漏らした。エルザードのトップが一介の冒険者に直々に礼を言うなど、そうないことだ。
「では約束どおり、望むままの褒美を取らそう。何なりと申すがよい」
「僕は街外れにドラゴンを飼うための小屋が欲しいですね。最近飼い始めたので」
「私は特に。よい戦いができただけで充分です」
「別にモノはいらねぇさ。そういうモンはてめぇの手で手に入れる主義なんでよ。まぁその代わりに王様さんよ、エルファリアの嬢ちゃんの笑顔ってぇのをガッツリ護ってやってくれよな? ひとりの親父としてよ」
「あいわかった。……しかし欲がないな。それぞれに船の一隻でも与えるつもりでいたのだが」
 場の全員が笑い合う。王はこの上なく表情を穏やかにした。
「また事件が起きたその時は、そなたたちに依頼したいものだ」

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
【1149/ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳/武士(もののふ)】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 参加に制限のある話でしたが、ちゃんと集まってくれてよかったです。
 ところで、戦闘系のオープニングもそろそろネタが
 思いつかないので(汗)、今後はマッタリ系が増えるかもしれません。
 
 それではまた。
 
 from silflu