<PCクエストノベル(5人)>


DESTINY CALLS〜ルクエンドの地底湖
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■冒険者一覧■
【整理番号 / 名前 / 性別 / 年齢 / クラス】

□1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39 / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り
□1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / フィズィクル・アディプト
□1893 / キャプテン・ユーリ / 男 / 24 / 海賊船長
□2059 / 奏慧 / 女 / 18 / 邪祓い
□2287 / リオン / 男 / 14 / 『カルパ=タルー』の後継者

■助力探検者■
□なし

■その他の登場人物■
□ ナグルファ / 黒衣のウォズの完全体
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***PROLOGUE***
 
 其処はオーマ・シュヴァルツが本拠地とする、ある種の力によって構築された病院の一室。と言っても当然誰かの病室ではなく、広々とした空間に長椅子二つと卓状テーブルが置かれた談話室であった。
 手にしたソーンの地図に目を落とし、珍しくオーマ・シュヴァルツが沈思して、かれこれ数分が経っている。
 視線は聖獣界の北東に位置する一点へと投げられたまま、唇は引き結ばれ逞しい両腕もがっしりと組むその姿。見つめる場所は『ルクエンドの地下水脈』と名付けられた魔境にも似た危険地帯。見守る人々の視線も皆一様にオーマを見ては、机に広がったソーンの地図へと行き来する。

アイラス:「あの、オーマさん?」
 控えめに、しかし意識せずともよく通る、そんな涼やかで優しげな声音がオーマの耳に届いた。
オーマ:「――アイラスか…悪ぃな、少しばかり考えに浸っていた」
アイラス:「はぁ…」
 何時もと何処か違った様子のオーマに、アイラスの青く澄んだ瞳も少し不安げに揺れた。 
 アイラス・サーリアス――瞳と同色の髪を持ち、詩や音楽を嗜む一見して吟遊詩人のような繊細さを漂わせる青年である。ふとしたことから今回の冒険話を訊き、最初に同行を申し入れた人物でもあった。冒険とはあまり縁が無さそうな風貌たが、オーマの友人にして腹黒同盟の大幹部という地位に居ることから、只者ではないことは推して知れる。

ユーリ:「おおかた例の黒っぽいウォズのことでも考えてたんじゃないの? まっ、ウォズってのはソーンに生息している魔物より、数段性質の悪い奴らだからね。それにしてもオーマがここまで考え込むってのは珍しいけど…」
 細身のアイラスの後ろからのそっと顔を出して呟いた彼は――キュプテン・ユーリ。
 巨人族の血を引く人間であり、海賊船「スリーピングドラゴン」の文字通り船長である。
 端正な顔立ちを持ち、オーマにも劣らない巨躯を誇る彼もまた、オーマの親しい友であった。ちなみに彼の肩に止まり、時折ぱたぱたと風を送っている小竜の存在が余計に目を引いたりするのだが、曰くユーリーの相棒らしい。名前は確か、ちびドラゴンの「たまきち」…。
 キャプテン・ユーリ。彼もアイラスに続いて同伴を言い立てた口であった。

アイラス:「ユーリさんはウォズを見たことがあるんですか?」
 間近で「たまきち」に風を送られて、微笑みながら髪を押さえ訊ねる。
ユーリ:「あるよ。見ただけじゃなくて実際戦ったこともある」
 肩で扇風機のような活躍ぶりを示す相棒の頭を撫でて、少し考えるような素振りで応えた。
オーマ:「今度のウォズはもうちっとヤベェ代物だがな…」
ユーリ:「だったら尚更同行しないわけには行かないだろ?…それに、異世界に繋がる扉、僕も興味があるんでね」
アイラス:「オーマさんが踏み入れた異世界への扉と道ですか。本当にあるんですね〜」
オーマ:「……………」

 オーマ・シュヴァルツはまたもルクエンドの地下水脈へと足を踏み入れようとしていた。
 彼が「いわく」つきのルクエンド地下水脈へ足を踏み入れるのはこれで三度目。
 一度目は道探しの過程で地底湖を発見した時。二度目はその地底湖を調べるために出向き、途中で奇妙なウォズと同伴する羽目になった。更に黒衣を纏った謎の「敵」の出現に、オーマ自身が窮地へ陥ったのだ。あの記憶は苦い・・・。
 同伴していた少女(ウォズ)のお陰で命を取り留めたようなものだが、考えるとため息混じりに苦笑が零れた。

アイラス:「どうしました?」
ユーリ:「また何か心配事かい?」
 微細な表情の変化を見てとって同時に声をかける。
オーマ:「いやな、今度はしくじるなって自分に言い聞かせたんだよ」

 異世界とソーンとを繋ぎ行き来できる道――
 黒衣の死神モドキの正体とその後の動静――

 今回の探索は何よりも件の「敵」をこのまま放ってはおけないという理由が大きい。
 あの少女――もう一人の娘は倒したとは言わなかった。まだあの地底湖に潜んでいる可能性もあるし、最悪放っておけばソーン全体に悪影響を及ぼしかねないと判断出来た。
 また前回と違って仲間を伴う冒険であるのだ。
 より注意が要るのは確かだったが、逆に頼もしいことでもある。
 特にアイラスとユーリの実力は弁えていた。
 となると――、
 オーマは自分と向かい合うように反対側の長椅子に腰を落ち着ける、もう二人の人物へと目を向けた。
 眼差しを細め、視線である種の確認を送る。

リオン:「俺も協力させて貰います!!!――ウォズって相手が危険だってことは分かりました。けど、異世界とソーンを繋ぐ扉の話・・・それを訊いたら、俺がこの世界に来たことと何か関係があるんじゃないかと。とにかく自分の目で確かめなくちゃって!!」
 もどかしそうな様子で必死に言葉を紡ぐ少年は先日知り合ったばかり。
 アイラスとユーリは少年の年齢からかやや躊躇いを見せ、それぞれ複雑な様子でオーマを伺う。
 オーマは長椅子から立ち上がると、少年リオンにゆっくりと近づき、目線を合わせるように屈みこんだ。
 リオン――幼さの残る顔立ちに宿った特徴的な赤い瞳。その輝きからはっきり意志の強さを確認したオーマ。不敵に口の端を吊り上げ、
オーマ:「安心しな、腹黒イロモノ親父ってのはよ、どんな奴だろうが…例えウォズでもだ――来るものは拒まねえ。……まっ、ちょっと前まではこうは行かなかったんだが…お前さんのそういった想いこそ大事なときに力になる」
リオン:「――じゃあ!?」
オーマ:「おぅ、一緒に来い!」
 オーマの言葉にパッと緊張していたリオンの表情がほぐれた。
ユーリ:「まあ、僕も一緒にお供するわけだから、滅多なことにはならないだろうけどね、安心して付いて来るといい」
アイラス:「ユーリさん頼もしいですね。あっ、それでは宜しくリオンさん」
 背後で様子を眺めていた二人は展開の予想が付いていたらしい。互いに顔を見合わせて微笑すると、承諾と歓迎の言葉を口にした。
リオン:「はい、ユーリさんアイラスさん、俺の方こそ宜しくお願いします!」
 元気に挨拶をするリオンの頭に掌を置いて、残る最後の一人へと顔を向けたオーマ。

 最後の一人はやはりオーマとは知り合いであるが、集まった仲間で唯一の女性。 
 奏慧――それが、佇むだけでオリエンタルな雰囲気を香らせる黒髪の女性の名前であった。
 彼女の瞳はリオンとはまた違った赤。其れが深く神秘的にオーマを見返せば、唇がゆるりと微笑を湛え。

奏慧:「オーマさんが真面目な表情で話すってことは、きっと凄く危険なことなんですよね? だから、私も連れて行ってください。こう見えても邪払いの端くれです、足手まといになるつもりはありません」
 穏やかに、しかし強い決意を言葉の内に秘めているのは皆が感じ取れた。
 ――それに、男性だけじゃ、アレですし…等と少々悪戯っぽい含みを持たせた言葉も紡いでみせる。

 そんな彼女に対して、微笑に苦笑を混ぜ合わせたような表情で頷いてみせた。
 邪払いとしての力の程より寧ろ「想い」が力となり支えとなる。リオンにしても奏慧にしてもそういう意味で十分な力となってくれるのが頼もしかったし、何よりも仲間たちの心意気が嬉しかった。
オーマ:「ああ、奏慧――よろしく頼む。まあ俺はいつだって真面目なんだが…」
アイラス:「そうですね、奥さんに尋問されている時でも色々と真面目らしいし…」
オーマ:「おい、アイラス………」
リオン:「え〜と?」
 笑顔のまま呟いた何気ないアイラスの突っ込みに、リオンが首を傾げてオーマを窺う。
 何か言い掛けたオーマの代わりに、
奏慧:「そうなんですかオーマさん?」
オーマ:「………」
 彼女にまで尋ねられて微妙な表情で頬を掻くオーマであった。
奏慧:「――それでは皆さん。改めて宜しくお願いしますね」
アイラス:「いえいえ、此方こそ宜しく」
リオン:「はいっ、宜しくお願いします!!」
ユーリ:「ふっ、キミのような可憐なお嬢さんが同行するなんて、これは道中も俄然華やいで嬉しい限りだよ。僕も宜しくね」
 と、自他共に認めるフェミニストのユーリ。
 奏慧は少し照れたように微笑みを返した。
 
 一行が旅立ったのは、翌日の昼頃となった。

***FEINT***

 三度ともなれば道を往くオーマの足取りにも躊躇いや迷いは見られなかった。
 いや最初からオーマにそんなものは無かったのだろう。堂々たる体躯が一向の先導役を務め、彼が片手に掲げるのはランタンではなく松明であった。無論ランタンの用意もあるが、不意を衝いて敵が出てきたときは松明の方が便利でもある。
 直ぐ後ろに続くのがアイラス。ちょうど真ん中にレオンを挟んで奏慧、ユーリが最後尾を守るという陣形であった。

オーマ:「前回来た時とはまるで空気が違いやがる――嫌な予感がするぜ」
 先頭を往くオーマが感じたままに心情を吐露し、眉をしかめた。
アイラス:「洞窟の奥に進むごとに、空気が濁っていく感じがしますよ…」
 …僕も嫌な予感がしますね、と小声でオーマに相槌を打つ。
 ぱちぱちと弾ける松明の火花に5人分の足音が重なると、音は嫌でも大きく洞窟内に反響した。
 程度の差はあれ、誰もが不吉な空気の濃くなっていくことを感じ取っているらしい。
 ふと、オーマが何かを感じ取り歩みを止めた。連鎖的に全員の足音がやむ。
 何事かと、一番年少であるリオンが緊張に喉を鳴らした。
奏慧:「リオンさん、緊張しているようですけど大丈夫ですか?」
 少年の様子を直ぐ背後で敏感に感じ取った奏慧は、小声で気遣うように声をかけた。
リオン:「えっ?…ぼ、俺は…だ、大丈夫です。奏慧さんこそ…平気ですか?」
奏慧:「私は平気ですよ。頼りになる皆さんもいますしね」
ユーリ:「そうそう、大丈夫さ。例え何が現れようと僕とオーマが居るからね――」
 奏慧の言葉にすかさず相槌を打ったユーリ。
 そんな後方組を他所に。
オーマ:「先で何か地面に倒れてやがる…お前等は少し待ってな、様子を見てくる」
 言い出すと同時に松明の明かりをかざして慎重に歩き出したオーマ。後ろからアイラスのみが付いて行くが、オーマは気に掛けなかった。
 やがて件の場所に近くと松明の明かりで辺りを照らし出した。
 すると足元で数匹蠢いていた昆虫たちが光を嫌って何処かへと逃げ去っていく。
 地面に横たわっていたのはかつて人間だった者達だった。
 躯は崩れることなく原型を保ったまま二つ、それぞれに鎧を纏い武器を握っている状態。アイラスとオーマは直ぐ彼らが冒険者であったことを見てとった。
アイラス:「うっ、これは――」
オーマ:「探索に来て遭難したか…、いや」
 既に白骨化した遺体に視線を落とし、屈みこんでもっとよく様子を観察すると、きつく唇を噛み締めるオーマ。瞳は解剖医が死者を検死する其れへと変貌。アイラスの方もオーマとは別にもう一方の死体を、沈んだ面持ちで調べ始めた。
アイラス:「餓死ではないですね――この裂かれた鎧…はっきりと斬られた痕跡がありますよ?」
オーマ:「こっちは頸部の骨が鋭利な刃で抉られた痕があるぜ…」
 互いに屈んだまま顔を見合わせると、どうやら同じことを想像したらしい。
 二人が何かを言いかけると、危険は無いと判断したのか残る三人も此方へやって来たらしい。よく響く三つの足音に二人が同時に顔を向ける。
奏慧:「あの、何か発見でもなさったんですか?」
ユーリ:「どうしたんだい、敵の類ではなさそうだけど?」
 最初、奏慧が薄闇から顔を出し、続いて意図的に彼女を守るかのような位置からユーリ。
リオン:「二人とも、ま…待ってくださいよ!」
 少し慌てた様子でリオン、と続く。
 オーマとアイラスは再び顔を見合わせて、地面に転がっている白骨を示して見せた。
奏慧:「―――!?」
ユーリ:「………」
リオン:「え、うわぁ!――こ、これは!!?」
 三者三様のリアクション。
 リオンの驚きに関してはユーリが「死体だね」とにべもなく呟く。
 言動を嗜める様にアイラスの眼差しがユーリの方へ流れると、青い瞳が眼鏡越しに少しだけ細められる。彼の言いたいことに気付いて、他には気付かれないように少々肩を竦めるユーリ。
奏慧:「…迷って遭難なされた方でしょうか?」
オーマ:「いや、二つとも刃物で襲われた形跡を残している。特にこっちの奴は、槍かなんかで刺されたのが致命傷だったらしい」
リオン:「それって? この人たち、怪物じゃなくて誰か他の冒険者にやられちゃったってことですか?」
アイラス:「可能性の一つとしてはそう考えられるね」
リオン:「………」
アイラス:「でも…武器を使うのは人間ばかりとは限らないでしょうし…」
 ソーンには人並みに刃物を操る魔物も数多く存在する。
ユーリ:「オーマ、例のウォズって可能性もあるんじゃないかい?」
奏慧:「黒衣の…ですか? でもオーマさんのお話によると槍ではなく鎌を使うのでしょう?」
ユーリ:「いや〜まあ、鎌でも使い様によっては槍みたいに…」
 自らの肩に乗せている「たまきち」に瞳を流しながら言い訳じみた説明に、片手の指先で頬を掻く。
オーマ:「違うな――」
 と、突然オーマが膝を起こし、断定するように言い放った。
 皆、一瞬怪訝そうな眼差しを彼に向けた。

リオン:「――え?」
奏慧:「違うの…でしょうか?」
ユーリ:「何故だい?」
アイラス:「…根拠でもあるんですか?」
 見事に全員から説明を求められるオーマ。

オーマ:「別にこれといって根拠はねぇ。俺様の勘だ」
 言い切られて各々複雑な表情で顔を見合わせて、溜息を吐いた。
 しかし思い直せば、ヴァンサーとして一流の戦士としてのオーマの勘である。
 一概に否定できるものでもなく。
オーマ:「まあ兎に角、ここは四の五の言ってる場合でもねぇ。さっさと目的地を目指す!」
アイラス:「そうですねぇ…ある程度の可能性を頭に入れて、先を急ぎましょうか」
 一行はそれぞれオーマとアイラスに促されるようにして歩き出した。
 が、独り奏慧のみはその場から離れようとはしなかった。
 自然最後尾を固めるはずで何事にもまず女性を優先するユーリ、付き添う形で彼も立ち止まる。
 後に続かない二人を訝しがりながら、リオンも立ち止まって振り返った。
リオン:「二人ともどうしたんですか? 早く先に進みましょうよ」
 手を振って催促する。
ユーリ:「――ちょっと待ってくれ」
 それに対してユーリがそう返し、奏慧の直ぐ側まで近づいて横合いからその様子を伺った。
 奏慧といえば、唇で小さく祈りのような呟きを漏らしていた。
 そっと片膝を折り両手合わせて目蓋を瞑る。
 どうやら、何処の誰とも知らぬ躯たちの為に黙祷と祈りを捧げるつもりらしかった。
 先頭を行くオーマとアイラスも立ち止まって、奏慧の様子にそれぞれ複雑な表情で顔を見合わせた。
ユーリ:「………」
奏慧:「せめてこの方たちに冥福くらいは祈りたいと思いまして…」
 側に立つユーリの無言をどう受け取ったのか、瞳を開きながら静かに紡ぐ奏慧。
ユーリ:「キミは優しいね。――なんて言うのかな、外見を裏切らない心根も美人だな…と、これは別に口説いてる訳じゃないけど、あっ…半分は口説いているのかも」
奏慧:「ユーリさん?」
 声が良く聞き取れなかったのか、不思議そうに首を傾げる奏慧。
と――異変が生じたのはその瞬間であった。
 信じられない出来事が連鎖的に起こったのだ。

 其の一、咄嗟に異変を感じ取ったオーマが緊迫した叫びを上げ、同時に周囲の空気が異常なスピードで邪悪なモノへと変化したこと。

 其の二、空気の変化がもたらした悪夢か、白骨化し既に生命力の枯れ果てた二つの躯が、バネのような勢いで体を起こしたこと。

 其の三、両手を合わせ躯に祈りを手向けていた奏慧の頭上に、ありえない白刃が振り上げられ、今まさに振り下ろされようとしていること。

ユーリ:「カナ!――危ない!」
 皆が唖然と硬直する中でユーリは逸早く状況に対応する。
 常に奏慧の側にいたのが幸いし素早く動くことも出来たのだ。
 フェミニストの面目にかけてか、咄嗟にロングレイピアを引き抜いて、二体の骸骨と奏慧の間に割って入ろうとしたのは流石の一言。
(こういう時に活躍してこその僕なのさ!!)
 ユーリから伺うと奏慧は愕然と目前の骸骨を見上げて動けないでいる様子。
 骸骨が奏慧に振り下ろす刃を華麗に払い、すかさず彼女を片手で抱き寄せ後ろに間合いを取る。
 ちゃっかりその後の彼女と取り交わす気障な問答、そんなことまで完璧に脳裏にイメージし…たのだが。
 現実は、彼の思い描いた結果よりもシビアであり、予定外であり、予想外であった。

 ともあれ、骸骨が白刃を振り上げた其処からは全てが一瞬の出来事だったのだ。
 確かに奏慧は一瞬愕然と骸骨を仰ぎ見た、しかしそれはユーリが思うほど長い時間ではなく、ほんの僅かなこと。彼女は瞬時として危機を察知すると、無意識に折っていた膝を伸ばし、赤い瞳も凛々と輝きを増した。
奏慧:「―――ふっ」
 可憐な唇から零れたのも悲鳴とは似つかない、鋭い気合の其れ。
 同時に紡がれたのは助けを呼ぶ可憐な言葉ではなく、音速に迫る掌打の唸りであった。
 一と二の動作が秒の間を置かずに行われる。
 ユーリが剣を抜くコンマ何秒か前に、襲われるはずであった奏慧の右手が閃いて、骸骨の腕の方が粉々に粉砕されてしまったのである。
 ―――ヒュ
 矢継ぎ早、繰り出されたのはしなやかに風を薙ぐ蹴り。
 其れが避ける暇すらあたえることなく即頭部を強打し、骸骨の頭を吹き飛ばした。
ユーリ:「――なっ!」
 ここでようやく剣を引き抜き、奏慧の前に踏み出して構えるに至ったユーリ。あろうことか彼は、目前で粉々に砕け散った骸骨の頭部にポカンと呆けてしまった。これは息遣いが伺えるほど奏慧の身近にいたのが災いした結果である。
 唖然とする人間たちを尻目に、残った骸骨のみはペースを崩さない。
奏慧:「ユーリさん下がって!」
 微かな叱咤の混ざった、確かな忠告。
 我に返ったユーリ。
 気付けば残った骸骨がほぼ目の前で、大剣を振りかぶりスイングした瞬間だった。
ユーリ:「――っ」
 ロングレイピアを揮うには、自分の体勢が無防備すぎる。
 思わぬ醜態を晒しながらも、其処はさすがに歴戦の剣士であるユーリ。間一髪で飛び退くことに成功する。
 変わって骸骨へと飛び込んだのは奏慧。
奏慧:「破ァ――!!」
 気合一閃、骸骨の二の太刀を潜りながら、旋回する奏慧の四肢。
 独楽のように回転し、敵の懐に入り込むと、反転しながらの肘打ちを鎧胸部へ叩き込んだ。
 下から突き上げるような彼女の一撃は、骸骨の身長差、体格差、ものともせずに数メートル先へ弾き飛ばす威力であった。
 洞窟壁にぶつかり、派手な衝撃に胴体の骨を粉々にされた骸骨。
 敵が地面に崩れ、けたたましい響きが鳴り止むと共に静かになった。
奏慧:「ふぅ…」
 美しく宙を舞っていた黒髪がふわりと肩にかかれば、ほっと吐息一つ。
 時間にして僅か数秒の出来事であった―――。
 再び静寂が戻り、邪悪な空気が薄れてから…。
ユーリ:「――え、…と、………あ…れ…?」
 何処か間抜けに第一声を発したユーリ。
 完全に当てが外れた。
 何よりも予想外の奏慧の実力を目の当たりにし、色々とショックが大きかったらしい。相棒を励ますように、空中へ羽ばたいていた「たまきち」も彼の肩へ舞い降り、さり気なく一声鳴いた。
 鳴き声にぴくりと奏慧が反応し、構えを解くようにして皆を振り返る。
 短い深呼吸の後、少し憂い気に微笑した彼女。
 穏やかに場の緊張は解れていった。
 すると、何もできなかったギャラリーたちが口々に騒ぎ出す。
リオン:「あ…あわわわ…」
 『鬼』の如き体術と動きに唖然として言葉も出ないリオン。
アイラス:「…奏慧さんは…実に…強いの…ですねぇ…」
 一種の芸術を垣間見たように感嘆をするアイラス。
オーマ:「…マジで…つ…強ぇ」
 体術勝負じゃ俺もやばいかも…と内心冷や汗気味なオーマ。
ユーリ:「あ、あはは…な、何事もなくて…良かったねぇ」
 引き攣ったように笑い返すユーリ。
奏慧:「はい、有難うございます。でも――私の国の言葉で、せめての冥福を祈ったのですけれど…」
 祈りを捧げた相手を自らの手で屠ったことに幾許かの罪悪感を感じた奏慧だった。
 微笑が憂いを秘めた理由はこの辺だろう。
 敏感に察したオーマとアイラスが交互に言う。
オーマ:「あれで良かったのさ。――気に病むな…寧ろ…」
アイラス:「ええ、寧ろ…今の様子は魔法の力に似ています。邪悪な死霊魔術――のような…。としたら骸骨は操られ、何者かに冒涜されていたことになりますね。だからその相手こそ許してはいけない者ですよ。奏慧さんは、二人の躯を利用した邪悪な力を払ったんです、オーマさんの言葉どおり気に病む必要はありません」
奏慧:「………」
リオン:「奏慧さん、二人の言う通りだよっ、気にすることはないってば。ああしなければ奏慧さんが危険だったし。それよりも、さっきの凄いの俺にも教えて欲しいな!」
 リオンはリオンなりに奏慧を励ますように言葉を紡ぐ。
 ゆっくりとだが奏慧はオーマとアイラスに小さく頷いて、今度は素直な微笑をリオンへと返した。
奏慧:「ありがとう…リオン」
リオン:「やっぱり奏慧さんはそういう笑顔の方が良いよ♪ ユーリさんもそう思うでしょ?」
 はにかんだように照れたリオンが、何気なく振ったのだが――。
 ユーリは何やら片手で額を押さえてぶつぶつと小声で呟いて反応しない。
 仕方なさそうに彼の肩に止まる相棒が、ギャーギャーとすまなそうに口を開いた。
 無論、リオンと奏慧には「たまきち」が何を言っているのか分からなかった。
 だがオーマとアイラスには朧気ながらに分かったらしい。
 一方は笑いを噛み殺す仕草で、一方は微苦笑で、背後の三人を促したのであった。
 

***CALM BEFORE THE STORM***
 
 洞窟に探索に入りどれだけの時間が流れたのか。
 『ヴァンサー』オーマ・シュヴァルツは、黒衣のウォズことあの死神のような存在と、再び相見えていた。

 其処はかつて彼が発見した地底湖――。
 しかしどう見ても其れは湖ではなく、何処かの王城の謁見の間という場所――。

 オーマの直ぐ隣にはアイラス・サーリアスが緊張の面持ちを保ったまま、同じように目前の玉座に腰掛けている「敵」と対峙している。
 彼らから少し離れた位置にはユーリー、奏慧、リオンの三人。
 その周囲には途中で遭遇した骸骨兵士たちと「同類のモノ」が、夥しい数で散らばっていた。他にも石人形(ストーンゴーレム)や、土塊人形(フレッシュゴーレム)の類、名も知らぬ羽や角を生やした魔物――いちいち種類を数え上げてもきりが無いほどの敵の残骸。
 全て玉座に端座する存在によって生み出されたかりそめの生命体である。

 オーマたちが地底湖を目指しルクエンドの地下水脈――かの迷路のような洞窟を往った先。
 突如として現れたのが地下とは思えない巨大な城郭であったのだ。
 先頭を行くオーマは一瞬道を誤り、別の未開な遺跡にでも辿り着いてしまったのかと愕然と驚いた。無論付き従っていた仲間達の動揺と驚愕も一様ではなかった。
 先に進めば巨大な城壁を目にし、衛兵の影さえ見えない真新しい城門を潜ると、目前には聖都でも稀な瀟洒な建造物が待ち受けていた事実。即ち紛うことのない何者かの居城であるらしきそれ。
 しかし先を進むにつれて、オーマは道を誤ったわけではないと確信しだした。理由は建物全体に非常に強力な具現化の力を感じたからである。それと符合するように現れたのが様々な敵であった。およそソーンでは見かけない類の敵や、誰でも知っているような怪物――そんな実に雑多な種類の敵がこの城には潜んでいた。
 無論、出合った全てを叩き伏せて目的の場所まで辿り着いたのだ。
 其処こそかつてオーマが異世界への扉を見た場所であり、もっとも強く具現化の力を感じ取った謁見の間であった。

 故に玉座に端座する存在が何者か――例え姿が違っていようとオーマには理解できた。
 豪奢なマントを羽織って甲冑に身を包んだ「敵」。
 面影を残すとすれば羽織ったマントと甲冑の色、そして首あたりまで長い髪の色――全てが黒に染まっていたことぐらいだろうか。
 「敵」は不思議な紋様の仮面で顔半分を覆っており、奥底から覗く瞳は黄金の輝きを放っていた。
 オーマでなくば黒衣のウォズとはまったく別の存在と感じ取ったはずである。
 が、オーマはかつて黒衣の敵に感じた気配を、玉座に座る「敵」にはっきりと感じた。何より相手の言葉が全てを肯定してくれたのだ。

仮面の人物:「待ち焦がれたぞヴァンサー…思ったよりは早かった。会えて私も嬉しい」
オーマ:「やっぱりテメェ、あの時の貧相な黒野郎かい」
 言葉が零れるごとに、ぞっとするほどの瘴気が立ち上る。
 相手の全身から黒々とした波動が立ち上るのを眺め、オーマは唇を歪めた。
仮面の人物:「その通りだヴァンサー。私のことは――そうだな、ナグルファとでも呼んでくれると良い」
オーマ:「ナグルファだぁ?――お前さんの名前なんざどうでも良い。俺を待っていたってのはどういう了見か訊かせて貰おうか?…それに、この城と…」
 そこで言葉を一旦切ると、背後に連なる怪物たちの躯を顎でしゃくり。
オーマ:「あれは一体何の真似だ?」
 訊ねられれば仮面の奥の瞳を細めて、自らも倒された躯たちへ視線を注ぐ。
ナグルファ:「ああ…あれか…。骸骨どもの方は此処に、もしくはこの近くまで探索に来た地上の連中だよ。最初の連中を私自らが滅ぼして、滅ぼした骸にかりそめの生命を吹き込んで手足にした。考える力も無いただの使い捨て労力だが、恐怖も動揺も反抗心もないのでまあ役には立つ。その他は具現化の実験による産物といったところか…」
奏慧:「貴方が死者を操っていたのですね。命を奪っておいてなお使役するなんて、これ以上の死者への冒涜は――許せません!」
 奏慧の憤りを薄く微笑して受け止めるナグルファ。
アイラス:「…危惧していた通り死霊魔術に近しい術ですか。しかし…貴方は何故そんな真似をするのです?――普通ならば糧を得るだけで良いはず」
 静かに様子を伺っていたアイラスがやや躊躇いがちに唇を開いた。
ナグルファ:「ふむ、ヴァンサーより多少なりともウォズの知識を得ている故の疑問か? 確かに最初、私は糧を得るだけだった。だが…何故かな、人の生命と精神を奪い続けていることにより、ふとこのような真似がしたくなったのだ。もっともらしい理由をつけるならば私自身が外へ赴けないからかもしれない。もともと――骸骨となった大半の連中は、餌として私がこの地底湖へと招き寄せたようなものだ。最初に見つけた犠牲者を操り、ありもせぬ様々な噂などを流してな。愚か者は集まるものだ――…財宝やら異世界への扉やら…蜜に群がる蟻のごとく」
オーマ:「何だとぉ!!?」
ナグルファ:「勿論狙いはそれだけではない。噂になればまたヴァンサーが訪れる可能性もあるとも考えた。私をこんな場所に縛りつけた原因とも言えるお前がやがてこの場所へやって来るとな。その為にも当初不完全であった私に、人という糧が必要だった訳だよ。幸いヴァンサー、お前は考えていた以上に早く、私に会いに来てくれた。理由は知らぬが…喜ばしいぞ」
 ロングレイピアに染み付いた血を手早く拭っていたユーリが、少し首を傾げながら訊ねる。
ユーリ:「オーマがキミを縛りつけていただって?」
ナグルファ:「そうだ。あの忌々しい小娘もどきのウォズから受けた傷も原因なのだろうが、地底湖に残したヴァンサーの封印も結果として私へ強く影響を及ぼしたのだよ。お陰で私はこの場所に枷を嵌められてしまった。これではヴァンサーを殺しに行くことも、外の世界へと出て行くことも出来い。故に手足になる者たちが必要となったのだ――いや、所詮はヴァンサー、お前と言う存在を待つまでの座興に過ぎなかったがな」
 玉座から淡々と流れる言葉。不思議と憎しみの色はなく、寧ろ歓喜にあふれているといった感じだ。
オーマ:「はっ、そうかい。俺としては犠牲者には申し訳ないが、お前みたいなとんでもない野郎を外の世界に出さなくて良かったと安心してるぜ。嬉しがるのも結構だがな――残念、お前さんには此処で大人しく眠りについてもらうぜ?」
ナグルファ:「ククク、私は糧を得て力を得ただけではないぞ? 此処には人間には決して見えないが、確かに異世界との扉も眠っている。ヴァンサーの封印でもう開かれることは無いが、それでも隙間から流れる数多の思念は、私に強い影響力を及ぼしてくれる。例えばこの城を造ったように、ここは文字通り私の王国でもあるのだ」
リオン:「異世界への扉――じゃあ、やっぱりここに存在するの!!?」
 探し求めていた答えに近づく鍵、少年は反射的に「敵」の言葉に反応した。
ナグルファ:「ククク…存在するぞ。そもそもルクエンド地下水脈という場所には、この地底湖の他にも似たような『力』と『想い』に満ち溢れた『扉』があるらしい。私はここで力を得てそれを知った。――もっとも知ったところで封印に縛られる身の私にはどうすることも出来ぬが。封印から解き放たれたら探ってみるのも一興だな。また…新たな魔物を組織して、地上に混沌でももたらすも一興」
オーマ:「ふざけろよ、テメェ!!!」
ナグルファ:「ククク、人の精神とは醜悪な性質に似ず誠に美味いものだよ。まして私の存在意義は人に仇なすもの…私にとって地上はさぞ楽しい世界であろうな?――さて、会話はもう此処まで良かろう。そろそろ行くぞ?」
 玉座から悠々と宣言する「敵」に全員が一斉に緊張した。
 それほどの威圧感を一様に感じ、また絶対的ともいえる力の差をも感じた。
ナグルファ:「今までに挑んだ者はそれなりに腕に覚えがあったようだが、その誰もが私に傷ひとつ付けること叶わなかった。…さて、お前達はどうかな?」
ユーリ:「冗談――僕達を舐めないで欲しいね、このキャプテン・ユーリ様は特に!!!」
 「敵」の嘲笑にまっさきに反応し、ロングレイピアの切っ先を「敵」に向けると昂然と言い放つ。
 楽しそうに見下す「敵」の黄金の眼差しは冷たい輝きに満ちていた。
 目を合わせたユーリが気圧されることは無かった。寧ろ侮辱と憤った。間髪入れずに義手を向けると仲間内に警告なく、いきなり至近距離からの『カノーネ』を発射する。
オーマ:「なっ! お、おい――!?」
アイラス:「ゆ、ユーリさん!!?」
(たまきち):(―――!!!!!)
 驚愕する二人と一匹。

「――――!!!」
 次の瞬間大気を揺るがし炸裂する破壊の炎。
 恐らくはこの場でこれほどの火力攻撃を叩き込んだ相手はいなかったであろう。「敵」は玉座に座ったまま何の反応も出来ずに必殺の砲撃、その直撃を全身で受けるはめとなった。 

 ゴオォォォン!!!!!
 洒落にならない震動と爆音が謁見の間を揺るがすと、その爆風に仲間達が顔を覆う。特に奏慧とリオンは身を屈めて熱波に耐える。
オーマ:「ば、馬鹿野郎!!――いきなり撃つんじゃねぇ、せめて目か何かで合図してから撃ちやがれ!!」
アイラス:「仲間の攻撃でダメージ受けるのは洒落になりませんよ…ユーリ」
 爆風の余波でふらふらと舞い上がった「たまきち」も抗議に鳴いていた。

奏慧:「ケホ…な、何なんです今のは!!?」
リオン:「わわわわっ、――ユーリさん、魔法も使えるんですか!!?」
 咳き込んで顔半分を覆う奏慧。
 両手で杖を握り締め目を丸くするリオン。
 各々それぞれにだが驚いたことは確からしい。
ユーリ:「あ…皆、悪かったね。つい…あいつの言っていることを聴いて余りにも頭にきてね。ちなみにリオン、これは魔法じゃないさ、義手に仕込んだ僕の秘密兵器の一つ『カノーネ』だよ。それと――カナは大丈夫、怪我してない?」
奏慧:「…ええ、少しだけ風にあおられただけですし、大丈夫です」
 ちゃっかり奏慧のみは本当に親身になって心配するユーリ。
リオン:「〜っ、凄いですねぇ、って…アイツは!!?」
 はっとしたリオンが玉座に目を向ける。
アイラス:「今の直撃を受けて無傷というのは想像できませんが――オーマさん?」
オーマ:「……………」
 振られたオーマは爆煙立ち込めて濛々と煙る玉座を、鋭く睨んだまま無言であった。
ユーリ:「正直、手応えはあったけどね…ウォズだとしたら…」
 (こんなに簡単に決着がつく筈は無いだろうね…)と、内心で苦笑するユーリ。
 やがて皆が見守るなか煙が薄っすらと晴れていくと、玉座に身じろぎもせずに現れた人影。
リオン:「そ、そんな――…」
 絶句するリオン。
奏慧:「まったく、効いて…ない?」
 彼女の言葉を肯定するように薄っすらと微笑したナグルファ。その身体には傷一つ付いておらず、ばかりか玉座自体もまるで無傷。
オーマ:「――ちっ、やっぱりこいつは、今まで一番ヘヴィな相手になりそうだぜ…」
 瞳に闘志を宿しながら唇を歪めるオーマ。
 言葉を合図に再度の緊張と威圧感が全員を襲った。
ナグルファ:「どうした? まさか――今のが『本気』だったとは言うまいな? だとしたら私は随分と失望するのだが…」
 嘲笑いながら、ゆっくりとユーリを指差すナグルファ。
 すると一瞬の間に強力な衝撃波が放たれ、それは避ける間もなくユーリの全身を襲った。
ユーリ:「―――!!!?」
 息を詰めて腹部の衝撃に耐えられたのは巨人の血を引く、頑健な彼だからこそ出来る芸当といえた。それでもユーリは数メートルも後ろに押しやられて片膝を折った。
奏慧・リオン:「「ユーリさん!?」」
ユーリ:「…っ、ぼ、僕は…だ、大丈夫だ――この位は何時ものことさ」
 慌てて駆け寄った二人に気丈にも笑って見せる。少なくとも骨数本にヒビが入ったはずであったが。
ナグルファ「ククク、――せいぜいあがいて屍となれ」
 玉座から立ち上がった「敵」。
 戦いの幕は、未だ厳かに上がったばかりであった。

***ONE WITH ALL***

 具現化された見事な支柱や、典雅な内装、支配を象徴する玉座。
 それらは既に開始された戦いによって半壊の状態となっていた。
 そう謁見の間は既に戦場と化していたのだ。

 オーマが具現化した銃から弾きだされた無数の弾丸。
 ユーリの義手より放たれたカノーネの砲撃。

 共に近・遠距離で必殺の威力を誇るのだが、「敵」にはまったく通用しなかった。
 秒速で大気を泳ぐヴァンサーの弾丸は「敵」が片手を一振りするだけで闇色に溶け崩れ、一撃で全てを粉砕するはずの高火力の砲撃は「敵」が片手を差出した時に生じる、緑色に輝くバリアのようなもので無効化されてしまう。

ナグルファ:「どうした――ヴァンサー? これでは私を封印することなどとても叶わぬぞ。…ばかりか仲間をも犠牲した挙句私の糧となるのが目に見えている。非力だな…人間は」
オーマ:「黙りやがれ、まだ生まれたてゼロ歳野郎が偉そうに!!!」
 怒涛のごとく休みのない攻撃を続けるオーマ。間合いをとっては眉間や心臓といった人間ならば十分急所の部分へ弾を撃ち込む。が、まるで当たらないのである。敵の動きはあまりにも速かった。
ユーリ:「ちっ、ホント化物だね!!」
 舌打ちしながらカノーネの照準を合わせるユーリ。しかし彼はあっさりと間合いを詰められてしまう。
ナグルファ:「そうだ、私は人の畏怖によって生み出されたのだから当然だろう? にしても、お前は人間の割りには中々頑丈だな?」
 間近で微笑まれて背中に悪寒を覚えるユーリ。
 慌ててもう片方の腕に握るロングレイピアを揮おうとするが間に合わない。「敵」のマントが激しく揺曳すると、暗黒色を纏う右手がユーリの顔を薙ごうと迫る。
リオン:「くっ――ラショウ!!!」

 ――――!!?
 突然遠くで聴こえた掛け声。
 同時に身に迫った唸るように風を切る音。
 ユーリと「敵」の間に突如として棒が割って入り、それが奇妙な伸縮をみせるとまるで意思を持つように「敵」の体に巻きついたのだ。
 リオンの手にした不思議な杖『カルパ=タルー』である。彼の思考によって様々な変化を遂げる魔法の杖は、咄嗟にユーリの危機を救い、そのまま敵の動きを封じるべく戒めとなったのであった。
リオン:「今です――オーマさん、ユーリさんっ!!」
 杖を操って「敵」の動きを封じながら二人を鼓舞するリオン。どちらも応えない訳にはいかない。
オーマ:「おうっ!!」
ユーリ:「ナイスフォローだよ、リオン!!」
 飛び退き、至近距離からカノーネの一撃を叩き込むユーリ。
 と、同時にオーマの方もこの絶好の機会を逃さない。ここぞとばかりに両手に具現化した銃から、フルオートで百を超える弾丸を叩き込んだ。
ナグルファ:「――――」
 二人の意思と行動が見事にシンクロした結果、轟音が重複し、色鮮やかな赤い閃光が皆の眼を焼いた。
 床石が吹き飛び、崩れかけていた柱の数本もガラガラと音を立てて崩れ去った。
オーマ:「どうだ、ちっとは応えたか!!?」
ユーリ:「さっきまでとは違って、今のは防御も出来なかったはずさ、応えてるに決まってる!!」
 それぞれに確実な手応えを感じ取りなから次の攻撃に備える。
 果たして結果は…。
アイラス:「いえ、駄目です――いけない、杖を離しなさいリオンさん!!?」
 煙の中で不気味に蠢く「敵」の姿をいち早く認めたのはアイラスだった。彼は咄嗟に危機感を悟ってリオンへと警告の叫びをあげた。
リオン:「…えっ?――うわぁ!?」
 それとほぼ同時に「敵」を戒めていた自慢の『カルパ=タルー』が引き寄せられる。リオンの体が高々と宙に跳ね上がった。
アイラス:「危ない!!」
 「敵」は『カルパ=タルー』の戒めを自力で解くと、杖ごとそのままに、リオンを壁際まで投げ飛ばしたのだ。
 恐るべき膂力であった。
オーマ:「――り、リオン!!!」
 絶望的な声は投擲されたリオンを見つめるオーマのもの。とっさに銃を捨てて飛翔し受け止めるにはあまりにも遠い距離。それを感じたのはユーリもアイラスも同様。
 が、凄まじい勢いでリオンが壁に叩き付けられる間際、まさに飛燕を思わせる身のこなしで少年を受け止めた影があった。細身の其れは驚異的な身体能力を誇る彼女、奏慧の影である。
奏慧:「――…くぅ!!」
 手を伸ばしてリオンを抱き抱えた瞬間、思いの外強烈な衝撃を受け顔を歪めた奏慧。だが何とか勢いを殺して壁を蹴ると、三角跳びの要領で地に弧を描いて美しく着地した。
奏慧:「ふっ――…と、大丈夫…かしら?」
 さすがに衝撃が堪えたのか軽く肩で息しながらリオンを覗く奏慧。
 鮮やかな赤い眼差しが心配そうな様子で少年を覗く。
リオン:「っ…あ、ありがとうございます…か、奏慧さん」
 助けられた身でなんだが、改めて彼女の凄さを知ることなり呆然と返事をするリオン。
 近くにいたアイラスが駆け寄ってくると、奏慧の腕に抱かれたままになっている自分に慌てて、赤面しながらあたふたし身を離した。
奏慧:「良かった…」
 ほっと安堵する奏慧はリオンの慌てたそぶりに気付かぬよう胸を撫で下ろす。そして直ぐに真顔となりオーマとユーリの方へ顔を向けた。即ち――「敵」へ。
 リオンが無事なのを確認した二人は再び煙が衰えつつある其処へ視線を向けた。
 中に存在する「敵」は、どうやら瀕死には程遠いらしい。
 ユーリの直ぐ近くで心配そうに羽ばたく彼の相棒が一声鳴いた。
ユーリ:「そうだね…危ないところだった。けど…『たまきち』、リオンは役得だったろ?」
 小さく火を吐く相棒は不謹慎と嗜めたのか…。
オーマ:「お前らは阿呆か…んなこと言ってる場合じゃねぇんだぞ」
 半ば呆れつつ苦笑し、しかし頼もしくも思うオーマ。
 彼はゆっくりと両手のハンドガンを消去し、更なる破壊力――人の身で扱う最強の力を揮うべく件の巨大銃の具現化を心掛けた。
 脳裏で構築するイメージ。
 平面的な構図が立体的な其れへと変わり、確かなる力と手応えを感じる頃に、「敵」の哄笑が響いたのだった。
 数秒後、其れを破ったのはオーマの放った人のみで放つ最強の砲撃。
 再び爆音と衝撃が辺りを震撼とさせた。

***UNHOLY POWERS***

ナグルファ:「先ずは見事と褒めよう、流石はヴァンサーとその仲間達だ。今まで私に向かってきた人間とは一味も二味も違うらしい。よもや私の身に確かなる傷を与えるとは―――」

 その言葉が紡がれたのは哄笑が始まってから僅か一分足らずである。言葉の示すとおり、ナグルファは唇から黒い雫を滴らせ、仮面の奥からは負の瘴気を噴出していた。確かな手傷を負っていたのである。だが…、
アイラス:「そんな――」
 絶句するアイラスに合わせ、オーマの巨体がずしり床に沈む。
ナグルファ:「もっともその辺が人の身の限界なのであろうな。いや、お前達は良くやったか…」
 本心から称えているのだろうが、その声を冷静に聴くものはもうアイラス独りである。
 先ほどのオーマの砲撃も両手を合わせただけで防ぎきったナグルファは、次には光の様な速さで動いて実力差をまざまざと見せ付けてくれた。
 まず真っ先に強烈な一撃を受けて床に叩き伏せられたのはリオン。
 彼のトドメを刺そうとした「敵」に飛び掛った奏慧…彼女は全身に強烈な電撃を浴び、そのまま背後の壁へと打ちつけられてしまった。オーマはナグルファが片手で放った衝撃波によって崩れ落ちたばかり…。
 唯一ユーリのみが辛うじて立ってはいるが、これとて真空の刃に額を割られ、頑健な体も拳の一撃を受けただけで骨が砕けている。
ユーリ:「―――くあああ!」
 額から鮮血を流しながら、それでもカノーネを放とうとするユーリ。
 ナグルファは瞬時にしてその背後へ廻った。
 不意を衝かれながら、背後に向けてレイピアによる渾身の斬撃を揮う。しかし相手は悪夢のような力の持ち主である。攻撃は片手で軽々と受け止められ、逆に折れているユーリの胸骨に「敵」の拳が打ち込まれる。
ユーリ:「―――!!!」
 血を吐いて悶絶する。
 悠々と巨躯が宙に浮き、遥か数メートル先の円柱にぶつかって崩れ落ちたユーリ。
オーマ:「や、野郎…」
 やっとのことで身を起こしたオーマは、口元を鮮血で染めて「敵」を睨みつけた。
 荒い息を付きながら具現化した巨大銃、それを肩に担いで照準を合わせようとする。
ナグルファ:「無駄なことだ、それは先ほど証明されただろうに…」
オーマ:「五月蝿ぇ…黙り…やがれ――」
 力の無い声で吐き捨てれば、いま一度…。
 竜すら屠るほどの破壊力を持つ高熱波、及びオーマの思念を放出する。
ナグルファ:「かつての私ならば――或いは倒せた一撃だろうが、もはや無駄なこと」
 目蓋を閉ざしたリオンの側で覚醒を促していたアイラスは、唇を強く噛み締めるようにしてその光景を眺めた。
 放射される強大な力を両手で受け止めて嘲笑う仮面の「敵」。
 徐々に勢い衰えていくオーマの攻撃。
 やがて二度目の衝撃波を全身に受けて、床に仰向けに吹き飛ばされたのはオーマの方だった。
オーマ:「ぐは――!!」
アイラス:「――…オーマさん!?」
 悲痛なアイラスの叫びも今のオーマには届いていなかった。
ナグルファ:「さあ、ヴァンサー…その封印を解いてもらおうか?…そろそろ良いだろう、私を解放して貰おう」
 悠々とオーマに歩み寄る「敵」、遮るようにアイラスが飛び込んだ。
 実力差は身に染みたが、少なくともいま満足に動けるのは自分のみ――そんな思いで立ちはだかったのだろう。
ナグルファ:「死ぬのを早めたいのか?」
 不思議なモノでも眺めるように尋ねた「敵」。
アイラス:「……………」
 無言で睨み返すアイラス。
ナグルファ:「よかろう――ならば貴様ごとヴァンサーを葬ってくれる」
 憫笑し、高らかに右手を掲げるナグルファ。其処に集約されていく圧倒的に邪悪な思念。一瞬でこの空間の半分は削り取るほどの危険な力を感じたか、アイラスの四肢はオーマを庇って動じなかった。
ナグルファ:「終わりだ…」
 短い別離とでもいう風に大気が唸り、片手に集めたそれは解き放たれた。
アイラス:「―――――!」
 眼前に迫る黒い波に飲み込まれるその瞬間まで、アイラスは目を見開いて逃げることはなかった。
 攻撃した方、された方と、誰もが絶体絶命と思った矢先。
ナグルファ:「なに――!?」
アイラス:「――! リオンさん!!?」
 間一髪、全てを闇に包み消滅させる漆黒の波動は、リオンの操る神秘的な力によってギリギリ防がれていた。
 渾身の力を振り絞ってアイラスの目の前に立ったリオンは、彼とその背後のオーマを庇うべく杖に宿る絶大な秘儀を使ったのである。
リオン:「カルパ=ライズ!!!!!」
 綴りは使用者に強大な負担を背負わせる。
 またそれ故に強大な効力をもたらしてくれる。
 少年が叫んだ途端、瞬く間にリオンの握る杖から凄まじい勢いで樹の根が生えだし、瞬時にしてオーマたち全員を暗黒の波動から守り抜いたのであった。
ナグルファ:「馬鹿な――」
 流石の「敵」も勝利を確信した矢先の出来事に呆然とする。
 その隙を衝いて背後から飛び掛る影。
奏慧:「はあああああ!!」
 全身の力を込めて「敵」の顔面に紫電の様な飛び蹴りを叩き込む。
ナグルファ:「小癪な!」
 片手でそれを受け止めるが、予想外に重い衝撃を感じて顔を歪める「敵」。
奏慧:「――くぅ!!」
 体制を崩した敵に、奏慧はすかさず旋風のような後ろ回し蹴りも放った。
 達人であろうと避けるのは至難――…のはずだったが攻撃は空を切った。
 代わりに再度の電撃が奏慧を襲う。
 避ける暇もなく直撃を受けて、小さな悲鳴を発した彼女。
 力を使い切ったのか、体に鞭を打って杖の秘術を使ったリオンも、ゆっくりと倒れ付す。
アイラス:「奏慧さん、リオンさん!?」
 アイラスは眼前で力なく崩れたリオンを抱きとめながら、電撃に焼かれた奏慧へと必死の声をかけた。
ナグルファ:「まったく――しぶとい連中だ」
アイラス:「くっ――」
 惨状は明らか。
 今度こそ絶体絶命。
 しかしアイラスには恐怖よりも静かな怒りの方が勝った。
 釵に手を添えながらゆっくりと構えをとる。
 勝てるとは想わないが、しかしこうなればただ殺されるつもりも無かった。せめて一矢は報いて見せると。
「――――――」
 アイラスの決意に背後の誰かが水を注す。
 否、現在、彼の背後に存在すのはただ一人だけ。
ナグルファ:「貴様――」
アイラス:「オーマ…?」
 後方から静かに渦巻き始めた威圧感。
 それは眼前の「敵」に勝るとも劣らない慄然としたものをアイラスにもたらした。
「―――――!!!!!」
 
 強大な力の躍動。
 金色の光が周囲を包み込む。
 振り返ろうとしたアイラスは其処でいきなり意識を失ったのだった。
 耳には遠く――神獣の咆哮を聴いた気がした。

***

 瓦解していく世界の中で全ての者が其れを視た。
 ――アイラス・サーリアスも。
 ――キャプテン・ユーリも。
 ――奏慧も。
 ――リオンも、である。
 崩壊する具現化現象の見せた奇跡か、彼らは一様に其々が想い描いていた異世界を垣間見た。 
 
 ある者は其れを懐かしいと感じ
 またある者は其れを憧憬にも似た思いで眺めていた。
 
 時間にして無限にも等しい一瞬。
 そして光が去り、再び闇が訪れたとき彼らはまた意識を失ったのだった。

***ILLUSIVE CONSENSUS〜EPILOGUE***

アイラス:「あ…此処は?」
 ふと、目を覚ましたアイラスが眠そうに頭を振って独白した。
オーマ:「よう、気付いたか?」
 直ぐ近くでオーマの声。
 顔を廻らすと其処に見知った顔を認め、暫らくぼうっと見つめてしまう。
アイラス:「オーマさん?…一体、僕達は――痛」
 覚醒する頭にふと重い頭痛がのしかかり、アイラスは顔を顰めた。
オーマ:「ふぅ。とりあえず皆無事で良かったぜ…流石に今回ばかりは危なかった」
アイラス:「無事…?」
オーマ:「ああ…」
アイラス:「えーと…」
 記憶が定かではないらしい。
 ふと、額に手を当てて今までの何があったのか、自分が何故ここに居るのかを思い出そうとした。
ユーリ:「〜〜〜zzz」
 直ぐ隣ではユーリがすやすやと眠っている。
 彼の腕には「たまきち」も抱えられており、相棒共に揃ってお休みの様子。彼らの隣にはリオンと奏慧・・・同様に平和な寝息を立てていた。
アイラス:「ユーリ…リオンさんに、奏慧さん?―――!!!?」
オーマ:「……………」
アイラス:「あの敵は!!?」
 はっきりと覚醒すると周囲を見回しながらアイラスが切羽詰ったように問いかける。
 そこで気付いたのだが、不思議なことに自分達が横たわっているのは謁見の間ではなかった。
 冷たい土の上、直ぐそばには銀色の水面を湛える静かな湖の存在。
 直ぐに、オーマから訊いた件の地底湖が思い浮かんだ。
オーマ:「頭の方も目覚めたようだな。あ〜あいつは俺が封印した、と言うよりも消滅させたといった方が良いか。――其れに伴って具現化していたあの城も全て消え失せたぜ。そうしたら景色も元の地底湖に戻りやがった」
アイラス:「そうだったんですか――…って、なっ、オーマさん、あの敵をたった一人で倒したんですか!!?」
 驚愕の眼差しをオーマに向ける。
 確かに状況から見てもオーマが嘘をついている訳ではないのが一目瞭然であったが…。
 つくづくオーマ・シュヴァルツという人物の実力の底は計り知れない。
オーマ:「いや〜相当しんどかったぜ。本気の本気を出してやっとこ消滅させることが出来た。あんな獲物とは二度と出会いたくないってのが本音だ。マジでぼろぼろだ…今回の俺は…」
 の割には目立った外傷が無いオーマなのだが。
アイラス:「其れについては私も同感ですが――にしても」
オーマ:「ん?」
アイラス:「僕達、特にオーマさんを初めとして、ユーリさんと奏慧さんは傷が酷かったはずです。それが見当たらないのですが…どうなっているんでしょう。これもオーマさんの隠れた力か何かですか?」
 改めてアイラスが仲間達の様子を眺めて呟いた。
 重度の高熱を負ったはずの奏慧。
 幾つもの骨を砕かれ、額も割られたユーリ。
 比較的軽症といっても骨の二、三本は破壊されたはずであるリオン。
 その誰にも外傷の後が見当たらず、ただ気持ちよさ気に寝息を立てているだけとは…解せない。
オーマ:「あ〜、そいつは強度の具現化現象が崩壊したときにその力を使って治した、いわばインチキみたいなもんだ」
 ――以前にウォズの少女も似たような力で自分を助けてくれてな、と笑いながら語った。
アイラス:「はぁ、成る程…」
オーマ:「まっ、傷の度合いが軽い順から目を覚ます仕組みなんで、次に起きるのはリオンだろう。…たぶん最後にユーリ、いや奏慧かな…。でっ、俺はちっと疲れたんで、後の説明はお前さんに任せて寝る」
アイラス:「え?」
オーマ:「もう敵は出てこねぇから安心しろ、もし出てきたら今度はお前に任せる、俺は限界だ…お休みな」
 言うや否やぐっと背伸びをするように地面に横になり、腕を組んで目を閉じた。
 数秒後には――いびき声。
アイラス:「はぁ…おやすみなさい…。って、ちょっとオーマさん〜。まあ、仕方ないですか」
 困惑も一瞬、微苦笑を浮かべると湖へと目を向ける。
 静かな水面。
 先ほどまでの戦いが嘘のような静けさ。
リオン:「ん……」
 近くで少年が目を覚ました。
 うっすらと瞼を開いた彼の夢見も、アイラス同様に悪くなさそうだった。

 お互いに同じ異世界の夢を見たことを知るのは――もう少し先。
 それから半日が立ってオーマが起きてからのことになる。