<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


【伝説の剣をその手に!】
 この聖獣界には数多の伝説が残されている。炎を纏う不死鳥、深海の底の財宝、天翔ける癒しの一角獣。
 ――そして伝説の剣。
 エルザードの片隅にそびえるエクスマウンテンと呼ばれる山の麓に、大昔から一個の巨大な岩が捨てられたように転がっている。岩と言っていいかどうかはわからない。それは金属のような光沢を備えていた。しかしやはり金属でもない。
 近隣の人々は神の落し物などと言い伝えている。何故なら、岩の頂上には一振りの神々しい剣が刺さっているのだ。今もそこにあることからわかるとおり、それを抜いたものは皆無である――。
「伝説の剣を手にする……これはわりと前からメニューにあったんだけどね、誰ひとり成功させることなく帰ってきたの。スペースの無駄だから今まで外していたんだけれど」
 エスメラルダは店全体に通る声で言った。
「何でこんな話をしたかわかる? 最近の黒山羊亭はいい冒険者がたくさん集まってくれるようになったからね。再開してもいいと思ったわけ」
 そういうわけで、挑戦してみない? エスメラルダは期待を込めて瞳を回した。

「アイラスは剣は使わないのではなかったか?」
「そういうジュドーさんこそ、その刀があるでしょう」
「私はもちろんこの蒼破があるから剣は別にいらない。……まあ、どんなものか見てみるのもいいか、と思ってな」
「じゃあ同じですね。僕も面白そうだからっていう野次馬根性で」
 明けて朝。アイラス・サーリアスとジュドー・リュヴァインはエクスマウンテンへの道筋を辿っている。街道を行き、名も無い森を通り、緩やかな山道に至る。エスメラルダから受け取った地図によれば到着は間近だ。
 誰も抜いたことのない剣とはいかなるものだろう。戦士ふたりは純粋な興味に、あるいはかつて経験したことのない力試しに手の平を滲ませる。
 やがて立て看板が見えてくる。エクスマウンテンについての故事来歴が書かれているようだった。付近の住民によるものだろう。
「神の山として古くから人々に畏敬の念を抱かれ――か」
「件の剣についても記されてありますね。麓の巨岩に刺さる剣を抜いたものはおそらく神に選ばれし者であろう――別に選ばれても何の変わりもないと思いますが」

 太陽が南天する頃。
 ――妙な岩だ、と戦士たちはすぐに思った。
 ゴツゴツした肌など、視覚的には確かに岩以外の何物でもない。しかし金属じみて鈍く光っており、それがにわかに明滅するものだから、生物のような印象さえ抱かせる。
 そして天辺には、絶対に何者かが突き立てたとしか思えない、一本の輝く剣があった。
 正確にはそれは柄だった。赤い宝石をあしらった金色が遠目にも眩しい。刃は丸ごと岩に埋まっているらしかった。
 青空に届くほどの高み――ここがエクスマウンテンの麓である。
「ともかく――着いたわけですね。何だか拍子抜けするほど簡単でしたが」
「神の山というから魔物の類は近づかないのかもしれないな。あの剣の効用なのかな」
 すぐ傍には豊かな川が静かに流れている。アイラスとジュドーは水筒に水を入れ、ひとまずは喉を潤した。
「じゃあ、まず僕が試してみましょう」
 アイラスは丹念に肘を曲げ膝を曲げ、充分に準備運動をしてから岩に登った。岩肌はなぜか暖かく、血でも通っているのかと思った。
 頂上に立つとアイラスは姿勢よく踏ん張って、金の柄を見下ろす。
「よし、やりますか」
 手をかける。全身に気を集中させる。
「ふっ……ん……!」
 腕、脚、背中、腹が強張る。噛み締めた奥歯に尋常ならざる圧力がかかる。顔の血管が破れそうな感覚。瞬く間に脂汗が出てくる。
 それを下から見上げるジュドー。これまでに幾度か冒険や戦いを共にしたが、彼のこれほどまでの必死な形相を見たことがなかった。
 だが動かない。ビクともしない。
 時間にして20秒もすると、アイラスは転げるように岩から降りてきた。
「ダメです。全然ダメ」
 汗に濡れた手をズボンにこすりつけるアイラス。
「ふむ、ならば私がやっても結果は変わらないだろうな。となると」
 ――岩の方を破壊するか。ジュドーは蒼破を抜き、岩から少し離れた。
 銀の刃に闘気が込められる。そして、助走をつけて上段から振り下ろした。
「はああああああああ!」
 ガンッ!
 重い音がした。ジュドーは蒼破ごと勢いよく弾かれる。
 カラッ。
「あ、ひとかけら、落ちましたね。でもそれだけと言うべきか……」
 アイラスは倒れたジュドーに手を貸して起こした。
「いや、今のは試しとして半分ほどのパワーでやったのだ。……全力なら何とかなるかもしれないぞ。しかしいかんせんひとりでは自信がない。次はアイラスも同時に魔力を叩き込んでくれ」
「待ってください。念には念を入れて、もう一工夫してみましょう」
 アイラスの言う一工夫とはこんなものであった。
 周りにやぐらを組みそこに火をつけて、やぐらが燃えつきかけたところで川の水をかける。熱した後に冷やす――急激な温度差を与えると構成物質に多大な悪影響を及ぼすことは常識である。
 これにはジュドーも名案だと頷いた。ふたりは協力して近場の木を倒して加工し、大岩を囲うようにしてやぐらを作り上げていった。
 思ったほか難儀で、作業が終わる頃にはすでに夕陽の時刻であった。剣の柄の宝石が眩しく光る。
「では火をつけるぞ」
 ジュドーがやぐらに手を突いて闘気を送り込んだ。
 瞬く間に火が上がり、岩を包んだ。
 凄まじい勢いで広がる炎。アイラスもジュドーも距離をとり、夕陽よりはるかに赤い光景を見守る。
 半刻もすると、やぐらは完全に燃え尽きて崩れた。岩はにわかに赤く染まっている。
 用意は万端。アイラスとジュドーは巨岩の前で構えを取る。
「さあて、うまくいってくれるでしょうか」
「いってくれなければ、もう手はない。無念の中で帰るだけだ」
 ふたりはそれぞれ魔力と闘気を腕に通わせて――岩を両手で、触れずに突いた。
 見えない力に岩は吹っ飛んで、隣の川に落ちた!
 ジュワアアア!
「今だ!」
 アイラスとジュドーが飛ぶ。
 岩に降り立つと、ふたりは拳の力を全開に高める。ジュドーが全霊を込めて、岩に闘気を送り込む。アイラスが右拳に全魔力を集中させて、
「いけえ!」
 一息に岩を殴った。内部から、そして外部からの超衝撃で――。

 ドオオオン!

 轟音が上がった。はるか昔からの伝説とともに、大岩は崩れたのだ。
 
■エピローグ■

「へえ、これが伝説の剣か」
 黒山羊亭に帰還したアイラスとジュドーは、依頼を無事遂行したとエスメラルダに報告した。この瞬間は何度経験しても気持ちがいいものである。
「真の宝剣とはこれのことをいうのね」
 エスメラルダが知らず恍惚の表情を浮かべている。
 剣の刀身は、それは見事で形容し難い美しさに満ちていた。あえて言うならば――鏡のような刃は幻想的な泉を見ているようで、映った自分の心の中まで覗けるようだった。
 何と透き通った剣だろう。アイラスもジュドーも数多くの刀剣を目にしてきたが、美麗さという点に関してはこれがナンバーワンだと断言せざるを得ない。
「で、どちらがもらうの」
 エスメラルダの問いに、すかさず戦士たちはもらわないと言った。
「じゃあ――お店に飾ってもいいかしらね」
「いいんじゃないですか、それで」
「ふむ、本当に神が作ったのだとしたら滑稽だな。――まさか客寄せに使われるなど、夢想だにしなかっただろうからな」
 3人は微笑みを交し合った。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1149/ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳/武士(もののふ)】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 無生物が相手のバトル、というところでしょうか。
 こういう路線も色々と模索していこうと思います。
 
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu