<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


「猫の依頼人」


------<オープニング>--------------------------------------
 キィ......と扉の開く音がして店の中に朝の光が差し込む。
 突然明るくなった店内に、カウンターでお酒の在庫チェックをしていたエスメラルダは振り返らずに言った。
「ごめんなさい。まだお店開店してないの。準備ができるまでもう少し待っててくれるかしら?」
たまにいるのよねぇ...朝からお酒飲みに来る人が。そう溜息をつきながらチェック表に数を記入していく。
 だが。しばらくしても現われたお客さんは一向に帰る気配を見せようとしない。
 エスメラルダははぁ......と溜息をつくと、手に持っていたペンを置いて振り返った。しかし......
「聞こえたなら外で待ってい......え?」
「ミャーオ」
今回は違ったようである。振り返ったエスメラルダの視線の先にいたのはお酒を飲みに来たお客さんではなく。
「ね、ネコ?」
一匹の黒猫であった。
 黒猫はエスメラルダが自分のほうを向いたのを確認すると、足元に置いていた封筒を再度咥えなおし、ひょこひょこと尻尾を揺らしながら歩いてきてカウンターへひょいっと飛びのった。そして、
「......わたしに?」
彼女の目の前に封筒を置くと、ミャーオと一声鳴いた。
 エスメラルダは猫の持ってきた封筒を開けて手紙を取り出した。
「えーと......『どうかわたしたちを助けてください。先日訪れた魔法使いによって猫の姿に変えられてしまいました......。魔法使いをなんとかしてくださった方には相応の報酬をお支払いします。』」
途中まで手紙を読んだエスメラルダは、目の前で顔を洗っている黒猫にちらりと視線を向けた。......この黒猫も元は人なのかしら?と。
「『案内役は手紙を運びましたレオンが引き受けます。どうかよろしくお願いします。』」
 手紙を読み終えると、エスメラルダは手紙の他に封筒に入っていた紙を取り出して、不思議そうに眺めながらお座りしている黒猫へと問いかけた。
「これ、依頼なのね?」
 すると、今まで黙ってお座りしてエスメラルダを見上げていた黒猫は、その通りと言わんばかりに大きく一声鳴いた。


【1】
エスメラルダ:「……という訳なの。頼まれてくれないかしら?」
オーマ:「なるほどねぇ。これがその依頼にゃんにゃんってわけだな?」
アイラス:「猫の依頼を受けるなんて初めてのことですね」
鬼灯:「わたくしもです」
 お互いにすっかり顔馴染になったオーマ、アイラス、鬼灯の三人は、困り顔のエスメラルダに呼ばれてここ、黒山羊亭を訪れていた。
 カウンターの長イスに腰掛けて話を聞き終えた三人は、それぞれに意見を述べ、優雅な仕草で毛繕いをしているレオンに視線を移した。
アイラス:「それで案内はこの猫、レオンさんがしてくれると」
エスメラルダ:「ええ。手紙にそうあったわ。それとこれ、一緒に手紙の中に入っていたのだけど」
オーマ:「ん?こいつぁ地図か?」
鬼灯:「そのようですね。この距離でしたら……一日あれば行けるのではないでしょうか?」
アイラス:「そうですね。この辺りに険しい場所は無いですから」
特別用意するものは無いですね、とアイラスは笑みをうかべた。
オーマ:「ってぇことはだ。軽く準備を済ませりゃ出発できるな」
エスメラルダ:「引き受けてくれるのね?助かったわ」
 三人の言葉にエスメラルダは安堵の表情をうかべると、必要無いかもしれないけど、とアイラスに手紙を渡した。
エスメラルダ:「じゃあよろしくね。わたしは仕事に戻るわ」
 そう言うとエスメラルダは艶やかな笑みをうかべて、ステージの準備をするために奥へと行ってしまった。
アイラス:「では今日のうちに準備を整えてしまいましょうか。まだ夕方ですし、店も開いていますしね」
鬼灯:「ではレオン様もご一緒にいらっしゃってください」
レオン:「ミャーオ」
 鬼灯の言葉がわかったのだろうか?レオンは入り口へと向って歩き出した三人の後に続くと、ゆったりと尻尾を揺らしながら店を出て行った。


【2】
アイラス:「ようやく見えてきましたね」
鬼灯:「そうですね。ここからでは村の様子はよくわかりませんが……」
オーマ:「まぁ行ってみりゃあわかるってな。「わたしたち」ってことは複数いるわけだろ?」
 翌日。朝早くに集合し依頼人の居る村まで歩いてきた三人は、やっと山間に見えてきた村を見て一休憩をすることにした。
アイラス:「村人全員が猫の姿に変えられているという可能性も考えられますね」
 木に寄りかかり水筒を傾けたアイラスはまだ遠くに見える村を眺めた。ここから見た限りでは平穏そのものに見える。
アイラス:「迂闊に近づいていいものかどうか……」
???:「眼鏡のにーちゃんなかなか鋭いじゃん」
 だがアイラスがそう呟きかけたそのときである。謎の声がどこからともなく会話に参加したのは。
鬼灯:「今お話になられましたか?」
オーマ:「いや、話してねぇ。けどよ、声が聞こえたのは確かだねぇ」
 謎の声が聞こえたのを不思議に思った鬼灯は、辺りに邪悪な気配が無いのを確かめてからオーマとアイラスに問い掛けてみる。だが、二人とも違うらしい。首を左右に振って否定している。
鬼灯:「では一体どなたなのでしょうか?ここにいらっしゃるのはオーマ様とアイラス様とレオン様……」
 誰もしゃべっていないのなら、と鬼灯は不思議そうな表情をうかべながら今いるメンバーを
順々に視線を合わせて確認していく……と最後にレオンが、にっと笑った。
???:「あれ、驚かないの?ま、これぐらいで驚かれても困るけどね」
三人:『!?』
レオン:「いや、今ごろ驚かれても……」
 三人の視線の先には確かに、ここまで飄々とマイペースに道案内をしてきた黒猫……レオンの姿があった。しかも、ちょっと不満げにしゃべっている姿をはっきりと、三人は見た。
オーマ:「レオン、お前さんしゃべれる猫だったんだな?」
レオン:「まあいろいろとあってね」
そう答えたレオンは、やれやれと首も尻尾も項垂れさせた。
レオン:「それよりさっき眼鏡のにーちゃんが言ってた予想通り。迂闊に近づくと猫の姿に早変わりするよ?どうする?」
アイラス:「それは困りましたね……この依頼を引き受けて言うのは難ですが、元に戻れなくなってはいろいろと支障がでますし」
鬼灯:「わたくしにはその魔法は効かないと思いますが……行ってみなくてはわかりません」
オーマ:「俺は問題ねぇな。それによ。ここはどーんっと行ってみねぇと解決しないだろうしねぇ」
 ふむと考え込みそれぞれの意見を言った三人は、誰からとも無く顔を見合わせると静かに頷いた。
アイラス:「今回も行ってみなくてはわからないということですね」
鬼灯:「そのようですね」
オーマ:「決まりだな」
溜息をつきつつ頷くアイラス、それしかないでしょうねと頷いた鬼灯を見たオーマは、にっと笑みをうかべた。
オーマ:「ってぇことで。そろそろ行こうかねぇ」

 村が見えてから村に着くまで、そう時間はかからなかった。
 三人はレオンの後に続いて猫にされてしまった村人たちのいる村へと足を踏み入れていった。
アイラス:「……見事に猫だらけですね」
鬼灯:「そうですね。レオン様、ここにいる猫は全員村人なんでしょうか?」
レオン:「あぁ、大体はね。本物の猫も混じってるけど、猫にならないと見分けつかないと思うよ」
 三人は村に入ってしばらく歩いた後、思わず絶句してしまった。なぜなら……右を向けば日向ぼっこをしている猫、左を向けば井戸端会議をしているかのような猫たち、正面を見れば自由気ままに道を横切っていく猫たちの姿が見えたからであって……村が本当に猫だらけだったからである。
オーマ:「ホントにまぁにゃんにゃんだらけだねぇ。その魔法使いってぇのは一体何がしたかったんだかねぇ」
 屋根の上で二匹仲良く昼寝をしている猫を見ながら、オーマは腕組みをした。
オーマ:「にゃんにゃん101匹大行進でもしたいってのかねぇ?」
アイラス:「タダの猫好き、というのが僕の思いついた予想ですね」
鬼灯:「今の状態では状況も事情もよくわかりませんし……情報をお聞きできる人がいるといいのですが……」
誰かご存知ありませんでしょうか?と鬼灯はレオンへと問い掛ける。
 しかし、村の状態を相変わらずだなと見ていたレオンは、鬼灯の問いに尻尾をぱたりと落として言った。
レオン:「つい先日まではいたんだけどねぇ……。僕が酒場の姉ちゃんの所に持ってった手紙を書いた人が、人の姿のままでね。村長さんの娘さんだったんだけど」
 そう言いながらレオンは井戸の周りに集まっている猫たちに視線を移した。
レオン:「今ではあの通り。すっかり猫になっちゃったからね。話を聞いたって『いい天気だにゃ〜』って言ってくれるぐらいさ」
オーマ:「ってぇことはだ。いくら動植物と話せる能力があったところで無駄ってぇわけだな?」
レオン:「ま、そういうことだね」
 猫にされた村人たちから話を聞くことは不可能、と知った三人は他に方法はないものかと考えを巡らせ始めた。
アイラス:「他に情報収集ができそうな方法といいますとなんでしょうね?」
オーマ:「悩みどころだねぇ。お、そういえばレオン。お前さん魔法使いについて何か知ってることはねぇのか?」
鬼灯:「そういえばまだお聞きしていませんでしたね。何かご存知ないでしょうか?」
 オーマの意見に、そういえば……と三人の視線が井戸の猫たちからレオンに向って集まる。村が見えてからレオンが話せることが判明した、ということをすっかり忘れていたために、まだ話を聞いていなかったのである。
レオン:「僕の知っていること?そうだねぇ……魔法使いの住みだした家を知ってるよ」
アイラス:「聞いてみて正解でしたね。ではレオンさん、案内してもらえませんか?」
レオン:「いいよ。始めからそのつもりだったし」
鬼灯:「レオン様、もう一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
レオン:「? 何?」
鬼灯:「村人が猫にされた事情はご存知無いでしょうか?」
レオン:「さぁ……行けばわかるかもね」
 ゆっくり立ちあがって伸びをしたレオンは、こっちだよと言うと村の奥へ向って歩き出した。


【3】
レオン:「ここが魔法使いの住んでる家だよ」
アイラス:「意外に普通の家ですね……」
鬼灯:「でも大きいですね」
 レオンの案内で魔法使いの家の前に着いた三人は、まず目の前に立っている家をじっくりと観察してから呟いた。
オーマ:「ここに村人たちをにゃんにゃんに変えた魔法使いがいるってぇことはだ。気をつけて近づかねぇと俺たちもにゃんにゃんにされちまう恐れがあるねぇ」
 さてどうやって近づこうかねぇとオーマが呟き、ふむと腕組みをした、とそのときである。
???:「うわーんっっ!!!」
 魔法使いの家の中から盛大な泣き声が聞こえてきたのは。
アイラス:「なぜ家の中から泣き声が……!?」
鬼灯:「!?」
 そしてアイラスがその声を不思議に思って首を傾げたか傾げないかした、ちょうどその瞬間である。
鬼灯:「アイラス様!?オーマ様!?」
ボンッ!と盛大な音がしたと同時に、鬼灯の目の前にいたオーマとアイラスの姿がなんと……!
レオン:「あーあ……猫になっちゃった」
アイラスの姿は薄青色の毛並みの、ほっそりとした猫に。オーマは銀色の毛並みに赤目の、普通の猫に比べると二倍ぐらいどーんっとでかい猫になってしまっていた。
 二人の姿が変化してしまい、流石の鬼灯も驚いて目を丸くした。
鬼灯:「お二人までこのようなお姿に……」
オーマ:『にゃんにゃんになるってぇのも面白いねぇ。いつも見下ろしてる立場が見下ろされる立場になるってぇのも悪かないな』
鬼灯&アイラス:「……」
 なぜか猫の姿になって面白そうにしているオーマの姿に、鬼灯と猫にされてしまったアイラスはほぼ同時に溜息をついた。
鬼灯:「猫のお姿になりましてもオーマ様は……」
アイラス:「ニャー……」
鬼灯:「? アイラス様はしゃべることができないようですね……」
 おそらくアイラスは、変わらないですね……と言いたかったのだろうが。鬼灯にはただ鳴いているようにしか聞こえなかった。
鬼灯:「オーマ様はなぜしゃべることができるんでしょうか?不思議ですね」
オーマ:『鬼灯には俺がしゃべってるように聞こえんのか?』
鬼灯:「はい」
 鬼灯の返事に、オーマは成る程ねぇと尻尾を揺らすとにやりと笑みをうかべた。
オーマ:『そいつぁ多分、心に直接語りかけてるからそう聞こえるんだな』
鬼灯:「そうなのですか」
オーマ:『おうよ!』
 まだ不思議そうにしている鬼灯の姿を見ながらオーマは、それよりよと切り出した。
オーマ:『これからどう動こうかねぇ。俺もアイラスもこんな姿だけどよ』
レオン:「とりあえず中に入ろうよ」
鬼灯:「そうですね。できるだけ魔法使い様とはもめたくはありませんし……。それに穏便に話すことができるならば聞きたいこともありますから」

オーマ:『中もいたって普通の家だねぇ』
 幸いというのだろうか?魔法使いの家の扉に鍵はかかっていなかった。扉を開けてすんなりと中へ入れたオーマたちは、辺りを見回しながら聞こえ続けている泣き声の方に向った。
鬼灯:「一体どなたのお声なのでしょうか?」
オーマ:『魔法使いの泣き声かねぇ?』
アイラス:『ニャー?』
 不思議に思いつつ、家の中を眺めながら進もうとしたそのときである。
???:「わたしの家に不法侵入する輩がいるとはね。それなりの覚悟はもちろんできてるだろうね?」
三人:『!?』
突然、後ろから女性の声が聞こえたのは。
 オーマたちが、ばっと後ろを振り向くと、そこには……背の高い、裾の長い服を着た若い女性がにこりと笑みをうかべて立っていた。もちろん、セリフからわかるように目は笑っていない……。
???:「おいたをする子にはそれなりにお仕置きをしなきゃいけないねぇ」
 冷笑をうかべた女性は手に持っていた杖をひゅんっと一振りして、自分の周りに数個の雷球を出現させた。
 その女性の行動にオーマと鬼灯は戦闘を避けるために事情を話そうと思ったが……この状態ではおそらく、雷球が飛んでくるほうが先だ。そう瞬時に判断すると、無駄とは思いつつもさっと身構えた。
???:「上手くかわせるといいねぇ。だけど……」
 二人がさっと身構えたのを見て面白そうに目を細めた女性はくすりと笑んだ。
???:「残念ながら外したことはないんでね。いけ!雷……」
レオン:「お師匠様ストップーッ!!」
 だが、女性が杖を二人に向けかけた、そのときである。どこからか走って来たレオンが慌てて声をあげて女性へと飛びついたのは。
???:「おや、レオンかい。? お前、なんでそんな姿をしてるんだい?」
 横からぴょんっと飛んできたレオンを女性は上手く抱きとめると、怪訝そうな表情をうかべた。
レオン:「ラーラに間違えて魔法をかけられてしまったんです……。おかげで魔法が使えなくなってしまいまして……」
???:「おやまぁ。しょうがない子だね」
 女性は項垂れたレオンの頭にぽんと手を置きながら溜息をつくと、そういえばとオーマたちを見た。
???:「で。あちらの三人は一体?ストップ、ということは知り合いなんだろう?」

???:「成る程ね……大体の事情はわかったよ。悪かったね、そちらのお三方。どうやら早とちりしたようだ。非礼をお詫びする」
 魔法使いがそう言いながらすっと手をかざすと、同時に。ポンっと音をたててアイラス、オーマが戻り、レオンの姿が猫から少年の姿へと変わった。
レオン:「やっぱりこの姿が一番だ……」
アイラス:「元に戻ることができてよかったです……」
オーマ:「にゃんこになるのも面白かったがねぇ」
 なぜか満足したというように笑うオーマは置いておき。本来の姿に戻ることができたアイラスとレオンは、ほぼ同時にやれやれと溜息をついた。猫になるのはしばらくごめんだ、と。
 そんな二人を見た魔法使いはくすっと笑った。
???:「レオンはともかくとして、眼鏡の坊やはもう猫になる心配はないさ。魔法使いと付き合いがない限りはね。まぁそれは置いておくとして」
 魔法使いはきょろっと辺りを見回した。
???:「暴走娘はどこ行ったんだい?」
アイラス:「? 暴走娘ですか?」
レオン:「さっきまで泣いてた子のことだよ。アルマ様の猫なんだけど」
オーマ:「あん?さっきの泣き声がにゃんこの泣き声だっていうのか?」
 レオンの言葉にオーマは先ほど聞いた泣き声を思い出しながら問い返した。さっきの声はどう聞いても人間の子供が泣いている声だったが……。
アルマ:「ああ、レオンの言う通り。暴走娘っていうのはわたしのかわいい愛猫さ。ただ……」
鬼灯:「?」
 アルマは一旦言葉を切ると溜息をつきながら、額に手をあてた。
アルマ:「変化の指輪を悪戯したようでね……今は人間に姿を変えているはずさ。村人を猫に変えちゃったっていうんだからね」
オーマ:「なるほどねぇ。困ったにゃんにゃんってぇわけだ」
 にっと笑みをうかべると、オーマはアルマを見た。
オーマ:「ってぇことはだ。村人をにゃんにゃんに変えてた嬢ちゃんを見つけて止めりゃあこの事件は解決するってぇわけだな?」
アルマ:「ああ、そういうことになるね。もしかして手伝ってくれるのかい?」
 アルマがそう問うと、アイラスはにこやかに答えた。
アイラス:「はい。僕たちは事件を解決するために来ましたし、お手伝いします」
アルマ:「ではお言葉に甘えさせてもらう。うちの娘はこの家のどこかにいるはず。外に出るのを怖がる子なんでね。探してもらえるかい?」
オーマ:「おうよ!任せとけ」
アイラス:「はい、わかりました」
 オーマとアイラスは笑みをうかべて頷いた。
アルマ:「すまないが頼んだよ。わたしはその間に村人たちを元に戻すんでね。レオン、お前もこの人たちについていっておくれ。くれぐれも入ってはいけない部屋に入るんじゃないよ?それからそちらのお嬢ちゃん。わたしと一緒に来てくれないかい?」
鬼灯:「はい、わかりました。ではオーマ様、アイラス様、レオン様。また後ほど」
 アルマにそう言われ不思議そうに首を傾げた鬼灯であったが、すぐに頷くとアイラスとオーマにぺこりとお辞儀をしてから魔法使いと一緒に外へ向って歩き出した。
 だが、アルマはすぐにあぁと小さく声をあげると三人のほうを振り返った。
アルマ:「そうそう、一つ言っておくのを忘れたが。ラーラは猫なんだが結構な魔力を持っていてね。感情に大きな乱れがあるとすぐに暴走するから気をつけてほしい。家が壊れると直すのが大変なんでね」
 それだけ言うと、では行くか、とアルマは鬼灯と共に外へと出て行った。

オーマ:「さて、始めようかね。隠れにゃんにゃんを探しにな」
アイラス:「そうですね。ですがどこから探したらいいでしょうか?レオンさん、心当たりはないですか?」
 鬼灯とアルマの二人を見送った二人は、どこから探そうかとレオンを見た。この家に住んでいるんだから見当ぐらいあるだろうと。
レオン:「そうだね……入っちゃいけない部屋を抜いても部屋は十数あるし……」
アイラス:「この家はそんなに広いんですか?」
 ぶつぶつと呟きながらうーんと考え込んでしまったレオンに、アイラスは部屋の数の多さに少々驚いて問う。
レオン:「うん、かなりね。と言っても……本当に部屋がある部屋は十数個しかないんだけど。で、その十数個の部屋っていうのが広いからまた探すのに苦労するんだよね……」
オーマ:「つまりだ。隠れにゃんにゃんを探し当てるには前途多難ってぇことだな?」
レオン:「そういうこと。全部の部屋をまわるのにも軽く数時間は……」
ラーラ:「うわぁーんっ!!」
 だが、レオンが溜息混じりに言おうとしたそのときである。女の子の盛大な泣き声が聞こえてきたのは。
アイラス:「どうやら探す手間が省けたようですね」
オーマ:「じゃあ行こうかねぇ。隠れにゃんにゃんを捕獲しに」
レオン:「泣き声の聞こえる方からして……あの部屋だ。二人ともこっち!泣き声がやまないうちに行かないと」
 早く早く、と二人を急かしたレオンは正面にある階段をたたたっと駆け上がっていく。それに続いてオーマとアイラスもレオンの後を追って駆けていった。
アイラス:「本当に大きい家ですね。こんなに長い廊下があるんですから」
オーマ:「そうだねぇ。外観からだとここまでは大きく見えなかったけどな。お!隠れにゃんにゃんのいる部屋についたようだねぇ」
 しばらく走って行くと、先に走っていたレオンがいくつ目かの扉の前でぴたりと止まったのを見てオーマは、にっと笑みをうかべた。
オーマ:「おうおう元気のいい泣き声だねぇ」
アイラス:「元気がよすぎて耳を塞いでも聞こえてきますね」
 入り口で聞こえた泣き声の主はどうやらこの部屋にいるらしい。物凄い勢いで泣き続けているため、扉の外にいてもよく聞こえすぎて……耳を塞いでもあまり効果がないぐらいである。
レオン:「あーあ……いつもより凄いってことは……何かやったな……」
アイラス:「いつもより凄い?ということはこの騒ぎはいつものことなんですか?」
レオン:「んー……騒ぎはいつものことかな。ただ、村人たちを猫に変えちゃったっていうのは今回が初めてだよ」
 やれやれ……と溜息をついて項垂れるレオンに、アイラスは苦笑いをうかべた。
アイラス:「レオンさんもいろいろと苦労しているんですね……」
レオン:「そう言う眼鏡のにーちゃんもいろいろと苦労してそうだよな……」
 ははは……と苦笑いをうかべたレオンは、さてと目の前の扉を見た。
レオン:「ま、それはそうと。ここからが問題なんだよね……僕の魔法で止められるかどうか……」
オーマ:「魔法で止める?この部屋にゃあ何か問題でもあるってぇのか?」
 レオンの呟きに、オーマは怪訝そうな表情をうかべた。魔法使いの家というのはそんなに特殊なもんなのかねぇ?と。
 だが、レオンは左右に首を振って答えた。
レオン:「ううん、問題があるのは部屋じゃなくてラーラのほうだよ……」
アイラス:「ラーラさんにですか?」
レオン:「うん……これだけ泣いてるとなるとかなりの魔力が暴走してて……多分、この扉を開けたら……」
オーマ:「開けたらどうなるってぇんだ?」
レオン:「物が大量に飛んでくるうえに、豪風に飛ばされる……下手すると打ち所が悪くて……ってことも有りえるんだよね……」
 前にお師匠様も怪我させたことあるんだよ……とレオンは二人へと説明をして大きな溜息をついた。
 それを聞いた二人は……
アイラス:「それはまた厄介ですね……でもやらなければ解決にはなりませんし」
オーマ:「だねぇ。このグレイトスーパーイロモノ親父の手にかかればどんなこともすっきり解決ってな」
アイラスは少し苦笑をうかべた後に、オーマは面白そうにどーんっと構えて笑みをうかべた。
オーマ:「そうと決まったら早いほうがいいねぇ。中に入るのは俺が引き受けるからよ。アイラスとレオンは危なくねぇところで補助頼んでもいいか?」
アイラス:「わかりました。気をつけてくださいね」
レオン:「うん、わかった。じゃあ僕はできるだけ風の力を弱めるから」
オーマ:「おう!頼む」
 二人の言葉にオーマはにやりと笑みをうかべると、じゃあ開けるぜと扉のノブに手をかけてくるっとまわした。するとその瞬間。
アイラス:「うわっ!なんですかこの風は……っ!」
レオン:「いつもの三倍以上あるよこれ……っ!!」
 ごおおおぉっ!!と音を立てて部屋の中から物凄い風が三人へと吹きつけた。それも風だけが吹き付けたのではなく……部屋の中にあったと思われる紙やら小物やらぬいぐるみやら……も一緒にである。
オーマ:「おうおうまたすげぇ風だねぇ」
 いろいろと自分にぶつかってくる物を手でガードしつつ、オーマは部屋の中にいる少女の姿を見つけると風の力に逆らいながらゆっくりと近づいていった。
オーマ:「やれやれ、まったく困った嬢ちゃんだねぇ」
 ようやく少女の近くまで来れたオーマは、まだ泣き続けている少女の背中にそっと手を回すと父親のように優しく微笑んで抱き寄せた。
 泣き続けていた少女はオーマに抱き寄せられてもなお泣き続けていたが……近くに人がいることでようやく落ち着いたのか、泣くのをやめて優しく背中を撫でてくれているオーマの顔を見上げた。
 少女の泣き声が止んだとほぼ同時だろうか。凄まじく吹き荒れていた風は途端にその様子を柔らかなものに変え、何事も無かったかのように優しく流れ出した。
ラーラ:「ひっく……? おじさんだーれ?」
オーマ:「俺はオーマ。お嬢ちゃんの名前は?」
ラーラ:「わたしはね、ラーラっていうの!」
 オーマの優しい笑みにすっかり安心したのか、ラーラはにこりと元気良く笑って自分の名前を答えた。
 そんな二人の様子を部屋の入り口からそっと覗いたレオンとアイラスは、まるで父と娘のような微笑ましい光景ににこりと笑みをうかべた。
アイラス:「よかったですね、ラーラさんが落ち着いて」
レオン:「うん。とりあえず、今はね……」

アルマ:「……つまりだ。元の姿に戻ろうと自分に魔法をかけたつもりでいたが、実は村人たちにその魔法がかかってたと。それで村人たちを猫に変えてしまってたというわけだな?」
ラーラ:「はい……ごめんなさいご主人様……」
 ラーラが落ち着いてからしばらくして。アルマと鬼灯が並んで家に帰ってきた。
 アルマはまず、何も言わずにオーマの後ろにすまなそうに隠れていたラーラの姿を猫の姿に戻してから、ひょいっと抱き上げ。自分が何をしたか正直に話してごらん、と微笑をうかべた。
 そして、ラーラが事の始まりから終わりまで何があったかをアルマに話し……今のこの状況に至るわけである。
 ラーラの話を聞いたアルマは最初、難しい顔をしていたが……
アルマ:「反省はしているようだし、今回は許そう。村人たちは猫になっていたことを夢だったと思っているからね。ただし、次回は無いぞ?」
ぴっと人差し指を立ててラーラに念をおすと、にこりと笑顔をうかべた。
 アルマの言葉にへにょんと耳と尻尾を下げていたラーラであったが……間近でにこりと微笑まれると、途端に萎れた花が生き返ったように目を輝かせ、嬉しそうにニャーンと一声鳴いてアルマに顔をすり寄せた。
 そんな光景を見ながらそういえば、とアイラスは思い出し、レオンへと問いかけた。
アイラス:「先ほどアルマさんは村人たちが猫になっていたことを夢だったと思っているからと言っていましたが……手紙を書いた村長さんの娘さんはこのことを覚えているのでは?」
レオン:「あ、そのこと?そのことなら大丈夫だよ。あれは僕の書いたものだから」
オーマ:「つまり嘘ってことか?」
レオン:「うーん……言い方変えるとそうなるかな。だってさ、そのまま行っても信じてもらえないだろうし、それに。魔法使いの弟子なんですが、って言ったって信用してもらえないだろうし」
そのうえさ、とレオンは少し恥ずかしそうにぼそりと呟いた。
レオン:「お師匠様の猫に猫にされて戻れなくなってしまって、お師匠様の猫を止めようにもドアが開かなくて中に入れませんなんて。恥ずかしくて正直に言えないからね……」
オーマ:「そりゃ違いねぇなぁ」
アイラス:「成る程。そういう訳なら納得できました」
 レオンの様子にオーマとアイラスは違いないと笑みをうかべた。それが自分の立場になったら、やはり少々言い難い。
鬼灯:「ですが、無事解決することができてよかったですね」
 レオンの話に鬼灯は優しげな微笑をうかべた。怪我人も出ることがなかったし、と。
アルマ:「そういえばお三方。世話になった礼に何か差し上げたいのだが。何がいいかな?」
 まだ甘えて擦り寄ってくるラーラを抱きつつ、アルマはオーマたちににこりと笑んだ。
アルマ:「物でなくとも未来を占うこともできるしな。各自一つ選んでくれ」
 その申し出に三人は自然と顔を合わせると、
オーマ:「未来を占ってもらうってぇのもいいがねぇ」
アイラス:「物というのも興味がありますね」
鬼灯:「何か一つを選ぶということは難しいことですね」
そのままうーん……と考え込んでしまい。アルマは思わずくすくすと笑い出した。
アルマ:「そんなに真剣に悩まなくてもいいと思うが。では、お茶でも飲みながら決めてくれ。レオン、用意を」
レオン:「はい、アルマ様」
 じゃあこっちへ、とレオンの案内でアルマを含むオーマたちはその後、お茶を楽しんでからそれぞれの希望のものを一つだけ手にし、魔法使いたちの家をにこやかに後にした。
 ちなみに三人がそれぞれ何をもらったかというのは……あげた本人、貰った本人たちのみがこっそりと知るだけであった。

…Fin…



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
 【1091/鬼灯 /女性/6歳/護鬼】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】


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■         ライター通信          ■
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  いつもありがとうございます、月波龍です。
  今回の依頼は執筆時間の都合で三人になりましたが、いかがでしたでしょうか?
  それぞれのプレイングをまとめた結果、このような話の展開にしました。
  もし至らない点がありましたらご連絡ください。次回執筆時に参考にさせて
  いただきたいと思います。
  楽しんでいただけたようでしたら光栄です。
  また機会がありましたらよろしくお願いします。