<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


闇に潜む牙


------<オープニング>--------------------------------------

 いつも通り賑やかな雰囲気の黒山羊亭に、息も絶え絶えになった男が現れた。
 ぐったりとして血の気がない。
 扉を開けたところで力尽きたのか、がくり、とその場に倒れ込む。

「なんだ、どうしたんだい?」
 慌ててエスメラルダが駆け寄ると、男はひゅうと喉から息を吐き出すように告げた。
「たくさんの…蝙蝠が……村を襲ったんだ。血を吸われ……地下に逃げた者以外は全員……その地下も…洞窟に繋がっているからそれにアイツラが気づいたら……」
 そして男は手にしていた村の地図をエスメラルダに手渡す。
「アイツラは……普通の蝙蝠じゃない。血に飢えた……魔物だ……銃でも撃ち落とせなかった」
 そう言って男は気を失った。
 男の首筋や肌の柔らかい部分には数個の牙の痕が残っている。血を吸われた痕跡だろうか。
 エスメラルダは地図を見て、それがそれほど遠い村ではないことを確認する。
 今から向かっても夜半前には十分辿り着く距離だ。
 ねぐらに帰る蝙蝠をつけて、寝てる昼間の内に片を付けてしまえば良いのだろうが、今は一刻を争う状況だ。そんな悠長なことは言っていられない。
 幸い、男の持ってきた地図には隠れている場所もきちんと記載されている。

「さてと、仕事だね。一刻も早くこの村に行って蝙蝠を退治しておくれ。とにかく村人の救出が大事だろうね。それと村に入った途端襲われるかもしれないから、十分気をつけるんだよ」
 エスメラルダはそう言って回りを見渡した。


------<夕食>--------------------------------------

 テーブルの上に大量の料理を並べて一人がつがつと食べている銀髪の少年、レガシィを、周りの人々は面白そうに眺めている。
 とてもじゃないが少年一人で食べきれる量には思えなかったのだ。
 それなのにレガシィは余裕の表情でどんどん料理を平らげていく。
 レガシィがスープを飲むために少し俯くと、長めの前髪が更に右目を覆い隠す。そのせいでその奥の瞳を見ることは叶わない。
 褐色の肌の上に銀色の髪が揺れた。
 回りからの好奇の視線を感じレガシィはそちらに目を向ける。
 ちらっ、とあからさまに逸らされる瞳に気分を害し思わずその人物に向かって文句を言いかけた時だった。
 いつものように賑わっている黒山羊亭に息も絶え絶えと行った様子の男が転がり込んできたのは。

 やっと辿り着いたといった感じで、男はがくりとその場に倒れ込む。
 エスメラルダが慌てて駆け寄り声をかけると男は言った。
 蝙蝠が村を襲ったと。
 すぐ近くにいたレガシィはそちらに視線を移し、男の言葉に面白くなさそうに目を細める。
 しかしそれも一瞬のことで。
 エスメラルダが村人の救出と蝙蝠退治を店内にいる人々に呼びかけると店内がざわめき出す。
 銃も効かず、普通の蝙蝠でもない血に飢えた魔物と男が言っていた。それが人々には気にかかるのだろう。
 そのざわめきの中、レガシィはエスメラルダに告げる。
「その地図借りるからな」
「え? ……あんたが行くのかい?」
「あぁ? 悪ぃかよ。それとも何か? オレじゃ心配だとか言うんじゃねぇだろうな」
 驚いた表情で地図を渡すのを躊躇ったエスメラルダに早速噛み付くレガシィ。
 そのレガシィの様子にエスメラルダは、ブンブン、と手を振りながらレガシィに地図を手渡す。
「別に疑った訳じゃなくてただ単に驚いただけよ。でも一人で行くの?」
 その言葉にレガシィはニィっと笑う。
「ま、食費の足しになりそうだし行ってくら」
 がたっ、と派手な音を立てて椅子から立ち上がったレガシィは地図を片手に黒山羊亭の扉に手をかけた。
 しかし、そこで思い出した様に慌ててエスメラルダを振り返る。
「あっ、そうだ! 姐さん。帰るまでそこの料理残しといてな?美味いから♪」
 レガシィはびしっと自分が今まで座っていたテーブルの上に乗せられた料理を指さしながら言った。
「これ? あぁ、分かったよ。でも帰ってきたら冷たくなってるだろう。…そうだね、なんだか可哀想だから飲み物とか色々サービスしてやろうか」
「そうこないとな」
 不敵に笑ってレガシィはそのまま黒山羊亭を後にした。


------<襲われた村>--------------------------------------

 黒山羊亭から出て、階段を上ると目に飛び込んでくるのは空に浮かぶ満月。
「満月か……闇の生物には願ってもない晩か…」
 レガシィは地図を眺め、その村のある方角を眺める。そう遠くは無いはずだ。
 背にある一対の白い翼をはためかせ、レガシィは宙に舞う。
 暗闇に広げられた白い翼は満月の光を浴びて美しく光った。力強く羽ばたかれた翼は風を捉え先へと進む。
 蝙蝠に襲われた村まであと少しという時だった。
 少し先の空が黒く染まっている様に見えた。
 それは村人達を襲った蝙蝠の群れなのだろう。
 しかし遠いとはいえ、あの位ならば数十匹といったところか。
 囲まれる前に先に打って出れば問題はないはずだ。

「行くか…」
 レガシィはそのまま空から村へと降り立つことを決める。
「多分、蝙蝠を超音波で操ってる奴がいるんだろ」
 動物使って悪さするってのが気に入らん、とレガシィはそのまま蝙蝠の群れへと向かっていく。
 その元凶を捕まえさえすれば、蝙蝠だって悪さするのを止めるに違いない。
 レガシィが近づくのに気が付いた蝙蝠が一斉に向かってくる。
 しかしレガシィが先に動いた。
 蝙蝠の群れに向けて、ウィンドスラッシュを放つ。
 レガシィのはためかす翼の起こす風がウィンドスラッシュに力を加え、それは変則的に蝙蝠の群れの中に飛んでいく。
 規則正しく動く蝙蝠達を乱す風の攻撃。
 突然自分たちに放たれた空気の刃に蝙蝠達は訳の分からぬまま切り裂かれ落ちていった。
 そして変則的に飛ばされるウィンドスラッシュが空気の震動を変え、蝙蝠達の統制を崩す。
「貴様たちに用はない。さっさと元凶見つけてしばき倒してやる」
 一対一の力比べが三度の飯並に好きなレガシィ。
 強敵であればある程、楽しみが増す。
 既に統制を失った蝙蝠達に興味はなかった。それにこれならば地下へと逃げ込んだ人間達を捜し出すことも無理だろう。

 意味無く旋回する蝙蝠達には目もくれず、一匹の逃げ出す様に飛んだ蝙蝠を発見しレガシィはその蝙蝠の後を追った。
 元凶の元へと案内してくれるのではないかと思ったのだった。
 負傷した翼を不自由に動かしながら蝙蝠は大きな木を目指して飛んでいく。
「よし、あそこか」
 口元に笑みが浮かぶ。
 そのまま地上に降りると、蝙蝠の行方を目で追った。
 その蝙蝠は大きな木の根元に向かっていく。
 そこには一人の人影があった。
 長い黒髪に、ボロボロに引き裂かれたマントを羽織った淋しげな表情を浮かべた金色の瞳をした魔物。
 弱々しく舞い降りた蝙蝠を両の掌で受け止め、魔物は軽く自分の指を牙で噛むと血を蝙蝠に分け与える。
 その血を飲んだ蝙蝠は少しだが元気を取り戻した様で、再び空へと舞う。
 それを目で追った魔物は、遠くからその光景を眺めていたレガシィを振り返ると鋭い目つきで睨み付けた。
「やる気満々だな、アイツ…」
 そうこないとな、とレガシィはサイスを片手に不敵に笑う。
「ユーザ…」
 そう名を呼び、自分を守護する黒狼を召喚すると足下に現れたユーザを人撫でし、行ってこい、と魔物に向けて嗾けた。
 そして自らも魔物の元へと飛ぶ。
 速度を上げ、黒狼の速度と変わらぬ速さで魔物の元へと近づき、ユーザの攻撃を防いでいる間に黒光りする大鎌を魔物へと降り降ろした。
 サイスはマントを切り裂くだけに留まる。
 魔物は黒狼に腕を噛まれたまま、マントを翻し後方へ飛んだのだ。馬鹿力もいいところだ。
「強い奴と戦うのはいいな」
 遠慮しなくてすむ、とレガシィは再度間合いを詰め魔物へと近づく。
 腕を振り、黒狼を吹き飛ばすと魔物は瞬時に爪を長く伸ばし、レガシィの心臓を狙ってきた。
「っと、簡単にやられてたまるかよっ」
 ウィンドスラッシュで爪を切り裂き、その攻撃を避ける。
 そしてそのままサイスで薙いだ。
 ざっくりと魔物の腕が落ちる。
「利き腕使えなきゃ大変だろ」
 はんっ、と鼻で笑ったレガシィだったが次の光景に笑うのを止めた。
 切ったはずの腕が再生したのだ。
「貴様、それは……」
 ニヤリ、と魔物は笑い自分の心臓を軽く叩く。
「オレを殺したいならココを狙え」
 無理だろうがな、とケタケタと笑う魔物にレガシィはカチンときた。
「なんっだとーっ!オレに出来ねぇっていうのかよっ。やってやろうじゃねぇか」
 頭に血が上ったレガシィは魔物に噛み付くと大鎌を振るう。
 ひょい、と避けた魔物が再度爪を伸ばしレガシィの肩を切り裂いた。
「っつぅ…」
 切り裂かれた瞬間、ぐらりとレガシィの視界が揺れる。
「ナニ……?」
 まさか毒が…、と思った時には遅かった。
「オレの血は蝙蝠にとっては薬にもなるが、人間には痺れ薬になるんだったっけかなぁ」
 動けないだろ、と笑い魔物はレガシィに近づいてくる。
 地に膝を突き荒い息を吐くレガシィの顎に手をかけ上向かせると告げる。
「お前の血は美味いかな…」
 人間共逃げ出したしさっきの再生で血を随分使ってしまったし、と魔物はレガシィの首筋へと唇を寄せる。
 美しい形をした唇の間から見えるのは鋭い二本の牙。
「オレの可愛い蝙蝠達を傷つけた罰、オレの腕を切り落とした罰。あとは…そうだな、お前が弱い罰」
 耳障りな笑い声がレガシィの耳に聞こえてくる。
 そして背後で低く唸るユーザの声も。
 くそっ、と呟きながらもレガシィは助かる道を探す。手にしたレイスを僅かに入る力の限り握った。
「っざけんなよっ……」
 はっ、と魔物が驚きで息を呑んだのと、レガシィがレイスで魔物の心臓を突いたのは同時だった。
 がふっ、と魔物が血を吐き出す。
 それがレガシィへと降りかかった。


------<闇夜に浮かぶ笑顔>--------------------------------------

 褐色の肌に注がれる鮮血。
「何故動ける……」
「生憎とオレは人間じゃない血も混ざってるからな…効果が薄いんだろ」
 残念だったな、とレガシィは魔物の下から這い出る。
「俺の勝ち…だな」
「何故…心臓を一突きにしなかった」
 レガシィはギリギリのところで心臓を外した。
 それを不思議そうに魔物は尋ねる。
「蝙蝠嗾けた理由聞いてないしな。それに…」
 ちらっとユーザの方を眺めてから魔物に向き直る。
「ユーザのことは狙わなかったし、傷ついた蝙蝠にも優しかった」
 動物を捨て駒にしてるって訳じゃなさそうだから理由が聞いてみたくなった、とレガシィは告げた。
 すると、くすくすと笑い出した魔物はついには大声を上げて笑い始める。
「な…なんだよ…気色悪いな…」
「面白い奴だな…お前」
 魔物は既に傷口のふさがった胸に手を当て言う。
「この村の奴らは昔白木の杭でこの木にオレの母親を打ち付けた。そして…元は人間だったけど魔物の花嫁となった母さんは魔物として死んでいったんだ。こいつらはオレの母さんを魔物へと生け贄として捧げ、そして最後まで母さんを裏切り続けたんだ。だからそれの…簡単に言えば復讐だ」
 それが理由、と魔物は笑う。
「母さん、馬鹿だよな…。最後まで村人を責めずに笑ってたんだ。白木の杭を打たれても…この人達は悪くないからって、誰も悪くないからって」
 でも、と魔物は呟く。
「オレにとって、たった一人きりの母さんを殺した奴らの何処が悪くないんだ?オレは一人きりになったのに」
 皆一人きりになったらいい、と魔物は笑った。
「馬鹿は貴様だ」
 ドガッ、と鈍い音が響く。
 レガシィが力の限り魔物のことを蹴り飛ばしたのだ。
 思い切り蹴り飛ばされ後ろへ吹っ飛び木の幹に身体を打ち付ける魔物。ゲホゲホと突然の衝撃に咳き込んだ。
「自分一人ばっかり可哀想ぶりやがって。大体なぁ、お前半分人間なんだろうが。だったら俺みたく人間社会の中で生きてみろ。こんなちっぽけな村一つに固執しないで、もっと他の広いとこ見てみるのも悪くない。貴様の母親だってきっとそれを願ってたんだろうが。誰も憎まない様に、最後まで笑ってたのは誰のためだ」
 その言葉に魔物は金色の目から涙を流す。
「…認めたくなんて無かったんだ……それを認めたら……」
「だから馬鹿だっつってんだろうが。もっと遠いどっかに行って大人しく暮らしてろ。俺はこの村に蝙蝠退治しに来ただけだ。以上」
 じゃぁな、とレガシィはレイスを肩に担ぎユーザと共に歩き出す。
「ちょっ……お前……」
「ん?」
「名前は…?」
 魔物の発するこの期に及んでの質問にレガシィは吹き出した。
「レガシィだ。貴様こそ可笑しい奴だな」
 ついでに聞いてやるから名前は?、とレガシィは魔物に尋ねる。
「アンティ」
「アンティな…またな」
 ヒラヒラと背を向けたままレガシィはアンティに向けて手を振る。
「また会ったら…今度は真面目に反則技無しで手合わせしてくれ」
「気が向いたらな」
 ホントにおかしな奴、と呟きレガシィは小さな笑みを浮かべながら村人達が隠れているという場所へと向かう。

 レガシィは足早に歩きながら、さっさと黒山羊亭に帰って残してきた夕飯を食べようと思う。
 動き回って先ほど食べた分は全て消費してしまった様な気さえする。
「駄目だな、もう一度頼み直しだ」
 代金はやっぱ報酬からか、とレガシィは溜息を吐きつつ考える。
 最近の稼ぎはほとんど食費になっている様な気がした。
 それならば村人に恩をきせて報酬たんまり貰わないとな、とレガシィは気合い新たに村人救出へと向かうのだった。
 だいぶ傾いた月がそんなレガシィの横顔を照らしていた。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1756/レガシィ/男性/13歳/傭兵見習い


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■□■ライター通信■□■
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初めまして。こんにちは。夕凪沙久夜です。
闇に潜む牙をお届けします。
お待たせ致しました。

見かけの割に大食漢という事でしたので、最後までその描写がつきまとっておりましたが性格その他のイメージを壊していなければと思います。
ちょっぴり痺れてしまったりもしましたが無事に事件解決となりました。
アリガトウございます。
ひねくれ者ってことでしたので、あのような雰囲気にまとめてみましたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

またお会い出来ますことを祈りつつ。
ありがとうございました〜!