<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


歌を探して



------<オープニング>--------------------------------------

『歌を無くしてしまったんだ。歌をくれるかい?』

「そういう声が聞こえたと思って振り返ったとこまでしか覚えてねーんだよ」
 なにそれ、とエスメラルダが店の中央で酒を飲みながら話す男に問いかける。
「エスメラルダ、聞いてくれよ。ここで大きな声で言う事じゃねぇんだが俺は歌うのが昔から大好きでよ、仕事しながらいつものように歌ってたんだ。で、さっきのような声が聞こえたと思ったら俺は気ぃ失っちまって。そしたらよ、目が覚めたら歌がさっぱり出てこねぇんだ」
「歌いたくないとかただ単に忘れたんじゃなくて?」
 首を傾げながらエスメラルダが言うが男は、断じて違う、と声を張り上げる。
「綺麗さっぱり消えちまってるんだよ」
 俺はこれからずっと一生歌が歌えねぇのかな、とがっくりと肩を落とす男。
「手がかりとか気になったことはないの?」
「気になったことか……俺の他にも結構被害にあった奴は居るみたいだ。ただ、歌を忘れちまうだけだから皆特に問題にはしてねぇみてぇだが。でも俺は淋しいんだ!こう歌が好きで好きで仕方ないっていう想いだけは残ってるのに、歌は出てこねぇ。まるでその機能だけどっかに忘れてきちまったみたいに。だってよ、歌を聴いてもそれを真似ることすら出来ないんだぜ?どう考えても可笑しいだろ」
 ぐいっ、と男は酒を飲み干しエスメラルダに言う。
「なぁ、俺が歌えなくなったからといって俺は吟遊詩人でもねぇから誰も困らねえが、探してくれる奴はいねぇかな。……そういや気づいた時に鳥の羽根が近くに数枚落ちてたのに気づいたが……随分と綺麗な羽根だったからとっておいたんだが……役に立つかな」
「さぁ。どうだか分からないけど。でも被害に遭ってる奴はそんなにいるのかい。ふぅん……まぁ、乗ってくる人は居るかもしれないね」
 エスメラルダは男から落ちていたという羽根を受け取りその美しい羽根を見つめた。


------<バイト中>--------------------------------------

「おーい、葉子」
「はぁーい…って、さっきから何度目だろうネェ、お呼び出し」
 面倒くさそうに呼ばれた方を眺めつつ、葉子は隣にいるバーテンに尋ねる。
「そうですね、今日だけだったら……17回というところですか?」
「律儀に数えてくれてたのネ、おニィさん」
 もう俺様モッテモテで困っちゃうヨネ、と葉子は拭いていたグラスを置き呼ばれたテーブルへと向かう。
 そこで行われているのはカードゲーム。もちろん賭だ。
 先日まで向かうところ敵なしの負け知らずの葉子が、途端に負け続け始めたということで今までむしり取られた分を飲み代で取り返してやろうと躍起になっている男たちが黒山羊亭には溢れかえっていた。
 貯金などあるはずもない葉子は体で払うしかなく、ここ最近は黒山羊亭でバイトの日々を送っていたのだがそのバイトはいつ終わるのか。
 今日も先ほどから連敗で、どんどんエスメラルダへの借金は増えていく一方だ。終わりがどんどん見えなくなっていく。
 そして今また挑戦者が現れ葉子が呼ばれた。
 仕事中だから出来ない、などと断ることは出来ず葉子は日々エスメラルダへの借金をバイトをしているにもかかわらず増やし続けているのだ。
「…大変ですね、葉子さんも」
 そう呟いてバーテンは戻ってきてぐったりとカウンターに突っ伏すであろう葉子の姿を想像し、苦笑しながらいつものカクテルを用意してやるのだった。

 そして案の定、戻ってくるなりぐったりとカウンターに突っ伏す葉子。
「おニィさん、俺様これで通算何連敗だろうネ」
「金額では……約1年間働いても足りないくらいですかね」
「1年以上も俺様ココでお仕事デスか。昼間は紅茶屋で夜はコッチ……俺様イツ寝るの?悪魔って寝なくても死なない?」
 突っ伏したまま、上目遣いでバーテンを見上げる葉子。
「オレに聞かないでくださいよ。悪魔なのは葉子さんじゃないですか……あ…」
 でも、とバーテンはふと思いついたように葉子に告げる。
「魔力のある悪魔だったら寝なくたって大丈夫かもしれませんけど、葉子さんいつもの状態じゃないですよね。魔力低下中でほぼ普通の人間と変わらないんだったら、やっぱり寝ないと倒れるんじゃないですか?」
 ヤッパリ?、と葉子は怠いのか、お仕事イヤー、キャー、と言いながら突っ伏したまま動かない。
 そんな葉子に苦笑しつつ、作ったカクテルを目の前に置くバーテン。
「とりあえず、これ飲んで休憩してていいですよ。でもそれ飲み終わったらこっち頼みます」
 そう言ってバーテンはシェイカーを振る仕草をしてみせる。
「オーケーオーケー!おニィさん、ありがとネ。それならまかして」
 もう今日は呼ばれませんように、と葉子はチビチビと飲み始めた。

 こっそりと、勝負しろ、と声をかけてくるような人物が居ないか眺めつつ葉子がグラスを傾けていると、隣からおもしろい話題が飛び込んできた。
 エスメラルダと男の会話に耳を澄ますと、歌を盗むやつがいる、とのことだった。
 それはまた面白そうだヨネ、と葉子はグラス片手に二人の元へとことこと歩いていく。

「うんうん、なくなったのは歌ネェ」
「歌が歌えねぇってのはまた悔しいもんでなー」
「あたしが踊りを踊れないのと同じよね」
「そうだな、同じだな。やっぱり歌いたいときに歌えネェのは寂しいもんだ」
「ヘェ、俺様はそこら辺どうでもいいんだケド」
「どうでもいいこたぁねぇだろう。自分だけでも自分の歌を好きでいてもいいじゃねぇか」
「確かに自分位はどんなにへただったとしても好きでいたい…てのはわかるかもしれないねぇ」
「まぁ、そこは人ソレゾレだしー?」
 そしていつの間にか二人の会話に割り込んでいる葉子。
 やっとそれに気づいたエスメラルダが葉子に言う。
「ちょっと!葉子ってば仕事中でしょ、何呑気に話に混ざってるのよ。しかもグラス片手に!」
「エー、俺様ステキに休憩中ー。だって、俺様どこにいても捕まっちゃうからネ」
 売れっ子は辛いのヨ、と葉子は泣き真似をして見せる。
 相変わらずどこからどこまでが本気かわからない人物だ。
「もう、そんなちびちび飲まないでさっさと飲んじゃいなさい!」
 そうエスメラルダに言われても葉子はマイペースで、気にしナイ、気にしナイと酒をちびちびと飲み続ける。
「なんでそうヤル気ないのよ。ちゃんと仕事するならするでねぇ…」
 エスメラルダのお小言が続きそうなのを察知したのか、葉子は口を挟む。
「エー、だって俺様悪魔だし。それにココにいると捕まってよけいに謝金地獄陥るんだヨネ」
 さっきから引っ張りだこ、と葉子はカードをペラペラと合わせる音を聞きながら告げる。
 その言葉に嘘はなかった。それをバーテンは証明するだろう。
 葉子の様子に呆れ果てながらエスメラルダは言う。
「そんなにここから出かけたいんだったら、この人の依頼受けてみたら?ねぇ、あんたもちろん報酬出すんでしょう?」
「あ?…あぁ、出してもいいな」
「じゃ、決まり」
 有無を言わさずエスメラルダは決めてしまった。
「葉子がこの事件を解決して得た報酬を私がもらって、葉子があたしから借りている借金の一部にすれば少しは減るんじゃない?」
「おぉー、エスメラルダあったま良ぃネ!」
 そうしてヨ、と葉子はいつもよりも数倍おとなしく男の話を聞いたのだった。


------<歌はドコ?>--------------------------------------

 男から葉子が得られた情報は少ない。
『歌を無くしてしまったんだ。歌をくれるかい?』という謎の声。
 まるで歌っているように紡がれた言葉。
 けれどそれはまるで夢の中で聞いた言葉のように朧気らしい。
 他の多くの人物達が歌を盗まれたのは朝方、空が明るくなり始める頃が一番多いらしいということ。
 
「で、その羽根見せてヨ」
 手がかりの一つだと思われる羽根をじっくりと観察する葉子。
 七色に光る羽根は一体どんな人物のものなのか。
「犯人は一つの歌じゃ満足できナインだ? デモ、歌ダケ奪うってのは難しいヨネ」
「そうねぇ…どこまでが歌で、何処までが違うのか…なんて区別つけるの大変ね」
「だヨネー。こうしてしゃべってる会話も歌といや歌だし。ウーン、歌うという概念だけ消されたカナ」
「そう考えるのが一番良さそうだけど。でも謎だけ深まっていく感じよね」
 エスメラルダが葉子が手にした羽根をくるくると回しているのを眺めながら呟く。
「エート、そうだ。旦那、どこら辺が遭遇率高い?」
「俺が歌を盗られたのは天使の広場だったな。他の奴らも結構その付近で盗られることが多いみたいだ」
「リョーカイ。んじゃ、いってきマース」
 ヒラヒラ、と葉子はエスメラルダと男に手を振り、バーテンに、後はヨロシク〜、と告げ扉をくぐった。


「さて、ドコで歌おうか」
 とりあえずは歌ってみるのが一番手っ取り早いだろう、と葉子は黒山羊亭を後にすると背から黒い翼を出現させる。
 普段なら翼なしでも飛べるのだが、呪われ仕様の葉子は翼なしには飛べなくなっていた。
「なんかイロイロと不便なんだヨネ…空も自由に飛べナイし、闇も俺様に味方してくれナイし。俺様逃げ場ナシ〜」
 そうブツブツ言いつつも、囮捜査もなかなか楽しそうだと思っているのだから呑気なものだった。
 闇夜に翼をはためかせ、葉子は上から眺めると未だ人通りの多い天使の広場に目をつける。
 葉子はそのまま天使の広場に降り立ち、噴水の縁に腰掛けた。
 ここら辺での遭遇率が高いというのだからここで待つのが一番だろう。

 見目の良い葉子が楽しげに歌い出すと道行く人々が足を止めあたりに人垣が出来た。
 しかしそんなことはどうでもいいのか葉子は気にした様子もなく、月に照らされ水音を伴奏に歌い続ける。
 別に金欲しさに歌っていた訳ではないのに、いつの間にか目の前には金が積み上げられていた。
「アレ? お金が積み上げられてるケド……」
「兄ちゃん、いい歌聞かせて貰ったからな。少しだけどな」
「あぁ、私からも少しだけどね。こんなに気分良いのもあの歌のおかげかね」
「ワォ。コレ貰ってイイノ? 一気に俺様お金持ちジャン。謝謝〜」
 ヒラヒラと去っていく人々に手を振りながら、葉子は目の前の金を見てしばし考え込む。
 もしかしたら歌を歌った方が黒山羊亭でバイトするより稼げるのではないかと。
「ウーン、それもいいケドね」
 さぁて囮捜査再開、と葉子は再び歌い始める。
 すると今度は背後に気配を感じた。
 しかし歌うことはやめない。
 夜明けにはまだ早い。
 しかし先ほど葉子が男から聞いた言葉と同じものを背後の者は放った。

『歌を無くしてしまったんだ。歌をくれるかい?』

 脳裏に直接響く声。
 多分これは言葉を発してはいない。
 葉子は振り向かずに『言葉』として告げる。

「『悪魔の歌』で良けりゃドーゾ。但し消化不良起こしても返品には応じられナイヨ?」
 悪魔の歌ってのも許容範囲なのカネ〜?、とウヒャヒャと笑うと、少しだけ背後の人物は動揺を示したようだった。
 しかしそれ以上何を伝えてくるわけでもなく、ただ葉子の後ろに立っているだけだ。
「で、どうしたいのカナ? 俺様はドッチでも構わないんだケド」
 そう葉子が告げると。葉子が興味を失いかけているのが分かったのか逃げられないように腕を掴む。
 しかしそれは強い力ではなく、ためらいがちにだった。
 その仕草は葉子の興味を引く。
 他人の歌を盗み続けた人物が何故葉子を引き留めるのか。
「そんな、ぎゅっ、てしなくても俺様逃げないし。で、なんかアル?」
 あくまでも振り向かず葉子が告げると、背後の人物はゆっくりと葉子の前へと姿を表した。
 その姿は小さな少女で不安そうな瞳で葉子を見上げている。
「随分かわいらしい泥棒さんダネ。俺様のこと怖くないんだ?」
 葉子は子供達に悪魔という性質上なのか逃げられる傾向にある。
 しかしその少女はまるで捨てられた子犬のような瞳で葉子を見上げていた。それを面白そうに眺めて葉子は笑う。
「で、俺様の歌欲しくなった?」
 躊躇うように視線をあちこちに動かした少女だったが、ゆっくりと頷いた。


------<悪魔の歌の効能は?>----------------------------

「悪魔の歌をご所望ネ。デモ、俺様としてもただあげるのも悪魔としてどうかなーと思ったり。どぉ?交換条件ってのは」
 悪魔、という部分をさりげなく強調しながら葉子は少女に提案する。
 少女は葉子の提案に乗る気があるようだ。頷いて葉子の手を掴む。
「ダーイジョウブ。俺様逃げないって。交換条件っつても俺様別に欲しいものナイシなぁ…やっぱ歌を奪われた人達は物足りナイだろうし、俺の歌と今まで盗んできた歌を交換ってのは如何?一応悪魔の歌なら色んな意味で効果ありそうだし」
 しばらく悩んでいたようだったが、少女はその交換条件に満足したようだった。
 頷いて少女は背に七色に光る翼を広げた。でもそれは飛ぶための翼としては小さすぎるようだった。
「ヘェ、一枚でも綺麗だったけどこれもナカナカ」
 しかしその羽根は少女が明け始めた空へと両腕を伸ばすのと同時に輝きを失う。
 四方に飛び散っていく様々な色の欠片。
 先ほどから一言も発しない少女は、そのまま葉子へと近づいてくる。
 背の羽根はもう輝いてはいなかった。
「ありゃ、もしかして羽根に歌をため込んでた?」
 その言葉に頷き少女は葉子へと手を差し出す。
「あぁ、歌ね。持って行って良いヨ」
 お好きな様に、と葉子が言うのと同時に少女は葉子へと抱きついた。
 突然のことに葉子は後ろに倒れ込みそうになるのを慌てて手をつき防ぐと、しがみつくようにくっついている少女を眺める。
 どういう原理で歌を吸収してるのか分からなかったが、先ほど真っ黒に戻ってしまった少女の翼に少しずつ煌めきが戻っていく。
「ヘェ、面白い。俺様の歌って何色なんだろうね」
 その翼の色が変わっていく様を見ながら葉子が呟く。
 歌を歌うという概念を吸収してどうしようというのか。
 しかしそんなことに葉子は興味がなかった。
 ただ、染まっていく翼に目を奪われる。
 黒い翼が深みを増し、だんだんとその翼が大きくなっていく。葉子の歌で紡がれた翼。
 空を飛ぶのに十分な大きさになったなぁと、葉子が思っていると少女が笑顔で葉子から離れた。
「終わり?」
 頷いた少女の顔が満面の笑みに変わる。
 そして肩から提げていたバックの中から紙と鉛筆を取り出すと、一生懸命何かを書き出す。
 差し出されたものを見て葉子はウヒャヒャと笑い出した。

『歌を分けてくれてアリガトウ。私歌を忘れておうちに戻れなくなったの。歌がないと飛べないから。でもやっと飛べれる位の歌をお兄ちゃんから貰ったからやっとおうちに帰れる。お兄ちゃんの歌、たくさんたくさん貰っちゃったけど、まだいっぱい残ってるから大丈夫だと思うの』

 俺様の歌って強力〜、と葉子は笑い続ける。
 他の何人もの人々の歌を吸っても飛べなかった空。
 しかし悪魔の歌だからなのか、それとも極上の歌だからなのか葉子の歌を吸収してやっと少女は空へと帰れる様だった。
 言葉を発しないのは声を持たないからなのか。
 葉子にとっては少女が話せようがはなせまいがそれはどうでも良いことで。
 目の前の少女の笑顔で満足だった。

「んじゃ、気をつけてネ」
 葉子はヒラヒラと手を振る。
 少女も小さく手を振って太陽の昇り始めた空へとふわりと舞う。
 太陽の光に煌めいてその翼は今までで一番美しい色合いを見せ、空の彼方へと消えていった。

 そして葉子は完全に太陽が昇りきらないうちにさっさと黒山羊亭へと引き返す。
 その間葉子はぐるぐると自分の抱え込んだ借金の計算をしてみて項垂れた。
「さっき歌で稼いだお金をエスメラルダに渡して……旦那から報酬貰ってエスメラルダに返して……でもさっき負けた分あるから……もしかしなくてもほっとんど変わらないジャン?」
 困ったネ、困ったヨ、と葉子は帰ってからエスメラルダに泣き落としでも仕掛けてみようかと思うのだった。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1353/葉子・S・ミルノルソルン/男性/156歳/悪魔業+紅茶屋バイト

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 夕凪沙久夜です。
この度はマシントラブルとはいえ納品かなりお待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。
やっとお届けできましたお話、少しでも楽しんでいただけたらと思います。

葉子さんは相変わらず魔力低下中で、当方のNPCのバーテンと一緒にバイト中ですが、日々借金は増加傾向にあるようです。
葉子さん…いつになったら借金地獄から、そして呪いから解放されるんでしょうね。
とっても気になる今日この頃。(笑)
葉子さんの楽しく明るい明日を思い浮かべつつ、今回は手を振ってがんばれコールを送らせていただきたいと思います。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。