<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


歌を探して



------<オープニング>--------------------------------------

『歌を無くしてしまったんだ。歌をくれるかい?』

「そういう声が聞こえたと思って振り返ったとこまでしか覚えてねーんだよ」
 なにそれ、とエスメラルダが店の中央で酒を飲みながら話す男に問いかける。
「エスメラルダ、聞いてくれよ。ここで大きな声で言う事じゃねぇんだが俺は歌うのが昔から大好きでよ、仕事しながらいつものように歌ってたんだ。で、さっきのような声が聞こえたと思ったら俺は気ぃ失っちまって。そしたらよ、目が覚めたら歌がさっぱり出てこねぇんだ」
「歌いたくないとかただ単に忘れたんじゃなくて?」
 首を傾げながらエスメラルダが言うが男は、断じて違う、と声を張り上げる。
「綺麗さっぱり消えちまってるんだよ」
 俺はこれからずっと一生歌が歌えねぇのかな、とがっくりと肩を落とす男。
「手がかりとか気になったことはないの?」
「気になったことか……俺の他にも結構被害にあった奴は居るみたいだ。ただ、歌を忘れちまうだけだから皆特に問題にはしてねぇみてぇだが。でも俺は淋しいんだ!こう歌が好きで好きで仕方ないっていう想いだけは残ってるのに、歌は出てこねぇ。まるでその機能だけどっかに忘れてきちまったみたいに。だってよ、歌を聴いてもそれを真似ることすら出来ないんだぜ?どう考えても可笑しいだろ」
 ぐいっ、と男は酒を飲み干しエスメラルダに言う。
「なぁ、俺が歌えなくなったからといって俺は吟遊詩人でもねぇから誰も困らねえが、探してくれる奴はいねぇかな。……そういや気づいた時に鳥の羽根が近くに数枚落ちてたのに気づいたが……随分と綺麗な羽根だったからとっておいたんだが……役に立つかな」
「さぁ。どうだか分からないけど。でも被害に遭ってる奴はそんなにいるのかい。ふぅん……まぁ、乗ってくる人は居るかもしれないね」
 エスメラルダは男から落ちていたという羽根を受け取りその美しい羽根を見つめた。


------<歌は何処?>--------------------------------------

 夕方起き出したエヴァーリーンは、先ほど見た夢を思いだし寝汗をぬぐった。
 明確には覚えては居なかったが、気分が悪くなるような夢だったことは覚えていた。
 気持ちの悪さを洗い流すかのようにエヴァーリーンはシャワーを浴びる。
 肌の上を流れ落ちていく暖かな雫が心地よく、エヴァーリーンはいつものように歌を口ずさもうとした。
 そうすることで自分の気分を少しでもよくしようと思ったのだが、それはかえって逆効果だった。

「……歌が、歌えない……?」

 いつも口ずさむ歌が歌えない。
 それは忘れるはずがない歌だった。
 それなのに自分の中からその歌が消えた。
 それだけじゃない。
 覚えていた歌すべてが歌えなくなっている。

「歌を…盗んだ奴が居る……?」

 ぽつりと呟き、エヴァーリーンはすぐさま衣服を身につけると部屋を飛び出す。
 その際、自分のベッドの周りに落ちていた数枚の美しい羽根を手にしていた。
 それはきっと手がかりの一つだ。
 しかしこれだけでは何も分からない。
 エヴァーリーンは協力を仰ぐべく、一人の人物を求めて黒山羊亭へと向かった。


「…歌を盗んだ奴が居る」
「…は? 歌を盗んだ……って、ちょっと待て、人を引きずるなぁっ」
 黒山羊亭に着くなりお目当ての人物を見つけるとエヴァーリーンはその人物の首根っこを掴み、有無を言わせぬ態度で引きずっていく。
 隣で話をしていたエスメラルダと目の前の男は突然やってきたエヴァーリーンがジュドー・リュヴァインを引きずっていく姿を眺めて呆気にとられていた。
「ジュドー? ……ツケにしておくわね」
 しかしふと我に返ったエスメラルダが去っていくジュドーに声をかける。
「それまだ口つけてもいないんだが…」
「大丈夫、私がしっかり飲んでおくわよ。ごちそうさま」
 にっこりと笑うエスメラルダの笑顔がジュドーに向けられた。
 捕まってしまったジュドーは訳の分からぬまま引きずられる。ジュドーはエスメラルダに結果的には奢ることになった酒のことを悲しく思いつつも問答無用で引きずっていくジュドーを眺める。
 密やかに怒っているエヴァーリーンに首を傾げながら、どうしたのか、と尋ねたがエヴァーリーンからの返答はない。

 黒山羊亭から地上へと続く階段を上り、月明かりの照らす場所へと向かうとエヴァーリーンはやっと立ち止まった。
「ちょっと、一体なんだと言うんだ」
 苦しかった首の辺りを軽くさすりながらもう一度ジュドーが尋ねるとエヴァーリーンが告げる。
「……私の歌を盗んだ奴がいる……手がかりは数枚の羽……」
「え? さっきちょうどその話をしていたんだが。まさか身近に被害者の一人が居たとはな」
 本当にか?と声を上げるジュドーにエヴァーリーンは頷く。
「嘘を言っても仕方がないでしょう…私の中から歌が消えた。…手がかりは数枚の羽根。…この羽根を手当たり次第に探すのも手だけど…効率が悪いわ」
「確かにな。だったらどうする?」
「……相手の狙いは歌……歌っていれば、また現れるかもしれない」
「…で、誰が歌うんだ?」
 ジュドーの言葉にエヴァーリーンはうっすらと笑みを浮かべる。
「誰って…決まってるじゃない、ジュドーよ」
 突然の抜擢にジュドーは引きつった笑みを浮かべた。
「ちょっと待て…私が歌うって?……まぁ、エヴァが歌えないんだから仕方ないと言えば仕方ないが……」
 口では納得したように話しているが、浮かない表情を浮かべているジュドー。
 しかしエヴァーリーンはそれを敢えて無視して話を進める。
「よろしく。それじゃジュドーは歌いながら適当に歩いて…私は影から追うから」
 そう言うとエヴァーリーンは素早く隠れてしまった。ジュドーが一言告げる間もない。
 軽いため息を吐きながらジュドーは呟く。
「…戦い以外、慣れていないんだが……やるしかないんだろうな…」
 もう一度ため息を吐き、ジュドーは歩き始めた。


------<歌の在処>--------------------------------------

 歌い始めたジュドーを背後からつけながら、エヴァーリーンは周りに注意を払う。
 今はまだ誰もジュドーに接触してきては居なかった。
 もちろん、接触してきたらそこを鋼糸で捕まえるつもりだった。
 手にした鋼糸をぎりっと握る。

 絶対に捕まえて歌を取り戻す。

 エヴァーリーンの胸に宿るのは黒き炎。
 今までもずっと共にあった歌が消えたことは許せなかった。
 何か理由があるにせよ、歌にはたくさんの思い出があるはずだ。
 自分以外にも歌を盗まれた人々の歌にもたくさんの思いが込められていたに違いない。
 同じ歌であってもそこに込められた思いは皆違う。
 だからこそ、同じ歌を歌ってもそれぞれ別の雰囲気が漂っているのだろう。

 下手ではないが、何処かもどかしさがあるジュドーの歌声。
 それは風に乗り遠くまでとばされていっていると思われたが、犯人が現れる気配はない。
 気配を完全に消し去り、ジュドーを尾行して数時間。
 もう今日は現れないのかとエヴァーリーンが思った時だった。
 音もなく美しい翼を広げた一人の少年がジュドーの背後に降り立った。
 しかしまだジュドーは気づいていない。
 エヴァーリーンは鋼糸をそっと放つ。
 しかし捕らえるのは声をかけたときで十分だ。
 すでに少年を包囲するように糸が周りにある。

 そしてエヴァーリーンが待ち望んだ機会が訪れた。

『歌を無くしてしまったんだ。歌をくれるかい?』

 その言葉にエヴァーリーンは聞き覚えがあった。
 確か夢の中で聞いた言葉。
 やはりコイツだ、とエヴァーリーンは鋼糸を引く。
 複雑に絡み合った鋼糸は少年へと襲いかかり、あっという間に雁字搦めにしてしまう。
 振り返ったジュドーも刀を抜き、糸に絡め取られた少年へと切っ先を向けた。
 動きを封じられた少年は苦しそうに声を上げ、近づいたエヴァーリーンを見上げる。
「くそっ…なんで…」
「私の歌を返して貰うため…皆の歌を返して貰うため……」
「嫌だっ!だって、歌を持って行かなきゃ…妹が……」
「理由がありそうだな…」
「そうみたいだけど……でも許されることじゃない。……でも、訳を聞くのも悪くないわね」
 ギリギリと締め付ける鋼糸を少し緩めてやりながらエヴァーリーンが少年に問いかけた。
「それじゃ…どうして歌を盗んだのか理由を話してちょうだい」
「だからさっきも言っただろ。妹の為だって。俺はカナリア。籠の鳥だったんだよ。今まで。ずーっと主人のためだけに歌を歌い続けるのが仕事。でも…ある日歌を忘れてしまったんだ。もう何も歌えない。主人を満足させることも出来ない。主人は俺を脅すんだ。早く歌を歌を歌えって。でも忘れてしまったんだから歌えるわけ無いじゃないか。でも主人は俺の歌が聴きたいと言う。そして歌わせるために、俺の妹を捕らえたんだ。俺が一曲歌ったら妹を繋ぐ鎖を一本ずつほどいてやろうって言うんだ。でも歌を忘れてしまった俺は歌うことが出来ないから、他人の歌を貰ってそれを歌ったんだ」
 今日も行かないと一本鎖が追加されちまう、と少年は言う。
 ジュドーとエヴァーリーンは顔を見合わせた。
 先に口を開いたのはエヴァーリーン。
「……歌を無くしたからって…他人の歌を盗んでどうなるものでもないわよ。それで歌えるようになっても…それはあなたの歌じゃない」
「…理由は分かった。でも理由はどうあれ、他者の歌を盗むのは感心しないな。自分でもそんな歌を歌っても楽しくないだろう?他人の歌を盗んで歌を取り戻せたとして、本当に満足できるかな?」
 少年は首を左右に振る。
「出来ないだろう?」
「そう…だけど……」
「…自分の歌は、自分の中にしかない」
「そうだな。歌は無くしたんじゃない。どこにあるか忘れてしまっただけだ。大丈夫、すぐ思い出せる」
 お前の歌はここにあるんだからな、とジュドーは少年の胸をとんとんと軽く叩いて笑う。そして続けた。
「無くしてしまってまだ見つからないなら、『盗む』んじゃなくて『教えて貰う』ってのはどうだ?幸い、ここに歌の好きな奴がいる。その歌を覚えて持って帰れば、毎日少しずつでもまたレパートリーが増えるんじゃないか?」
「…歌が生きる糧という人もいる。歌がなければ生きていけない人もいるわ。……歌を教えてあげるから、皆に盗んだ歌を返しなさい」
「本当に……?教えてくれる?」
「一度言ったことは曲げないわ。あなたも逃げないでちゃんと皆に歌を返すと約束して」
「うん、分かった!返すよ」
 しっかりと見つめてくる少年に小さく頷くと、エヴァーリーンは鋼糸をはずしてやった。
 少年は痛みから耐えるためにしまい込んでいた大きな翼を再び出す。
 そして少年は胸の中にすっと指を滑り込ませ、光る球体を取り出した。
 瞳を閉じ、球体に向かって何事かを呟くとその球体はいくつもの光となって夜空に向けて飛んでいった。


------<歌を教えて>--------------------------------------

 無数の星が空に増えたようにも見えて、ジュドーはそれを見つめる。
 その光の一つがエヴァーリーンの胸の中へと収まった。
 日頃から口ずさんでいるメロディをエヴァーリーンは歌ってみる。
 それは面白いくらいにすんなりとエヴァーリーンの口から紡がれた。
 そのことに安堵した笑みを浮かべたエヴァーリーンは少年に向き合う。
「確かに返して貰ったわ。返してくれてありがとう」
「ううん…ごめんなさい。俺、皆の大切な歌を奪っちゃったから……」
「やったことはいけないことだ。だけど、お前は今皆にそれをきちんと返した。……妹を助けてやるんだろ?」
 ぐりぐり、とジュドーは少年の髪の毛をかき回す。
 くすぐったそうにしながら少年はエヴァーリーンにぺこりとお辞儀をした。
「歌を…教えて下さい」
「いいわよ。とびきりの歌を教えてあげる」
 ありがとう、と少年は満面の笑みを浮かべ、腰掛けたエヴァーリーンの隣へと腰を下ろす。
 少し離れた場所からその様子を見守るジュドーは、エヴァーリーンの表情に柔らかな笑みが浮かぶのを楽しそうに見つめた。

 まだ夜明けには少し早い。
 空に浮かんだ月が三人を照らし出す中、エヴァーリーンと少年の歌声が夜空に響いていた。






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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1149/ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳/武士(もののふ)
●2087/エヴァーリーン/女性/19歳/ジェノサイド

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 夕凪沙久夜です。
この度は納品かなりお待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。
やっとお届けできましたお話、少しでも楽しんでいただけたらと思います。

とても上手い設定の使い方にドッキリでしたv
歌を盗まれてしまいましたが、また少しジュドーさんとの絆が深まったのではないかと勝手に思ったりしておりました。
お二人の関係ってとても羨ましいなぁと思いつつ。親友っていいですね〜v
いつかエヴァーリーンさんの口ずさむ歌の謎が解けるのを楽しみにしておりますv

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。