<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


歌を探して



------<オープニング>--------------------------------------

『歌を無くしてしまったんだ。歌をくれるかい?』

「そういう声が聞こえたと思って振り返ったとこまでしか覚えてねーんだよ」
 なにそれ、とエスメラルダが店の中央で酒を飲みながら話す男に問いかける。
「エスメラルダ、聞いてくれよ。ここで大きな声で言う事じゃねぇんだが俺は歌うのが昔から大好きでよ、仕事しながらいつものように歌ってたんだ。で、さっきのような声が聞こえたと思ったら俺は気ぃ失っちまって。そしたらよ、目が覚めたら歌がさっぱり出てこねぇんだ」
「歌いたくないとかただ単に忘れたんじゃなくて?」
 首を傾げながらエスメラルダが言うが男は、断じて違う、と声を張り上げる。
「綺麗さっぱり消えちまってるんだよ」
 俺はこれからずっと一生歌が歌えねぇのかな、とがっくりと肩を落とす男。
「手がかりとか気になったことはないの?」
「気になったことか……俺の他にも結構被害にあった奴は居るみたいだ。ただ、歌を忘れちまうだけだから皆特に問題にはしてねぇみてぇだが。でも俺は淋しいんだ!こう歌が好きで好きで仕方ないっていう想いだけは残ってるのに、歌は出てこねぇ。まるでその機能だけどっかに忘れてきちまったみたいに。だってよ、歌を聴いてもそれを真似ることすら出来ないんだぜ?どう考えても可笑しいだろ」
 ぐいっ、と男は酒を飲み干しエスメラルダに言う。
「なぁ、俺が歌えなくなったからといって俺は吟遊詩人でもねぇから誰も困らねえが、探してくれる奴はいねぇかな。……そういや気づいた時に鳥の羽根が近くに数枚落ちてたのに気づいたが……随分と綺麗な羽根だったからとっておいたんだが……役に立つかな」
「さぁ。どうだか分からないけど。でも被害に遭ってる奴はそんなにいるのかい。ふぅん……まぁ、乗ってくる人は居るかもしれないね」
 エスメラルダは男から落ちていたという羽根を受け取りその美しい羽根を見つめた。


------<美しい羽根>--------------------------------------

「あら、すてきな羽根ね」
 エスメラルダの持っていた羽根を背後から手を伸ばしたレピア・浮桜が指先で摘み上げる。
 先ほどまでステージで踊っていたレピアだったが、エスメラルダが真剣に話を聞いているのを見つけて気になって寄ってきたのだった。
 近づいてわかった情報は、歌が盗まれたという話と手にしていた綺麗な羽根が手がかりの一つだということ。

「本当に綺麗よね。角度によって色が違うの」
 エスメラルダが羽根を動かしてみるようにレピアに告げる。
 促されるままにレピアは手にした羽根を動かしてみると、その羽根は本当に角度によって七色に変化した。
「七色に光る羽根なのね。…ねぇ、歌を取られてしまったっていう話みたいだったけど」
 そうレピアが切り出すと男は頷く。
「俺の歌が消えちまったんだ。確かに振り返ってその人物の顔を見たはずなのに、全く覚えてない。もう俺にも何がなんだかさっぱりだ」
「おかしな話ね……でもこの綺麗な羽根……鳥乙女(セイレーン)じゃないかしら」
「…? レピア何か知ってるの?」
「あれは何処だったかしら…そんな話を聞いたことがあったんだけど。美しい翼を持った素晴らしい歌声を持った種族がいるって。その鳥乙女たちが歌を盗むって話は聞かなかったけれど、鳥乙女の歌は聴く者を魅了してしまうんだそうよ。それが元で乗り物事故が頻繁に起こってしまうという話は聞いたけれど。この羽根と歌を結びつけるのは私の持っている情報ではその位」
「だったらよ、なんでその鳥乙女ってやつは歌を盗むんだろうなぁ。自分たちの歌だけで十分効果を発揮するだろうに」
 男は首を捻る。
 男の言うとおりだった。
 本来ならば歌を歌い続ける鳥乙女が歌を盗むことなどあり得ない。元から人々を魅了するほどの素晴らしい歌を持っているのだから。
「本当ね。……でもこの羽根が鳥乙女のものかどうかはまだ分からないし。あたしの仮説が正しければ…そうね、あたしがその歌を盗む人を探してみるわ」
 ちょっとレピア、と心配そうな表情を向けるエスメラルダにレピアは笑みを返す。
「大丈夫よ」
 安心させるようにそう呟いて、レピアはひらりと宙を舞った。
 すとん、とドアの前に立ったレピアは、行ってくるわね、と黒山羊亭を後にしたのだった。


------<美しい歌声>--------------------------------------

 黒山羊亭を出てきたレピアだったが、場所に心当たりがあったわけではない。
 軽く辺りを見渡してみても特に異変はなかった。
 今日は新月で、星の煌めきだけが夜空に鏤められていた。
 月明かりがない方が夜空の星は輝きを強める。
 月明かりは無いが、街の灯りで十分外は明るい。
 レピアはベルファ通りを一回りし、様子を窺うことにした。
 やはり、この通りは夜になっても人通りが絶えることがない。
 顔なじみの人物たちがレピアを見つけては声をかけていく。
「おや、アンタ今日は黒山羊亭で踊ってないのかい」
「今日はもう踊ってきたのよ」
「なんだ俺はこれから行くところなのによ、姉ちゃんの踊りみれなくて残念だなぁ…」
 がっかりした様子で男はレピアに、また明日な、と声をかけて去っていく。

 誰かが自分の踊りを見て楽しんでくれる、それはレピアにとって喜びであり生きていく活力源でもあった。
 たとえ昼間の太陽を拝めなくても、レピアにはその代わり夜の月が、星がある。
 声をかけられる度にレピアは嬉しく思い、そしてもっとたくさんの人々の心に自分の踊りが刻まれればよいと思う。
 それがレピアが此処に居たという証だった。

 その時、風に乗って届いた微かな歌声。
 それは微かだったが歌うことに喜びを感じている、そんな雰囲気が漂っていた。
 微かに耳にしただけでも心に響く何かがある。
 レピアはその歌声を聞き逃さなかった。
 聞こえてきた方角に向かいレピアは駆ける。
 人混みを掻き分け進むレピアを人は不思議そうに眺めたが、そんなことはお構いなしだった。
 ただその歌声の主を捜すことに全神経を注ぐ。
 歌声はだんだんと近づいてくる。
 何個目かの曲がり角を曲がった時、やっとレピアはその人物を見つけた。

 黒山羊亭で見る角度によって七色の光を放っていた羽根を背に広げた美しき乙女。
 その乙女の前に惚けたように座っている一人の男。
 そちらに、ちらり、と視線を向けもう一度乙女の顔を見つめたレピアは驚いたように口を開いた。
「エルファリア……?いいえ、違う……」
 その乙女の顔はレピアの知るエルファリア王女にそっくりだったのだ。
 しかし王女は純真さが溢れているが目の前の乙女は妖艶な雰囲気を漂わせ、少し狡猾そうにも見える。
 それに王女とは明らかに違う、褐色の肌にウェーブのかかった黒髪。
 レピアの発した声に乙女はゆっくりと顔を上げ、視線を合わした。
 歌を紡いでいた口が、誰?、と声を発する。

 歌が途切れると男の意識が戻ってきたようだ。
 軽く頭を一振りし、首を傾げ男は何事もなかったかのようにその場を去っていく。
 乙女はレピアに話しかけた時に、瞬時に羽根を隠しレピアの側に移動してきていた。
 レピアは構えることなく乙女と向かい合う。
 不思議と歌を奪うというその乙女が怖いとは思えなかった。
 それに危険信号も自分の中から発せられることはない。
 だからレピアは逆に乙女に問いかけた。
「あたしはレピア。あなたは…鳥乙女?」
「えぇ。だけど私は自分の力を封印されているからその名前を名乗ることは禁じられてるの」
 自嘲気味に笑い、鳥乙女は再び羽根を広げレピアの前から消えようとする。
 その手を引き、レピアは地上へと鳥乙女を呼び戻した。

「話はまだ終わってないわ。鳥乙女と呼んではいけないならなんて呼べばいいのかしら」
 きょとん、と鳥乙女はレピアを見つめ笑い出す。
「おかしな人。別に私の名前などどうでも良いでしょう?それに私、今あなたの歌を貰ってしまおうと思ったのに」
「名前は大事よ。それに……あたしはあなたが人々から歌を奪う理由が知りたいの」
 風が二人にまとわりつくようにそよいできては去っていく。
 静寂が二人の間に降りた。
 星空の下で、ただ見つめ合いお互いの心の底を探るような視線を互いに交わす。
 先に口を開いたのは苦笑した鳥乙女だった。
「本当におかしな人。いいわ、面白いから教えてあげる。私の名前はアーリアよ」
「ありがとう。…それじゃ、アーリア。二つ目の質問に答えて」
 他人に名前を呼ばれるのなんて久しぶりね、と言いながらアーリアは告げる。
「歌を盗む理由は私個人が生き延びるためよ。鳥乙女は歌うことで生きている。歌えなかったら鳥乙女は死んでしまうの。だけど…私にかけられた呪いは私を日々蝕んで行くわ。確実に死へと追いやるための呪いをかけられたの」
 瞳を伏せ、アーリアはさらに続ける。
 レピアは近くにあったベンチに話を続けるアーリアを誘い、話を聞くことにした。
「歌うたびに歌を忘れる呪いよ。私はたくさんの歌を持って生まれてきたけれど好きな歌だけを何度も繰り返し歌うことをしていたから、半分くらいは朧気にしか覚えていないの。あの日、いつものように岬で月明かりを受けて好きな歌を歌っていたわ。そしたら海上で爆発が起きたの。私の歌に惑わされた船長が近くを通っていた一隻の舟に舟ごと突っ込んだそうよ。たくさんの人が死んだわ。私、助けることも出来なくてただそれを眺めていたの」
 だって私には歌うことしか出来ないんだもの、とアーリアは寂しそうに呟いた。
「歌を歌うことは私の幸せ。別に他人を惑わしたくて惑わしている訳じゃない。だけど周りはそう見てはくれないわ。その事故が起きた時、ちょうど居合わせていた魔術師に罰としてさっき言った呪いをかけられたの。初めのうちはそんなに酷いことのようには思えなかった。だけど大好きな歌を歌い終わった次の瞬間、その歌を忘れてしまっていることはとても悲しくて。もう二度と同じ歌は歌えないの。そして私の中に蓄積されていた歌がどんどん消えていく。歌は私の命、存在そのものなの。歌わなければ生きれない、私は此処に存在できない。だから…悪いとは思ったけれど他人の歌を盗んだの。私が…生きていくために。歌い続けるために」
「呪い……嫌な響きね」

 レピアにもかけられている石化の呪縛。
 自分と重なるようだった。
 もしレピアがアーリアと同じ立場だったとしたら、同じことをしたのではないだろうか。
 レピアにとって踊りが大事で自分自身の存在をその場に繋ぎ止める役目をするもの。
 踊りというものが自分の中から消えてしまったら、それは自分自身では無くなってしまうだろう。
 それはただの抜け殻で何も意味をなさない。
 アーリアの呪いが解けることは無いのだろうか。

「呪いは…解くことが出来ないの?」
 思わず出た言葉はレピアがいつも自分自身に心の中で問いかけている言葉そのもの。
 レピアの呪いを解く方法は今も見つかってはいない。
 もしアーリアの呪いを解く方法があったのだとしたら、レピアの胸にも小さな希望が点るかもしれない。
 微かな期待を込めてレピアは尋ねた。
 すると案外簡単にかえってくる答え。
「それがね…見つかったの。私の歌を取り戻す方法。消えてしまった私の歌。だからもし…私を捕らえるつもりなら明日にして…」
「見つかったの? ……良かった。でも…明日って…」
「あとね、一つなの。108回唄えば…呪いが解け、奪った歌も私の中から消えた歌も元に戻るらしいの…だから…捕まえられる前に歌を取り戻したいから……」
 アーリアは必死にそう告げる。
 そんなアーリアをそっと抱きしめレピアは言った。
「それならあたしの歌をあげる。あと一つなんでしょう?」
「えっ? …でも」
「あたしのことなら気にしなくても良いわ。お礼はそうね……歌を歌い終えるまで考えておくから」
 それならいいでしょう?、というレピアの言葉にアーリアは頷く。
「歌は戻ってくるんだし、あたしはアーリアが楽しくこれからも歌を歌ってくれれば満足だから」
 さぁどうぞ、とレピアはアーリアに微笑んだ。
 アーリアは小さく頷くと翼を広げ、両手を広げた。
 レピアはそのまま瞳を閉じ、心の中に進入してくる何かを感じる。
 それでも拒否することなく、自らそれを導き入れる。
 すっ、と離れていく感覚。
 まるで夢の中に居るようだった。
 そしてすぐに聞こえてくる暖かな心の中に満ちていく歌。
 その歌に魅せられて、舟の進路方向を間違う者が続出することもなんとなく分かるような気がした。
 ざわざわとさざ波のように押し寄せては去っていく歌声。
 その歌声はレピアの心の中に進入し蠢いてはそっと去っていく。
 心を揺るがす声が消え、辺りには静寂が戻った。


------<呪縛からの解放>--------------------------------------

 歌が終わりレピアはそっと瞳を開ける。
 目に映るのはポロポロと涙を流しているアーリアの姿だった。
 一番始めに受けた印象ががらりと変わる。
 勝ち気そうに見えたアーリアの姿は何処にもなく、柔らかで妖艶な雰囲気を保っている人物の姿。

「歌は……?」
 確認のためにレピアが尋ねると泣き笑いの顔でアーリアが言った。
「懐かしい歌が戻ってきたわ。私の愛しい歌たち」
 良かった、とアーリアはレピアに抱きついた。
「ありがとう、レピア。私…私……なんでもするわ」
「本当に?……それじゃぁ」
 レピアが、お礼にキスを、と告げようとしたが、その時ゆっくりと昇り始める太陽の存在があった。
 いつの間にか夜は消えてしまっていたようだ。
 あ、と思った瞬間にはレピアの体は石化していく。

「レピア……あなたももしかして呪いを……!」
 かろうじて動く頭を小さく動かしてレピアは頷く。
「そんな……レピアもだったなんて…」
 お礼もまだなのに、とアーリアはレピアを抱きしめる腕に力を込める。
「夜にまた会いましょう」
 そう告げると同時にレピアは完全に石化してしまう。
 ただ、完全なる意識の闇に囚われる前にレピアは思う。
 歌を取り戻したアーリアのように、自分もいつの日か呪いが解け、朝夕関係なく踊ることが出来る日が来ると良いなと。
 もう一度日の光を体に浴びることが出来る日が来るかもしれない。
 そのためには早く呪いを解く鍵を見つけなくては。
 でもきっと見つかるはずだとレピアは思う。
 解けないものなどこの世の中には無いはずなのだからと。

 朝日に照らされたレピアの隣に腰掛けたアーリア。羽根をしまいお気に入りの歌を披露する。
 その歌声はレピアに届くことはなかったが、青空へと響いていく。
「夜にまた…唄いますね。レピアのために」
 早くレピアも元に戻れますように、そんな祈りを込めてアーリアが歌を紡ぐ。
 その顔には希望に満ちた笑顔が溢れていた。





===========================
■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
===========================

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子


===========================
■□■ライター通信■□■
===========================

こんにちは。 夕凪沙久夜です。
この度はマシントラブルとはいえ、納品お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。
やっとお届けできましたお話、少しでも楽しんでいただけたらと思います。

レピアさんには毎回親身になって謎解きをしていただき、とても嬉しく思っております。
今回も鳥乙女を救っていただくことが出来ました。ありがとうございました!
きっとまたどこかで鳥乙女が歌っているのを、レピアさんにもお聞かせできるのではないかと思います。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。