<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
【よろしくご指導願います!】
「……つまり、講師の派遣を願いたいのだ」
「へえ、それはまた」
エスメラルダは険しい顔のレーヴェ・ヴォルラスをジイっと見つめる。
「何か」
「ううん、ここもすっかりお城から頼られるようになったのねって」
エルザード城の門番であるレーヴェは、城の内部では手に負えない問題が発生した時に、この黒山羊亭に駆け込んでくることがある。女主人の言うとおり、この店は頼られているのだ。
今回の用件は、兵士たちに特殊能力を指南してほしいということであった。
エルザードの兵たちは単純に剣、槍、格闘技ならば、いかなる者にも何ら引けをとりはしない。しかしそればかり鍛えているせいか、魔術法術の類――非物理的攻撃――には対応しづらいという弱点があった。
そこで特殊部隊を設立し、自分たちもそうした能力で敵に立ち向かえるようにする。兵力の強化、ひいてはエルザードの治安良化に繋がるわけである。
「報酬はなかなかのものでしょうね?」
「もちろんだ。王が保証してくださっている。それに非常勤という形態だからそう拘束はしない。いい話だと思うが」
「いい話ね」
エスメラルダはメニューに『エルザード城にて非常勤講師募集中。特殊能力を保持する者求む』と書き記した。
翌日、応募者があったと連絡を受けたレーヴェは即座に黒山羊亭へと向かった。エルザード城にとっての大切な客員を迎えるためである。
入口をくぐると、彼がいた。
「そなたか」
見慣れた顔だった。フィズィクル・アディプトのアイラス・サーリアスが穏やかな表情で立っていた。レーヴェは安心した。アイラスは幾度か城に訪れ、無理難題を請け負ってくれた経験があったのだ。最も信頼できる冒険者のひとりといってよかった。
「感謝する」
「お城の兵士には強くなってもらいたいですからね」
レーヴェとアイラスは握手を交わした。
「では早速ですまんが、行こう」
「わかりました」
ふたりが店を出ようとすると声がかかる。
「いってらっしゃいアイラス先生」
「よしてくださいよ、エスメラルダさん」
城に到着すると、アイラスは訓練場に連れて行かれた。ここに特殊部隊となるべく集まった兵たちが待っていた。レーヴェの話では志願者枠はすぐに埋まったそうである。魔力に興味を持ってくれる者がいることをアイラスは嬉しく思った。
彼らの数はざっと見て50人。この全員が特殊能力を身につけたら、兵力は相当なアップを図れるだろう。
「では、頼む」
レーヴェが退出すると、アイラスは咳払いをした。
「えー、僕が今日から非常勤講師として皆さんに特殊能力を指南することになりました、アイラス・サーリアスです」
「よろしくご指導願います!」
一番先頭の男がきびきびと言うと、後ろの男たちも倣って挨拶した。どうやら部隊の隊長を任ぜられているらしい。
「……こちらこそどうぞよろしく」
アイラスは何だかくすぐったくなったが、いよいよ始めた。
「僕の使う技はですね、魔力を拳にまとわせ、それでもって非実体にダメージを与えるというものです。こんな風に」
アイラスが左の手の平をかざした。兵たちは瞠目した。
そこに掴めそうなほどはっきりした光の塊が収束していた。これが彼の魔力だった。
「これはそれなりの素養が必要なのですが……」
「もし素養のない者はどうすればいいのですか」
そんな質問が飛んできた。
「そういう方にも気の練り方などをお教えすることはできます。たぶん素質がなければ特殊部隊に採用されることは難しいでしょうが、何らかの役には立つでしょう。さ、まずは瞑想からはじめましょうか」
兵たちはざわついた。日々剣を振り格闘を磨いてばかりの彼らは、精神的な訓練をするとは思ってもいなかったのだ。
それでも彼らは素直に腰を下ろし脚を組み目を閉じ、アイラスの話に耳を傾けた。
「体を流れる気をイメージできるかどうかが肝心です。まあこれは、ただイメージするだけですので誰にでもできることですが。次にその流れを指先に集中していただきます。この時に体内の魔力の流れをも指先に集められれば合格ですね。魔力が集まったかどうかは見る人が見れば分かります。そして、それを操ることのできる感覚がなくてはいけません。残念ながらその感覚は教えることができないものです。センスの問題とでも言いましょうか。あとは、その流れをどこに持っていくかを――」
講義は脇道に逸れることなく長く続いた。
1週間が経った。来る日も来る日もアイラスは瞑想以外のことをさせなかった。というよりは、それ以外にすることがないのだが。まずは引き出せなければどうにもなりはしないのである。
(しかし、根気強い)
アイラスはエルザード兵たちの精神力を思い知った。彼らはただ黙って座し、不平不満の類は何ひとつ言わなかった。口を開くのはアイラスへの質問の時だけである。
「できた!」
ふいに、喜びに満ちた声が上がった。
「ああ、これが私の魔力なんですね!」
ここにいる中でも一番若手と思われる兵が、今にも泣き出しそうな顔になっている。彼の両手はほんのりと淡く、だが確実に青白く光っていた。周りもこの時ばかりは瞑想を止め、彼に見入った。
「やったな。お前、剣はあまり才能がなかったが、こっちの方面で活躍できるぞ」
部隊長が一番乗りの部下の肩をバンと叩く。
「気を抜かないでください。あとはそれを……そうですね、右拳に集中させてみてください」
アイラスが言うと、彼は深呼吸しながら己が右拳を凝視する。
しかし、光は右拳に集まることなくやがて消えてしまった。
「ああ……」
「惜しかったですね。でもあなたはセンスがいいようですからもう1週間もすれば大丈夫でしょう」
「はい!」
若手の兵は元気よく笑った。アイラスも朗らかな顔になった。
「さあみなさん、彼に負けないように、自己の力を引き出してください!」
「おおおお!」
兵たちは打って変わって、気合の誓いを叫んだ。
しっかり最後まで付き合わなければな、とアイラスは思った。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。お楽しみいただけましたか?
城の兵士が特殊能力を使えないというのは、自分の
オリジナルの設定です。だからこんな話が思いつきました。
さて、今回は1週間の描写でしたが、アイラスさんの技術を
完全に覚えるには何年かかるんでしょうね(笑)。
それではまた。
from silflu
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