<PCクエストノベル(3人)>


EVERYTHING, IN MY HANDS〜ハルフ村〜

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■冒険者一覧■
【整理番号 / 名前 / 性別 / 年齢 / クラス】

□1989 / 藤野 羽月 / 男 / 15 / 傀儡師
□1711 / 高遠 聖 / 男 / 16 / 神父
□1879 /リラ・サファト / 女 / 15 / 不明

■助力探検者■
□なし

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 時の頃は平凡でのどかな昼下がり。
 三人の男女に茶虎一匹をプラスした人影が「彼の部屋」に集っていた。

羽月:「だからその…リラ…さんが、良ければ」
 気負い込むようにして言葉を吐き出したのは藤野・羽月。
リラ:「―――」
羽月:「ハルフ村へと…」
 其処で会話が途切れる。
 彼は友人――と言うよりも悪友に近い、隣で「にっこり微笑んでいる」存在のせいもあってか、面と向かってリラを呼び捨てに出来ず、説明がどうにも歯切れが悪かった。
 数秒、きょとんと羽月を見上げていたのはリラ・サファト。
 羽月の恋人たる可憐な少女である。
聖:「リラ?――…どうですか、羽月さんも僕も、貴女の誕生日を祝いたいんですよ?」
 助け舟を出したのはその微笑んでいる彼。
 名を――高遠・聖。
 常日頃から穏やかな空気を崩すこと無い彼は、羽月に変わってもう一度友人の言葉を言い直した。
リラ:「私の誕生日?」
 不思議そうに尋ね返すリラ。
羽月:「あ、ああ…」
聖:「ええ、リラの誕生日を羽月さんと一緒にハルフ村で祝おうと思いましてね」
 
 9月18日…リラの誕生日。
 その日の為に今日まで二人とも色々な用意をしておいたのだ。
 祝う場所までセッティングし、高級な宿には密かに予約まで取っている。
 勿論――リラの方に予定が入っていないことを見越して、二人が相談した上での計画的共同作戦。
 此処で否と返事を受け取ろうはずはなかった。だがそれでも二人は、反応を示さないリラに幾分か不安になって顔を見合わせた。

羽月:「……あ…リ、リラさん?」
聖:「リラ…?」
 逸らし気味だった視線を正面の少女の眼差しへと修正し、おそるおそる少女の顔色を伺う羽月。
 心持ち瞳を細めて心配げに首を傾げた聖。
 が、二人の心配は徒労であった。

 暫く顔表に「?」のマークを浮かべていたリラだったが、言われている内容を理解した瞬間――、
リラ:「わ〜♪」
 両手を合わせて大声で。
 パッと駆け出すと、目の前で自分を覗き込んでいた羽月の首に両腕を巻きつける。
羽月:「うわっ――とっ!?」
 満面に喜びを湛えたリラに抱き付かれた羽月。
 慌てて受け止めるも、勢いのあまりちょっとよろめく。が、そこはそこしっかりと抱きとめて。
リラ:「羽月さん本当にですかっ!?」
 長い髪がさらさらと羽月の鼻先を擽れば、リラという名に相応しい芳香が香るが如く。
 少女の反応に嬉しさが込上げる羽月。彼の表情にも自然微笑が浮かんだ。
 しかし腕に抱いた華奢で繊細な彼女特有の温もりに気付き、
羽月:「も、勿論…本当のことだが――リ、リラさん、その…」
 紡ぎながらも間近で此方を窺う少女の眼差し、少女の可憐な仕草、目にすれば知らず赤面する羽月であった。
 また直ぐ隣には聖の視線も感じられて、ちょっと恥ずかしい。
リラ:「はい? 何ですか羽月さん?」
 純真な彼女はというと、にこにこと嬉しそうに羽月を見上げて首を傾げた。
 釣られるように、彼女の足元に駆け寄った茶虎が「にゃあ♪」と鳴いている。
羽月:「あ…その、喜んでくれて私も嬉しい」
 用意した言葉とは別の言葉を紡いでしまう彼。
 聖の方へ目をやると、
 彼は彼で二人の様子を楽しげに眺めていた。
聖:「ふふ、今の時期なら色々美味しいものがあるでしょうね、僕も楽しみですよ☆」 
 にこやかに微笑む彼は、まだ行かぬハルフ村へと思いを馳せている様子である。
羽月:「秋の味覚楽しむのは一向に構わないが、邪魔は出来るだけするな、邪魔は…」
 少しぎこちなく抱いていたリラを離しながら、小声で聖を牽制する羽月。
リラ:「???」
 そんな羽月と聖の葛藤は知らず、二人と出かける事が嬉しく、にこにこなリラ。
聖:「ふふふ、楽しみですねー☆」
 呟く聖もリラに劣らず穏やかで、茶虎は「にゃあ♪」と頷いたようだった。

***

 ハルフ村――其処は観光名所としてエルザード周辺にも広く知れ渡っている。
 聖都とまでは言えないが、それなりに舗装、整備された道は人を呼び集め――村と呼ばれながらもちょっとした街にも劣らぬ活気が満ち溢れていた。
 自然、訪れる人々も多く、その人種は様々だが、ハルフ村と言えば何と言っても温泉が有名。したがって村にやって来る大半の人々は温泉を目当てにしていると言っても過言ではない。言い換えれば文字通りの村、それもさして大きな村であるわけではないので温泉ぐらいしか見所が無いとも…。

羽月:「こうして馬車でのんびりと羽を伸ばす旅行も、偶には良いものだな」
 心地良く馬車に揺られながら、隣の少女をそっと伺うようにして呟いたのは羽月。

聖:「ハルフは温泉の名所ですから、着いた後もまったりと過ごせそうです」
 これは羽月の反対側からの声。
 奇しくも少女を挟むようにして座っていた聖である。
 彼の微笑みながらのその言葉は、別に他意があるわけではなかろうが、時として羽月を牽制する効果を持つ。
 特に今のような微妙な座り位置だと発揮されものだった。

リラ:「温泉かぁ♪」
 その二人に挟まれるようにして真ん中に座る少女は、相変わらず純真そのもの、二人の様子には頓着せずに、膝に茶虎を抱えたままわくわくと目を輝かせていた。
 というか、猫連れてきて大丈夫なのだろうか?
 そんな微かな不安に苛まれる羽月でもあったのだが。
 楽しそうに茶虎の頭を撫でている彼女は、言うまでも無く、羽月と聖の二人にとって本当に大切な意味を持つ少女――リラである。

 温泉という響きに、懐かしさと穏やかな落ち着きを感じる――羽月。
 そんな彼の様子をそれとなく感じ取り、今日ものほほんまったりな微笑を浮かべる――聖。
 二人に挟まれるようにして馬車に心地良く揺られる――リラ。

 そんな三人プラス一匹のまったり旅行はまだ始まったばかりである。

***

 一行の聖都からハルフ村への馬車旅は、舗装された路ゆえにか彼等が考えていた以上にスムーズに、かつ快適に事なきを得た。
 魔物に教われるようなこともなく、途中まで相乗りとなった農家の夫婦などには要らぬことを囃し立てられたりもしたが、道中はつつがなく観光気分を楽しめた。これは近頃の羽月や聖、リラにとっても珍しいことであった。
 独特の雰囲気と、ある種特有の匂いが立ち込め、活気に満ち溢れたハルフ村に辿り着くと、馬車は決められた停車場で止まり、御者は物静かに馬を制した。
 馬の嘶きと同時に車内の扉が開き、先ず諸々の荷物を抱えた羽月、聖、続いて茶虎と地上に降りた。
 外に出た羽月が大きく息を吸うと、次には深呼吸をしながら辺りの町並みを眺める。聖は荷物を一旦地面に置いてから車内のリラを窺った。

羽月:「リラさん、手を…」
聖:「リラ」
 ほぼ同時に先に馬車から降りた二人がリラへと手を差し出して、左右から少女をエスコートする。
リラ:「嬉しいな♪」
 純粋な本心を口ずさむように紡いで、微笑みのまま外に降り立ったリラ。
 地に足が触れれば、彼女は直ぐに軽やかなステップと共にはしゃぎ出した。
 物珍しそうに周囲の建物を眺めては、顔を動かすこと忙しい。
 彼女の足元にはお供の一匹が添い、同じように珍しそうに尾を立てながら鼻を鳴らす。
 微笑ましい光景を眺めつつ聖が羽月に訪ねた。
聖:「お世話になる宿は決まっているのですよね?」
羽月:「ああ、先に予約していたからな。ええと…確か」
 懐から懐紙――じゃなかった、メモ用紙を一枚取り出すと、結構人通りの激しい往来で目を通しながら。
羽月:「うむ、ここからさして遠くない――よし、歩いていこう」
聖:「そうですか。…という訳ですが、リラさんも了解ですね?」
 リラはいつの間にかほわーんとした眼差しで、通りに面したお土産屋の商品を物色していた。色々と目にするものが珍しく興味の対象も多いらしい。聖に話を振られて、ふわりと髪を押さえながら振り向いて。
リラ:「はい〜了解しました。それと…あの、お二人の荷物、私も持つのを手伝いますの」
 彼女はトコトコと、歩き出した二人の間に割って入るように追いつくと、両隣は左、右と瞳を動かして意見具申♪

 ―――それに対しての二人の答えは、

羽月&聖:「「大丈夫だから」」
 と、この時ばかりは見事にはもった。
 意気揚々だったリラなので、二人の即答に少し凹んで、次にはむっと頬を膨らませる。
リラ:「私ばっかり差別しなくてもいいですのに」
 文句っぽい呟きを口にして、歩きながら左右の手を動かすと――聖、羽月の荷物のどちらかを引っ手繰ろうと画策する。が、二人とも其処はさるもの、彼女の細い腕に荷物を引っ手繰られる前に、それを持つ手を持ち替えてしまう。もとより大した重さでもないので苦痛ではなかったし。勿論、二人とも彼女のいじらしい好意は嬉しかったが。
リラ:「う〜、羽月さんも聖さんも〜☆」
 再び頬を膨らませて、しかし今度は微笑みながら空振りした腕をそのまま、羽月、聖それぞれの片腕に巻きつけた。
 何となく子供が両親に甘える――もしくは妹が兄に甘えるような微笑ましい光景であった。
 純真ゆえにストレートな彼女の感情表現。
 羽月といえば突然往来で腕を絡めてきたリラに戸惑い、周囲を窺う余裕すらなく、どうにかメモを読むことで赤面を耐えていた。
 聖は相変わらず楽しそうに微笑んでリラのしたいようにさせている。
 独り忘れられたような茶虎がピンっと尻尾を立てれば、一行の先頭に立って存在を主張する。通りに店を構える商人やら、宿への引き込みをする女性、すれ違う観光客等の人々が、その微笑ましい光景に顔を綻ばせたり、悪意のない揶揄を含んだ口笛を飛ばす。
 やがて数分足らずで、一行は一種、不思議な空気に包まれたまま目的の宿へとたどり着いたのだった。

***

 夕日が沈み黄昏時が満る頃。
 一行は値の張りそうな宿の一室で不思議な緊張感に包まれていた。
 
 三人の泊まる宿は、羽月曰く――故郷を想わせるほどかなり和風な宿らしい。
 そんな独特な寛ぎの場も、夕食が運ばれるにはまだ早い時刻。
 微妙な時間を持余す三人。
 ありていに言えば退屈。といって外に出るには既に陽は暮れているし、初日ゆえの疲れもある。
 名物でもある温泉に浸かろうかと、誰ともなく話が出たのは当然の成り行きであった。
 ハルフと言えば温泉の種類にも事欠かないし、この宿の中にも複数の温泉があると言う。
 其処まではよかったのだ…。

羽月:「は?――今、何を…」
 聴いた瞬間にふと自分の耳を疑った羽月。

聖:「リラ、羽月さんの前で大胆ですよ?」
 微笑しつつも、それは少し苦笑にも似た聖。

リラ:「はい?」
 当の問題発言?を紡いだ彼女自身は、実は言葉の意味にあまり深く気付いてはいなかったらしい。
 揶揄するような聖の言葉にも目をぱちくりと瞬かせ、逆に聴き返す始末。。

 発端は――弾むように一言「混浴にしましょうか♪」と、リラが呟いた瞬間から始まった。

 ――性別を感じさせない聖。
 ――リラと添うようにいつも一緒な羽月。
 
 と察するに、彼女としてみれば二人の性別を意識した上で呟いた言葉ではないのだろう。
 が、問いかけられた二人は当然だが意識せずにはおられない。
 特に羽月は…。
 一見しただけで顔が赤く染まって気の毒なほどに。
 聖は複雑な表情で白い指先を顎に当てて、何か思案するように目を細める。
 リラはそんな二人の様子を不思議そうに交互に眺めていた。

リラ:「あの、私――何かいけないことでも?」
 膝の上で丸くなっていた茶虎を撫でながら、上目遣いに二人を見て訪ねるリラ。

 混浴――いや、別にいけないことではない。
 というか至極まっとうであり、温泉の定番ともいえる。
 だが…この場合は、ちょっと問題があるような気も、言い掛けて羽月は返事に困ったようにリラから瞳を逸らした。
 聖の方は考えごとが纏まったのか、顎にやっていた指をそっと下ろして視線を羽月に向けた。
 二人の視線が空中で出会い、一瞬部屋中に奇妙な沈黙が訪れた。

リラ:「羽月さん?――…聖?」
 心配そうに二人の様子を伺う少女。
羽月:「やっぱり拙……」
聖:「入りましょうか、混浴♪」
 拍子をおいて、同時に紡がれたのは正反対の答え。
 
 言葉を濁し気味の羽月。
 それとは対照的に爽やかに言い切った聖。
 当然聖の言葉は部屋中に滞りなく聴こえ、羽月の言葉の方は誰の耳にも聴き取り難かった。

リラ:「良かった、混浴でも良いですか♪」
 聖の言葉にホッと安堵したように茶虎を抱き上げたリラ。きゅと猫を胸に抱いて頬ずりする仕草はとても可愛らしく、幸せそうで、羽月も否とは言い出せない雰囲気となる。
羽月:「聖?」
聖:「良いじゃないですか、彼女がそうしたいと言っているんです――あ、だからといって変な行為に及ぶような真似はいけませんからね?」
羽月:「――…聖!?」
リラ:「???」
 兎も角にして、三人は目出度く?混浴の浴場へと向かうのだった。
 ちなみに其処は露天風呂とか…。

***

 辺りは白い霞のような世界に覆われていた。
 ゆらゆらと時折視界を遮っては空気を泳ぐ其れは湯気。
 何処からとも無く雫が落ち――ちゃぽん、と湯の中に落ちれば、辺りには風情ある音色が奏でられる。
リラ:「はふ〜☆」
羽月:「……………」
聖:「いいお湯加減ですね」
 頭をタオルでくるみ、身体にはバスタオル巻きのリラが、気持ち良さそうに吐息を零した。
 すぐ隣には無言で、何かに堪えるような羽月。
 彼はタオルを腰に巻き、早くものぼせたかの如く、頬をといわず顔全体を紅潮させて肩まで深く湯船に浸かっていた。
 更に彼と少し距離を開けて、ゆったりと湯浴みを寛ぐ聖の姿。
 此方の場合はリラと同じように全身にバスタオルを巻くようにして身体を包み、その容姿と相俟って一見すると女性そのものにしか見えない。

 岩を背にした羽月を中心に、
 右手に―――正真正銘、美少女と言って申し分ないリラ。
 左手に―――外見だけならば申し分のない美女で通用する聖。
 と、一種絶景ともいうべき光景が展開されていたのであるが…。

リラ:「羽月さん、さっきから喋ってくれませんけど、一体どうしましたの?」
聖:「おやおや、もしかして……もうのぼせてしまったのですか?」
 混浴露天に浸かってから、途端無口になってしまった羽月を、リラが心配気に気遣う。 
 聖の場合はある程度原因に気づいているらしい、だから言葉も多分に揶揄っぽい響き。 
羽月:「私は、大丈夫。…その、久しぶりの、温泉、なので」
 途切れ途切れの返事。
 相変わらず顔は夜空に、というかリラから眼差しを逸らすように遥か頭上に向けている。
 そして紅潮した顔色と相俟って、聴き様によってはとても大丈夫とは思えない返事であった。案の定リラの表情が曇り出すと、彼女は躊躇うことなく、またまた距離を縮めてピタリと羽月に接近してきた。
 そっと肌と肌が触れ合う。
リラ:「羽月さん、無理しないでください…」
 横合いからゆっくりと湯気を払い接近するリラの顔は、普段とはまた趣が異なる魅力。
羽月:「あ、ああ…いや、それよりもだ。リラ…さん…――そう、みだりに、近づくのも」
リラ:「え?」
 羽月の胸の鼓動は激しくなる一方。抑えようとしても、鎮めようとしても、ままならない。
 
 リラ・サファト――
 恋人――
 大切な少女――
 
羽月:「―――…っ」
 彼女とこういう形で直に触れ合うというのは新鮮である。
 が、彼女の方が意識していない分、羽月がより変に意識してしまい、加えてすぐ近くに聖の存在があるので変に居心地が悪かった。
 異性として心臓の高鳴る状況で、恋人としてある意味自然な状況なのだが…羽月としては嬉しさを楽しむ余裕がないらしい。
聖:(やっぱりこういう構図になりましたね。僕としては複雑な心境ですけど一先ずは安心なのかな。羽月さん…リラさんとしては、少し物足りないのかもしれませんけど) 
 傍観者を決め込んだような聖の小声。
 ちなみに周りにはまるで貸切のように他に人の姿はなく、開放感と言えば素晴らしいの一言に尽きた。
 聖の方はそれを素直に楽しむ余裕もあり、時折、効能云々が取沙汰される湯を指先で救っては眺めたりしていた。
 羽月とリラの二人は聖の小声には気づかない。
 困ったように羽月がまた空を見上げると、湯気の合間から霞がかったように覗く半月――、
 釣られたようにリラも視線を夜空へ向けた矢先。
羽月:「二人とも、すまぬ――私は先に出るぞっ」
 まるでタイミングを見計らったかのように羽月が湯船から立ち上がり、その一言を残して逃げるように脱衣場へと去っていった。
リラ:「え、えぇ?」
 一瞬の出来事。
 はっとすればもう羽月の姿は湯気の彼方へと消失していた。
 困惑のリラとは対照的に友人の後姿をくすくす笑いながら見送った聖。
聖:「羽月さん、照れてますねぇ」
リラ:「照れて…?」
 言葉に引き寄せられるよう聖へと振り向いた少女。
聖:「はい、照れてるんですよ。あなたのせいでは――…ない、とは言えませんけど。だけど安心してください。そうですね…決して怒ったり気分を悪くした訳ではないですから、その点は大丈夫」
リラ:「???」
聖:「ふふ、深く考えなくてもいいですよ。さあ、私たちも頃合を見て湯から出ましょうか。何時までも貸切の状態が続くとは思えませんしね♪」
リラ:「あ、はい」
 返事を返しながらも少女は唇に小さな指先を運び、未だ小首を傾げて何かを考え込んでいた。
 彼女のそんな真剣な横顔を眺めると、聖の顔には自然と優しい微笑みが浮かんだのだった。
 二人が湯から上がったのは、それから暫くしてからである。

***

 一方、一足先に湯から上がった羽月は先ず少しのぼせ気味の頭を覚ますように、ゆっくり中庭を散策して宿内に戻り、途中休憩の為に設けられた部屋に通り掛ると、其処でふと足を止めた。
 少し休んでいく気分になったのだ。
羽月:「らしくないな、私も。いや、まだまだ修行が足らないのか…」
 ふぅ〜と、なんとも言い難い溜息のようなそれを吐いて、空いている長椅子に腰を落ち着ける。
羽月:「にしても聖め。――まあ心配するようなことは何もないと思うが…」
 二人の関係については誰よりも理解してる羽月。
 もっとも感情では逃げ出すように先に出てきたことに後悔を覚えつつあった。かといってあのまま湯に浸かった状態では本当に頭が沸騰しそうだった。
 二の腕には身を寄せてきたリラの素肌、未だに触れた感覚が残っていたし、それに――、
羽月:「ええい、もうっ――こんな様子ではまた聖にからかわれてしまうではないか!」
 独り苦笑を零しながら背をもたれると、ぐっと体を伸ばして深呼吸する。
 頭は醒めてきたのだ、今度は少し気分を落ち着けるだけ。
 色々なことを考え、そして瞼を閉じる。
 ともすれば湯上りの心地良さと、旅の疲労感などが綯交ぜとなり気持ち良くて眠ってしまいそうであった。
 事実、羽月の意識はわずかの間だがまどろみへと誘われていた。

 ――――――、

 瞼を閉ざしてどれほど時が過ぎたのか。
 浅い眠りを妨げたのは良く聞き覚えのある猫の鳴き声と、頬を舐めるくすぐったい感触。
羽月:「――…あ」
 瞳を見開くと、直ぐ目の前に微笑みを浮かべたリラの顔があった。
 その隣に此方は何やら小箱を抱え悪戯っぽく笑う聖。
 次にリラが両手で抱えている茶虎と目が合い、頬っぺたの感触を思い出し犯人に納得がいった。
羽月:「お前の仕業か…」
 またしても微妙な恥ずかしさが込み上げて、リラに抱かれている茶虎に顔を近づけて誤魔化すように言う。すると「にゃあ♪」と軽い猫パンチが眉間に炸裂した。
聖:「ぷっ」
 明後日の方向に顔を逸らしながら、珍しく聖が笑いを堪えていた。
羽月:「そこ、不謹慎だぞ――大体茶虎を泊めるのも拙いだろうに、連れて来るのは危なくないか?」
聖:「大丈夫ですよ、その点は抜かりありませんから。それに先に出たのは良いですけど、部屋に帰っても羽月さんの姿がないのが悪いんです。私はともかくリラさんはちょっと心配してたんですから」
リラ:「だって、あんな風に出て行かれた後だったから。それと羽月さん、ちょっとじゃなくて、一杯ですからね♪」
 相変わらず楽しそうに笑顔で二人のやり取りを眺め、聖の言葉を訂正するリラ。
 湯上りで頬をほんのりと朱に染める彼女の姿。羽月にはかなり新鮮だった。自然見惚れるような形となる自分に微苦笑を零し、照れたように前髪を掻く。
 ともあれ羽月が気にしようともしまいとも、結局は相変わらず何時もの雰囲気だった。
 こういった瞬間は安堵感と安らぎを覚える。
リラ:「あ、そうだわ――聖?」
聖:「心得てますよ、はい羽月さん、リラ――茶虎にも」
羽月:「あ、ありがとう…って、これは?」
 段取りが決まっていたような様子で、聖からそれぞれに手早く配られたのは、彼が先刻から手に提げていた小箱、そこから取り出したものであった。
リラ:「うふふ、アイスです♪」
聖:「え? 羽月さんは見て分かりませんか?」
羽月:「それは見て分かる」
 知りたいのは――と、口を開いたのを制して。
聖:「店自慢の季節のアイスですよ。羽月さんを探しているとリラさんが売り子さんを発見して、後で皆で一緒に食べようと思いまして、このように箱でお持ち帰りの途中だったんです」
リラ:「栗アイスなんですよー♪」
 もうその声が嬉しそうだった。
 というか此処で食べて行くこと決定的な成り行きらしい――まあ湯上りに此処で寛ぐ人も多いから、傍目にも可笑しくはないのだろうが。
羽月:「栗か…」
 ともあれ、三人は向かい合うようにして長椅子に腰を下ろし、受け取った容器に目を落とし、談話しながら季節アイスの試食と相成った。
 茶虎の分は機転が利くと言うか、一回りサイズが小さい容器で、零しても大丈夫なように紙を敷いて。
 羽月も添付のスプーンで一口味わってみることにした。
リラ:「わ、冷たくて美味しいっ」
聖:「ほのかに甘いですね、口の中でとろけますよー」
羽月:「アイスが苦かったら問題あるだろうが。…だけどまあ、美味い」
 湯上りの後に冷たいものを――。
 一種セオリーな展開も三人で過ごしてみればかなり心地良い。
 アイスの味も上々だったが、寧ろこんな空気の中で食べるものならば自然と美味しく感じられるものなのだろう。
 いつの間にか羽月も自然な笑みで談話の中心になっていた。
 聖とリラは――二人はやはり自分にとっては大切な存在。
 こんな一時は大切にしたかったのだった。 

***  

 皆々が揃って部屋へと戻ってくると、既に時刻は夕食の頃合に変わっていた。
 泊まっている宿も値が張るからして、食事等も此方から何をするでもなく、時間ともなれば勝手に部屋の方へと運ばれてくる段取りとなっていた。
聖:「早いですね〜もう夕飯とは。まあ一日色々とありましたけどね」
羽月:「そうだな、温泉の湯も…」
聖:「温泉の湯も?」
 危うく自爆しかけた羽月に、にこにこ顔の追求をする聖。
 幸いリラからの反応は無かったので、羽月はわざとらしく咳払いしてやり過ごした。
リラ:「ホント〜いいお湯でした。私、温泉って初めての経験でしたから色々と驚くこと多くて、でもでも、大好きになりそです♪」
聖:「良かったですねリラ、それならば私たちも――」
羽月:「――…ああ、誘った甲斐があるな」
 互いに視線を交えて穏やかに頷き合った。
リラ:「〜♪」
 そんな二人の穏やかなやり取りを見れば、無条件で嬉しそうなリラであり。
 やがて部屋の外に複数の人の気配がすれば、夕飯が運ばれてきたらしい。
 立ち上がった羽月が扉を開けると、数名の女中さんが運び込む数々の料理皿。
聖:「リラはそちらに、羽月さんは僕と向かいですね」
 聖が言う側から、次々と三人の目の前に置かれていく料理。
 
 盛られているのは近隣で取れた珍味やら、自家製らしき新鮮な青物、それらを独特の調理方法で仕上げた品々と、どれもが豪勢で目を見張るものばかりであった。
 ここまで来ると最早至れり尽くせりで恐縮な感じだが――確かに色々と値段が張っただけのことはある。

リラ:「うわー、すごいです♪」
 多種多様な煮物、和え物、添え物と並べれていく様子に素直に感嘆するリラ。
聖:「確かに、これは贅沢ですね」
羽月:「ああ、私もちょっと…いやかなり驚いている」
 やがて食卓の真ん中に巨大な鍋まで現れると、リラの賛辞は最高値に達したらしい。
 きゃーきゃーとはしゃぐ彼女のその姿は、微笑ましい限り。
 誘った側にしてみれば、彼女のような素直な感情表現は、羽月にしても聖にしても、この上なく嬉しいものである。
 全ての用意が整い、再び部屋に三人組+茶虎一匹(先ほどまで羽月の荷物の中に隠れていた)が残ると、何となくしゃんと、場の空気が緊張する。
 はしゃいでいたリラもちょこんと、両手を膝の上に置いて礼儀正しく座りなおし、聖もそれに習う。

 今日は9月18日。
 今夜は、特別な日であるのだ。
 羽月と聖にとっては『大切な人の誕生日』。
 即ち其れはリラの………。
 彼等二人はこの日の為に其々色々と計画してきたのである。

 高まった緊張。
 訪れた静寂の中で、すぅ…と目を細めた羽月が、視線をもって聖に短く警告した。
 一応お互い、此処までは抜け駆けをしないようにと牽制しあって来たのだが。
 しかし彼の予想に反して、聖の方は微笑しながらそっと首を横に振る。

羽月:「おい…」
聖:「何です羽月さん?」
羽月:「私の方が先だろう…」
聖:「え?――…そんな決まりは、ないでしょう?」
 言いつつ惚ける様に微笑を崩さない彼、中々に侮れないものがあった。
 というか既に用意してあるプレゼントを懐に忍ばせて、羽月に先んじて今にも渡そうとしている聖。
羽月:「…待て!」
 それを見た彼はもう一度鋭く一言で牽制し、慌てたように方膝を立てると、素早く近くに置いてあった自分の荷物へと手を伸ばす。
羽月:「この場合は私が先だろうに!」
聖:「不思議ですね、何でそうなるんです?」
 と、聖も譲ろうとしない。
聖:「僕が先に渡しますから羽月さんはその後ということで♪」
 相変わらずのにこにこ顔のままで宣言。
羽月:「待て!…違うだろう――私が先だ!」
聖:「ええ〜…やっぱり僕でしょう?」
 リラを前に挟んで、向かい合うような位置に居る二人、同時に「譲れない」を主張し始める。
羽月:「………聖」
聖:「………羽月さん」
 リラを前にして、かつて何処かで見られた光景が再現される。
リラ:「えっと…二人とも、どうしたの?」
 独り要領を得ない彼女は、ご馳走のお預けを食って不機嫌そうに項垂れる茶虎を抱いたまま、不安そうな声を出す。が、二人ともそんな彼女に反応せずに睨み合いを続けていた。
羽月:「ほお…あくまで私の邪魔をするのか…聖」
聖:「心外ですね、僕はリラさんの喜ぶ顔が見たいだけですよ」
 
 引き攣った笑顔を浮かべる羽月。
 人の良い微笑をのほほんと浮かべる聖。
 が、胸中には互いに譲れないものが強まり――。

リラ:「???」
 独りと一匹は、間に取り残され感じで、困ったよう二人の顔を交互に眺める。
羽月:「どうあっても退けぬか?」
聖:「勿論です、引けませんね♪」
 聖の即答に――ぐっ、と言葉に詰まる羽月。が、彼の顔が微妙に歪むと、端正な表情に緊張の糸が走った。周囲の気配もそれに影響されてか重さを増す。
 対する聖はあくまで「のほほん」と、しかし見るものが見れば中々に隙の無い自然体で微笑んでいる。
 羽月とはまったく性質の異なる不思議なオーラが立ち昇りつつあり。
リラ:「あの…えっと?」
 彼女は何やら自分を挟んで睨み合う二人、彼らの雰囲気が変わりつつあるのを感じ取り、胸の前の茶虎をぎゅと強く抱きしめながら成り行きを見守った。
羽月:「已む得まい――」
聖:「ふふふ、後で恨みっこは無しですよ?――羽月さん」
 何だか本当に物騒になってきたのだが…。
 
 静かに立ち上がった羽月。
 泰然自若と座りながら鍋と向かいあうようにしている聖。
 共に彼女への選び抜いた贈り物を携えて。
 
 其の時、まさに其の時である。
 先ほどから火にかけられたままほったらかしにされていた鍋が、ジュワ――と猛り出したのであった。
 煮立った鍋がもの凄い勢いで沸騰。

リラ:「はぅ!?」
羽月:「――何?」
聖:「――っ!」
 慌てたリラを除いて、双方ともに反応は素早かった。
 座っていた聖が手際よく鍋の火を納めれば、立っていた羽月もさり気なくリラを庇って盾となる。
 ちょっと大げさな過剰反応だが、二人はともに見事なほど息が合っていた。
リラ:「あ、二人とも、ありがとう」
 羽月の背中に庇われた彼女は、微かに吃驚した程度で済んだらしい。羽月自身も火傷などを負わずに済んで事なきを得た。聖も無事であり鍋の中身が少し溢れた程度の被害で済んだ。
 何だか沸騰していた緊張が一度に抜けてしまった。
 怪我の功名か、リラがほっとしたのは言うまでも無い。
羽月:「私としたことが、少し大人気なかったか」
 反省する羽月。
聖:「僕も大人気なかったですね――鍋もすっかり煮立っちゃいましたし」
 同じく眼を伏せた聖。
リラ:「…………?」
 そろそろ事情を察しても良いものなのだが、リラだけは相変わらず困惑していた。ただその表情は和んだ空気を敏感に感じ取ったのか、安堵と落ち着きを取り戻していたが。
「――…何だか、二人とも、本当に仲が良いんですねっ」
 と、顔を上げた彼女は、彼らの間に強い絆を感じ取れて、幸せ一杯な笑顔だった。
 それを見て複雑な思いで顔を見合わせる聖と羽月。
 
 ――――、
 改めて静寂が訪れる。

聖:「……………」
 と、今度は聖の方が美しいラッピングが施された小箱を手にリラへと顔を向ける。彼は羽月に対しても小さく目で合図を送った。
 羽月も友人の意図を理解したのか、微苦笑にも似た表情を浮かべ、聖同様に用意していたリラへのプレゼントを取り出した。

 聖の小箱にはリラに似合いそうな美しいムーンストーンのピアス。
 羽月のプレゼントは結構大きくて、中身は茶虎を連想させる――いや、どう見ても茶虎をモチーフにしたとしか言いようがない、茶虎縞のからくり人形が収められている。
 共に前々からこの日の為に用意しておいたもの。
 
 一拍子置くと、二人は左右からリラへと贈り物を差し出した。
 先ほどよりは柔らかい雰囲気の中で、それでも微妙な葛藤が両者を包んでいたのだが。

聖:「リラ、おめでとう」
 左からは聖の静かだが、気持ちの込められた言葉。
羽月:「―――その、誕生日おめでとう…リラ」
 右からは羽月が躊躇いながらも恋人らしく、心の込められた贈り物を送る。
 
リラ:「え? あ、あの…えっと…その」 
 突然手渡された二つのプレゼント――左右の腕で受けとめながらも、嬉しさを実感するより、先ずその事実を認識するまでにちょっとした時間を必要とした。
 少々混乱した彼女の様子を、互いに視線で牽制しあいながら窺う二人。

リラ:「あの?」
 開けてもいいの?…と控えめに問う彼女。
 無論のこと、羽月と聖は同時に穏やかに頷いた。
 はらはらと包装が解かれれば、先ずゆっくりと聖の小箱が開けられ。

リラ:「わぁー♪」
 中身を見ると花が咲くように喜びをあらわにする彼女。
聖:「リラに良く似合うと思いますよ?」
 月を象徴するムーンストーン、其れは幾つもの意味を持つ神秘的な宝石だった。
羽月:「わ、私の方も気に入ってくれれば良いのだが」
 奇しくも聖に先を越され、プレゼントに喜ぶ彼女の姿を見て、羽月も緊張しながら自らの贈り物を促す。
リラ:「はいっ。羽月さんの方は箱が大きいんですね♪」
羽月:「ああ、私のは手作りなのだが…」
 呟く側で彼女が箱を開けていく。
 
 姿を見せたプレゼントの中身は…、二本足で可愛く立ち、笑ってるお茶運びのカラクリ人形。
 姿形とまるで茶虎そのものな其れ、リラの膝の上では当の本人も「にゃ?」と眼を丸くしていた。

リラ:「わっ、わ、凄い〜♪」
聖:「――これは、さすがに羽月さん、見事な、出来ですね」
 大切な少女に友人と、素直な感嘆の声を上げてくれた。
羽月:「気に入ってもらえたかな?」
 どうやら予想していた以上の好評。ほっと羽月の頬が緩む。
リラ:「勿論です。私、嬉しい――あ、あの…本当にありがとう羽月さん、それに聖もっ」

 ――聖は彼女の言葉に穏やかな微笑を返し、
 羽月は彼女の瞳に直視されて赤面する――。

 もう一度、大事そうにプレゼントを抱きしめて小さな声でお礼を言うリラ。 
 「来年はまた違う物を」と照れ隠しに笑って呟いた羽月に、くすくすと微笑む聖の声が追打ちをかけた。
 こうして、リラの誕生日は賑やかに、穏やかに、ゆるり、過ぎて行くのであった。