<PCクエストノベル(2人)>


水満ちる祭壇 〜アクアーネ村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【0649/カーディナル/トレジャーハンター兼地図屋の店長代理】
【1265/キルシュ  /ドールマスター           】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
村の男

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キルシュ:「ああ…いい匂い。この辺りの空気は随分澄んでるのね」
カーディナル:「何しろ川に囲まれた村だしな。淀む暇もないんだろ」
キルシュ:「それもそうね」
 クマのヌイグルミを両手で持ち、にっこりと笑ったキルシュが随分近くに見えて来た村へと期待の目を輝かせた。
 その2人の隣には、大きな荷物を抱えた中年の男が立っている。
カーディナル:「大丈夫か?」
村の男:「このくらいは平気さ。それより悪いね、荷物運びまで手伝ってもらってしまって」
カーディナル:「気にするなよ。このくらい持てなきゃトレジャーハンターなんて仕事は出来ないさ」
 男が言う通り、カーディナルの背には椅子やその他細々とした生活用品が括りつけられていた。
村の男:「…あそこの家だよ。外観は出来たが内装には至ってない」
 そんな事を言いつつ、すっと村の中の建物のひとつを指差す。なるほど、ぴかぴかと輝きそうに新しい家が、そこにはあった。すぐ脇に水路もあり、なかなか良い環境と言える。
 今日、カーディナルとキルシュの2人は、タッカーの依頼でここアクアーネ村へと訪れていた。いや、正確に言えば依頼を受けたのはカーディナル1人。たまたま依頼を請け負った地図屋の奥に遊びに来ていたキルシュが、行き先がアクアーネ村と知って同行してきたのだ。
カーディナル:「分かってると思うけど、今日は探索メインだからな?深かったり危険だったりするようなら、その時点で止めるから」
キルシュ:「うん、分かってる。大掛かりな装備は持ってなかったしね」
 男もそれで異論は無いらしく、こくこくと頷いていた。

*****

カーディナル:「家の地下から、遺跡らしきものが出て来た?」
村の男:「そうなんだよ。せっかくの新築なのに、地下にそんなものがあるなんて思わなくて…君の所で遺跡探索も請け負ってるって聞いて来たんだが、ちょっと探ってもらえないかな」
カーディナル:「アクアーネ村だっけ。…遺跡が埋まってるって話は良く聞くからなぁ」
 丸めた地図が所狭しと置かれている店内。奥にあるカウンターにある鳥篭の中に、店の名である黄色いオウムが大人しく羽つくろいを行っている。
 そして、カウンターには遊びに来ていたらしいキルシュの姿が。手にグラスを持ったまま長い耳をそばだてているようで、時折ぴくっと動くのが見えた。
村の男:「良かったら考えてくれないかな。…ちょっと、家具の買い足しに行ってくるから、戻って来るまでに結論を出しておいてくれると嬉しいよ」
カーディナル:「ああ」
 男がこの街にやって来た理由は、探索の依頼ばかりではなく新居への買い物もあったらしい。いそいそと外へ出て行く男を見送るカーディナル。
 その背後に、ふっ、と人の気配が感じ取れた。
キルシュ:「アクアーネ村って、行った事が無いの」
カーディナル:「そうか」
キルシュ:「うん、無いのよ」
 あっさりと答えたカーディナルに、再びこくりと頷いてからきっぱり言い切るキルシュ。
カーディナル:「そうかそうか。…土産は何がいい?」
キルシュ:「――っもう!違うでしょ、そこは『来るか?』って言う所でしょ!」
カーディナル:「それなら、最初から行きたいって言えよ」
キルシュ:「行きたい」
カーディナル:「仕事だぞ?」
キルシュ:「さっきの人がカーディのものすごーく親しい友達じゃない限り、そんなこと分かってるわよ」
 じゃれあうような掛け合い。
 従兄妹同士の2人なだけに、互いの気心は知れている。キルシュが言い出す前から、来たがってると分かっていてわざとはぐらかしたのだから。
カーディナル:「仕方ないな。…まあ、今日のは単なる探索だから、いいだろ。ただし俺の言う事をちゃんと聞くこと。いいな?」
キルシュ:「はーい♪」
 にっこりと笑う従兄妹の笑顔を見てから、もう一度やれやれ、とこちらも笑いながら立ち上がり、探索に必要そうないくつかの道具をのんびりとまとめ始めた。

*****

村の男:「この下なんだ。地下に保存室を作ろうと思ったら、ほら、この通り」
 何枚か敷いた床板を外し、その下を少し掘った所でいきなり陥没したらしい。黒々と開いた穴が、この下に空間がある事を教えてくれる。
キルシュ:「あ…風」
カーディナル:「何処かには通じてるみたいだな。…はしご、ある?」
 外から運ばれてきたはしごをゆっくりと下に降ろす。間もなく床に付いた感触があり、ざっと高さを計算してみると2階分も無い事が分かり、とりあえずほっとしてカンテラに灯りを点けた。
カーディナル:「深くはない、か。じゃあ潜って来るよ。はしごはそのままで、暫くここにいて。…そう時間はかからないと思う」
キルシュ:「行ってきまーす」
 心配そうに見守る男にキルシュが手を振り、そして2人は静かに地下へと降りていった。

*****

キルシュ:「あ、この辺りから上が変わってるよ」
カーディナル:「さっきまでは土だったのにな。ここから岩か…」
 カンテラで前後上下を照らしつけながら、慎重に歩を進める2人。
 …天井に見えるごつごつした岩に比べ、床はきちんとした石畳。
 そして、両脇の土壁に時折現れる古代洋式の石柱。
 奇跡のように残った通路…とでも言えばいいのだろうか。土とは言え随分昔から固まっているものらしく、手で突き崩せるほど柔らかいわけではない。
 道はほぼ一本道だった。途中横道もあったりはしたが、人が通るには狭かったり細かったりで、もしかしたら他の生き物が通路に利用しているかもしれないが、探索には向いていない。
 そうして移動しているうちに、かまぼこ形に近かったトンネルも天井が平らになって来た。床は最初に降り立った辺りから既に石畳で、やはり遺跡の一部だったのだろうと推測が出来る。
 風は、進行方向から吹いて来ていた。決して強い風ではなく、一定の速度でもない。
 マップにおおまかな方向と距離をしるしながら、じわじわと先へ進んで行く。
 …思っていたよりも、浅い部分にあった遺跡。侵入者除けの罠はかけらも見当たらず、そして道は1本。ここは一体、と考え始めた頃、キルシュが前を指差した。
キルシュ:「向こうに何かいるみたい」
 と。
カーディナル:「敵か?」
キルシュ:「…ううん。精霊…かな?随分濃い気配なんだけど…」
 きゅ、っと胸のクマを抱きしめるキルシュ。遺跡に残された精霊と言うと、良いものばかりではなく中には『狂う』精霊もいると聞く。他にも、遺跡の仕掛けの一部として召喚されたまま固定されている者とか…精霊使いでもある彼女に取ってはあまり好ましいものではなく、眉が少し寄せられていた。
 暗い通路を進み続け、ふっ、とカンテラの灯りが広がった。どうやら小さな室のような場所に出たらしく、手を上に上げて内部の様子を見る。
キルシュ:「わ――あ…」
 カーディナルの隣にいるキルシュがどこか興奮した声を上げて目を輝かせる。いや、それはカンテラの灯りが揺れただけだったかもしれない。
キルシュ:「カーディ、あれ、見える?」
 石畳をきちんと敷き詰められた、こぢんまりとした空間。中央には石のテーブル状のものがあり、そのすぐ奥には綺麗な水が湛えられている。
 そして、そこに。
 ――透明な、四角い柱が立っていた。…ゆらゆら揺れる、透明な、柱。
カーディナル:「…水の柱か?」
キルシュ:「うんっ。それにね、それだけじゃないの。ここ…水と風の精霊がたくさんいてね、この水を上へ上げてるみたい。ほら、流れが見えるでしょ?」
 ぷらぷらと、クマの腕を上げ下げして水の流れを説明するキルシュ。
カーディナル:「本当だ…でも、どうしてこんな?」
 その時。
 水の柱がぽこん、と中ほどでふくれ上がり、にゅっと水の色そのものの子供が顔を出した。きょろきょろ、とつぶらな瞳を2人へ向けて、にっこりと笑いかける。
水の精霊:『わー。ニンゲンだー♪』
 実に嬉しそうに、そんな可愛らしい声を上げて。
水の精霊:『ニンゲン?』
水の精霊:『どこどこ?』
 まるでキノコのように水の柱から生えてくる子供サイズの精霊。同じように2人の顔を見つけては嬉しそうににこにこと笑いかけてくる。
カーディナル:「どうなってるんだ?」
キルシュ:「そんな事言われても分かんないよー」
 何が起こっているのか分からない2人のすぐ側で、今度は風が渦を巻き、気付けばそこにも半透明な人の姿があった。
風の精霊:『ほんとだ、ニンゲンだー』
 そしてやはり同じように、嬉しそうに笑いかけて来た。

*****

カーディナル:「なるほどな…ここは元祭壇だった可能性が高いな」
キルシュ:「地下にあるのに?それって、闇結社とかそう言う…?」
カーディナル:「何も地下にあるから即闇のって事はないだろ。それに、ここ、沈んだんじゃないかな。ずーっと昔にさ」
 暫く調べていたカーディナルが、ふぅ、と息を付いて立ち上がる。
カーディナル:「元々はここが地面だったと思うよ。だとすれば分かるだろ?柱と石畳の通路だって事が」
キルシュ:「ああ…そっか。確かにそうかもね。じゃあここは?」
カーディナル:「想像なんだが、この水は地下水なんじゃないかな。…ずっと昔に何かが起こって、ここが沈んだとして。もし、こいつらが村の中へ水を流す役割を担ってたとしたら」
キルシュ:「水を…届けようとする?」
カーディナル:「当たり。水路に繋げようとするだろうね。もう繋いでるだろうけど」
 水の動きは止まっておらず、上へ上へと流れている。
キルシュ:「川と地下水…両方を使ってこの村の水路の流れを調節していたのかも」
カーディナル:「それと」
 興味深げに移動しながらも顔をこちらに向け続けている精霊たちをちら、と見る。
 通常なら普通の人の目には見えるものではない精霊だったが、この場は特別な空間らしく、具現化も容易いようで…カーディナルとキルシュの周りをすいすいと泳ぎ回る風の精霊が、何を思ったかキルシュのヌイグルミの中に入ってぱたぱたと手を動かしてみたりしている。
カーディナル:「ここが祭壇だとしたら、――精霊を祀っていた人たちがいたんじゃないか?」
キルシュ:「精霊使いの、祭壇?」
カーディナル:「遠い過去にはシャーマンが国のトップに立っていたと言う記述があるものもあるんだ。自然に対し畏怖の念を抱いていたならありえない話じゃないさ」
 全ては想像の域を出ない。ただ、遥か遠い過去に、この遺跡がまだ地上にあった頃からこの場にいる精霊たちが村の中の水を調節していた事だけは、間違い無さそうだった。
キルシュ:「そうだ」
 ぱむ、と手を叩いてキルシュがぱたぱたと祭壇へ近寄る。
キルシュ:「ねえ、お供えは何がいいの?」
水の精霊:『オソナエ?』
風の精霊:『オソナエ?』
 可愛らしい声の精霊が、言葉の意味が分からないらしくつぶらな瞳でじ、っと見つめている。
キルシュ:「うーんとね、あなたたちの好きなもの、って言えばいいのかな」
カーディナル:「…間違っちゃいないけど、なんか子供にお菓子あげるみたいだな」
 ちら、とキルシュが確認を取るようにカーディナルへ視線を向け、それからまた目を戻す、と。
水の精霊:『すきなもの?』
風の精霊:『すきなもの?』
 …ものすごくきらきらした瞳が4つ、そこにあった。
水の精霊:『えーとねえーとね。おひさま』
キルシュ:「――ちょっと、大きすぎると思う…」
風の精霊:『おひさまー。きらきらー』
水の精霊:『きらきらー』
 きゃー、と自分たちで言って喜んでいるような精霊たち。ちょっと困った顔のキルシュに、カーディナルがにやりと笑ってその肩を叩く。
カーディナル:「面白そうじゃないか。太陽をここまで運んでやるよ」
 そして自分が書いたマップの距離と、アクアーネ村の大きさ、位置を確認し出した。
カーディナル:「この距離と角度で…いや、ここは影になるからこっちのがいいか…」
キルシュ:「???」
 首を傾げるキルシュと、その動きが面白いらしく同じ動きをする精霊たち。
カーディナル:「上がすぐ水路っていうのが助かったかもな。後は、この柱と上の水路が直接繋がっていればいいんだが…水路に滲み出してるんだとしたらちょっと面倒だな。キルシュ、ちょっとここにいてくれるか?調べてくる」
キルシュ:「うん、早く戻ってね」
 灯りと共に遠ざかって行く従兄を見て、きゅっ、と腕の中のヌイグルミを抱きしめた。…確かに、灯りがなければこの場所は真っ暗になる。その中でも楽しげに精霊たちは動き回っているのが見えるが、灯りがあればもっと楽しいだろうに、とキルシュがそんな事を思いながら、精霊の気が満ちている空間をゆっくりと見渡した。
 どのくらい、時間が経っただろうか。
 なかなか戻ってこないカーディナルを待ちくたびれて、はふぅ、と何度目かの欠伸を浮かべたその時に、遠くからかつんかつんと聞き慣れた足音が聞こえてきて、ぱっ、と表情を輝かせる。
カーディナル:「おー、冷てぇ冷てぇ。ただいま」
村の男:「――ここが祭壇?ずいぶん小さいんだね」
 灯りと共に、もう1人の男を連れたカーディナルが現れた。…どういうわけか、2人共寒そうな顔をしており、中でもカーディナルは髪の毛がぐっしょりと濡れていた。
キルシュ:「カーディ、どうしたの?そんなに濡れて…」
カーディナル:「まあまあ。ちょっとした実験さ。この人にも手伝ってもらってね」
村の男:「元々冷たい水だから、長時間浸かってるとキツイよ」
キルシュ:「???」
 にっこり、とカーディナルが笑う。
 そして、
カーディナル:「もう、そろそろかな」
 言って手元のカンテラの灯りを、一時的に遮った。途端、ふぅっ、と辺りが暗くなり、そして。
キルシュ:「――わあ…え、ど、どうして?」

 きらきら、と。
 ――水の柱から、淡い光が溢れ出した。

*****

カーディナル:「思ったより綺麗だな」
 室内の土壁にゆらゆらと波形の光がカーテンを引き、万華鏡のような風景を描き出す。
キルシュ:「何をしたの?」
水の精霊:『おひさまー。きらきらー』
風の精霊:『きゃー。おひさまー』
 嬉しそうにはしゃぎまわる精霊たち。男がその様子を、目をぱちぱちと何度も瞬いて見つめている。
カーディナル:「何。この水が直接水路の石に穴を開けて上がってたからさ、そこに鏡で日の光が届くようにしただけだ。角度を調節するのにちょっと水路の中に入らなきゃいけなかったけどな」
村の男:「何をしてるのか分からなかったんだけど、なるほどね。…それにしても綺麗だ。なんだか水や空気も活き活きしてる。…あの、透明なものが…精霊なのか?」
カーディナル:「ああ、そうだよ。ずっと昔からここで同じ事を繰り返してる、働き者たちさ」
村の男:「そう、か…危険な場所なら潰さなきゃいけないと思ってたけど、これじゃ潰せないね。地下室も諦めなきゃ」
キルシュ:「そうよ、潰すなんてとんでもないわ。せっかく道が繋がったんだから…」
 こくこく、と真剣に頷くキルシュに、ああ、と男が笑う。
村の男:「新居の下にこんなものがあったなんて…村長には言っておかなきゃ。君たちに頼んで正解だったね」
カーディナル:「そうか?俺たちは見つけただけだぞ」
キルシュ:「うん。あんまり役に立てたかどうかは…」
村の男:「見つけただけ?違うよ。だってほら、ここに光を引き込んだのは君だろ?なんだか喜んでるみたいだし」
 水と共にずっと生きている村の者だけに、綺麗な水を大切にする気持ちは元から持っているのだろう。目を細めて精霊たちがはしゃぎまわる様子を見つめている。
村の男:「――だから、ありがとう」
 その言葉に同意するように、
水の精霊:『ありがとー』
風の精霊:『ありがとー』
 いくつもの声が、小さな空間の中に静かに響き渡っていった。


-END-