<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夢現茶会話
●見知らぬ町
 1人はツマラナイ。
 待っているだけのオンナは流行ラナイって言うもの。
 だから、行くの。
 どこに行けばあの人に会えるのか分からないけど、知ッテイル人の居場所はわかっているから。


「え〜と‥‥確か、ここを真っ直ぐ‥‥あらら?」
 見覚えのない場所。
 知らない人達の流れは冷たくて、まるで彼女の姿が見えていないかのように通り過ぎて行く。
 サフィール・ヌーベルリュンヌは途方に暮れて立ち尽くした。
「どうしましょう」
 さくらんぼ色の唇に指を当て、首を傾げてみても誰も気付いてはくれない。
「困りましたわ‥‥」
 迷子になった時には、どうすればよかったのだろうか。
 確か、懇々と言い聞かせられた記憶はあるのだが、実際、それがどういう内容であったのかなんて覚えていない。迷子になる暇なんてなかったぐらい、兄や叔父が側にいてくれたから。
「みゅう?」
 断片的に覚えている言葉といえば「迷子呼び出し」ぐらいだ。しかし、どうすれば「迷子呼び出し」出来るのか、サフィーには想像もつかなかった。
「‥‥口笛でも吹いてみましょうか」
 そうすれば、兄の相棒が飛んで来てくれるかもしれない。
「そう‥‥、そうですわね。きっと、すぐにばびゅーんと‥‥」
「こんな所でどうされました?」
 思いついた名案に顔を輝かせて手を打ったサフィーは、突然に掛けられた声に飛び上がった。
 話し掛けられるなんて、思ってもいなかったのだ。
 不思議そうに、その男は流れていく人の間に埋もれながら立っていた。手にした紙袋から上がる温かい湯気が、そのまま彼の温かさのような気がして、サフィーは微笑んだ。
 ついとドレスの裾を摘んで、優雅に一礼する。
「はじめまして、おじ様。私は、サフィール・ヌーベルリュンヌと申します。少々、道に迷ってしまって‥‥」
「おや、そうですか。それはお困りですね。‥‥はて?」
 穏やかな笑みを浮かべ、サフィーの言葉に応えた男は首を捻った。
「ヌーベルリュンヌ、ヌーベルリュンヌ‥‥‥‥どこかで聞いた覚えが‥‥」
 きょとんと見上げるサフィーの顔をまじまじと見つめ、男は何度かその言葉を繰り返す。
「お嬢さん、ご家族は?」
「えーと‥‥」
 問われて言葉に詰まる。
「全員の名前を言うなら、おじ様の指をお借りしても足りません」
 3人まで指折った所で、サフィーは困り果てて男を見た。
「‥‥あなたのお母様はもしやマザー‥‥?」
「はい。Motherです。あ、でも私の国ではお母様の事をla mereとかmamanとも呼びます」
 小さく呻いて、彼は額を押さえた。そんな彼の姿に、サフィーは目を瞬かせる。
「そうじゃなくて‥‥。あ!」
 ぽん、と男は手を叩いた。
 食い入るようにサフィーの顔を見ると、彼は意外な名前を口にする。
「マリウス・ヌーベルリュンヌという男性に心当たりは?」
「叔父ですが?」
 男は一頻り頷いて、紙袋を持ち替えると彼女に向かって手を差し出した。
「ならば、私がお役に立てそうですね。叔父さんの所へご案内しましょう」
 恐る恐る手を取ると、彼はぎゅっとサフィーの手を握り締めてくれた。実体を持たぬ彼女に人と触れ合える事など出来るはずもないのに、何故だか彼の手の温もりを感じられるような気がする。
「おじ様は、マリウス叔父様をご存知なのですか?」
「ええ。同じ職場で働いてますから」
 ここで出会えたのも神のお導きですと、手を繋ぎ、並んで歩きながら、彼は静かに言った。
「ああ、今の若い人にこんな事を言うとウザがられますね。そんなに難しく考えなくても構いませんよ。ここでお嬢さんが私と出会ったのは、つまり‥‥」
 彼は、にっこりと笑って言い直す。
「ちょーラッキー」
「‥‥おじ様‥‥」
 古い町並みを吹き抜けて行く風は秋の気配を纏い、サフィーの蜂蜜色の髪を静かに揺らした。

●来訪者
 開かれた扉に顔を上げると、俄かには信じがたい光景が彼の目に飛び込んで来た。
 仲良く並ぶ2人は、どちらも彼の良く知る者だ。だがしかし、彼ら2人が同時に自分の前に現れるものだろうか。いや、あるはずがない。
 何しろ、片方はとうの昔に死んでしまった愛し子だ。
 神の僕となり、目には見えぬ存在を見る事が出来るようになった彼は、生前同様に彼女を慈しんではいるが、それとこれとは別問題である。
 マリウスは、はたと気付いた。
―‥‥そうか。丁度、あの子の事を考えていたから幻を見たんだな
 息をついて、彼は自嘲気味に前髪を掻き上げた。
 物憂げなその仕草に、周囲の者達が見惚れて熱っぽい溜め息を漏らす。
「叔父様☆」
 そんな、周囲の注視を受ける彼の傍らまでトコトコと歩み寄った少女の一言に、室内がざわめいた。氷のグレゴールとも異名を取る彼を「おじさま☆」などと可愛らしく呼ぶ少女の登場に、その場で居た者達は凍りついた。
「サフィー」
 常には、人形のように表情を動かさないマリウスの唇が小さく動く。
「はい」
 ぺったりと地面に座り込むと、少女は椅子に腰掛けたマリウスの膝にちょこんと手を乗せて笑った。 
 釣られるように、マリウスの表情も和らぐ。
―みみみみ‥‥見たか?
―わわわわわわわらった‥‥
 コアギュレイトされたかのように動けなくなった者達が、視線だけで動揺を伝え合う。そんな周囲の者達など見えていないに違いない。マリウスは手を伸ばし、細く柔らかな少女の髪を梳いた。
「貴方達にもあのお嬢さんが見えるのですね」
 少女をここまで連れて来た張本人は、よかったよかったと頻りに頷いている。
「見えていないようなら、トラのアナもかくやな特訓を受けて貰わなければならない所でした」
 何やら物騒な事を呟く男の事もすっぱり無視をして、マリウスは少女に優しい眼差しを向けた。
「何をしに来た」
 素っ気無い口調に、少女が怯む事はない。
「お兄ちゃんの所に連れて行って欲しくて」
 息を飲んで成行きを見守っていた者達には、その瞬間、マリウスの背後に氷結した空間が確かに見えた。
「‥‥サフィー」
「はい?」
「‥‥ここで、魔皇の居場所を私に聞いて来るのはお前ぐらいのものだ」
 駄目?
 駄目なの?
 大きな瞳を潤ませて見上げてくる少女のうるうる攻撃に、彼は勝てた例がない。
 目元を手で覆い、マリウスは息を吐き出した。
 勝負は最初からついていたのだ。
「‥‥アレは、今、この地にはいない」
「えええっ!?」
 驚きと衝撃に、少女の潤んだ瞳からぽろりと透明な雫が零れた。
―な‥‥泣いちゃったっ
―どーするんですかっ! マリウス様っ!!
 声に出せない悲鳴を心の内で上げる者達の視線を浴びつつ、マリウスは零れた涙を指先で拭う。
「サフィー」
 呟いた声に、僅かに戸惑いが滲む。
「折角、お兄ちゃんに会いに来たのに。お兄ちゃんの髪を三つ編みして、お揃いのお洋服を着てお買い物に行きたかったのに‥‥」
「いや、それはどうかと思うが‥‥」
 しゃくり上げる少女が口に乗せた言葉が、甥のあらぬ姿を想像させたらしい。微かに顔を歪めて、彼は虚空に目を彷徨わせた。
「サフィ、こっちでいられるの、シンデレラの魔法が解ける時間までなのに」
 宥めるように撫でていた少女の髪から手を離し、マリウスは無言で立ち上がった。
「‥‥叔父様?」
 硬質な足音を立てて自分から離れて行く叔父に、彼女は顔を上げて呼びかける。彼がこれぐらいで呆れるはずがないと分かってはいたけれど、不安が襲って来る。
「叔父様?」
 再度の呼びかけに、マリウスは振り返った。
 その手にあるのは、白いティーセット。
「‥‥では、お嬢様、兄上の代わりに、私とお茶でもいかがですか」
 大きな窓から差し込む秋の陽射しに縁取られた彼の柔らかな微笑みに、少女は涙の残る頬に嬉しそうな笑みを浮べて頷いた。

●お茶会といえば‥‥
「そう言えば」
 紅茶の香りを堪能していたサフィーが、不意に声を上げた。
 最愛の姪との久しぶりのティータイムを満喫していたマリウスが、ちらと投げた視線で先を促す。
「叔父様に買って頂いたあの服、どこにいってしまったのでしょう?」
「服?」
 サフィーの為に買った服は、実家の衣装部屋を埋め尽くした程に多い。どれの事を言っているのかと考えを巡らせたマリウスに、サフィーは唇を尖らせた。
「まあ! 叔父様はお忘れですの!?」
 そう言われても、彼女が生まれてから14歳でこの世を去るまでに買い与えた服の中から、彼女の言う1着を特定するのは、神の祝福を受けしグレゴールにも難しい。
「‥‥どれの事だ?」
 とりあえず、分からない事は聞いてみるに限ると、マリウスは姪に尋ねた。
「チェシャ猫の服ですわ! ほら、猫の耳の形をしたヘッドドレスと尻尾みたいに長いリボンの‥‥。叔父様が一緒にハンプティ・ダンプティの格好をして下さって、2人でダンスパーティに行った‥‥」
 コアギュレイトに匹敵する硬直から立ち直り、日常業務に戻っていたファンタズマやグレゴール達は、聞いてしまった恐ろしい内容に再び動きを止める。
「‥‥あれか」
―否定はナシですかッ!?
 周囲に走った衝撃波は、魔皇の真衝雷撃の如く彼らにダメージを与えた。
「あれは‥‥確か、実家の奥から2つ目の部屋のクローゼットに仕舞ってあるはずだ。今度戻った時に、持って帰って来るか?」
「ぜひ☆ また、あれを着て、一緒にダンスパーティに行きましょうね、叔父様」
 穏やかな表情で頷いたマリウスに、同席しつつ緑茶を啜っていた初老の男が呟く。
「‥‥では、今度、魔皇達も誘って舞踏会を開きましょうかねぇ‥‥」
「素敵ですわ! あ、ではでは、叔父様! その時には、いつかのように髪をふわふわのツインテールに結って下さいねっ☆」
 確実に増えるであろう余計な仕事に涙していたファンタズマとグレゴール達には、最早驚く気力さえなく。
 神に属する者と幽霊の少女の、一見和やかなティーパーティは、周囲に多大な被害と氷のグレゴールのイメージを著しく崩しながら、夜が更けるまで続いたのであった。