<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


□■□■ 貴石泥棒 ■□■□


 イン・クンフォーのカラクリ館前。
 アイラス・サーリアスは時間を確認していた。
 約束を取り付けた時間には少し早いが、遅れるよりは心証を害することが無いだろう。判断し、彼は脚を進める。歯車が剥き出しにされた巨大な門の前に立ち、どこで来訪を告げたものかと辺りを見回す――と、門の上部からチカッと赤い光が点滅する。センサーか何かが仕掛けられているのだろう、この世界にしては随分と技術水準が高い。
 彼が感心していると、扉が開いた。
 入っても良いと言う事なのだろうか。少々の警戒心を保ちながらも、アイラスはその内側に進んでいった。門扉をくぐるとそれはゆっくりと閉じ始め、足元の床は前へと進み始める。簡単なベルトコンベアと同じ原理なのだろう。

 カラクリ館の近くで、変わった石が出た。この数日その噂はエルザートの至る所で耳にしていたので、当然彼もそれは知っていた。だが、たまたま立ち寄った黒山羊亭で――まさかそれを奪って来い、などと言う依頼を受けることになるとは思っていなかった。

 思い出しても赤面する、アイラスは少し人の悪い笑みを浮かべて身体を寄せてきたエスメラルダの艶のある様子を思い出しながら、動く道の終わりに足を下ろす。階段の前で終わった仕掛け、流石にエスカレーターを作るほどの技術は無かったらしい。このまま上がっても良いものか、彼が辺りを見回すと、カタカタと音を立てながら人影が進んでくるのを見つける。
 それは、木の肌を持った人形だった。間接部分には繋ぎ目が見え、その身体からは歯車の音がする。エプロンドレスを身に着けていることからメイドとして作られたものであることが知れた。かちかち、と音を立てながら、ガラス球のような眼がアイラスを見詰める。小さく光る赤い点滅が人物を認識したのだろう、彼の前で人形は止まり、深くその頭を垂れた。

『いらっしゃいませ、あいらす・さーりあすサマ。ゴシュジンサマよりごライホウのことはうけたまわっております。ただいまゴシュジンサマはケンキュウシツからテをはなせないとのことですので、ヤカタのケンガクはワタクシとするように、とのことでございます』
「そうですか――お忙しい中とは思いますが、お世話になります。早速ですが、この辺りで産出された石のデータを見せて頂けますか?」
『かしこまりました、こちらへドウゾ』

 かたかた、音を立てながら人形が階段を上がっていく。足元を見れば三角に配置された車輪が回転して階段の昇降を可能にしているようだった。中々に芸が細かいことだ、と、アイラスは後に続く。カツカツと硬質的に響く鉄板の階段の音と歯車の音に、どこかまた別の世界に迷い込んででもいるような錯覚が彼の中に生まれていた。
 同じ世界の割に、随分と差がある。それがこの世界の楽しい所なのかもしれないが、と、彼は高い位置に付けられている窓を見上げた。実験の排気の所為で少し曇った空が見える。

 ――――彼女は、うまくやれているだろうか?

■□■□■

 エヴァーリーンは黒く見える館の影を眺めながら、軽く髪に指を入れた。鋼糸を扱うために少し硬くなってしまった指先が、柔らかい髪と肌をなぞる。耳に掛かって煩わしかった横髪を耳に掛け、手首に巻き付けていた糸を僅かに緩めた。
 辺りには鉱石を発掘するための機械が並べられ、忙しなく動き続けている。排気と規則的な音の繰り返し、空気の振動が物陰に潜む彼女の身体に重く伝わる。そのリズムは少し心音にも似ていて、まるで機械が生きているようだった。生きているのならば、殺すことが出来るだろうか。考えて彼女は小さく溜息を吐く――戯言だ。

 周りに人の気配は無かった。機械の監視をしているアセシナートの兵士が数名いる事はいるが、脅威とすべきほどでもない。忍び込むのは容易いことだったし、昨夜の内に地形の把握は済ませていた。
 一番に厄介なのは黒く佇むカラクリ館の主、イン・クンフォーその人である。しかしそちらは、彼に任せておいて大丈夫――なのだろう。青い髪、少し大袈裟な眼鏡を掛けた青年の笑みを思い出しながら、エヴァはスゥと眼を細めた。

 兵士の巡回の時間である。兵士、とは言っても殆どが技術仕官で、戦闘能力はたかが知れていた。発掘機器の不備をチェックするだけの要員なのだからそれも頷ける――仕官は三人グループが四組、巡回は一時間おき。つまり、この一度をやり過ごせば、あと一時間は人に見付かる心配が要らない。
 汚れもほつれも無い軍服に身を包んだグループが、彼女の潜む岩陰を通り過ぎた。人の気配にもう少し敏感になるべきだろう、仮にも軍人なら――もっとも、なられても困るが。彼女は少しだけ呆れながら、目星を付けていた掘削機を眺める。

 出来れば戦闘にはなるな、と言うのが、エスメラルダの依頼だ。それに一応今回のパートナーであるあの青年にも、あまり手荒なことはするなと釘を刺されている。二人に言われるまでもなく無駄な戦闘を行うつもりは無かったが――必要な戦闘は、辞さないつもりである。緩めた糸を辺りにゆっくりと張り巡らしながら、彼女は影を伝って掘削機に歩み寄った。

「貴石、ね……金持ちのじーさんが欲しがりそうなもの……正攻法で手に入れないのは、こうやって冒険者が危険をおかすことを楽しんでいる……ので、しょうね。悪趣味……」

 手に入るモノは、危険と冒険に彩られたものである方が良い。そう言った好事家には何人も面識があっただけに、エヴァは少しだけ眉を顰めて呟いた。彼女の身長の倍ほどもある掘削機の影に入り込み、穴の中を覗き込む。深さは三メートルほどか――この程度なら難なく出入りが出来る。暗い中でぼんやりとした光が見えた、それが、例の石なのだろう。
 片目を閉じてエヴァは少し時間を置いた。眼を慣らすため、物陰に小さく蹲る。張り巡らせた糸に引っ掛かる気配は無い、落ち着いていても大丈夫だ――エヴァは、音を立てずに穴の中に降り立つ。

 ――――ちゃんと情報集めてるんでしょうね、彼。

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『ハックツされたキセキのでーたは、すべてこちらにホカンされています』
「……随分、アナログなんですね」

 分厚い紙資料の束を眺め、アイラスは嘆息した。
 これほどまでの技術があるのならば、紙以外の記録媒体ぐらいありそうなものである。事細かに手書きで綴られた記録は、様々な実験結果や外見上のデータ、それらを応用した兵器の案――に、書かれた盛大なペケ印。没と言うことなのだろう。
 殆どが聞いたことのある石ばかりで、目新しいものは無い。黄ばんでしまった古い資料をそれとなく避けて、彼はメイド人形を見た。

『テイセイされるシリョウならばテガキのほうがテイセイしやすいのだとゴシュジンサマはおっしゃっていました』
「それはそうなんでしょうけれど――ものすごい、研究熱心なんですね。何度も何度も実験を重ねて、結果の反芻を重ねて、応用の幅を広げている……見事です」
『アリガトウございます』
「そう言えば、最近ここで新しい石が出たとか――」

 ピーッと電子音が発せられる。

『でーたカンショウフカ。ちがうワダイをテイジしてください』

 プロテクトか――苦笑し、彼は紙資料を捲った。日付が新しいものを探す、一ヶ月、三週間。そもそも新しい石のデータを資料室に混ぜ込んでいるのかが問題ではあった。が、いざとなればこの人形に聞き出せば良い。誘導旋回でプロテクトを交わしながら引き出せばどうにかなるだろう、精巧ではあるが、機構は単純なようだし。

「彼は今、どういった研究をしているんですか?」
『イシにマホウがあたえるエイキョウのでーたをとり、ヨミトリサギョウをおこなっています』
「どんな魔法で試しているんでしょう?」
『ゲンザイはカンジョウにカンショウするケイレツのマホウをシケンチュウです』
「へぇ、珍しいですね――物理的な魔法の実験は済んでいるんですか?」
『はい。そちらはひととおりシュウリョウしております』
「芳しいデータは取れなかったのでしょうか?」
『トクヒツジコウはカクニンされておりません』
「ほぅ」

 眼鏡の奥の眼を細め、アイラスは相槌を打つ。
 中々珍しいタイプの石らしい。貴石は悉皆、魔法に影響を受けるのならば物理的なそれに反応することが多いものだ。炎、水、雷撃。その力を増幅して兵器として開発するのが、館の主であるイン・クンフォーの役割だと、彼は認識していた。
 感情干渉系の魔法に反応するのならば、それはそれで厄介である。エヴァが上手く石を調達出来たのならば、欠片程度でも自分のために保管しておいた方が良いかもしれない。

「今実験をしている石というのは、どんな外見なのでしょう?」

 新しい石、ではなく、現在実験中の石、という認識を与えれば情報を引き出せるか――案の定人形からは先ほどのような電子音が鳴ることが無い。ぱちぱち、と何度かガラスの眼球が点滅する。データの引き出しを行っているのだろう。
 アイラスはそれとなく、外の様子を伺った。騒ぎが起こっている気配は無い、今のところは上手く行っているようである。

『――石の外見は緑色をしている。透き通り、内側には小さく黄色い縞模様があるようだが、割ってみてもそれが分裂するだけ。光の加減のようである』

 響いたのは、イン・クンフォーの声だった。
 どうやらボイスメモとして人形に記録されているものが再生されているらしい。アイラスは手近にあった資料に軽くペンを走らせる。一枚程度犠牲になってもらっても気付かれないだろう、これほど大量に紙があるのだし。

『光によって、また新たな模様も浮き出る。内側に見えるそれと混じり、一件格子状にも見える――なお、それは太陽光にのみ見られる反応の模様。人工光では一切変化が見られない。暗がりでは仄かに光を放つが、蓄積しているものを発散している様子は無く、自ら発光している模様』

 光る石はそれほど珍しくは無いが、自然光にのみ反応するのは少し興味深いものがある。太陽光に含まれる何らかの成分と反応しているのだろうか。地中にある間に何らかの物質に晒された結果なのかもしれないが、憶測にしかならない。

『空気に触れる時間が長くなるにつれ、色はくすんでいく様子。現時点ではそこまで、以上』

 ブツッ、と音声が途切れ、人形の眼が点滅する。それに気付かれないように、彼は資料の一枚を上着に突っ込んだ。
 こちらの仕事は大体終わりである。あとは彼女が上手くやってくれるように祈るだけ――
 適当に人形と雑談を交わすアイラスの眼は、貴石のように内側に鋭い光を持っていた。

■□■□■

 エヴァは穴の底に足を落とした。土は音を立てずに飲み込む。そうでなくても、隣で稼動している掘削機の音で誤魔化されただろうが――そっと彼女は閉じていた片目を開いた。眼はすぐに暗順応し、辺りの把握を可能にする。元々彼女は夜目が効いたし、穴の底とは言え完全な暗闇ではなかったので、それは幸いした。
 上方からの陽光、そして石の発する仄かな光。エヴァはすぐ横で地中を掘り進んでいる機械に髪を巻き込まれないよう、肩の前に束ねられたその長い髪を下ろす。
 膝を崩し、手探りに発光する石を確認していく――事前に、現時点まで発掘されている石の情報は把握済みだった。中には高価なものもあったが、現在の目標物ではないし、あまり大量に持ち出しては足が付く。地中に埋まる石を眺めながら彼女は目を眇めた。

 これだけの石を独り占めしていようと軍まで動かしているのだから、イン・クンフォーも中々に強欲だ。確かに貴石は様々な応用が効き、武器開発には貴重な資源にもなるが――それにしたってここまですることはないだろう。一丁前に夜警までさせているのだから、昨夜のまだ地形を掴めていない状態の時は少々ヒヤリとさせられた。

 軍人は戦うためにいる人間だ。戦闘を辞さないのは当たり前だろう、それは、納得している。
 だが――出来れば、あまり戦いたくはない。
 面倒だし。
 疲れるし。
 何よりも、もう、積極的に人を殺すのは――殺さなくても傷付けるのは、嫌だった。

「それでもこれは手放せない、か」

 一人呟き、彼女は張っていた糸を軽くピンと弾いた。

 黙々と穴の底を探し続ければ、頭の中に突っ込んできた付け焼刃のデータのどれとも合致しない石がやっと見付かった。
 全体的に緑掛かり、内側には縞模様が見える。仄かに発光しているそれは、先日調べた石の資料のどれでも見掛けなかったものだった。つまり、目的の石なのだろう――額に浮いてしまった汗を拭い、彼女は一つ息を吐いた。
 穴の中はけっして広くない。こもった空気は少し気持ちが悪いし、真横で煩い掘削機の頭を揺さ振る音にもそろそろ限界だった。時間を確認すれば、そろそろ見回りが来る頃である。こんな所で一時間も過ごしていたのか、彼女はなるべく大き目の石を懐に突っ込んだ。見た目よりも軽量であることを少し訝るが、そんな事に割いている時間は無い。

 穴の中に張り巡らせていた糸に足を掛け、跳躍を重ねて這い上がる。機械の陰に隠れ、息を整える――大音響に長時間晒された所為か、少し平衡感覚が狂っていた。指先の糸は振動を伝え、人が近付いていることを知らせる。
 下手に動けば見付けられる。隠密に済ませるに、それは都合が悪い。

 鋼糸を弛め、彼女は臨戦態勢を作った。

 押し殺した殺気を悟られないように、ゆっくりと糸を出す。指先の最小限の動きで辺りの突起にそれを掛けていく。摩擦力、応力、揚力――それらを利用して最小の力と最小の動きで、相手を仕留める。それが彼女の戦い方だった。

「――エヴァさん?」
「――――」
「いらっしゃいますね。僕です、アイラスですよ」

 それは――
 今回のパートナーの声、だった。
 彼女はそっと視線を巡らせ、様子を伺う。辺りに他の気配は無い。兵士も、技術仕官も、いない――いるのはアイラスだけだった。
 そっと身体を影から出し、エヴァはアイラスを見据える。

「……何? 合流はここを抜けてからのはずじゃなかったのかしら」
「ええ、でも迎えに来ちゃいました」
「…………」
「と言うのは冗談で……睨まないで下さいよ。石の特徴をお伝えしようと思ったんですけれど、その様子だともう終わったところ――ですか?」
「……緑の石よ。中に縞模様がある。一応資料では見掛けなかったから、これで当たっているはず」
「そうですか。それじゃ、戻りましょう? 僕が警備の人たちと雑談している間にここを抜けてください」
「……余計なお世話よ、私は一人でも逃げられる――」
「そうとは思いますけれど――」
「でも、ありがとう」

 くるりと踵を返し、エヴァは張り巡らせた糸に脚を掛けて跳躍した。
 どんな顔で礼を言ったのか、少し気になったかもしれない。アイラスは笑いながら、黒い影が消えた上空を見遣る。
 曇った空は彼女の姿を上手く隠してくれていた。

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「ご苦労様、大丈夫だったかしら?」

 黒山羊亭の一角。
 薄暗い店内に溢れる音楽に耳を傾けていたアイラスは、グラスを手に近付いてきたエスメラルダを見上げた。椅子を引き、彼の前に腰掛けたエスメラルダは、いつものように胸元が露なドレスを纏っている。そこから視線を避けさせながら、アイラスは頷いた。

「大丈夫でしたよ、何事も無く――それは、エヴァさんのお手柄でしたね。彼女の身のこなし、物音一つ立てない徹底したものでしたから」
「ふふ、まあ、物音を立てられない職業病みたいなところもあるみたいだけれどね。そのエヴァちゃんからの預かり物があるの」
「はい?」

 エスメラルダはグラスをテーブルに置く。中の氷が、カランと音を立てた。
 おもむろに彼女は自分の胸元に指を突っ込む。

「ちょ、エスメラルダさッ」
「はい、これ」

 差し出されたのは――
 あの石の欠片、だった。
 ……いや、人肌になっているのには敢えて突っ込まない。考えてはいけない。

「彼女からよ。貰うもの貰ったらさっさと行っちゃったんだけど、一度戻ってきて、貴方に渡してって。興味があるなら持っておいて、いらないなら売り飛ばせ……ですって。ふふ、何かしてあげたの?」
「いえ、特に何も――今回は殆ど単独行動で行ったようなものでしたし。でも……」

 アイラスは微笑して、石を握り締めた。

「有り難く、頂いておきます」

 静かなクラシックが流れる店内。
 隣の雑貨屋の屋根の上から、それを覗く影。
 ふん、と息を吐いて。
 彼女は夜に紛れた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 / 十九歳 / フィズィクル・アディプト】
【2087 / エヴァーリーン / 女性 / 十九歳 / ジェノサイド】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの哉色です。殆ど単独行動になってしまっていますが、一応共同でお仕事の二人……どんな感じだったでしょうか。まだまだファンタジーに頭が対応仕切れていない部分があるのですが、少しでもお楽しみ頂けていればと思います。

【アイラスさま】
 白山羊亭に引き続き、黒山羊亭でも発注頂きありがとうございましたっ。こちらも早速納品させていただきます。白山羊亭では戦闘担当だったので、今回は頭脳労働にまわって貰いました。まだまだキャラクターの特徴が掴みきれておらず、申し訳ないです……;

【エヴァーリーンさま】
 初めまして、こんな新人にご依頼ありがとうございましたっ。名前は『かなしき・ざれごと』で合っております〜。言葉遊び好き故に当て字ですが(苦笑) 今回は影で暗躍する方に回っていただきました。個人的に鋼糸でシュパッと色々やりたかったのですが……戦闘はナシです。また機会がございましたら、どうぞ発注下さいませ。

 それでは、本当にご依頼ありがとうございました、失礼致しますっ。