<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


入らずの森奇譚『蝶の墓』

■白山羊亭にて
 ルディア・カナーズは困っていた。さっぱり注文を言わない小ぎれいな客に居座られているからだ。何度か声を掛けると客はいきなり椅子から立ちルディアの手を握った。
「私は遥か遠い国から世界で最も美しいモノを求めて旅する『びゅーてぃはんたー』。この聖都エルザードへも最も美しき蝶を求めてやってきました」
 この客、人の話を聞かない奴だ、とルディアは思った。
「その美しきモルファリアリ蝶は人を拒む『入らずの森』の奥深く、秘密の花園にいるのです。その虹色に輝く希有な羽で華麗に舞い踊っている‥‥おぉ、なんと美しいのか」
「それは伝説です! 言い伝えです! 誰も見た事なんかないんです」
「私こそ伝説の蝶に相応しい。あぁしかし! しかし、私にはお金も人脈も剣を振るう力もない。なんて不幸なんだ、私は。ああああぁぁ」
 客は嘆き悲しみ椅子に座り込むとテーブルに突っ伏して泣き出した。
「もう、なんとかして〜」
 やっと取り戻した両手をエプロンでごしごと拭きながら、ルディアは声をあげた。
 壁に真新しい張り紙が1枚
◆お手伝いさん募集◆
土地に不慣れな人を案内してくれる人を募集しています。蝶を捕まえる簡単な作業も是非お願いします。            『びゅーてぃはんたークリスト・レイヴン』

■お手伝いさん大集合?
 クリストは目の前の2人を見て、どういうリアクションを取ろうかと考えている様子だった。
「私に‥‥いえ、私達に何かご不満でもあるのかなぁ?」
 白槍牙・蒼瞑(はくそうが・そうめい)はもったいぶって白い髪をかき上げながら言った。その背には普段とは違い大振りの『虫取り網』が装備されている。隣に立つアイラス・サーリアス(あいらす・さーりあす)も虫取り網を持っているが、これはぐっと小振りで普通サイズだ。
「不満? いえ、そんなことは‥‥あなた方2人だけでは頼りないとか、心許ないとか、そんな不謹慎な事は考えておりませんとも! はい」
「‥‥そんなに力一杯否定されると、かえって言葉の裏側を勘ぐってしまいますからもう結構ですよ、クリストさん」
 早くもここに来た事を後悔しつつアイラスが言う。世界一美しいというモルファリアリ蝶には興味がある。この目で見てみたいと思ったのだが、別の機会を待った方が良いかもしれない。
「美しいとはいえたかが蝶一匹、私の美技で一網打尽にしてご覧にいれよう。クリストもアイラスも、陶然と私に見惚れていれば良い! さ、行こう」
 高らかに笑いつつ蒼瞑が歩き出す。
「‥‥行きましょう、か?」
 大いなる不安を抱えつつ、アイラスはクリストを促した。

■入らずの森の虐殺事件?
 うっそうとした森を背に古びた立て看板があった。
『ここから入らずの森
 入っちゃいかんぞ!』
「結構すぐに見つかりましたね。‥‥よかった」
 アイラスは安堵の笑みを浮かべる。出発をしてからまだ1時間も経っていない。はっきり言って誰でも知っている場所なのではないかとさえ思う。
「でもここからが正念場です。あの美しきモルファリア蝶を見つけなくてはならないのですから‥‥」
「それってどんな蝶だっけ?」
 遠くで蒼瞑の声がする。
「普通の蝶の倍ほどもある大きなもので、羽は緑と青の中間の色に銀色の縁取りがされていて‥‥」
「こんなの?」
「陽の光を浴びて虹色に輝くってうおわぁぁぁ」
 説明途中であったクリストはいきなり絶叫した。蒼瞑が手にしている蝶、それこそが求めるモルファリア蝶だったからだ。
「こ、これ‥‥これが‥‥」
「あぁ。やっぱりそうか。これじゃ娘への土産にはならないなぁ」
 蒼瞑は僅かに表情を曇らせる。アイラスが近寄ってみるとその蝶は死んでいた。
「そっちに沢山死んでるんだよ」
「な、な、なんですって!」
 クリストは蒼瞑が指さした木立の向こうへと飛び込んだ。続いてアイラスも下生えを分け入って森に入る。硬質な緑で地面は覆い尽くされていた。幾百の蝶達が死んでいたのだ。
「な、なんでこんな‥‥」
 クリストはガックリと膝をついた。
「もっと詳しく調査をしましょう。これが自然の摂理ならば嘆いても仕方がありません。けれど、人為的な物ならば僕たちが手を出す事も許されるはずです」
「なるほど‥‥道理だね」
 アイラスの言葉に蒼瞑はニヤリと笑って頷く。
「お願いします。どうか蝶達に代わって晴らせぬ恨みを晴らしてください」
 滝の様な涙を流しながら、クリストは2人を見上げて懇願した。その蝶を捕りに来たお前が言うか‥‥2人の思いは同じだった。

■入らずの森の意味
 蝶達が死んでいる場所を迂回し森の奥へと入る。
「この辺りには大きな獣はいない筈なんですけどね‥‥」
 アイラスは時折大きな足跡が柔らかい土の上に残されているのが気になっていた。数本の毛も残されている。毛むくじゃらの獣が蝶を襲うとは考えにくいが、自分たちを襲う可能性は大いにある。
「虫取り網よりいつもの得物の方が良かったかも‥‥」
 蒼瞑がつぶやく。デカイ魔物相手でも負ける気はないが、使い慣れた得物の方が楽しく戦えるなぁと思わなくもない。何より虫取り網よりは格好いい。
「恐ろしい野獣が潜む森‥‥おおぉなんと言う事でしょう〜」
 クリストは歌うようにそう叫ぶ。大声で騒ぎ立てる事が威嚇になる場合と、襲撃を呼び込んでしまう場合がある。どっちに転ぶか‥‥アイラスと蒼瞑は辺りの気配をじっと探る。
「‥‥何をしているのですか。私がこんなに嘆き悲しんでいると言うのに」
 バシッとクリストがアイラスと蒼瞑の背を叩く。
「触るなって! 今大事なところだって‥‥」
 ガサガサガサ。いきなり周囲の草が揺れた。突風だってこんな風に草が揺れたりはしない。
「来た」
「きゃああああ」
「来ました」
 蒼瞑は面倒くさそうにクリストを引きずって音がしたのとは別の草むらに身を潜める。しかし盛大に悲鳴をあげるクリストが敵に的確に潜む場所を教えてしまう。
「そちらに行きます」
 アイラスは半身を起こして警告をした。蒼瞑の倍ほどもある身の丈、そして横幅は4倍はありそうな野獣が出現していた。魔物なのかもしれない。
「ホントに出るとはね」
 蒼瞑は楽しげに虫取り網を構える。すぐに野獣の鼻先をかすめるように網を振り回す。
「離れてください!」
 アイラスは網が脆くも崩れていくのを見た。野獣が何をしたのかはわからないが、近接戦闘は危険だと思った。それは虫取り網を振っていた蒼瞑にもわかる。
「生意気な!」
 闘気を込めれば竹でさえ立派な武器になる。武器は振るう者により『なまくら』にもなるし『鋭利な刃』ともなる。
「はあああぁぁ」
 気合いを込めて振るった虫取り網は野獣の右手を貫いた。低音の怒声が野獣から響く。身をよじった後に野獣は森の奥へと姿を消した。
「‥‥これは」
 気が付くとそこらじゅうの木々が葉を落とし、鳥や虫が地に落ちていた。
「どういうカラクリかはわからないが、あの野獣が蝶を落としたのやも知れない」
 蒼瞑は変わり果てた虫取り網を木に立てかけ、気絶しているクリストへと歩み寄っていった。

■入らずの森‥‥再び?
 蝶の代わりにクリストを背負い蒼瞑とアイラスは戻ってきた。幸い、蒼瞑が木の枝で目印を付けていたので迷子にはならなかったし、アイラスの用意してきた毛布や食料のおかげで難儀することもなかった。何よりクリストが何もしないでいるとこんなにも楽なのかと思うほど帰り道は楽々であった。
「そんな怖いモノがいるのなら、やっぱり『入らずの森』は『入らずの森』ですね」
 ルディアは暖かいお茶をテーブルに置きながら溜め息をつく。一体いつからそんな野獣が棲むようになったのだろうか。
「いいえ! 私達はモルファリア蝶の生態を守らなくてはなりません。あの野獣を討伐するんです!」
 いきなり起きあがったクリストがそう叫ぶとまたばったりと倒れ込む。
「まぁなんか困った事になったらそうせざるを得ないかもなぁ」
 蒼瞑は茶を飲みながらそう言った。
「僕は‥‥情報が少なすぎますね。後悔するのは嫌いなんです」
 にっこり笑ってアイラスも茶の入ったカップを手に取った。もし行動を起こすとすれば、じっくりきっちり調査をしてからでなくては嫌だった。
 このままでは済まないかもしれない。誰にもそんな予感があった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2254/白槍牙・蒼瞑/男性/34歳/粋でいなせなパパ】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/青いメガネ君】
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■         ライター通信          ■
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 白山羊亭冒険記にようこそいらっしゃいました。ノベルをお届けいたします。なんとなくですが、またもや『入らずの森』へ行くことになりそうです。その節にはまたお越し頂ければ嬉しいです。