<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


美しき蝶の棲む森

◆『びゅーてぃはんたー』再び
 白山羊亭に居座る自称『びゅーてぃはんたー』クリスト・レイヴンは、前回に引き続きまたも『入らずの森』に出掛ける依頼を出した。希少種モルファリア蝶を守るという大義に熱く燃えているらしい。どうやら森で見かけた獣を退治すれば蝶の生態が守られると安易に考えている様だ。またしてもドタバタ珍道中の予感‥‥である。

◆『入らずの森』再び
 うっそうと茂る森の木々を見ながら白槍牙・蒼瞑(はくそうが・そうめい)は暢気そうに先頭を歩いていた。時折、木々の目印を確認したり新たな目印をつけたりしている。遊山にでも来ているような様子だが、勿論そう見えるだけであって実際には周囲の気配を探りながら歩いている‥‥筈である。前回は虫取りが目的であったが今回は害獣駆除なので、手には長い鎌槍を携えている。アイラス・サーリアス(あいらす・さーりあす)も一見ごく普通の旅装なのだが、実は戦闘を想定した装備になっている。そういった『特別』な武装をしていないのは、クリストとケトゥ・クォン・シール(ケトゥ・クォン・シール)だけであった。クリストは装備を使いこなせないので仕方がないが、ケトゥはどうやら違う様だ。
「本来ならば、モルファリア蝶の生態をもっと詳しく調査する必要があると思うのです。なにせ『幻の蝶』とまで言われていた希少種ですから、私達が手を出す事によって生存を脅かす様な事があっては取り返しがつきません」
 ケトゥは慎重な姿勢を崩さない。些細な外的要因で絶滅に追い込まれる種もある。個体数が激減してからでは救済の手は届かないのだ。学究の徒であるケトゥには害獣駆除よりは蝶の生態研究の方が興味をそそる様だ。
「それはそうですね。僕も調査は必要だと思いますが門外漢ですのでケトゥさんにお任せしなくてはなりません。しかも、あの獣がまた襲ってきて調査を妨害される可能性もあります。その時には戦う覚悟は必要です」
 アイラスは穏やかな口調で言う。決して生物学が不得意というわけではないが、専門家であろうケトゥに敬意を払う。
「あれは‥‥元々性質の大人しいって獣じゃない様子だったが、手負いにさせてしまったから遭遇すればやっかいだろうね」
 蒼瞑はさして深刻そうではない様子で言った。仕掛けられれば応戦し、戦えばどちらかが止めようと思うまで戦うまでだ。
「‥‥わかりました。まずは前回皆さんが見つけたという蝶が大量死していた場所に案内してもらえませんか?」
 ケトゥの提案は速やかに受け入れられた。この森で拠点となりそうな場所はあそこしかなかったし、依頼人には明確な計画性が見受けられない。
「私の崇高なる意志に賛同していただけて、本当に感謝に堪えません。あぁ〜」
 この日、幾度目かの謝辞を口にしつつ依頼人クリストは自己陶酔の世界に入る。3人は僅かに肩をすくめた。

◆『蝶の墓場』再び
 獣道の様な草の踏みしめられた道を外れると、すぐに木々に囲まれた場所にでた。ここには大きな木はなく、丈の低い草だけが生えている。前回よりもずっと数は減っていたが、やはり蝶の死骸があった。
「なんと哀しい光景なのか〜」
 クリストは溢れる涙を拭きもせず、膝をついて慟哭している。それは完全に放置して、3人は蝶に近寄った。
「相変わらず綺麗な羽だね。螺鈿細工みたいに繊細、優美、可憐にして豪華絢爛」
 蒼瞑は思いつく美辞麗句を並べる。この蝶が生きて乱舞する様を見せたら『あの子』はなんて喜ぶだろう‥‥と、思わせる美しさだ。
「‥‥確かに綺麗ですが、きれい過ぎますね」
 ケトゥは蝶を用意してきた台に乗せ、羽の様子を観察する。
「きれい過ぎるというのは、どういう意味ですか?」
「羽に欠損がなさすぎるのですよ」
 ケトゥはアイラスに蝶の羽を指さしてみせる。
「もし、あの依頼にが主張するように獣によって死んだのなら、蝶の羽が欠けていたり、鱗粉が剥がれて模様が欠損していたりするものです。しかし、この蝶にはそういった様子が全く見られません」
「言われてみれば‥‥」
 アイラスは別の蝶を拾い上げた。やはりこれも羽の美しさは損なわれていない。
「つまり、蝶はあの獣にやられた訳ではない‥‥って可能性が高くなったわけだ」
「そうです」
 蒼瞑の言葉にケトゥは即座に答えた。
「しかしまだ死の原因はわかりません。増えすぎた故の大量死なのか、死すべき時期であったのか‥‥」
「‥‥どれ程かかる?」
 低い声で蒼瞑が言った。アイラスはもう武器を構え直している。この攻撃的な気配に気が付かないのはクリストぐらいのものだろう。
「近いですね。けれど今度はあっちも警戒しているようです」
 直接蝶の死に関与してないとしても、アイラスは獣と戦う事にためらいはない。あの凶暴な様子では、他の動植物への影響も無視できないと思うからだ。
「少しだけ持ちこたえて頂ければ‥‥」
 ケトゥは背後を振り返らず蝶を集め始める。死んでいる蝶が若いものと老いたものが混じっているかどうかを調べるつもりだった。それがわかれば、自然死かどうかの判断はつく。
「来る!」
 蒼瞑は笑った。やはり戦いの息吹はこの身に心地よいようだった。

◆『魔獣』再び
 樹の影から繰り出された一撃をあえてかわさずに槍の柄で受ける。衝撃が伝わった来るがそれを蒼瞑は全身で受け止めた。戦いを身体で感じる事は常日頃隠してある戦意を煽り高揚させる。その柄を巧に操り敵の攻撃をことごとく潰していく。ケトゥは完全に戦闘から背を向け、地に落ちた蝶達を丹念に拾い上げ、調べていた。蒼瞑やアイラスの力を信じているのだろうが、その態度に怯えも焦りもない。
「‥‥さすが」
 蒼瞑は思わずつぶやく。ケトゥが内包する力に気が付かないほど蒼瞑もアイラスも鈍感ではない。落ち着いて間合いを取るために蒼瞑から離れたアイラスは、鈍く光る硬質の武器を獣に向けて構える。蒼瞑と戦っているのは、大きな口から泡を吹き強力な両手を振り回している黒い毛に全身を覆われた不思議な生き物だった。
「見た事がない獣ですね」
 狙いを定めながらアイラスは小声で言う。或いはこの森独自の生物なのだろうか?
「ひ、ひえぇぇぇえええ」
 耳を覆いたくなるような男の悲鳴が響き渡る。先ほどとは違う意味での涙を流したクリストがアイラスの背後からしがみついてくる。死にものぐるいなのだろう、すごい力でアイラスを締め上げる。
「あ、放してください。これじゃ狙いが‥‥」
「ひぃぃぃいいい」
 しかし叫び続けるクリストと全く会話が成立しない。その声で蒼瞑以外の存在に気が付いたのか、獣が顔を向けた。はっきりとアイラスと視線があう。
「クリストさん、下がって!」
 しかし、がっちりとアイラスにしがみついたままクリストは手を放さない。と、蒼瞑よりも組みやすいと思ったのか、獣がまっしぐらにアイラスとクリストに襲いかかった。
「あ、こら! お前の相手は私だってば!」
 蒼瞑が獣の後を追う。槍を投げれば獣を差し貫く事が出来るだろうが、命まで奪うつもりではなかったので一瞬ためらう。それが更に獣と蒼瞑との間に距離を作る。
「この私とした事が‥‥」
 こんな時、情深い性格は仇になるなぁと思いつつ少しも直そうとは思わない。例えお荷物がくっていていても、アイラスならば大丈夫だろうと思っているからだ。
「えぇえい!」
 攻撃態勢で襲ってくる獣にアイラスも腹をくくった。充分に手加減した蹴りでクリストを引きはがすと、もう時間がない。手にした武器で獣を払い必殺の右ストレートが胴を思いっきりついた。
「おお!」
 蒼瞑も感嘆する美しい放物線を描き、獣は地面に叩きつけられた。

◆そして顛末は‥‥
 ケトゥの調査により、どうやら蝶は死すべき時期が来て死んだのだろうということがわかった。
「蝶の墓場であることには間違いありませんが、何者かが殺したわけではないでしょう」
 ケトゥは地面を多う美しい羽を見ながらいった。彼らがどういう生涯を送るのか、それはまだ解明されていない。けれど、調査を重ねればそれも何時の日か明らかになるだろう。生命の謎を解明する事は難しいが楽しい。その楽しみをケトゥは誰よりも知っていた。
「この『びゅーてぃはんたー』さんのおかげであの獣は災難だったね」
 蒼瞑はちらりと獣が去っていった森の方角を見た。失神していた獣はすぐに意識を取り戻した動き出したが、攻撃する気はないらしくすごすごと森の奥へと姿を消したのだ。それを追って殺す事はどうしてもアイラスには出来なかった。甘いのかもしれないが、殺戮者にはなれないと思う。
「僕たち、見逃しちゃったことになるけど構わないですよね」
 アイラスが蒼瞑とケトゥに確認を取る。
「獣の縄張りを侵害したのはこちらですし、追ってまで狩る必要はないと俺は思います。依頼人はそうは思わないかも知れませんが、1人で森の奥へ入る事もないでしょう」
 長く人を拒んできた森だ。その数多い神秘のベールを急いで引きはがす事もないだろう。
「帰りましょうか?」
「そうですね」
「帰ろ、帰ろう〜♪」
 3人は目印を辿って森の外へと向かった。

 その後、白山羊亭で『びゅーてぃはんたー』なる者を見た者はいない‥‥。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / その名は?】
【2254/白槍牙・蒼瞑/男性/白虹の闘気】
【1649 /アイラス・サーリアス/男性/青銀の閃光】
【0036 /ケトゥ・クォン・シール/男性/黄金の知識】
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■         ライター通信          ■
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 お待たせいたしました。白山羊亭の問題児クリストに係わるノベルをお届けいたします。一応完結ですが、何時の日か『びゅーてぃーはんたー』 は戻ってくるかも知れません。その時はまた是非お逢いしたく存じます。