<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


□■□■ 幽霊海賊が征く!<後編> ■□■□



「はぁあ、もう散々ッスね……」

 ガイコツ船員がぼやく。

「なんか、用心棒雇ったのを狙ったよーに襲撃満載だし……」
「うーうーうー。敵船、船が無くなるとみんな消えちまうからなー。船員補強も出来ねーし」
「しかもこの海域、俺らが暴れまわった所為で思いっきり人間の商船とか海賊とか見かけなくなったしなー」
「無人島で可愛い子いるかなー、こう、すっべすべの白い骨とか」
「いや、やっぱ幽霊の方が可愛いって、顔あるし!」
「とか言ってたら、また船影だな……」
「もうちょっとだ、もうちょっと……総員戦闘配置ー!!」

 さて、無人島までもう少し。

■□■□■

 世の中には突っ込みをしたら負けだということが多々あるのだと判ってはいる。こう、それに対して反応してしまったら負けと言うか、何か常識を持って突貫してしまったら敗北という分野が、確かに存在している。しているのだろう。だからきっとこの場はスルーしかないんだ、それが大人と言うものだ、子供を卒業したらそうやって迎合することも必要なんだ――判ってはいるんだ!
 アイラス・サーリアスは、ぼんやりと無人島の浜辺でそんな現実逃避に精を出していた。

「……いやあ、空が青いんですねぇ……」
「おぉうッ突っ込みナシかよアイラス!」
「もういい加減疲れたんで、オーマさん自分で突っ込んで下さい。一人ボケ突っ込みは芸人の基本なんですよ、僕のいた世界ではですけれど」

 遠い眼で海と空の境界を見詰めるアイラスの周りには、オーマが知人からごっそりと預かってきた幽霊軍団が闊歩していた。あの人は一体なんでこんなもんを擁しているんだ、浮かんだ突っ込みも意味を成さないだろうことは分かりきっているので口からは出さない。たとえマッスルなオッサンの霊魂に肩を抱かれ語り掛けられようとも、あんたそれ絶対整形だろうシリコンだろうと突っ込みたいようなナイスバディのお姉ちゃんに熱視線を送られようとも、無理矢理合コンに誘われようとも、何一つ、突っ込んでは――

「おやボウヤ、そんなに遊びたいのならこれを私の背中に塗ってもらおうか」
『アイアイサーッ!』
「って、レニアラさん! 幽霊に日焼け止めクリームを投げ渡さない、そして塗らせない! むしろそのビキニどっから出したんですか!?」
「飛竜の背中に荷物として乗せていたが? 何が起こるか判らないのだから、様々の道具を乗せておくのは当たり前の事だろう」
「言ってることは正しいですけれどやってることはなんかズレてます!!」
「ほうほう、アイラス……レニアラには突っ込むのか。やっぱりムチムチのねーちゃんが好きなんだな、年頃だもんなあ。ほれ、このSMあっはん女王様な幽霊なんてどうだ、むちむちー」
「ムチムチって言うか鞭鞭ですから、って言うかもう本当に誰か助けてくださいよ!」
「まったく、大人の階段を上っている真っ最中のボウヤは大変だな? そんなに突っ込んでいては身が持たんぞ。大人になって受け流すことも大切だ、成長とは迎合や付和雷同を憶えることと同義なのだからな」
「ッてレニアラさんまで!? なんですか、僕だけ四面楚歌ですか!?」

 オーマには期待していなかったがレニアラまで敵に回るとは。一人突っ込み体質に疲れ果てた彼の肩にスキンヘッドの囚人親父の霊がポンッと手を置き、にこやかにスマイルを見せる。グッと立てられた親指に、彼は激しいまでの脱力を憶えた。
 闊歩する幽霊、そしてガイコツの海賊。大人は当てにならない。もう駄目だ、もう無理だ、まさかこれは絶望させて自分を海賊に引き込むための彼らの策略なのだろうか、思わず疑いたくなってしまう自分は正常なのだろうか。うんうんと頭を抱えながら、彼は砂浜に蹲る。

 そんな彼の様子を見ていたレニアラは、ククッと意地悪く喉で笑ってみせた。まったく、年下の子供をからかうのは楽しい――背中にクリームを塗る幽霊の手をぴしゃりと叩く。妙な所に触れようとするのならば容赦はしない。じろりと睨めば、へらへらとした苦笑が返された。うつ伏せて、眼を閉じる。
 たまにはこういうバカンスも良いものだ、あまり暇も無かったことだし。もっともここまで辿り着く経緯を考えれば、あまり褒められた道ではないのだろうが――この辺りを騒がせていた海賊達も一掃出来たのだから、丁度良いだろう。
 問題は、帰りか――くるり、銀糸の髪に指を絡め、彼女は笑う。
 ひどく、意地の悪い笑みだった。

 知人――もとい腐れ縁からの預かり『者』達のはしゃぎようを眺めながら、オーマはぐっと伸びをした。長い身体の影が砂浜に伸びる。青い空に白い雲、海は広く大きい――その内に、身内全員でこういう場所に繰り出すのも良いかもしれない。たまには息抜きもしなければ身が持たないだろうし。

『ねーぇーオーマさぁん、あの子達で遊んでも良いのぉ?』
「おー、好きなだけ遊べ遊べ! 桃色吐息☆沼島の春大作戦だからな! 合コンでもねるとんでもドンとやっちまえー!」
『うわっはーい!!』
「……で、貴方も参加するのか?」
「いや、俺は妻子ラブだ! レニアラはどうするよ? 可愛いボウヤからマッスル、果てはオネエ系まで揃ってるぞー?」
「興味が無いな――それ以前に、生身で幽鬼を相手にするつもりは無い。餅は餅屋、幽鬼は幽鬼同士が良いだろう。それで、あの船員達はどうしているのだ?」
「そ、そうですね……そもそもどうやって仲間に引き込むつもりなんだか……」
「おうアイラス浮上したか、取り敢えず圧し掛かってきてるラブ親父は退けた方が良いと思うぞ。あいつ等なら何だかもう、無縁仏ナンパツアーに……」
「ってそっちもナンパなんですかい!!」

 突っ込み三昧。
 アイラスは自分にずっしりと覆い被さるマッスル親父に釵をブッ刺しながら、巨大な溜息を吐いた。何やらもう、先行きに不安を感じる気力も無い。行きでアレだけ倒したのだから帰りはきっとそれほどの波風は立たずに済むだろう――だが。
 チラリ、彼はレニアラを見る。

「レニアラさん、少し質問があるんですけれど良いですか?」
「ボウヤがクリームを塗ってくれるのならば構わんが? この幽鬼はどうも変なところにばかり手を伸ばす」
「そりゃまあ男として切ないほどに当たり前の事なのかもしれないんですけれど、……事務所から海図を貰ってきたのは貴女でしたよね」
「…………」
「……何か、企んでいませんか。いくらこの海域に海賊が多くたって、二日の航海で八度の襲撃は少し考えづらいものがある。ましてや僕達は、比較的安全なルートを航行している『はず』なんですから」

 スゥ、とレニアラは眼を細める。
 優男の外見だが、それなり以上の場数は踏んでいるらしい。アイラスの眼鏡の奥、チラリと見える鋭い光。成る程、懐かしくも心地の良い、戦士の眼をしている――沈黙に小波の寄せ返す音が数度繰り返される。砂の上にうつ伏せていたレニアラは、その身体を起こした。片膝を立てる形で、佇むアイラスを見上げる。微妙なアングルに彼は少し視線を泳がしかけるが、レニアラは気にも留めずクスリと小さく笑いを漏らすだけだった。

「死神一家を知っているか?」
「……名前だけ、なら。近頃エルザードの近海を荒らしている、海賊の船団でしょう? 商船もいくつか襲われて王室でも対策を立てている、とか――まさか」
「ふふ、察しの良いボウヤは好きだな。これだけ派手に動いていれば、連中も黙ってはいまいよ」
「海図も――最初から、襲われやすいルートで仕向けたんですね」
「さて? 私には、何のことだかな」

 波の音がする。たまに、船に当たる水が軽い音を立てた。風を受けて、マストから垂れたボロボロの帆布がバタバタと音を立てる。自然の音だけが支配する空間に、二人は、対峙していた。
 アイラスは、ふぅっと溜息を吐く。

「まあ、それで辺りが平穏になるのなら、良いですけれどね。騙されるのは少し癪です」
「ふふ。ボウヤは――そうだな。どちらかと言うと、正義に傾く。だが、時と場合によっては、悪にも簡単に走るだろう。少し面白い性質だな――自分の主義が第一と言うところか」
「それはどうも。……ところで、ボウヤは勘弁してくれませんか?」
「さて、帰りの航海を無事に抜けたら考えておこうか」

■□■□■

「よぅそこのガイコツ! 良いねえ渋いねぇ、良かったらウチの船で海賊やんねぇか!?」
「ねーちゃん美人だな、どうよ、これから一杯? 海賊船ってなぁ良いもんだぜぇ、楽しく陽気に妖気を振りまいて人生謳歌しようや!」
「坊主、中々良い目をしてるな……お前は海賊王になれるぞ! ほーら、おいでおいでー」

 …………。
 素敵やん!

 オーマは溢れる無縁仏達に片っ端から声を掛ける船員達を眺めていた。うむ、愛で引き摺り込むその手管、天晴なり。卑劣と言えばそうかも知れないことも無いが、中々に楽しげな様子には少し心が和むものもある。いや、和んじゃなんねぇが。
 預かり者達も楽しげにナンパや秋波送りをしている。中にはガイコツの一人と流木に腰掛けて話し込んでいる者もいるぐらいだ。哀れガイコツ、これからMに調教されるぞ、女王様に目を付けられたら。ぼんやりとオーマは散らばる骨を眺める。散らばる、骨。遺骨。それは――まるで、戦場。

 人が沢山死んだ。
 人を沢山殺した。
 ほんの一瞬の事だった。
 ほんの刹那の事だった。

 す、と彼は手を合わせる。

「あーッ、オーマさん、駄目ッスよ!」
「ッうをわをぅ!?」
「祈ったら成仏しちゃうっしょー!? もー、判ってないッスねぇ! さ、ラブ親父パワーでこいつらを海賊に勧誘するの手伝ってくださいッス!」
「何!? なるほど、連中愛を求めているわけだな、ラブを求めているわけだ! おらぁ、親父の胸に飛び込んで来い骨達よー!!」

 …………なーんか違うっ。

■□■□■

「左舷、船が横付けしてくるぞ! 砲撃手、何をしているか!」
「レニアラさん、増援の船をお願いします!」
「ふん――ルドラ、お前の裁量に任す。私も少し下で――剣を取らせてもらおうか!」

 レニアラの狙い通りなのだろう――帰りの航海の一日目を無事に終えた二日目の早朝、それはやってきた。
 鎌を象った海賊旗を掲げる船の来襲。アイラスはチッと小さく舌を鳴らしながら釵を振るう。刺突釵を片手、もう片手は拳のままにしておいた。ゴーストには拳を繰り出した方が始末しやすいし、骨のように生身でこそないが形のあるものには武器を使用する方が良い。圧力の集中する釵を頭に振り下ろせば、その頭蓋骨を破壊出来た。気を付ければ手足も折れるだろう、乗り込んできた連中に向けて、彼はひたすらに――釵を振るう。
 生身の相手は慣れていたが、アンデットにはあまり耐性がなかったのかもしれない。骨を滑らないように釵を繰り出すのは精密な動作だった。中々に難易度は高いが、少々強引な修行だと思えなくもない。死ぬ危険性はあるのだろうが、死ぬつもりなど、毛頭無い。少なくともこんなどうでも良い場所で死ぬ命など持ち合わせては居ない、脚の骨を突き釵を捻る。パキリと軽い音がした。

 レニアラは相手の船に乗り込んでいた。大気の壁を魔法で作り出し、それを盾代わりにしながらサーベルで突き倒す。スケルトンの弱点は知識的に知っていた、だからそこを突けば、簡単に――駆逐できる。眉間の一点。そこを突くのに、サーベルは丁度良い武器だった。
 振り回される半月刀が僅かに髪を霞め、カールしたそれがはらりと落ちる。レイピア代わりにサーベルで剣を突き落とし、彼女は踏み込んでその額を突いた。派手な動きは出来ないが、確実に、敵を減らすことは出来る。遠くでは飛竜のルドラが増援の船団を焼き払っているのが確認できた。
 しかし――彼女は思う。『船団』だとは聞いていない。船一隻で活動しているものかと思っていたのは失敗だった。大方、本当に薙ぎ倒したい敵だけを囲んで駆逐していたのだろう。だからそれが群れであることは外部に漏れなかった。一所で活動している噂があれば他は自粛し、一隻一隻でゲリラ的に活動する。まったく小賢しい、彼女は剣を凪ぐ。細い刀身がビィンと震えるのが、手首に伝わった。

 …………ぷちっ。

「…………」

 なんか嫌な音が聞こえたよーな。
 アイラスは、そろりと後ろを見る。漢らしく、むしろ親父らしく峰打ち兜割りをしていたオーマが、その動きを止めて俯いていた。勿論敵船乗員がそんな彼に向かってくるが、必死にスケルトン達が周りを固めている。親父愛に染められた彼らにとって、オーマは総帥らしい。もちろん、彼の連れの幽霊達もそれに加わっていた。いや、敵にナンパしてる連中もいるけれど。

「ちまちまちまちまちまちまちまちま……」
「お……オーマ、さん?」
「いちいち相手にしてたら……」
「お、おやびん?」



















「朝飯が作れねぇんだよぉおぉぉおぉぉぉおおおぉぉおおおお!!!」



















 飯なのかよ!!(周囲一同の突っ込み)

 オーマの髪が銀色に変わる、その眼の赤がより煌々としたものになる。船に乗り込んでいた敵船員も、味方も、幽霊も、その動きを止めた。二十歳代の青年の姿がまた白い光に包まれ――そして、跳躍する。海へ向かうその様子に、アイラス以外の全員が慌てた。この辺りは特に水深がある、身一つで飛び込めば、ひとたまりも――――

 船が大きくうねる。
 海が荒れる。
 そこには。
 翼を持つ、巨大な銀の獅子が猛っていた。

「ッ、は――これは。中々に、やるものだ」

 レニアラは思わず吹き出す。そのまま、頭上に迫っていた飛竜の脚に掴まった。飛び上がり船から退く、その一瞬後、敵船は――獅子の、オーマの翼によって跳ね飛ばされた。
 大混乱の中で、アイラスは溜息を吐く。もう、することはないだろう。朝食は何だろう、朝からこってりしたものはちょっと胃が辛いな、まあそのあたりも考慮したメニューわ作ってくれるとは思うのだけれど、なんてったって主夫なんだから――現実逃避に視線を遠くに投げれば、カモメが平和に飛んでいた。



『朝食は元気の元だ、こらぁあぁあぁ―――――ッ!!』



 ぽーい。
 敵船は。
 敵船団は。
 オーマに投げ捨てられ、星になった。
 …………きらりーん。

■□■□■

「……いや、はい、もう、色々お世話になりました」

 ぺこり、ガイコツが頭を下げたのは、エルザードの港でのことだった。
 その後ろには、無縁仏やら幽霊やらが控えている。どうやら幽霊軍団の何名かは引き取り手が見付かったらしい。そして熱心に親父パンフレットを読んでいる連中もいる、なんというか、この四日間で彼らの価値観はがっつりと変わってしまったらしい。
 ……良いことなのだか悪いことなのだか。入港手続きを事務所で済ませて以降、ジッと何かのチラシらしきものを眺めているレニアラを横目に、アイラスは苦笑する。オーマは連中に混じって号泣と共に別れを惜しんでいた。親父、愛深すぎ。

「これは少ないんですけれど、御礼ッス」
「え? ……これ、フェイゼル金貨……ですか!?」
「ほぉ。古代のもので、希少価値も歴史的価値も高いと聞くが――なるほど。貴殿達は、その時代の者なのだな」
「そうなんッス、いやはや。これを狙って色んな連中に襲撃されて来たんスけど――これは、手放せないんス」

 レニアラは、首を傾げる。
 ガイコツは、無意味に頬を掻いた。
 カリカリと、骨の擦れる音がした。

「俺達は家族のために海賊をしてたんス。小さな島で、産業も無くて、でも離れられなかった。だから海賊になるしかなかった。この金貨でみんなに色んなものを買って行ってやりたかった。だけど、俺達は、嵐に沈められた。眼を覚まして戻ってみたけれど、島にはもう――」
「……そんな大事なものを、私達に?」
「いいんス。いっぱい仲間が出来たんスから、そのお礼なんッス!」
「そう言われると、少し心苦しいな――」

 ひらりと、苦笑したレニアラが手にしていたチラシをガイコツに示した。
 アイラスもオーマも、船員達も、みながそれを見る。
 そこには――賞金首として、ガイコツの絵姿が載せられていた。

「あれだけ派手に海賊退治すれば、同業者が貴殿の首に賞金を賭けるのも当然だな。せいぜい寝首をかかれぬよう注意する事だ。まあ、今回倒した連中の賞金で、暫くは隠居するのも良いだろうな」

 エルザードの港に、絶叫が響いた…………。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

1649 / アイラス・サーリアス /  十九歳 / 男性 / フィズィクル・アディプト
1953 / オーマ・シュヴァルツ / 三十九歳 / 男性 / 医者兼ヴァンサー腹黒副業有
2403 / レニアラ       /  二十歳 / 女性 / 竜騎士

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 大変お待たせ致しました、幽霊海賊船リゾートツアー四泊五日の旅・後編をお届け致します、哉色です。誰か突っ込んであげてください(えぇ)
 今回は前回より? シリアスな展開を入れてみたり、だけど結局ギャグ落ちだったりと、相変わらずの壊れワールドになりましたが; 少しでも楽しんで頂ければ幸いと思います。それでは失礼致しますっ。