＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
冒険したり、しなかったり
(オープニング)
針金や合鍵の束、模造品の罠付宝箱等が転がっている乱雑な部屋がある。盗賊協会の一室、盗賊技術に関する研究室だ。そこに、２０代中ごろの男女が２人佇んでいる。
女は模造品の罠付宝箱をいじっている。安全な宝箱の開け方を研究しているのだ。どうやら彼女は盗賊らしい。
「ルーザ、どこかへ行こう」
そんな彼女に声をかけた男は、今時珍しい黒ローブを纏っている。魔道士のウルだ。
「どこかって、どこに行くのよ…」
この男は、たまに唐突な事を言う。と、声をかけられた娘は宝箱から目線を上げずに答えた。
盗賊協会の一室、彼女、ルーザの仕事部屋での出来事である。
「特に考えて無いな。どこか適当な遺跡でもあったら、行こう」
ウルは言う。
「ああ、どこかって、そういう方面の『どこか』なのね…」
近所の飲み屋とかではなく、ウルは冒険に行きたいらしい。仕事なら仕事と言え。と、ルーザは思う。基本的にウルは頭が良い男であるが、時々、言葉が少なすぎるのが欠点だ。
まあ、ともかく、どこかに行こうか。と、魔道士と盗賊は行く先を考える。
一方、ウルの魔道士協会では、彼の弟子の見習い魔道士が呆然としていた。ニールである。
『ニールへ。
俺は、しばらく旅に出るから、君は自習をしてるといいよ。ウルより』
と、ウルの部屋の前には張り紙がしてある。
「師匠…いきなり居なくなられても困るんですけど…」
正魔道士昇格の試験に関して相談したかったのになー。と、ニールがつぶやいてみても、ウルはどこかに行ってしまった後だ。まあ、今までも何度かあった事なので、すでに慣れては居るのだが…
こうして魔道士と盗賊は冒険に出て、見習い魔道士は魔道士協会に残った。
(依頼内容)
・ウルとルーザが暇そうにしています。誰か冒険にでも一緒に行ってあげてください。
・ニールはもっと暇そうにしています。誰か遊んであげてください。
・この依頼は特に要望が無い限り、基本的に各ＰＣ個別のパラレル形式で作成します。
(本編)
１．男と女
黒山羊亭の一席である。多腕族の男が一人、不機嫌そうだった。酒を飲んでも、美味くない…不味くも無いが…。
飲む度に、とある、能天気な女神の顔が脳裏に浮かんだ。メキルド山の水神の顔である。
…やっぱり、けじめはつけなくちゃな。と、シグルマは思う。
少し前、シグルマは水神ルキッドから酒を報酬に依頼を受けた。が、ルキッドは酒の代わりに水を置いて姿を消したのだ。
「報酬の未払いは…許せねぇだろう」
シグルマは呟いた。冒険者として、報酬の未払いはそのままにしておけない。
こうなったら、ルキッドを討伐にでも行くか？と、彼は思った。
とはいえ、一人で行くわけにもいかない。どこかに使えそうな奴は居ないかと、シグルマは探した。
一方、黒山羊亭の別の席である。盗賊協会の若手幹部の娘が一人、不機嫌そうだった。どうやって落とし前をつけるかと、そればかり考えて酒を飲んでいる。ルーザだ。
とある、能天気な水神の神殿の地図を思い浮かべ、彼女は侵入の経路を考える。
少し前、ルーザは水神ルキッドから酒を報酬に依頼を受けた。が、ルキッドは酒の代わりに水を置いて姿を消したのだ。
「世の中…金ね…」
ルーザは呟いた。
どこかに使えそうな奴が居ないかと、ルーザは探す。
…と、見覚えのある多腕族の戦士を見つけた。
まあ、飲んで。と、ルーザはシグルマにグラスを差し出す。
黒山羊亭の中で同じ目的に向かう者同士が、すぐに出会うのは必然だった。
「…なるほど、あいつめ、あっちこっちでそんな事を」
「まあ、許せないわね」
二人は、早速意気投合したようだ。
「いっその事、殺っちまうか？」
「財宝、少し貰っとこうかしらね」
多少、目的は違うようだったが。
２．偉い神様の山へ
｢で、どうするの？｣
ルーザが言った。
｢まず、ルキッドの上司の偉い神様の所に行くぞ。
とりあえず、本人に話しても無駄だしな｣
｢確かに、話が通じる相手じゃないわね｣
話が通じないという意味では、ルキッドは相当性質が悪い相手だ。と二人は思った。
｢あんた、確か、前に偉い神様に会った事あるんだっけ？｣
｢おう、任せとけ｣
以前、シグルマは別件でルキッドの上司の偉い神様に会った事があった。
二人は偉い神様に会う事にして、翌日、エルザードを出発した。
道中、特に何事も無く、二人は偉い神様の住む山にやってきた。
偉い神様の山は、一見、ありふれた山に見える。
木が生え、川が流れている。鳥が空を飛び、猫が大地で寝ている。
｢やけに猫が多いわね？｣
ルーザが言った。
確かに、猫が多かった。
｢ああ、偉い神様の眷属だとかで、やたら多いみたいだぞ｣
｢ふーん…｣
言いながら、ルーザは地面に生えていた猫じゃらしの草を抜き、一匹の猫の鼻を撫でている。
｢く、くすぐったいにゃ。
そ、それは、そうやって使うものじゃないにゃ｣
猫がくしゃみをしながら言った。
｢ほー、じゃあどうやって使うんだ？｣
シグルマが猫に尋ねた。
｢こうやって、顔の前で振ると、猫が喜ぶにゃ｣
と、猫は猫じゃらしを別の猫の顔の前で振っている。
｢ほー…｣
｢ふーん…｣
シグルマとルーザが感心している。
｢…ところで、猫がしゃべってるのに驚かないにゃ？｣
猫が首を傾げた。
｢別に驚かんが｣
｢よくある事じゃないの？｣
シグルマとルーザは、猫じゃらしをしゃべる猫の前で振りながら言った。
｢つまんないにゃ｣
猫は言いながら、猫じゃらしとじゃれている。
｢おい、そんな事より、偉い神様はどこだ？
さっさと案内しろ｣
シグルマが言った。
｢あ、長老様に会いに来たにゃ？
わかったにゃ。案内するにゃ｣
と、猫は快く二人を案内した。
｢ところで、おじさん、前に会った事あるにゃ？｣
｢いつだったか、来た事あるからな。会った事あるかもしれねーな｣
さすがに、猫全部の顔は覚えてないが。とシグルマは言った。
｢やっぱり、そうにゃ。
思い出したにゃ。確かお前は、腕がいっぱいある人にゃ。間違いないにゃ｣
｢見たまんまじゃねーか｣
などと話すうちに、二人は偉い神様の所に案内された。
以前、シグルマが来た時と同様、偉い神様は体長２メートル程の猫の姿をしていた。周囲では眷属のしゃべる猫達がだらだらしている。
｢よお、久しぶりだな。偉い神様｣
ぼーっとしている偉い神様に、シグルマは声をかけた。
あわてて、偉い神様はシグルマの方を見た。
シグルマをじーっと見つめながら、首を傾げている。
｢お、おひさしぶりにゃ。
確かお前は、腕がいっぱいある人にゃ。覚えてるにゃ｣
偉い神様は、うんうん。と頷いた。
｢お供の猫と、言ってる事が同じじゃない…｣
ルーザがぼそっと言った。
｢えーい、そんな事はどうでもいい。
今日は、ルキッドの事で来たんだ｣
｢そういう事だから、ちょっと話を聞いてもらえるかしら？｣
シグルマとルーザは、偉い神様に詰め寄った。
｢ど、どうしたにゃ？
ルキッドちゃん、また何か変な事したにゃ？｣
偉い神様は、二人の話を聞く。
一通り話を聞き終えた偉い神様は、にゃーにゃー。と怒り始めた。
｢それはいけないにゃ！
約束を破る子は悪い子にゃ！｣
まあまあ、そんなに怒らないで。と、周りの猫達がなだめている。
｢おう、そういうわけで討伐に行こうと思うんだが、良いか？｣
｢それが良いにゃ！
悪い子はおしおきしないといけないにゃ！｣
そうして、話はあっさりまとまった。
偉い神様から討伐依頼を受けたシグルマとルーザは、早急に山を後にした。後には、猫達が残された。
｢全く、ルキッドちゃんは、いつまでたってもダメな子にゃ。
…ところで、討伐って何だっけにゃ？｣
と、疑問に思った偉い神様は辞書を引いてみた。
｢さ、殺人事件はいけないにゃ。困ったにゃ。
仕方無いにゃ。誰かビッケちゃんの所に行って来るにゃ。
あの子に何とかしてもらうにゃ｣
大変だ、大変だ。と、偉い神様はあわて始めた。
３．神殺しの刃
シグルマとルーザは、ルキッドの神殿がある、メキルド山の麓の村まで来ていた。
｢ルキッドの居場所の調べはついてるんだな？｣
｢ええ、それは大丈夫｣
村の酒場の隅の方で、シグルマとルーザは、ひっそりと話している。
｢ルキッドは、先週からは神殿に居るはずよ。
…抜け出してない限りはね｣
｢それが心配なんだけどな…｣
ルーザは盗賊協会の情報網を使って、ルキッドが神殿に居ることを調べてはいたが、急にルキッドが気まぐれに抜け出した場合の保証まではしないと言った。
｢…じゃ、確認しとくけど、あたしの目的は金。あんたの目的はルキッドの命。
で、お互い、必要な時には手を貸すって事でいいかしら？｣
｢まあ、そんな所だな。｣
その夜、シグルマとルーザはルキッドの神殿に向かった。
｢侵入経路は、こっちよ｣
神殿の地図と警備の配置の情報もルーザの手元にはあるようだ。こういう時は、盗賊は便利だな。とシグルマは思った。
神殿の西側の窓辺から、二人は神殿に近づく。
｢一人、見張りが近くに居るはずだから、始末は任せるわね。
どうしても、配置的に一人は排除しないといけないから｣
｢ああ、任せろ｣
答えながら、シグルマは窓から様子を伺う。
なるほど、見張りが一人、廊下の扉の前に居る。
｢あの扉の奥に、ルキッドの部屋と宝物庫があるの｣
｢なるほど…な｣
じゃあ、見張りをどうにかしなくてはならない。
シグルマは、窓から廊下に入った。
と、真っ直ぐに見張りに向かうと、見張りをみねうちで薙ぎ倒す。
｢おい、どかしたぞ｣
｢…て、思いっきり顔見られてるじゃない。いいの？｣
ルーザが呆れている。
｢知らん。気にするな｣
まあ、本人が良いと言うなら良いか。と、二人はそのまま廊下を進む。
｢ここが宝物庫で、その奥がルキッドの部屋だから。
後は好きにして｣
ルーザは２つの部屋を指差すと、シグルマの返事を待たず、さっさと宝物庫に入った。
｢こら…、じゃあ好きにするぞ｣
元々、道案内位しか、ルーザには期待していない。
…頼りになるのは、自分自身と剣さ。
シグルマは扉を開けた。
部屋の中は、ルキッドの寝室なのだろう。ベッドの代わりに大きな水槽が置いてある。
水神が寝るのかどうか知らないが、水の中の方がくつろげるのだろう。
他には、本棚とクローゼットがある以外、特に変わったものは置いていない。
部屋は静かだ。何の気配も感じない
…というか、誰も居ない。
シグルマが水槽に近づいてみると、
『誰かが私を狙ってます。多分。そんな気がするんで、旅に出ます。ルキッド』
と、張り紙がしてあった。
無言で、シグルマは水槽を叩き切った。
部屋は水浸しになる。
「ふーん…留守みたいね」
いつの間にか部屋にやってきたルーザが言った。
「ふざけやがって…今度あったら、ただじゃおかねーぞ
…お前の方は、財宝あったのか？」
「まあ、あったと言えば、あったわよ」
自分で見てみれば？
と、シグルマがルーザに案内されて宝物庫に行ってみると、そこには樽が大量に積んであった。
樽の中身は水らしい。
「確かに、水が無くちゃ人はいけないし、宝物だけどね…」
かなり釈然としなかったが、二人はルキッドの神殿を離れてエルザードへ戻った。
ルーザと別れたシグルマは、酒屋へと向かった。
…たまには、一人で飲むか。
あまり、美味い酒になりそうも無かった。
「こんばんは〜。
夜分遅くにようこそ〜。
お酒の他に、お水もありますよ〜。
…て、シグルマさん、おひさしぶり〜」
酒屋の店員の女性が、能天気な調子でシグルマに話しかけた。
見覚えがあるし、用もある水神である。
「てめぇは、こんな所で何をやってるんだ！」
言うより早く、シグルマはヴァングラムでルキッドに切りつける。
断末魔の叫びも無く、ルキッドはその一撃で消滅した。
後には何も残らなかった。
強いて言えば、余りのもろさに、ちょっとびっくりしたシグルマだけが後に残された。
４．翌日
昼過ぎ頃に、目を覚ましたシグルマは来客と話をしていた。
「うぅ、私が悪かったから、あんまり怒らないでね〜。
生まれ変わったつもりで、がんばるわ」
ルキッドが、シグルマに謝っているらしい。
あからさまに嘘泣きをしていて、あんまり誠意が感じられないとシグルマは思った。
「そんな謝り方は無いでしょう！」
ルキッドの連れの女性が、ルキッドの頬をつねった。ルキッドの同僚の土の神、酒の神の別名でも知られるビッケだ。
「全くだ」
本当に、全くだ。と、シグルマは思った。
昨夜、消滅したルキッドは、翌朝には復活したらしい。それで、丁度噂を聞いて駆けつけてきたビッケに連れられてシグルマの所に来たらしい。
「ウル君の使いと偉い神様の使いが一緒に来たから、びっくりしたわよ。
なんか、ごめんなさいね。
依頼料のお酒は、私があげるわ。
この子もこんな言い方だけど、多分、反省してるかもしれないから許してやってくんない？」
ビッケが言った。
…ウルの使い？
その言葉がシグルマの胸に引っかかった。
「俺は、酒が欲しくて怒ってるわけじゃないんだがな…」
依頼料の未払いは、冒険者にとって死活問題だ。
「そうなんだ〜。大変ね〜…」
「ルキッド…ちょっと黙っててね？」
ビッケに微笑まれて、ルキッドは黙った。
今後、似たような事があったら、私が責任を取るから。とビッケが言うので、そこまで言うなら。と、シグルマは頷いた。
「…あら？
神様が二人も揃って、よっぽど暇みたいね」
何となく話がまとまった所に、ルーザがやってきた。高そうな酒瓶を持っている。
「何か、納得いかないみたいだったから、一杯位おごってあげようと思ったんだけど、どうする？」
ルーザは三人を見渡して言った。
「おい、酒でうやむやにするのは、ずるいぞ」
「じゃ、飲まない？」
「いや、飲む」
そうして、話はまとまった。
黒山羊亭で、昼間から飲んでみる。
「…なあ、ビッケの所にウルの使いが行ったり、ルキッドが神殿を出ていたのは、何でだろうな？」
酒盛りの最中、シグルマがルーザにぼそっと言った。
「誰かが教えたんじゃないの？」
ルーザは普段通りの様子で、他人事のように言った。
小馬鹿にするような笑みを浮かべている。
「あたしのおごりよ。
下らない事言ってないで、飲めば？」
「下らない事…か」
…まぁ、飲むか。
その日の酒は、苦笑交じりだったが、美味い酒になったようだ。
(完)
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ クラス】
【0812／シグルマ／男／３５才／戦士】
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■ ライター通信 ■
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毎度遅くなって申し訳ありません、ＭＴＳです。
今回は、特に誰と同行するか指定が無かったので、どうしようかなーと思ったのですが、まあ、暗殺だったら盗賊かなと思ったので、ルーザと一緒の話にしてみました。
ともかく、おつかれさまでした。
また、気が向いたら遊びに来て下さいです。
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