<PCクエストノベル(1人)>


□■□■ 永久を閉じる扉 ■□■□


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■冒険者一覧■

1953 / オーマ・シュヴァルツ / 医者兼ヴァンサー腹黒副業有り

■その他登場人物■

謎人 / ヤーカラの民と名乗る謎の男
村人 / モブ。エキストラ。

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オーマ「ヤーカラの民、ねぇ?」

 病院の中庭部分、面白植物の大運動会が繰り広げられるそこで、オーマ・シュヴァルツは謎の男と対峙していた。久し振りに病院で『愛の緊急救命病棟二十五時☆マッスルは地球を救う』を展開しようとしていた矢先の来客である。見ればその身体はローブに隠され、表情は伺えない。竜の気配はおろか、人としての気配も感じられない男である。

謎人「ええ、その通りです。オーマ殿には以前も里の者達が世話になったと伺っておりますが」
オーマ「まあ、そんなラブ活動もしたがな。俺は里の連中の気配を覚えてるから、あんたが少々気に入らない――なもんで、お引取り願いたいところだ。あんたが言う、その『遺跡』とやらにも興味は無い」
謎人「ヤーカラの民と言えば、冒険者として食指の動く対象かと思いますが?」
オーマ「そりゃそーだが、一度関わったきりの異世界人に『一族そのものの黒歴史』が隠された場所っつーか、神殿か? それを晒す意図がわかんねぇ」

 やんわりと、だが硬く断るオーマの様子に男は溜息を吐く。肩を竦めて見せる動作はどこか芝居掛かっていた。ともかく怪しいことには関わりあいたくない、ラブな妻子の生活は自分の肩に掛かっているのだし。オーマは無言でいるが、男はスゥッと顔を隠すローブを上げた。

謎人「あなたが求めるウォズの情報もありますが?」
オーマ「な」
謎人「それでは、お待ちしておりますよ、オーマ・シュヴァルツ殿」

 男の顔はまだ若い青年だった。その眼は赤く、髪は白い。髪は生え際から立っていて、それはむしろ、オーマの顔をしていた。本性を現す直前に変わる、その姿。彼は瞠目するが、男に何か問い掛ける寸前、その姿は消えてしまう。
 ここまでの演出をされれば仕方ない、出向かなければ――だが今日はだめだ、オーマは呟く。

オーマ「今日は……特売の日なんだよッ、カツレツ200グラム138円ー!!」

 嗚呼主夫万歳、むしろ円って。
 ともあれ冒険は明日としておこう。

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 久し振りに訪れた里は、何事も無い様子である。会った住人達はにこやかに彼の来訪を迎えていた。一杯飲んでいかないかと誘う者も少なくない、その様子は――先日の男とやはり交わらない光景である。あの男が何を考えているのかは判らないが、オーマは取り敢えず顔見知りを捕まえて聞いてみた。

オーマ「なあ、この里の近くになんか妙な神殿があるとかいう噂を聞いたんだけどよ?」
村人A「神殿? さあ、この辺りで人工物なんてこの村ぐらいで……」
村人B「神殿っつったらあれだろ、知ってるぞ?」
オーマ「あ、マジで?」
村人B「ああ、この前開店した新しい酒場が……」
オーマ「親父の胸にムキムキと抱き締めるぞ、そんなラブいジョーク飛ばしてると☆」
村人C「来るか久々の親父ストリーム!!」
村人C「オ・ヤ・ジ! オ・ヤ・ジ!」
オーマ「だぁあぁ、お前等俺がいつでもラブを振りまく愛と勇気と希望の名の元に召喚されたステキング・腹黒総帥ハイプロテインバージョンだとか思ってんじゃねぇえぇええ!!」
村人A・B・C「え、違ったの?」
オーマ「たまには否定すんだよ!! ともかく酒場には後で寄るから、んじゃ!」

 しゅび! と腕を挙げ、オーマは里を抜ける。そんな彼の後姿を見送りながら、人々は呟く。

村人A「今日は素敵オヤジじゃないんだ……」

 期待されているようです。

 てこてこ、弁当片手に里を抜け、オーマは辺りを見回しながら歩いていた。
 これと言って目立った人工物の気配は無い、と言うのも、ヤーカラの民達の特性に起因する。竜と縁の深い彼らは、その血を飲むと不死になるという伝説を作られているのだ。医者である彼は血液に含まれる成分がそんな能力を持っていると信じられないが、まあ、鰯の頭も信心。
 結果住み辛い世界故に、彼らは隠れ住んでいる。そんな里の近くに、彼らの知らない人工物などありえない。

???「ガセネタ、ではありませんよ」
オーマ「……出たなウッフンな俺様ファンのコスプレ野郎」
謎人「…………。まあそれは置いといて」
オーマ「突っ込めよ!!」

 シリアスな所ですから。

謎人「ここまでおいでくださったと言う事は、ウォズと言う言葉が気になりましたか? それとも、私の顔が気になりましたか」

 男はローブを上げる、そこにはやはりオーマの顔があった。ニコリと浮かべられた笑いは見慣れたダンディである。うむ、合格ライン。そんな事を考えつつ、オーマは男をジッと見据える。その腕には、愛用の銃が構えられていたが――トリガーに指は掛かっていない。

オーマ「争いは、好きじゃねぇんだよ。特に生き死にが関わるのはな。ここで出て来たってことはお前さんにも何か目的があるんだろうが、俺は――」
謎人「私も争いは好きではありません。人類皆兄弟とは言いませんが、それでも手を取り合うことは可能だと思っています。勿論貴方とも」
オーマ「……なんッか、調子が狂うな――いや、昨日からもやもやしちゃいたんだが」
謎人「私もです。人と話をするなんてもう何百年振りか知れませんから」

 オーマはボリボリと頭を掻いていた手を止めて男を見た。
 男はただ笑っている。

オーマ「……どういう比喩だ?」
謎人「さあ。ともかく辿り着いてください、早く、もう待ち焦がれてしまいますよ。八十世紀は長すぎた」
オーマ「八十世紀――ッて、」
謎人「ふふふふふ、判りましたか?」
オーマ「それって何年だ!?」
謎人「八千年ですよ!!」

 突っ込みをしてから男が消える、律儀だった。オーマは溜息を吐く。
 八千年と言えば、ここではない異世界で大変動があった時期。オーマはそれを良く知っている。そしてあの男も知っている、のだろうか。そこから導き出せる答えは、まだ未知数が多い。
 オーマは歩き出す。手頃な草原を見付け、どっかりと腰を下ろす。

オーマ「まあ、まずは弁当か。サラダは時間置くとへにゃへにゃになっちまうしなー」

 マイペェス親父、万歳。

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 腹ごしらえをして仮眠、さらに体操。
 まったりとそんな健康的なことをしてからようやく歩き出したオーマは、ぼんやりと道を振り向いた。勿論消えてしまった男はもう居ないし、何か不可視のダンジョンがある気配も無い。ただ里の姿が見えるだけである。そこでは日常をひっそりと平和に送る民達がいるのだろう。
 彼らが断絶したような場所に隠れ住む必要があるのか、本当はそんなもの皆無なのだろう。だからいつか、全ての人々が一緒に暮らせるようになる日が来ればいい。

 そんなことを考えながらオーマは森を歩く。この辺りは立ち入ったことの無い場所だったが、何故か迷うことは無かった。

オーマ「ふん――誘われてるらしいな」

 一人ごちる。
 場に満ちている空気は、爽やか成分多数配合の森の空気である。だがそこにはただ単に爽やかなだけではない、どこか懐かしいものが含まれている。
 惹かれるように歩いて行けば、それは尚更に強いものになっていった。よく知っているニオイ、それは懐かしくて郷愁を呼び覚ますが、同時に嫌な記憶をも引きずり出す。傷付けあうばかりだった時代の幻影を呼び覚ます。
 それは八十世紀前のニオイ。

オーマ「…………ああ」

 木々の開けたその場所には、門が立っていた。
 後ろには何も無い、それはただの門である。潜っても向こう側の空間に抜けるだけとしか思えないそれ。
 だがそれは見覚えのあるもので、だから、オーマはそっとその門に触れた。
 全ての懐かしさはそこから生まれている。

???「具現化能力のハイエンドというものですね」

 響いた声に振り向けば、そこにはあの男が立っている。顔はすっぽりとローブに覆われていたが、声は、同じだった。オーマは男を見る。男はどうやら門を見ているらしい。

謎人「具現化能力には限界がありますが、その根底にあるのは『想いが全てになる』ということです。強い思いがあればどんなことでも可能に出来た。或いは過去、原始の力は、本当にそういうものだったのかもしれませんね。私には判らないことですが、そう思えますよ」
オーマ「何を言ってる――お前は、何を目的に俺を呼んだ?」
謎人「別に、何も考えていません。ただ、その扉に見覚えが無い物かと思ったんですよ。別に貴方でも、貴方の仲間のヴァンサーでも、マスターでも良かった。誰かそれを知っているものがいないのか、私はそれを問いたかったんです」

 オーマがじっと男を見詰めれば、疲れたように男が溜息を吐く。

謎人「昔から、ヤーカラの民の中に妙な亜種が現れることは度々あったんです。生まれた時はまったくおかしいところの無い子供なのに、ある日突然変質する。変質です、わかりますか? 変わるんですよ」
オーマ「――――変わる?」
謎人「遊んでいる最中、朝起きたら。入浴中に、散歩の途中で――突然その身体が変わる。得体が知れない物に変わる。何なのか判らない――」
オーマ「…………」
謎人「母親だったり、父親だったり、兄弟姉妹だったり――隣人や友人であることも。多くは、『その時自分が心を寄せている対象』に変わる。そして、ころころと変わっていく――考える相手の姿に自分が変質していく。逃げるしかないことでしょう」

 ばさり、男は身体を覆っていたローブを取り去る。そこに佇んでいるのは現在のオーマの姿だった。青い髪と赤い眼、ムキムキボディに背負った銃までも同じに。
 そしてその銃が、向けられる。

謎人「子供たちの共通点は、遊んでいて――その『門』に近付きすぎたことです。偶然に見つけて、子供ながらの感情でしょう、友人達と秘密にしあう。その中でも特にその門に近付く者が、そういう変質を遂げる。鏡のように。思いませんか、まるで――内側に向けられた具現化能力だ。考える対象の姿に、自分が変質するなんて」

 トリガーに指が掛けられる。
 オーマは動かない。

謎人「答えてください、貴方にはその義務があります、オーマ・シュヴァルツ殿。私達はウォズですか? その扉の正体は何なのですか? あなたはそれを知っているはずだ」
オーマ「お前は、一体――」
謎人「私は――最初に、変質した者ですよ。八千年前、その扉に触れて。以来村飛び出してきた子供達を保護しながら、ずっとこの森にいる。そして貴方の噂を聞いた。私は間違っていますか? その扉は、貴方の世界から落ちてきたものだ」

 八千年前。
 全てが変わり果てた日に。
 この世界にまで干渉した。

オーマ「知らん」
謎人「オーマ殿!!」
オーマ「悪いが俺にはまるで判らん。確かにこの扉は具現化能力で作られたもののようだが、それ以上の事なんて判らんさ。大体、これのどこが神殿なんだ? ヤーカラの民の真ってのも、わからん――」
謎人「変質した者以外、この門のことを忘却する。そして変質した者の事すらも忘れられる。彼らは、『忘れたい事を忘れる』んです――それもまた、程度は違うものの、同じ現象です。彼らは僅かにだがこの門の影響を受けている。ヤーカラの神話には、この五十世紀の間に新しいものが生まれた。近付いてはならない神殿というものです」
オーマ「それがこれだってのか?」
謎人「そうです。忌み事を自然に忘却するのは、関わりたくないという心底からの願いの発露――そして、子供達が忘れられてしまうのは、子供達が『異常』な自分達など居なくなってしまいたいと願うからです。彼らはひっそりとした暮らしの裏で、私達、をッ……」

 オーマは、溜息を吐く。
 向けられている銃身は震えていた。撃つ気などないのだろう、脅しにも怯えている。
 それほどに、彼は優しいのだ。
 子供達の面倒を見ることを望む、ほどに。

オーマ「望みが全て叶うってんなら、里に戻れば良いだろうが」
謎人「な、に?」
オーマ「強く望め。自分の姿を固定して、決めてしまえ。そして、受け入れられることをイメージしろ。想いが全てに連なる細い糸なら、それは伝わるはずだ。お前等は自分達が怖くてただ逃げた、だけど、もしかしたら連中――受け入れてくれたかもしれないだろう? それを、イメージしろ」
謎人「――イメージ、する……」
オーマ「お前達は、里を変える可能性を持っている」

 オーマは彼に近付く。自分の身体の形はぐにゃぐにゃと崩れて、銃はもう無くなっていた。身体もしゅるしゅると縮んで行く、そこには――ヤーカラの民達特有の竜の気配を纏う、細身の青年が佇んでいた。
 銃を構えたままの腕が、ぱたりと落ちる。

謎人「……僕達が、可能性?」
オーマ「お前達が自分の力を制御できるようになれば、里を外に開く事だって出来る。お前等と里の関係と、里と外界の関係は同一だろう?」
謎人「僕達の、力」
オーマ「思いは全てを押し開く力になる。閉じられたこの里を開くために、この扉が出て来たのかも知れない。お前達は革命の力を持ってるってこったな」

 ぐしゃぐしゃと、オーマは青年の頭を撫でる。彼はもうオーマではないし、何か得体の知れない者でもない。ヤーカラの民で、里の住人だった。
 ウォズであるはずも、ない。
 そうだとしても、彼は無害だ。
 ヴァンサーと敵対などする必要は無い。

オーマ「さてと、んじゃあ子供達とラブマッスル賛歌でも歌いながら里に出向くか! 時にお前、八千年も子供達の面倒見てたなら立派な親父の資格があるぞ? どーだ、エルザードの俺の病院で腹黒親父としての修行を積め! な!!」
謎人「いやですよ、街で洗脳された人達見ててぶっちゃけ引いたんですよ、勘弁してくださいよ、むしろ子供達の面倒見なきゃいけないんですよ!! 僕が居ないとあの子達朝からおやつ食べるんですから!!」
オーマ「しつけはちゃんとしとけ、この駄目親父め!」
謎人「貴方に言われるとすごく心外な感じですよ!?」



 一ヵ月後。
 ヤーカラの里から出発したキャラバンが、地方を回りだしたらしい。
 閉じられていた里が開いたとの朗報に、彼は笑っていた。

オーマ「さて、と……ああ、ソサエティマスターのとこで問い詰めて来るか。あの門、絶対あいつの仕業だしな――ッたく、何処に何落としてんだよ、あの歌姫さんめ。ラブバッキューンに説教かましてひれ伏せさせちゃる」