<東京怪談ノベル(シングル)>


□SnowFall□
 町に降る雪。
 子供のはしゃぎ声も、大人の話し声も、吟遊詩人の歌声も。
 全て吸収して、地に降り積もり。また、そこから軽やかな音を奏でる。
 雪が降る町。

「・・・・で、これが原因だってーのか」
 繊細、とは言いがたい手なのに、器用に動いては目の前にいる病的なほどに白い女の腕に包帯を巻いていく。
「すいません」
「謝るな。別に怒っているわけじゃねーし」
 くるくると音がしそうなほど早く、それでも腕に巻かれていく包帯はまるで計算されているかように綺麗に巻かれている。その手からは想像できないほど、だ。
「今まで色々なヤツに出会ってきたが」
 その台詞を代弁するように、扉の向こうからは「ぎゃー」だとか「ここは病院じゃねねーんかいっ!」とか「しまったー!!!オーマぁぁぁぁ!!!!た〜す〜け〜ろ〜」という声が大合唱として響いてくる。
「あ、あの・・・あの方達は良いのですか?」
「全然、かまわねぇ。そんぐらいでおっ死ぬようなか弱いやつらじゃねぇよ」
 最後の仕上げとばかりに包帯にテープを張って止める。
「ほい、終了だ。しかし、傷が治るにゃあ、まだまだ時間がかかるぞ」
 オーマは目の前にいる女に、苦笑交じりに告げる。
「大丈夫です。私は」

 オーマと女の出会いは偶然が生んだ偶然・・・・。
 と、言えば聞こえは良いが。実際はそんな美しいものではない。
 たまたま足元まで積もっていた雪も何のそので。今日も今日とて面白いものがないかを探し歩いていたオーマが雪に埋まっていた女を発掘した。
 ただ、それだけだったのだ。

「しっかし。雪ねぇ。お前は雪が操れるのか?」
「いえ・・・その、私の意志とは反対に・・・動いてしまって」
「怪我すると、自然に雪が降るねぇ。雪が治癒能力変わりってか」
「はい」
 女は傷の痕を確かめるように、包帯に指を乗せる。
 細い、壊れてしまいそうな指だ。
「それでも。この世界の人とは思えないほど、とても優しい人ですね」
「あー?俺ぁ、優しくねぇ。だろ?」
 先ほど、自分に助けを求めていた声を無視したことを言っているのだろう。
「いいえ。優しいです。だって、目の前にいる『怪我人』の私を放っておけなかっただけでしょう?貴方はそれに、自分以外の・・・・ここに来る人たちに信頼されている。貴方もそれに返している。・・・・羨ましい」
「・・・・ったく。お前は箱入り娘か?会ったばかりのヤツを、そう褒めるな。簡単に信用するな」
「ふふ、お父さんみたい」
「ああ、もう親父でも、何でも呼んでくれ」
 諦めたように言うオーマに笑って女は窓の傍へと歩いていく。
「貴方の願いは?」
「は?何だよ、突拍子の無いやつだな」
「いいから。何かお願い事を」
「あー・・・・」
 その時、オーマの頭に浮かんだのは。
「願い事は、自分で叶えることに意義があるんだ。自分の願いは自分で叶えるよ」
「そうなの?」
「さしあってはな」
 自分の胸の中の大切な願いは、今は、まだ。
 自分で叶えないと意味がない。
「あとは、そうだな。お前の傷が早く治る事と・・・この雪が、もう少し降り続ける事か」
「・・・・それが、今の願い?」
「ああ」
「分かったわ。ありがとう、オーマ。貴方が優しい人でよかった」
 女はまるで雪が降るようにふわりと笑うと、窓辺に手をついてオーマが止めるのも聞かずに外へと身を躍らせる。
「って、おいおい」
 窓辺から外へと落ちていく女の体は。
「・・・・・ウォズかよ」
 人間の姿から変化した、その形を見てオーマは呟いた。
 まさか、そんなという想いが交差し。
 それから、苦笑を零した。
「ま、いっか。そういうのもありってな」
 封印とは別に出会う、そういうものもいいかもしれない。
 オーマは呟くと、窓は開けたまま部屋の扉へと歩いていく。
 扉の外からは騒々しいほどの声。
「おぉぉまぁぁ!!!どこいるんだ〜〜!!」
 絶叫する声に、オーマは何時もの声で答える。
「今、行くぞ!!」



 窓の外からは雪。
 ふわりふわりと。
 音を吸収して、また、そこから音を奏でて。
 儚く、綺麗な、幻の音楽。
 雪が町を奏でる。
 優しい願いを乗せて。