<PCクエストノベル(1人)>


怪盗の目的 〜アロマ・ネイヨットの孤児院〜
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【冒険者一覧】
【整理番号/     名前     / クラス 】
【1929/ トマス・レイク / シーフ 】

【助力探求者】
 なし

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■孤児院のアイドル
 エルザードの西部街外れに小さな孤児院がある。
 一見ごく普通の孤児院なのだが、その孤児院を知るものは多く、近くに住む者達はよく孤児院を訪れていた。
 彼らの目的は、孤児院そのものでなく、そこに住み込みで働くアロマ・ネイヨットだった。
 流れるような銀髪に端麗な顔立ちを持つ彼女は、誰の心をも魅了させた。
 ほのかに恋心を抱く者も少なくなかったのだが、その思いを言葉にするだけの勇気は彼らにはなかった。もっとも、彼女自身は、彼らの熱い視線に気付きながらも、その本意をしらず、懸命に日々をすごすだけであったが。

 孤児院の訪問者は彼らだけではない。
 ふとした用事で一緒に旅をした冒険者達も、仲間の様子を見に、孤児院に立ち寄っていた。
 トマス・レイクもそのうちの1人。
 先日手に入れた財宝の分配をしに、孤児院へ訪れていた。

トマス「こんにちは。アロマはいるかい?」
従業員「アロマなら、裏庭で洗濯物を干してるよ。それより、なんだい? その手の袋は。ずいぶんとずっしりしてるじゃないか」
トマス「ああ……アロマへの土産だよ。大したものじゃないさ」

 曖昧にごまかしつつ、トマスは裏庭へと急いだ。
 従業員のいう通り、彼女はそこでシーツを干す作業にいそしんでいた。
 大きな白いベッドシーツが風にはためき、青空に浮かぶ雲のように輝いている。
 揺れるシーツの波の中、忙しく働く彼女の姿はさながら空を舞う天使のようであった。

トマス「忙しそうだね」
アロマ「あら……えー……っと」
トマス「トマス。トマス・レイクだよ」

 予想通りの反応に、トマスは苦笑いをもらす。名前を聞き、ようやくアロマは作業の手を止めた。
 そそくさと駆け寄るアロマに、トマスはさり気なく革袋を差し出した。
 掌程に収まるそれはずっしりと重く、中には銀貨が詰め込まれていた。
 
トマス「怪盗アネモネから預かった。『この間は協力有難う』だと、さ」
アロマ「あら……わざわざ届けてくれたんですか、有り難うございます」
トマス「別に、ちょうどこの近くに用があったから、そのついでだよ。それより、大変そうだな。少し手伝おう」

 言うなり、トマスは近くにあった籠を抱え上げた。
 片手で軽々と持ち上げるその姿に、さすがは男の人ね、とアロマは言う。
 
トマス「毎日こんなに干してるのか。大変だろう?」
アロマ「最近、孤児達が増えたので仕方ないんです。お給料のこともあるから従業員を簡単に増やすわけにもいかないですし……でも、子供達にはいつもきれいなシーツを使ってもらいたいから、別に大変には思いませんよ」

 笑顔でアロマはそう言うが、彼女の手は毎日の水仕事のおかげで荒れており、わずかにだが表情にも疲労の色が見える。
 近年、魔物の動きが活発化してきた影響か、小さな戦があちこちで起きており、その影響で身寄りを無くした子や、都合で養えなくなった子が増えてきているらしい。
 また、異世界からの訪問にきたものの、元の世界に戻れず、ソーン世界の迷い子になった子供もいる。
 この辺りに孤児院はここしかなく、そういった子供は、皆ここへ引き取られていた。
 確かに、庭で遊んでいる子供を見ると、様々な人種がいるのが分かる。
 幸いにも、ソーンは守護聖獣の加護により、異なる世界の出身者でも意思の疎通に困ることはない。
 それでも、文化の違いからくる差別はあるようだったが、あまり気にする程ではない。
 
アロマ「あの子達にはもう行くところがないんです。少し我慢をすれば、あの子達に笑顔を与えてあげられるのなら、そうしてあげるべきですよね」
トマス「…………」

 徐に、トマスは懐から赤く染めた革袋を取り出した。中には水晶で出来たサイコロが入っている。
 目を瞬かせるアロマの手におさめながら、彼はぽつりと言った。
 
トマス「俺からの餞別(せんべつ)。持っていると幸せになれる、魔法のダイスなんだ。普通に遊びに使えるし、売ればそこそこの価値があるはずだ」
アロマ「でも、こんな大切なもの……」
トマス「別に遠慮することないだろ、この孤児院に同情したんじゃない……俺も孤児だったんだ。あいつらの気持ちも、アロマさんの気持ちもよく分かる……」

 元気に駆け回る子供達を眺めながら、トマスはわずかに目を細めた。

子供「アロマおねーちゃーん、アップルパイが焼けたよー」
アロマ「はーい、ありがとー。……干す前にアップルパイをかまどにいれていたんです。一緒に食べませんか?」
トマス「ああ。少しいただくとするよ」

■アップルパイを囲んで
 テーブル一杯の大きさもあるアップルパイは程よい焼き加減だ。狐色に焼けあがったパイ生地の中に、シナモンが振りかけられたリンゴの甘煮がつめられている。ナイフで切ると、甘煮の下にひきつめられていたジャムがとろりと溢れ出てきた。
 
アロマ「熱いから気をつけて下さいね」
トマス「ん……なかなか旨そうだな」
子供「うまそう、じゃなくて、うまいっ! だよ。おにーちゃん」
アロマ「こらっ、フォークを振り回しちゃだめって言ってるでしょ。大人しく食べなさいっ」
子供「はーい」
子供「ねえねえ、おにーちゃんって旅人さん? 何かお話してよー」
トマス「……ん? ……そうだな、こういうのはどうだ?」

 さり気なくトマスは子供達の前に右手を伸ばした。パチンと指を鳴らすと、その手にはひな菊の花が握られていた。
 
子供「すごいすごい! ねね、他には?」

 リクエストに答えて、トマスは次々と技を披露させる。
 魔法のような手品に子供達は歓声をあげた。
 
子供「ねえねえ、おにいちゃんは人を消すことは出来るの?」
トマス「人を……消す?」
子供「うん、街のね、おじさんがいってたの。怪盗アネモネは自分の体を魔法のように消しちゃうことが出来るんだって!」

 いつの間にそんな噂がたったのだろう。
 確かに、現場に跡を残さず逃げうせるのは怪盗にとって無くてはならない技術ではあるが……
 
アロマ「そんな話、どこで聞いてきたの。そんな人、ただの噂話でしょ。」
子供「えー。この前もアネモネが悪い商人さんの『秘密』盗んで、みんなに教えたんだよ!」
子供「アネモネはいるよーっ、だって、弱い人達の『みかた』なんだよっ」
子供「でもぉー。絵本だと、怪盗は悪い人から財宝を奪い取って、皆に配ってあげるんだよね。アネモネはどうしてしないのかなぁ……」

 情報だけでなく、金銀財宝を盗んで配れば、もっと人気者になるだろうに、と子供達はもとより、従業員達も言い始めた。
 おそらく、従業員達はその「おこぼれ」を期待しているのだろう。
 
トマス「……俺はアネモネの今のスタイルの方が正しいと思う」
従業員「どういうことだい? 情報なんかじゃ腹は膨らまないよ」
トマス「もし、アネモネがそうしたとしても……盗んだ罪がつぐなわれるわけではない。盗品だと知りながら受け取ったら、受け取った者も罪を着せられる。だが、話したことなら、今のソーンの法では罪にならないし、聞いたものからその話を奪い取ることもできないだろう」

 物語は見えない形で人々の心に貯えられていく。
 それは誰にも取ることは出来ない大切なものだ。
 
トマス「確かに、金目のものを盗んだ方が、贅沢な暮らしも出来るだろうし……いろいろとやれることもあるだろう。でも、アネモネのやり方を見てると、ただ盗んでいるだけじゃないような気がする」
アロマ「そうね……この間も、貴族の家にあった金の女神像を盗んだけれど……数日後には元の場所……いえ、正式な持ち主だった方の場所に戻されてたらしいわ。絵本に出てくる怪盗とは、ちょっと違うのかもしれないわね」
子供「よくわかんないー」
トマス「皆にも分かる時がくるさ」

 今は分からなくていい。
 いずれきっと分かることだから。
 
トマス「アップルパイ旨かったよ。また、食べにきていいか?」
アロマ「ええ。一杯焼いて待ってるわね」

 にこりと微笑むアロマに、トマスは軽く笑顔を返した。
 
 おわり

 文章執筆:谷口舞

------<このお話にでてきた特殊アイテム>------------

■水晶のダイス
 透明の水晶を削って作られたサイコロ。持ち主に幸運をもたらすとされており、旅のお守りとして持っている者も多い。そこそこの硬度を持つため、投げて武器にも出来る。