<PCクエストノベル(1人)>


【白刃は遺跡に翻る】

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【1149 / ジュドー・リュヴァイン / 武士(もののふ)】

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 触れることで富と幸福をもたらす泉の在り処、コーサ・コーサの遺跡。数多の人が果てしない願望を携えてそこを訪れる。ジュドー・リュヴァインもそのひとりに加わろうとしていた。これからの展開に昂ぶっているのか、彼女の心臓は本人の知らないうちに速度が上がっている。

ジュドー:「智に長け、武を誇る。――ならば、それほどの相手は滅多に望めまい」

 富はさておき、人の幸せなど千差万別だ。ジュドーの当面の望みは、水の護神であるワーウルフ『コーサの落とし子』との戦闘である。本来は無茶な要望だと言える。水にまったく見向きもせず、最強の番人と手合わせをするためだけに来訪する者など、歴史上で彼女ひとりだけであろう。そもそもワーウルフが挑戦を受けるかどうかすら怪しいものだ。
 かの神の眼鏡に適わなければ、武士として所詮それまでということかもしれない。そんなことを思いながら遺跡に辿り着く。
 
ジュドー:「……」

 聞きしに勝る荒廃ぶりだった。以前は敬虔な信者が集う修道院だったということだが、その優雅な姿を想像することができない。
 世界の終わりを切り取ったかのような光景。崩れ落ちるに任せたすべてのものが、どうしようもない哀惜の念を湛えている。
 視線を泳がせながら、遺跡の中央の庭に進んでいく。目的地はすぐ知れた。
 地面から水が湧き出て空中に伸びている。豪華な噴水というのではなく、女性的で柔らかな勢い。どこまでも無色透明なそれは、しかし辺りを濡らして汚すこともなく地に帰っていく。
 空気が違う。神聖な香りがする。実際に目にした今だからこそ、溢れ出る神秘を実感できた。鼓動がさらに高まる。

ジュドー:「もう近くにいるのだろう。人狼『コーサの落とし子』とやら、私の前に出てきてはくれないか」

 言い終えた直後、ジュドーは後ろを振り向き刀を抜いていた。
 冷や汗が出た。一切の気配もなく、漆黒のワーウルフがそこに立っている。右手には刈れぬものなどないに違いない巨大な鎌。
 
ワーウルフ:「強くなりたい、か」

 前置きなどなく、彼はジュドーの心底を看破した。表情を込めないその声はただ事実だけを告げている。

ワーウルフ:「そなたならば水に触れれば叶えられよう。――それでも私と戦うと?」
ジュドー:「そうだ、この水の加護で強さを得たとしても、私にとっては不幸なだけだ。誰かから与えられた強さなど必要としていない。戦いの末に強くなることだけを望む」
ワーウルフ:「了承した。――ならばここで死しても、それがそなたの運命ということでいいのだな」
ジュドー:「感謝する!」

 重低な金属音が響いた。瞬間的に放たれたジュドーの刀とワーウルフの鎌が、火花を散らさんと激しく衝突した。
 腕が痺れかかっている。この第一撃だけで、ジュドーは相手の途方もない力を知った。最初から全力でかからなければ死ぬ。腕が飛び、足が飛び、終いには首が飛ぶだろう。
 ジュドーは大きく後退して充分な間合いを取る。気を込めた。

ジュドー:「はああっ――!」

 ワーウルフが目を細めた。空気を吹き飛ばすがごとく、ジュドーの体から白熱する闘気が立ち上っている。短期決戦を仕掛けてくるつもりなのだ。
 ただ冒険者の心を覗く日々を過ごしていただけの『コーサの落とし子』である。彼女の姿には内からせり上がるような妙な興奮を覚えた。

ワーウルフ:「よかろう、私も全力で相手をしなければな。面白い人間がいるものだ」

 賛辞すると、彼もまた白い闘気を作り出して身を覆った。ただし溜めがまったくない。さすがに神の一種、その程度は造作もないということだ。
 押しつぶされるような威圧感がジュドーを襲う。並みの者ならばこれだけで失神するだろう。
 彼女は歯を食いしばり疾走する。通常の10倍もの気迫をもって、目にも止まらぬ斬撃を繰り出す。大上段からの振り下ろし。
 相手は上方に跳躍して回避する。ジュドーは自らもすかさず跳んで追いつく。
 そのまま右腰から左肩まで切り上げにいった。捕らえた、と確信する。いかにそこから鎌を振り下ろそうと、獲物の大きさが違いすぎる。自分の刀の方が速い。残る手段は柄での防御。そんなもの、確実に粉砕してみせる――!
 だが。

ワーウルフ:「ひとつ覚えておくといい。この鎌は神々の品」

 ガン、と音がする。
 それは白刃が阻まれた証拠だった。

ワーウルフ:「ただの細い柄と侮ったな。これは人の身では決して壊せぬ不滅の盾だ」

 腕が伸びる。ジュドーは顔面を掴まれた。闘気が鋭い痛みを脳まで押し付けてくる。

ジュドー:「ぐっ?」

 跳躍を終えたふたりは落ちる。
 ワーウルフは急降下の勢いを味方にし、ジュドーの後頭部、背中を地に叩き付けた。
 そこが草だったのが幸いした。ジュドーは激痛に襲われながらも、意識を失うには至らなかった。目を見開き、ワーウルフの股を蹴り上げる。一瞬の怯みを見逃さず、腕から逃れて体勢を立て直す。
 ひどいダメージだった。顔面からは血が流れ骨のいくらかにはひびが入った。もはや十中八九は負けるだろう。だが体力は減ろうと気力はいささかも衰えない。これしき何ほどのものでもないはずだと言い聞かせる。

ワーウルフ:「私も神と呼ばれているが、そなたはさながら鬼神だな。よくそこまでの闘争心を持てる」
ジュドー:「褒められるようなものではない。これのみが取り柄、それだけの話だ」

 彼女はなおも闘気を高め、愛刀を構える。体は振るえ、視界が湖のように揺らぐ。おそらく最後の一撃となろう。
 
ジュドー:「結果はどうなろうと、礼を言う。己の未熟さが沁みた」
ワーウルフ:「来い」

 小細工なし、愚直なまでの突進。ジュドーは勝利あるいは死に向かって走る。
 ジュドーの身に鎌が迫る。研ぎ澄まされた五感は、刹那の刃風までもよく感じ取った。

ジュドー:「あああああああ!」

 最後の最後で、ジュドーは闘気を爆発させた。まさしく一切を残さず放出した。瞬間的な暴風が起こる。威力を削がれた鎌は、肩に食い込むに留まった。
 ワーウルフは瞠目する。完全な捨て身の攻撃だった。ジュドーの刀の切っ先は、ワーウルフの胸に吸い込まれる。
 が、それもわずか。もとより屈強な人狼の肉体は、力だけで刃を阻んだ。到底急所までは達しない。

ジュドー:「……届かなかったか」
ワーウルフ:「防御だけで使い果たしていたな。今の一撃にもっと闘気を加えることができたら、そなたの勝ちだったかもしれない。いずれにせよ引き分けだ」

 私の負けだろう、とジュドーは力なく呟く。彼は不敵に笑って言う。

ワーウルフ:「せっかく命を拾ったのだ。またいつでも来るがいい。相手になる」
ジュドー「……では遠慮なく、そうさせて、もら、おう、かな」

 彼女は仰向けになって、死んだように眠りはじめた。
 ワーウルフの姿はもうない。

【了】