<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


「手鏡の魔物」

------<オープニング>--------------------------------------
 今日も黒山羊亭には一人の依頼人が訪れていた。
「それで依頼というのは?」
「はい、実は……」
 エスメラルダに問いかけられ、四十代後半といった感じの男性は俯きながら事の次第を話し出した。
「先日、十七歳になる娘に手鏡を買ってあげたんです。アンティーク調の、装飾が綺麗なもので、娘も気にいっていましたから。ですが、それが間違いでした……」
「間違い?」
男性は重く溜息をつくと、ええ、と返事をした。
「昨日のことです。突然娘の悲鳴が聞こえて駆けつけてみるとそこには……娘の姿はありませんでした。あったのは……不気味な笑い声をたてる手鏡と、その鏡の中に映る娘の姿でした……」
「わかったわ。依頼というのはその手鏡から娘さんを助け出して欲しいということね?」
「はい……っ!お願いします……!」
 男性の必死な様子にエスメラルダは依頼を引き受けることをつげると、心の中で溜息をついた。男性の娘を無事に助けられる人がみつかればいいけど……と。

【1】
アイラス:「娘さんが鏡に……。それは大変ですね」
オーマ:「あん?何だな、最近のナウでヤングなイロモノスピリッツミラーってぇのは、腹黒笑顔で気になるアノ子を筋肉独り占めゲッチュ☆っつーのがイケイケなんかね?」
ソル:「妙な鏡があるものだな……」
ヴェルダ:「とても興味深い話だね」
 がやがやと賑わう黒山羊亭のその一角。主に依頼者と依頼を受ける人たちが座るその席で、今日も依頼についてエスメラルダと依頼を受ける意思のある数人が会話をしていた。
 一人は少し大きめの眼鏡がトレードマークの青年。一人はがっちり体型をした一見怖そうな男性。一人は鳥を連れたオッドアイを持った少年。一人は額に第三の目を持った細身の女性。
 エスメラルダから話を聞き、それぞれの感想を述べた四人は。出された紅茶のカップを傾けてから口を開いた。
アイラス:「鏡の中の世界がどのようなものかは知りませんが、知らないということはどのような危険があるか分からないということですしね。まずは情報収集をしたほうが良いと思います」
ヴェルダ:「そうだね。とりあえずお嬢さんを助けるべく情報収集しようか」
 アイラスの提案に、ヴェルダはふむと口元に手をあてて賛同した。……正直、「見る」のが目的なので、あまり面倒なことはしたくないのが本音だったりするのだけれど……と内心では思いつつ。
ソル:「情報収集か……すまないが俺はそういうことは苦手だ」
 二人の意見を聞いて、ソルは苦笑をうかべた。人から話を聞く、交渉する、ということはソルの苦手分野である。
オーマ:「じゃあ俺は鏡のところに行ってみようかねぇ。情報収集は任せるぜ」
アイラス:「あ、オーマさん!」
 オーマはそう言うが早く。にっと笑顔をうかべるとエスメラルダに依頼を受けることを告げ、手鏡のある家の場所を訊くと黒山羊亭を出て行ってしまった。
ヴェルダ:「やる気があるのは良いことだな」
ソル:「そうだな」
 風のように去ってしまったオーマの姿を見送りつつ、二人はぼそりと呟いた。
アイラス:「では僕たちは情報収集に行きましょう。お二人も依頼をお受けするようでしたら」
 オーマの去ったほうを見て、しょうがない人ですねと笑みをうかべたアイラスは、自分も席を立つと二人に問いかけた。
 アイラスの問いに、二人はというと……
ヴェルダ:「参加させていただこうか。鏡の由来についても興味があるからね」
ソル:「俺も参加させてもらう。朱雀も興味があるようだからな」
ヴェルダはにこりと笑みをうかべて、ソルは肩に乗っている朱雀を一撫でしながらそう答えた。
 そんな三人の様子を見て、エスメラルダは少し安心したのか微笑をうかべた。
エスメラルダ:「じゃあオーマも含めた四人にお願いするわ。気をつけて」

【2】
ヴェルダ:「まずは何から調べるのかな?」
 黒山羊亭を出た三人は、邪魔にならないところに移動すると、まず調べ始めるものについて確認を始めた。
アイラス:「はじめに文献や伝承をあたってみようと思います。今回の鏡の特徴を調べてみましょう」
 アイラスは先ほどエスメラルダから手渡された何枚かの紙を二人に見せつつ、そう提案した。
ソル:「なるほど……この柄の入っている鏡の情報を探せばいいのか?」
アイラス:「はい、そうです」
うーん、と唸りながら朱雀と共に手鏡の柄の描かれた紙を見ていたソルだったが。調べ物も苦手だが……善処すると苦笑をうかべた。

アイラス:「資料はこのくらいでしょうか。随分集まりましたね」
ヴェルダ:「鏡についての資料がここまであるとは思っていなかったね」
ソル:「……慣れないことをするのは疲れるな」
 図書館に着き、文献や伝承をあたること数時間……。三人の目の前には今回の手鏡関係の本がずらりと、テーブルの上に盛大に並べられた。分厚い本、大きな本が多く、読者がほとんどいないのか古いけれども傷の無い、きれいな状態で蔵書されているものばかりであった。
ヴェルダ:「これだけの蔵書数があるなら時々は図書館を利用するのも良いかもしれないねぇ」
ソル:「ここに来れば良く寝れそうだ」
 集めた資料の要点をまとめつつヴェルダが感心したようにそう言うと、その隣ではソルが資料を集めるだけでうんざりしてしまったのか、本を前にテーブルに突っ伏していた。
アイラス:「図書館は良いですよ。時々僕も利用するんですが、いろいろな知識を得ることができますからね」
 ソルの姿に微笑をうかべつつ、アイラスは本の要点を書き出していく。
アイラス:「人を閉じ込めてしまう鏡には、人を閉じ込める何らかの理由があるようですね」
ソル:「そうなのか?」
アイラス:「はい。ここに書かれている事例によると、一人で過ごすことが寂しくて人を引き込んだ鏡の精霊の話、自分の糧にするために人を閉じ込める鏡の話があります」
ヴェルダ:「こちらには鏡の中から人を助けた記録が載っていたよ。合わせ鏡で鏡の中に入るための入り口を作って入ったらしいね」
 アイラスの話にあわせ、ヴェルダはこれだ、と話しながらソルにそのページを見せた。そのページには鏡の図、簡単な解説が書かれている。
ソル:「なるほど。こうすれば鏡に入って人が助けられるのか」
 文字だらけの書籍にうんざりしていたソルも、図解されているものなら大丈夫らしい。絵の側に書いてある解説を読みながら頷いている。
 ヴェルダの資料の話を聞いたアイラスは、難しそうな表情をしつつカタリとペンを置くと、二人に向かって言った。
アイラス:「今回の場合はどのような事例だったのでしょうか?娘さんの父親に話を聞いてみなくてはわかりませんね」
ヴェルダ:「そうだね。事例によっては時間をかけすぎて手遅れになることもあるだろうから」
ソル:「依頼人の家に行くのか?」
アイラス:「はい。集められる情報は収集できたようですし、依頼人の家に向かいましょう」
 三人は集めた資料を元にあった場所へ戻すと、集めた情報を持って依頼人の家へと向かうことにした。

ヴェルダ:「…オーマ、一体何をしているのかな?」
オーマ:「おう、そろったか」
 依頼人から情報収集をしようと依頼人の家へとやってきた三人であった、が。そこで待ち受けていた状況を理解できず……しばし沈黙がおりる。
 にっと笑顔をうかべてこちらを振り返ったオーマの声で我に返ったヴェルダは、はあぁ……と大きな溜息をつくと、その元凶と言えるオーマへと問いかけた。
ヴェルダ:「一足先にここに来たのはそれが理由だとしたら、容赦しないよ」
オーマ:「ん?あぁ、これか?これには理由があってねぇ」
 にこりと怖い笑みをうかべながら拳を握るヴェルダの姿に、オーマは動じず。右手にお玉、左手に味見用の小皿を持ちながら言った。
オーマ:「流石の桃色ハッスルマッスル親父でも依頼中に飯の支度なんてしねぇさ」
 この状況、すでに言わずと知れているが。三人が依頼人の家に向かい中へ入るとそこには……ピンクのフリル付エプロンを身に纏い、揃いの三角巾を着け……という少女趣味な恰好をしたオーマが、鼻歌を歌いつつ、台所に立っていた、それを三人が目撃した、という状況である。
 オーマはそう言うと、火から鍋を下ろし、身に付けていた装備を外した。
アイラス:「何かあったんですか?」
オーマ:「ああ、大したことじゃねぇけどな」
 アイラスの問いに答えながらオーマはひょいっと鍋を持つと、三人についてくるように言って台所を出た。

ソル:「…つまり、昨日から何も食べてなかったんだな?」
男性:「はい……お恥ずかしいことに自分では何も出来ないものですから」
 オーマについて行った三人は、部屋で寝ている依頼人を見て驚いたが……話を聞いて、オーマがなぜ台所に立っていたのかという理由を知り、成る程と頷いた。
オーマ:「話してたら突然倒れてよ。腹が減ったのが原因とは予想外だったねぇ」
ヴェルダ:「それはわかった。だが、姿まで凝る必要は無いと思うのだが?」
オーマ:「料理をするときにはエプロンに三角巾っつーのが俺の基本だからねぇ」
 ちらりとヴェルダに視線を送られながら、オーマは食事の終わった鍋を片付けに部屋を出て行った。
アイラス:「体調が良くなったばかりですみません。お聞きしたいことがあるのですが……」
男性:「いえ、そんなことは。それで聞きたいことというのは何でしょうか?」
ヴェルダ:「手鏡についての情報が知りたいのだけど。入手経路など教えてもらえないかな?」
男性:「入手経路、ですか?」
 娘の父親は一瞬驚いた表情をうかべたが、そのときのことを思い出しながらぽつりぽつりと話し出した。
男性:「あれは確か……市場で売られていたと思います。その中のお店で貴金属を扱っている店があって……そこで娘があの鏡が欲しいと言い出して……アンティーク調の装飾が凝ったものにしては安かったので買ってあげたんです。今思えば……店の人はいわくつきであることを知っていて売っていたのかもしれませんね……それでなければ安値にはならないはずです」
アイラス:「その店はどこにあるのでしょうか?上手くいけば話を聞けるかもしれません」
男性:「それは…無理ですね……市場の店と言いましてもバザールが開かれているときに買ったものです。建物のある動きようの無い店でしたらそれも叶ったと思うのですが……」
アイラス:「バザールは昨日で終わりでしたから……話を聞くことは無理ですね」
 一番有力な情報を持っているだろうその人に話を聞くことは断念せざるを得ないことを聞き、アイラスは苦笑をうかべた。自分たちで調べたことで解決するしか道はなさそうだ、と。
ソル:「その鏡はどこにあるんだ?」
男性:「娘が消えたときそのままに、娘の部屋の床に置いてあります……」
ヴェルダ:「ふむ……結局は鏡に接してみないとわからないようだね」
 依頼人の男性の話を聞いてから思案をしていたヴェルダは、困ったような、でも面白そうだと思っているだろう表情をうかべて言った。
ヴェルダ:「お嬢さんの部屋に案内してもらえるかな?」
男性:「は、はい……それは構いませんが……しかし……」
オーマ:「なーにこの主夫も務めるパワフルマッスル親父がついてるんだ。心配することはねぇさ。それによ、危険を承知で来てるんだ。何が起こっても文句を言うやつぁこの中にはいねぇさ」
 ヴェルダの申し出に依頼人の男性は言葉を濁したが……。台所から帰ってきたオーマが自信たっぷりの笑顔をうかべながら依頼人の男性の肩を叩くと。依頼人の男性はわかりました、と頷いた。
男性:「娘の部屋に案内します。こちらです」
 依頼人の男性が二階の娘の部屋の前に四人を案内すると、男性は扉の前から一歩退いた位置で言った。
男性:「ここが娘の部屋です……。わたしは……足手まといにならないようにここで失礼します」
娘をお願いします、と深々と丁寧にお辞儀をすると、依頼人の男性は一階へと降りていった。
オーマ:「さぁて早速鏡とドキドキご対面といこうかねぇ。開けるぞ」
 三人が頷いたのを確認したオーマは、すっとノブを引いて扉を押し開けた。すると……不気味な気配を放つもの。問題の手鏡が一枚、ベッドの側に上向きで転がっていた。
アイラス:「あれですね……問題の鏡は」
ソル:「嫌な気配だ」
ヴェルダ:「どうやら敵意の無い鏡、という線は消えたようだね」
 警戒しながら部屋の中へ入った四人は、鏡を見て顔をしかめた。鏡に映っていたのは何と形容のできないような、底の無い黒……何者も映していない。はっきり言って不気味そのものであった。
オーマ:「こいつぁまた厄介なもんだねぇ。早いところ嬢ちゃんを助けないとやばそうだな」
ソル:「この鏡の中に入らなければならないのか…?」
アイラス:「はい…。少々気が進みませんがやるしかないようです」
ヴェルダ:「では手鏡を合わせる鏡は……」
 それぞれに思うところはあるものの……依頼を受けたからには、と四人は合わせ鏡に使う鏡を探し始めた。と、そのときである。
???:「また一人。みつけたぞ、わたしの花嫁候補よ」
四人:「!?」
突如聞こえた男性の声に、四人はばっと手鏡を振り返った。
アイラス:「今の声は……!?」
オーマ:「ヴェルダ!」
ヴェルダ:「!?」
 ヴェルダが手鏡を振り返った途端、目が眩むほどの光が鏡から放たれ……というところでヴェルダの意識はぷつりと途絶えた。

【3】
ヴェルダ:「……囚われの姫君、という柄ではないのだけどねぇ……」
 ヴェルダはやれやれ…と溜息をつくと自分のおかれている状況を見て溜息をついた。なぜなら……気がついたら石畳の牢屋に、足枷をつけられ床に転がされていたからである。
 このまま床に寝転がっていても仕方が無い、そう思ったヴェルダは身体を起こすと。辺りを見回した。
ヴェルダ:「鏡の中のはずだが……」
女性:「あ、気がつかれましたか?ご無事でよかったです」
ヴェルダ:「? あなたは?」
 うーんと考え込みながら辺りの様子を見ていたそのとき。左から女性の安心したような声が聞こえてきた。
 ヴェルダは自分の左へと視線を向けるとそこには、年の頃なら十六、十七歳くらいの女性が自分を見て微笑んでいた。
 ヴェルダが問いかけると、その女性はそのままの表情で答えた。
女性:「わたしはネルといいます。昨日ここに連れてこられてしまって……」
ヴェルダ:「昨日?では鏡を父親に買ってもらったお嬢さんというのは……」
ネル:「はい、おそらくわたしのことです」
 そう言って苦笑をうかべたネルは、床にぺたりと座り込むと溜息をついた。
ネル:「……わたしたち、ここから無事に出ることができるんでしょうか……?」
ヴェルダ:「……その心配はいらないようだね」
ネル:「え!?」
 ヴェルダのその声にネルが顔をあげた途端。ネルの顔には瞬時に驚きの表情がうかんだ。なぜかというとそれは……。
ヴェルダ:「ふむ。意外に柔な造りだね」
ネル:「……え……えぇ!?」
ヴェルダとネルの間にあった頑丈そうな鉄格子が……ヴェルダの手によって湾曲し、人が通れるぐらいまで間が開いてしまったからである。
ヴェルダ:「これも邪魔だから外させてもらおうか」
 一見細身に見えるヴェルダの、どこにそんな力があるのだろうか……?足につけられていた枷も難なくとってしまい……。そんな場面を見たネルは驚いたそのままの姿、表情で固まってしまっていた。
ヴェルダ:「驚いているようだね。ああ、あなたの枷もとらなくては」
 にこりと笑むと、ヴェルダは広げた鉄格子の間を通りネルの元へ行き、先ほどと同じ要領であっさりと足枷をとってしまった。
ヴェルダ:「これで動けるようになったね。ではここを出ようか。いつまでいても仕方がないだろう?」
ネル:「あ……は、はい!ありがとうございます!」
 ネルへと話しかけつつ、ヴェルダは通路側の格子をぐぐっと曲げると。ここに用は無いとさっさと通路へと出てしまった。
 ヴェルダの行動を見て慌てたネルは、こんなところでぼーっとしていてもしょうがないと気づき、続いて格子を抜けると、一息ついて言った。
ネル:「まさか格子を曲げられるなんて……びっくりしました」
 なかなか驚きが消えないのか、それともまだ目の前で見た光景が信じられないのか。ネルは再度曲がった格子を見て目を丸くしながらヴェルダを見た。
 ヴェルダはネルの驚き様にくすりと笑うと、
ヴェルダ:「そのようだね。さて、帰り道を探すとしようか」
ネル:「はい!」
帰り道もとい帰る方法を探すために二人で通路を歩き出した。

【4】
ヴェルダ:「ふむ、こんなところに通路を隠してあるのか。この手鏡はかなり性格が曲がっているようだね」
ネル:「ここに通路が……あるんですか?」
 二人が歩き出してしばらくすると。二人の目の前には壁が立ち塞がった。どうやら行き止まりのようである。
 しかしヴェルダはその壁をじーっと凝視すると……やれやれと呟いてから言った。
ヴェルダ:「ここを出るまで手を離さないこと。良いかな?」
ネル:「は、はいっ!」
 何のことだかさっぱりわからなかったものの……ネルはヴェルダと手を結び、ヴェルダの進むままに歩き出した。
 ヴェルダは何のためらいもなく壁へと直進していった。後ろで見ていたネルが壁にぶつかる!と思わず目を瞑ったが……その心配は要らず。ヴェルダと共にネルは壁をすり抜けていた。
 壁の中は真っ暗で何も見えなかったが……ヴェルダには進むべき道が見えているようだ。何の迷いもなく右へ曲がったり真っ直ぐ行ったり左へ曲がったり……を繰り返しながら進んで行く。
 ネルにはなぜこんなにぐるぐると歩き回らなければならないのか不思議であったが……しばらく歩いた後、突然壁から出ることができて目をまるくした。
ネル:「え!?外に出れた……んですか?」
ヴェルダ:「一応は。まだ鏡の世界だけどね」
 驚いているネルの姿にヴェルダはくすりと笑った。
ヴェルダ:「なぜあんなに曲がったのか訊きたいみたいだね」
ネル:「えぇ!?なんでわかったんですか?」
ヴェルダ:「勘かな。ちなみにあんなに曲がった訳は、落とし穴を避けて進んでいたからさ」
ネル:「落とし穴、ですか?」
 ネルの問いに、ヴェルダはあぁと答えた。
ヴェルダ:「道を間違えると気づかないうちに入った位置に戻されるもののようだ」
おそらく、と付け足して。
ネル:「そんな罠があったなんて……どうやってわかったんですか?」
ヴェルダ:「普通の人とは違って少々特殊なものを持っているのでね。それでわかったのさ。それより他のメンバーと合流をしようか」
 驚きの連続で言葉も出なくなってしまったネルであったが。ヴェルダに声をかけられて立ち直ると、はい!と返事をしてヴェルダの後について歩き出した。
 二人が通路を通って出てきた場所、そこは大きく開けられた扉のある、アイラス、オーマ、ソルの三人が部屋の中にいるのが見える廊下であった。

???:「ほぉ……わたしを相手にしようと。良いでしょう、どちらにしろ侵入者は排除せねばならないのでね。まぁ……例えわたしに勝ったとしても、二人のいる場所はお教えできませんが。二人はわたしの大事な糧ですからね」
 自信たっぷりに言い放つ黒ずくめの男性に、アイラスはふむ、と考えるような素振りと表情をし、
アイラス:「そうですか。ですが、二人がその場所から自分たちで出てくることができれば訊かなくても済むわけですね」
それからにこりと笑んで言った。どうやら黒ずくめの男性と話している最中に歩いてくる二人の姿が横目に映り、気づいたようである。
 アイラスだけではなく、オーマとソルも二人の姿に気づいたが……そんなアイラスの意見を聞いた黒ずくめの男性は気づいていないらしい。アイラスに向って可笑しそうな表情をうかべた。
???:「ふっ……そんなことができるわけな……!?」
ソル:「ではここに二人がいることをどう証明するんだ?」
 だが。すぐに黒ずくめの男性の表情は一変した。なぜなら黒ずくめの男性の視線のその先には……ヴェルダと、依頼人の娘のネルが立っていたからである。
???:「な、なぜだ!?なぜここにいる!?わたしでなければあの道は見えないはず……っ!」
ヴェルダ:「甘いな。自分にしか見えない道、と言われているものでもわたしには見えるのでね」
 黒ずくめの男性ににこりと笑って見せると、ヴェルダは前髪をすいっとかきあげた。そこには、通常の人には無い第三の目が黒ずくめの男性を見ていた。
???:「な、何!?……!?身体が動かない……!?」
ヴェルダ:「あなたには悪いが少しそこにいてくれないか」
 第三の目で黒ずくめの男性を見つめて呪縛をしたまま、ヴェルダはオーマへと話しかけた。
ヴェルダ:「依頼人のお嬢さんはこの通り。もうここに用は無いが」
オーマ:「そうだねぇ。じゃあ帰り道を作るぜ」
 不殺主義を持つオーマである、無益な戦闘はしたくないのだろう。ヴェルダの言いたいことがわかりそれに頷くと、来た時と同様に亜空間を形成した。
アイラス:「では娘さんを連れて先に戻っています」
ソル:「何かしたら容赦せずに切る」
 オーマの亜空間形成が終わると、アイラスとソルは一足先に、と依頼人の娘を連れて元の場所へ戻っていった。
オーマ:「俺たちも帰るかねぇ。ヴェルダ」
ヴェルダ:「ああ、わかったよ」
 ちらりと横目でオーマの亜空間の場所を確認したヴェルダは、一歩二歩とそのままの態勢で後ろに下がると。亜空間に入る直前で呪縛を解き、オーマと共に鏡の世界から戻った。

アイラス:「一時はどうなるかと思いましたが、娘さんを助けることができて良かったです」
オーマ:「ヴェルダも無事だったしねぇ」
 亜空間を通って元の依頼人の家に帰ってきた四人は、無事に助けることができてよかった、と一息ついた。
ヴェルダ:「良い話が記録できたよ。鏡の中に入るという経験もできたことだしね」
ソル:「依頼成功だな」
ネル:「みなさん、本当にありがとうございました」
 四人が一安心し、落ち着いたところで依頼人の娘は丁寧にお辞儀をし、謝礼を述べた。
ネル:「よろしかったら今日は家で夕飯を食べていってください。あまり上手くないですが、頑張って腕を揮いますから」
 にこりと微笑んで言うネルの申し出に、四人はというと。
オーマ:「俺も手伝うぜ。一人で大人数分用意するのは大変だからねぇ」
アイラス:「では僕もお手伝いします」
ヴェルダ:「わたしは傍観していよう。邪魔はしたくないのでね」
ソル:「同じく」
手伝いをするかしないかという違いはあったものの、四人がその申し出を断るはずがなく。早速、と準備にとりかかり始めた。
 この後、依頼人も含め、ちょっとしたパーティーになったことは言うまでもなく。その日の遅くまで続いたようだ。ちなみに手鏡がどうなったのかというと。オーマの強い希望により、オーマに引き取られることとなったのであった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【2517/ソル・K・レオンハート/男性/14歳/元殺し屋】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 【1996/ヴェルダ/女性/273歳/記録者】

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■         ライター通信          ■
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  はじめまして、初のご依頼ありがとうございます、月波龍です。
  今回は視点違いの箇所を何箇所か入れてあります。
  他の方のものと読み比べていただけるとわからなかった点も判明すると思います。
  もし至らない点がありましたらご連絡ください。次回執筆時に参考にさせて
  いただきたいと思います。
  楽しんでいただけたようでしたら光栄です。
  また機会がありましたらよろしくお願いします。