<PCクエストノベル(2人)>


機獣遺跡で待つ者

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン        /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー   】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
青年?
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 機獣遺跡。
 それは、独自の文明を持った者たちにより作られた『世界』だった。
 そこに存在するモノたちは、柔らかな皮膚の代わりに金属を纏い、血の流れない身体を持ち、それでも確かに『生きて』いる。その生態のほとんどが謎のままで、聖都エルザードでも機獣遺跡の謎を専門に研究している機関が存在するほど。
 そしてまた、機獣遺跡の中を訪れる者たちの中には、そんな機関から依頼される者も少なからずいた。いや、そう言った者がほとんど、と言うべきだろうか。
 だから――
オーマ:「おう、いい天気だな。こりゃあ期待感大だな。だろ?」
ゼン:「……………」
 遺跡の入り口から見えもしない空の天気を口に出し、にんまり笑う大男と。
 何の因果か半ば無理やり連れて来られて、さっきからずっとだんまりな少年の姿があった。
オーマ:「何だ?あれっぽっちの事でまぁだ怒ってんのか?」
ゼン:「………」
 ちら、と。
 その目ははっきり訴えていた。
 ――オーマ・シュヴァルツが今手にしている麻袋の中に詰め込まれ、肩に担がれてここへ連れ出されたのが『あれっぽっち』なのかと。
オーマ:「わはは、許せ許せ。何しろ俺様最近信用ないからなぁ。ああでもしないと家族を連れて遊び歩いてるって言われかねねぇからよ。その点、おまえなら良く自分勝手にあちこちうろついてるから簡単に見逃してくれるかと」
ゼン:「信用なんか最初っからねえくせに」
 ぼそりと吐き捨てたゼンが、髪に付いた麻の切れ端をさっさっと払ってじろりと睨み付けると、
ゼン:「――いくら払う?」
 こころもち、語尾を上げてオーマへと訊ねた。
オーマ:「お?なんだなんだ、俺様に金を払えってのか」
ゼン:「どうせまたくだらねえ理由で俺を担ぎ出したんだろ?手伝い賃くらい寄越せよな」
オーマ:「ううむ、若いってのはいいねぇ。順応性が早くて。まあいい。今日おまえにも手伝ってもらうのは、この遺跡の中の素敵機獣さんたちにも我が腹黒同盟参加を勧めようかと思ってな。とは言え流石にここは俺様だけじゃ心もとねぇし、おまえに白羽の矢を立てたわけだ」
ゼン:「よりによってそれかよ…ちっこい機獣生け捕ってペットにするとかとんでもねえ事言うかと思ってたが」
オーマ:「あーあとあれだ。最近噂になってる遺跡の中で見つかったっつう、殺傷能力に長けた機獣モドキとその噂が広がった後で施されたらしい封印を調べに来たんだが」
ゼン:「そっちを先に言えよ!――って、あの噂か」
 ごく最近に発生した物騒な噂がある。
 機獣遺跡にて、以前からの機獣とはあからさまに違う機獣のようなものに襲われた冒険者たちがいる、と。それらはおぞましい姿をしており、それらに不幸にも出会ってしまった者たちが何人も行方不明になったのだと言う。それも、たった1人逃げ帰ってきた者の証言によってようやく明らかになった事だった。
 だが――その遺跡の、凶悪な機獣が居た通路は、調査団が来た時には既に内側から封印を施されており、魔法とも遺跡の鍵とも違う封印を開く事は誰にも出来なかったものらしい。
ゼン:「…やっぱ、オーマも気になるか」
オーマ:「おうとも。――具現能力を使えるなんざ、俺様たちくらいしかいねえからな」
ゼン:「ったぁく、最初からそれを言えってんだ。マジで勧誘手伝いやらかされるかと思ったぜ」
オーマ:「奥ゆかしい男と言ってくれ」
ゼン:「誰が言うか」
 頭をゆっくり振りつつ、指を何本か立てる。
ゼン:「最低これくらいは払ってもらわねぇと割りに合わねえよそんなの。あーそれと、あいつのお守りも俺の好きな時に代わってもらうが」
オーマ:「おいおいおい。そりゃ欲張りすぎじゃねえか?」
ゼン:「やかましい!何なら今すぐ戻ってこれこれこう言う事情で無理やり連れてこられたんだって訴えてもいいんだぞ!?」
オーマ:「いや待てそれはちょっと待て。そんな事をした日にゃ俺様だけじゃなく他の連中にも被害が及んじまう。――分かった。じゃあ、これだな」
 ぴ、とゼンの上げたものよりも随分少ない数を指で示すオーマ。対して、ゼンは首を振りつつ指の数を少し変えていく。
 ――やがて。
オーマ:「くぅぅぅぅぅっ。ひとの弱みを盾に取って金品要求するような子に育てた覚えは無かったんだがなぁぁぁ」
 取引?が終了した2人の勝敗は、誰の目にも明らかだった。

*****

オーマ:「んーじゃあ、取りあえず奥に行ってみるか。話じゃその辺に封印が施されたらしいからな」
ゼン:「へいへーい」
 つまらなさそうに口を尖らせつつ、オーマに半歩遅れてゼンがその後を付いて行く。
 どちらにせよ機獣と会わなければ話にならないわけで、手分けするかどうかはその時に決めようと言うオーマの提案に従いしぶしぶながらゼンが付いて来ていた。すぐ手分けでもすれば、適当な所で休むつもりでいた彼にとっては読みが外れたと言う所だろうか。
オーマ:「んな若い頃から眉を寄せてちゃ、年行かねえうちに縦じわが出来ちまうぞ?もうちぃっと前向きに考えようぜ、この経験が将来の役に立つんだと思えば」
ゼン:「……立つかよ、こんなの…」
 朗らかなオーマと対照的にぶちぶち文句を言いつつ、エルザードの建築様式にまるで適っていない…オーマやゼンたちには比較的馴染みやすい凹凸の無い壁や、天井や床下から照らす明かりの通路の中をずんずんと進んで行く。
ゼン:「エルザードには絶対いねぇな、こんな遺跡作った連中」
オーマ:「まあ、『魔法』で出来たモノじゃなさそうだがな――」
 『いきもの』の気配を探りながら、あまり警戒しているようには見えない男2人がどんどんと奥へ進んで行く中、途中まではゼンが突っ込みを入れる程軽口を叩いていたオーマが、何やら奇妙な顔をするようになって来た。
ゼン:「何だ?柄にも無く緊張してんのか」
オーマ:「………」
 とうとうぴたりと足を止めたオーマに声をかけたゼンだったが、静かに、と言うゼスチャーに自分も足を止め、オーマの視線の向く方向へと同じく視線を向ける。
 ――ざわざわと、身体の中を蠢くもの。
 身体に叩き込まれた『それ』の気配を感じると敏感に反応するセンサーのようなものが、遺跡の中にその存在がある事を教えてくれる。
ゼン:「…変な機獣っつーのはウォズも絡んでんのか?そうなんだな?」
オーマ:「まー、見てみないと確証は持てねえがな。…この奥か」
 不自然に歪んだ『扉』が、吐き気を催すほどの気を発し、2人を出迎えた。確かに見る限り鍵穴も無く、魔法も通用しないだろう。
 ――こちら側の扉はそのままに、その向こう側から具現能力でもって扉ごと溶接したものらしい。これならば、通常の人間に開ける事は出来ないだろう。
ゼン:「開きそうか?」
オーマ:「単に俺様の知る封印ならあっさり開きそうなモノだがなぁ…他人が作り上げた具現に介入してどいてもらうなんざちぃとばかし骨が折れるな。仕方ねえ」
 どいてろ、とゼンを脇に除けさせ、通路幅ぎりぎりの大きさに具現化させた巨大な銃…と言うか、バズーカ状の物体を肩の上に乗せると、
オーマ:「うりゃぁ!!」
 どういう弾を打ち出したのか、ずん、と言う鈍い音が扉を中心に辺りへ撒き散らされた。
ゼン:「……天井までひびが走ってるぞ」
オーマ:「仕方ねえさ。見ろ、あれだけのモン撃ったっつうのにようやく隙間が空いただけだ。まあ通れるからいいが」
 余程重い弾でも射出したのだろうか、その威力に耐え切れず通路一帯に細かなひびが走っていると言うのに、具現化され溶接されていた部分はほぼ無傷だった。扉の中心、一番それが薄い部分に集中的に攻撃を加えたのが効いたのだろうか。
 そこを狭い狭いと文句を言いつつすり抜け、2人で顔をしかめつつ更に奥へと向かう。
ゼン:「単にウォズが機獣の姿を真似ただけじゃねえのか?同じ獣同士、気があったのかもしれねえしな」
 奥へ進むほどに強く濃くなっていくウォズの気配、それに所々で破壊の跡か歪んだ天井や壁を調べながらゼンが呟く。
 その答えが合っているかどうかなど、ゼンには興味が無い。
 ただ、ウォズが居るのならば、いつものように『狩る』だけ。
 そう思ったか準備を始めたゼンを、オーマが止めた。
オーマ:「残念だが、そう簡単には行かなさそうだ。こりゃぁ…あれか」
 珍しく、オーマの言葉に嫌悪めいた響きを感じ取って、ゼンが不審そうな顔を上げた。
 ――その、時。

 …ィィィンン…

 耳障りな風切り音と共に飛んできたモノを、読み取っていたのかオーマが具現化させた障壁を張って目の前で爆破させた。余程の衝撃だったらしいそれは、通路左右の壁を歪ませ、そして自身は痕跡も残さず霧散していた。
オーマ:「おう、生意気に俺様たちを狙ってやがる」
ゼン:「――てちょっと待てぇ!?何だ今のは、機獣の攻撃なのかよ!?」
 その攻撃は、具現ではなかった。いや、はっきりとそう言いきれるわけではないが、少なくとも今までゼンが戦ったウォズには、具現能力を駆使した攻撃しか仕掛けて来なかった筈だ。
オーマ:「まあ待て。俺様にイロモノ妄想たっぷりの予想を聞かされても困るだろうが。つうわけで行くぞ。ヤツはすぐ近くだ」
 今の攻撃は様子見だったのか、その後の攻撃は無く。その間にと小走りになりながらオーマたちが通路を駆け抜け、やや広い場所に出た時、予想とあまりにも違う事態に2人が息を呑んだ。

 ここからまた何本かの通路に分かれている、ちょっとした広場は、壁も天井も大きく凹んで歪み、ある場所などは壁が切り裂かれてそこから通じる室内が丸見えになっていた。そしていたる所にすすのような黒いものと、何か赤黒く見える塗料のようなものとが壁に飛散しており、その中央に――ぴくりとも動かず横たわる何体かの機獣らしきモノが折り重なって倒れていた。
 その中に混じって、
 転がっている機獣とは何かが決定的に違う一体の機獣が、幾本もの砲台を身体から生えさせ、中央に巨大な存在感を持って立ち尽くしていた。
ゼン:「なんだ…ありゃ」
 その場に転がっている機獣も、立ち尽くしている機獣も、無傷なものは存在しない。殊に、中央に立っている機獣には、周りに倒れている機獣たちが攻撃を仕掛けたらしく様々な傷跡が克明に残されている。
ゼン:「…ウォズ、なのか?――あれが?」
 呆然と目を奪われているゼンの呟きも尤もだっただろう。
 オーマでさえ。それを知らなければ、同じ状況に陥っていただろうから。
 ――どうみても機械、もしくは作り上げられた兵器としての形を取ったウォズ。それも半ば機獣と融合した歪な姿で…そしてまた、どうしてもゼンには理解出来なかったのが、具現と言う力無しで機械と言う中からその存在を高らかに主張するウォズの存在だった。
 オーマが一歩、『機獣』に近寄って行く。
ゼン:「お、おい」
オーマ:「問題ねえよ。――こいつらは皆、『死』んでる」
 機械油のような匂いがぬるぬるする液体と共に充満しているこの室内で一体何があったというのだろうか。
 赤や青の血管を想像させるコードを引き千切られ、半ばスクラップと化している機獣の中で立ち尽くす一体の機獣。
 だがそれは、ゼンには理解出来ない事ばかりだった。
 『具現』は、機械や魔法と言った別のものに融合する事は無い。ウォズにしても、同類と混じり合う事はあっても、こう言った形での無機質との混じりあいなど、耳にした事さえ無かったからだ。
オーマ:「この間が海で…確かにここは近いが…」
 オーマはぶつぶつ呟きつつも、立っている機獣を触って顔をしかめ、そして銃ではなく大きな刃物を1本その手に作り上げると、すぱん、と軽快な音と共にその一部を切り落とす。
ゼン:「何してるんだ」
オーマ:「あ――こいつをちょっとな」
 言いながらもどんどんと止める間も無く解体し続けるオーマ。やがて、機械としか思えなかったその中央部を切り裂いた時、何かが弾けるような音がして、オーマの頬に赤黒いオイルのようなものが飛んだ。
 その頬を拭いもせず、『それ』を引きずり出す。半ば液状化していたそれは、ほとんどがオーマの手には残らず床へ流れて機械油と混じりあい、またオーマの手に残ったものもすぐにぐずぐずと崩れ落ち――同時に、目の前の機獣から溢れ出していたウォズの気配が止んだ。
オーマ:「――」
 自分の手を見下ろし、凝視するオーマ。その手が微かに震えている事に気付いたゼンが不審気な目を向け――そして、オーマの口から出た言葉に目を見開く。
 オーマは、自分の手を握り締め、
オーマ:「ゼン。おまえは、帰るんだ――今すぐに」
 ゼンの方を見る事無く、そう言ったのだった。

*****

ゼン:「ったぁーく、やってらんねぇ」
 がつ、と思い切り壁を蹴ってゼンが毒付く。
ゼン:「こういう時だけ大人ぶりやがって。ガキは邪魔かよ、けぇっ。胸糞悪ぃ!」
 悪態を付きつつも、ゼンは通路を帰り道に向かい歩いていた。
 オーマは帰れと言った後、何の説明もせずに具現の気配を感じる通路へとさっさと行ってしまった。ゼンが怒鳴っても、振り向く事無く。
ゼン:「ちくしょお。帰れっつうんなら帰ってやらぁ!その代わり覚えとけよ、全部チクってやる。地獄メニューフルコースだ、ざまぁみろ」
 がつがつ、と腹立ち紛れにまた壁を蹴りながら扉の前に出た――が。
ゼン:「…何だ?」
 ひと1人分が通れるように空いていた隙間は、みっしりと、吐き気を催す気配の具現によって塞がれていた。
 それはまるで、
 ――侵入者を外に出すまいとする何かの意思のようで。
ゼン:「ほぉぅ」
 にぃ、と凶悪な笑みを浮かべるゼンは、自分への挑戦と見たか、瞬時に自分の背丈を変え、あどけなさが残る幼い顔立ちに天使の如き笑みを浮かべると、
ゼン:「ざぁけんなよっっ!」
 ボーイソプラノに似つかわしくない言葉を発しつつ、その腕を鋭い刃物へ変えて具現そのものへと飛び掛って行った。
ゼン:「うわ気持ち悪ぃ。何だこいつは」
 すぱんすぱんと小気味良いくらいの速度で切込みを入れ、具現壁を切り裂いて行きながら、その刃物と化した手に触れる感触に首筋の産毛がぞわりと逆立つ。
 ――その感覚は、今までのウォズとは全く違うものだった。
 言うなれば、それは死の気配に近かっただろうか。ウォズを屠る者が持つ――そう、延々とウォズに対峙した者が醸し出す雰囲気に酷く近い。
 年季で言えばオーマもそう言った死の匂いをさせていてもおかしくない筈だが、珍しい事に彼からはそう言った気を感じる事は無かった。
 となれば――この封印を施したのはヴァンサーだろうか。
 オーマを持ってしてもあれだけの威力を与えて尚、僅かなダメージしか残せず、今もこうして切り裂いているが良く見れば再び再生しようと蠢いているのが分かる。
 これだけの能力を持つ者と言えば。
ゼン:「………」
 ふっと手を元に戻すと、ゼンは少年姿のままくるりと踵を返した。
 オーマ以外でこれだけの能力を持つ者を、ゼンはほとんど知らない。そして、知る者の中にどうしても見逃せないヤツがいる。
 となれば、行くしか無かった。
 たったったっと軽い足音が通路に響いて消えていく。
 その背後で、再び扉は閉じようとしていた。

*****

オーマ:「!」
 『それ』は、人の形を取りながら人ではなかった。
 これも以前目にしたVRS計画のひとつだとでも言うのだろうか?
???:「―――――――」
 目の前に立っているのは、すらりとした肢体の、一見どこにでもいそうな若者の姿を取った人物。中途半端に長い髪をだらりと垂らし、男か女か分からない中性的な雰囲気を持ったその若者は、オーマがやむを得ず破壊した機獣の瓦礫の中から傷一つなく現れ出でて、どんよりとした目でオーマを見詰めている。
 普通ならば特殊能力を持った者が機獣遺跡に紛れ込んだのだと納得しただろう。
 ――幾体分かの、ウォズとヴァンサーの気配さえ、感じなければ。
 以前目にした『VRS』――ヴァンサーやウォズら、異端の一部を使って作り上げた対異端兵器…それと同じ『匂い』を感じ取らなければ。
オーマ:「おまえ…何者だ?」
 闇を凝って固めたような黒い瞳には、光すら浮かんでいない。
 そんな目でオーマへと顔を向けながら、目の前に立つ人物はやんわりと閉じた口を開こうとはしなかった。
 ゼンを無理やり帰して辿った通路の先でのこと。
 噂通り、ウォズやヴァンサーが混じり、更に機獣とも歪な融合を繰り返した群れがその奥に居た。オーマが辿り付いた時に見えた残骸は、元々ここに居た機獣のものだろう。
 その残骸までも取り込んで膨れ上がり、動作さえも覚束ない『機獣』たちは、オーマからヴァンサーの気配を敏感に感じ取ると、一斉に攻撃を仕掛けて来たのだった。
 ――とは言え、特殊な能力をほとんど持たない冒険者や研究者ならいざ知らず、百戦錬磨のオーマのこと。
 ただ歪に自らを重ね、太り、侵入者を殺す事しか考えていない『機獣』たちではいくら束になってもオーマの相手にはならなかった。
 だがそれも、目の前にゆらりと立つ青年の姿を見るまで。
 相手にならないとは言え、再生機能まで有しているのか潰した機獣部分に他の機械を宛がい、再びもぞりとその身を起こす『機獣』たちの数も、両手に余るだけはある。
オーマ:「もう一度、訊ねる。…お前は、誰だ?」
???:「――――――」
 その顔には表情らしき表情は浮かんで来ない。それと同じく、口を開く事も無い。
 そして、気付く。
 『彼』の周りにいる『機獣』たちの再生スピードが、最初オーマが見たそれを遥かに凌駕している事を。
オーマ:「おまえ――が、あいつらを作り上げたのか」
 そうなんだな、と念を押すまでも無い。
 第一、『彼』が現れてから、オーマへの攻撃はぴたりと止んでいたのだ。それこそまさに、目の前の人物がこの群れを統率している証だろう。
オーマ:「…『VRS』っつう、反吐が出そうな計画書を読んだ事がある」
 一歩。
 『彼』に近づきながら、オーマが呟く。
 その時、初めて目の前の人物の目が、きょろりとオーマの動きに合わせて動いた。それと同時に、ゆっくりと唇が開いていく。
オーマ:「おまえも、その計画の一部なのか?…誰が、おまえを送り込んだんだ」
???:「……ぉ…」
 搾り出すような声。そして、
???:「おおおおおおおおまああああああああ」
 不意に。
 『彼』の目に、光が灯った。同時にゴムのような奇妙なしなやかさを持った腕が、思いがけない速さでオーマの喉首に飛び掛かる。
オーマ:「っ!?な、何だ、おまえ…っ」
???:「がああああああああ!!!!おおおおおおおうぅぅまああああああああああああ!!!!!!」
 首を締める指先が、爪が、ナイフの冷たさを持ってオーマの皮膚へと食い込んで行こうとする。その向こうでは、『機獣』たちがぎちぎちと軋みを上げながら立ち上がろうとしていた。
オーマ:「ぐ、――っっ!」
 ちくりと痛みが走った直後に、その手に具現させた刃物でオーマの首を掴んでいる腕をばさりと切り落とし、無理やり首を締め付けていた手を振りほどく。
 それで分かった。
オーマ:「その身体――具現だけか!」
 切り落とされた腕をすぐさま自分の身体へと付け直しながら、『彼』がその視線をオーマへ向ける。
 触れられた瞬間から分かっていた事が確信に変り、オーマはそう叫びながら後ろへと飛びすさった。――その、たった今まで立っていた場所に、他の機獣が振り下ろした鞭が床を粉々に砕きながら襲い掛かる。
 誰の意思かは分からない。
 どの『部品』が『彼』を統率しているのか分からないが、その、ヴァンサーやウォズの使えると判断された部位を具現化した身体で包んでいる事は間違いなかった。
 だが――
オーマ:「拙いな」
 具現能力に秀でているウォズ数体、それに同じようなレベルのヴァンサー数体を感知したオーマが、流石に自分の不利を悟ってちっ、と舌打ちした。
 それと同時に、背後にいる機獣が機械部品を撒き散らしながらオーマが今居る場所に巨大な弾を打ち込み、それを難なく避けた先に『彼』が伸ばした腕や、余った部品で作り上げたのだろう、具現と完全に融合させた機械部品を手足のように使って間断なくオーマを追い詰めていく。
 そして、軽く避けられていた筈の機獣の攻撃さえも、頬を掠めるようになって来たその時、幾条もの光がオーマの背後から発せられ、目の前にあった敵の腕を全て奥へと弾き飛ばした。
ゼン:「オーマ!そいつがボスか!?」
オーマ:「!?」
 オーマが常に出す銃器よりもやや小ぶりながら、それでもひょろりとした少年の身体よりも大きな機械を片手で使いこなしながら、金色の目を悪戯っぽく輝かせてゼンが声高々に現れたのだった。
ゼン:「外ればっかり引いちまってよ。俺が行く先全部雑魚ウォズ機獣だけさ。つーわけで、待たせたな」
オーマ:「何言ってやがる、ゼンのくせしやがって」
 オーマが笑いながら、その手にいつもの銃を持ち、間髪入れず制御出来るだけの弾を『彼』へと撃ち込んだ。その背後では、ゼンが機獣たちを牽制するように的確に弾を当てている。
オーマ:「駄目か」
 オーマの放った弾は全て『彼』の目の前で文字通り霧散していた。そして、お返しのつもりなのかオーマやゼンが放った弾に数倍する数の銃弾を空中へと具現化させる。
 普通なら必要な筈の筒も、火種も必要無いと言うように。
 何故なら、それら全ては具現化された空気によって賄われており、その引き金は『彼』だったからだ。

 ふ、と、初めて『彼』が微笑んだ。
 それは、この殺伐とした雰囲気には似つかわしくない柔らかな微笑。
 その表情だけでなく、目の中の光も、そこから見える意思もさっき会った時とは比べ物にならないくらいしっかりしているのが分かる。
???:「『また』、ね――オーマ」
オーマ:「!?」
ゼン:「何だってぇ!?」
 続いて、全方向から降り注ぐ銃弾。オーマは自分とゼンを具現化させた障壁ごと包み込んで避けた、それを見越しての事だったか。
 全ての弾が被弾した直後、2人の目の前の風景が歪み――。

*****

 気が付けば、2人は遺跡の入り口に立っていた。
 満身創痍の身体を互いに見交わし、同じタイミングで苦笑を浮かべる2人。
ゼン:「まさかとは思うが、この場所にオーマが飛ばしたんじゃねぇよな」
オーマ:「当たり前だ」
 となれば、あの人物がここへ2人を飛ばしたのだろうが――そう思いつつ、駆け足で元の場所に戻る2人。
 が。
ゼン:「――消えてる」
オーマ:「ああ…」
 歪んだ扉は溶接の跡も無く、あっさりと先程までの通路の中へと入る事が出来た。
 2人で違う足音を立てながら、記憶のままに進んでいくも、そこに残るのは壊れた機獣の残骸のみ。
 ――尤も、あれが幻でも何でも無かった事は、所々に残る破壊の跡や、消えずに残った赤い染みやあまり直視したくないそこここに転がっている、もう何の息吹も感じない『部品』だったものが証明してくれた。
 だが、あの時まだ生きていた『ウォズ』らは消え失せ、そして融合していた機獣で破壊がそれほど酷く無かったものはどこからか沸いて出て来た修理機獣らしきものに大人しく修理を受けていた。
 回収している部品も、また新たな機獣の一部になって行くのだろうと分かる。
ゼン:「結局、何だったんだろうな、あれ」
オーマ:「――」
ゼン:「オーマの事知ってたみたいだったな」
オーマ:「…俺様の追っかけか?わはは、俺様モテモテだぞおい」
ゼン:「ふざけてる暇があれば、さっきのあのワケ分かんねぇ状況説明しやがれおらっ!」
 言いながら、ゼンの攻撃をさらりとオーマがかわす。
 2人とも気付いていた。
 『彼』が、まるで本気を出していなかったらしいと言う事。
 そして――悔しい事に、その『彼』に生かされたらしいと言う事。

 更に、もうひとつ。

 オーマに出会ってから初めて、『彼』が自分の意思を生み出したように見えた、と言う事だった。


-END-