<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


++   草野原で   ++


《オープニング》

「こんばんは」
 突然扉を開いた男が発した第一声が、それだった。
 銀色の髪に薄い、紫色をした瞳。
 少し背が高く、色白で細身な彼は、ふわりと優しく微笑んで見せた。
「いらっしゃい、見た所ここは初めてなようね」
「そう、冒険の依頼に」
 エスメラルダは少し首を傾けてその男をじっと眺めた。
 彼の話を聞いた所、冒険の内容はこうだった。
 彼の名前はフィース、歳は今年で二十一。
 ダリル・ゴートを越えた先に、ちょっとした草原があるらしいのだが、彼がそこを散歩していると、少年が彼を引き止めてこう言ったのだそうだ。
「ねぇ、あなたは旅の人? 僕、お願いがあるんです。
草原に落としてしまった僕の、銀色をした鈴を捜して欲しいんです」
 フィースが少年の話を詳しく聞くと、どうやら少年は普通の人間ではないらしい。
 事情があって、鈴が無ければその草原を出られない体なのだそうだ。
「僕の事、忘れないで欲しいんだ。
今、この時、ここにある風、森の木々や草花、太陽の、匂い。
僕はいつでもここに居る。
けれど、いつまでもここに居る。
――ずっと、ずっと…ここに居る…いつまで?
大切な、鈴をなくしてしまったから、僕はここから出られない。
お願い、鈴を捜してきてくれないかな…?」
 少年の必死な願いに、フィースは思わずこの黒山羊亭の門を開いたのだという。
「…で? その可哀想な少年のために一肌脱ごうって人は居ないかな?」
 彼は周囲を見回した。
「草原のどこかに洞穴があってね、もしかするとそこへ落としたんじゃあないかって言うんだよ。多分中には魔物かなんかが居るんじゃないのかな? 腕に覚えはあるが、俺一人じゃちょっとね…
……さて、そこで冒険の依頼です。
…誰か捜してやる気は無いか? 勿論俺も、一緒に行くから」

「…鈴がないと草原から出られないってなんだか不思議だね?
ま、いいや。神狼も行くー。どういう事情かわかんないけど、出られないってのはちょっと困りものだもんね。手伝ったげる。」
 真っ先にそう申し出たのが月守・神狼だった。
 快活そうな明るい女の子で、まだ幼い狼犬の子供を連れていた。遊んでいる最中だったのか、頭の上に乗せている。戸惑ったようにフラフラとしている様子が何とも愛らしい。
「その男の子の正体も気になるところですし、僕もお手伝いしましょう。」
 続いてアイラス・サーリアスが立ち上がった。
「――ありがとう、二人とも。…他には?」
 その言葉に、少し後ろの方ですっと手が上がった。
「あたしがここにいるのも神様のお導きだと思います。お手伝いさせてください」
 そう言ってきたのは小柄なエンジェルのメイだ。
更にその一番奥の席からがっしりとした体格の、大柄な男性が声を掛けてきた。
「何だなつまりはピチピチミステリーピュアヤング★のリンリン求めてマッスル三千里筋☆ってかね?ま、何で鈴がねぇと「そう」なのかは知らねぇがよ。そう言う事だったらこの皆の腹黒イロモノゴッド親父がいっちょガッツリ親父愛キャッチでGO☆してやろうかね?」
 オーマ・シュヴァルツだ。
 彼がにやりと笑うその横で、C・ユーリが壁に背を持たせかけながら顔を上げた。
「じゃあ僕も行こうかな」
 次々と名乗りをあげた冒険者達に、思わずフィースの顔に笑みが浮かんだ。
「皆、ありがとう。本当はもっと冷たい反応を予想していたのだけれどね…結構、暖かいものなんだね、ここの人達は…嬉しいよ」
「なぁーに水臭ぇこと言ってんの、人類皆兄弟! 人類マッスル親父愛☆だぜ!」
「あはは」
 笑い声を上げるフィース。オーマの横ではユーリが「落ち着いて?」と言っているが、親父愛にはそんな事は関係ないらしい。
「彼はいつもこうなんですよ。でも、腕はいいですから心配には及びませんよ」
 フィースに向かってフォローを入れたアイラスが、優しく微笑んだ。
「いけね、ラヴ全開で叱られちまったぜ。まぁムキムキに愛が溢れてるからよ」
「ははは」
 どうやらオーマのキャラクターがフィースのツボに入ったらしい。先ほどから彼はずっと笑いっぱなしだ。
「頼もしいね…用意が出来たらすぐにでも出発しよう。あの子もきっと…待っていると、思うから」
「草原と言うのはどのくらいの広さなのでしょうか」
 全員の視線がメイの方へと向く。
「大して広くはないよ。行ってみれば解ると思うけれど…」
「じゃ、用意が出来たら出発しよー!」
 元気の良い神狼の声が響く。
「今回は女性が二人…か。後はフィースさん…ね」
 ユーリはいつものように、女性と依頼者への配慮を欠かさなかった。


《事情聴取》

 草原に到着した一行は、すがすがしい空気に包まれた辺りを見回した。
「ね、そんなに広くはないだろう?」
 そういうフィースの横でメイがふわりと宙を舞い始める。
「そのようですね。百メートル四方位でしょうか。ちょっと見てきますね」
 彼女はそのまま空から草原の鈴の探索を始めた。
「あの奥にある木のとこ…森? みたいな、あそこは」
「あぁ、あっちの方には「出られない」らしいから…」
 神狼とフィースの会話する横でアイラスがあたりをきょろきょろと見回した。
「それにしても、少年はどこへ行ったんですかね?」
「…どこを見ても、居ないねぇ」
 ユーリの呟いた所に、空からの探索をしていたメイが舞い戻ってきた。
「太陽光の反射に気をつけてみてみましたけれど、この辺りにはないみたいですね。やはり少年様がおっしゃっておられた「洞窟」の方に落とされたのでしょうか」
「キミ、空から少年は見た?」
 ユーリの質問に、メイが戸惑うように答えた。
「いえ、それが…どこにも」
「――オイオイ、まさか自分で見つけてもうどっか出てっちまったんじゃねぇのかい?」
「いや、それは大丈夫…気配を感じるから」
「……ケハイ?」
「うん。気配」
 五人はちょっとだけ嫌な予感がして、何となーく顔を見合わせた。
 皆の様子にフィースは少しだけ首を傾けながら、笑う。
「…どうかした?」
「いや、気配って…もしかして」

――お兄さん

 どこからか子供の声が響いた。
 その異様な響き方に、数名がぞっと鳥膚を立てる。
「…来てくれたんだね」
 彼らの背後から、くしゃりと草を踏み鳴らして少年が現れた。
「もちろんだよ。約束しただろ?」
「……うん」
 嬉しそうに微笑みを返した少年は、日の光に透けてしまいそうなほどに白く、華奢な体つきをしていた。
 金色に輝く柔らかな髪の毛が風に吹かれてはさらさらと揺れる。
 少年の愛らしさにかなりの勢いで恐怖心が吹き飛んでしまったらしい。
 それぞれが自己紹介を始めた。
「こりゃあナイスベリキュ☆なお子さんじゃねーか。俺はオーマ、宜しくな」
「カワイイー。神狼って言うんだ、よろしくねー」
「あたしはメイです。どうぞよろしく」
「C・ユーリ。宜しく」
「こんにちは、僕はアイラスです。あなたのお名前は?」
 次々と名乗る人物に視線を向けながら、少年は柔らかく微笑んだ。
「僕は…レイ。皆、僕のために力を貸してくれるんだね…ありがとう。…嬉しい」
 にっこりと微笑んだ少年に、マッスル親父のラヴが炸裂した! (!?)
「なんつぅミステリアス☆スマイル! ベリキュ! な爽やかさんだぜオイ!」
 腹黒親父が筋肉ムキムキマッスル☆なボディで少年を羽交締めにしようとするのを、アイラスが辛うじて押さえた。
「落ち着いてくださいよ、オーマさん」
「ははは、かわいーなー」
 この場に居る人物のどれが可愛く見えているのだろうか、ユーリがにこにこと呟いた。
「早速で申し訳ありませんが、鈴を無くした時の状況を教えて頂けますか? レイ様」
「…はい」
 メイの言葉に、レイは素直にこくりと首を頷けた。
 彼はそのまま草原の東の中央へ向かって歩き始めた。
「僕はここを歩いていたんだ――すると、そこの」
 少年の指差した先に全員の視線が向けられる。
「…小石に足を引っ掛けて…転びそうになって鈴を落としました」

 しー………ん。

「うーん、簡潔な説明」
 ユーリの感慨深そうな言葉が草原に響く。
「あ、えと…じゃあ、鈴が転がっていったのがあっちの」
 再びレイの指差した方向に全員の視線が向けられた。
「「穴」のある方向で、鈴の音が「響いた」感じがしたので、そこに落ちたんだと思います」
「「「あな!?」」」
 「洞窟」と聞いていた一行は少し驚いて少年をまじと見つめる。
「はい。この穴です」
 少年の言う穴を覗き込むと、確かにその奥は深いようで、中は何も見えなかった。
 アイラスが小石を落としてみると、遠くまで転がる音が響き、そのまましん…とした音が耳に残る。
「結構深そうですねぇ」
「でもこの穴のサイズじゃ子供や女性が通れても、僕ら男性はちょっと入れないかもねぇ」
「じゃあ、神狼達が入ってみるね!」
 そう言って、神狼はメイの腕を掴んで有無を言わさず中へと引いて行く。その後に小さな狼犬も続いていった。
「あ…あの、神狼様、あたしは…」
 メイが何か言いかけたのも、すぐに聞き取れなくなってしまった。

「――行動的な女性だね。でも、女の子二人だけって言うのはちょっと心配じゃないかな?」
 ユーリの言葉にアイラスも頷く。
「そうですね、じゃあ僕が入ってみます」
「うーむ、俺は無理だな」
「キミはがっしりしてるからね…僕も入れるかもしれないなぁ、細身だから。
ここは一つ、美しい女性たちを守るためにこの僕が……」
「駄目ですよ。ここは3:3に分かれる方が得策です。ユーリさんは背も高いですし、後の「洞窟」から入られた方が身動きも取り易くて安全でしょう。」
「「え?」」
 二人が後ろを振り返ると、そこには普通に入れそうな「洞窟」の入り口があった。
「…オイオイ、さっきまでこんなもんあったかよ?」
「と、いうか…知っているなら早く言って欲しかったような」
「言う暇がなかったんですよ、僕もレイさんも。
――では、後ほど。レイさんのことをお願いしますよ、お二方」
「了解したぜ。おまえも気ィ付けろよ」
「わかってますよ」
 そう言うと、アイラスは穴の中に姿を消した。
「お二方…ね。俺は頭数に入っていないのかな?」
 フィースが苦笑いするのを、ユーリがにこやかに笑って肩を叩いた。
「腕に覚えあり、だっけ? 期待してるよ、キミ」
 ユーリはぐっと腕を持ち上げ、伸びをした。
 すぐにも掴めそうな大空に向かって手を伸ばす――
「さぁて、面白くなってきたねぇ。ま、楽しんでいこうじゃないの!」
「おう、洞窟に入るぜ。おまえも行くんだろ?」
 オーマがレイを見てそう言うと、少年は少し戸惑った様子を見せたが、こくりと頷いて彼らの後に続いた。
 ――ユーリは意を決したかのような少年のその反応を見逃さなかった。


《洞窟》

「結構な広さだね」
 ユーリが先鋒に立って洞窟の中を進んでゆく。
 彼は捜索を相棒である赤いちびドラゴン「たまきち」に任せて、周囲を警戒していた。
 しんと静まり返る洞窟内に、彼らの足音と声とが染み入るように響き渡る。
「時にミステリーピュアヤング? そのリンリンに対する想い入れっつぅのはバリバリ☆ズキュン! なモンなのかい?」
「………ハィ?」
 オーマの言葉にレイが首を傾げると、ユーリとフィースが笑い声を上げた。
「おまえの想いが強ければ強いほど――その手の中に、必ず戻ってくると思うぜ、俺はよ。
要するに、想いの強さってヤツが重要なんだぜ」
「……はい。あの鈴がなければ、僕はここにはいられませんから――」
 レイの言葉に、ユーリが思わず口を挟んだ。
「なぁ、キミ。この洞窟の中に何があるのか知っているのかい」
「それは…」
「…僕は、キミが自由でないのは鈴のせいではないと思うんだよね。
この中に…どこかに、君を縛る物があるんじゃないのかい」
「おいおいそいつぁマジな話なのかよ」
 二人がレイをじっと見つめる。
 レイは思わず二人から逃げるように視線を逸らし、顔を伏せた。
「僕は海賊なんだ。何よりも自由であることを重んじている。その僕からしてみれば、自分の意思でどこかへ行くということができないキミの境遇には、我慢なら無いものがあるんだよねぇ。
何か隠している事があるのなら、先に言っておいてくれないかな、――…キミを何としても解放することを誓うよ。自由にしてあげたいんだ」
「――ユーリさん」
 ユーリの言葉に、少年は微かに肩を震わせて正直な反応を返す。
 ――彼も望んでいるのだ。ユーリの思う自由を。
「そうだぜ、遠慮せずにこのバリバリマッスルラヴ☆な大胸筋ピクピクの俺様の大胸原に話してみろよ」
「オーマさん……オオムナバラ…!?」
 戸惑うレイの背後で、洞窟の壁にもたれかかったフィースが腹を抱えて小刻みに痙攣している。
 視界の端に入る彼の体が余りにヒクヒクと震えているので、笑っているのだと分かっていても、ユーリは何だか心配になった。
「大丈夫だよ、この人これでも大真面目だからねぇ」
 ユーリがぽんぽんと軽く少年の肩を叩くと、ようやく落ち着いたらしいフィースがレイの肩に手を置いた。
「話してみては、どうかな? あの酒場の沢山の人の中で、力を貸してくれると言ってくれた人達だよ。――大丈夫」
「フィースさん……うん…わかった。僕は…」
「…しっ」
 少年が意を決したように口を開くと、何かの気配を察知したらしいユーリが舌打ちをしながらそれを制した。
「話は後だな」
 突然洞窟の奥から

 ズ……ズン…!!

 と、大きな音と共に断続的な地響きが続いた。
「…あれは」

「グガルルル……ガァーーー……ゴォオオーーーッ……」

「うーん筋肉厄介なモンが出て来やがったな」
 洞窟の幅一杯に横たわる――何とも大きな生き物の腹が視界一杯に広がる。
「……デカイな」
「こういうのは正直に言った方がいいぜ」
「…超デブイ……みたいな?」
「だっはっは! オメェ、それ、最高!」
 オーマがフィースの背中をバシバシと叩く。
「しかも寝てるしね。どうしようか、このままじゃ先に進めないよ」

 ………リン…

 ぽむん

 カン カララン
 リリン……

「「「「……………………」」」」
 鈴の音が洞窟内にかすかに響き渡る。
「今の、僕の鈴の音だ…」
「デカッパラの腹にあたって跳ねたぜ…」
「あぁ…腹の向こうに跳んでいってしまったねぇ」
「……どうする?」
 仰向けに転がる巨体と、そこから洩れ出すいびきが地面を大きく揺らすたびに、四人はごくりと息を飲んだ。


《合流》

「待て…何か聞こえる」
 突然洞窟の中に誰の物とも知れぬ大声が響き渡る。
「な、なんだ!?」
「「「わーーーーっっ」」」
 どこから現れたのか、先に「穴」から入った三人が洞窟の中央に飛び出してきた。

 ぼよんっ ぶるぶるっっ

「……ありゃりゃ」
 三人は、そこで暫らくの間跳ねていた。
「た…助かった」
 安堵の声が洞窟に響くと同時に、オーマが叫び声を上げる。
「おまえら! あぶねぇ、すぐにそこを離れろ!!」
「え??」
 三人が下敷きにしている何か――「それ」は突如大きな唸り声を上げた。
 それが何であるかに気が付いた途端に、メイは悲鳴をあげる。
「きゃーーーーーっっ」
 翼をばさりと開き、無理矢理に掴んでいた二人の腕を持ち上げて飛び上がった。
「!! 無茶です、メイさんっ」
 アイラスが声を上げるが、メイは必死に彼らの腕を掴んで翼を上下させる。
 しかし彼女は三人分と小さな狼の分の体重を支えきれずに、急降下を始めた。

「――上出来だぜ」
「おっと」
 小さく呟いたユーリの腕の中に、小さな女性の体がすっぽりと納まる。
 地面すれすれで神狼はユーリにキャッチされ、アイラスは自力ですたっと着地した。
 その上に小さな狼犬が降って来たのを腕に抱き取る。
「よかったです…」
 メイがふわりと飛び上がり、二人と狼犬の様子を見て安堵する。
「離れてろよ!」
 言うが早いか、オーマが具現化したランチャーをぶっ放してデカッパラを一蹴する!
 寸でで崩落から逃れたアイラスと神狼とユーリは、服の埃を払った。
「キミ、ありがとう」
 神狼がにっこりと微笑んでユーリに礼を言う。
「礼には及ばないさ。僕は当然のことをしたまでだからね」
 ほのぼの会話の二人の後ろでは、いつもありがちなやり取りが行われている。
「また、オーマさんは…危ないじゃあないですか」
「ははは、マッスル済まねぇ! でも万事無事☆結果オーライ! 俺のラヴパワーのおかげだぜ」
 背後で唸り声を上げたデカッパラが、洞窟一杯になりながら起き上がる。
「げっ…怒ってる!!」
「あのデカッパラ、一応ドラゴンだったんですね!!」
「あの巨体でどうやってこの洞窟で生活しているんだろうか…フィット感が堪らないとか!?」
「神狼達が居眠りの邪魔したからー!!」
「皆さん何言ってるんですか、こんな時に――落ち着いてください!!!」
 混沌と困惑の中、一人の男がにやりしてと立ち上がった。
「心配……マッスル☆」
 顔の前に手を翳してチャキーン! と決めた彼のその指の間には、持参した下僕主夫特製ゴッドラブ筋きび団子が挟まれていた。
「…オーマ、それは?」
 オーマが低く、クックと笑う。
「洞穴魔物そんなトキメキ危険アニキ事情は親父愛の前には無問題マッスル☆」
 オーマの投げ放った下僕主夫特製ゴッドラブ筋きび団子に、デカッパラドラゴンが思わずぱくりと喰い付いた。
 魅惑の芳香に、胃袋的に敵わなかったのだろう。
 下僕主夫特製ゴッドラブ筋きび団子を頬張り、うっとりとした顔を見せると、デカッパラドラゴンは大人しくなって道を先導して歩き始めた。
「親父愛の前に強力な味方ゲッツ!」
「――んな滅茶苦茶な」
「筋肉愛の前には種族などという境界など存在しねぇのさ!」
 またもその背後で、おもむろに屈み込んだフィースが腹を抱えて痙攣していた。


《真実》

 ズシン…ズシン……

 振動と共に一行は鈴の探索を再開した。
「さぁて、全員揃った事だしさっきの話の続きを聞こうか。
もちろん鈴の探索も忘れずにね…この先辺りにあると思うからねぇ」
 ユーリがそう切り出すと、少年はこくりと頷いた。
「うん。…確かに、ユーリさんの言う通り、この奥には…僕を縛るものがあるんです。
そして、それは…鈴じゃあない」
「――やっぱりね」
「どういう事ですか、レイ様」
 途中から合流した三人は、突然の話に事情を飲み込めない。
「僕、本当はこんな体じゃあなかったんだ…皆と同じように「人」だった。
――ちゃんと肉体を持っていたんだ」
「…ニクタイ?」
 少年の言葉に神狼は思わず彼を振り向いた。
 その様子にフィースが苦笑した。
「おや、気付いてなかったかい? この子は、魂だけの存在。ほら、よく見てみて。向こうが透けているだろう」
「オバケってこと!?」
「――に、しては…随分と…」
「時間の感覚がはっきりしていると言いますか…」
「言葉がはっきりしてるっつぅか…」
 上から順に神狼、ユーリ、アイラス、オーマと続けてゆく。
「生きてるんだよ。体は…この洞窟の、奥で」
「それは一体、どういうことでしょうか」
 メイの問い掛けに少年は歩みを止めた。
「…僕が、いけなかったんだよ。
だから僕が……きっと、僕が「彼」を呼び込んでしまったんだ」
「レイ様、何があったんですか」
 レイは下唇を噛み締めると、顔を俯けた。
「今日は――日が、悪い。
彼の機嫌も悪いみたいだ…皆、ありがとう。
鈴は見つかったよ。――ほら、ここに」
 彼の指差す先に、銀色の鈍い光が見えた。
 ユーリの相棒である赤いちびドラゴン「たまきち」がそれを咥えて持ってきたのだ。
「たまきち…偉い偉い。良く見つけたねぇ」
 ユーリは少年に鈴を渡して自分の肩へと戻ってきたたまきちの喉を優しく撫でてやる。
「そこの溝に填まっていたみたい。これでここから離れられる……」
「なぁ、キミは…それでいいのか?」
 ユーリの言葉に少年は困ったように笑った。
「今のままじゃどうにもならない。彼の魂は、僕の体を掴んでしまった。
――僕の力じゃあ、もうあそこへは帰れない…それに、今日は…もう時間もない」
「どういう事?」
「僕は、鈴で魂を守ってる。
この鈴は、太陽と同じなんだ。唯一の希望
ねぇ、ありがとう…僕の声を、ちゃんと聞いてくれて」
「…おまえ、まさか」
 少年は、顔だけを此方へと向けて、にこりと微笑んだ。
「僕は鈴と一緒に眠る」

 リン

 鈴の音が洞窟に響き渡った。
 それと同時に、今そこにあったはずのレイの姿がどこにも見当たらない。
「一体、どこへ!?」
「眠って居るんだよ」
 フィースが少年の立っていた場所へと、ゆっくりと歩み寄っていった。
「…フィースさん、何か、知っているんですね」
 アイラスが問い詰めるように言うと、彼はそこに転がっている物を拾い上げ、皆のほうを振り向いてふわりと優しく微笑んだ。
「彼はこの中で眠って居るんだよ」


 リン

 彼の手元で金色に輝いた美しい鈴の音が鳴り響いた。
 ――金色になっている? 確かにさっきまでは銀色の鈴だった筈なのに…
 ユーリは目を細めた。
「鈴の…中で?」
 困惑した表情を浮かべるメイに、フィースはこくりと頷いた。
「ありがとう、皆。この鈴がなければ彼の魂は消えてなくなってしまう所だった。
肉体を離れ、物を宿り場所としている魂は…長い間そのものから離れることで、薄くなってゆくんだ。心も、魂も。皆……でももう、大丈夫。
魂が抜けて空の状態だった銀色の鈴に、彼の魂が宿って金色に戻った――
「鈴を捜して欲しい」という彼の依頼は、大成功だよ」
「…どうして!」
「彼が言っていただろう、あの子は鈴で魂を守ってる。今は鈴があの子の体なんだ」
「そういう事じゃないよ、僕たちが訊いているのはね…」
「キミ、知ってたんでしょ…どうして知ってたのに言わなかったの?」
 神狼がかすかに声を震わせる。
「…さっき知ったばかりだ。まだ、見分けがつかなかったから」
「見分け?」
 フィースがこくりと首を頷ける。
「僕の特殊能力。余り役には立たないけれどもね…魂だけになったものの声を聞く事ができるんだ。姿形も見える。でも、余りに普通に見えすぎて、時々普通に生きている人間なのか、魂だけなのか、はたまた幽霊なのかでさえも見分けがつかなくなることがあるんだよね。…ごめんね」
「役に立たないだなんて…そんな事、ないじゃあないですか。
彼の声を聞いて、助けを呼んだのはあなた自身でしょう」
 アイラスの言葉に、フィースは少々考えを改めたのか、こくりと頷いた。
「うん…そうだね」
「しっかしそいつ、何とかならんもんかねぇ」
 うーん、と皆が唸り声を上げる。
「ま、ここで考えていても仕方がないしね、日が昇ればレイもまた外に出て来るだろうし。
この鈴は、僕が連れて行くよ。いいかな? 少し、調べてみる。原因と、理由と…解決策と……」
 フィースの言葉に彼らは首を縦に振う。
「何かわかったら知らせにこいよ」
「そうです、僕たちだってもう関わってしまったんですからね」
「そうですね」
「皆さん…そろそろこの洞窟を出たほうがよさそうです。昼間こそ魔物は息を潜めていましたが、どうやらこの奥には不死者が多く存在しているようですね」
 メイがかすかに溢れ出す魔の気配を察知して呟くように言った。その手にはいつでも振るえるように、小さめに形作られたイノセントグレイスが握られていた。
「…このまま奥へ突入するって言うのもありなんじゃないか、レイの体はこの奥にあるんだろう?」
 ユーリが左腕の黄金の義手をがちゃりとふるわせる。
 オーマが彼の姿を見てにやりと笑った。
「…おう、俺も賛成だがね。中をちょろっと見てきてやろうじゃねぇか」
 ――この男はいつもこうやって…心のどこか深くで熱い思いを抱えている。
 思わずユーリもにっと笑った。
 薄暗い洞窟の奥から、不死者の呻き声が俄かに聞こえ始める。
 先導して歩いていたはずのデカッパラドラゴンが突如、ドシン!!と地響きをさせてその場に座り込んでしまった。
「…くそっ! なんだっつぅんだよ!!」
「今は、駄目だって…言いたいみたいだよ?」
 神狼が道一杯に巨体を横たわらせたドラゴンをじっと見据えながら言う。
「そう…まだ、行くべきじゃない。僕たちは詳しい事情を何も知らないじゃないですか」
 アイラスの言葉にフィースがかすかに頷いた。

 リン…

「君達はまず先に、依頼人の安全を図ること――今回のこの出来事…これは依頼された仕事なんだからね」
 数名がまだ少し、納得の行かない様子で険しい顔つきのまま、ドラゴンの向こう、不死者たちの呻き声の上がる洞窟の深くに視線を向けた。
「あぁ、今はまだ、ここには用はない。皆、行こうか」
「――いつか、きっと」
 誰かがぽつりと呟いた。
 その言葉に心が何故か、つんとした。
 皆、同じ気持ちだった。

 洞窟を出ると、薄らと明るく月の光が草原を照らし出していた。
 フィースの手の中で鈍い光を放つ鈴――
 その中で眠る彼の魂に、月の光はいつも優しく眠りを与えてくれる。


―――― FIN.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【2523/月守・神狼/女性/15歳/学生】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【1063/メイ/女性/13歳/戦天使見習い】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 【2467/C・ユーリ/男性/25歳/海賊船長】
※エントリー順です。

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■         ライター通信          ■
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 ライターの芽李です。
 皆さん、どうもこんにちは! この度は依頼を受けてくださってありがとうございます。
 ゆらリ洞窟の旅は如何でしたでしょうか(?)依頼は成功という事で。
 えー…スミマセン、御免なさい。面白くって弄り倒してしまいました。本当スミマセン…!!笑
 別行動の所等もありましたので、宜しければ読んでみてください。何かわかるかも?(笑)
 作品についてご意見、ご感想等があれば、今後の参考にさせて頂きますので遠慮なくお願いします。
 ユーリさん、ナイスフェミニズム! 格好いいです!!笑 少年に完璧な自由を与えてあげられなくて済みません。でも、洞窟に何かあると気が付いたのは貴方だけでした。目の付け所が違いますね! 凄いです。

 いつか、またフィースがひょっこりと依頼を持って現れたら
 もしも、その時あなたがそこに居たら
 その時にもきっと彼の話を聞いてみてあげてくださいね。
 もしかするとこの少年の話に関してもその内進展があるかも知れませんしね。
 それでは、皆さんお疲れ様でした。