<東京怪談ノベル(シングル)>


サイコDr.オーマ・シュヴァルツ

【オーマ・シュヴァルツ総合病院】

「マッチョ〜〜♪マッチョ〜〜♪上腕三頭筋は俺のフォエバーマーッチョ〜♪腰筋は愛のランデブーマーッチョ〜♪大腿四頭筋は禁断のロンリーマーッチョ♪大胸筋は混沌のハイマッチョ〜〜♪マーッチョ〜♪マーッチョ♪俺はマッチョマーンッ〜・・・・俺のラブ筋にめれんしな・・・ふっ・・・・」


 白衣のポケットに手を突っ込み歩いていたオーマ・シュヴァルツは持ち歌のキメゼリフでターンを決める。
勿論――


――自作の詩by腹黒親父。

「朝から変な歌わないでくださいっ・・・先生っ」
「ん・・・・・・?」
オーマは振り向くとそこには若い看護婦が立っていた。
「きゃあっ・・・!セクハラ親父っ・・!何ですかっ、その格好・・」
「あ〜、これ?俺のマイ★ブラックパンツだけどよ・・・」
オーマの格好を見てしまった看護婦は顔をトマトのように真っ赤に染めている。その原因はオーマの姿―――

 ――そう、白衣の下に黒のパンツ一枚≠ニいう格好で院内を歩いているためだった。

「そ、そういうこと聞いてるんぢゃないんですっ!何でそんな破廉恥な格好してるんですかっ!」
「悪ぃな。ちょっとばかし運動してたら汗かいちまってよ。着替えがないんで、洗濯中」
「何でもいいですから、白衣閉めてっ。患者さんが来てますからっ。早く精神科にいらっしゃってください」
「あいよ」 
オーマの医療技術があまりにも有名なため、一般的に身体に重い病を抱えた患者ばかりがここを尋ねると思われているが、しかし、シュヴァルツ総合病院は外科や内科だけではない。過去に傷を持った者、他者から蹂躙虐待を受けた者、酷い落ち込みに悩む者などの心の病≠燻。療にあたっている。

 それが、あまり知られていないシュヴァルツ総合病院の『精神科』だった。

 精神科はオーマの指示で開設された。
 それはオーマの意志でもある。
 痛み≠ニいうのは一般的に取り除くべき忌むものと思われてる。しかし痛み℃ゥ体は悪いものではない。己を守るためのシグナルであり、生きる上で必要なものだ。痛みがなければその存在は自覚なき破滅の道を辿ることになる。だが――

――極度に痛みを感じると人は自らの命を絶とうとする。

 オーマは長年生きているせいかそういった奴らをごまんと見てきた。自殺、自滅という道を取る者もこの世界に決して少なくはない。身体に傷一つないのに死ぬほど痛い、苦しい、悲しい、なのに何故自分が痛いのか分からない、そう叫ぶ。それでも周りから病とは認識されず、放置され、やがて苦痛のあまり自滅を選ぶ。
 だからこそ、オーマはそれを取り除く場を作った。
同情ではない。医者として、痛みを持つ者が目の前に現れたなら、どんな奴でも自分の患者だからだ。
そんなことを考えつつ、オーマは診察室の扉を開いた。

【セイレーンの少年】

「よ」
オーマはそう言って、診察室の椅子に座った。
 目の前にいる患者は横を向き窓の外を見たまま、返事をしなかった。
オーマはその様子を相手に悟られぬよう観察した。15〜17歳くらいだろうか。背中に真っ白な羽が生えている。見た目は少女にも少年にも見えるが――
 オーマはカルテを開く。
 少年。
 セイレーンと人間のハーフ。
歳は15歳。
線の細そうな顔のライン。
 耳にかかるくらいのミディアムヘアの金髪。
「今日は天気がいいな。何見てるんだ?」 
オーマはセイレーンの少年に取り留めない話をした。なるべくこちらから聞き出そうとしないことが賢明だ。いきなりぶっきらぼうに根掘り葉掘り事情を聞き出すような態度は第一印象を悪くする可能性がある。それは豪快親父と言われたオーマにとっては奇異に見えるかもしれない。しかし、見えない傷を持ってる連中に力は意味がないことぐらい経験上当然のことだった。
「蝶」
 セイレーンの少年は透き通るような声でそう言った。
「おう、蝶か。好きなのか?」
「別に」 
少年はオーマの方を見ようとはせず、細目で窓の外を眺めている。
 オーマもあまり少年の方を見ないようにした。視線を患者の真正面から集中させるのはあまりよくない。だから、少し身体を斜めにして、相手がリラックスできるような体制を作る。
(セイレーンか・・・)
記憶が正しければ、セイレーン達の歌う歌は船乗りの敵だった。セイレーンの歌は船の方向を惑わせ、遭難させてしまう。そのため、少なからず迫害があった。
 海の魔物。
 そう呼ばれる歴史もあることは事実。
「そうか。俺は蝶は好きだ。というか・・・生き物全般な。俺の名前はオーマ・シュヴァルツ。呼び方はオーマでもオーマ先生でも先生でもいい」
 少年は窓の向こうを見たまま反応しなかった。
 オーマは少し顎をさすってから思いついたように少年に話しかける。
「蝶の飾りいるか?」
オーマがそう言うと、セイレーンの少年はオーマの方を初めて見た。
 純真そうな瞳。
 しかし、どこか儚い。
「ほらよ」
 オーマは具現化した蝶のアクセサリをセイレーンの少年の髪につけてやった。
 少年は少しきょとんとして、髪に飾られた蝶を触った。
「何か嫌なことでもあったのか?話せる部分でいい」
するとまるでオーマの顔が珍しいかのように、少年はまじまじとオーマを見つめた。そして、
「何で裸足なの?」
と訊いた。
「ああ、少し運動して汗かいてな。着替えないんで、今、中は何も着てないんだ。でも内緒だぞ」
オーマはそう言うと、少年は少し驚いたように目をぱちくりさせて、
「ふうん。変なの」
と言った。
「変か。そうか、まあ、変かもな。でも、筋肉はそこら辺のゴロツキよりかはたっぷりついてるぜ。見てみるか?」

【ハイマッスル】

精神科の診察室が少し騒がしい。
 まるで雄叫びを上げるような声と、小さな拍手。
 まさかと思い看護婦が恐る恐る扉を開けると―

―裸のオーマが立っていた。

「これがサイドチェストだぞ。よーく見てろよ・・・ふんっ・・・・・・」

オーマはまだあどけない少女のような患者の前で黒パンツ一枚で立ち、ボディビルを決めている。

「な、な、な、な、な、な、な、な、な、何してるんですかあぁっ!!この変態セクハラドクタァアッ!」
「お?」
「こ〜〜〜んな子供の前で、猥褻なことしないでくださいっ!馬鹿医者!」

【きずあと】

「・・・すまないな。怒られちまった。いい所だったのにな」
「やっぱり変。オーマ・・・先生」
「何だよ。笑ってたくせに」
オーマはそう言うと、少年は少しはにかむように微笑んだ。
しかし、オーマには見えていた。
笑顔の背後にある痛み。


 セイレーンの服の袖に見え隠れする手首の傷痕。


しかし、オーマは無理にそのことを問い質さなかった。
 よくやる馬鹿の間違いが、相手の傷を必死に否定し、『やってはいけない』と正そうとすることだ。自分の身体を傷つける奴は、それをいけないこと≠ニ自覚してやっている。そして相手は自分の傷を受け入れてもらえる人間を探し助けを求めている。その相手が自分であり、否定すれば、さらに傷つくだけで、百害あっても一利はない。
 医者がやるべきことは、見える傷を癒すだけではない。
 中身の傷も癒さなければならない。
「じゃあ、今から質問したいんだが、お前さんが答えたくなければ無理に答えなくていい」
「うん」
「今、どんな気分だ?」
「変なカンジ」
「変なカンジか。普段は家ではどんな感じで生活してるんだ?」
オーマの質問に窮したように、セイレーンの少年は少し押し黙った。
 顔を俯けて、その表情に翳りが見える。
(親か)
「両親は?」
会話に間が空く。
重い言葉を紡ぎ出そうと必死に探っているのだろう。

「お母さんは死んだ」

「そうか・・・それは悪いことを聞いたな。今は?」
「お父さんと別のお母さんと暮らしてる」
「何か嫌なことでも言われたのか?」
また少年は押し黙る。
途切れ途切れになる会話は珍しくはない。
 しかし、オーマは答えを急かすことはしなかった。
そして、
「セイレーンの子供なんていらないって。僕はいらない子だって」
とぽつりと言った。

「そうか。辛かったな」

 オーマはそう言って少年の頭にぽんと手を置く。
 しばらくして、セイレーンの少年は一粒の涙を零して慟哭した。

【セイレーンの歌】

オーマはセイレーンが自分で傷つけた手首の痕を看てやり、しばらく考えてから、命の水≠ナ癒すことにした。
「水流の精霊に命ずる、其の生命の源より渾々と掬ぶ御供水により彼の疵を癒し給え」
少年の手首は元の綺麗な白に戻り、傷痕は綺麗になくなった。
「・・・ありがとう」
「おう。ま、なんだ、その・・・・・・綺麗なんだから、あんまり傷つけると痕が残る」
「うん」
「じゃ、今日は俺が調合した薬を出しとく。辛いときに飲むといい。あと、また親に何か言われたら―」
 俺がぶっ飛ばしてやる、そう言おうとして止めた。
 子供にとってどんな親でも自分の親だからだ。
「―俺の所に来い。金はいらん。遊びに来ても構わない。歌でも聴かせてくれ。得意だろう?」
「うん、分かった」
 少年はそう言うと、オーマに微笑んで診察室を出た。

―――いつかセイレーンの本当の歌声が誰かに届くだろうか―――

 そんなことを考えながら、オーマは窓の外を駆けていくセイレーンを見送った。

【END】


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オーマ様、初めまして。ヒヨッコライターのウィッチで御座います。この度はご指名頂きまして誠にありがとうございました。今回はボクの自由にしていいということなので色々考えた(悩んだ)挙げ句、オーマ様の精神科医っぷりを書いてみようと思いました。きっと医者ならこういう患者もいるんだろうなぁと妄想した結果でした・・・。あまり腹黒っぽさは書けませんでしたが、優しい(妖しい)医者と信じて・・・(by witch)