<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


++   囚人大脱走   ++


《オープニング》

「危険な仕事かも知れん」
 疲れた髭面の男は神妙な面持ちでがくりと落とした肩を震わせた。
「しかしもう、君たちに頼むしかないんだ…!!」
 急にテーブルに拳を叩きつけ、がたりと立ち上がったその男に周囲がびくりと体を引き攣らせる。
「…で? その脱走した奴の容姿は?」
 エスメラルダの質問に男ははっきりきっぱり大声で(恐らく地声が大きいのであろう)答えた。
「髭面濃厚」
「髪型」
「全ヅラ」
「……身長とか?」
「チョイでぶ短足ドチビ」
「………何か疲れてきた、誰か代わって頂戴!!」
 エスメラルダは依頼の事前調査を放棄した。
「兎に角……!! 奴は危険な連続殺人犯とか何とか! それが街に放たれれば大変危険であろう!!
 どなたかーーーーっっ奴を捕らえてクダサレェェェェィイイ!!!!!」
「あんたうっさいのよーーーっっ!!」
 エスメラルダの叫びが黒山羊亭内に木霊した。


《…事前調査》

「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ、エスメラルダさん。事前調査は僕達が引き受けますから、ね? オーマさん………?」
 名乗り出た温和そうな眼鏡の青年、アイラス・サーリアスの振り返る視線の先に、なにやらでっかな親父が肩を震わせながら俯き加減に立ち尽くしていた。
「……どうかしたの? オーマ…」
 我を取り戻したエスメラルダがその彼、オーマ・シュヴァルツの異変に気がつき、訝しげにその顔を覗き込む―――
「親父……感・激!!」
「「「「!!?」」」」
「イロモノ哀愁親父ニズムたる髭やヅラ悶絶悩殺ラブボディ外観に大感激したぜ!!! 是非とも秘密のソーンヤバ親父マニアギネスに収録したい!!!! おう、アイラス! 俺は行くぜ!!!!!」
「………はい。そういう訳ですから、是非ともお任せください、ね?」
 呆然顔でオーマを見詰める依頼人をやんわり笑顔で宥め誤魔化し、アイラスは話を先へと進めてゆく。
「連続殺人犯が脱走ですか…。確かにそれは危険かも知れませんね〜」
「そうだな、でもすごく特徴的な奴じゃねぇか」
 依頼人の腰掛ける卓に椅子ごと引っ越してきた旅人のユーアが、にっと笑う。
「えぇ、まあ…特徴的であるからといって見つけやすいとは限らないのですけどね。エルザードには多くの方がいらっしゃいますから似た方もいらっしゃるでしょうし、基本的には体型から探すしかないわけですしね…」
「そうだな。…俺、ユーア」
「ユーアさんですか、僕はアイラスと申します。そこの大きなおじさんはオーマさんですよ。今少しだけご自分の世界へと旅立っていらっしゃいますので、構わずにいてあげてくださいね」
「……ふぅん」
 そう言いながらユーアは何となくどうでもよさげな視線でもってオーマを一瞥する。
「ところでこの辺の名物は何だ?」
「…名物? といいますと、…エルザード城でしょうか」
「そうじゃなくて、食べ物、特産品とか、これを名物で売り出しててすっごく美味いんだ、とか」
「食べ物ですか…何かありましたかね、オーマさん…………?」
「髭面濃厚…全ヅラ、チョイデブ短足ドチビ…………!!!! 素ん晴らしい……!」
 アイラスとユーアの視界にわなわなと手を震わせながら、妙な笑みを浮かべているオーマの姿が入った。
「………済みませんが、ちょっとお答えできないようです」
「…………わかった」
 ユーアはできるだけそちらを見ないように顔を背ける。そこへ青い髪をした非行に走った少年が姿を現した。
 彼はわなわなと震えてトリップ中のオーマに一瞥をくれると、そのまま奥へと入っていった。
「おう、アイラスじゃん、何してんだ?」
「おや、ゼンさん。お久しぶりです。実はこの辺りに脱走囚人が潜伏しているらしいのですよ。この方は依頼人です」
「…囚人?」
 訝しげな顔で依頼人の方を見遣ったゼンに、彼は疲れた顔を向けた。
「やあ、少年。その辺りでデブで髭で全ヅラの短足ドチビな親父を見掛けんかったかね、奴は凶悪なる連続殺人犯……!! そうだ、少年もこの捕り物に一役かってクレェェェェイ!!!」
 後半暑苦しく再びがたりと立ち上がった彼は、汗ばんだ手でゼンの手を勝手に握り締める。
 やめろジジィ!! とばかりにその手を振り払うと、彼はイカツイ(?)顔をして依頼人を威嚇した。
「あ――ン? デブヒゲ犯のお守りってかー? あー俺パス。スゲーヤル気しねーっつーか、お守りなんざクソガキだけで十分っつーか、同じヤルならンなクソ相手にしねっての。OK? ま、エスメラルダが相手してくれンだったら考えてもいーケドなー?」
 そう言いながらゼンがエスメラルダの方をちらりと見遣った。
 その視線に気がついた彼女は、独特の妖艶な笑みを浮かべてゼンの方へと近付いてくる。
「ゼン…連続殺人犯がこの辺りをうろついているだなんて…あたし、怖くて外へも出られないわ。ねぇ…? 勿論あたしのために一役かってくれるんでしょう?」
「一役かったら何かイイ事あんのかよ? エスメラルダ」
「勿論よ。素敵なプレゼントを用意して待っているわ」
 そう言いながらエスメラルダはゼンにウィンクする。
「…おーし、わかったぜ。やってやろうじゃねーか!!」
 漸くやる気の出たらしい彼の背後から、すっと湯気の立ったカップが差し出された。
「おっ? 気ィ利くじゃん、サンキュ」
 と、ゼンがカップを受け取ろうとした瞬間――

 がっちゃん

「あーーーっちィイーーー!!!!?」
「これはこれは…わたくしと致しました事が、うっかりと――しておりました」
「腹黒紳士ー!!? 何時からそこに居やがったんだっ」
 ゼンの絶叫にくすりと腹黒笑顔を湛えた紳士が一人――謝るでもなく、そのまま気にも止めない様子で他の者にもお茶の入ったティーカップを渡した。
「さぁ、貴方もどうぞ」
 そう言うと、彼は爽やかな笑顔でもって疲れきった依頼者に温かい飲み物を振る舞い、彼の心身を労わった。
「いやいや、気の利いたお兄さんだ、ありがとう。温まったぞ」
 依頼人は豪快にそれを飲み干すと、笑顔でその青い髪をした好青年を見た。
「わたくしはルイと申す者に御座います」
 彼は恭しく一礼をすると、そのまま爽やかに微笑した。――その彼の背後に…何処からとも無く霊魂軍団がざわっと現れ依頼人を取り囲む。
「むっ…ぬおおおおおっっなんじゃこれはーーーーっ!!?」
「どうぞお気になさらずに居てくださいませ。親愛なる霊魂の皆様方に御座います」
「れ、霊魂!? 霊魂ですとぉおおおおおッッ!!!?」
 (にっこりと笑顔を湛える彼と依頼人の周囲で、霊魂軍団がキャーッッ★とラブ生贄の予感に身悶え身悶え)
「ぬををををっ何か嫌な汗が背中を伝っておるーーーっ危険なのかも知れんっ」
「そんな事は御座いませんよ? そこの腹黒親父病原筋菌に比べれば――到って無害」
 彼の眼鏡がキラリと光る。
「……病原筋菌とな?」
「えぇ、そうで御座いますよ、今し方そちらの隅の方で不愉快極まりない親父桃源郷などを夢見、醜悪極まりない親父桃色臭と共に病原体をそこら中に撒き散らしているあのお方です」
「……ルイさん、言いすぎですよ」
 アイラスが少々困り顔でルイを止めるが、隣は隣で大変な事になりつつある。
「お……おいッ!! 何だ霊魂って!? 霊魂って事は、あれか? 死んでる奴か!!?」
 ユーアが出された飲み物を死守しながらも周囲を取り囲み、蠢く壁と化した霊魂軍団とじりじりと睨み合う。ここでも一つの捕り物が……。
「御安心下さいませ…到って無害です故」
 にっこり爽やかスマイルでユーアに微笑むルイは、キャーッッ☆☆と嬉し恥ずかし楽しさ満開で熱い視線を投げ掛ける霊魂軍団をバックに、ユーアにこれが当然で、何でも無い事のように諭してみせる。
「無害…とか、そう言う問題なのか?」
 ユーアが疑問の声を上げるその後ろで、手をあちちあちちとブルンブルン振るって冷ましているゼンが、「ぜってぇちげーよ!」とばかりに首を激しく左右に振う。
「さて、脱走囚人の話に戻らせていただきますが」
 アイラスの誘導に乗せて、ルイが0.0015ミリずれた眼鏡を0.0035秒の速さでシュバっと直す。
「其の方の罪が真で有るのかは今のわたくしの知る所では御座いませんが…この聖なりし地と命の営みの中に於いて放っておいて良い事では無さそうですね。必要なのでしたらこのわたくしが直々に教育し直して差し上げますよ?」
 にっこり紳士な微笑を湛えながらルイが依頼人の方を見る。
「ぅうぬぅぅ……ちちょっ超強力そうだ……」
 どもりまくりの依頼人が冷や汗だらだらで背後の霊魂軍団をちらちらと盗み見る。しかしその視線はことごとくキャッチされ、霊魂軍団のドキドキワクワクウッキウキ☆な熱視線にからめとられるのであった。
「……木を隠すなら森の中、街中で逃走を企てるのならば人ごみに紛れてしまうのが一番でしょうね。ならば敢えて昼間の人ごみの中を逃げるのが理に適っているでしょうか? 夜の街や裏路地などは自然と周囲の警戒が強くなりますし」
「おうっそうだな!! 時におっさん、髭はいいよなぁ〜!!」
 突如旅から戻ったオーマが依頼人の隣に席を陣取る。
「おぉっ、君もやっと戻ったのか!! 髭は男の意地と心意気…!!」
 二人はがっしりと筋肉筋肉しい熱い握手を交わすと、にやりと笑って席についた。
「一々立つのやめろよ、オッサン共」
「ゼンさん、依頼人の方に失礼ですよ。いくらお二人がこの世のものとは思えないほど暑苦しいからといって…」
「どっちでもいいんじゃねぇの、とにかくさ、この訳わかんねぇ状況何とかできねぇかな。俺、そろそろ外に出たいなぁ…」
 ユーアがそろそろ限界、とばかりに外の世界を羨ましげに見つめる。しかしその視線も霊魂軍団の熱い視線の壁に阻まれ――現実逃避も長くは持たなかった。
「全くな事ですね…」
 誰の意見を肯定しているのかはわからないが、何時の間にか席に着いてお茶を飲んでいるルイが心底そうだ、というように目を閉じながら頷いてみせる。
「その脱走した囚人は連続殺人犯という事ですが…過去に一体どのような事件を起こされているので?」
「そうだな…例えば、「村娘殺人事件」……!」
 そのありがちでいてそうでもなさそうな珍妙な名前に、皆がごくりと喉を鳴らして依頼人のデカ声に聞き入る。
「そうだな、五年前に奴は……村娘を殺害した…!!」

 がくっ

 結局ははっきりきっぱり簡潔な説明に落ち着いた依頼人に、全員ががくりと肩を落とす。
「おっさん、話が下手なのか、それとも面倒臭いのか…?」
「両方だ!!」
「おっさん、腹黒同盟に入んねぇか?」
「何じゃあその興味そそられまくりの同盟はァァァァアアアアアア嗚呼!!」
 黒山羊亭の壁がびりびりと震え、ゼンは顔を顰め、ユーアはげんなりとした表情で耳を塞ぐ。
「おぉーっっ見たかアイラス、ルイ!! 腹黒同盟のスリートップ達よ!! このあっつぅうい雄叫びこそ俺たちの求めていたモンじゃねぇか…!!!」
「…何時からそんな物を求めていらっしゃったのでしょうかね?」
「その御質問にはお答え致し兼ねますよ。わたくしの知るところでは御座いませんのでね」
 周囲の冷たい視線を一身に背負いながら、オーマと依頼人はイロモノ親父☆ラブ髭同好会の話で盛り上がっていた。
「ところで犯人さんはどんな性格の方なのでしょうかね?」
 彼らの話の合間にさり気なく依頼の調査の為の話を織り交ぜ、彼らは騙し騙しに情報を積み重ねてゆく。
「欲求に素直だ」
「髭は剃るもんじゃねぇ、蓄えるもんだ!!」
「そう、髭とは男の汗と涙の勲章……!!」
「時に依頼人さん、そのお方とはどのような癖をお持ちなのでしょうかね?」
「奴は常に汗ばみ、顔中がだっらだらじゃ!!!! 頬髭や顎下の髭のどちらかを常にさわさわしておるわっっ!!!!」
「エネルギッシュな汗…親父全開腹黒満開なイロモノオーラ漂う髭…デブ…チョイデブ…」
 うっとりオーマにうっとりおっさん(依頼人)が歌うように髭髭デブデブ重ね合うように連呼する。
「どういう行動をとられる事が多いのですか?」
「単純馬鹿」
「なぁ、マジで腹黒同盟入いんねぇか?? 今なら特別サービス期間中だぜ?」
「特別…!! 」
「…と言う事はですよ? 仮にその御方が街中での逃走を御企てになったと致しますと…人質などは御取りになられるようなタイプの御方なのでしょうかね?」
「そんな面倒な事はせんわァアァアアアア!!! 獲物を見つけたらぶっすりばっさりじゃ!!!」
「…マジ限界」
「いつも聴いてる事とは言え、俺も頭イテーよ」
 エグイ話とグロイ話との織り交ぜで(この際どちらがエグくてどちらがグロイのかは一様には言い切れない)周囲の人間は心なしかぐったりとしている。
「あー俺もー先に出てるぜ!! 一人でヤった方が断然イーしな」
 ゼンは勢いをつけて席を立ち上がると、そのままポケットに両手を突っ込んでダルそうに後ろ手に手を振りながら黒山羊亭を後にした。
「おやおや…御気の早い事で御座いますね。勿論アイラスさんはそこの屠るべき病原親父怪菌と御一緒に捜査をなさるのでしょうね?」
「えぇ、そのつもりです」
「そうですか、それではわたくしも御先に出させて頂く事に致しましょう」
 にっこりと特別に爽やかな笑顔を浮かべたルイの背後で、霊魂達は犯人との悶絶ナイトメアランデブーゲッチュ☆を夢見ヤル気満々でクネクネと身を捩る。
「ルイさん…その霊魂軍団達は」
「えぇ、御安心下さい。関係者の方々以外には見えないようにしておきますからね」
 そう言ってルイは腹黒笑顔を湛えてユーアの方を見た。
「……頑張ってくださいね」
「……? あぁ」
 その返答を聞くと、ルイは一層笑みを深めて一礼をすると、黒山羊亭を後にした。その後をざざざっと霊魂軍団が駆け抜ける――
「さて、と――」
 アイラスはティーカップの中身を飲み干すと、すっと立ち上がって今尚もイロモノ親父トークを続けるオーマと依頼人の方に視線をやった。
「オーマさん、今こうしている間にも一般の方が危険に晒されているのですよ――そういったお話は事件が解決してからお二人きりでなさってください」
 その意見にユーアも「その通りだ」とこっくりと頷く。
「あ〜、わかったよ」
 少し残念そうにしながら席を立ち上がったオーマは、依頼人に暫しの別れを告げ――そして、密かに青眼鏡付き人面草をいざと言う時のお助けアニキ相棒贈呈☆などと小さく告げてシギャアと奇怪な鳴き声をあげるそれを、依頼人の手にぎゅっと押し付けるようにして手渡した。そうして彼はアイラスと二人で黒山羊亭を後にしたのだった。

「……よかったんでしょうかね〜」
「いーんだよ、人生時に生贄も必要なのさ」
「まぁ、現状に於いて否定はしませんけれど。依頼人には別口で操作していただければ、あちらを囮に相手の行動範囲を狭められるとは思うので」
 暫らくして黒山羊亭から大音量で漏れ出す二人の叫び声に、二人は苦笑を洩らしたのだった。


《囮捜査》

 事はすぐに始まった――アイラスが気付くと、オーマは謎の腹黒裏親父世界のマッスル親父集団悩殺セクシー筋アニキ達を招集マッスルしていたのだ。
 ずらりと並び、白い歯をキラリと輝かせる異種格闘技戦混合の親父たち――よくわからない状況に少し困惑したアイラスだったが、どういう訳か彼等の協力を得て怪しさ爆裂目立ちまくりで捜査を開始する事となったのである。
 オーマに言わせれば「犯人には親父愛無問題でバレねぇぜ」との事である。
 まぁ、いつもの事ですしね…などと思い込む事にしつつ、大して得られなかった情報からなんとか導き出した犯人像に沿って、彼らは捜査を開始した。
「常に汗ばみ、頬髭か顎下の髭を常に触っている――とても特徴的な方で助かりますね。」
「おう、おまけに単純馬鹿で人質も取らずに即行でブッスリとはよぉ、なんともまぁ桃色道場まっしぐら奴じゃねぇの」
「…そうですね」
「そう言う奴はアレだ、筋肉堂々素敵に表桃色通りとか歩いてるんじゃねぇのか」
「僕もそう思います。人ごみに紛れてそのまま逃走――そういうタイプかと。追い詰めない限りはおかしな行動にも出ないでしょう。ただ…」
「あん?」
「連続殺人犯、という所が気になるところですね」
 ふむ、とオーマがアイラスの心配する点について思いを巡らせる。
「心配すんなよアイラス、イロモノはイロモノを呼ぶ…腹黒イロモノ親父全開で犯人の奥底にギラリマッチョなそれに親父毒電波交信をビビビマッチョして己が元へと自身も囮の意で呼び寄せウェルカムアニキ筋返り討ちゲッチュスタンバイでオッケーだぜ!!」
「はぁ…」
「なんだぁ? この俺様が信用ならねぇってかー? そんなおまえさんには更に安心快眠グッズに、時に怪しく時に青眼鏡青春浪漫にGOを付けてくれようか」
「……遠慮しておきます」
 アイラスは少し考えた後に笑いながらその申し入れを断っておいた。

「妙な臭いがしやがるな…」
「…そうですか? どんな臭いです」
「イロモノの芳しい香りがする…」
「良かったですよ、僕にはわからなくて…」
「そんなんじゃ将来素敵に無敵な青眼鏡ズキュンでゾッコンですぜ☆兄貴にゃなれねぇぜ?」
「そうですか? 僕としましては望み薄でよかったですよ〜」
 そんな話をしている間にも、謎の腹黒裏親父世界のマッスル親父集団悩殺セクシー筋アニキ達が何かを察知してえっちらおっちらと動き始める。
「何をするつもりでしょうかね…?」
「居るんだ、とっておきの灰汁のつえぇ奴がな、いくぜ、アイラス!! いよいよ運命の対面だぜ…!!」
「……そうですね」
 そう、彼らはその連続殺人犯を秘密のソーンヤバ親父マニアギネスに収録せんがためにこうして必死に駆けずり回っているのである(?)。

 道なりに突き進んでいくと、途端に悲鳴にも似た男の叫び声が聞こえた。
「わぎゃあああああああっっ!!!」
「なんだっ!?」
 二人は謎のセクシー筋アニキ達が、えいやっとぅりゃあっと妙な掛け声をかけながら彼らを導くのに任せて先へと進んでいった。
「協力感謝するぜ」
「何の〜いつでも呼びなっ☆」
 きらーんと素敵にアニキの桃色歯茎にめりっと筋肉で咥え込んだ白い歯がきらめく。
 オーマもそれに答えて親指をビシッっと立てる。
 彼らの導く先にたどり着くと――そこには屋根から落ちそうになっている、というか足をアニキ達に引っ張られて超強力に引きずり落とされそうになっている濃厚髭面チョイデブ短足ドチビなおっさんが悲鳴をあげていた。頭が何故パンチなのかは今は問わないでおく。ギリギリで掴っているその手元には――うっふんあっはん楽しげに彼を誘わんとする霊魂軍団が悩ましく身悶えていた。
「おや、オーマさんにアイラスさんでは御座いませんか」
「ルイさん」
「わたくしも今し方、かくも怪しげな御方とお見受け致しまして…御同行願おうかと思っていたところで御座いますよ」
 にっこりと爽やかな笑みを湛えながら、ルイは目にも止まらぬ速さでもってほんの数ミリずれた襟元をシュビッと正した。
「ぬをををををを!!!!」
 とうとう圧迫感と重力、そして目の前の踊る霊魂の光景に耐えられなくなった男は、地響きを轟かせながら落ちてきた。
「おうおうおうおうおう!! おめぇさんがこの辺りを騒がしてるっつぅ親父哀愁漂うナイスラブボディな親父かい」
 つかつかと歩み寄り、オーマが鼻先三センチの距離でもって相手をじっと見据える。
「なななななんだおまえらはーーーーっっ!!!」
 くるなっくるなっ殺すぞコラーッと悲鳴に近い声を上げながら、男は鈍い光を放つ刃先の反った刃物を取り出して辺り構わず振り回し、怯える霊魂軍団の中に退路を切り開き、そのまま脱兎の如く逃げ出した。
「決定打、ですね」
「どうやらその様に御座いますね、「脱走囚人」はあの御方で御座いましょう」
「おぉっっまだ秘密のソーンヤバ親父マニアギネスに収録してねぇっっ!! 逃げるなら俺の話を聞いてからにしやがれってんだ!!! 野郎共っ追うぜ!!」
「はい」
「そんな物には収録しなくて宜しいかと存じますが…」
 ルイが不意に腹黒教育オーラを醸し出し始めたので、オーマは慌てて脱走囚人の後を追いかけた。その後には勿論、えっちらおっちらと妙なアニキ集団、それに引き続き、うふんあはーんと霊魂軍団がざざざっっと彼らの後をおったのだった。

 追えば追うほどに逃げる――そんなのは常識ではあるのだが。
 しかし突然目の前の獲物を掻っ攫われる事になろうとは思いもよらぬ事だった。
「そこの二人、いえ、三人、………いえいえ……何十人でもいいのだけれど、一般市民に危害を与えるのは止めなさい!」
 遥か上空から飛竜の足に犯人を引っ掛け――竜騎士のセフィスが何を勘違いしたのか犯人の助太刀をしている。
「ぬぉっセフィス、おまえ!!」
「セフィスさん、違いますよ――その方はこの辺りを騒がせている脱走囚人でして――」
「妙な言い訳はやめなさいっ! そんな話は聞いた事がありません」
「セフィスさん、御話に夢中になるのはよき事かと存じますがね…」
 ルイの言葉と飛竜の足下を見遣るような意味深な視線につられて下を見たセフィスは、そのまま顔を青褪めさせた。
 何と、先程までしっかりと飛竜の足で捕え、彼らから保護していた筈の一般民(男性)が宙に放り出されて急降下しているではないか!
「なんでっ!?」
 しっかりと飛竜の足で引っ掛けたつもりだったというのに――いくら何でもこの距離から落ちるのは……!と、セフィスが思わず急降下を始めようとする、しかし、間に合うはずも無く――

 がっしゃーん!!

 豪快な音をさせて男は民家へと落ちていったのであった。

「大変…!」
 セフィスは飛竜から飛び降りて保護した一般民を探し出そうと試みた――しかし、むっふっふ☆と背後に迫る腹黒親父にあっけなく掴り、アニキ達と霊魂軍団に囲まれながら一人孤独な授業に臨まなければならなくなってしまったのであった。


「逃げられてしまったようで御座いますね」
「ごめんなさい…」
「仕方がありませんよ、事実追いまわしていると言われてもおかしくは無いような状況でしたからね…」
「ルイ、おまえの霊魂軍団があのミラクル集合体な親父をびびらせちまったからだぞ」
「何を言っていらっしゃるのですか、オーマさんが妙な病原菌を培養してところ構わずに撒き散らすからいけないので御座いましょう?」
「あーーん!? 誰がハゲ散らかしてるだとぉーーっっ!!? 俺はそんな奇跡体験はまだしてねぇぜ!!」
「ほう、貴方はわたくしが「ハゲ散らかす」などというおぞましき新言語を誕生させると御思いで御座いましたか…」

 鬼ラリーン☆

 彼の帽子の鍔の影からちらりと見えた瞳が怪しく輝き、途端にオーマとその周囲の取り巻き達は、背筋にゾクっと何かが駆け抜けるのを感じながらよろりと一歩後退する。
「……ここは囮作戦と行きましょう」
 二人のやり取りをじっと見詰めていたアイラスが、何かを思いついたように突然拳を打つ。
「……囮って?」
「どうしようってーんだ?」
「あのおじさん、刃物なんかを取り出して相当頭にきている様子でしたからね……」
「被害者が出てしまう前に、誘き寄せて差し上げましょう…という訳で御座いますね」
「…成る程、解りました。でも、一体誰が囮をやるの?」
 セフィスの問いにルイが心配ありませんよ? と、答える。
「それならば打って付けの人材に心当たりが御座いますよ……」
 ルイが爽やかに微笑んで見せる。
 オーマは何だか嫌な予感がして、顔をひくつかせながらルイを見遣った。
 しかし彼の計画は既に進行中であったらしい。
 んぎゃーーーっっという叫び声とともに、道の向こうから物凄い勢いで青い頭をした少年が引き摺られてくる――霊魂軍団たちが忠実なる僕と化して、生贄役の彼を連れてきたのだ。
「遅かったですね、ゼン」
「何の約束もしてネーーっつぅか会う予定もねんだよ!!」
 と、彼は悪態をついてみせるが、紳士・腹黒の一撃笑顔でぐぐっと押し黙る。
「ゼンさんですか…確かに、丁度いいかもしれませんねぇ」
「…アイラス、あなた………?」
 オーマは無言で両手を合わせ、合掌していた。


《裏通りで捕り物》

「コラーーッッ坊主、逃げんととっ捕まえんかーーーーぃ!!!!」
 この叫び声は恐らく…依頼人のものであろう。
 四人はこくりと頷き合うと、そのまま三方に散ったのであった。
 アイラスとオーマは、不思議親父軍団を従えながら通りを一気に駆け抜ける――どたどたと背後から地響きが聞こえてくるがもうそんな事はどうでもいい。
 オーマは激ヤバ親父との再会を心の底から喜んでいた。

「小僧……ヅラ……返せェェェェェェェ!!!!」
「うぉおおおだっせぇぇぇえええええ!!!!」
 何だかゼンが大ピンチなようだ――何故彼がいつものツンツン頭ではなく、パンチなヅラを被っているのかは理解不能であったが、危険な状態なのだと言う事だけは見て取れた。
「ふふん☆まぁ俺に任しとけや」
 オーマがそう言って前に進み出る。
 ゼンが腹黒な趣味に目覚めた事も喜ぶべき事であるが――今は、目の前の伝説的ヤバ親父桃色ラバーとの闘いが先決だろう。
 アイラスは大人しく今にも始まりそうな腹黒同盟総帥の筋肉(?)質なバトルから一歩身を引いた。
 どんどんと醜悪に膨れ上がる親父怪談マックス☆腹黒オーラ…ゼンはかなりの勢いで引きながら、半ば動けずにいた。その背後で……更にある意味凶悪な、桃色筋肉親父☆愛のデンジャラス鬘なんて素敵に危・険☆と、危うしゼンとユーアの脳味噌! な感じのオーマが仁王立ちでポーズをキメながら彼らを待ち受けていた。
「よぉ…逢いたかったぜェ? レッツデンジャラスラブ☆桃ヅラ色!!」
「ギャアアアアア!!! また現れたのかきっさまぁアアアアア!!!!」
 異様にびくついた犯人が急に萎縮し、ゼンから手を離してわたわたと逃げ場を探して視線をあちらこちらへとめぐらせるが―――既に、時遅し。
 辺りをぐるりとオーマが招集した謎の腹黒裏親父世界のマッスル親父集団悩殺セクシー筋アニキ達と、イヤンイヤン☆ウッフーンな霊魂軍団がずらりと取り囲んでいた為だった!
「俺まで一緒に囲むんじゃねーよっっ!!」
 ゼンの突込みをオーマは「はははご愛嬌!」と言って軽くかわし、そのまま事を運ぼうとする。
「随分と手間取らせて頂きましたが――もう、追いかけっこは終わりにして頂きましょうかね?」
 キラリと眼鏡を輝かせながら、ゼンの更に向こう側――ユーアと依頼人の後ろからすっとルイが現れる。
 おっさんやユーア、ゼンたちにとっては、どうも味方が現れたような気がしなかったらしいが――
「そろそろ観念してください…これ以上逃げても、為になりませんよ。空からも見張られていますしね?」
 にっこりと微笑んだアイラスの示す遥か上空に、一匹の飛竜が漂っていた。
「観念しなさい、どこへ行こうとも私が貴方を見逃しはしません!」
 セフィスの凛とした声が響き、犯人は顔をひくつかせた――その間にもじりじりと間合いを詰めてくる謎の親父集団&霊魂軍団…気付くと彼は、真っ暗な闇の中にぽつりと座り込んでいた。
「夢…か? ……ハッ俺のヅラは……!? ちがう、これは夢などでは……」
 暑苦しい闇の中で、彼は頬髭を触りながら一人トリップしている。
「これで暫らく動けんだろ」
「後遺症が残らなければいいのですが……」
「アイラスさん、其れにつきましては恐らく心配無用というもので御座いましょう」
「おい、おっさん…あの中で一体何が…!?」
「おまえ、いい加減にヅラを取れよ」
 蠢く筋肉と霊魂たちのもっさりとした塊――その中に連続殺人犯の哀れなる末路を彩る断末魔が悲しく木霊した―――

 事は一件落着――オーマはむふふ☆と秘密のソーンヤバ親父マニアギネスに色々とアレなナニを書き込んだのであった。その背後で……大して役に立たなかった上に危険な目にも遭わなかった依頼人のおっさんが、シギャアピキーッッっと妙な鳴き声を上げる人面草を、愛おしそうに撫で付けていた。おっさん……手が血まみれだ。




―――― FIN.

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 【1731/セフィス/女性/18歳/竜騎士】
 【2081/ゼン/男性/17歳/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
 【2542/ユーア/女性/21歳/旅人】
 【2085/ルイ/男性/25歳/ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制)】
※エントリー順です。

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 始めましての皆様も、お久しぶりな皆様も、どうもこんにちは、芽李です。このたびは依頼を受けてくださってありがとうございました。
 連続殺人犯(?)の捕り物、どうもお疲れ様です。
 オーマさん、謎のアニキ軍団達との競演、如何でしたでしょうか?笑 脱走犯とは、総帥らしい闘いっぷりでしたね!!

 この度も別行動の所等ありますので、宜しければ他の方の物も読んでみてくださいね。きっと謎が解ける…のかな?
 それでは、また機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。