<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


++   囚人大脱走   ++


《オープニング》

「危険な仕事かも知れん」
 疲れた髭面の男は神妙な面持ちでがくりと落とした肩を震わせた。
「しかしもう、君たちに頼むしかないんだ…!!」
 急にテーブルに拳を叩きつけ、がたりと立ち上がったその男に周囲がびくりと体を引き攣らせる。
「…で? その脱走した奴の容姿は?」
 エスメラルダの質問に男ははっきりきっぱり大声で(恐らく地声が大きいのであろう)答えた。
「髭面濃厚」
「髪型」
「全ヅラ」
「……身長とか?」
「チョイでぶ短足ドチビ」
「………何か疲れてきた、誰か代わって頂戴!!」
 エスメラルダは依頼の事前調査を放棄した。
「兎に角……!! 奴は危険な連続殺人犯とか何とか! それが街に放たれれば大変危険であろう!!
 どなたかーーーーっっ奴を捕らえてクダサレェェェェィイイ!!!!!」
「あんたうっさいのよーーーっっ!!」
 エスメラルダの叫びが黒山羊亭内に木霊した。


《ゆらり空の旅から珍事件》

 黒山羊亭での一件を知らないセフィスは、今日も飛竜のソニックにまたがり大空を駆け回っていた。
 空高くで感じる風を切るスピードと、豊かな大自然の温かな空気は何時にも増して心地よい。
「もう春ね」
 くすりと微笑みを零しながら、セフィスは優雅な大空の旅を満喫していた。
 厳しい冬の寒さからは打って変って、柔らかな日差しからうららかな春の兆しが見える。
 セフィスは気分良くにっこりと微笑んでいた。しかしそんなゆったりとした時間の中にある幸せなんて、長くは続かない物だ。

「わぎゃあああああああっっ!!!」

 そう、突如としてその平和は破られた。
 悲鳴にも似た男の叫び声――セフィスは、ぐぐっと大きく進路をかえて叫び声のした方へと向かったのだった。
「あの二人は……腹黒同盟で一体何をしようとしているのかしら?」
 叫び声の上がった地点へと向かう手前で、妙な筋肉質な男共に導かれるように走っているオーマ・シュヴァルツとアイラス・サーリアスの二人を発見したセフィスは、進行方向が同じだった事もあってそのまま二人の追跡を開始した。
 少し高度を落とすと、「えっちらおっちら」と、妙に低い掛け声が聞こえてくる。
「……近所迷惑ね、きっと二人の仲間に違いないわ」
 眉を顰め、少しばかり注意をしてやろうという気持ちがセフィスの心中に沸き起こる。
 彼女の視線の更に先に――妙な髪形(パンチ)をした、ちょっとばかり背が低くておデブな、ちょっとばかり髭が濃いめの、一人のおっさんが屋根にぶら下がってちょっとした危機を迎えている様子だった。
「さっきの叫び声はきっとあの人だわ!」
 セフィスは目を細めると、そのぶら下がる親父の丁度下辺りに青い紳士の姿を見つけた。
「あれは……?」
 見れば彼はにっこりと爽やかそうな笑顔を浮かべて、今にも落ちそうな親父を見詰めている。
 助ける気など無いのだ、明らかに。
 終いには先程オーマとアイラスの二人を誘導している風だった筋肉質なアニキ共までもが、彼を引き摺り落とさんと襲い掛かり始めたのだ!
「流石は腹黒同盟トップスリーね……! こんな所に集まって、一体あの人をどうしようというのかしら。黙って見ては居られないわ……!!」
 そう言うが早いか、セフィスは落下して尻餅をついたおっさんを色々な集団を引き連れて追い掛け回し始めた三人を見咎めて、飛竜の速度を上げたのだった。

 飛竜の高度を下げ、掠め取るように親父をソニックの足で引っ掛ける――
「もう大丈夫、私があなたを保護します」
 突然の出来事に、親父は「おおおっ」と小さく叫びながら、わたわたと暴れている。
「……余り暴れないで、危ないから」
 一言そう告げると、セフィスは毅然とした態度で下で、呆然とした顔をしてセフィスの乗る飛竜に視線を投げ掛けている三人組――もとい、最早数える気すらも失せるような腹黒筋肉質な親父共と、ざわざわと何か――背筋をぞくりと震わせるような数々の「存在」の方を見遣った。
「そこの二人、いえ、三人、………いえいえ……何十人でもいいのだけれど、一般市民に危害を与えるのは止めなさい!」
「ぬぉっセフィス、おまえ!!」
「セフィスさん、違いますよ――その方はこの辺りを騒がせている脱走囚人でして――」
 このような状況を見られておきながら言い訳とは――許しがたい。セフィスは語気を強めて言ってやる。
「妙な言い訳はやめなさいっ! そんな話は聞いた事がありません」
 腹黒同盟のやることに寛容になってはいけない。悪い事は悪いと時にはしっかりと言ってやらねばならないのだ。セフィスはそう腹に決めると、次なる言葉を投げかけようと口を開いた、しかしそれを遮るように、ルイの声が風と共に舞い上がるようにセフィスの耳へと届く――
「セフィスさん、御話に夢中になるのはよき事かと存じますがね…」
 ルイの言葉と飛竜の足下を見遣るような意味深な視線につられて下を見たセフィスは、そのまま顔を青褪めさせた。
 何と、先程までしっかりと飛竜の足で捕え、彼らから保護していた筈の一般民(男性)が宙に放り出されて急降下しているではないか!
「なんでっ!?」
 しっかりと飛竜の足で引っ掛けたつもりだったというのに――いくら何でもこの距離から落ちるのは……!と、セフィスが思わず急降下を始めようとする、しかし、間に合うはずも無く――

 がっしゃーん!!

 豪快な音をさせて男は民家へと落ちていったのであった。

「大変…!」
 セフィスは飛竜から飛び降りて先程保護した一般民を探し出そうと試みた――しかし、むっふっふ☆と背後に迫る腹黒親父にあっけなく掴り、アニキ達と霊魂軍団に囲まれながら一人孤独な授業に臨まなければならなくなってしまったのであった。


「逃げられてしまったようで御座いますね」
「ごめんなさい…」
「仕方がありませんよ、事実追いまわしていると言われてもおかしくは無いような状況でしたからね…」
「ルイ、おまえの霊魂軍団があのミラクル集合体な親父をびびらせちまったからだぞ」
「何を言っていらっしゃるのですか、オーマさんが妙な病原菌を培養してところ構わずに撒き散らすからいけないので御座いましょう?」
「あーーん!? 誰がハゲ散らかしてるだとぉーーっっ!!? 俺はそんな奇跡体験はまだしてねぇぜ!!」
「ほう、貴方はわたくしが「ハゲ散らかす」などというおぞましき新言語を誕生させると御思いで御座いましたか…」

 鬼ラリーン☆

 彼の帽子の鍔の影からちらりと見えた瞳が怪しく輝き、途端にオーマとその周囲の取り巻き達は、背筋にゾクっと何かが駆け抜けるのを感じながらよろりと一歩後退する。
「……ここは囮作戦と行きましょう」
 二人のやり取りをじっと見詰めていたアイラスが、何かを思いついたように突然拳を打つ。
「……囮って?」
 ようやく先程助けようとした人物がこの辺りに逃げ込んだ連続殺人犯だった事を知り、セフィスは名誉挽回、とばかりに協力する気満々で彼らの話に聞き入る。
 腹黒同盟の輪の中に自分が片足を突っ込んでしまっている事は少々気が引けるが――自分が仕出かした不始末は自分で始末する所存なのだろう。
「どうしようってーんだ?」
「あのおじさん、刃物なんかを取り出して相当頭にきている様子でしたからね……」
「被害者が出てしまう前に、誘き寄せて差し上げましょう…という訳で御座いますね」
「…成る程、解りました。でも、一体誰が囮をやるの?」
 セフィスの問いにルイが心配ありませんよ? と、答える。
「それならば打って付けの人材に心当たりが御座いますよ……」
 ルイが爽やかに微笑んで見せる。
 オーマは何だか嫌な予感がして、顔をひくつかせながらルイを見遣った。
 しかし彼の計画は既に進行中であったらしい。
 んぎゃーーーっっという叫び声とともに、道の向こうから物凄い勢いで青い頭をした少年が引き摺られてくる――霊魂軍団たちが忠実なる僕と化して、生贄役の彼を連れてきたのだ。
「遅かったですね、ゼン」
「何の約束もしてネーーっつぅか会う予定もねんだよ!!」
 と、彼は悪態をついてみせるが、紳士・腹黒の一撃笑顔でぐぐっと押し黙る。
「ゼンさんですか…確かに、丁度いいかもしれませんねぇ」
「…アイラス、あなた………?」
 訝しげな表情でアイラスを見つめるセフィスのその横で、オーマは無言で両手を合わせ、合掌していた。


《裏通りで捕り物》

「コラーーッッ坊主、逃げんととっ捕まえんかーーーーぃ!!!!」
 この叫び声は恐らく…依頼人のものであろう。
 四人はこくりと頷き合うと、そのまま三方に散ったのであった。
 セフィスは飛竜にまたがり、すぐさま大空へと舞い上がる――空からの追跡の開始だ。
 さっきのパンチな頭を目印に探せばすぐに見つかるだろう――そう思っていたのだが。

「小僧……ヅラ……返せェェェェェェェ!!!!」
 セフィスの視界に衝撃の光景が広がる!! つるっぱげのおっさんがゼンの首根っこをひっとらえつつ、今にも彼に危害を加えそうな勢いで叫び、雄叫んでいるのだ。
「あれは、やっぱりさっきの人だわ……たぶん」
 余りの変貌振りに確信が持てない。
「うぉおおおだっせぇぇぇえええええ!!!!」
 何だかゼンが大ピンチなようだ――何故彼がいつものツンツン頭ではなく、パンチなヅラを被っているのかは理解不能であったが、危険な状態なのだと言う事だけは見て取れた。
「ふふん☆まぁ俺に任しとけや」
 オーマがそう言って前に進み出る。
 セフィスは再び犯人が逃げ出してはいけないと、油断無く上空から彼らをじっと監視している。
 アイラスは大人しく今にも始まりそうな腹黒同盟総帥の筋肉(?)質なバトルから一歩身を引いた。
 どんどんと醜悪に膨れ上がる親父怪談マックス☆腹黒オーラ…ゼンはかなりの勢いで引きながら、半ば動けずにいた。その背後で……更にある意味凶悪な、桃色筋肉親父☆愛のデンジャラス鬘なんて素敵に危・険☆と、危うしゼンとユーアの脳味噌! な感じのオーマが仁王立ちでポーズをキメながら彼らを待ち受けていた。
「よぉ…逢いたかったぜェ? レッツデンジャラスラブ☆桃ヅラ色!!」
「ギャアアアアア!!! また現れたのかきっさまぁアアアアア!!!!」
 異様にびくついた犯人が急に萎縮し、ゼンから手を離してわたわたと逃げ場を探して視線をあちらこちらへとめぐらせるが―――既に、時遅し。
 辺りをぐるりとオーマが招集した謎の腹黒裏親父世界のマッスル親父集団悩殺セクシー筋アニキ達と、イヤンイヤン☆ウッフーンな霊魂軍団がずらりと取り囲んでいた為だった!
「俺まで一緒に囲むんじゃねーよっっ!!」
 ゼンの突込みをオーマは「はははご愛嬌!」と言って軽くかわし、そのまま事を運ぼうとする。
「随分と手間取らせて頂きましたが――もう、追いかけっこは終わりにして頂きましょうかね?」
 キラリと眼鏡を輝かせながら、ユーアと依頼人の後ろからすっとルイが現れる。
 おっさんやユーア、ゼンたちにとっては、どうも味方が現れたような気がしなかったらしいが――
「そろそろ観念してください…これ以上逃げても、為になりませんよ。空からも見張られていますしね?」
 にっこりと微笑んだアイラスの示す遥か上空に、一匹の飛竜が漂っていた。
「観念しなさい、どこへ行こうとも私が貴方を見逃しはしません!」
 セフィスの凛とした声が響き、犯人は顔をひくつかせた――その間にもじりじりと間合いを詰めてくる謎の親父集団&霊魂軍団…気付くと彼は、真っ暗な闇の中にぽつりと座り込んでいた。
「夢…か? ……ハッ俺のヅラは……!? ちがう、これは夢などでは……」
 暑苦しい闇の中で、彼は頬髭を触りながら一人トリップしている。
「これで暫らく動けんだろ」
「後遺症が残らなければいいのですが……」
「アイラスさん、其れにつきましては恐らく心配無用というもので御座いましょう」
「おい、おっさん…あの中で一体何が…!?」
「おまえ、いい加減にヅラを取れよ」
 蠢く筋肉と霊魂たちのもっさりとした塊――その中に連続殺人犯の哀れなる末路を彩る断末魔が悲しく木霊した―――

 事は一件落着――セフィスはゆらりとなびく風に身を任せ、飛竜のソニックと共に再び大空へと舞い上がったのだった。




―――― FIN.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 【1731/セフィス/女性/18歳/竜騎士】
 【2081/ゼン/男性/17歳/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
 【2542/ユーア/女性/21歳/旅人】
 【2085/ルイ/男性/25歳/ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制)】
※エントリー順です。

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■         ライター通信          ■
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 始めましての皆様も、お久しぶりな皆様も、どうもこんにちは、芽李です。このたびは依頼を受けてくださってありがとうございました。
 連続殺人犯(?)の捕り物、どうもお疲れ様です。
 セフィスさん、少々勘違いで悪人を助けたりしてしまいましたが大丈夫、あなたの正義感はきっとあのヅラの心にも届いた事でしょう。笑

 この度も別行動の所等ありますので、宜しければ他の方の物も読んでみてくださいね。きっと謎が解ける…のかな?
 それでは、また機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。