<東京怪談ノベル(シングル)>


華麗なる衣装の謎〜オーマのヴァレルに隠された秘密〜

「ねえ、オーマのその服変わってるよね。何でいつもそんな格好なの?」
 治療のため病院に訪れていた子供が、ふとそんな言葉を訪ねてきた。
 オーマ・シュヴァルツ(1953)は笑い飛ばしながら返事をする。
「そりゃ、勿論このホットでソウルティな腹黒親父筋肉ボディを華麗に装飾出来る唯一の衣装だからに決まってるだろ? ……と、言うのは冗談だ。ちょいとばかり、事情があって着てる制服みたいなモンだよ」
 「制服」という言葉はつくづく便利なものだ。
 規則故に仕方なく着ている、理由として説明しやすい、多少場違いな格好でも受けいられる。
 もともと異世界からの放浪者であるオーマの衣装が、他とは違うことは誰しもが理解出来るところだ。
 だが、この世界に訪れてから早数ヶ月。そろそろ1つ歳を重ねようとしている。この世界の医者らしい風貌をしていてもおかしくはない時期ではあるだろう。
 彼がこの衣装にこだわるのも、ひとつの理由があった。

 異世界ゼノビアの治安を守る国際防衛特務機関「ヴァンサーソサエティ」。
 ゼノビアの歴史史上、最も凄惨(せいさん)とされる戦争以後結束されたこの組織は、特殊な力を持つ「ヴァンサー」という技能者を所属させている。
 彼らヴァンサーは精神力を用いて、世界に存在する形ある物を具現化させる力を持つ。
 ヴァンサーソサエティは彼らの特殊な力を用い、ゼノビアを死せる世界とさせた存在「ウォズ」の捕獲ならびに討伐を行っていた。
 オーマもヴァンサーソサエティーに所属するひとりであり、具現能力者のひとりでもある。
 普段の姿からは全く想像も付かないが、強大な力を秘めており、同業者野中でも一目置かれた存在であったようだ。
 彼が普段着ている衣装は、本来ならば戦闘時においてのみ着用するもの。この衣装は力を行使する際、代償行為として、失われし物を少しでも防ぐために、卓越した技術者が創り出したものだ。
 特殊な技術が組み込まれたこの衣装には、代償行為を軽減させるシールドがあり、具現能力者達は最小限の代償によって、その技術を行使することが出来る。
 だが、異世界ゼノビアと世界構成の異なる、ここソーンにおいて、ヴァンサー達が使用する具現能力への代償行為が大きい。
 聖獣の夢で構成されるソーンでは彼らの技術があまり及ばず、具現能力を発動すると、ゼノビアでの発動時以上に、代償行為が大きくなる。
 それらを少しでも防ぐため、オーマは具現能力発動時に着用する、「ヴァレル」と呼ばれる戦闘服を常に着用していた。
 もっとも、それ以外にも理由はあるのだが、オーマ曰く「腹黒同盟の真の目的を知りえたら分かることだ」といつもはぐらかす。
 ……ひとつの噂によると、彼の姉がキーパーソンになっているとされていたが、真相は明らかではない。
 
「……つまり、この世界を守るために着ている、ということ?」
「そういうことになるんだろうな」
 ソーンに訪れてからオーマが具現技術を行使したという話はあまり聞かない。
 戦闘服をまとっていたとしても、この世界に及ぼす影響がどのくらいかまだ把握しきれていないため、オーマは極力、具現能力を行使しないようにしていた。
 視点を変えれば、拘束具とも思える衣装。常に羽織ることで、自らの使命を戒めているということも推測出来る。
 
 彼が衣装を脱ぐ時。それはすなわち使命を終えた時なのだろう。
 
「でもさ、お城に行く時もその服なの? 王女様とかびっくりするんじゃないかな」
「そんなことはねぇよ。今度茶会で一緒の衣装を着てみたい、と言ってくれた程だからな。王女は見た目は桃色乙女爽やか清純少女だが、ハートは熱血ズッキュン☆腹黒イロモノ煩悩ドリーム全開乙女ってぇ話だぜ?」
「……そうなんだ……」
 ちょっぴり新しい王女様像を知り、軽いショックを受ける子供達。
 だんだん彼に洗脳されているような気がしないでもないが、純粋無垢でいられる程、この世界は甘くない。
 気合いをもって彼、の会話を自分なりに昇華していってもらうしかないだろう。
「何ならお前達も俺と一緒の格好をしてみるか? パワフル桃色羨望アスペクト視線を格好に浴びるハッピーチャンスなことは間違いないぜぇ?」
「うーん……それはちょっとー……」
 興味はあるものの、一歩先に踏み出す勇気(?)までは無いようだ。
 ソーンの住民からして見れば、彼の衣装は派手過ぎる。少々たじろくのも無理はない話である。
「心配いらねぇよ、おまえ達が着れるのはこの『ヴァレル』とは似て非なる物真似衣装にすぎねぇ。羽織ったところで、腹黒筋肉親父ムンムンパワフルボディにグレードアップは出来やしないさ」
 笑い飛ばしながらオーマは言う。
 その表情は実に楽しげだった。
 
「ね、その衣装って一点もの……だよね。洗わないの?」
「俺はこう見えても清潔好きだぜ。その問いに関しては、俺のプライベートルームに行けば一目瞭然バッチリ爽快疑問解決大興奮出来ることは間違いねぇな。ただし、どのプライベートルームまでかは教えてやらねぇよ。疑問を解決したけりゃ、自分で見つけ出すことだ」
 
 やはり彼はまだまだ謎の多い人物である。
 子供達はそう確信した。
 
 おわり。
 
(文章執筆:谷口舞)