<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


++   囚人大脱走   ++


《オープニング》

「危険な仕事かも知れん」
 疲れた髭面の男は神妙な面持ちでがくりと落とした肩を震わせた。
「しかしもう、君たちに頼むしかないんだ…!!」
 急にテーブルに拳を叩きつけ、がたりと立ち上がったその男に周囲がびくりと体を引き攣らせる。
「…で? その脱走した奴の容姿は?」
 エスメラルダの質問に男ははっきりきっぱり大声で(恐らく地声が大きいのであろう)答えた。
「髭面濃厚」
「髪型」
「全ヅラ」
「……身長とか?」
「チョイでぶ短足ドチビ」
「………何か疲れてきた、誰か代わって頂戴!!」
 エスメラルダは依頼の事前調査を放棄した。
「兎に角……!! 奴は危険な連続殺人犯とか何とか! それが街に放たれれば大変危険であろう!!
 どなたかーーーーっっ奴を捕らえてクダサレェェェェィイイ!!!!!」
「あんたうっさいのよーーーっっ!!」
 エスメラルダの叫びが黒山羊亭内に木霊した。


《…事前調査》

「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ、エスメラルダさん。事前調査は僕達が引き受けますから、ね? オーマさん………?」
 名乗り出た温和そうな眼鏡の青年、アイラス・サーリアスの振り返る視線の先に、なにやらでっかな親父が肩を震わせながら俯き加減に立ち尽くしていた。
「……どうかしたの? オーマ…」
 我を取り戻したエスメラルダがその彼、オーマ・シュヴァルツの異変に気がつき、訝しげにその顔を覗き込む―――
「親父……感・激!!」
「「「「!!?」」」」
「イロモノ哀愁親父ニズムたる髭やヅラ悶絶悩殺ラブボディ外観に大感激したぜ!!! 是非とも秘密のソーンヤバ親父マニアギネスに収録したい!!!! おう、アイラス! 俺は行くぜ!!!!!」
「………はい。そういう訳ですから、是非ともお任せください、ね?」
 呆然顔でオーマを見詰める依頼人をやんわり笑顔で宥め誤魔化し、アイラスは話を先へと進めてゆく。
「連続殺人犯が脱走ですか…。確かにそれは危険かも知れませんね〜」
「そうだな、でもすごく特徴的な奴じゃねぇか」
 依頼人の腰掛ける卓に椅子ごと引っ越してきた旅人のユーアが、にっと笑う。
「えぇ、まあ…特徴的であるからといって見つけやすいとは限らないのですけどね。エルザードには多くの方がいらっしゃいますから似た方もいらっしゃるでしょうし、基本的には体型から探すしかないわけですしね…」
「そうだな。…俺、ユーア」
「ユーアさんですか、僕はアイラスと申します。そこの大きなおじさんはオーマさんですよ。今少しだけご自分の世界へと旅立っていらっしゃいますので、構わずにいてあげてくださいね」
「……ふぅん」
 そう言いながらユーアは何となくどうでもよさげな視線でもってオーマを一瞥する。
「ところでこの辺の名物は何だ?」
「…名物? といいますと、…エルザード城でしょうか」
「そうじゃなくて、食べ物、特産品とか、これを名物で売り出しててすっごく美味いんだ、とか」
「食べ物ですか…何かありましたかね、オーマさん…………?」
「髭面濃厚…全ヅラ、チョイデブ短足ドチビ…………!!!! 素ん晴らしい……!」
 アイラスとユーアの視界にわなわなと手を震わせながら、妙な笑みを浮かべているオーマの姿が入った。
「………済みませんが、ちょっとお答えできないようです」
「…………わかった」
 ユーアはできるだけそちらを見ないように顔を背ける。そこへ青い髪をした非行に走った少年が姿を現した。
 彼はわなわなと震えてトリップ中のオーマに一瞥をくれると、そのまま奥へと入っていった。
「おう、アイラスじゃん、何してんだ?」
「おや、ゼンさん。お久しぶりです。実はこの辺りに脱走囚人が潜伏しているらしいのですよ。この方は依頼人です」
「…囚人?」
 訝しげな顔で依頼人の方を見遣ったゼンに、彼は疲れた顔を向けた。
「やあ、少年。その辺りでデブで髭で全ヅラの短足ドチビな親父を見掛けんかったかね、奴は凶悪なる連続殺人犯……!! そうだ、少年もこの捕り物に一役かってクレェェェェイ!!!」
 後半暑苦しく再びがたりと立ち上がった彼は、汗ばんだ手でゼンの手を勝手に握り締める。
 やめろジジィ!! とばかりにその手を振り払うと、彼はイカツイ(?)顔をして依頼人を威嚇した。
「あ――ン? デブヒゲ犯のお守りってかー? あー俺パス。スゲーヤル気しねーっつーか、お守りなんざクソガキだけで十分っつーか、同じヤルならンなクソ相手にしねっての。OK? ま、エスメラルダが相手してくれンだったら考えてもいーケドなー?」
 そう言いながらゼンがエスメラルダの方をちらりと見遣った。
 その視線に気がついた彼女は、独特の妖艶な笑みを浮かべてゼンの方へと近付いてくる。
「ゼン…連続殺人犯がこの辺りをうろついているだなんて…あたし、怖くて外へも出られないわ。ねぇ…? 勿論あたしのために一役かってくれるんでしょう?」
「一役かったら何かイイ事あんのかよ? エスメラルダ」
「勿論よ。素敵なプレゼントを用意して待っているわ」
 そう言いながらエスメラルダはゼンにウィンクする。
「…おーし、わかったぜ。やってやろうじゃねーか!!」
 漸くやる気の出たらしい彼の背後から、すっと湯気の立ったカップが差し出された。
「おっ? 気ィ利くじゃん、サンキュ」
 と、ゼンがカップを受け取ろうとした瞬間――

 がっちゃん

「あーーーっちィイーーー!!!!?」
「これはこれは…わたくしと致しました事が、うっかりと――しておりました」
「腹黒紳士ー!!? 何時からそこに居やがったんだっ」
 ゼンの絶叫にくすりと腹黒笑顔を湛えた紳士が一人――謝るでもなく、そのまま気にも止めない様子で他の者にもお茶の入ったティーカップを渡した。
「さぁ、貴方もどうぞ」
 そう言うと、彼は爽やかな笑顔でもって疲れきった依頼者に温かい飲み物を振る舞い、彼の心身を労わった。
「いやいや、気の利いたお兄さんだ、ありがとう。温まったぞ」
 依頼人は豪快にそれを飲み干すと、笑顔でその青い髪をした好青年を見た。
「わたくしはルイと申す者に御座います」
 彼は恭しく一礼をすると、そのまま爽やかに微笑した。――その彼の背後に…何処からとも無く霊魂軍団がざわっと現れ依頼人を取り囲む。
「むっ…ぬおおおおおっっなんじゃこれはーーーーっ!!?」
「どうぞお気になさらずに居てくださいませ。親愛なる霊魂の皆様方に御座います」
「れ、霊魂!? 霊魂ですとぉおおおおおッッ!!!?」
 (にっこりと笑顔を湛える彼と依頼人の周囲で、霊魂軍団がキャーッッ★とラブ生贄の予感に身悶え身悶え)
「ぬををををっ何か嫌な汗が背中を伝っておるーーーっ危険なのかも知れんっ」
「そんな事は御座いませんよ? そこの腹黒親父病原筋菌に比べれば――到って無害」
 彼の眼鏡がキラリと光る。
「……病原筋菌とな?」
「えぇ、そうで御座いますよ、今し方そちらの隅の方で不愉快極まりない親父桃源郷などを夢見、醜悪極まりない親父桃色臭と共に病原体をそこら中に撒き散らしているあのお方です」
「……ルイさん、言いすぎですよ」
 アイラスが少々困り顔でルイを止めるが、隣は隣で大変な事になりつつある。
「お……おいッ!! 何だ霊魂って!? 霊魂って事は、あれか? 死んでる奴か!!?」
 ユーアが出された飲み物を死守しながらも周囲を取り囲み、蠢く壁と化した霊魂軍団とじりじりと睨み合う。ここでも一つの捕り物が……。
「御安心下さいませ…到って無害です故」
 にっこり爽やかスマイルでユーアに微笑むルイは、キャーッッ☆☆と嬉し恥ずかし楽しさ満開で熱い視線を投げ掛ける霊魂軍団をバックに、ユーアにこれが当然で、何でも無い事のように諭してみせる。
「無害…とか、そう言う問題なのか?」
 ユーアが疑問の声を上げるその後ろで、手をあちちあちちとブルンブルン振るって冷ましているゼンが、「ぜってぇちげーよ!」とばかりに首を激しく左右に振う。
「さて、脱走囚人の話に戻らせていただきますが」
 アイラスの誘導に乗せて、ルイが0.0015ミリずれた眼鏡を0.0035秒の速さでシュバっと直す。
「其の方の罪が真で有るのかは今のわたくしの知る所では御座いませんが…この聖なりし地と命の営みの中に於いて放っておいて良い事では無さそうですね。必要なのでしたらこのわたくしが直々に教育し直して差し上げますよ?」
 にっこり紳士な微笑を湛えながらルイが依頼人の方を見る。
「ぅうぬぅぅ……ちちょっ超強力そうだ……」
 どもりまくりの依頼人が冷や汗だらだらで背後の霊魂軍団をちらちらと盗み見る。しかしその視線はことごとくキャッチされ、霊魂軍団のドキドキワクワクウッキウキ☆な熱視線にからめとられるのであった。
「……木を隠すなら森の中、街中で逃走を企てるのならば人ごみに紛れてしまうのが一番でしょうね。ならば敢えて昼間の人ごみの中を逃げるのが理に適っているでしょうか? 夜の街や裏路地などは自然と周囲の警戒が強くなりますし」
「おうっそうだな!! 時におっさん、髭はいいよなぁ〜!!」
 突如旅から戻ったオーマが依頼人の隣に席を陣取る。
「おぉっ、君もやっと戻ったのか!! 髭は男の意地と心意気…!!」
 二人はがっしりと筋肉筋肉しい熱い握手を交わすと、にやりと笑って席についた。
「一々立つのやめろよ、オッサン共」
「ゼンさん、依頼人の方に失礼ですよ。いくらお二人がこの世のものとは思えないほど暑苦しいからといって…」
「どっちでもいいんじゃねぇの、とにかくさ、この訳わかんねぇ状況何とかできねぇかな。俺、そろそろ外に出たいなぁ…」
 ユーアがそろそろ限界、とばかりに外の世界を羨ましげに見つめる。しかしその視線も霊魂軍団の熱い視線の壁に阻まれ――現実逃避も長くは持たなかった。
「全くな事ですね…」
 誰の意見を肯定しているのかはわからないが、何時の間にか席に着いてお茶を飲んでいるルイが心底そうだ、というように目を閉じながら頷いてみせる。
「その脱走した囚人は連続殺人犯という事ですが…過去に一体どのような事件を起こされているので?」
「そうだな…例えば、「村娘殺人事件」……!」
 そのありがちでいてそうでもなさそうな珍妙な名前に、皆がごくりと喉を鳴らして依頼人のデカ声に聞き入る。
「そうだな、五年前に奴は……村娘を殺害した…!!」

 がくっ

 結局ははっきりきっぱり簡潔な説明に落ち着いた依頼人に、全員ががくりと肩を落とす。
「おっさん、話が下手なのか、それとも面倒臭いのか…?」
「両方だ!!」
「おっさん、腹黒同盟に入んねぇか?」
「何じゃあその興味そそられまくりの同盟はァァァァアアアアアア嗚呼!!」
 黒山羊亭の壁がびりびりと震え、ゼンは顔を顰め、ユーアはげんなりとした表情で耳を塞ぐ。
「おぉーっっ見たかアイラス、ルイ!! 腹黒同盟のスリートップ達よ!! このあっつぅうい雄叫びこそ俺たちの求めていたモンじゃねぇか…!!!」
「…何時からそんな物を求めていらっしゃったのでしょうかね?」
「その御質問にはお答え致し兼ねますよ。わたくしの知るところでは御座いませんのでね」
 周囲の冷たい視線を一身に背負いながら、オーマと依頼人はイロモノ親父☆ラブ髭同好会の話で盛り上がっていた。
「ところで犯人さんはどんな性格の方なのでしょうかね?」
 彼らの話の合間にさり気なく依頼の調査の為の話を織り交ぜ、彼らは騙し騙しに情報を積み重ねてゆく。
「欲求に素直だ」
「髭は剃るもんじゃねぇ、蓄えるもんだ!!」
「そう、髭とは男の汗と涙の勲章……!!」
「時に依頼人さん、そのお方とはどのような癖をお持ちなのでしょうかね?」
「奴は常に汗ばみ、顔中がだっらだらじゃ!!!! 頬髭や顎下の髭のどちらかを常にさわさわしておるわっっ!!!!」
「エネルギッシュな汗…親父全開腹黒満開なイロモノオーラ漂う髭…デブ…チョイデブ…」
 うっとりオーマにうっとりおっさん(依頼人)が歌うように髭髭デブデブ重ね合うように連呼する。
「どういう行動をとられる事が多いのですか?」
「単純馬鹿」
「なぁ、マジで腹黒同盟入いんねぇか?? 今なら特別サービス期間中だぜ?」
「特別…!! 」
「…と言う事はですよ? 仮にその御方が街中での逃走を御企てになったと致しますと…人質などは御取りになられるようなタイプの御方なのでしょうかね?」
「そんな面倒な事はせんわァアァアアアア!!! 獲物を見つけたらぶっすりばっさりじゃ!!!」
「…マジ限界」
「いつも聴いてる事とは言え、俺も頭イテーよ」
 エグイ話とグロイ話との織り交ぜで(この際どちらがエグくてどちらがグロイのかは一様には言い切れない)周囲の人間は心なしかぐったりとしている。
「あー俺もー先に出てるぜ!! 一人でヤった方が断然イーしな」
 ゼンは勢いをつけて席を立ち上がると、そのままポケットに両手を突っ込んでダルそうに後ろ手に手を振りながら黒山羊亭を後にした。
「おやおや…御気の早い事で御座いますね。勿論アイラスさんはそこの屠るべき病原親父怪菌と御一緒に捜査をなさるのでしょうね?」
「えぇ、そのつもりです」
「そうですか、それではわたくしも御先に出させて頂く事に致しましょう」
 にっこりと特別に爽やかな笑顔を浮かべたルイの背後で、霊魂達は犯人との悶絶ナイトメアランデブーゲッチュ☆を夢見ヤル気満々でクネクネと身を捩る。
「ルイさん…その霊魂軍団達は」
「えぇ、御安心下さい。関係者の方々以外には見えないようにしておきますからね」
 そう言ってルイは腹黒笑顔を湛えてユーアの方を見た。
「……頑張ってくださいね」
「……? あぁ」
 その返答を聞くと、ルイは一層笑みを深めて一礼をすると、黒山羊亭を後にした。その後をざざざっと霊魂軍団が駆け抜ける――
「さて、と――」
 アイラスはティーカップの中身を飲み干すと、すっと立ち上がって今尚もイロモノ親父トークを続けるオーマと依頼人の方に視線をやった。
「オーマさん、今こうしている間にも一般の方が危険に晒されているのですよ――そういったお話は事件が解決してからお二人きりでなさってください」
 その意見にユーアも「その通りだ」とこっくりと頷く。
「あ〜、わかったよ」
 少し残念そうにしながら席を立ち上がったオーマは、依頼人に暫しの別れを告げ――そして、アイラスと二人で黒山羊亭を後にしたのだった。
「……………アレ?」
 一人――いや、依頼人のオッサンと二人きりで取り残されたユーア。
 勿論先に出て行った五人全員がこの状況を想定していたのだろう。
「「……………」」
 あれあれ…あれれ? 何かやばくねぇか、これ? まさか、………俺は嫌だぞ? 胸中を疑問符で一杯にしていたが、直接嫌だと言うのははばかられる。勿論そんな可愛らしい性格をしている訳ではないが。
「じゃあ、俺も先に行くから――」
「御供つかまつろう」
「いや、いいし」
「遠慮なされるなあアアアアア!!!!」
「いいから、いらねーっての!! 第一うるせんだよ、つぅか五月蝿過ぎんだよおっさんは!!」
「わし一人では寂しいではないかぁァアアアアアアアアア!!!」
「もうわかったから黙れーーーーッッ!!!!」
 黒山羊亭から大音量で漏れ出す二人の叫び声に、先に外に出た者達は苦笑を洩らしたとか…。


《表通りで》

 不本意ながら五月蝿いおっさん引き連れて表通りに姿を現したユーアは、市場の中に紛れ込んだ。
「ふぅん…なかなかおいしそうな物がたくさん……」
 そう言いながらも笑顔で八百屋のおばちゃんの放った苹果をゲットして頬張っている。
「君は食べるのが好きなのかね」
「あ? あぁ、そう」
 生か返事を返すと、ユーアは道の角に串焼き屋を発見し、そのまま直行する。
「わしも好きじゃあアアアアア!!!!」
「わかったってのーーーっっ!!!」
 暑苦しい親父が暑苦しく叫びながら、汗だらだらの手でもって力強くユーアの手を上下に振う。
「いい、いい、ほんとにいいし、わかったから…手を離せっ」
 おかしい――こんな予定では無かった。
 おいしいものをチェックして試食したりしながら歩いて、ついでに犯人を捕まえて謝礼金をゲット―――そんな予定だったというのに。
 その予定が何処でどう狂ったら、こんなおっさんの五月蝿い叫びをかわしながら歩くことになるんだ?
 ユーアはつかまれた腕をぶるぶると上下に振いながらしきりに思案する――しかしその答えは永遠に出る事は無いだろう。なぜなら、嵌められたのだから。
 なぜなら、おっさんも多分、筋肉腹黒親父だとか、ガン飛ばし凶悪少年であるとか、ましてや――霊魂引き連れた一見紳士風な腹黒青年だとか……そういった輩には、是非ともついて行きたくなかったのだろう。
「時におっさん、その犯人の事なんだけどよ…もう少しまともな情報ねぇの?」
「まともな情報…」
 おっさんがうむぅ…と思案して両腕を組んだのをいい事に、ユーアはすぐさまに解放された腕で、二度と手厚い握手の歓迎を受けずに済むように、醤油の匂いが香ばしい焼きイカやら焼きたてのクリームワッフルやらを買い込んで両手を一杯にする。うん、これこそが至福の一時だ。
「そういえば奴は…高い所が好きでな…いやなに、すぐに落ちてしまうのだかな……奴が今回捕らえられたのも――それが原因でな。落ちてきた所をがつっと捕縛してやったんだが――どうせいっつも落ちるんだからやめればいいのになぁ!!」
 がはは、と豪快な笑い声を上げながら、おっさんは叫ぶように猛る。
 ようやくまともな情報を手に入れ、ユーアは何となく報われた気がした。
「しかし…落ちて掴るとは……間抜けな凶悪殺人犯だな」
「きっと空が好きなんだろうな!!!!」
「おっさん…頼むからもう少し声抑えられないのか?」
「無理」
 びりびりと震える手持ちのイカに――ユーアは苦笑した。


《裏通りで捕り物》

「おし、お腹が満たされたのでいよいよ捕り物開始……つぅかもう飽きたなぁ…」
「飽きた!!? まさか腹を満たす為だけに表通りを歩いたのではあるまいな!! 少年!!!」
「俺、女だから」
 当然の如く突込みを返しながら歩いていると、その問答に少々驚いた様子の声が背後から響いた。
「あ? マジでかー?」
「……何だっけ? あぁ、ゼンか」
 振り返れば黒山羊亭でガンを飛ばしまくっていた少年が右手にツルツル小デブなおっさんの首根っこを掴みながら引き摺っている――左手には何故か髪の毛の束が……て、ヅラか!!
「何だそれ、まさかそいつが犯人?」
「っポイだろ?」
「ぽいって、おまえなぁ……まぁ、実際どれも同じ様なもんか」
 と、ユーアが依頼人をちらりと眺め見たので、ゼンは笑い声をあげた。
「一緒にするでなぁい!!」
 おっさんが大声で叫び始める。
「何だよ、マジで一緒に来てたのかー」
「…やっぱり嵌められたのか」
 げんなりした様子でそう呟くと、声はでかいくせに他人の小さな声にも過剰に反応してくるおっさんが鼓膜が引き裂けんばかりの大声で雄叫ぶ。
「失敬だぞ君ーーーーッッ!!!!」

 つるんっ どってん

 妙な地響きと共に天より一人のおっさんが舞い落ちてくる――ヅラと共に。
「「「!!?」」」
 その場に居合わせた三人は瞬間、立ち竦んだ。

 ひらり ひらり ふぁさぁっ…

 ゼンのツンツン頭の上に漆黒のパンチなヅラが被さり――

「俺のヅラを返せェエエエエエエ!!!!!」

 鬼人の如き怒りの形相で、髭面濃厚でつるっぱげ(数本の毛が風になびいていたとの報告有)でチョイデブ短足ドチビのおっさんが―――かくも醜悪な気配をもくもくと漂わせながら、ずっしりと重い足音を響かせ、且つ顎下の鬚撫で付けながらゼンの方へゆっくりと歩み寄ってくる。
「言い忘れていたが―――その犯人は異様にヅラへの執着を見せている」
「「こいつじゃねぇのカーーーーッ!!!?」」
 二人の声が揃った所で、そのおっさんはスラリと刃の反った獲物を懐から抜き出した――
「さぁ…俺のヅラを……返すんだ……この若毛がーーーッッ!!!!!!」
「えええぇぇぇっっ!!!!? マジかよオイ―ッ何で俺なんだ!?」
 そう言いながらもゼンはおっさんに近付きたくないのか、異様な迫力に押されてしまっているのか――じりりと後ずさった。それが合図だった――
「ついでにその毛を狩らせろーーーーーッッ」
「オィーーーーッッ!!!!? マジかよッッ」
 斜めに頬を掠めた刃物を認めた途端、ゼンは思わず身を退いてそのまま駆け出していた。
 ふわりと青い髪の毛が数本宙を舞い踊る――
「コラーーッッ坊主、逃げんととっ捕まえんかーーーーぃ!!!!」
 依頼人のデカ声にようやくその存在に気がついた男が、舌打ちをしてそのまま逃走を図る。
 そこへ何時の間にか先回りしていたユーアのなが〜いおみ足が犯人の行く手を阻み、見事にその足を絡めとった!
 豪快な地響きを響かせながら転倒する犯人。どうやら短い足ではかわせなかった模様だ。
 というか、逃げ足自体はお世辞にも早いとは言えない。先程の髪を刈ろうとした時に見せた速さからはとても想像できないような鈍さだった。
 ユーアは犯人を足蹴にして押さえつけると、依頼人に一応本物かどうかを確認した。
「間違いない!! そいつだ!!!」
 断言したおっさんの叫びに苦笑しつつも、さて、お仕事終了――と言いかけた、その瞬間……
 しゅぱっと空を裂くような音と共に、ユーアのズボンの裾が引き裂けた。
「スネゲ狩り……!!」
 足の下で不敵に笑う犯人を視界に認めた瞬間に、ユーアはこめかみの辺りで何かが切れる音を聞いた。
「俺は女だっっつってんだろがぃーーーーっっ!!!!」
 思わず犯人にナイスシュート!! をキメてしまうと、彼は軽く二、三メートルはごんごろごんごろと吹っ飛び転がっていった。
「おいおいおいおいっっ何してくれてんだてめぇーーーっっ!!」
 おっさんの転がっていった方で叫び声があがる。
「あ、ヅラ……!!」
 忘れていたが、犯人はゼンの被っている鬘を執拗なまでに追い求めているのである。被っている本人を殺さん勢いで。
「小僧……ヅラ……返せェェェェェェェ!!!!」
 どんどんと醜悪に膨れ上がる親父怪談マックス☆腹黒オーラ…ゼンはかなりの勢いで引きながら、半ば動けずにいた。その背後で……更にある意味凶悪な、桃色筋肉親父☆愛のデンジャラス鬘なんて素敵に危・険☆と、危うしゼンとユーアの脳味噌! な感じのオーマが仁王立ちでポーズをキメながら彼らを待ち受けていた。
「よぉ…逢いたかったぜェ? レッツデンジャラスラブ☆桃ヅラ色!!」
「ギャアアアアア!!! また現れたのかきっさまぁアアアアア!!!!」
 異様にびくついた犯人が急に萎縮し、わたわたと逃げ場を探して視線をあちらこちらへとめぐらせるが―――既に、時遅し。
 辺りをぐるりとオーマが招集した謎の腹黒裏親父世界のマッスル親父集団悩殺セクシー筋アニキ達と、イヤンイヤン☆ウッフーンな霊魂軍団がずらりと取り囲んでいた為だった!
「随分と手間取らせて頂きましたが――もう、追いかけっこは終わりにして頂きましょうかね?」
 キラリと眼鏡を輝かせながら、ユーアと依頼人の後ろからすっとルイが現れる。
 おっさんやユーア、ゼンたちにとっては、どうも味方が現れたような気がしなかったが――
「そろそろ観念してください…これ以上逃げても、為になりませんよ。空からも見張られていますしね?」
 にっこりと微笑んだアイラスの示す遥か上空に、一匹の飛竜が漂っていた。
「観念しなさい、どこへ行こうとも私が貴方を見逃しはしません!」
 セフィスの凛とした声が響き、犯人は顔をひくつかせた――その間にもじりじりと間合いを詰めてくる謎の親父集団&霊魂軍団…気付くと彼は、真っ暗な闇の中にぽつりと座り込んでいた。
「夢…か? ……ハッ俺のヅラは……!? ちがう、これは夢などでは……」
 暑苦しい闇の中で、彼は頬髭を触りながら一人トリップしている。
「これで暫らく動けんだろ」
「後遺症が残らなければいいのですが……」
「アイラスさん、其れにつきましては恐らく心配無用というもので御座いましょう」
「おい、おっさん…あの中で一体何が…!?」
「おまえ、いい加減にヅラを取れよ」
 蠢く筋肉と霊魂たちのもっさりとした塊――その中に連続殺人犯の哀れなる末路を彩る断末魔が悲しく木霊した―――

 事は一件落着――しかし、ユーアは暫らくの間この光景が夢に出てきてうなされそうである。




―――― FIN.

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
 【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
 【1731/セフィス/女性/18歳/竜騎士】
 【2081/ゼン/男性/17歳/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
 【2542/ユーア/女性/21歳/旅人】
 【2085/ルイ/男性/25歳/ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制)】
※エントリー順です。

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 始めましての皆様も、お久しぶりな皆様も、どうもこんにちは、芽李です。このたびは依頼を受けてくださってありがとうございました。
 連続殺人犯(?)の捕り物、どうもお疲れ様です。
 ユーアさん、なが〜いおみ足で犯人足蹴! &食彩の旅――如何でしたでしょうか? クールなはずが、寸でで崩壊…あれ…? す、済みません。笑

 この度も別行動の所等ありますので、宜しければ他の方の物も読んでみてくださいね。きっと謎が解ける…のかな?
 それでは、また機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。