<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
++ 死物狂いで ++
それは突然の出来事だった。
そして、それが大惨事の始まりでもあった。
とにかくそんなつもりじゃなかった。それだけは明言しておく。(:オーマ・シュヴァルツ後日談)
ある日の朝。
まぶしい太陽の光に澄んだ鳥の声が聞こえる。
緩やかに風が凪ぎ、草木を さら さら と揺らせる。
そんなのどかな日常。
彼はゆっくりと体を起こすと、ベッドの上でうんと伸びて欠伸をした。
少し寝癖で爆裂した頭を掻きながら、もう少し眠れそうだと暖かな布団に潜り込もうとした―――その瞬間。
ドッゴーン!!
がっしゃーん ぱりん がっちゃがっちゃがっちゃ
「どおおおおおっっ!!?」
粉々に砕けた色んな物の破片を踏み鳴らし、彼らはオーマの目の前に立った。
突然の親父心臓筋鷲掴みな腹黒騒音に、その男――オーマ・シュヴァルツは「何だ、何だ、何だ!!?」と布団の中で心臓と首だけを激しく運動させる。
「あたいらの息子があんたんとこの娘に一撃ズキュンだーーーーー!!!!」
「……ズキュンだ〜!」
何だか結構肌を露出した服を着ている、派手な格好の女性がオーマを指差して偉そうにポーズをキメている。
その隣で彼女の肩位までしか身長のない男性が同じようなポーズをして、楽しいのか、はたまた理解しきれていないのか、ほんわか笑顔でオーマを指差した。
「ひっ!!? ……て、オイ!! 何だお前ら、特務捜査官もびっくりな腹黒侵入潜伏親父筋開始しやがって、この俺のうっふん桃色夢見親父がちな朝をどうしてくれちまってんだよ!!」
ようやく正気に戻ったらしいオーマが抗議をするも、彼女は首を左右に振るって豊かな巻き毛を大きく宙へと舞わせ、あっさりとそれをかわした。
「この勝負に娘を賭けな!!」
「……かけなぁ〜!」
再びびしっと指を向けて格好をつけている彼女の横で、小さな男性がぴちっと妙な効果音と共に可愛らしくポーズをキメる。
「うぶっ!!」
彼女がオーマの顔面に叩きつけるように差し出した一枚のチラシ。
「…何だ?」
彼は顔を顰めながらも、彼女の格好同様に何だか派手なチラシを見た。
「……なになに、【ソーンラブラブ胸キュンカカア天下夫婦タッグ第三弾アニキ★伝説の聖筋界横断番犬ウルトラブラッド服従忠誠バトル筋大会〜下僕主夫の雄叫びは永久に響きマッスル☆】優勝者には聖獣もびっくりな品を贈呈…………………………………………………………」
「あたいらが勝ったら娘を嫁に寄越すのよ!!」
バーン!!
「………よこすのよ〜!」
ぱっちーん!!
「キモイッ!!」
女性が男性の頬を思い切り叩いたので、その男性はその衝撃でそのまま尻餅をついた。
「……もいっ!」
それでも台詞は言うらしい。彼は瞳をうるうるとさせながら頬を押さえてオーマの方をじっと見つめる。
「……オイオイ、一体何なんだてめぇら、誰がんな勝負に乗るかよ!!」
その時だった。
がんがんがんがんがんがんがんがん!!!
忙しなく、且つ激しく歩く音が響き―――
「朝っぱらから何一人で騒いでんだい、煩いよっ」
バッターン………! と、間違いなく普通の扉であったなら、そのまま繋ぎの壁諸共吹っ飛んでいただろう。
そこで不意にすべての物音が止んだ。
オーマの妻・シェラが派手に開け放った扉の向こうで…見慣れぬ女とベッドの上でいちゃこいている、筋肉親父の姿が彼女の視界に入った為だ。
「どうやら……死臭の漂うちょっとばかし過激なお仕置が必要なようだねぇ? オーマ」
これは気のせいではない。でなければ夢でもない。
何故ならばスッコーン!! と、物凄くいい音をさせながら、空を斬った「ドラゴンの皮膚も軽々と引き裂き、しかも切った野菜がくっ付く事のない穴あき包丁」が彼の顔の真横に突き刺さったからだ!
「シシシシシシシシシシェラ!! 今日はまさかその包丁で料理を!!?」
「あたしってモンがありながらどっからそんな得体の知れない女連れてきてんだい!! この穀潰しがーーーーっっ」
「んぎゃーーーーっっ!!おおおおおいシェラ、誤解だ、落ち着けぇぇぇぇっ!!!」
かくして腐臭に満ち満ちた決死のバトルが開催されたのである。…なんちゃって。
シェラの誤解を解くのに、時間にして三時間…まぁ、サバを読んだ数値である事に間違いはないが。
オーマの部屋に突如侵入をしてきた二人組み――それは【ウォズ】であった。
聖都公認で何度か開かれてきたこの大会も有名になり――同時にその大会に毎回出場しているこちらのシュヴァルツ夫妻もかなりの有名人になっているという事だ。
第一回は優勝、第二回は惜しくも敗退――そして、今度が第三回目。
この二人組みが勝負を挑んできて、「勝ったら娘を嫁に」等というふざけた申し出をしてきたという事は―――前回の敗退を見て、嘗められたという事であろう。
しかしこんなふざけた賭けに乗るオーマでは無かった。
「ンなモン相手にしてられっかっつーか名前からしてクソヤバ下僕主夫絞り雰囲気むっふんじゃねぇか……よ?」
「ふふふふふ………」
隣で何故か紅い魔女が俯き加減に怪しい笑い声をあげる。
「シ……シェラ?」
余りのショックで気でも触れたのだろうか…? と、肩を震わせる彼女の横顔を、オーマがそっと覗きこむ――
「売られた喧嘩は買うよ!!」
「…シ、シェラさん!!?」
ギッンギンに金色の瞳を輝かせ、彼女は愛用の大鎌磨ぎ磨ぎし始める。ぶったぎり準備オーライ! これは超危険☆レッドゾーンde親父絞りの断末魔か……!?
とにかくどうやらこの申し出はシェラのギラリと輝く番犬精神に火をつけてしまったらしい。
「オーホホッホホホホホホホ!!! 勝負だ!!」
ウォズの女が高らかに笑い声を響かせながらシェラと肩を張る。
まだ大会も始まっていないのに――っつぅか、オーマにしてみれば大会って何処でやるんだっけか? という感じなのだが、既に火花を散らすデッドヒートな二人は互いに一歩も退かない勢いだ。
「…………んだっ!」
ほんのちょっと出遅れた男性の【ウォズ】がそんな二人を見ながら楽しそうに笑っている。
「おい、ところでそのチマイのが息子か?」
「何ゆってんだい! これがあたいの夫だよ!!」
「…………だよぅっ!」
…何とも情けない限りである。
「……大丈夫か? おまえ、この悪い人に騙されてんだろ?」
「失敬なッッ!! この人はねぇ、こう見えても「極上」のあたい「だけ」の「下僕」なんだよ!!!」
妙な所ばかりを強調して言う【ウォズ】の妻に、夫も何かしらの疑問を感じたのか、少しだけ首をかしげている。
「………だよ…?」
「………そうか」
もう何も言うまい。
二人の関係については、何も言うまい。いや、言ってはいけないのだ、きっと。
オーマが脅迫まがいな説得を自分にしていた時、不意に背後から冷たい空気が流れ出した―――
「………負けたら……許さない……から」
何時から居たのか、オーマの娘が有無を言わさぬ威圧感でもって彼を威嚇する。
「ハイ」
「大丈夫だよ、きっちりのさせてくるからねぇ。任しときな」
いつもの姉さん風味でシェラがそう言いきる。
何だか「させて」くるからねぇ、の辺りが気になる。きっと「する」のは自分なんだろうな、とオーマはぼんやりと考えた。
「さ、何ぼやぼやしてんだい、オーマ。行くよ!!」
「おう」
こうして彼等は自らの足で死地へと赴いていったのであった―――約一名は引き摺られながら。
城に着くなり言われるがままに移動を開始した。
気がつくと――海だった。
目の前に真っ青な海原が広がっている。
「いやぁ、絶景だなー」
オーマが軽い現実逃避の持病を発症しながら、まだ肌寒い春先の海を眺めている。
「あら、オーマ。やっぱり今回も参加なさいますのね。絶対に来ると思っていましたわ」
「おう、久しぶりだな、王女さん……アンタまた余計な企画を……もとい、またこんなモン開催して大丈夫なのかよ、しかもソーン横断って…………またエッライでかく出たな、おい」
「うふふ。楽しそうでしょう?」
エルファリア王女には少しも動じた様子はなかった。寧ろ優雅に微笑んでさえいる。
「………もしかすると、カカァ天下向きなのかもな」
ぼそりと呟く彼の声は彼女の耳には届かないだろう。
「おや、久しぶりだねぇ、エルファリア王女」
「まぁ、シェラさん。「かかあてんか」、今回も楽しみにしていますわよ」
「任しときな。前回の雪辱を晴らすためにも、優勝するからね!!」
「さぁ〜今回も世界中の猛者どもが集まってまいりました!! 聖筋界壮絶バトル!!
これより【ソーンラブラブ胸キュンカカア天下夫婦タッグ第三弾アニキ★伝説の聖筋界横断番犬ウルトラブラッド服従忠誠バトル筋大会〜下僕主夫の雄叫びは永久に響きマッスル☆】を開催します!!!」
ぜはぜは息を切らす音を響かせながら、司会者と思しき者が拳を高々と突き上げる。
いよいよ世紀のバトルの開始だ。
「え〜、本大会は聖筋界もとい聖獣界全てを横断し、様々な試練を乗り越え番犬レベルと下僕主夫忠誠度を競う物となる予定であります」
今回の参加者は、前回の波乱(?)の結末により、結構集まったようだ。オーマとシェラのペアを含めても、十五、六組は居る。
大会のタイトルが何だかレースみたいで気軽に来られたのだろうか。始まる前から方々で火花を散らしている。
うぅむ……現実逃避に現実逃避を上塗りして、一人でぶつくさ言っているオーマの肩をシェラががっしりと掴んだ!
「オーマ、今回こそは絶対に優勝を狙うからね!!」
「お、おう」
「返事が小さい!!」
「ハイッ!!!!!」
「よ〜し」
もう忠犬と調教師の関係だった。
「参加者の皆様! 御覧下さい、見渡すばかりの大海原を…!! 今回参加者の皆さんはここからスタートして聖筋界を横断していただきます!! た だ し ! とりあえず常人の感覚をズレた地獄の番犬様と下僕主夫道まっしぐらな皆様には、ソーン斜め四十五度を横断していただきます!!!!」
「「「「はぁ!?」」」」
「いい声ですね〜。僕は皆さんの反応が楽しくて楽しくて仕方がありません!! 司会者冥利に尽きるいい反応ですね!! じゃ〜まずは海人の村、フェデラからGO!! 題して〜海人と筋肉ラブ☆浮遊deダンス!!!」
今回は何だか妙に弾けた司会者だ。
オーマ達は言われるがままに支給された水着を装着すると、何故か番犬様達が着替えていない事にはっとする。
「おい、シェラ……?」
「今回ご婦人達は、寒さと潮風のダブルパンチはお肌に悪いという事で見学になります。頑張れ下僕親父ども!! 因みに言っておきますが〜、司会者が「あたしにこの寒い海を泳がせるつもりかい?」なんていう真っ赤なおねぇさんの真っ赤な調教という名の講義(抗議)を受けた訳では決してありません!! だからといってその隣の巻き毛ナイスな肉体美を強調しまくったおねぇさんに愛の往復びんたを高速で数十回受けた訳でも決してありません!!!」
と、司会者が心なしか明後日の方向を見ながら言った気がする。
「おい、シェラ…おまえ一体何を…!?」
オーマの背後へ大鎌にぎにぎシェラが近付いていった。
「なんだい? そんなモンつけてたら前がよく見えなくて、ちゃんと(速く)泳げやしないだろう」
スパンッッ
シェラの放った一閃は、オーマの水中眼鏡のレンズを見事に綺麗さっぱりと排除した。
「ふん。上出来だね。しっかし野暮ったいねぇ…」
海パンを眺めながら、彼女はもう一振りした―――オーマは小さく悲鳴をあげながらも、全く動けなかった。
「安心しな! 裁縫は「死ぬほど」得意だよ……!!」
にやりと紅い唇の端を引き揚げると、彼女はひらりと舞い落ちてきた海パンの余り布をその手に握り込む。
「何だったらしっかりとやれるように、この余り布で鉢巻でも拵えてやろうかねぇ……」
言ってもいないのに、オーマの耳には彼女がクックック…と笑う声が、冷たい風に乗って聞こえてきた気がした。
「いえ、結構です」
「頑張るんだよ、オーマ!!」
行け!! と言わんばかりにシェラが腰に手を当てながら、大海原に向けて指をさす。
シェラの力強い声援と共に、何だか納得の行かない様子で首を傾げていたオーマは、何故か下僕印のついたブーメラン的紐海パン一丁で、下僕印のついた真っ白なゴムの水泳帽をかぶり、下僕印の刻み込まれたレンズのない水中眼鏡を装着し―――突き落とされるように未だ冷たいであろう海へとのみ込まれていった。
そして、海へと入ってから気がついた――
「おいっ海人の村フェデラに行くっつったって――あの村、浅瀬にあるとは言え結構深いんだろうが!! 「水中呼吸薬」と「ふやけ防止の塗り薬」はどうしたんだコラァ!!」
「そんなモンありません!! ファイトだ腹黒親父!! そんなんじゃ真の下僕主夫には程遠いぞ!!」
楽しそうに笑いながら司会者がイエイ!! とばかりにオーマとウォズの夫たちに向かってピースする。
「因みに今回のコンセプトは水責めです!! さて、番犬奥方様たちは競技の一環として――ハルフ村で忠実なる下僕主夫な野郎共が迎えにくるのを待ちましょう!!!」
――ハルフ村といえば……某観光雑誌に載っていた説明書きを、妙に冴えた頭を高速回転させながらオーマがぶつぶつと病的に述べた。
「ある日突然温泉が沸き出したことで、広く名前を知られることになった村。エルザードから骨休めに訪れる観光客も多く、村は現在急速に発展中とのことである。岩風呂、檜風呂、美人の湯などなど多種多様の風呂があり、内風呂と露天風呂のいたれりつくせり両対応……」
「じゃあ、あたし達は一足先にハルフ村へ行ってることにするよ。オーマ、しっかりやるんだよ!! あたしも頑張らせて貰うからねぇ…」
ニヤリ、彼女の唇がそう音をさせながら歪められた気がする。彼も限界が近いのか。
シェラとウォズの妻達は、何だか和気藹々として楽しそうにその場を立ち去っていった。
下僕主夫達の悲惨な現状…海へ飛び込んだ途端に顔を青褪めさせ、全身を過剰に震わせるものが数名。微妙に耐え忍んでも、数分で極楽筋肉浄土へようこそ☆ゴゥトゥヘル! まっしぐらな顔をして、海の上をふよふよと浮いている者がほぼ全員―――既に参加者の半数ほどが海のもずくへと化しそうな勢いで、顔を半分ほど埋めていく。
「おい!! 浮き輪!! こいつら凍えて泳げねぇぞ!!! 引き揚げてやれよ!!」
ぶくぶくと泡を噴き出しながら、荒波にもまれて沈んでゆく参加者達――オーマの死期も近いだろう。
「………れれれれよょ!」
突然オーマの隣で先程のウォズ夫の声がした。
「うぉお!! 大丈夫かおまえ!?」
オーマが思わずそう言ってしまう理由は、誰が見ても明白だった。
顔が生きている者とは思えないほどに青く、かつ全身が高速で微震している。
荒波すらも妙な波紋を湛えて彼の周囲を取り巻いていた。
額の下僕印のついた真っ白なゴム製水泳帽が酷く寂しい。
「おおおおおぃ死人が出るぞ!!」
かくゆうオーマ自身も何だか次第に歯ががっちがちと鳴ってきた。
全員が怪談・理科室に出てくる骸骨状態で海の中で微動だにしないので、司会者は何だか残念そうにマイクを握った。
「仕方がありませんね〜時期尚早ということでしょうか。さすがに死人が出ては困りますので〜今回海人の村、フェデラでの〜海人と筋肉ラブ☆浮遊deダンス!!!は中止にします!! 皆さんはそのまま豪商の沈没船の方へ向かって下さい!! そこで番犬奥方に捧げる美しい宝石を捜すのです!! さぁ、行け!! 下僕いじらしぃ親父どもよ〜!!」
「「「「「結局海かよ!!!!!」」」」」
かくして大会参加者は一気に脱落し、四分の一ほどまでに激減したのであった。
オーマは今、汗だくになっているのにがたがたと震えているという妙な体験をしている―――いや、それは大会参加者(野郎共オンリー)全員に言えることだ。
必死にかじかむ手で何かを洗っている―――アクアーネ村の運河で。
「さぁさぁさぁさぁ!! そのままじゃ渡せません!! 潮でべったべったで小汚いでしょう!? 狂気の番犬様たちはそんな小汚い物は受け取ってくれやしません!!!! 洗いなさい、洗いなさい!! 必死こいて洗いなさい!!! 日が暮れてしまいますよ!!!」
本当に心の底から楽しそうな司会者が、オーマと数名のウォズ夫たちをべらべらと捲し立てる。
死物狂いで手に入れた小さな宝石は、苦労して手に入れた甲斐があって美しい――しかし、かじかむ手には掴みにくい、見事に憎らしい一品だ。
それでもあの極寒の中で宝石を手に入れたこと自体が奇跡に近いのだ――下僕達の間に妙な連帯感が生まれていた。
助け合い――その素晴らしさを身に沁みて感じているような、うっとりとした表情――生命を持つ者としての限界に違いない。
彼らは海の中で密集し、温め合いながら沈没船の探索をして宝石を手に入れた――ついでに妙な友情も手に入れたらしい。
必死こいてニヤニヤしながらチマイ宝石を洗う様は、まるで―――止めておこう。
とにかく彼らは必死だった。
「よしっっ!!!」
オーマはにやりとして立ち上がると、ぴかぴかに洗い上げた宝石を陽に翳して透かしみた。
淡い緑色をした宝石だった。
「おぉっとオーマ選手、一番に洗い上げました!! さすがは一度は優勝した男です!! とっととハルフ村まで走ってください!!」
「今度はマラソンかよ!!!!」
「……かよっ!」
オーマがそう言っている間にその脇を走り抜けて、例のちまいウォズ夫が駆け出した。
「おっそうはさせるかよ!!」
負けじと駆け出したオーマに続き、他の二、三名のウォズ夫たちも駆け出した。
「おーい、待ってくれよ」
うふふ、あはは…等と言いながら。
その頃――シェラとウォズ妻達は、美人の湯に浸かりながらゆったりとしたひと時を過ごしていた。
かぽーん………
「それにしても、遅いねぇ」
「ほんとだよ、何してんだかねぇ、あたいらがこんなに待ってるって言うのにさ」
「あっはっは、今頃冷たくなって海の底に沈んでたりしてねぇ!」
「オーッホッホッホッホ!! うちの下僕はきっと凍って沈んでいてもプルプルしてるわ!!」
かぽーん………………
「それにしても、何だか浸かり過ぎて疲れてきたよ、そろそろあがりたいんだけどねぇ…」
「あたいものぼせてきたわ〜」
「そうねぇ…」等という同意を得ながら、ぼんやりと夕焼けを眺めるシェラとウォズ妻達。
彼女達は昼からずっと温泉だった。こっちはこっちでちょっと地獄らしい。
そこへ、エルファリア王女が入ってきた。
「皆様方、「げぼくしゅふ」の方々がそろそろこちらへ到着するとの報告が入りましたわ。用意をして皆様をお待ちしましょう」
その言葉に、ようやく風呂を出られると皆が喜び勇んで着替えをして外へと出て行ったのだった。
夕焼けに染まる大地―――その向こうから、男が走ってくる。
汗を流しながら、よろよろになりながら――それでも必死に走ってくる。
「オーマ……!」
シェラは思わず胸を高鳴らせた。
あの背格好――走り方、間違いなくシェラの夫、オーマ・シュヴァルツだ。
「さぁさぁさぁ〜お待たせいたしました!! お肌ふっくらツヤツヤ奥様に、汗びっしょりクサクサゲッソリ親父からの、ラブ全開なプレゼントです!!」
シェラの元へと辿り着いたオーマが、何だか傷ついたような、挫けそうな複雑な心境でシェラの前に立つ。
「シェラ……俺が豪商の沈没船で筋肉が壊死して腹黒親父も死ぬのかなぁんちゃって☆ほど凍えながら皆と超絶☆筋温め合ってやっと手に入れたはいいがキタネェから腹黒洗えっつぅんでアクアーネ村でかじかむ手ぇでごぉしごしむぅきむき洗って洗って洗いまくった宝石だ」
何だか色々と喋り方がおかしいが、シェラは気にせずに彼の差し出した小さな緑色の宝石を受け取った。
「……何だか知らないけど頑張ったんだねぇ、ありがたく頂いておくよ」
「報われねぇなぁ、おい」
「なんだって? オーマ」
「何でもねぇよ」
くすりと笑いながら、今にも倒れてしまいそうなオーマの体をシェラが支える。
彼女の手の平に包まれた小さな緑色の石が、優しい光を湛えて二人を祝福した……のも束の間。
「あぁ、いい汗流した! あ、何だかお腹がすきましたねーーーーーっつぅわけで釣って来い!! 魚、釣って来〜い!!!! 続きましては〜ルナザームの村です。晩御飯に丁度いい時間ですねぇ〜っ漁業の盛んな港村で晩御飯の魚を釣って捌いちゃって下さい!! ラブ全開の共同作業で〜す!!」
「って今ので優勝じゃねぇのかよ!!!!」
オーマ達の叫びが虚しく夕焼けに向かって響く。
「いいですわねぇ、オーマ。「らぶぜんかい」ですって」
「……姫さん、もう勘弁してくんねぇかなぁ」
「何言ってんだい!! 行くよっオーマ!!!!」
シェラはやる気満々で腕まくりをする。
「で、ルナザームの村までは……?」
「勿論競歩で〜!!」
「「「「競歩かよ!!!!」」」」
ウォズの妻は、疲れてくたくたになっているウォズ夫を小脇に抱えて駆け出した。
「あたし達も負けてられないよ!!」
オーマは今朝方引き摺られるように大会に参加した、そのまんまの光景でシェラに引き摺られていく。
「アニキ!! 何処までもお供しますぜ!!」
と、ようやく追いついたらしい他のウォズ夫達が、オーマとシェラの後に続く。
「オーマ、あんた海で何してきたんだい!!」
「俺はもう海は嫌だ〜〜〜っっ」
夕焼けに彼の断末魔がずっしりと轟いた――
村へ辿り付いた面々は、競歩で村の中を駆け抜け――そのまま釣具を握り込み、ひゅっとしならせて糸を海の中へと放った。
「一番に吊り上げて下さい!! 一番に吊り上げた夫婦が今大会の優勝者となります!! 安心してください、もう焦らしたりはしません!! 残念ながら日が暮れそうだからです!!!!」
司会者はまだまだ一人で興奮した様子でマイクを握っている。
「おぉっと!! 糸を引いている夫婦がいますね、あれは、デカイですよ!!」
「「何だって!?」」
オーマとシェラの声が揃う。
「あたい達が一番だよ!! あんたたちの娘は貰ったーーーーーーっっ!!!!」
例の夫婦が釣り竿を引きながら、高らかに宣言した。
「なんだとっ!よりによっておまえらかよ!! くそっっ…よーし、シェラ、俺たちも負けてらんねぇぜ!!」
「そうだねぇ、あんなちまいウォズの所になんか、娘はやれないからねぇ……!!」
その言葉にウォズ夫がショックを受けた様子で体を大きく引き攣らせる。
「何やってんだぃあんた!! しっかり釣り竿をにぎるんだ!!」
「……………〜〜んだっ!」
うるうると瞳を滲ませながら、ウォズ夫が涙を袖で拭う。
「あっ!! 離すなっつってんだろ、馬鹿ッ!!」
そうこうしている内にオーマとシェラが握っている釣竿がぐいぐいと強く引き始めた!!
「おぉっっきたきた!!」
「絶対に釣り上げるんだよ、オーマ!!」
「言われなくたって、そうする……さ」
思い切り振り上げた糸の先に……大きなピラニアが―――
「「何で海に!!?」」
「おぉっと!! 一番に魚を釣り上げたのはオーマ、シェラのシュヴァルツ夫妻です!! しかも優勝者に相応しい珍種を釣り上げました、近年その生息が確認されてきている脅威の生み生息型「人丸飲み☆巨大ピラニア」です!!! 因みに魚は食べません、人間だけです!! しかも丸飲みで〜す☆
という訳で、【ソーンラブラブ胸キュンカカア天下夫婦タッグ第三弾アニキ★伝説の聖筋界横断番犬ウルトラブラッド服従忠誠バトル筋大会〜下僕主夫の雄叫びは永久に響きマッスル☆】優勝者はシュヴァルツ夫妻です!!!!」
「やりましたぜアニキ〜っっ」
競い合っているはずの相手がオーマの優勝を心の底から喜んでいる。妙な展開だが――
「やったよ!! 優勝したよっオーマ!!」
「おぅ、勝ったぜ!!!」
娘を守れた事の喜びと、優勝自体への喜び――そして、彼の心中の大半を占める喜びは、やっと帰れる……という事だったとかなんとか。
「さて、優勝者のお二方には、素敵な素敵な聖獣もびっくりな品を贈呈します!!」
そう言って二人に渡された品は――
「真なる下僕主夫の証セット」と「番犬様と下僕主夫☆面白湯呑み」だった。
「おめでとうございます、どちらとも特殊効果バリバリなびっくり商品ですので是非お楽しみください!!」
オーマは何故だ……と昼下がりまで装着していた三点セットを握り締めながら、ぶつぶつとまたしても病的に呟き始めた。その隣で、妙な形をした(寧ろ穴のあいている)夫婦湯呑みを手に取ったシェラは、まじまじとその造形を眺めながら、「あ」とつぶやいた。
そして先程オーマから貰った緑色の宝石を取り出し、その穴に宛がった。宝石はぴたりとその穴に嵌った。
「そうです。よく気付かれましたね〜、まぁ、他にも穴はたくさんありますけどね!!」
「使えないじゃないか!!」
「いえいえ、レッツトライ!! 必ずミラクルが起こる!!」
イエ〜イ、とピースをしながら、彼はシェラの鎌が飛んでくる前にすたこらと逃げ出していった。最後までふざけた司会者だ。
「シェラ……」
一番頑張ったのは自分だが…落胆した様子のシェラを見て、オーマは彼女の肩にそっと手を置く。
「……………ま、よしとするかねぇ」
顔を上げた彼女は、どこかすがすがしい表情をしていた。
「いい、思い出になるだろう? さすがにこんな湯呑みは何処を探したって見つからないだろうしねぇ」
「あぁ、確かに…そうは見つからねぇだろうな」
二人はふっと笑い合うと、オーマはシェラの肩に腕をまわしてそのまま家路につこうとした―――その背後で、例のウォズ夫婦がきぃきぃと叫んでいる。
「おい、おまえら、負けたんだから大人しく―――て、おい!!」
「た、たたたたた、たすけろ〜っっ☆」
ウォズ妻が半泣きで巻き毛を揺らしながらビシッとオーマを指差す。
その腕の中で――人丸飲み☆巨大ピラニアに体半分飲み込まれているウォズ夫の姿があった。
「……………けろっ!」
「うぉぉおおおおおおっっ医者を呼べ―――ッッ!!!」
大混乱のオーマの叫び声が港町に木霊した。
――――FIN.
※以下のアイテムを入手しました。※
「真なる下僕主夫の証セット」/オーマ・シュヴァルツ
「番犬様と下僕主夫☆面白湯呑み」/シェラ・シュヴァルツ
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