<東京怪談ノベル(シングル)>


具現が堕とした片割れ

●一通の召喚状
 春の心地が気持ち良い朝のことだった。
 朝食を終え、一服の茶を楽しんでいる最中。一通の手紙がオーマ・シュヴァルツ(1953)のもとへ舞い込んできた。
「こりゃ珍しいな、エルザード王室の印じゃねぇか」
 手紙に押されていた蝋(ろう)印は王室の証である紋様が押されていた。
 封を開けると、爽やかな柑橘系の香りがほのかに漂ってくる。
 手触りの良い羊皮紙につづられる流暢な文字。
 聖都エルザードで一般的に利用されている文字だが、使える人間はあまりいない。
 この世界では、聖獣の加護により言葉は全て相手に通じることが出来る。
 また、異世界より伝えられた伝達機器により、音声や画像を遠距離に飛ばす技術が発達し、文字を知らなくても情報を伝えることが容易となっていた。
 そのためか識語力が低く、文字を取り扱えることはすなわち教養の高さを表していた。
 手紙という手段を取れるということは……貴族、あるいは学院関係者から、という証拠である。
 オーマもソーンに来た直後は見知らぬ文字の羅列に苦労したが、持ち前の知識の高さと適応力で瞬く間に覚えてしまった。
 彼が崇高されるのも、内からあふれるカリスマ性と共に、そういった桁外れの才能がある所為なのかもしれない。
 手紙の内容を一通り読み終えたオーマは、すぐさま自室へと向かった。
「アーッ! 仕事途中で放りだすの〜〜??」
 雑用をこなしていた少女がすかさず声をあげる。
「放りだすんじゃねぇよ! 急用が出来たから、準備に戻るだけだっ。おまえこそ、ちゃあんと仕事を最後まで遂行するんだぞ!」
 適当にあしらいながら、オーマは駆け足ぎみに地下室へと降りていく。
 クローゼットの隅に置かれていた銃を取り出し、弾の有無を確認する。
「ち……随分減ってやがるな。出来れば使わずに済むようにするしかねぇか」
 準備を整え、地上階に戻ったオーマの元へ黒いローブ姿の男達が歩み寄ってきた。
 胸元にある紋章を確認し、オーマはにやりと笑みを浮かべながら言う。
「おうおう、早かったじゃねーか。焦ったところで事件は早々に解決しねーぜぇ?」
「……事態は一刻をせまっているのです。さあ、早く参りましょう」
「オーマ、どこいくの〜〜〜?」
 少女の元気な声が室内に響く。
 臨時の仕事だよ、と軽くあしらい、オーマはそのまま仕事場である病院を後にした。
 
●王立学院の危機
 エルザード王立魔法学院。
 この世界を司るといわれる、聖獣を召喚出来る希少な存在「ヴィジョン」の育成を目的として作られた学園である。
 才能あるものには種族・年齢の差別無く門を開き、能力を開花させる手伝いをする。
 オーマがこの学院で教鞭を取るよう誘われたのは、当然のことと言えよう。
 聖獣を召喚し、扱う能力。すなわち具現能力。ヴァンサーであるオーマにとって、聖獣を扱う事態は造作も無いことだ。
 だが、多忙である彼がゲスト教師としてこの学院に訪れるのは年に数回。
 先日、新入生との顔合わせにと出勤しているため、今月は学園に訪れる理由がなかったはずだった。
 1つの事柄を除いては。
 
「それで、状況はどうなってぇるってんだ?」
 学院の隅にある部活動室の1室に依頼人は待っていた。入る早々問いかけるオーマに、彼は申し訳なさそうに答えた。
「実は……全く歯が立たない状況でして……ここはもう、オーマ様のお力をお借りするしか手だてがなさそうなんです」
「ええと……『超ワル筋戦隊アニキ★セクシー大胸筋デンジャーズ』だってぇ輩だよなぁ? まあ、この正統派聖筋界一腹黒フェロモン親父である俺の手にかかりゃぁ、炸裂スマッシュ桃源郷直行撃で一撃だぜぇ?」
「それは頼もしい限りです。だが……今回はオーマ様も一苦労されるかもしれません。何しろ……例のアレが、関与しているようです」
 一瞬、声をひそめていう彼の言葉に、オーマはぴくりと眉を上げた。
「アレっつーと、この親父桃色桃源郷ソーンに乱入してきたあげく、ナニしてアレしようと企んでる奴らか?」
「え、ええ……はい」
「そうか……するってぇと、ちょいと厄介かもしれんな」
 神経を研ぎ澄ませ、辺りの気配を伺っていると確かに『彼ら』の気配を感じられる。どういったいきさつかまでは分からないが、彼らが絡んでくるとなると、こちらとしても本気を出さなくてはならない。
「全く世話の掛かる奴らだぜ。おまえらはアブねぇからこの部屋で大人しく待ってるんだな。くれぐれも外に出てくるんじゃねぇぞ、おまえらのことにまで気を使えるかの保障はねぇんだからな!」
 安全のために部室内に結界を貼り、彼らにここで待機するよう念を押す。
 羽織っていた春物コートを脱ぎ、オーマはいつものあの派手な衣装へと転身させる。
「さぁて、いってやるかぁ!」
 余裕のある笑顔は崩さず、オーマはゆったりとした足取りで校舎内へと入っていった。
 
●具現されたもの
「おう、そこのにぃーちゃん! そっから先は通すわけにはいかねぇなぁ?」
 如何にも柄が悪そうな口調の声が階段上から聞こえてくる。
 相手を確認するため、オーマが顔をあげると、男は顔を途端に青ざめさせた。
「なっ……! き、貴様っ!」
「俺のビューティフルマッスル親父フェイスがどうかしたってぇか?」
「……いや、貴様は違うな。この偽物め! 何の面を下げてここに来たってんだ!」
 ……偽物?
 一体なんのことだといぶかしげながらも、話してもら致が明かないと即効で判断し、オーマは彼の言葉を無視して、階段を上りはじめた。
 こんな雑魚に構ってる暇などない。
 さっさと最上階にある、講堂にいる彼らの親玉を退治して家に帰らなければ、家族が待ちわびて、患者達に何をしでかすか分かった物ではないのだから。
「おい! 貴様! 人の話は‥‥」
 ふわりと男の身体が浮かび上がる。
 次の瞬間、彼は地面の熱い抱擁似抱かれ、意識を完全に失っていた。
 
 仲間がやられたことに怖じ気づいたのか、意気がっていた侵略者達は臆病風を吹かせ始めていた。
「思ったより大した事ねぇな」
 妙なことに、気付けば一番の心配であった『奴』の気配が薄れかけていた。
 オーマの存在に気付いて撤退したのか、それとももともと彼の勘違いだったのか……
 腑に落ちない感覚を覚えながらも、オーマは行く手を邪魔する男達をなぎ払い、一気に最上階まで駆け上がった。
 扉の向こうにいたもの。それの姿にオーマは我が目を疑った。
「……成程。こいつぁ、ウォズの気配と勘違いしちまうのも仕方ねぇな……」
 苦笑いを浮かべながら自嘲ぎみに呟くオーマ。
 彼の眼前にいたものも、オーマの姿を見て驚きを隠せない様子だ。オーマを睨みつけ、何者だと問いかける。
「そいつはこっちの台詞と言わせてもらおうじゃねぇか。こっちに来た時の力の片割れさんよぉ」
 侵略者達のボスとしている存在。彼の姿はオーマそのものだった。いや、似ているのは外見だけだ。彼を知る者ならば、彼の奥底よりにじみでる腹黒親父筋肉イロモノオーラ……もとい、カリスマ性がみじんも感じられてこないのは明らかである。
「何処で湧いてきたかはしらねぇが、おまえを具現してる力は俺のモンだ。元の器に戻すってぇのがスジってモンだろ?」
「な、何を言ってる!? 具現? 何だそれは……!」
「ほぉ、形だけの具現ってぇとこか。随分とお粗末な出来栄えじゃねーか……腹黒同盟の誰かを模す程度ならそれでも構わねぇが、親父道師範、腹黒同盟総帥でもあり、カリスマピュアアニキ桃色筋ヴィジョン使い育成イロモノ指導者たる俺の真似をしようたぁ、ウォズ以上に質が悪い代物だな!?」
 言うが早いかオーマは用意していた拳銃をためらい無く撃ち放った。
 カエルを潰したような鈍い声をあげて、男はその場に崩れ落ち、そのまま黒い影へと変化していく。
 影はしばらく辺りを漂っていたが、惹かれるようにオーマの周りに集まり出し、やがてその身体へと吸い込まれていった。
「……まあ、逆に言わせれば、俺の姿で助かったかもしれねぇな……あいつの姿だったら、撃てる自信がねぇしな」

 ボスが潰されたと知った侵略者達はあっさりと降伏してきた。
「あいつにそそのかされただけなんだ……俺達は支配しようだなんて思っちゃいねぇよ」
「なら、もう二度とこの地に足を踏み入れねぇこったな」
「は、はいっ!」
 そそくさと逃げていく男達。それを追おうとする学院関係者をオーマは制した。
「あんな雑魚追いかけるのは体力の無駄ってモンだゼ?」
 それより荒らされた学院内の清掃が先だ、とオーマは彼らを促す。
 丁度日はゆっくりと暮れ始めていた。
 夕飯の準備は間に合いそうだな、とオーマは家路へと向かっていった。
 
 おわり
 
 文章執筆:谷口舞