<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
++ 繋ぎ留めるもの ++
乾いた大地の上に 己の腕が千切れ落ち、その上に血が滴る。
重々しく響き渡るその水音に、彼――オーマ・シュヴァルツは顔を顰めた。
耐える事は容易ではない。
突然の出来事に、不意に襲った激痛に、彼は散々に叫び声をあげ、暫らくしてからその痛みに呻いた。
一体何だと言うのだろうか、抉り取られるように千切れた彼の左足は、腿から下が皮一枚で繋がっている。
暫らくの間、歩けはしないだろう。
「ぐっ……うぅっ……」
オーマは土埃を舞わせ、肩からのめり込むように大地の上へと倒れ込む。
「………く、…そ!!」
傷口を押えて血に濡れた左手で、戦によって無残に踏み荒らされた大地を握り締めた。
「何故だ、どうして……こんな事が……うぅ………」
絞り出す声は誰にも届かず、大地を握り締めたその手には、血に塗れた泥がびたりと重々しく張り付いている。
「何にでも首を突っ込みたがるその性分を……いい加減に直す事だな」
今は殊更耐えるしかできぬオーマの視界の端に、何時の間にかその男はすっと立っていたのだった。
「…………………ジュ、…ダ……?」
首を捻り、足下から手繰るように見上げると、そこにはいつにも増して冷たい双眸がじっとオーマの姿を捕えていた。
その情報を手に入れたのはいつだったろうか―――
オーマの元に、底無しのヴォー沼近くに強大な具現の狭間の揺らぎが形成されたらしく、そこを訪れた多くのウォズやヴァンサー達が侵食され、消息を絶っているという情報が舞い込んだのだ。
そんな話を聞かされて黙っているオーマでは無かった。全ての命と想いを本来の姿へと還してやらねばならない―――真実を知っておかねばならない。彼はそんな想いで具現の狭間の具現亜空間へと赴く事を決意した。
彼はその日のうちに用意を整えると、妻とデスマッチを繰り広げながらも何とか説得し、病院を休診にして、彼の地を訪れたのであった。
びちゃり びちゃり……
「おいおい…どいつもこいつも……よくもまぁこんな所に足を突っ込んだもんだぜ」
オーマは底無しで有名なヴォー沼から少し外れにあるという、具現の狭間の「具現亜空間」を探してひっきりなしに続く泥土に足を埋めていた。
「外れにあってよかったぜ……沼の周辺にゃ露店なんかもあるし、変に賑わってるからな」
呟きながらも周囲への警戒は怠らない。
彼は沼から随分と離れ、いい加減に泥土ともおさらばしてもいい頃であろう大地に視線をやる。
―――いつまでも続く泥土。確実に本沼からはもう随分と離れている。だが次第に土はぬかるみ、生暖かい、柔らかな感触でもってオーマの足を、ふくらはぎの辺りまでを包み込んでいた。
「このまま進んでいったら埋まっちまいそうだな……」
ぼそりと呟き、自身の目指す先に視線を向ける――
近付くにつれて、揺らぐ気配は大きくうねり、孤を描くかのように渦を巻いている。
真芯に向かって止め処なく流れ込んでゆく、暗い影―――
辺りに在るもの全てを飲み込むような、異様な存在感。
それは、ウォズや具現や全ての在りしモノ、聖獣をも飲み込み侵食する脅威も秘めるという。
「随分と……デカイな」
オーマは呆然としてそれを眺めた。
ソーンとオーマの故郷・ゼノビアは、これまで二回繋がっている。その都度道は閉ざされたが――その狭間に今も漂う具現の揺らぎは、双方の世界を侵食し兼ねぬ状況だった。
常に危険な状態で、辛うじてその均衡を保っている。
しかし今、オーマの目の前にある光景は、その保たれている均衡さえも覆しかねない危険な状況を彼に伝えていた。
「何だか……前回のやつとはちょっとばかり違う気がするが――まぁ、いっちょ行ってやるか!」
オーマは首を左右に傾け、ごきりと気合を込めた音を鳴らして、悠然とその具現の狭間――具現亜空間へと足を踏み入れていったのだった。
手を伸ばせば今にも触れられる――だのに何も触れる物はなく、ただひやりと冷たい闇が、触れようとする彼の指先を掠め、その腕を撫でつけた。
巻き込むように――――手先から遡り、這い上がる闇。
オーマは具現亜空間の異様なまでの「欲し方」に、思わず身を引いた。
「くっ……何だ、こいつは………!!」
腕を引こうとも絡め取られたそれはびくともしなかった。寧ろぐいぐいと奥へ曳かれてゆく。
不自然な風が彼の背を押す。
オーマは強引な誘いに、抵抗を諦め、口の端を引き上げた。
「おいおい……そんなにがっついても何もいいもんなんざ出ねぇぞ」
瞬く間に闇――具現の揺らぎは彼の体を巻き取り、その真芯へと向かって高速に落下してゆくのであった。
「「侵食」されぬよう……気を付ける事だ」
奥深くに落ちてゆく――それはまどろみ、夢の中へと落ちてゆく…その瞬間のような感覚だった。どこかで聞いた事のある声が己の頭の中で響き、彼は目を閉じた。
さらりと流れる風。
どこか懐かしい香り。
その端から――仄かに香る硝煙の匂いと鮮烈な血の芳香。
オーマはねっとりと頬を撫で付けられるような感覚を覚えて、がばりと跳ね起きる。
「――――何……だ、と?」
呆然と呟かれた声が、異様なまでの重厚さを帯びて静まり返った辺り一帯に反響する。
途端に目の前に広がる光景に、彼は目を見開いたまま、その時を止めた。
広く美しかった大地、偉大に広がる海、青々と太陽を抱いた空。それらは死の眠りと夢を視、動植物は殆ど絶滅し、…そう――――ロストソイル。
「……ゼノ、ビア……か?」
――にしては、その飲み込まれるような暗闇の中に少しばかり血の香りが濃い。
俄かに腐臭を嗅ぎ取ったオーマは、びくりと体を揺らした。
彼の横たわるその周囲に、無残にも討ち捨てられた、嘗ては生きていたであろう存在の肉塊が無数に折り重なり、辺り一帯を埋め尽くしていた。
「……まさか」
――――異端殲滅戦争。
そう呟くために開かれた口唇が、音も発せずに虚しく開閉する。
オーマは無言でその場を立ち上がると、何の言葉も発せられずにいた。
戸惑いながらも、彼はゆらりと歩き始める。
遠くから響いてくる銃声、爆発音――それから、具現の波動、ウォズの気配。
人々の悲鳴、そして――――想像を絶する痛みを与えられ、絶えてゆく「生き物」の断末魔。
オーマはほんの少し、苦痛に顔を歪めた。
「ここ」に居るだけで苦しい。
具現で造られたにしては―――随分と、リアル過ぎる。
オーマは戸惑いを隠し切れず、その瞳に動揺を走らせる。
唇を噛み締め、やり切れぬ想いに、せり上がって来る身を焦がすような熱に、必死に耐えた。
不意に辺りに良く知った匂いが立ち込め始める。
【ウォズ】だ―――
彼らは死せる大地の岩陰から、ひっそりとオーマの体を射抜くように見詰めている。
「何だ? ――おまえら……」
オーマの発した声に反応したのか、彼らは異常に素早く彼の元へと接近してきた。
ふわり と風がオーマの髪を揺らした。
「――やろうってぇのか?」
返事は、ない。
当然だ。彼らはオーマの話など、端から聞く耳を持っていないのだから。
「異端殲滅戦争」、あの頃は――見境無く全てを無に還していた。
そう言えば聞こえがいい。取り繕う事も出来ない―――狩りを楽しんでいる、自分が居た。
修羅のように戦場を駆け巡り、二本の巨大な中華刀を握り締め、何千、何万という敵を切り裂いてきた。戦う事が、楽しくて仕方が無かった。
もっと暴れたい―――自分の腕を試したい、そんな想いで一杯だった。
「もう……あの頃の俺とは違うんだ」
オーマは具現亜空間の薄暗い闇を吹き飛ばさん勢いで爆風を放ちながら、その容姿の変貌を遂げた。
さらりと風になびく銀髪、薄らと開かれた赤い瞳―――青年の姿に立ち戻った彼は、その手に自らの具現の力を集中させる――銃器を、具現させるつもりであった。
ところが、その手に握られたのは―――
「何っ……!?」
具現した覚えの無い、出来る筈の無い、物。
オーマの両手に、巨大な二本の中華刀が握られていた―――
「…………!?」
オーマは目を見開きながら、まじまじとその物体を眺める。確かに自分の刀だ―――そう思っている間にも敵は動きを見せた。
次々に襲い来る【ウォズ】。
ある者は宙を舞い、ある者はオーマ目掛けて駆け出し、そして攻撃を仕掛けてくる。
最早考えている暇などなかった。
オーマはよく手に馴染むそれを、身を捻らせながら大きく振り抜く。
ぶぉんっっ!!
一瞬の無音。
静寂の向こうで、何かが崩れ落ちる轟音が大地を轟かせた。
「なっ……!!?」
持ち得る筈の無い力、かつて―――そう、異端殲滅戦争で大いに力を振った時そのままの破壊力。
それは襲いくる【ウォズ】達を一撃の下に薙ぎ倒し、ひいては遥か遠くの岩山すらを切り捨てた。
「どう、いうことだ……!!?」
戸惑いを隠し切れずに握る刀をまじまじと見つめるオーマに、敵は待ってなどくれぬ。
束になって襲い掛かる【ウォズ】の群れに、オーマは深く考える余裕など与えられずに刀を振った。
「うぉおおおおおおっっ!!!」
ぶちり
それは突然、だった。
肉体は耐え切れぬ―――オーマの腕が、握る巨大な中華刀ごと千切れ落ちた。
「うぐっ!!? ぁあああああああっっ!!!!」
痛みが襲い、彼はこれこそが「現実」であるのだと思い知った―――
ごとりと重い地響きをさせて手離したもう一本の刀。
彼は左手で無くなった右腕の傷口を強く握り締めた。
「ぐ、あぁっ……な、何故だ………!!?」
大きく息をつきながら痛みに身を震わせる。
ごきり
不意に足下で妙な音が響く。
数瞬であるのに、いやにゆっくりと―――時は流れ。
「ぅああああああああああああっっ!!!」
オーマの絶叫が否応無しに辺り一帯に反響する。
嘗てその身を襲った、数百年前身に刻まれしもの。本来の姿力を用いようとすると、「四肢が飛び千切れる程の代償」が再び己が身に襲い掛かったのだ。
何故―――?? 嘗てはそうであった。しかし今では、その代償も無く変異出来る……筈、だった。
彼は右膝をつき、左足の千切れた痛みにのた打ち回る。
一人悶え苦しむ彼の周囲を、静かにウォズ達が取り囲んでいった。
このままでは、拙い―――オーマは痛みの余りに朦朧する意識の中で、家で待つ妻や、娘の事を想った。
帰りたい。
もう、離れるのは、 嫌だ―――
彼の顔が悲痛に歪む。
オーマは地面にどうと音をさせて転がりながらも、必死に愛刀をその手に手繰り寄せる。
美しい銀髪が土に、そして血に塗れて輝きを失う。
希望を掴む為の拳ですら、土に塗れ、血に塗れ―――
痛みに負けようとも、戦いに負けようとも、想いに負けるわけにはいかない。
自分自身の、強く願う その「想い」だけには負けてはならない。
左手に、よく馴染んだ硬質な感触を深く握り込むと、彼は燃え盛るような炎の色をした瞳に光を走らせる。
瞬間の破壊力
嘗ての頃のように
凄まじき 力
そんなつもりでは無かったと、言うのも嘘になる。
生きたかった
ただ、生きたかった
ただ ただ 願うのは
あの頃のように
いつかは また
――――あの頃のように
皆で……
乾いた大地の上に 己の腕が千切れ落ち、その上に血が滴る。
重々しく響き渡るその水音に、彼――オーマ・シュヴァルツは顔を顰めた。
耐える事は容易ではない。
突然の出来事に、不意に襲った激痛に、彼は散々に叫び声をあげ、暫らくしてからその痛みに呻いた。
一体何だと言うのだろうか、抉り取られるように千切れた彼の左足は、腿から下が皮一枚で繋がっている。
暫らくの間、歩けはしないだろう。
「ぐっ……うぅっ……」
オーマは土埃を舞わせ、肩からのめり込むように大地の上へと倒れ込む。
「………く、…そ!!」
傷口を押えて血に濡れた左手で、戦によって無残に踏み荒らされた大地を握り締めた。
「何故だ、どうして……こんな事が……うぅ………」
絞り出す声は誰にも届かず、大地を握り締めたその手には、血に塗れた泥がびたりと重々しく張り付いている。
不意に、まだ辺りに残っていた【ウォズ】の攻撃色が消え――彼らは静かにそこに現れた者を見詰めていた。
「何にでも首を突っ込みたがるその性分を……いい加減に直す事だな」
今は殊更耐えるしかできぬオーマの視界の端に、何時の間にかその男はすっと立っていたのだった。
「…………………ジュ、…ダ……?」
首を捻り、足下から手繰るように見上げると、そこにはいつにも増して冷たい双眸がじっとオーマの姿を捕えていた。
「……お、まえ………」
「もう、おまえは気が付いているのだろう? オーマ」
「………な、にを…?」
「―――相変わらず白を切るのが上手い。まぁ、いいだろう……この世界が、一体何であるのか……と、云う事だが」
「……現実、なの…か?」
ジュダは皮肉めいた顔をオーマに向け、こくりと、小さく顎を引いた。
「世界は現実――しかしその中で貴様だけが「具現」という「存在」そのものなのだ。具現の狭間では具現そのものだけが現実でありえる……即ちおまえは、「ここ」では具現化された存在……という事だ」
「一体、誰が……そんな、事を…?」
「つまり、だ…具現化されたお前達ヴァンサーやウォズ達がこの具現亜空間という「リアル」と融合する――其れにより…」
「笑う、奴が……居る」
「……そうだ」
あっさりとその言葉を肯定するジュダに、オーマは思わず「何故だ」と、問い正しそうになる。
朦朧とした意識の中の、次第に鈍ってゆく痛覚と視界。動ききらぬ思考と手足―――彼は忙しなく息をつきながら、辛うじて痛みに痙攣する体でジュダの方へと一身に意識を集中させている。
「偶然ではありえぬのだ。この「具現亜空間」は……な」
「おら、ジュダ………勿体ぶるんじゃ、ねぇよ……」
「口だけはまだ達者なようだな――何より……だ」
ふっと冷たい微笑を零したジュダは、立ち上がろうとしてよろめき、土の中へと埋れたオーマを掴みあげるようにして助け起こした。
「へへっ………あんがと、よ」
走る痛みに途切れる言葉――不意にジュダはほんの少し和らげた視線でもってオーマを見つめる。
オーマにはそれが、「余り無茶をするなよ」とでも告げているかのように感じ、思わず口の両端をにっと引き上げて見せた。
「俺は…こん、くれぇはよ、……その…、大丈夫、だ」
「…誰がおまえの心配などしたと言った」
「か…、かわいく、ねぇ…奴、…だ、なぁ」
ジュダは微かに首を擡げて其の口端に冷笑を浮かべると、斬り裂かれた岩山の向こうをじっと見つめる。
「人工的に作り出された「狭間」…――具現能力者の力と記憶とを利用し、全てを「現実」として構成する……此れら全ては…おまえの具現の力を利用して創り上げられた…幻……おまえはもう、眠って居ろ」
「………ジュ、ダ…?」
遠退きかける意識――オーマは、ジュダの視線の先をじっと見据えると、その影にウォズとは違う――人間の姿を認めた。
オーマの視線を感じ取ったその「ヒト」は、にやりと歪めた口で喋り出す。
「戦争が「アレ」で終わり? ……ふざけるな」
男はなじるように、乾いた大地に唾を吐き捨てる。
「俺たちは戦いを望んでいる―――お前等異端を狩る為の……な。お前達の罪の記憶――脳裏に浮かぶ、嘗ての「リアル」をここで再現し、「嘗て」へと還った貴様等を世界に放つ。―――人工戦争の幕開けよ」
「お、まえ………は?」
「俺か? 俺は―――――」
ジュダが片腕をすっと水平に持ち上げ、差し伸べるかのように虚空に向かって手を開く。
「お遊びは……此処までだ」
静かに呟かれる言葉―――何時の間にかジュダに付き従うように集まっていた【ウォズ】達。
彼の手の平に、俄かに光の珠が集中し、小さかったそれは次第に勢力を強め、今、ここにある「現実」をも飲み込んでゆく。
「ジュ、………ダ……」
何をしようとしているのか、何が起こっているのか―――それすらも理解できなかった。
ただ、必死に見上げた、自分の体を支えてくれている男の横顔が―――嘗ての友ではなく、まるで別人のように感じられた事だけが、俄かにオーマの心を支配した。
「まだ、……行く…な、よ……」
彼の言葉に、不意にジュダが顎を引いてオーマの瞳とじっと見詰め合う。
「…また……いつか、……あの、頃…みたい……に」
不意に彼の瞳が柔らかに緩み、それから―――悲しげに細められた。
そんな気がした。
友に対して、ジュダに対して、そんな事をしっかりと口に出して言ったのか……彼の朦朧とした意識の上での事なのかも知れない。真相は、定かではない。
それでも、細められたあの悲しげな瞳は、オーマの心に 酷く妙な痛みと共に引っ掛かって残った。
彼の腕を、辛うじて残っている左手で強く掴んだ―――そう思う。
強大な閃光が放たれ、それからゆっくりと――柔らかな光が辺りを緩やかに包み込んでゆく。
一切の音は無く、彼の耳には清かに引いてゆく、淡い細波のような音だけが残った。
オーマの意識は、そこで途絶えた。
目を覚ますと――幾分安堵した様子の妻の顔が隣に在った。
「オーマ…あたしがわかるかい……?」
揺れる 不安げな瞳に、オーマは目を細め そして小さく呟いた。
「……すまねぇな、心配かけて」
妻は少しだけ口元を緩めると、「全くだよ」とため息と共にオーマに呟いた。
暫らくして、行方不明だったヴァンサー達が戻り、ウォズ達も無事であるという話がオーマの元に寄せられる。
彼は薄く微笑むと、友の事を想った。
世話になったような気がするから…礼をしておかなくちゃなぁ。…そんな事を思いながら、オーマはシュヴァルツ総合病院の扉を押し開いたのだった。
――――FIN.
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