＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
『オウガストのスモーキークォーツ』
＜オープニング＞
黒山羊亭に久々に訪れた詩人の青年は、奥の席に座るとバーボンを注文した。
「あら、オウガスト。今夜は仕事じゃないの？」
エスメラルダにからかわれ、苦笑してグラスを振ってみせる。この青年は、こっそりと店のテーブルを借り、客にカードを引かせ言葉を選び、その言葉を織り込んだ夢を見せるという商売をしていたからだ。
「今夜は純粋な客。俺にだって、１、２杯飲む金くらいあるさ」
「そうじゃなくて、今夜ちょうど、夢を織って欲しいってお客様がいるのよ。さっき、あなたは来てないのかって聞かれて」
「うーん。今夜はカードも持ってないし、大きな水晶もないし」
今、身につけたアクセサリーで完全な球に近いのは、左手中指のスモーキークォーツぐらいだ。だが、自分を覚えていてくれて、リクエストしてもらえるのは嬉しかった。
「わかった。
ギャラリー無しで、言葉は２つ、カード無しで好きなのを選んでもらう。但し、この『黒山羊亭』の店の中に有るものに限る。“テーブル”とか、“酔っぱらい”とか、“剣”とか。自分の持ち物でもいい」
「ありがとう、オウガスト。さっそくお客様を呼んでくるわ」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「兄さんの噂、聞いとるで。ごっつう面白そうや」
陽気な調子で椅子に座ったのは、時々大通りで見かける大道芸人の少女、ミュウ・テティスだった。
「言葉は、『テーブル』、それにこの『ハーモニカ』でどうや？」
ミュウは首から下げたテンホールズを握って振ってみせた。銀色の側面に店の灯りが映り込み、綺麗な光を放った。
彼女の体の周りでは、小鳥ほどの大きさの虹イルカが飛んでいる。
「イリスが夢見るわけとちゃうで。ちょっと落ち着けぇや」
諭されてイリスは「キュー」と返事をし、ミュウの肩に停まる。
「ねえ、もう一回やらせて」
オウガストを睨み付けながら銀貨をテーブルに置いたのは、竜騎士のセフィスだ。前回、乙女にあるまじきホットドッグの大食いという夢を見させられて、憤慨しているようだった。
「今度はねえ。『花』と『ランプ』。もう大食いはイヤよ」
はいはいと笑い、オウガストは、指輪に紐を通した簡易ペンダントを揺らした。先にミュウが頭をガクリと下げ、イリスが「キュー」と心配そうに鳴いた。セフィスもやがて静かに瞼を閉じる。
＜ １ ＞
アルマ通りを入ったところに、シェリルの店がある。大商店では無いが、品揃えのユニークさで知る人ぞ知るという雑貨屋だ。
ミュウは、ここで、仕事に使う楽器を物色していた。
＜ハーモニカ＞は奥の深い楽器だし、ミュウの力量なら、これ一つでストリートの客にコインを投げさせる自信はあった。ただ、演奏しながらは歌えない。ダンスも、せいぜいタップぐらいだ。
ダンスは動きが大きくて人目を引くので、なるべく取り入れたい。若くて愛らしい娘が踊るのを、人は好むものだ。ミュウは、自分の売りをよく心得ていた。歌って踊るのに適し、できればハーモニカを吹きながら演奏できるものがよかった。
真っ先に、ギターが目に入った。だが、抱えて踊るのは可愛くないかもしれない。それに、ハープ＋ギターだと男臭いイメージが強い。
次に、手風琴を見つけた。淡いピンク色の伽藍が女の子らしい。決めた！と値段札をひっくり返したミュウは、その数字に目を見開き、無言でその場を離れた。ミュウの周囲を飛び回るイリスは「キュー？」と怪訝そうに鳴いて跡を追う。
ヴァイオリンで踊ると、顎当てに何度もぶつけて痛そうだし。笛、フルートの類はハーモニカとダブるので論外だった。
「ミュウ、何か探してるの？」
店長のシェリルが声をかけた。ミュウの希望を伝えると、「コレなんてどう？」と、手に持った算盤を振ってシャカシャカ音を出してみせた。
「軽くて、演奏しながら踊れて、ハーモニカも吹けるよ？おまけにお金の計算もできるし」
「それ、楽器やったんか。ほう、なかなか・・・って！うち、お笑い芸人やないわい！」
と言うわりには、みごとな突っ込みであった。
「冗談よ。あなたにぴったりの、可愛い楽器があるわ」
シェリルが奥から出して来たのは、赤い塗りのトイピアノだった。きちんと黒鍵まで付いている。
「おお、これや、うちの求めていたモノは」
ミュウが鍵盤を叩くと、高い澄んだ音が店に響いた。
「やっぱり一人で運ぶのは無理だわ。私、ソニックを連れて来るから、少し置かせておいて？」
店の隅で店長に誰かが声をかけた。今気付いたが、銀の髪をシニョンにした少女が大きな荷物を引っ張っているところだった。引いているのは、角々を養生してあるが、アンティーク風の＜テーブル＞のようだ。
「セフィス、店の前に竜を連れて来られるのは困るよ。あたしが運ぶの手伝おうか？
ミュウ、ちょっと店番しててくれる？」
「あ、店長、ウチが一緒に運んだるで」
よい買物をして上機嫌のミュウだった。
＜ ２ ＞
「い、いったい、何の材料でできとるんや」
大きさは二人用テーブル程度だったが、確かに重い。セフィスと端を持ち合うが、往来を３０歩行くと停まって降ろすという有り様だ。よほど密度の高い良い材木を使っているのだろう。
「ごめんね、ミュウさん。
黒山羊から引き取りに行ってと頼まれたの。バイト代、半分渡すわね。
歌や演奏が得意だなんて、素敵ね。どこの通りでやっているの？今度、コインを握って見に行くわ」
セフィスの歳を聞いたら同い年だった。荷物を運びながら、二人はすぐに仲良くなった。
「セフィスはんは、歌や踊りは？」
「うーん。好きだけど、恥ずかしくて」
セフィスは、苦笑して首を振ってみせた。きっちりと高く結った髪は、生真面目にきつく縛られて、乱れることはない。肌の露出を拒むのか、すらりと細い首は衿の高い服で覆われていた。
歌も踊りも、自分を解放する行為だ。ミュウは、セフィスの堅さに苦笑する。
やっとのことで、テーブルを黒山羊亭に運び込んだ。
開店までまだ間がある酒場は、新しいグラス棚の設置や、テーブル位置の模様替えで大わらわだ。床には、カーテンほど大きい蝋紙に、蘭や薔薇などの高価な＜花＞が乱雑に置かれている。
エスメラルダも、ジーンズにＴシャツという珍しい姿で忙しそうに動き回っていた。やっとセフィスに気付き、「あら、ご苦労様！」と微笑みかけた。
「店のリニューアルで、てんてこ舞なのよ。
荷物、重かったでしょ？助かったわ」
エスメラルダは、ミュウにも、セフィスと同じバイト代をくれた。
「うわ、おおきに！
今夜、新装開店なんや？」
「ええ。リニューアル・パーティーをやるの。あなた達も参加しない？」
「パーティー！ええんか？楽しそうやなあ」
快諾したばかりに、「じゃあ、その花を花瓶に生けて」と、手伝いを頼まれてしまった。体を動かすのは嫌いではないし、まあいいか。
二人が運んで来たテーブルは、花瓶を乗せて、店の出入口の横、一番目立つ場所に置かれた。花は、脇役に使うかすみ草やスターチス、葉もののアレカヤシなどを混ぜて８０本ほどもあった。リニューアルのお祝いに騎士団から贈られたものだそうだ。
「手前に、蘭や薔薇を配置した方がいいわよね？」
「のっぽのカサブランカやカラーは後ろやな」
二人とも花など生けたことは無いが、相談し合い、時々チェックし合い、茎を引っ張ったり花を入れ替えたりしつつ、うまくアレンジしているようだ。
「真紅の薔薇は点在させた方がいいわね」
「葉ものは、花より少し出た方が可愛いんやな」
若い娘のセンスのよさで、なかなか綺麗に仕上がった。赤銅のシンプルな円筒の上で、黄や赤の花達が美貌を競い合う。勢いのある緑が、花たちの繊細さをより引き立てた。
ただ、花が２０本ほど手元に余ってしまった。ぎゅうぎゅう押し込めば入らないことはないが、そんなわけにもいかない。
エスメラルダに報告すると、「じゃあ、それはあなたたちにあげるわ」と言う。一人１０本ずつのカラーやかすみ草。けっこうな量だ。
「セフィスはんにあげるわ。うち、花瓶ないし」
「えっ。でも私も花瓶が無いから」
「家に花瓶が無いなんて、情けない娘たちね」と、エスメラルダが肩をすくめた。
「今、店の奥から、余ったやつを貰って来てあげるわ」
そして、「はい、どうぞ」と、エスメラルダがミュウの前に置いたのは、ビールの大ジョッキだった。もちろん中身は入っていない。
「？」
「ビールジョッキ型の花瓶なのよ」
踊り子は断言する。
まあ、これなら程よい重みもあって座りもよく、背の高い花を生けても倒れることは無いだろうが。
セフィスの前に置かれたのは、アラビア式＜ランプ＞だった。セフィスは怪訝そうに眉をひそめ、蓋を開けながら、「これ、カレーを入れるやつですか？」と尋ねる。
「違うわよ、ランプよ！・・・じゃなかった、ランプ型の花瓶よ」
またも断言されてしまった。確かに、本当に他に花瓶があるのなら、余った花はミュウ達にくれずに店で飾るに違いない。
セフィスはミニローズなどを貰ったので、可愛いアレンジメントが作れることだろう。
ミュウ達は掃除も手伝い、夜からのパーティーに会費無しで入れて貰えることになった。
＜ ３ ＞
パーティーと言っても、特にドレスアップも必要無い、顔馴染みが気軽に足を運ぶ集まりだった。料理と酒は、食べ放題飲み放題だ。
ミュウはセフィスと同じテーブルに座り、飲食を楽しんだ。
「一皿に２本乗って来ると思わんかった。よかったらホットドッグ、一つ食べてや」
セフィスはむっとした表情になり、「いらない」と怒ったように言う。彼女は、よほどホットドッグが嫌いなようだ。
普段は深い時間にしか見られない、エスメラルダのステージもあった。ミュウは太陽のある間に稼ぐので、あまり夜遊びもできない。だから、評判の高い彼女のダンスを見るのは初めてだ。
ミュウは、カクテルグラスをぎゅっと握りしめてステージを凝視した。エスメラルダのスパニッシュは、華麗で大人の匂いがした。妖艶な腕の動きや、指先まで行き届いた気配りに、ため息が出た。たくし上げるドレスから垣間見える太股に贅肉は無く、踝は柔らかく裾のレースを翻弄した。
その後、ステージは解放され、歌や演奏の得意な常連さん達が次々にステージへ登場した。お祝いということで、楽しい明るい曲が多かった。
ミュウはリズムに合わせて肩を揺らし、曲によっては立ち上がって頭上で手を打った。虹イルカも、ミュウの頭の上で飛びながら、楽しそうにバク転してみせた。
セフィスは笑顔で静かに聞いているが、時々テーブルで指がトントンと曲に合わせて動く。首もリズムで揺れた。
「ああ、もう、我慢できへん！うちも演奏させてえや！」
ミュウは、ステージが空くと飛び出して行った。首のハーモニカをくわえ、タップを踏みながら、強いリズムのジャズを吹き始める。息の強弱で、ハープの音は生き物のようにうねった。時にはブルーノートを混ぜた粋な和音が、観客の体をスィングさせる。セフィスも楽しそうに体を動かしてくれている。
『あ、そうや、トイピアノ』
せっかく買ったのだ、お客の反応を試してみよう。
「セフィスはん！悪いけど、トイピアノ取ってや！」
ステージから声をかけると、セフィスは辺りを見回し、足元に置かれた赤い玩具を見つけた。抱えて、急いでステージに駆け昇る。
「おおきに〜」
そして、思いついて、セフィスの腕を掴む。
「一緒に踊らへん？」
「えーっ？」
セフィスは耳まで真っ赤になって「だめだめだめだめ」と顔の前で激しく手を振る。だが、酔った客達は大喝采だ。
「セフィスちゃん、踊って〜」「かわいい〜」など、指笛と共に歓声が飛ぶ。
「ほうら、踊らんと女がすたるよ？」
「女がすたる・・・」
負けず嫌いなセフィスである。「わかったわ」とキッと眉を上げ、ミュウの斜め後ろに下がる。ミュウのステップを手本にするつもりだ。
ミュウは左腕にトイピアノを抱え、キィを叩く。音は小さいが、高い音なので意外に通りがいい。
そのイントロは、ミドルテンポのフォービートだった。初めて踊る者でも付いて行ける早さだ。ダイヤ型に床を歩き、休符で足を上げるだけの簡単なステップ。セフィスも笑顔になって、きれいな足でステップを踏む。運動神経がいいのだろう、動きがぎこちなく無い。流れるような足さばきだった。
ミュウの歌が始まると、さらに大拍手が沸き起こった。細い体に似合わぬパワフルな歌声は、ビリビリと観客の皮膚を焦がすような強さだった。高い声も低い声もグルーブに満ちていた。「ボンバー・レディ！」の掛け声が飛んだ。
途中、イリスが口で鍵盤を叩くと、その愛らしさに笑いが起きた。ミュウとセフィスも顔を見合わせて笑った。
パーティーは夜半にお開きになり、余った料理などもみんなで分けた。セフィスは「ホットドッグは絶対にいらない」と断っていた。二人は花と花瓶もどきもあるので、結構な荷物になる。ミュウにはトイピアノもあったが、食べ物はしっかり持ち帰った。
暗いベルファ通りを、二人で並んで帰った。店の熱気に火照った頬が、夜気に触れ心地よい。
「強引にステージで踊らせてしもうて、すまんかったな」
「ううん、楽しかったわ」と、セフィスが笑ったので、ミュウはほっとする。
「またね」「またなぁ」と、三叉路で別れた。
月も、二人を笑顔で見送っていた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「そうかぁ、トイピアノか。いっちょ、考えてみようかぁ」
目が覚めるなり、ミュウは腕を組んで真顔で呟いた。路上で使うには音が小さいかもしれないが、試してみようか。
セフィスは瞳をぱちりと開けると、「あ！貰った花は？」と広げた両掌を見て叫んだ。夢とわかり、肩を落とす。
「花、買って帰ろうかしら」
もちろん、花瓶も、である。
店を出て、ベルファ通りを歩きながら、「なんか夢と同じやな」と、二人で笑った。
同じ三叉路で別れようとして。
「私、これから花瓶を買いに、シェリルの店に行こうと思うのだけど。まだ開いてるかなあ」
セフィスが切り出した。買物も、友達が一緒だと楽しい。
月はまだ低い場所にあり、夜は浅い。
「うちも、トイピアノを見たいと思ってたんや。行こ行こ」
二人は、夢と違い、同じ方向へ歩き出した。淡い影が二つ、長く石だたみに伸びた。
＜ ＥＮＤ ＞
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
2647／ミュウ・テティス／女性／18／大道芸人
1731／セフィス／女性／18／竜騎士
ＮＰＣ
オウガスト
シェリル
エスメラルダ
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
ソーンのリニューアルを受けて、黒山羊亭新装開店という話にしてみました。
ミュウさんは勢いがあって楽しいキャラクターでした。
これからのソーンでのご活躍も期待しています。
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