<東京怪談ノベル(シングル)>


- NO ANSWER -

血の流れない戦いを知っていますか。
息の出来ない闘いを知っていますか。

後戻りが出来なくて暴走し始めてしまった人間に禁忌を犯さない道が有ったと言えるのですか。










「ウ、ウォズがぁ…ッ!!」


シャワーの音でも掻き消されることのない、何処かの誰かの盛大で迷惑な悲鳴が室内に響き渡るのだけれど、軽く舌打ちして聞かなければ良かったと思う。
勿論それは不可能だと解っているのだけれど、もう泡が洗い流された闇色の髪をがしがしと掻き毟り、掛けてあった真っ白なタオルで頭を包み込む。


「ウォズが出たぞーッ!!」


髪を拭くと同時にタオルで耳を力の限りきつく塞ぎ、いっそ何も聞こえなければどれだけ良いだろうか、と無意味な感情を一応持ってみる。
オーマの部屋の扉を突き破りそうな程にドンドンと叩く機械的に繰り返される音と、不快な緊張感を帯びた悲鳴にも似た声は酷く悲愴的で、それでいて滑稽だから嘲笑える。
オーマがロックを解除すると同時に勢い良く扉が開き、凄まじい形相をした青年が詰め寄ってきた。
それに対して軽く頭を掻き、眩しい物を見るかのように目を細める。
そいつの余りの必死さに何故か酷く眩しい気がした。


「オーマ!急いでくれよ!!」
「……不快な目覚めをどうも。」


生欠伸をしながら軽口を叩いてやり、その青年の横を慌て急ぎもせずに何の言葉もなく擦り抜けると、相手は盛大に眉間に皺を寄せて、状況は深刻なんだよッ!と喧しい怒声が背後で響いた。
その言葉の内容を頭で解って、心では解らずにウォズの元へと向かう。


「敵はあのウォズなんだぞ!……もうっ!頼んだかんな!!」


再びオーマへと投げ掛けられた青年の怒声に似た懇願を、苦笑いしながら背中で受け取った。

勝手に信じて、勝手に裏切られる。
戦い何て、裏切りの駆け引きと同じ様なものだ。
コールタールのような漆黒のどろどろとした感情が、ウォズを封印する全てのことが、誰かを守る為という名目だけで簡単に許されてしまっている。

―――……殺戮者の俺に一体何が出来る?


「……面倒臭ェ。」


ウォズを封印する事や、相手の種族を絶滅に追い込む事。
平和主義何て言葉は全くもって自分に当て嵌まらないけれど、幼稚で水掛け論みたいな痴話喧嘩のようだ。
闘う事も面倒臭い。
……まして誰かを守ると言う事さえ。







「オーマのおっさん!!」


こっちだ、と必死さを隠さずに手招きをする男は、森の入口近くから自分の名を大声で呼んだ。
呼ばなくても良いのに、とオーマが斜め下に視線を落としたのを気付く余裕も持ち合わせられない男は現状を出来るだけ手短に正確に伝えようとしている。
決められた言葉を何の疑いもなく滑る様に言葉にするのでまるで機械のようだと思った。
そして自分も機械のようで人間なのに機械的に動くと言うのは酷く悲しい事だ。

封印と言う血を流さない戦いをする。
相容れない2つの種族だが、相容れないと思っている自体間違っているのではないかと疑うものさえ消え失せてしまった無残な現状。
ヴァンサーとウォズの戦いは急速に泥沼化していっている。
互いに戦いの出口を塞ぐのに必死になっていて、誰1人して戦い終結の糸口を見出そうとする者は居ない。

自ら光を放つものが居なくなった世界。
照らしてくれる何かが消えた世界。

誰も宙に浮いている足元が見えていない。
差し伸べてくれる手さえ見えない。

本当は自分の為でも誰の為でもないことにヴァンサーやウォズはいつ気が付くのだろうか。
……気が付いても、それはもう手遅れでしかないけれど。
思い切り殲滅戦を繰り広げてやるのも一興な気がする。
種族や能力が多少異なっているからってヴァンサーもウォズも流れる血は紅く、2つの間に在った大きな隔たりなど馬鹿馬鹿しいものだろう。

生きているから争いが起こるのだ。
死んでしまえば単なる死骸でしかないと言うのに、生を受けてしまったが為に争い啀み殺し合うならもういっそのこと 無に戻してしまった方がいいのではないか。
培ってきた何かを全て失って 真っ白で綺麗な何かを手に入れること。
果たしてその正しさを証明出来るものは居るのだろうか。


「ぼやぼやしてるんじゃないよってね。」


ウォズが逃げ込んだらしい森の入口に、漸くやっと一歩だけ足を踏み入れる。多分現状を1番理解し把握し、その中でも糸口を探している人は自意識過剰かも知れないけれど自分ではないだろうか。
自分は何事にも関心を抱いていない振りをするのが上手い方だと思うけれど、自分ではない誰かがどうにかしてくれる何て格好悪い他力本願をしている訳でなく。

この平穏で退屈な戦いに
この無為で下らない戦闘に
 
笑みを。
命を。
無意味な意味を。







「……いっそ、此処で。」


自分とウォズの命の灯火を消して仕舞うと言うのも又矢張り一興で悪くないと思う。
そんな事をこの場で考える自分は愚かだ。
別にこれを実行する勇気もない碌で無しではないけれど、今此処でこれを実行してしまえば、周りに居た人間が死亡するのは必至で、誰かを巻き込まないと死ねないと思われるのも癪だと思い直す。
勿論、生きる事を性としている自分は自ら死んでなどやらないけれど。

そこまで弱くないと胸を張れる自分は弱い人間だ。
こんなに壮大な世界の藻屑になるしかなく、力の使い方を一歩間違えば内臓や骨も跡形無く潰れ去るのに、強くもない人間は強さを誇りながら無意味な闘いを繰り返す。

そこ迄思考回路を回し終えたオーマは、コキ、と首を鳴らしながら肩に入っていたらしい力を抜いた。
続けて欠伸をしようかと思ったけれど、いつ森の外に居る奴等に見られるか解らないので無理矢理噛み殺す。

ずっと、きっとずっと何かを噛み殺し続けている人間。
既に同じカテゴリーに属すことなど無くなったヴァンサーとウォズ。
本気で噛み付いて仕舞えば紅い血を流すと言うのに血を流さない戦いを続けているのは既に人為らざる者と化してしまっているからだ。

オーマは矢張り大きな口を開けて欠伸をした。
決して噛み殺せない生欠伸だと解っていながら。


「若僧何かにゃ殺されやしねェよ。」


強気な態度。根拠が無くてもそれはそれ。
今自分が此処にいる事以外の真実など有りはしない。
戦うことも生きることも面倒臭くて下らないけれど、誰もが惰性で戦い生きているので、何を失ったかさえも、自分が死んでいるかさえも解らないのだ。


「馬鹿だな。お前等がそんな事しなくても人は滅びるんだぜ。」


人類は自ら手を下さなくとも、破滅していくものだ。
下らないのは生きる事でも戦う事でもなく
……人そのものだ。

人が居ない未来。
人が滅んだ世界。
何て『人』らしい終わり方だろうか。

戦いに身を置くことを誰が望んでいるのですか。
ウォズを封印する命令を受けることに疑いを持たないのですか。
自分は何だと自信を持って言えるのですか。

―――……あなたは本当に『人』ですか?


「行けるか?」


オーマは低く唸るように自分に問うた質問に少し考えてからニィと悪戯っぽく笑い、そう言ったと同時に思考回路を断線させた。
周りの人間達の冴えない顔を見ているのは正直言って辛いものがあるが、そうと言ってこの戦いに終結を見出させる程の力が自分にあるとは到底思えもしない。
……無力。そして無力。
不安で満たされた世界に救いの手は差し伸べられないのだろう。
誰も、自分さえも救い出せない自分の手を見つめて小さく自嘲にも似た笑みを零した。


「……NO ANSWER」