＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
希望の卵３
------＜オープニング＞--------------------------------------
エスメラルダの元に再びジェイが顔を出したのは、前回黒山羊亭に顔を出してからきっちり一週間後だった。
「よぉ。相変わらず賑わってんな」
「お陰様でね。あんたのピアノなんて無くてもこの店は平気ってわけ」
「んー、残念。オレとエスメラルダの踊りがあったら更に客呼び込めそうなのになぁ」
「‥‥‥呼び込めてたのに、急に消えたのは何処のどいつ？」
「ははっ。あんまり苛めないでくれよな。さっきやっとこっちに戻ってきたんだから」
エスメラルダの鋭い突っ込みに、視線を明後日の方へと向けたジェイだったが、すぐにエスメラルダに向き直ると本題に入った。
突然真顔になったジェイを見たエスメラルダも慣れたもので、すぐに仕事の顔に戻る。
「最近なんか怪しげな噂とか入ってないか？」
「例えば？」
「突然火の手が上がる、風が人の肌を切るとか自然災害に似せた何か」
「そんなのソーンにはあちこちに転がってるわよ、と言いたい所だけど確かに最近その手の話は多いわね。そうねぇ、あんたが求めてるのはこの情報でしょ。卵を育ててる子達の家の周りに多いわよ。あたしが聞いている限りでは、突然その子の服に火がついたり何もない所で風が肌を切り裂いたとか」
ちょっとこっちの世界から外れてたらやっぱりそんなことが起きてたか、とジェイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「やっぱりそれってレンとかいう世界を巡っての抗争なわけ？」
「だろうな。レンは放置されたままだが先に次王を仕留めようとあちこち動き回っている者がいるようだ。ちょこちょこと手を出してるのは次王の力が予測つかないからだろうな。やはり自分の命は惜しいものなんだよ」
「返り討ちにあったら仕方ないものねぇ」
まぁな、とジェイは頷いてどうしたものかと思案する。
「何時攻撃をしかけてくるか、とか分からないの？」
「そこら辺はさっぱりだ。でも今週で次王のソーンでの成長は終わる。狙うとしたらやっぱり今だろうな。レンに戻ってからでは手を出しにくいだろうから」
「ちょっと、ここでいきなり異世界大戦争勃発みたいなのは勘弁してよね」
オレだってそんなのはごめんだ、とジェイは告げる。
「やっぱあいつらでどうにかして貰うしかないな。次王の力を周りに知らしめる意味も兼ねて。なんつーか、力での解決なんて望んじゃいないが無理だろうなぁ。話聞く様な奴らじゃないし」
「説得は無理って事？」
「そういうこと。レンとしては争いなど望んじゃいないが、周りは仲良くなんて出来ないんだとさ」
「そんな世界任された次王の子も大変ね」
「全くだ。でも立派に勤めてくれるんじゃないかね。沢山の想いを受けて育った子だしな。オレはそう思ってるよ」
ジェイは明るく笑うとエスメラルダに軽く手を上げ席を立つ。
「んじゃ、またな。情報収集ヨロシク」
「はいはい」
エスメラルダに見送られながら、ジェイは次王を育てる者の元へと向かったのだった。
------＜負の感情＞--------------------------------------
レピアはフィリルと共にステージに立っていた。
飲み込みの早いフィリルはエスメラルダとレピアの踊りの技術をあっという間に習得し、すでに人前でもそれを披露する事の喜びを知っていた。
この間まではレピアとエスメラルダも奇異の目で見られるだろうとフィリルと表に出そうとはしなかった。
しかし元から成育がよかったからなのか、日々歳をとってもそこまで急激な変化は目立たなくなってきた。
ステージに立つ事を夢見ていたフィリルの夢を、レピアは叶えてやりたかった。
自分が一緒にいられる内に。
フィリルにはまだレピアやエスメラルダほどの艶やかさも華やかさはない。
しかし小さいながら身体全体を使ってみせる踊りは、見る者に元気を与えるようだった。
小悪魔的な微笑をなげかけ、人々の心を鷲掴みにするような踊り。
楽しげに周りを引き込んで踊るその姿を、レピアは誇らしくそして嬉しく思った。
しゃんしゃん、と手足に付けた鈴が軽やかな音色を響かせ、どんどんその速度を速めていく。
周りの手拍子も大きく、そして鈴の音色に合わせて早くなりフィリルを追う。
フィリルが動きを止めた瞬間、盛大な拍手が沸き起こった。
人々に一礼し、レピアの元へと走ってくるフィリル。
「ママっ！」
それを優しく抱きとめながら、レピアはあと少しで訪れるフィリルとの別れを感じていた。
あと数日しか一緒にいられないというそのことは、とても哀しい事だ。
けれどそれまでの数日、一緒にいられる間は溢れんばかりの愛情を注ぎ込もうとレピアは心に誓う。
自分の心がフィリルの糧になるように、と。
皆から慕われる強く誇れる王になれるようにと。
「素敵だったわ。フィリル、とても楽しい事を考えて踊っていたみたいね？」
「うん。ママたちと一緒に居られる事は、とっても嬉しい事だなって思いながら踊ってたの」
レピアは照れたように微笑むフィリルの頭を撫でてやる。
なんて可愛らしいのだろうと。
そのまま、ふと遠くに向けた視線の先にエスメラルダとジェイが楽しげに会話しているのが見えた。
今日はなんの用事出来たのだろう。
レピアは胸がちくりと痛むのを感じながら、二人の姿を目で追う。
以前からの知り合いだという二人の間には、レピアでも入り込む事の出来ない空気があった。それが悔しくて仕方ない。
『来る女性は可愛ければ拒まず、去る女性は追う』という信念を持ったレピアにとって、自分から離れていく女性は許せないのだった。
それは相手には自分だけを見ていて欲しいという独占欲でもある。
自分が居なければ生きていけない、という程に思い詰めてくれれば本望だった。
だからエスメラルダがジェイと良い雰囲気になっているのがレピアには許せない。
胸に燃え上がる嫉妬。
抱きしめられた腕からそれを感じ取ったのか、不安そうな表情をするフィリル。
「ママ？ 苦しい？」
「え？ ‥‥そうね、苦しいのかもしれない。愛しいと思うからこそ余計にそう思うのかもしれないわね」
「‥‥怖い」
きゅっ、とレピアに抱きつくフィリル。
胸の中に荒れ狂う激しい思い。それをフィリルは恐怖と感じているのだろう。
「大丈夫よ。あのね、こういう心は誰もが持っているの。それを表に出すか、出さないかは人によって違うけれど。どんなに綺麗に見える人も、どんなに優しそうに見える人も清らかなだけじゃないのよ。心の中に激しい熱を持っているの」
「激しい‥‥ねつ？ ‥‥思い？」
「そうよ」
だから怖がらないで、とレピアはもう一度強くフィリルを抱きしめる。
「うん、もう怖くない」
大丈夫だよ、とフィリルは小さく頷いた。
「よぉ。元気か？」
レピアとフィリルの元へジェイがやってくる。
「えぇ、この通り」
「そりゃ、良かった。フィリルも元気そうだな」
ふいに頭をジェイに撫でられて、フィリルは両手でその天辺を押さえた。
「コンバンハ」
そのまま照れたようにフィリルが挨拶をすると、ジェイが破顔する。
「あぁ、コンバンハ。そうだ。フィリル、さっきエスメラルダが呼んでたぞ。踊り終わったら来て欲しいって」
「本当？」
首を傾げたフィリルはレピアを振り返る。
「いってらっしゃい」
微笑んだレピアにそう告げられたフィリルは、うん、と大きく頷いてエスメラルダの元へ駆けていった。
フィリルが完全に見えなくなるとジェイは語り出す。
「最近、フィリルの周りでおかしなことは？」
「あるわよ。突然火の手が上がったりとか」
それはレンに関係してるの？、とレピアが眉を顰めて尋ねると、ジェイは頷いた。
「本腰をいれてかかってくると見た方が良い。ただいつかは断言出来ない。今週中くらいとしか。詳細を伝える事が出来なくて悪いな」
「だってあっちの出方まだ掴めないんでしょう？」
それなら仕方がないわ、とレピアは溜息を吐いた。
「とにかくフィリルの周りには注意しといてくれ」
「分かったわ。フィリルはあたしが守るから」
「あぁ、よろしくな」
そしてまたいつものようにふらりと去っていくジェイ。
レピアの思いなどこれっぽっちも感じていないだろうその背に、ほんの少し怒りを覚えながら、レピアはエスメラルダとフィリルの元へと向かったのだった。
------＜危機の到来＞--------------------------------------
「ママー、何してるの？」
興味津々、といった表情でフィリルがキッチンに立つレピアの周りをくっついて歩く。
「これ？ これはね、卵を溶いてるのよ」
「なんで？」
「フィリルに喜んで貰いたいから」
さらりと告げたレピアの言葉に、フィリルは首を傾げる。
「フィリルが喜ぶ？」
「あら、フィリルはあたしの作った料理嫌い？」
「ううん、好き。‥‥ぁ、嬉しいっ！」
「良かった」
ふふっ、と笑ったレピアにフィリルが何か言いたそうにしている。
「どうしたの？」
「あのね、フィリル、一緒にご飯作りたい‥‥」
いいわよ、というレピアの言葉にフィリルはぱっと表情を明るくした。
いそいそと手伝う姿を見て、レピアは思わず頬が緩むのを感じる。
大切な人に『美味しい』と言ってもらえるのはとても嬉しい。
そして大切な人に何かを作れる喜び、そして与えることができる喜びは大きい。
それにフィリルが気付いてくれたなら、もっと嬉しい事だろう。
そんなことを思いながら、フィリルと共に騒ぎながら料理を作る。
フィリルの笑顔に幸せを感じながら。
出来た料理をテーブルに並べ、そこへエスメラルダも連れてきて一緒に食事を取る。
笑い声の絶えない食卓。
料理もまた一段と美味しく感じられた。
何処にでもあるような家庭料理。しかしそれがレピアの味だとフィリルが覚えてくれればいい。
レピアは笑顔で食べ物を頬張るフィリルを優しく見つめていた。
ふとエスメラルダの視線を感じて、レピアはそちらに目を向ける。
「こういうの良いわね」
エスメラルダが本当に幸せそうに、そして穏やかな表情でそれを告げるのを聞き、レピアも嬉しくなった。自分だけがそう感じていたのではないと知って。
「ずっとこうしていたいと思うくらい」
ソレは無理だけど、という言葉を飲み込んでレピアは笑った。
「そうね」
多分、告げなかった言葉はエスメラルダに届いているだろう。エスメラルダにほんの少しだけ浮かんだ寂しそうな表情に気づきレピアは気付いてしまったから。
フィリルと共に後かたづけをして、これが終わったら踊ろうと話していた時のことだった。
フィリルの隣から火が上がったのだ。
そこには火の気がない。それなのに、周りのものを巻き込んで火は大きくなっていく。
「いらっしゃいっ！」
フィリルを抱き上げ、慌てて飛んできたエスメラルダと共にレピアは外へと飛び出した。
三人が外に出た途端、その火は鎮火する。
刺客が来たの？、とレピアが辺りを見渡すとざわりと動く影。
「ママっ‥‥」
レピアはエスメラルダにフィリルを託し、前へと出る。
ジェイとも約束をした。そして心にも誓ったのだ。
フィリルを守ると。
レピアは微笑を浮かべると、遠くから飛んできたナイフを裂け、横から繰り出された拳をミラーイメージでかわし踊るように男の背後に回ると強い蹴りを繰り出した。
その間にもナイフやかまいたちによる攻撃は続く。
レピアの白い肌を裂き血が滲んだ。
地に滴り落ちる血を眺め、フィリルが叫ぶ。
「ママっ！ 私も‥‥！」
それをエスメラルダが押さえた。
その瞬間、再びフィリルを襲う火。またしても何も火の気のない所から出火した。
「きゃあっ！」
フィリルをエスメラルダが引き寄せ走り出す。その行路を黒い人影が阻んだ。
「その者は危険だ‥‥だから‥‥今の内に‥‥」
「よっぽどあんた達の方が危険だよ」
エスメラルダがぎゅっとフィリルの手を握りしめ、強行突破しようとした時、隣からその人物に向かってレピアが蹴りを食らわせた。
体勢を崩した瞬間を狙ってエスメラルダとフィリルは駆ける。
しかしすぐに他の人物に足止めをくらってしまう。
そんな中、フィリルの視線はレピアを追う。
多人数に一人。しかもフィリル達を守っての行動は制限される。苦戦を強いられていたレピアの元に、フィリルが駆けた。
エスメラルダが手を伸ばすが間に合わず、フィリルの手を掴めなかった。
レピアがしていたように、踊りを武器に変えながらフィリルはレピアの元へと向かう。
そのフィリルの動きで相手が動揺したのか、陣形が崩れた。
レピアは今の内だと襲ってきた者達に攻撃を加え撃退する。
逃げていった刺客を目で追っていたレピアだったが、フィリルを叱ろうと視線を向けた。
すると瞳に一杯涙を浮かべたフィリルが自分の服を破き、レピアの傷口を縛った。
「ママっ！ 怪我を‥‥！」
未だにレピアの血は流れ続けており、先に止血をしなければとフィリルは思ったのだろう。レピアは本気で心配しているフィリルを叱る事が出来ずに複雑な表情を浮かべる。
そこへエスメラルダが薬を持って駆けてきた。
「もう、無茶するんだから‥‥でも格好良かったわよ」
パチリ、とエスメラルダはウィンクをしてレピアを見つめる。その時、初めてレピアはほっとした笑顔を浮かべた。
エスメラルダが手当をし終わった頃、レピアは先ほどと同じ視線を背後に感じた。
先ほどの人物がまた戻ってきたのだろう。今の内に次期王であるフィリルを倒しておけば、あちらにとって有利なのだ。危険は承知の上だろう。
レピアは斬りかかってきた人物をミラーイメージで交わすと、優雅な動きで男の首筋を蹴り上げた。がくん、と男の身体は地に沈む。
「まだまだね」
くすり、と笑ったレピアが昇り始めた太陽によって石化し始める。蹴り上げた足はそのままで石像になってしまったレピア。
しかし完全に石化する前に、フィリルの優しい言葉を聞いてレピアの心はとても温かかった。
「ありがとう、ママ」
大切な者の為に戦わなければならない事もあると、フィリルはレピアの姿から学んだのだった。
柔らかく微笑んだフィリルとエスメラルダの笑顔が朝焼けに溶けた。
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■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●1926／レピア・浮桜／女性／23歳／傾国の踊り子
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 夕凪沙久夜です。
お待たせしてしまい申し訳ありません。
子供を育てて頂くお話、第三回でございます。
では早速第三回、子供パラメータなるものを発表です。
○フィリル
きれいさ-[8] 社交的-[8] 活動的-[8] 陽気-[8] やさしさ-[9]
料理-[4] 技術-[9] カリスマ-[8] 身体-[6] 論理-[6] 創作力-[8]
フィリルね、大切な心を見つけたような気がするよ。
今回で育成は終了です。
主に技術面を上げていたフィリルさん。 素晴らしい踊りを見せてくれるのだと思います。
次回でこのシリーズも最終回となります。
どうぞよろしくお願い致します。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。
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