<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


ラクジツ


▲序

 少年は町を見下ろしていた。一箇所で火の手の上がる町を、冷たい目をしたままじっと見つめていた。
「光なんて嫌いだ」
 少年は呟き、それから小さく笑った。ポケットから何かを取り出し、掌の上に乗せて少年は見つめる。
 掌にあるのは、小さな石だった。きらきらと光るその色は、紫。
「これを赤くすれば、きっと僕の求める世界が来る」
 少年は呟き、振り返った。そこにいたのは、3人の警備兵であった。3人とも少年を見、驚きながら互いに顔を見合わせた。
「ここにいるのは、君だけかね?」
「そうだけど?」
「さっき、ここから魔法反応があったんだ。ほら、見えるだろう?あそこで火の手が上がっている原因となる、魔法反応のようなんだが……」
 警備兵の言葉に、少年はただ笑った。警備兵達の顔が、一気に引き締まる。
「君は、誰だね?」
「コウシ。……ついでに教えてあげるよ」
 少年、コウシはそう言って石を握り締めたまま警備兵を指差した。途端、警備兵の上から火の玉が落ちてきて、警備兵達の周りを火が囲んだ。
「僕の邪魔はさせない。……僕は僕を拒絶した世界を、許さないんだ」
 コウシはそう言って笑い、その場を後にした。警備兵達は水魔法を用いて火を消し、コウシの行き先を探したが、何処にも見つからなかった。
 数日後、町の外れに魔獣の死体が置いてあった。その身体には血で、こう書かれてあった。
『一年前の悪夢から、まだ目は覚めない』と。
 一年前といえば、魔獣が町に乱入し、民間人の女性が過って警備兵に怪我を負わされたという事件があった。その後、女性がどうなったのかは不明のままだった。
 警備兵達の中で不安が走っていた。先日の火事といい、現れた少年といい、この魔獣の死体といい……これは何か大きな事件の起こる前兆なのではないか、と。
 その不安は今や、町全体に広がりつつあった。
 勿論、黒山羊亭でもその噂はしっかりと囁かれているのであった。


▲始

 朝早くに軽くジョギングをしながら、オーマ・シュヴァルツは「ふー」と息を吐いた。
「たまにはこうして走りこむのも、悪かないな」
 かかか、と大声で笑う。軽く、と本人は言っているが、実際はもの凄く早いスピードだった。町の人から「今日は風が強いわね」と言われるほど。が、本人が知る由はない。
「ん?」
 息を整えていると、街を忙しく警備兵が動いている事に気付いた。何かを言い合い、一つの方向に向かって走っていく。
 警備兵達は口々に叫んでいた。「何かが書かれている魔獣の死体が見つかった」と。
「魔獣の死体ねぇ」
 オーマは呟きながら考え、にやりと笑った。なにやら事件の匂いがしたのである。オーマは小さく頷き、警備兵達の走っていく方向へ向かって走り出した。風の如く。


 町外れに、魔獣の死体があった。黒い獣毛は所々血に濡れて、赤い。
「何て書いてあるんだ?」
 榊 遠夜(さかき とおや)がぽつりと呟きながら、魔獣の体にかかれた文字を読もうとした。すると、隣から「目は覚めない」と声がした。
「一年前の悪夢から、まだ目は覚めない。そう書かれてあります」
 遠夜が振り返ると、そこにはアイラス・サーリアスがいた。
「一年前の悪夢っていうと、魔獣が町に乱入したよな」
 その隣で、オーマはそう言った。遠夜は「そういえば」と言いながら記憶の糸を辿る。
「魔獣を捕獲しようと警備兵たちが動いたものの、民間人の女性に怪我を負わせたというものかな?」
 遠夜が尋ねると、アイラスはこっくりと頷いた。
「でしょうね。一年前、魔獣と聞いてそれが妥当でしょうから」
 アイラスが言うと、オーマは小さく溜息をつきながら魔獣を見つめる。赤い文字が痛々しい。
「……強い思いを、感じるよな」
 オーマはそう言い、魔獣の死体に書かれてある文字を再び復唱した。
 一年前の悪夢から、まだ目は覚めない。
 その言葉に込められている強い思いを、何となく感じているようだ。
「一年前……分かっている事実以外に何かあったんじゃないかな?」
「何か、とは」
「分からない。でも、調べてみようと思うんだ」
 アイラスの問いに首を振りながら、遠夜は言った。魔獣が町に乱入し、女性に怪我を負わせた。ただこれだけではないような気がしてならないのである。
「火事とも関連があるのかもしれねぇな」
 オーマはそう言い、ふむ、と顎に手を当てた。
「これだけ警備兵たちが騒いでいるのも、妙な感じですけどね」
 アイラスはそう言うと、すっと手をあげた。すると、上空からドラゴンが降りてきた。アイラスのペットである、うま、である。
「ご主人様、やっぱりここにいらっしゃったのですね」
「ええ」
 うまの溜息をものともせず、アイラスはにっこりと笑った。だが、その目に宿る光は冷たい。
「町上空と、周囲を見張ってくれますか?」
「それは、構いませんけど……いつまでですか?」
 うまの疑問に、アイラスは笑みだけを返した。いつまで、という期限はどうやらないらしい。うまは溜息を再びつきながら「分かりました」と答えた。
「これで、上空と周囲の見張りはできました。何かあれば、連絡しますので」
 アイラスの言葉に、遠夜とオーマは頷いた。何かあれば連絡が来る、ということは、それまで自由に調べられる事が出来るという事だ。
「気のせいならいいんだけどな。……何か、嫌な予感がしてならないんだ」
 遠夜が言うと、オーマは頷きながら「そうだなぁ」と言って苦笑を漏らす。
「やっぱり、何もない方が平和でいいからなぁ」
 三人と一匹は互いに頷きあい、分かれた。それぞれが思う調査をする為に。


▲動

 オーマは警備兵の詰め所に向かっていた。
(全ての起因が一年前の事にあるんなら、兵士の中に知ってる奴がいるはずだ)
 オーマはそう目星をつけていた。朝早くから魔獣の死体を放置する、という事をしでかすくらいだ。自分が思っているよりも早く物事が流れているのかもしれない。
「よっ」
 軽いノリを伴い、オーマはずかずかと詰め所の中に入っていった。警備兵たちが「え?」という顔でオーマを見る。
「な、なんだお前は」
「一年前の事を、教えてくれないか?」
 何も気にせず尋ねるオーマの言葉に、ぴくりと警備兵は体を固まらせた。オーマはそれを見てにやりと笑う。
「……情報は、公表してナンボだぜ?」
「どういう意味だ?」
 慎重に言葉を選ぶ警備兵に、オーマは「だからよ」と言って、肩をぐっと組んだ。ほぼ無理矢理に。そして声を潜めて警備兵に話し掛ける。
「一年前、魔獣が町に入り込んで、警備兵が女性に怪我をさせた事件だ。今起こった魔獣の死体と関係あるんじゃねぇのか?」
「……何が聞きたい?」
 漸く話を聞く体制になった警備兵に、オーマはにっこりと笑ってみせる。
「その事件の当事者を知りたいんだよ。どうしてそんなことになったか、怪我をした女性のその後とか……怪我をさせた警備兵とか」
 オーマの質問に、警備兵は大きく溜息をついた。
「どうしてそのような事になったかは、明らかではない。魔獣が誰かに操られたか、それとも魔獣自身の意思なのかも分からない。分かっているのは乱入してきたという、それだけだ」
「その魔獣はどうなった?」
「逃げた。もっとも、もう死んでいるのかもしれないが」
「どうしてそう言えるんだ?」
「……死体だ。町の外れに放置されていた魔獣の死体は、一年前の魔獣に良く似ている」
 オーマはそれを聞き、ははーんと呟いた。
「怪我をした女性は、その後行方不明となった。かなりの傷だったろうに、病院を抜け出したんだ」
「なんだって?」
 思わずオーマは聞き返す。重症だった女性が、どうして病院を抜け出せるというのだろうか。
「これは事実だ。病院に入った次の日に、女性の姿は忽然と消えてしまっていた」
 警備兵はそう言い、忌々しそうに眉間に皺を寄せる。
「我々にとって、最大の失態だ。街を守るべき警備兵が、守る対象である民間人に怪我を負わせたんだからな」
「それなのに、女性は病院から抜け出した……か」
 何があったのだろうか、とオーマは考え込む。
「その後の行方も、不明のままだ」
「誘拐されたとか、そういうのは考えられねぇのか?」
「彼女の息子も同時にいなくなったんだ。誘拐ならば、息子だけでも残るはずだろう」
「息子?」
 その言葉に、オーマははっとする。確か先日の火事は、少年が引き起こした者ではなかっただろうか。
 だが、そのようなオーマの考えを見抜いたかのように、警備兵は苦笑を交えつつ口を開く。
「だが、先日の火事は無関係だぞ。年齢が違いすぎる」
「……少年、という話は聞いたんだけどな」
「少年といっても、一年前に彼女の息子はまだ三歳になったばかりだった。だが、先日の火事を起こしたと思われる少年は、十歳前後と思われる」
「一年で、そんなには大きくならないよなぁ」
 オーマはそう考え、同時に「いや」と否定する。
(ここはゼノビアではなく、異世界だ。常識を覆す事だってある……んじゃねぇかなぁ)
 それは妙な予感だった。あの二つの事件につながりが無いとは、どうしても思えなかったのである。
「それにしても、事件に詳しいな、あんた」
 オーマはふと気づいて言った。一介の警備兵の割に、一年前の事件と今回の事件に関して多くの情報を握っている。
 すると、警備兵は苦笑を漏らしながら、吐き捨てるように口を開いた。
「一年前……彼女に怪我を負わせたのは、私だ」
「……あんた、だったのか」
 警備兵は眉間に皺を寄せ、大きな溜息をつく。
「私は思うんだ。もし彼女が死んで、息子だけが生き残っていたら。きっと彼女を殺す要因となった私を決して許さないだろうと」
「……過失、だったんだろ?そう、説明したんだろ?」
「当たり前だ!……だが、感情というのはそれで納得させられるほど、安易にはできていない」
 警備兵はそう言い、ぐっと拳を握り締めた。そうして自らを落ち着かせるように大きく息を吐きだした。
 オーマは苦笑を漏らしながら「ありがとよ」と言って詰め所を後にするのだった。


▲場

 オーマは再び朝放置されていた魔獣の死体のあった場所に向かいかけ、足を止める。魔獣の死体を、警備兵たちが詰め所に運んできていたのである。
「それ、動かしたのか?」
「ああ。ずっと置いていても仕方が無いからな」
 オーマは「ちょいと失礼するぜ」と言って、魔獣の死体に手をかざす。オーマが持つ具現精神感応の応用で、魔獣の死体に込められた情報を見るためである。
(もしかしたら、これをやった奴の顔を見れるかもしれないしな)
 手をかざしている場所から、オーマに情報が流れてくる。
 魔獣の前に、少年が一人立っていた。十歳くらいであろうか。少年はポケットから何かを握り締めながら手を出す。そして、にやりと笑って魔獣に向かって指差した。
(何だ?)
 少年は、何かを喋ったようだった。何かを魔獣に言ったようではあったのだが、声までは聞き取れなかった。それは魔獣が持つ言語が、人とは異なっているからかもしれない。
 そして次の瞬間、魔獣の体は火に包まれた。そして火に包まれながら魔獣が見たのは、少年の体の変化であった。
「何てこった……」
 オーマは思わず呟いた。少年の体は、十歳くらいから少しだけ成長をしていたのであった。
(何かしらの能力を使えば、成長をするっていうのか?)
 それではまるで、呪いだった。
 あの少年は、呪いにでもかかっているのだろうかと、オーマは考える。しかし、その割に少年の顔には全くといっていい程、絶望の色はなかった。
 少年が自ら望んでその呪いを受け入れているかのように。
「こりゃ……どうするのがいいのかねぇ」
 オーマは呟き、唸った。甘んじて呪いを受け、その代わりに力を得ているかのようにも見えた。それも、異質とも言える力を。
(誰も傷つけたくないし、傷つけさせたくもないねぇ)
 それが、心からの思いだった。少年が呪いに囚われていようとも、力に執着していようとも。そのようなことだけは絶対に避けたい事実であった。
 父性感、という言葉が頭をよぎる。少年は本来、大人たちに守られるべき存在だ。それなのに、あの少年にはそのような存在がいない。これは然るべき問題である。
(俺が守ってやる)
 そう、オーマが考え込んでいた正にその時だった。突如として咆哮が聞こえたのだ。恐らくは、うまによる知らせる声。
「……この魔獣の死体がある辺りか」
 オーマは声の聞こえてきた方向からそう判断し、警備兵達に「ありがとな」と言ってから走り出した。
(何か嫌な予感がするぜ)
 オーマは走りながら感じていた。うまの咆哮が聞こえてきた辺りは、魔獣の死体があった場所だ。そちらから声が聞こえたという事は、そこで何かが起こったという事だ。
 魔獣の死体を作り出した少年がいる可能性が、とても高い。
「実際は、何歳なんだろうなぁ」
 オーマはぽつりと呟きながら、風の如き速さで町外れへと向かうのだった。


 辿り着いた時、少年と遠夜が丁度対峙していた。そして少年が赤紫色の石を握り締めながら空に向かって手を伸ばした。
(その力を使っては、駄目だ!)
 オーマは「うおおおお」と吠え、自らを赤き獅子へと変化させた。そして巨大な体をもって少年の動きを翻弄し、その手を下げさせる事を制した。
「大丈夫か?」
 オーマは獅子の姿を解き、元に戻った。遠夜は頷き、そして再び空から来たドラゴンを見つけた。
「すいません、遅くなって」
「別に遅くても構わないんですけどね」
 アイラスとうまが到着した。役者が全て出揃ったのである。
「コウシ、もうやめないか?」
 遠夜はそう言ってコウシに話し掛ける。現状だけ見ると、四対一だ。いくらコウシが不思議な力を持っているとしても、勝ち目があるとは思えない。
「……やめてどうするんだよ?」
「俺と一緒に来ればいい!俺がしっかりと受け止めてやるぜ?」
 オーマがぐっと拳を握り締めながらコウシに笑いかける。が、コウシはそれを冷たい目で見つめるだけだ。
「……女性は、どうなったのですか?」
 アイラスが尋ねると、コウシの体がぴくりと動いた。それを聞き、遠夜も「あ」と小さく呟く。
「そうだ……。君はお母さんを連れていったんだろう?病院から」
「母親、ですか?でもどうして、あんなに年齢が……?」
 遠夜の言葉に、アイラスが尋ねた。すると、オーマが「呪いみたいなもんじゃねぇか?」と答える。
「俺にも良く分からないんだが……。力を使う度に、年齢が上がっていっているんだ」
「まさか」
 アイラスは再びコウシを見る。なるほど、確かにぱっと見た感じは十二歳くらいだが、どことなく顔つきが幼い。
「……お母さんは、死んだよ。この石を使ったのに」
 コウシはそう言ってそっと石を掌に乗せた。赤紫に輝く、綺麗な石を。
「この石は、願いを叶えるんだ。お母さんは帰りたがっていたから、僕が連れて帰ってあげたというのに」
 コウシはそう言ってぎゅっと石を握り締めた。


▲思

 怪我を負った母親は、何度も何度も息子に語りかけた。
 こんな傷は大丈夫だから、すぐに帰るから、と。
 だが、病院の医師たちは口々に言っていた。そう簡単に治るわけもなく、すぐに帰れるようなものでもないと。
 息子は幼い頭で考えた。母親は家に帰りたがっている。だが、医師たちは帰らせないと言っている。なんと意地悪なのだろう、と。
 傷がよくないのならば、傷を治してしまえばいい。父親が言っていた、自分の望む世界を作ってくれる石を使って。
 思いついたら、息子は走り出していた。家に帰って石を握り締めると、ほんのりと熱を感じた。そして強く念じると、自らの内に莫大な力を感じる事が出来た。
 息子は病院へと向かい、母親の病室に辿り着く。苦しそうな母親に帰りたいかと尋ねると、母親は即座に帰りたいと答えた。
 母親の思いに、息子が答えた。手に入れた石を使い、病室から母親を連れ去った。そして町外れまで連れて行き、石を母親にかざした。石の色さえ変われば、母親が元気になるのだと信じて。


「……色は、変わらなかったんだ」
 コウシはそう言ってぐっと拳を握り締めた。
「僕の思い描く世界を、この石は与えなかった。そうしている内に、お母さんはいなくなったんだ」
 コウシはそう言って遠夜たちを見つめた。
「それで、どうしたんですか?」
「……喰われたんだ」
 アイラスの問いに、コウシは悔しそうに呟いた。
「あいつが、あの魔獣が。お母さんを食べたんだ。僕が逃げた、その隙に」
 それから一年間、コウシは魔獣を探しつづけた。どうしてこのような目に遭ってしまったのかと考えながら。
「気付いたんだ。全て、僕を拒絶した世界が悪いんだって。僕が思っている世界とは違うこの世界が、悪いんだって」
 コウシはそう言ってくすくすと笑う。
「そうしたら、この石はいっぱい力をくれた。まずお母さんに怪我をした警備兵を壊そうと思ったんだ。火事を起こして、全員出してやろうと思って」
「だけど、全員は出てこなかったし、お前の目当ての兵士は来なかった」
 オーマが言うと、コウシはこっくりと頷いた。
「だから、町を全て壊してやろうと思って。そんな時、あの魔獣に会ったんだ」
「……それで、魔獣を殺してメッセージを町に送りつけたんだね。混乱を呼び起こす為に」
 遠夜の言葉に、コウシは「そうだよ」と言ってから笑みを収める。
「これがチャンスなんだ。僕の望む世界を作る事の出来る、最大の!」
 コウシはそう言って、石を皆に見せた。赤紫色の、その石を。
「見てよ、この石を!最初は青かったのに、もうこんなに色が変わったんだ!赤くなれば、僕の望む世界が生まれるんだ!」
「……そんなの、勝手にしたらいいですけど」
 うまはそういい、ちらりとアイラスを見る。アイラスはうまを見て、ゆっくり首を振る。うまは溜息をつきながら再びコウシを見る。
「ご主人様が駄目だって言うから、それは駄目みたいです。残念ですね」
 うまはそう言い、地を蹴った。コウシはくるかも知れぬ攻撃に身を構え、石を握り締めて再び力を放とうとする。
「そんなに早く大人になっても、仕方がねぇだろう!」
 オーマはそう言い、コウシが石を握り締めている手をぎゅっと握り締めた。
「は、離せ!」
「離さねぇよ!」
 オーマは叫び、手を離そうとはしなかった。その間に遠夜は再び結界を強め、万が一何かが起こったとしても、町に一切危害が出ないように。
「風を!」
 アイラスが叫ぶと、うまはこっくりと頷いて翼をはためかした。途端、ごお、という風がその場に生じる。コウシはその風に思わず目を閉じる。
「石を……!」
 アイラスの言葉にオーマは「ああ」と答えてそっとコウシの手をほぐし、石を取り上げた。コウシは「あ」と言って石を取り返そうとしたが、オーマからアイラスに投げ飛ばされた為、それは適わなかった。
「……もう、諦めるんですね」
 石を受け取り、アイラスが言った。その途端、がくっとコウシがその場に跪いた。オーマはコウシの頭をそっと撫でる。
「そんなに必死になる事もねぇんだよ。……まだ、お前は守られるべき存在なんだからよ」
「僕は、僕のお母さんは……僕が」
 コウシはそう言って嗚咽を上げ始めた。
 四人は同時に「あ」と声をあげた。ずっと、コウシは罪の意識に苛まれていたのだ。だからこそ、石の齎す呪いのような副作用をも甘んじて受けていたのだ。
「あなたがどれだけ世界を作ろうとしても、母親は帰りませんよ」
 アイラスはそう言い、石を遠夜に手渡した。遠夜はそれを符で包み込み、ぐっと力を込めた。途端に、石は光を放ちながらバラバラに砕け散ってしまった。
「君に必要なのは、この石じゃなくて……こっちだよ」
 遠夜はそう言って、水晶をコウシに握らせた。コウシはそれを拒む事なく、そっと握り締めた。
「俺でよかったら、いつでも親父の代わりになるぜ?どーんと来い、どーんと!」
 オーマはそう言ってコウシを抱き締めた。すると、コウシの体がどんどん縮んでいき、丁度三歳か四歳くらいの体となる。
「石の呪縛が溶けて、本来の姿に戻ったんですね」
 うまはアイラスの元に降り立ちながらそう言った。コウシは不安そうな顔をしながら顔を上げた。そんなコウシを、三人と一匹はそっと見守る。
「悪夢は、ちゃんと覚めただろう?」
 遠夜はそう言って、にっこりと微笑んだ。コウシはその言葉を聞き、再び大声で泣き崩れた。
 空も大地も赤く染める、夕日の中で。


▲付

 それから数日後、コウシは幼馴染であるイロンの家に引き取られる事となった。警備兵達も、一年前の失態があるからか、その件に関して何もいう事は無かった。イロンによると、コウシの様子は落ち着いているという事だ。
 そして時々、水晶を取り出してはぎゅっと握り締めて空を見上げるのだという。訪れなかった自らが望む世界に、思いを馳せているのかもしれない。
 出ては沈む、太陽を見つめながら。

<水晶に太陽の光をかざし・了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0277 / 榊 遠夜 / 男 / 17 / 陰陽師 】
【 1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番 】
【 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39(999) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り 】
【 2693 / うま / 女 / 騎乗獣 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。このたびは「ラクジツ」にご参加いただき、有難う御座いました。
 時間制限有り・事件を未然に防ぐ、というちょっと特殊な依頼でしたが、いかがだったでしょうか?
 オーマ・シュヴァルツさん、再び参加してくださいまして有難う御座います。少年に対しての父性感、有難う御座います。父親も密かにキイワードの一つでした。
 今回も、個別の文章となっております。宜しければ他の方の文章と比べてみてくださいね。
 ご意見・ご感想など心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。