＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
『オウガストのスモーキークォーツ』
＜オープニング＞
黒山羊亭に酒を飲みに来た詩人のオウガストは、エスメラルダに突発的に仕事を頼まれた。依頼者がいるからよろしくと言う。
青年は、時々店のテーブルを借りて、客にカードを引かせ言葉を選び、その言葉を織り込んだ夢を見せるという商売をしていた。
「今日は純粋な客で来たんだがなあ」
今夜はカードもないし、大きな水晶もない。今、身につけているのは左手中指のスモーキークォーツぐらいだ。だが、自分を覚えていてくれて、リクエストを貰えるのは嬉しかった。
「わかった。
ギャラリー無しで、二人一組、好きな言葉を二つ選んでもらう。但し、この『黒山羊亭』の店内に有るもの。“テーブル”とか、“酔っぱらい”とか。自分の持ち物でもいい」
「ありがとう、オウガスト。さっそくお客様を呼んでくるわ」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「言葉は、『灯火』と『剣』でいいか？」
そろそろ店終いと思った頃、若い男が一つ目の椅子に腰掛けた。背負った大剣は座るのに邪魔だったのか、外して壁に立てた。小麦色の肌にがしりとした体型、そして迸る殺気は傭兵のものだ。
二人目を暫く待つと言って、そこで飲み始めた。青年はシルヴァと名乗った。ドラゴンとの混血だと言う。
オウガストの隣のテーブルでは、タロット占いの男が店を広げていた。人工ブロンド、どこで手に入れたのかブルーのカラーコンタクト。赤と黒のチェック模様のローブをまとう。
「そっちはもう客は来ないぜ。賭けてもいい」
自分こそ、今夜は数えるほどしか客を取っていないくせに。こいつは、ジュウハチと呼ばれている。一か八かのジュウハチである。オウガストが酒でいつもスカンピンなのと同じように、賭けでいつもスッカラカンだ。
運悪く、そこへサモン・シュヴァルツが通りかかった。
「お嬢さん、お嬢さん、いい運勢ありまっせ」
ジュウハチが強引に少女の腕を掴む。与り知らぬところで追加料金を取るなど、彼の商売はかなり悪どい。
「別に・・・運勢なんて・・・どうでもいい」
反対の手をシルヴァが掴んだ。
「嬢ちゃん、オウガストへの料金は俺が払うから、こっちに来ないか？言葉だけでも選んでくれよ」
おおらかそうな青年は、助け船を出した。
「少しは持ってるから、お金・・・。『タロットカード』と『竪琴』・・・」
ジュウハチは今度は吟遊詩人のカレンを捕まえて勧誘している。サモンは彼女が抱く楽器を眺めて言葉を選んだ。
「あんた、ちゃんとメシ食ってるか？」
シルヴァは、レディに向かって失礼なことをのたまうが、サモンはちらりと青年を見ただけで、特に反応は無い。
二人は、ペンダントのゆらぎに、すぐに眠りに落ちた。
＜ ＊ ＞
「うわぁぁぁ！」
すうっと糸に引かれるように眠りに落ちたと思ったところに、ジュウハチの大声で二人とも目を覚ました。
「ジュウハチ、いい加減にしろ！お客が起きちまったじゃないか！」
普段は穏やかなオウガストが、怒って占い師に掴みかかる。
「だって！カレンが！＜タロットカード＞に吸い込まれちまった。うわぁぁ、どうしよう！」
テーブルには、数枚のカードが開示されていた。その中の『世界』のカードに入ってしまったのだそうだ。
「あんたら、冒険者だよな？カレンを探して連れ戻してくれよ」
「報酬さえいただけりゃ、やってもいいがな。でも、どうやって探すんだよ」
「ありがとう〜」と、ジュウハチは、『魔術師』のカードをかざした。
「うわっ」「・・・え？」
サモンまでが、体がカードに引っ張られた。シルヴァが『塔』のカードに手を付くと肘までテーブルの中にめり込んだ。もう一本の腕が慌ててテーブルを這い、苦しまぎれにカードの束を握る。だが、すぐに全身が吸い込まれていった。
サモンは『星』のカードの泉に膝が浸かった。『星』の絵柄は、空に７つの星が輝き、人が泉と大地に水を注ぐものが多い。このカードもまさにそれだ。
「ちょっと待て、まだ料金を貰ってない！」
二人の耳に、オウガストの叫びが遠く聞こえた。
「あいつらが無事に帰って来れるか、賭けるかい？」
最後の声はジュウハチだった。
サモンは水の中でもがいていた。泳げないわけでは無いが、着衣だと体を動かしにくい。天地の感覚もわからない。
うっすら、丸く青白い影が揺れた。あれが水面だろうか。満月が映っているのか。サモンは、そちらへ向けて手足を伸ばす。
視界を赤い巨大なものが過った。サモンの華奢な胴体などバサリと両断できそうな鋏。ザリガニのようだが、やたらにでかい。
『・・・。』
表情も変わらず、相変わらずモノローグも「・・・。」だが、手足の掻きが早くなった。一応慌てているようだ。
自分の命が惜しいかとか、自分に生きている価値があるかとか、そんなことを考えてみたことさえなかったが、ジュウハチのカードの世界で命を失えば、あのいい加減な男にどんな晒し者にされるかわからないという危機感はあった。
水面から顔を出し、呼吸を調える。這うように陸へ上がった。体が鉛のように重い。ザリガニは段差を昇れず、悔し紛れに水辺で鋏を振り回している。
まだ早い夜空に、銀の月が出ていた。峠の先から狼の遠吠えが悲しげに響く。
「これは・・・『月』のカード？」
ザリガニは月（神）に祈る人間の姿の象徴だが、下等な野性的欲望も表す。サモンが雌だから襲ったのか、生き物を狩りたいという本能なのか。
ブーツを脱いでひっくり返すと、じゃぼじゃぼと水が出て来た。ブラウスが肌にぺたりと付いて不快だった。
辺りに犬しかいないのを確認し、脱衣して絞る。こちらも雑巾のように水が出た。ジャケットは乾くまで着る気になれず、そこらへんに落ちている棒を拾って先端に結んだ。ただ腕に持つより、この方が乾きが早いと思ったのだが・・・。
まるで『愚者』のカードだ。小犬までがサモンに付いて来た。
月に向かって歩いた。銀の月が綺麗だったから、何となく足が向いただけだ。
森の入口に差しかかり、木に逆さ吊りにされたシルヴァと再会した。
彼は、ロープで両足首を縛られ、葡萄の樹の枝に下げられていた。どれぐらいそうしていたのか、顔は浮腫み、赤黒くくすんでいる。
「サモン〜、助けてくれ〜」
サモンは、ロープを切る道具を探すが見つからず、仕方なく、シルヴァの大剣を彼の背から引き抜く。重さで腕がぶるぶると痙攣した。
「あ・・・」
風が吹いただけで、＜剣＞の重さでサモンも倒れた。しかもシルヴァの居る方向へ。
「・・・。」
土に倒れたサモンだが、剣で何かを切った手応えを感じた。もしかして、シルヴァを？
と、ドシンと地響きがして、枝ごと「うわぁっ」とシルヴァが落ちて来た。剣は縛ってあった枝を切り落としたようだ。
シルヴァは、置かれた剣に自分からロープをこすりつけて切断し、やっと自由を得た。
「さあて、どうすっかな」
カレンを見つければ、ここから出られるのだろうか。シルヴァは、図らずもジュウハチのカードの一部をこちらへ持って来た。懐からカードを取り出す。
「困った時は『隠者』様かな。さあて、どうすればいいか、道を照らしてくださいよ〜」
黒いローブの老人がカンテラを下げた絵は、知識・知恵を表わす。シルヴァがこのカードを握ると、暗い森の入口に＜灯火＞が見えた。目を凝らせば、絵の通りに、黒い布を纏う男が明りを下げていた。近づくと、そいつは何故かオウガストだった。
「＜竪琴＞を抱えた詩人ですか？私は見ませんでしたが、女性なら『女教皇』『女帝』のカードか。それとも、詩人として『恋人』のカードに呼ばれているか」
「なるほど。当たってみるぜ。ありがとよ」
その３枚のカードはシルヴァの手元にはなかった。
「あれ・・・お城だよね？」
サモンが森の向こうを指差す。
「女帝か女教皇が居そうだな。よし、行くか。
大丈夫か？ハラ減ってないか？」
シルヴァが、どん！と乱暴に背中を叩く。
『お腹が空いた』『大丈夫じゃない』とサモンが答えたら、どうするつもりだろう。だが、その掌の力強さに圧倒され、サモンも歩き出した。
森の中では、大鎌を持った骸骨に追いかけられた。『死』のカードだ。
「うわ〜〜」と大袈裟な悲鳴を挙げたのはシルヴァの方だ。腕のいい傭兵は、身の丈もある剣ですぐに頭蓋骨を粉々にしたものの、魑魅魍魎は苦手らしい。
「あんた、アレ、怖くなかったのか？」
アレが大鎌を構えた時にも顔色一つ変えなかったサモンを、シルヴァは不思議そうに見下ろす。肩で息をしながら。
「家で・・・似た感じのモノ・・・見てるから」
城はエルザード城に酷似し、謁見の間もあった。みごとな宝石が埋め込まれた椅子が二脚並び、白いドレスの女教皇エルファリアと、黒いドレスにスリットも艶っぽい女帝エスメラルダが深く座っていた。
「ハズレかぁ。じゃあ、『恋人』のカードがどこだか知ってるか？」
「それなら、これです」と、女教皇は言う。
「このカードは三角関係の絵が多いんだよね」と、赤黒チェックのローブ男が突然現れ、二人の美女の間へと立った。つまり、二人がジュウハチを取り合うという図柄だ。
「それは変・・・。お前、モテるわけが無い・・・」
少女の辛辣な一言で、二人の美女の幻は霧散した。絢爛な謁見の間と思ったフロアは、蜘蛛の巣と埃にまみれた古城の一室だ。
「くそう、言ってくれるじゃないかっ」
ジュウハチは、杖を振りかざし呪文を唱える。
「おまえらを、どこかへ飛ばしてやる。一生カードの世界を彷徨っていればいい！」
『魔術師』の魔法が発動し、二人はフロアから別の空間へ飛ばされた。
残ったジュウハチは『運命の輪』のカードを取り出した。床に、ルーレットが現れる。
「よし、今度こそ。赤の３６に残り全部！」
「いてて。
サモン、怪我はないか」
少女を気づかうシルヴァに、サモンも声なく頷く。石畳の大通りに、二人は腰から着地した。
遠くから、トランペットの音色が聞こえた。あまり上手では無く、音がふらふらと定まらない。
「天使が吹いてるのかもな。『審判』のカードだな」
天使？
「この道・・・『天使の広場』に、似てる・・・」
サモンがボサリと呟いた。シルヴァは、それを聞いて叫びを挙げた。
「うぉぉぉ、わかったぞ！」
シルヴァは急いで立ち上がり、走り出した。サモンも服の埃を払い、後に続く。振り向くと、まだ小犬は尾を振りながら付いて来ていた。
広場では、大道芸人やヴァイオリン弾きが賑やかに芸を競い合っていた。その中で、噴水の傍らに立つ女性に見覚えがあった。
シルバーブロンドの髪と、ローズ色のマント。だが、いつもの竪琴は足元に置かれ、眉間に皺を寄せてラッパを吹いている。
「私は、『天使の広場』の管理人なだけで、天使では無いんだけどな。なんで私がラッパを吹かなきゃいけないんだ？」
時々、小声で文句を言っている。吹くのに飽きると、指でラッパをクルクル回してみたりして。
「カレン、見つけたーー！」
シルヴァが叫んだ。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「やった！戻って来れたんだ！」
シルヴァが起きたので、先に目覚めてジュースをすすっていたサモンも顔を上げた。彼は、カード世界から戻れたと喜んでいるようだ。
オウガストはシルヴァの反応を見てにやりと笑った。彼の指は、拙い手さばきでタロットカードをシャッフルしている。
「ジュウハチにカードを借りて、お話に混ぜてみました」
カードに吸い込まれた所から、全部夢だった。もっとも、サモンにとっては、ここが夢だろうが現だろうか、そう変わりは無い。
「あの犬・・・可愛かった」
サモンの呟きを聞き、オウガストは『愚者』のカードをテーブルに置いた。さっきまで傍らにいた小犬のイラストに、サモンは少しだけ瞳を細めた。
＜ ＥＮＤ ＞
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 外見年齢 ／ 職業】
1800／シルヴァ／男性／19／傭兵
2079／サモン・シュヴァルツ／女性／13／ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー
ＮＰＣ
オウガスト
ジュウハチ
（公式ＮＰＣ）
エスメラルダ
カレン
エルファリア
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
タロットカードの絵柄は数種類参考にしましたが、有名なウェイト版から外れないよう考慮しました。
以前からタロットカードを使用した話を作りたいと思っていましたので、そういうお題をいただき、嬉しく楽しく執筆させていただきました。
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