<PCクエストノベル(1人)>


〜すべては『絆』の名の下に〜
 
 
 
「ここ、置かせてもらうぜ!」
「あいよ!相変わらず精が出るねえ」
「おうよ!」
 今日も今日とて腹黒同盟加入者集めに勤しむ、聖筋界マッスルるんたった腹黒イロモノ親父こと、オーマ・シュヴァルツは、雑貨屋の店先の大きな樽の上に、どさりと茶色のちらしを置いた。
「この店が一番ちらしが捌けるのが速いんでな」
「おお、そうだな!何だかおまえさんを見て、強くなれるんだって勘違いする男の子も多いみたいだしなあ」
「そりゃもちろんだ。気持ちも身体も、バッチリムキムキめちゃくちゃハイパーに強くなれること請け合いだぜ」
 自らの筋肉をこれでもかというくらいに見せつけ、オーマはにやりと笑う。
 その様子に、店にいた客が「おお!」と思わず歓声をあげた。
 そんな彼に、いつもの野菜と肉の燻製の詰まった、お惣菜セットの皮袋を渡しつつ、店主は顎を撫でながら言った。
「そういや、おまえさん、黒けりゃ人間じゃなくてもいいのかね?」
「ああ、いいぜ!身体が黒けりゃ腹黒に決まってるからな」
 どういう理屈かと思うような強引な論理展開をしてみせるオーマに、店主は豪快に笑い返した。
「それじゃあ、行ってみるといい。ここから東に大きな大きな森があってな、そこの奥にこれまた清らかな湖があるらしいんだ。そこには黒いユニコーンが棲んでるって噂だ。まあ、あくまで噂だがね、結構見かけたっていうやつも多いから、噂の中でも信憑性は高いと思うよ」
「黒きユニコーンか…」
 オーマは皮袋を担ぎ上げながら首を傾げた。
 幸い今日は、妻から頼まれた仕事は買い物くらいだ。
 いっちょ行ってみるか、と決断して、オーマは店主に片手を挙げた。
「ありがとな、主人!行って同志にしてくるぜ!」
「おお、土産話を待っとるよ!」
 
 
 買った物を一度家に届け、夕飯までには帰ることを告げてから――もちろん、夕飯はオーマが作るので、それまでに戻らないと大変なことになるのだ――、オーマはるんたったと軽快なリズムを踏みながら、その場所へと向かった。
「昔聞いたのは、白いユニコーンの話だったんだがな…」
 そもそも、王都に近いこんな場所に、「黒」の噂の立つ場所が放置され続けている訳がないのだ。
 真っ白いユニコーンでは話にならないので、オーマはその森を素通りしていたのだが、何かが起きたのかも知れない。
 聖なるものが邪悪なるものに取って代わられたのかも――そう、オーマは考えた。
 どちらにせよ、周りに害を及ぼすものでなければ、同志にするのに差し支えはない。
 むしろ、筋金入りの腹黒さなら大歓迎である。
 程なくしてその場所に到着した。
 だが、一歩も踏み込まないうちに、何か恐ろしい気配を感じる。
「これは…」
 禍々しさにすら懐かしさを覚えてしまう、最近のこの平穏な毎日だが、これは桁違いだ。
 オーマは己の主義のため、お手製の弁当のみを持ち、その森に真摯な表情で足を踏み出した。
 途端に黒い湿った波動が身体全体を包み込んだ。
 濃厚なそれに、一瞬息が詰まりそうになる。
 辺りを見回すと、本来緑であるはずの木々は黒く染まり、道端の石ですら、黒曜石のように艶かしい光を放っている。
 霧のように視界を覆う黒い空気を払いのけながら、手探りでオーマは奥へと向かった。
 足元には、誘うような小道がひとつ。
 まるで、用意されたかのように。
「いったい、どうなってんだ?」
 これに似た雰囲気を、彼はよく知っていた。
 ウォズが現れる時に感じる空気と酷似している。
 しかし、全くの別物でもあった。
 何故かオーマには、それがはっきりと感じ取れたのだった。
 やがて、森を貫く不自然な小道は、大きな湖のほとりへと彼をいざなった。
 湖の水は泥のように濁っていて、周囲の風景と同じく、黒くどんよりとしていた。
 そこから先に続く小道はない。
 オーマはそこが最終地点だと思った。
「誰かいるのかよ?」
 そう、誰にともなく、呼びかけたその時。
 湖面がゆらゆらと渦を作り始めた。
 まるで竜巻のような勢いで回転する水の中心から、黒い具現波動がなだれるように吐き出されて来る。
 オーマはその濃い瘴気をまともに吸い込み、ひとしきり咳き込んだ。
「何だ、こりゃ…」
 喉にからみつくように、瘴気は内側から染み込んでいこうとする。
 再度咳き込んで、オーマはありったけの声を張り上げた。
「いるんだろ?!ユニコーンさんよ!おい?!」
 突然、渦の中心から瘴気が形を取り始めた。
 オーマが見守るその向こうで、瘴気はやがて、ユニコーンの姿に変化した。
『また性懲りもなく、私の寝所を荒らすモノがやって来た…』
 ビンゴ、とオーマは小さくガッツポーズした。
 きっとマッスル万歳グレートデンジャラス腹黒にちがいねえ、と。
 だが、せっかくの同志も、この瘴気がこんなに濃くては、街に連れて行く訳にもいかない。
 オーマはユニコーンに向き直って尋ねた。
「おい、ユニコーンさんよ、いつから黒きになったんだ?」
『…何だ、おまえは』
「俺が知ってるこの近辺の噂じゃ、この森のユニコーンは白だったはずだぜ?まあ、俺が聞いたのはもう随分前の話になるけどよ」
『そんな古い話を知っているのか…何者だ』
 そこでオーマはかいつまんで、ユニコーンに自分のことを話した。
「てぇワケで、今俺は、聖筋界るんるんマッチョらぶらぶパワフル腹黒同盟に参加する同志を集めてんのさ」
『…この森を』
「ん?」
『この森をどうにかするために現れた訳ではないのか?』
「ねぇな。俺にはちゃんと家もあるし、帰りを待ってくれてる家族もいるからよ」
『それでは、私を仲間と呼ぶために…?』
「ああ、仲間ってか、同志、だけどな」
 うんうん、とオーマは腕を組んでうなずいた。
 明らかにユニコーンは面食らったようだった。
 オーマは笑顔になって、そこに座った。
 そして、持参の弁当を盛大に広げると、ユニコーンを手招きした。
「別に俺を食うって訳じゃねぇんだろ?一緒に食わねぇか?美味いぜ?」
 特製だからな、と言って、オーマは玉子焼きを口に放り込む。
 それを見て、ユニコーンは恐る恐るオーマの側に降り立った。
 弁当箱の中のおかずを、こわごわくわえ、飲み込む。
 その瞬間だった。
 辺りの瘴気が一瞬にして消え去り、霧が晴れるように、世界に鮮やかな色が戻った。
 ユニコーンの色も、黒から白銀に変わる。
 驚くオーマに、優しい緑色の目を向け、ユニコーンは言った。
『ありがとう、異世界の者よ』
「…何で俺が異世界から来たってわかるんだよ?」
『我が声は、この世界の者には聞き取れないのだ』
 だからこそ、この森は黒き色に支配されることになったのだ。
 ユニコーンはそうつぶやいた。
『人間たちはこの森を切り拓き、この湖を汚し、この森の所有権を争って、無益な血をこの大地に吸わせた。私が穏やかに暮らしてきたこの場所を、何の権限もなく、壊し、穢したのだ。私はこの森に住むすべての者たちのために、この森を閉ざさなくてはならなかった。しかし、そんな力など、私にはない。私は己の魔法を発する角と森を浄化する声とを、闇の魔物に捧げたのだ。そうするしかなかった。そうしなければ、今頃は…』
 ユニコーンは目を閉じた。
『私はこの森を守った。だが、この森に住んでいた者たちは闇の瘴気の前に、その命を失った。森を守れるとそそのかされて角と声を売った私は、だまされたのを知って、すべてを呪い、さまようだけの存在になっていた。誰もいない、誰も顧みない、この森で…』
「そうだったのか…」
『だが、おまえがその呪いを打ち破ってくれた。失った角と声は戻らない。だが、私はもうこの森を呪わなくてもいいのだ。おまえが、私を「同志」だと、仲間だと、そう呼んでくれたのだから…』
 その時、オーマにはある考えが浮かんだ。
 弁当はそのままに、オーマは立ち上がって、ユニコーンに言った。
「ちょっと待ってろよ?いいことを考えついたぜ!」
『何だ?』
「いいからいいから!ああ、俺を信じろよな?裏切ったり、しねぇからよ」
 不安そうな、疑うような素振りを見せたユニコーンに、オーマはそうやって念を押した。
 そして、そのまま、森を一目散に走り抜けて行った。
 
 
 数刻後、湖の周りはたくさんの人で溢れ返っていた。
 オーマが急いで、知り合いという知り合いをすべてこの場所にかき集めてきたのだ。
「これでみんなに、この場所が安全で綺麗な場所だってのがわかるだろ?」
 得意げにオーマはユニコーンに言った。
 ユニコーンは先ほどから、子供たちに大人気でもみくちゃにされていた。
 だが、とてもうれしそうだった。
 話す間もなく、また子供たちに囲まれるユニコーンを見て、オーマは満足そうにうなずいた。
「ま、この場所は広いし、空気も良くなったし、腹黒同盟の会議にもってこいの場所になったなあ」
 もう黒さの片鱗もない白銀のユニコーンを、勝手に腹黒同盟に迎えて、オーマはひとり、そうつぶやくのだった。
 
 
 〜END〜